小夜左文字

さよさもじ

概要

「短刀 銘左 筑州住(名物小夜左文字)」

『享保名物帳』所載、築州左文字の短刀。

差し表に「左」、裏に「築州住」と切る。

『日本刀大百科事典』に折紙が載せられている。

「小夜左文字 正真 長サ八寸壱分有之 代千五百貫 寛文五年六月三日 本阿(花押)」

これにより少なくとも1665年には確実に「小夜左文字」と呼ばれていることがわかる。

仇討の逸話

遠州にいた浪人の死後、形見の左文字の短刀を、その妻が金谷(または掛川)に売りに行く途中、小夜の中山で浪人者に短刀を奪われた上、殺された。
妻が残した一、二歳の幼児は、妻の妹が引き取り養育した。
その子が十五、六歳のとき、掛川の研屋に弟子入りした。
ある日、浪人者が脇差の砥ぎを依頼に来た。
浪人は、これは小夜の中山で女から奪い取ったもので、後腐れのないようその女も殺した、と自慢げに話した。
弟子は、かねて叔母から聞いていた話と一致するので、母殺しの犯人と即断した。
そんな訳のある刀なら、私にも見せて下さい、とその刀を受け取るなり、浪人者に飛びかかり刺し殺した。

『詳註刀剣名物帳 : 附・名物刀剣押形 増補』
著者:羽皐隠史 発行年:1919年(大正8) 出版者:嵩山堂
目次:青江、恒次、左文字、三原、安綱の部 小夜左文字 コマ数:109、110

母親が遭難したのは掛川(静岡県掛川市)とも金谷(静岡県榛原郡金谷町)の山中、とする説もあるが、酔剣先生によれば“小夜の中山は、金谷から掛川へ越す途中にあるから、さほど違いはない”そうである。

山内一豊に召し上げられる

時の掛川領主・山内一豊は、その仇討ち美談を耳にすると、早速その刀を召し上げた。

山内一豊が掛川領主だったのは小田原征伐(1590年)から関ヶ原の戦い(1600年)までの間であり、1601年には土佐に入封しているのでその期間内の出来事となる。

その後、細川幽斎が入手して西行の歌により命名され、息子の三斎へ

『光甫覚書』に“元幽斎老所持三斎老伝る、其節玄旨老御存命なり能因法師の命なりけりの歌の心を以て秘蔵にて御名付けなり。”
とあるらしい。

元の『名物帳』類は『光甫覚書』をそのまま書き写して「能因法師」の歌から命名したと説明しているが、研究者によって正しくは「西行法師」の歌だと訂正されている。

「年たけてまた越ゆべしと思ひきや いのちなりけり佐夜の中山」

という新古今和歌集の西行の歌に因んで、細川幽斎が“小夜左文字”と命名した。
さらに幽斎から息子の三斎へと伝わった。

黒田家、浅野家を経て、土井家へ、さらに京都の豪商へ

その後、黒田家・浅野家を経て、土井家に入った。
土井家が寛文5年(1665)6月、本阿弥家に贈り、千五百寛の折紙をつけた。
さらに同家を出て、『享保名物帳』の書かれた享保(1716)年中には、京都の町人のうちにあった。

大体のことは『詳註刀剣名物帳』で説明されている。
『日本刀大百科事典』だと出典が『享保名物帳』『名物扣』となっているので、本阿弥家の『名物扣』原文におそらく詳しい話が書いてあると思われる。

1936年(昭和11)重要美術品に指定

昭和の初め、刀匠・柴田果氏が入手、1936年(昭和11)重要美術品に指定。

「刀剣と歴史 (491)」(雑誌・データ送信)
発行年:1976年5月(昭和51) 出版者:日本刀剣保存会
目次:名物の九州物(3) / 千鳥庵主人
ページ数:21 コマ数:15

柴田果氏の前に「村田氏」や「中峰氏」の手を経てとあるので、この頃の小夜左文字は所有者を転々としていたようである。

1952年(昭和27)7月19日、重要文化財指定

柴田清太郎氏(柴田果氏の息子)名義。

『指定文化財総合目録 〔昭和33年版 第2〕』(データ送信)
発行年:1958年(昭和33) 出版者:文化財保護委員会
目次:秋田県
ページ数:144 コマ数:81

この頃の所有者は「中峯」氏? 「田村」氏? どの「田村」氏?

