「山姥(謡曲)」と「紅葉狩(謡曲)」と山姥切考
回想56、57と能の「山姥」の構造
『謡曲大観 苐五巻』(データ送信)
著者:佐成謙太郎 著 発行年:1931年(昭和6) 出版者:明治書院
目次:山姥
ページ数:3165~3184 コマ数:186~196
え? 何最近「能」の山姥と山姥切に関する考察が流行ってるって? じゃあちょっと乗るか、このBIG? ウェーブにな! ってことで禅の方面から適当に「山姥(能)」考察をします。
禅方面からっていうか、そもそも能の「山姥」自体がもともと禅要素の深い話で、最初はあらすじ見ても何が言いたいのかさっぱりだったこの話も、仏教について調べ始めて『碧巌録』一冊分の解説を流し読みでも読んだ今になってようやくこの話の大意がわかるようになりました、ということでそっち方向から。
これに関してはもう結構いろいろな人が考察を出しているようなんですが、当たり前と言えば当たり前で前提となる研究史を把握した上で禅の内容から考えよう! って人はあんまりいないぜ! ってことで。他人の考察に乗ることが出来なさそうなので最初からやるしかねーか。
「山姥(能)」そのものの解説をじっくりしてくれてる方はすでにいますのでそちらを読んだ方がいいと思います。
古い本でもいいからちゃんと書籍を読みたい方は上記紹介した本はじめデジコレで能関係の本はたくさん読めますのでそちらを探せばいいと思います。
そうでない方はこの作品をまずどう捉えるべきか「山姥(能)」の研究史そのものに触れているWikipediaを読むのが正直早いなと思います。
さて、まずはそもそも回想56、57と「山姥(能)」は本当に関連がありそうかどうかですね。
ないっていったらそこで話が終了だ。
……正直、原作ゲームだけだと個人的には微妙なラインじゃない? って思いました(小声)。
どうする? 話終了する?
いやでも……舞台の方を見た後だと、「山姥(能)」における「山姥」と「百ま山姥」のやりとりは確かに悲伝の足利義輝と三日月のやりとりに印象が重なるかもしれない。つまり、長義と国広にも重なる。
ここ最近舞台からの考察で派生全部メタファー共通論理構造完全一致の疑似アカシックレコード(空、虚空)作品じゃないの? 方面で思考が固まってきたこともあり、派生のどこかで印象が重なったなら原作はその面影がガチで知識持ってないと拾えないだけで実際にはその要素があると見たほうがいいと思いました。
と、いうことで「山姥(能)」から拾う回想56、57。
「俺を差し置いて『山姥切』の名で、顔を売っているんだろう?」
二つの回想に共通するこの部分が「山姥(能)」の大体この辺りに似ているとな?
ワキ「山姥とは山に住む鬼女とこそ曲舞にも見えて候へ。
シテ「鬼女とは女の鬼とや。よし鬼なりとも人なりとも。山に住む女ならば。妾が身の上にてはさむらはずや。『年頃色にはいださせ給ふ。言の葉草の露ほども。御心にはかけ給はぬ。「恨み申しに来りけり。『道を極め名を立てて。世情万徳の妙花を開く事。此一曲の故ならずや。然らば妾が身をも弔らひ。舞歌音楽の妙音の。声仏事をもなし給はば。などか妾も輪廻を遁れ。帰性の善所に至らざらんと。恨みを夕山の。鳥獣も鳴きそへて。声を上路の山姥が。霊鬼これまで来りたり。
前半は、山姥って言ったら山に住む私のことだろ? あんたは山姥の名で有名になったのに本物の山姥のことはちっとも気にかけやしないという恨み言。
そして後半、台詞そのものは重ならないけど「山姥(能)」モチーフの作品には隠れている、こちらが本題ですね。
あなたは山姥の曲舞で有名になったのでしょう?
――ならば、私を弔ってください。
あなたが舞歌音楽を手向けてくだされば、私も苦しい迷いの世界を離れ、極楽へ行くことが出来る。
……泣いていいかな(耐えろ)。
そうだね。これは回想56、57。長義と国広のやりとりに真に込められた願いそのものですね……。
悲伝の足利義輝と三日月のやりとりとも同じだね。
あなたとは名の縁で繋がっている。
だからどうか歌って。私のために舞って。
この迷いと苦しみ、輪廻という円環の世界から逃れるために。
これ根本的にとうらぶのテーマだろうと思うからね。物語とは奪い合うものでもそのために憎みあうものでもなく、どうか私を忘れないで、その名に込められた愛を堂々と歌って、私のために。という願いの物語だろう。
だから煩悩即菩提。
「煩悩があるから、菩提を得ることもできる」というこの演目に込められたテーマは確かにまぁすごくとうらぶしてる(語彙)。
それではデジコレの本かWikipediaの「山姥(能)」のページでも見ながら原作や派生のメタファーとも重なり、ふたつの山姥切である長義と国広の物語に重要なだと考えられるポイントを拾っていきましょう。
・都で山姥を題材にした曲舞で名声を得た遊女「百ま山姥」は、信濃の善光寺に詣でる。従者らが同行している。
「善き光ぞと頼む」というセリフがあり、この善光寺の名前自体が重要で、阿弥陀の光明を頼りにするという意味です。
・消えぬ憂き身の、罪を斬る弥陀の剣の砺波山
仏教では刀剣は「智慧の剣」、般若の光と同様に例えられます。
・上路越えは如来の通った道、しかし乗り物で行くことはできない
