笹貫

ささぬき

概要

銘文、表記、呼び方等

「笹貫」
「笹貫きの太刀」
「太刀 銘 波平行安」
「太刀 銘 波平行安 附 黒漆太刀拵」

略歴

薩摩の樺山家伝来、薩摩の刀工・波平行安作の太刀。

製作年代は平安時代末期から鎌倉時代初期とされる。

「波平行安」と四字銘。黒塗太刀拵えつき。
南北朝~室町初期頃製作と思われる太刀拵えには、島津の家紋がついている。

『薩摩の刀と鐔』において福永酔剣氏が応永頃の逸話を紹介している。

応永(1394)頃の波平行安が妻に、鍛冶場を決して覗いてはならぬ、と厳命した。

妻は鍛冶場を覗いてしまったので行安は怒り、仕上げ中の刀を家の裏の竹藪に投げ棄てた。
その竹藪から夜な夜な妖しい光が発するので、村人たちが捜索すると、刀が地中に逆さに立ち、その切先に竹の落ち葉が無数に突きささっていた。

妖しい刀というので、海中に投棄したところ、海中からも光を発するので、村人たちは刀を海中から引き揚げた。

話を耳にした島津の分家・樺山音久がそれを召しあげ、島津家に献上した。
しかし、島津家宗家でもまた怪異なことが起こったので、樺山家に返却された。

この逸話からすれば応永頃の製作という話になるが、現存する「笹貫」は鑑定により平安末期か遅くても鎌倉時代初期の作と目されている。

つまり上の逸話は創作だと判断されるという。

昭和には樺山家を出て、個人蔵となった。

1972年(昭和47)5月30日、重要文化財指定。

その後、国有となり現在は「京都国立博物館」蔵。

 

薩摩の刀工、波平派の行安作の太刀(平安時代末期~鎌倉時代初期)

波平派とは

薩摩には平安時代後期(京都の三条宗近や古備前の友成と同時代の永延(987~989)頃)、大和国から薩摩国へ移住してきた正国を祖とした波平一派が江戸時代の終わりまで千年近くも続き、大和伝を鍛えた。

この一派のほとんどは「行」または「安」の字を名前に用いている。

姓が「波平」で名が「行」「安」の字がつくことから、

「波が平で行くところ安」

と、昔より海上生活者や貿易業者たちにとくに喜ばれて愛蔵されてきたという。

『日本刀の歴史 古刀編』(紙本)
著者:常石英明 発行年:2016年(平成28) 出版者:金園社
目次:第2部 全国刀工の系統と特徴 薩摩国(鹿児島県)
ページ数:464~468

 

「笹貫」の製作年代

波平派には「行安」と言う名を名乗った刀工が何人もいる。
笹貫の号の由来とされる逸話では応永頃の作となっているが、現存する笹貫は鑑定によれば平安末期~鎌倉時代初期の作だという。

『日本刀鑑定法 上』(データ送信)
著者:本阿弥光博 発行年:1973年(昭和48) 出版者:雄山閣出版
目次:薩摩国(鹿児島県)
ページ数:415、416 コマ数:231、232

 

竹藪や海中に捨てられても光り戻ってくる逸話

福永酔剣氏は『日本刀大百科事典』『薩摩の刀と鐔』などで、笹貫の号の由来となる下記のような逸話を紹介している。

『日本刀大百科事典』(紙本)
著者:福永酔剣 発行年:1993年(平成5年) 出版者:雄山閣
目次:ささぬきのたち【笹貫きの太刀】
ページ数:2巻P314

応永(一三九四)頃の波平行安が妻に、鍛冶場を決して覗いてはならぬ、と厳命しておいたのに、妻が覗いたのを怒り、仕上げ中の刀を裏の竹藪に投げ棄てた。そこから夜な夜な妖しい光を発するので、村人たちが行ってみると、刀が地中に逆さに立っていた。その切先に竹の落ち葉が無数に突きささっていた。妖しい刀というので、海中に投棄したところ、海中からまた妖しい光を発するので、引き揚げた。その話を聞いた島津の分家・樺山音久がそれを召しあげ、島津家に献上した。島津家でもまた怪異なことが起こったので、樺山家に返却された、という伝説がある(24、315、1411)。
ただし、この伝説は、当時の波平鍛冶の居住地が、現在の鹿児島市上福元笹貫だったことから考えついた創作であろう。

『日本刀大百科事典』の文末の数字は出典番号で、
24は酔剣先生自身の著書『薩摩の刀と鐔』、
315は『波平刀工系譜』(市来広貫、明治19)、
1411は『樺山家家譜』(波平刀工系譜本)とのことである。