昭和の始めに刀匠の柴田氏が入手したのは色々な文献から確認できるのだが、その前の所有者がどうにもはっきりしない。

下記の雑誌では「村田」氏や「中峯」氏の手を経てとある。

「刀剣と歴史 (491)」(雑誌・データ送信)
発行年:1976年5月(昭和51) 出版者:日本刀剣保存会
目次:名物の九州物(3) / 千鳥庵主人
ページ数:21 コマ数:15

下記の本では「昭和4年頃」、「神戸の田村市郎」氏になっている。

『日本趣味十種 国学院大學叢書第壹篇』(データ送信)
著者:芳賀矢一 編 発行年:1924年(大正13年) 出版者:文教書院
目次:八 刀剣の話 杉原祥造 越中
ページ数:364 コマ数:202
(2冊あるのでコマ数ずれる可能性あり)

下記の本・雑誌では「昭和4年頃」、「大阪の田村」氏で、「大阪名刀陳列会」に出品したという。

『日本刀講座 第9巻』(データ送信)
著者:雄山閣 編 発行年:1935年(昭和10) 出版者:雄山閣
目次:名士と刀剣 大阪名刀陳列会
ページ数:282~285 コマ数:301、302

「研修 (9)(183)」(雑誌・データ送信)
発行年:1963年9月(昭和38) 出版者:誌友会事務局研修編集部
目次:籠釣瓶奇談(一) / 柴田和徹
ページ数:19 コマ数:11

ちなみにこちらだと「神戸の田村」氏蔵で、「大阪の刀剣会」に出品。

『日本刀講座 第8巻』(データ送信)
著者:雄山閣 編 発行年:1934年(昭和9) 出版者:雄山閣
目次:(歷史及說話三)本朝名刀傳
ページ数:31、32 コマ数:252、253

「田村市郎」氏は存在するが、上に「神戸」がつくと誰だかよくわからなくなってくる。
「大阪の田村氏」は「田村駒治郎」氏(世襲制で2代目もこの名前)かと思われるがはっきりした話が出てこない。

「大阪の刀剣会」で実際に見たという証言が一番信憑性が高いと思うので、昭和4、5年頃、「大阪名刀陳列会」の頃は神戸も大坂も同じ田村氏を指している、と考えて良いのではないか。

その「田村氏」から直接柴田氏に渡ったのか間に中峯氏を挟んだのかは不明。
村田氏は田村氏の書き間違いの可能性もある。

その後

昭和50年頃は渡辺国武氏蔵。

「刀剣と歴史 (491)」(雑誌・データ送信)
発行年:1976年5月(昭和51) 出版者:日本刀剣保存会
目次:名物の九州物(3) / 千鳥庵主人
ページ数:21 コマ数:15

現在は大阪府のブレストシーブ所蔵

「国指定文化財等データベース」

作風

刃長は『享保名物帳』では八寸八分(約26.7センチ)になっているが、『日本刀大百科事典』によれば八寸一分(約24.25センチ)が正しいという。

無反りで、健全な姿。地鉄は大板目詰まり地沸えつく。
刃文は彎れ調の五の目乱れで、掃き掛ける。
鋩子は尖り掃きかける。茎はうぶ。

『日本刀大百科事典』(紙本)
著者:福永酔剣 発行年:1993年(平成5年) 出版者:雄山閣
目次:さよさもじ【小夜左文字】 ページ数:2巻P354、355

仇討の逸話は創作か

高瀬羽皐氏の『詳註刀剣名物帳』辺りの時代からすでに、この逸話は創作であろうと言われています。

逸話に関しては、この復讐譚によく似た「夜泣き石 (小夜の中山)」の伝説が存在するため、基本的な見方としてはこの逸話はフィクションだろうと目されているようです。

下記の雑誌で本阿弥家の『名物控』の内容が引用されていて、仇討の逸話は本阿弥家から「勝山寿硯」という老人に照会して教えてもらったということが書かれている。
そして寿硯老人自身もこの仇討美談は「小夜の夜啼き石」の伝説と似ていることに疑念を抱いていたらしいということが分析されている。