大乗仏教はその名の通り乗り物を意味します。仏の教えという乗り物によって救われるという意味です。
なのでこのシーンは、如来への道を辿るのに仏の教えを一度手放せという、皮肉と諧謔の宗教である仏教というか禅っぽい場面です。
こうやって仏教知識を持ってから読むと確かにセンスの塊だわ「山姥(能)」……。
・上の恨み言のシーンからの「暮るるを待ちて月の夜声に」
一夜の宿を貸すことを申し出た女が百ま山姥に一曲舞ってほしいと乞う。
その正体は本物の山姥であり、百ま山姥が「月の夜」に歌ってくれれば自分も正体を現すという。
山姥切的に重要な一語があるので上記の本から解説文の方を直接引用します。
『謡曲大観 苐五巻』(データ送信)
著者:佐成謙太郎 著 発行年:1931年(昭和6) 出版者:明治書院
目次:山姥
ページ数:3165~3184 コマ数:186~196
“この夜中、私のことを気にかけて、山姥の曲舞を一節お謡ひ下されば、その時私も姿を現して、衣の袖をかはして、あなたの真似をして舞を舞ひませう」”
――あなたの「真似」をして。
「真似」、すなわち「模倣」。
山姥の曲舞で名声を得た遊女の「百ま山姥」、彼女が本物の「山姥」を救うために謡ってくれるのならば、その時こそ本物の「山姥」自身も、逆に「百ま山姥」の真似をして舞うことができる。
これは……確かに「ふたつの山姥切」が持つ問題の真の姿、隠れたテーマですね。
名がつなぐ「縁」の意味とは何か。
きっと本歌は写しが立てたその名声を決して奪いたいわけではない。
むしろ「百ま山姥(写し)」よ、あなたが少しでも私のことを、「山姥(本歌)」のことを詠ってくれるなら。
そうすれば「山姥(本歌」)である私も月の光の下、あなたのために、あなたの真似をしましょう――写しとなりましょう。
山姥切伝承の研究史というのは、本作長義(以下58字略)が存在したからこそ「山姥切国広」が打たれ、山姥切国広が存在したからこそ本作長義が「山姥切長義」になったという円環。
それを完成させるためには「百ま山姥」……すなわち、本歌が在ったからこそこの世に存在し山姥切の名を博した国広が「舞う」ことが必要だと。
悲伝で足利義輝が言っていた。
「刀剣は、時を超え、歴史を乱れ舞いながら戦い続けていく」
「舞」は「戦い」。
だから本歌と写しの物語は、最初から始まっていたのだ。
「……実力を示せ」「がっかりさせるな」
ところでこのセリフ、聚楽第だと国広も極めてようとなかろうと違いは三点リーダの有無くらいで「言われなくとも」と返します。
しかし回想57だと極国広側が売られた喧嘩を躱すのでちょっと話が主旨が逸れたように感じる。
回想57は国広側の研究史見ればあの言い分は無理もないと思うんですが、長義くん側の目的が達成されていません。
この辺の長義側の目的、意図が不発に終わるのは慈伝とも印象が似ています。
原作ゲームと慈伝は結構ストーリーが違いますが、共通ラインとして、この時点での本歌と写しのやりとりにおいて、国広の気持ちは長義に通じず、長義の意図は国広に汲み取ってもらえないすれ違いが生じています。
この時の国広の気持ちは結局のところ、原作でも慈伝でも「長義と一緒にいたいからこそ名前の件を我慢する」。
長義側の意図は同様に原作でも慈伝でも「国広を認めているからこそ国広自身の山姥切の名を誇ってもらいたい」。
で、いいと思います。慈伝だけだと保留していた部分もあったけど綺伝、夢語まで合わせて考えると長義くんはもう原作、舞台共にこれでぶれないと思います。
国広の姿勢は原作ゲームが明確ですが、綺伝や夢語まで合わせると結局舞台の国広も、愛情があるから憎まずにはいられないという前提が慈伝での態度を形成していたことが判明します。
この構造を考えると、「ふたつの山姥切」の回想56、57と「山姥(能)」は確かに山姥切伝承の研究史から当然想定される話の中核を考えても確かに似通っていますが、同時に原作ゲームでも他の派生でも、二振りのやりとりは「山姥(能)」を正しくなぞれていないという相違点も浮かび上がります。
ある意味その相違点こそが「山姥(能)」ではない「刀剣乱舞」の中核であり、二振りの「煩悩」の真相を表しているとも考えられます。
ところで上で確認した「山姥(能)」のあらすじはまだ実は前半部で、後半部が丸ごと残っています。
禅の世界、本来の面目
「山姥(能)」の後半部の話に行く前に、ちょっと「禅」に関する話をやっときましょう。
禅というと特に仏教の知識ゼロから始めた私のような審神者は南泉一文字の「南泉斬猫」の話を思い浮かべると思います。
が。
正直言って、「南泉斬猫」は禅の公案の中でも特に難しいと言われている問題なので、あれを考えると難しすぎて話が先に進みません。
とりあえず南泉和尚は猫ごとぶん投げましょう(待て)。
私は禅の考案書『碧巌録』をわかりやすく説明してくれる解説サイト様頼りで読んだのですが、初心者は問題一つ一つの文言そのものより禅が何を目的としているかをまず確認する方が大事だと思います。
禅問答の公案は内容的には色々なことが問われているように見えますが、一番重要なテーマはこれです。
「本来の面目」=「本当の自分」や「真の自己」というものは何か?