笹貫には上記のような逸話があるが、刀身そのものは鎌倉時代初期の作という鑑定が出ていることから、応永頃の刀鍛冶によるこの逸話は創作と考えられる。

『薩摩の刀と鐔』(データ送信)
著者:福永酔剣 発行年:1965年(昭和40) 出版者:薩摩の刀と鐔刊行会
目次:刀の部 薩摩編 古刀期
ページ数:32、33 コマ数:32

『図録薩摩の刀と鐔』(データ送信)
著者:福永酔剣 発行年:1970年(昭和45) 出版者:雄山閣出版
目次:刀剣編 <行>
ページ数:269 コマ数:138

晴天の日の吉瑞

『薩摩の刀と鐔』では上記逸話に加えて

毎年晴天の日をえらんで出せば、きっと吉瑞があると伝えられた。

とも書かれている。ちょっと面白いので載せておく。

『薩摩の刀と鐔』(データ送信)
著者:福永酔剣 発行年:1965年(昭和40) 出版者:薩摩の刀と鐔刊行会
目次:刀の部 薩摩編 古刀期
ページ数:32、33 コマ数:32

 

樺山家を出て、個人蔵へ

『薩摩の刀と鐔』によれば、樺山家を出て、近藤竜三郎氏蔵となった。

『薩摩の刀と鐔』が1965年の発行であるのでそれ以前に近藤氏の秘蔵となったということになる。

1972年には重要文化財指定により確実に個人蔵。

 

1972年(昭和47)5月30日、重要文化財指定

昭和47年(1972)5月30日、重要文化財指定。
近藤田鶴子氏名義。

「太刀 銘 波平行安 附 黒漆太刀拵」

『新指定重要文化財図説 昭和46年度』(データ送信)
発行年:1974年(昭和49) 出版者:文化庁
目次:工芸品の部
ページ数:32 コマ数:65

『鹿児島年鑑 昭和57年版』(データ送信)
発行年:1982年(昭和57) 出版者:くらしの鹿児島新聞社
目次:鹿児島の文化財
ページ数:882 コマ数:442

 

現在

現在は国有、「京都国立博物館」蔵。

参考:
「京都国立博物館」
「文化遺産オンライン」
「国指定文化財等データベース」

 

作風

刃長二尺三寸九分五厘(約72.5センチ)。
地鉄は板目に柾目まじり地沸えつく。

刃文は直刃。鋩子は小丸。茎はうぶ。

鉄拵えがついており、銅ハバキには十文字の毛彫りがあるという。

『日本刀大百科事典』(紙本)
著者:福永酔剣 発行年:1993年(平成5年) 出版者:雄山閣
目次:ささぬきのたち【笹貫きの太刀】
ページ数:2巻P314

他の刀と同じくここでは『日本刀大百科事典』の表記を載せるが、比較的記述が簡素なので他の本の記述と読み比べるのもお勧めする。

 

外装

柄、鞘ともに黒漆塗。
冑金、猿手、足金物(瓶子形)、責(柏葉形)、鐺、芝引金などの金具は山金魚子地に丸に十字紋を毛彫する。
縁欠失。
鐔は木瓜形、山金製。
大切羽は木瓜形、山金魚子地に丸に十字紋を毛彫する。

黒漆太刀拵は一部に後補があるが、優れた作で南北朝時代の制作と考えられている。

丸に十字紋は島津の家紋。

『新指定重要文化財 : 解説版 6 (工芸品 3)』(データ送信)
著者:「重要文化財」編纂委員会 編 発行年:1982年(昭和58) 出版者:毎日新聞社
目次:古刀(肥後・薩摩国)
ページ数:228、229 コマ数:118

 

調査所感

◎ まとめなおしました

笹貫の研究史は比較的初期に手探りでまとめたものがわかりにくかったので、一度まとめ直しました。

国立国会図書館デジタルコレクションが日々進化を重ねていて蔵書が増え、重要文化財指定関係の本が見れるようになったのがありがたいですね。その辺の本だと作風と来歴が端的にまとまっていてどういう刀なのか掴みやすいです。

◎ 逸話の創作

まず前提として、薩摩国の鍛冶、波平派の歴史は長く、また「行安」という名の刀工は何人もいます。
初代行安は波平派の祖である橋口正国と同じ人だとかその子だとか色々な記述を見かけますが、そもそも行安何人いるんだとか本当にそれで正しいのかとか色々まあ難しいです。

その上で笹貫には、応永(南北朝時代)の行安(実はこの時代に行安はいない?)が鍛冶場を覗かないよう妻に言いつけておいたが破られたので仕上げ前の刀を竹藪に捨てたという逸話があります。

しかし、刀の来歴・逸話を考える時はやはり刀そのものの特徴を重視するので、現物の笹貫自体が平安末期~鎌倉時代初期の作品である以上、この逸話はありえない、創作ということになります。