「刀剣と歴史 (491)」(雑誌・データ送信)
発行年:1976年5月(昭和51) 出版者:日本刀剣保存会
目次:名物の九州物(3) / 千鳥庵主人
ページ数:21 コマ数:15

調査所感

・一時期の所有者について

上だと来歴を視覚的に整理しやすいよう項目ごとに分けていますが、実際にはほとんど『詳註刀剣名物帳』に載っている『名物帳』の記述部分に一繋がりで載っている話です。これ一冊でほとんど説明がつくという。

『名物帳』に載っている刀剣に関しては研究者が十分に調べ上げているので、能因法師の歌じゃなくて西行法師の歌じゃねーかみたいな検証もとっくに終わっています。

近代の来歴に関してはいつも通りとびとびでちょっとあやふやですが、刀匠の柴田果氏こと柴田政太郎氏はWikipediaにも記述があるくらいの方なのでそこでちょっと調べられます。

その前が「中峯」氏か「田村」氏かよくわかりませんが、少なくとも神戸だったり大阪だったりするけど田村氏が所有していたことまでは確定じゃなかろうか。……で、どの田村氏?

前から思ってたんだけど雑誌記事の「千鳥庵主人」って酔剣先生じゃねーのかなこれ……。
研究者が複数のペンネームを持っているのはまぁあることなんで、これが酔剣先生だとしたら情報の出所を結構整理できるけど確証はない。

・逸話の創作について

この辺の雑誌で詳しく分析されている。
『享保名物帳』が作られる以前から「小夜中山」の「夜啼き石」の伝説は大分有名だったらしいですね。

「國學院雜誌 = The Journal of Kokugakuin University 44(3)(523)」(雑誌・データ送信)
発行年:1938年3月(昭和13) 出版者:國學院大學
目次:佐夜中山夜国啼石の傳説 / 中島悦次
ページ数:9 コマ数:8

参考サイト

「国指定文化財等データベース」

参考文献

『諸家名剣集』
(東京国立博物館デジタルライブラリー)
時代:享保4年(1719) 写本
コマ数:40

『刀剣談』
著者:高瀬真卿 発行年:1910年(明治43) 出版者:日報社
目次:第六門 諸家の名刀 尾州の吉見左文字
ページ数:141 コマ数:95

『剣話録.上』
著者:剣話会 編(別役成義) 発行年:1912年(明治45) 出版者:昭文堂
目次:五 相州物(中)
ページ数:44 コマ数:32

『英雄と佩刀』
著者:羽皐隠史 発行年:1912年(大正1) 出版者:崇山房
目次:左文字の名物 ページ数:27 コマ数:25
目次:小夜の中山 ページ数:214~218 コマ数:119~121

『詳註刀剣名物帳 : 附・名物刀剣押形 増補』
著者:羽皐隠史 発行年:1919年(大正8) 出版者:嵩山堂
目次:青江、恒次、左文字、三原、安綱の部 小夜左文字
ページ数:189~191 コマ数:109、110

『日本趣味十種 国学院大學叢書第壹篇』(データ送信)
著者:芳賀矢一 編 発行年:1924年(大正13年) 出版者:文教書院
目次:八 刀剣の話 杉原祥造 越中
ページ数:364 コマ数:202
(2冊あるのでコマ数ずれる可能性あり)

『刀剣談 再版』(データ送信)
著者:羽皐隠史 著, 高瀬魁介 訂 発行年:1927年(昭和2) 出版者:嵩山房
目次:第五、諸家の名刀 小夜の中山【左文字】
ページ数:183 コマ数:103

『日本刀講座 第8巻』(データ送信)
著者:雄山閣 編 発行年:1934年(昭和9) 出版者:雄山閣
目次:(歷史及說話三)本朝名刀傳
ページ数:31、32 コマ数:252、253