禅問答は基本的に、これを示すものです。
どういうことかというと、ここが仏教の話をしたときの「唯識思想」に関係してきます。
仏教は東洋哲学であると同時に、実践哲学とも言われます。
机上で完結させるのではなく、実際に行動を起こすことで真理を掴みます。その具体的な手法の一つが座禅です。
ブッダは縁起を唱え、のちに各派閥の研究者たちによりアビダルマが進んだ。
それをナーガールジュナは「空」という思想で爆破し、その後ヴァスバンドゥたちが「唯識」として再構築。
西遊記のモデルともなったかの有名な玄奘三蔵法師は、その唯識に関する経典を中国へと持ち帰り、これが日本にも伝来しました。
このインド哲学の中で仏教の唯識思想を作り上げた人たちは瑜伽行唯識学派といい、ヨーガ(瑜伽)の実践によって深層意識である「阿頼耶識」の存在を感じ取ることで唯識の教理をまとめあげました。
このヨーガ(瑜伽)と呼ばれるものが「禅」になったので、禅を行う動機はそもそも唯識と同じです。
雑念(煩悩)を消すことによって阿頼耶識を実感し、「本来の面目」「真の自己」を見つけ出すことと言えると思います。
思想の発展の時代とか宗派とか細かいこと考えると対応する単語が違うとか怒られそうな雑な説明ですが、ゼロから学ぶ人間はこのくらいの認識が限度でしょう。というか私がすでに限界です。
阿頼耶識でも真の自己でも真如でもなんでもいいですけど禅によって煩悩を消して自らの心の奥底を覗けばそういう清らかな心が見えてくるはず! というのが大体唯識思想で、それを掴むための修行が大体禅です(本当に雑すぎる説明)。
禅問答は修行者がその「本来の面目」をしっかり掴んでいるかどうかのチェック。
禅の修行僧がお師匠様から仕掛けられるテストです。
「本来の面目」はありのままの自分、本当の自分、のことなので一人一人回答が違って当然です。
逆に言えば誰かの真似では解決できません。
しかし人は、誰かに手法を習わねば十分な実力は身につかない。
師匠や歴史上の先人に敬意をもって真似をすること。
真似をやめて自分だけの物語を確立すること。
両方備えないと禅の公案には応えられないという性質があります。
『碧巌録』には先人のやり方をうわべだけしか理解していない未熟な修行僧の話とかそういう話も出てきます。
『臨済録』の話をしたときに取り上げましたが、臨済宗には例のあれがありますね。
“仏に逢うては仏を殺し、祖に逢うては祖を殺し、羅漢に逢うては羅漢を殺し、父母に逢うては父母を殺し、親眷に逢うては親眷を殺して、始めて解脱を得ん。物と拘らず、透脱自在なり。”
祖を殺せ親を殺せというのは実際に殺すのではなく、親の教えや仏の教え、師匠の教えを最後には乗り越えなさいと言う話。
一方、曹洞宗にはこういう言葉があるそうです。私がこの辺まだあんまりやってないので出典詳細はざっくり省きますが、曹洞宗の道元の『正法眼蔵』から
「仏道をならうというは、自己をならうなり。自己をならうというは、自己を忘るるなり」
習うは真似ると同じく学習を意味し、学ぶは真似るの語源と言われることもあります。つまり模倣。
そして仏道をならうには自己をならえ、自己をならうということは自己を忘れることだという一見矛盾した文言がつづく。
なんとなくわかってきたような気がしてきたと思います。そこで「山姥(能)」の話に戻りましょう。
「山姥(能)」は謡曲の本やWikipediaの解説などを読むと、この作品を作ったと考えられている世阿弥がその晩年、「禅の思想」に親しんでいたことを示す作品だと言われていることがわかります。
「禅の思想」が表現するものとは、「本来の面目」すなわち「本当の自分とは何か?」という問です。
しかしそれを知るためには修行者は親や師匠の教えを一度捨てろと言われるし、自己についてまなぶってことは自己を忘れることだからな! とか矛盾したことを言われるのが禅の世界です。だから禅は訳がわからないと言われます。
皮肉と諧謔、逆説の世界、それが仏教。
仏教は机上の空論ではなく実践を伴う哲学なので、頭で考えるだけでなく実際に行動したほうがわかりやすい部分がある。だからこそ空を悟るには慈悲が大事、つまり慈悲を実際に行えと言われる。
そんな感じで仏教と禅の困った逆説、皮肉体質を踏まえて「山姥(能)」後半戦に行きたいと思います。
煩悩即菩提、山姥の言いたいこと
・前半部で夕暮れを自ら呼び寄せて「百ま山姥」を足止めした「山姥」。
「百ま山姥」はことのあまりの不思議さに本当のこととは思えないと言いながらも、鬼女との約束をたがえてはいけないと思い、その出現を待つ。
・月が昇り「山姥」が現れ、前世の悪業により鬼となったものは自らの屍を打ち、前世の善行により天人になったものは自らの屍に花を供える、しかしこの世は善悪不二、絶対平等観を持ってみれば善悪の差別はなく恨むことも喜ぶこともない、けれど一方で差別観を持ってみれば山河など自然はそのままに美しいと説きながら現れる。
この辺仏教の基本スタンスが何事も表裏一体であることを念頭に置いておくといいと思います。
仏教は表裏一体なので善悪不二。善も悪もない。
けれどあえてその差に目を向ければこそ自然のあるがままの見事な姿に驚くと。
ここから「山姥」の姿が醜いと言う描写が入り、さらに「百ま山姥」が『伊勢物語』の話を思い出して、同じように世間に噂されるかと思うと恥ずかしいと思う場面が入ります。
ここはちょっと『伊勢物語』のほうを知らないとわからないので後でもう少し詳しくやります。
とりあえず話は進み、「山姥」と「百ま山姥」二人の舞が始まります。
ここで「足引の山姥」という歌詞が登場します。