◎ わりとシンプルな来歴

逸話を除くと現物の笹貫に関してわかっていることは樺山家伝来で現在は国有の重要文化財、くらいのシンプルな内容になります。

笹貫に関しては重要文化財指定も「未指定からの指定」となっているので、樺山家伝来ではあるけれどそっち方面の資料もあんまりないようですね。

『波平刀工系譜』もこの資料の名自体は挙がるものの、デジコレには入っていないようです。

 

参考サイト

「京都国立博物館」
「文化遺産オンライン」
「国指定文化財等データベース」
「e-国宝」

 

参考文献

『薩摩の刀と鐔』(データ送信)
著者:福永酔剣 発行年:1965年(昭和40) 出版者:薩摩の刀と鐔刊行会
目次:刀の部 薩摩編 古刀期
ページ数:32、33 コマ数:32

『谷山市誌』(データ送信)
著者:谷山市誌編纂委員会 編 発行年:1967年(昭和42) 出版者:谷山市
目次:第二章 先覚者と有名人
ページ数:1182 コマ数:622

『日本刀講座 第3巻 新版』(データ送信)
発行年:1970年(昭和45) 出版者:雄山閣出版
目次:薩摩国
ページ数:373、374 コマ数:242、243

『埋忠銘鑑』(データ送信)
著者:本阿弥光博 解説 発行年:1968年(昭和43) 出版者:雄山閣
目次:四、本書の掲載諸刀散見
ページ数:9 コマ数:41

『刀鍛冶の生活 (生活史叢書 ; 16) 』(データ送信)
著者:福永酔剣 発行年:1969年(昭和44) 出版者:雄山閣出版
目次:宝刀誕生
ページ数:180~182 コマ数:110、111

『日本刀講座 第10巻 新版』(データ送信)
発行年:1970年(昭和45) 出版者:雄山閣出版
目次:山陰・山陽・西海道
ページ数:217、218 コマ数:230、231

「文化庁月報 (4)」(雑誌・データ送信)
著者:文化庁 編 発行年:1972年4月(昭和47) 出版者:ぎょうせい
目次:文化財の新指定 美術工芸品
ページ数:4 コマ数:3

『日本刀鑑定法 上』(データ送信)
著者:本阿弥光博 発行年:1973年(昭和48) 出版者:雄山閣出版
目次:薩摩国(鹿児島県)
ページ数:415、416 コマ数:231、232

「刀剣と歴史 (480)」(雑誌・データ送信)
発行年:1974年7月(昭和49) 出版者:日本刀剣保存会
目次:五輪塔透しの鐔に対する疑問と一考察 / 上森岱乗
ページ数:13、14 コマ数:11、12

『太陽と黒潮 : 観光百科・鹿児島の旅』(データ送信)
著者:MBC観光出版事務局 編 発行年:1975年(昭和50) 出版者:鹿児島県
目次:「4」便利ガイド 指定文化財
ページ数:252 コマ数:129

『鹿児島年鑑 昭和51年版』(データ送信)
発行年:1976年(昭和51) 出版者:南日本新聞社
目次:便覧編 鹿児島県文化財一覧
ページ数:529 コマ数:267

『鹿児島年鑑 昭和57年版』(データ送信)
発行年:1982年(昭和57) 出版者:くらしの鹿児島新聞社
目次:鹿児島の文化財
ページ数:882 コマ数:442

『新指定重要文化財 : 解説版 6 (工芸品 3)』(データ送信)
著者:「重要文化財」編纂委員会 編 発行年:1982年(昭和58) 出版者:毎日新聞社
目次:古刀(肥後・薩摩国)
ページ数:228、229 コマ数:118

『新入郷土誌』(データ送信)
発行年:1982年(昭和57) 出版者:新入長寿会壮年部
目次:第四編 史跡と刀剣・記念碑
ページ数:88、89 コマ数:55

「デアルテ : 九州藝術学会誌 = De Arte : journal of the Kyushu Art Society (4)」(雑誌・データ送信)
著者:九州藝術学会 編 発行年:1988年3月(昭和63) 出版者:九州藝術学会
目次:ミュージアム・ミュージアム
ページ数:142 コマ数:78

『日本刀大百科事典』(紙本)
著者:福永酔剣 発行年:1993年(平成5年) 出版者:雄山閣
目次:ささぬきのたち【笹貫きの太刀】
ページ数:2巻P314

 

概説書

『日本刀図鑑: 世界に誇る日本の名刀270振り』(紙本)
発行年:2015年(平成27) 出版者:宝島社
目次:笹貫
ページ数:7

『図解日本刀 英姿颯爽日本刀の来歴』(紙本)
著者:東由士 編 発行年:2015年(平成27) 出版者:英和出版社(英和MOOK)
目次:名刀の物語を読む 笹貫
ページ数:41

『物語で読む日本の刀剣150』(紙本)
著者:かゆみ歴史編集部(イースト新書) 発行年:2015年(平成27) 出版者:イースト・プレス
目次:第3章 太刀 笹貫
ページ数:90