『日本刀講座 第9巻』(データ送信)
著者:雄山閣 編 発行年:1935年(昭和10) 出版者:雄山閣
目次:名士と刀剣 大阪名刀陳列会
ページ数:282~285 コマ数:301、302

『怪談と名刀』(データ送信)
著者:本堂平四郎 発行年:1935年(昭和10) 出版者:羽沢文庫
目次:名物小夜左文字
ページ数:71~86 コマ数:42~50

「國學院雜誌 = The Journal of Kokugakuin University 44(3)(523)」(雑誌・データ送信)
発行年:1938年3月(昭和13) 出版者:國學院大學
目次:佐夜中山夜国啼石の傳説 / 中島悦次
ページ数:9 コマ数:8

『勤皇日本刀の研究』
著者:内田疎天 発行年:1942年(昭和17) 出版者:公立社
目次:第十三章 「左」派の作品通觀
ページ数:196  コマ数:114

『日本刀大観 下巻』
著者:本阿弥光遜 発行年:1942年(昭和17) 出版者:日本刀研究会
目次:第一 古刀の部
ページ数:778 コマ数:264

『日本美術年鑑 昭和28年版』(データ送信)
著者:東京国立文化財研究所美術部 編 発行年:1954年(昭和29) 出版者:東京国立文化財研究所
目次:重要文化財一覧
ページ数:41 コマ数:45

『指定文化財総合目録 〔昭和33年版 第2〕』(データ送信)
発行年:1958年(昭和33) 出版者:文化財保護委員会
目次:秋田県
ページ数:144 コマ数:81

「研修 (9)(183)」(雑誌・データ送信)
発行年:1963年9月(昭和38) 出版者:誌友会事務局研修編集部
目次:籠釣瓶奇談(一) / 柴田和徹
ページ数:19 コマ数:11

「刀剣と歴史 (422)」(雑誌・データ送信)
発行年:1964年11月(昭和39) 出版者:日本刀剣保存会
目次:刀剣奥の細道 / 福永酔剣
ページ数:48 コマ数:29

「刀剣と歴史 (491)」(雑誌・データ送信)
発行年:1976年5月(昭和51) 出版者:日本刀剣保存会
目次:名物の九州物(3) / 千鳥庵主人
ページ数:21 コマ数:15

『日本刀物語』(データ送信)
著者:福永酔剣 発行年:1964年(昭和39) 出版者:雄山閣
目次:孝子の小夜左文字
ページ数:65~77 コマ数:40~46

『新・日本名刀100選』(紙本)
著者:佐藤寒山 発行年:1990年(平成2) 出版社:秋田書店
(中身はほぼ『日本名刀100選』 著者:佐藤寒山 発行年:1971年(昭和46) 出版社:秋田書店)
目次:62 名物小夜左文字 ページ数:199

『日本刀大百科事典』(紙本)
著者:福永酔剣 発行年:1993年(平成5年) 出版者:雄山閣
目次:さよさもじ【小夜左文字】 ページ数:2巻P354、355

概説書

『刀剣目録』(紙本)
著者:小和田康経 発行年:2015年(平成27) 出版者:新紀元社
目次:≪第三章 南北朝・室町時代≫ 筑前国博多 安吉(左文字) 小夜左文字
ページ数:268、269

『物語で読む日本の刀剣150』(紙本)
著者:かゆみ歴史編集部(イースト新書) 発行年:2015年(平成27) 出版者:イースト・プレス
目次:第7章 短刀 小夜左文字 ページ数:169

『刀剣物語』(紙本)
著者:編集人・東由士 発行年:2015年(平成27) 出版者:英和出版社(英和MOOK)
目次:左文字作の刀 小夜左文字 ページ数:118、119

『刀剣説話』(紙本)
著者:編集人・東由士 発行年:2020年(令和2) 出版者:英和出版社(英和MOOK)
(『刀剣物語』発行年:2015年を加筆修正して新たに発行しなおしたもの)
目次:戦国大名が所有した刀 小夜左文字 ページ数:158、159

『刀剣聖地めぐり』(紙本)
発行年:2016年(平成28) 出版者:一迅社
目次:小夜左文字 ページ数:81

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