人も善し悪しの差別観に捉われて六道を輪廻するのが苦しい、と訳されています。
“よし足引の山姥が。よし足引の山姥が山廻り、するぞ苦しき”
「百ま山姥」の芸風はこの「山姥の山廻り」ですが、本物の山姥はその苦しさを訴えるというシーンですね。
さらに山姥は、そもそも山は塵や泥から起こって天の雲にかかるまで高くなったもの……などと自然の情景を歌いながら、山姥自身は生まれたところもわからず宿もない、ただ雲の浮かび水の流れるように歩き回ってどこの山奥へもいかないところがないと続け、
ところで山姥はたまに人間に変化して重い荷物を運ぶものや機織り女を助けるということが、それが賎しいものには見えないため世間の人はただ鬼というのだということを歌います。
そして最後にこんな感じで締めくくる。
“世の中の殊につらく思はれる秋、袖に置く霜も、夜寒の月の白い色に埋れて見えなくなること、頻りに砧を打つ声の音繁く聞えるのは、それは全く山姥のする為業なのである”
“――どうぞ都に帰って世間話に伝えてくださいと、思うのも、やはり執着の心であろう。ただ何事もうち捨てて執着を離れなければいけない。
山姥が山廻りをするのは苦しい。人も善し悪しの差別観に捉われて、六道を輪廻するのが苦しい』”
“こうして、年中山々を廻り廻って、なお輪廻の苦界から離れることが出来ず、迷妄執着が積み重なって、こうした山姥となったのです。この鬼女の有様を御覧なさい」”
「山姥(能)」の主題は「煩悩即菩提」と言われます。
悟り(菩提)とそれを妨げる迷い(煩悩)は切り離すことができない。
煩悩があるからこそ、それがやがて悟りの縁となる。
「山姥(能)」の「山姥」は妄執に捉われる存在であり、それでも人を助けることもある存在であり、恐ろし気な姿の鬼女であり、しかし禅思想を説いて、「百ま山姥」の曲舞によって救われることを願う存在である、と。
あらゆる要素が表裏一体となって煩悩、執着は自分から切り離せない、けれどむしろそれがあるからこそ菩提を得られるという逆説的な仙女的存在になっている……と考えるようです。
救われたいと願いながら、救われる方法は執着を手放すことだと知りながら、なお、手放せない。
これは本当に禅というか仏教全般のテーマですね……。
「山姥」と「百ま山姥」、「鬼女」と「遊女」、
そしておそらく「執着(貪)」と「無明」。
山姥の言いたいこと、「煩悩即菩提」はあらすじを読むだけでもなんとなくわかりますが、ここで重要なのはもう一人の女性、「百ま山姥」側の感情と動きもだと思います。
単に「山姥」の頼みに応えているだけにも見える「百ま山姥」、そちらのテーマを考えるには、途中に挿入された「百ま山姥」の内心『伊勢物語』の解釈が鍵だと思われます。
『伊勢物語』の鬼と男の結末
『新釈日本文学叢書 第4巻』
著者:物集高量 校註 発行年:1918~1923(大正7~12) 出版者:日本文学叢書刊行会
目次:伊勢物語
ページ数:4、5 コマ数:34
『日本古典鑑賞講座 第5巻』(データ送信)
発行年:1958年 出版者:角川書店
目次:芥川(第六段)
ページ数:183~185 コマ数:94、95
山姥(能)の途中に挿入されているのは、現存する歌物語最古の作品と言われる平安時代の短編集『伊勢物語』の第六段「芥川」(「白玉か」、「鬼一口」とも呼ばれる)のエピソードです。
高校の教科書によく載っているようです。そういえば昔確かにやったような。
短い話ですので適当に訳した文章を載せます。ニュアンスだけ分かればいいよなの精神ですので文法にちゃんと沿ったものを見たい方は自分でお調べください。
『伊勢物語』 第六段 芥川
昔、男がいた。
なかなか手が届きそうもない高貴な女に何年もの間求婚し続けていたが、やっとのことで女を盗み出して、とても暗い夜に逃げてきた。
芥川という川のほとりを率いて往く途中、女は草の上におりていた露を見て
「あれは何?」
と、男に訪ねた。
行先も遠く、夜も更けてしまったので、鬼のいる所とも知らないで、雷まで激しく鳴り、雨もひどく降ったので、荒れ果てた蔵に、女を奥に押し入れて、男は、弓、胡簶(矢を差し入れて背に負う武具)を背負って戸口に座った。
早く夜が明けてくれと思いながら座っていた所、鬼が女を一口に食べてしまった。
女は「あなや」と言ったけれども、雷が鳴る騒ぎに男は聞くことが出来なかった。
やっと夜が明けてきたので、男が蔵の中を見ると、連れてきた女はいない。
男は足摺をして(地団太を踏んで)泣くけれどもどうにもならない。
白玉か 何ぞと人の問ひし時 露と答へて消えなましものを
(「あの光るものは白玉でしょうか。それとも何かの光ですか」と女の尋ねたときに、「あれは露です」と答えて、露のように儚く死んでしまえばよかったのに。そうしたらこのような悲しい思いをすることもなかった。)
これは、二条の后が従妹の女御のお側に仕えていたのを、非常に美しかったので盗んで背負って出たのを、その兄君の堀河の大臣と国経の大納言とが、まだ低い身分の時、宮中へ参上する途中、ひどく泣く人があったのを聞きつけて、男を引きとどめ取り返したとのことです。
それをこのように鬼と言ったのです。
二条の后がまだ若くて、ただの人でいらっしゃった時のこととか申しております。
――って、こういう話なんですが、古文なんでさらに外から注釈が必要になります。
まずこの話は、前半と後半に分かれます。
前半は女が男に攫われて鬼に食われてしまったという話。
後半はその話の裏側で、実はこういう出来事をモデルにしていますよというネタばらしです。
『伊勢物語』の主人公は「昔、男ありけり」としか語られませんが、在原業平だと言われています。この人は自分も天皇の血を引く貴公子であはりますが、それでも手の届かないほど身分の高い女性、二条の后こと藤原高子に恋していたとか若い頃恋愛関係にあったとか言われているようです。
『伊勢物語』に関しては成立年代の問題があって、誰かが作ったものに継ぎ足し方式で何十年かかけて書かれたのではないか? ということからこの段も前半と後半違う人が書いたんじゃ? という問題があります。むしろ長年その見方だったものが近年はいや同じ人が書いた作品の一部としてちゃんと見よう、の方向性らしいですが。
正直『伊勢物語』ほど古い作品になると成立の研究だけで研究書一冊以上成り立ってしまう大研究なので、『伊勢物語』そのものの解釈はぶん投げましょう。
我々に必要なのは、この話を組み込んで「山姥(能)」を書いた世阿弥の視点と、それをモデルにしたかもしれないとうらぶ制作陣の視点です。
男は女を蔵に押し込めて自分は蔵の外で見張ることにした。
それなのに女は鬼に食べられてしまった。
つまり鬼は蔵の外ではなく、蔵の中に最初からいたことになります(!)
しかも男が鬼と出会った描写がないのですから、男が女を出すために蔵を開けたとき、まだ蔵の中に鬼がいることになります(!)
はい、前半の話は普通に考えて何もかも状況がおかしいですね!
だからこれはあくまで「比喩」で、こういう話の言いかえなのだ、という種明かしをしているのが、これは二条の后の若い頃の話で……という後半の内容なわけです。
そしてこの種明かしの前に、白玉か、のフレーズで始まる和歌が挿入されています。
女は道の途中で露を見て「あれは何?」と尋ねた。
しかし男は先を急ぐのに必死でそれに答えなかったのでしょう。
だからそれを後悔して、女が鬼に食べられたあと、もうどうしようもなくなった後に後悔の歌を詠む。
あの時あなたに答えなかった、答えてあげればよかった。露だよ、と。
そして自分もそのまま、露のように消えて死んでしまえば良かったのだ。
こうしてあなたを失う悲しみを知るくらいなら。
和歌の内容からすると、女は露を見て「白玉か?」つまり真珠か何かの光か? と尋ねたようです。
それに男は答えなかった。それどころか女が鬼に食われたときに上げた悲鳴さえ雷で聞こえていない。全般的に男が女の声、言葉なんも聞いてないじゃねーか。
ただこの意味は、そもそもこの話が現実に起きたことではなく「比喩」だと考えると意味が変わります。
『伊勢物語』「芥川」そのものの解釈としては男にとって女を取り返しに来たその兄たちが鬼だとする解釈が一般のようですが異論もあって正直もう『伊勢物語』に関する解釈を出すのは断念します。
問題は世阿弥ととうらぶ制作側が使っているかもしれない解釈、つまり仏教的視点です。
仏教的視点で見ればこの話は、全部男の内心の出来事です。
鬼は、女を手に入れようとする男自身の内心の投影で、そもそもその女は男の煩悩をそのまま具象化したものと見てよさそうです。
仏教では男と妻の関係に実はこの女は財産の譬えだ、肉体の譬えだ、みたいなネタを明かすと色気もへったくれもないオチがついてくる話があります。
そして、このような見方をした場合、このエピソードが「山姥(能)」にとってどのような意味を持つのかも説明できることになります。
「煩悩即菩提」
女の存在は男の煩悩そのもの、その女は儚く消える露を見て真珠か何かの光かと尋ねる。
諸行無常を真珠のような宝物であると見る清らかな心、の体現だと考えられます。
しかし男はその女の質問には答えないし、その女の悲鳴も雷に邪魔されて聞こえなかった。
雷のSEはとうらぶの舞台でも多用されますが(維伝が顕著)、『伊勢物語』を取り上げたある論文では「鬼がそこに存在する」ことを示す表現だと書かれていました。
ただこの雷に関する表現については私の方でまだその解釈で確定したいと言えるほど根拠が集まっていないのでちょっと保留。
仏教だと雷神が鬼の様態で描かれたり帝釈天ことインドラ神が雷使いなので「鬼/神」両方の表現な気がします。これも善悪不二ということかもしれませんが。
「芥川」を実在の地名の方で考えると場所がおかしいとは『伊勢物語』の解釈の方で言われていることなんですが、それもこの芥、塵やゴミのことだと考えると仏教的な「ケガレ」「煩悩」で川が汚れて涅槃の象徴である海に至ることができないと読めそうです。
そして「蔵」は、「阿頼耶識」の象徴ではないかと思います。
女が男を押し込めた場所が小屋とか家とかではなくあえて「蔵」なのは、唯識でいうアラヤが蔵と訳されることを知っているともう完全にそれっぽいかなと。
世阿弥が禅の思想をもとに「山姥(能)」を書いたなら阿頼耶識を蔵識と言うことも知っていると思います。
百歩譲って世阿弥が知らなかったとても、とうらぶは確実に知っているだろうから最終的にそれで解釈するのが自然だと思います。
荒れ果てた蔵は女を盗んできた男自身の心の中。
男は女を奪われまいと、真理の見えない愚かさを示す無明の夜闇の中、蔵の戸口で外ばかり見張っている。
しかし鬼はそもそも蔵の中にいる。男自身の心の中に。
それに気づかない男は、女が鬼に食われた声さえも気づかない。
女の声をかき消す雷、それは神が煩悩をかき消せと強いる仏法か。
やがて夜が明け般若(智慧)の光が照らすと男は女(煩悩)を失った事を知る。
(女を攫って逃げていくという罪を犯すより、やがて天皇の后になる運命の彼女をその兄のもとに返した方が良かったのかもしれない)
それでも。
彼女を失うくらいなら、あの時露と答えて露のように、消えてしまいたかったと男は嘆く。
……こういう解釈するとこれも「煩悩即菩提」の話じゃねーか?
煩悩があるから菩提に至れる。
けれど煩悩を離れられない。
いや、そもそも人は、本当の意味では煩悩を消したくないのだ。
だから男は女を失って、自分も消えてしまいたかったと嘆き、「山姥」は遊女の「百ま山姥」の前で自ら舞い、輪廻の苦しみを謡う。
一応禅自体は平安時代の『伊勢物語』が取り入れられるほど古くない、日本に中国禅が伝えられたのは鎌倉時代という前提があります。
ただ世阿弥さんは室町時代の人なのでそれを踏まえてこの物語を捉えなおした可能性がある。
というか多分とうらぶが最終的になんでもかんでも容赦なく仏教的メタファーに使ってくるからどっちでもいいんじゃねーか(雑)。
慶長熊本の王昭君の絵の解釈出すのに史実と受容史からの創作という理解が必要になる作品だぜ刀剣乱舞……。
「山姥(能)」の「百ま山姥」は、自分も「芥川」のこの女のように「山姥」に一口で食べられてしまうのではないかと怯えます。
しかし、「芥川」に出てくる「鬼」がおそらく「女」をさらった「男」自身の投影だとすると両者は同一のもの。
そしてそもそも「百ま山姥」自身はどういった存在か。
高名な遊女である「百ま山姥」は善き光を頼み、阿弥陀如来の辿った道を、大乗仏教の教えを示すだろう乗り物を降りて自分の足で進むことを決めました。
仏の教えを求めた彼女の前に現れたるは本物の「山姥」。
つまりこの「山姥」こそが「百ま山姥」に仏の教えを諭してくれる象徴的存在であり、その教えの内容も明確です。
「煩悩即菩提」
山姥の名による縁を持った「山姥」と「百ま山姥」こそ、自分の求める者こそ今目の前にいる相手自身なのだと繋がる存在です。
仏の教えを求める美しい遊女、仏の救いを求める醜い山姥は同じもの。
女に恋着し女を盗み出した男、最初から蔵の中にいて女を一口で食ってしまった鬼は同じもの。
美しく見えるものと見にくく見えるものという「差別観」(この「差別」は仏教用語の方)。
それを除いて物事を見れば「山姥」と「百ま山姥」の存在に違いはなく、足引きの山姥の山廻りは人が輪廻を廻る苦しみと同じものである。
女に恋して無理やり盗み出した男の恋着と、女を一口で食ってしまった鬼の恐ろしさは同じもの。
一見異なるように見える二者が実は同じものだと示すこれも円環構造の一つだと思います。特に「山姥(能)」の方は「百ま山姥」が謡ってくれるなら本物の「山姥」もそれを真似して謡う円環構造が完成します。
禅は様々な公案により、仏の真理を、「本来の面目」「本当の自分」とは何かを問いかけてくる。
……ところでそういう入れ子式の『伊勢物語』「芥川(白玉か・鬼一口)」にまで言及してみた訳なんですが。
舞台のとうらぶ見てるとこの「芥川」の男の心境こそ国広の心境じゃね?
白玉か 何ぞと人の問ひし時 露と答へて消えなましものを
EXTRA 謡曲『紅葉狩』と山姥切考
『謡曲大観 苐五巻』(データ送信)
著者:佐成謙太郎 著 発行年:1931年(昭和6) 出版者:明治書院
目次:紅葉狩
ページ数:3079~3092 コマ数:142~149
『謡曲解説 第1編』
著者:川島金五郎 編 発行年:1913年(大正2) 出版者:謡曲解説発行所
目次:紅葉狩
ページ数:137~158 コマ数:84~95
上の「山姥(能)」の考察をしていて、結構納得できたのでやはり他の人たちの言う通り回想56、57は「山姥(能)」がモデルでいいんじゃないかと思います。
が、まだ気になるところがあるので考察を続けます。
単純にボリュームが足りない。
「山姥(能)」が「山姥切国広」の物語だというならこれは結構納得できるんですよ。
国広の内心は舞台だと特に顕著ですが、長義への想いに写しとしてのコンプレックスが絡みついて形成されているので、それをどうにかして悟りに至る、つまりコンプレックスの克服が「煩悩即菩提」のテーマそのものでしょうから、「山姥」や「男」の心境は国広の心境と重なると考えられます。
ただそれを即長義くんの物語としていいのかには疑問があります。
回想56、57において長義くんの役割を「山姥」にだけ求めると長義くん側の話のボリュームが少なすぎます。
また、上で煩悩即菩提のテーマから「芥川」の解釈まですると、「山姥」と「百ま山姥」は本来同一の存在だと考えたほうがいいと思われます。
「山姥(能)」に出てくる「山姥」と呼ばれるべき存在は、本来は焼失扱いだった山姥切国広が再発見された際に見落とされた本来の逸話、「小諸で国広が山姥を斬った逸話」だと考えたほうがいいと思います。
こう考えると、回想57で国広が長義の言い分に反対したこと、つまり長義が「山姥」であることを否定したのは正しい反応だと思われます。
しかしそうすると、じゃあ回想57の後半はなんだ? という別の問題が発生します。
「山姥(能)」との接点を示すものが冒頭の長義の台詞一言って少なすぎないか?
国広側が「山姥(能)」の物語をなぞることを拒否した。国広は国広であって「山姥(能)」ではない、あの物語は山姥切国広の得るべきものではない、という結論でも一見良さそうなものですが……。
私は、むしろ山姥切国広はあの物語をなぞるべきだと思います。
「煩悩即菩提」は決して国広自身にとって無関係なものではない。
「山姥」が「百ま山姥」に曲舞という救いを求めているのなら、むしろ国広はその物語をなぞり、「百ま山姥」として「山姥」の望みに答えることで円環を完成させる――自分の力で、本当の意味で自分自身を救うことが必要ではないかと思います。
ただ、じゃあ回想57はこの時の国広側の心境としていったんこの物語から離れたけど最終的に戻ってきて物語は完成するよ! だとすると。
……完全に国広側の物語過ぎて長義くんの役割が少ない。この考察だけだと国広の添え物にしかなりませんよね。
それは明らかにおかしい。
さんざん長義・国広の考察を続けてきて思いましたが、この二振りはどちらかに偏った考えで見るとすぐに状況が破綻します。
長義くんの立場が「山姥」として国広に救われるだけ、なら最初から国広を単独主人公とした話にすればよいのであって、原作ゲームとしての刀剣乱舞がその考えで回想を展開するとは思えません。刀剣男士の立場は基本的に平等のはずです(そうじゃねえならレアリティ詐欺問題どうにかしろ)。
原作が二振りを不平等に扱っている、という考え方もありえません。
むしろ国広側が始まりの五振りに対し長義にも監査官という役目が与えられていること、離れ灯篭の歌詞などから見ても完全にどちらが上も下もない一対として描写されていることを考えると、二振りを完全に平等に扱っていると言えます。
つまり、山姥切国広側の主な物語を「山姥(能)」と見るなら
山姥切長義側にも、なぞるべき別の物語が存在する……?
だとしたらそれはなんだ? 能、歌舞伎、いや、もしかして
『紅葉狩』……!?
そうか、また逆か!
離れ灯篭といい慈伝からの舞台といい、なんか山姥切に「紅葉」「秋の葉(日日の葉)」要素を派生が公式でやたらと打ち出してくると思ったら。
そうじゃなくて、二振りの回想のモデルが「山姥」「紅葉狩」のセットなのかもしれないのか!
順番的にはちゃんと原作から「紅葉狩」要素があって、派生はそれをもとに展開してるから当然国広と長義の物語を描く際に使われるモチーフが「紅葉」になるのか。
長義くん実装時の記念イラストが紅葉の中の二振りだったのも。
えーと、じゃあ仮説の段階なのでまだ軽くですが「紅葉狩」を調べてみましょうか!
……。
……。
…………。
……うん、これだな。これっぽい。
「能」でも「歌舞伎」でも「紅葉伝説」でもなく、「紅葉狩(謡曲)」の方だろうなこれ。
一応考察をする以上は「山姥(能)」も「紅葉狩(能)」も一通り目を通しはしたんですよ。
国広と「山姥(能)」に関してはそれこそ『日本刀おもしろ話』で酔剣先生が言及している以上、調べないという選択肢はない。なお禅の知識がないと一番重要なテーマが読み取れない模様。
長義くんと「紅葉狩」に関しては、戸隠という地名の共通性からむしろ昭和初期の研究者(寒山先生の先輩世代)がこの演目に影響された可能性を考えて「紅葉伝説」のほうばっか調べてた。
ただこの調べ方あんまりよくなかったのかもしれない。
重要なのは「能」ですらなく「謡曲」の「紅葉狩」の可能性が高い。
紅葉伝説は、話の原型そのものは存在したかもしれませんが、実際には今長野で「紅葉伝説」として流布されている話は能などの「紅葉狩」を影響を逆に受けているのではないかと指摘されていますね。
すなわち、「創作」が「伝説」を作った。
「山姥(能)」の解説が載っている本に「紅葉狩(能)」のページもあるんですが、その解説の出典部分にも謡曲によって著名になった伝説で、先進文芸にその典拠が見当たらないとされています。
ついでに、後世の文芸と元の謡曲との違いも指摘されています。
「紅葉狩」の舞台が戸隠山とされているのは「間狂言」の台詞の中のみの話で、謡本そのものには書かれていません。
更に、維茂が山を訪れた理由も謡曲そのものには単に鹿狩りとされているものが、間狂言で「鬼神退治の勅命」とされているため、後世の文芸、つまり現在の認識だとこちらを重視して維茂が最初から鬼神退治に戸隠を訪れたと解釈されている場合が多いようです。
『謡曲大観』の解説者は勇士が計らず不覚をとるのだから謡本のような構想の方が自然でよいと思うと言っています。
『謡曲大観 苐五巻』(データ送信)
著者:佐成謙太郎 著 発行年:1931年(昭和6) 出版者:明治書院
目次:紅葉狩
ページ数:3079~3092 コマ数:142~149
更に、謡曲の「紅葉狩」についてはもう一冊、下の本での解説がいろいろな疑問を一気に吹き飛ばしてくれるわかりやすさがありました。
『謡曲解説 第1編』
著者:川島金五郎 編 発行年:1913年(大正2) 出版者:謡曲解説発行所
目次:紅葉狩
ページ数:137~158 コマ数:84~95
“人界に生を寄せて、女と化した妖鬼が、紅葉の麗しさに誘はれて、山中に酒宴を催した折から、端なくも、狩猟に出掛けた余五将軍維茂の雄姿を見そめて懐かしさに堪へられず、呼び留めて、酒を勧めたので、維茂は、すすめられた酒に酔ひ臥して夢に入り、女は、飲んだ酒に心乱れて、一際人間が慕しくなり、終に本性の鬼形を現して維茂を捕らうとするのを、維茂は、八幡の加護と霊剣の威徳とに因つて、この鬼女を退治したといふ筋である。もと是は、維茂が、観楓の宴を戸隠山で張つた時に、何處から来たとも知れず一人の美女が出て来て、宴に侍したので、不思議に思つて、その名を尋ねた。その時ふと美女の顔の酒杯に映つたのを見れば、こはそもいかに、その姿が鬼形である。そこで維茂は、剣を抜いて切り払ふと、忽ち風に乗つて、虚空遥に消え失せたといふ伝説があるのを骨子として、但脚色の都合と、主格の地位を換へて作つたものである。又一遍の色彩に供した紅葉と酒宴とは、即ち酒色であつて、酒色の害毒を説明したものとも見ることが出来る。”
――鬼女は、維茂のことが好きなのか。
雄姿を見初めて。
一際人間が慕しくなり。
維茂を捕らうとするのを。
懐かしさが堪えられなかったり、人間が慕わしくなり、ということなので恋とするにはちょっと違うような気もしますが、典拠が存在せずこの創作をこそ原点とする「紅葉狩」においては、鬼女は維茂をただ手に入れようとしただけであって、今紅葉伝説と聞いて大体の人が思い浮かべるような最初から維茂を殺す気があったかどうかは微妙なところのようです。
舞台が戸隠山であること、
維茂が鬼神退治の勅命により訪れたこと、
鬼女が維茂の命を取ろうとしていること、
この辺りは主に間狂言の台詞で説明されていて、謡曲だけを読むと存在しません。
ただし、鬼女は結局維茂を捕らえようとするわけですから、後半になると本性を現しますし維茂はそれに抵抗して戦います。
まぁ鬼女に捕らえられそうになるという時点で普通死ぬんじゃねえかなって発想自体は自然ですしね……。
これに関しては実際に謡曲の文面を自分の目で全部確認してもらった方がいいと思います。
間狂言で維茂にお前は鬼女に狙われてるぞと教えるのは、八幡台菩薩の使いである武内の神で、鬼を退治するための霊剣まで授けてくれます。
武内の神……ってこれ審神者の「武内宿禰」さんじゃーん! そうか『古事記』『日本書紀』の話した時にやりましたが、八幡台菩薩って応神天皇のことだもんな。神功皇后・応神天皇母子に仕えた審神者・武内宿禰さんも一緒に祀られてるんだった。
そんな審神者の武内さんが出てくるのは間狂言だけなので、純粋に謡曲部分しか載せていない本だと省略されることもあります。
後半の維茂の台詞からも、八幡台菩薩の加護により鬼女を討ち取るという基本の筋立ては変わりませんが、最初から鬼神退治に来ていたのかなどの事情は、間狂言があるかどうかで随分変わります。
現在「紅葉狩(能)」の話をする時は、維茂はもともと鬼神退治の目的を持って戸隠山を訪れ、鬼女・紅葉もそれを知った上で維茂を罠にはめるべく酒宴を開いたが、維茂は八幡台菩薩の使者・武内の神に夢の中で霊剣を与えられて見事鬼女・紅葉を討ち果たす、となっております。
しかし、元の謡曲、特に能としての間狂言を挟まない謡本での話を整理すると、
・鬼女の一行は単に美しい紅葉を見物したくて紅葉狩のために酒宴を開いた
・維茂は鹿狩りのためにたまたま山に来ていた
・鬼女が酒宴に誘った維茂を誘惑するのは単純に維茂に惹かれたため
・維茂は夢から覚めて鬼女の本性に気づくが、八幡台菩薩の加護で倒す
・舞台が戸隠山であるとは言われていない、また、鬼女の名前は出てこない
最重要な話として、そもそも謡曲「紅葉狩」に出てくる鬼女は「名前」が出てきません。
あの鬼女の名前が紅葉ではないと言うより、むしろこの謡曲が逆に信濃の紅葉伝説を作ったという話ですね。
紅葉伝説の形成事情に関してはネットのあちこちでもある程度説明されていますが、典拠となる書籍がこの室町時代の謡曲より後であると言われています。
だから、物語の名前だった「紅葉狩」からとって鬼女の名前が「紅葉」になったと考えられる。
今だと紅葉が維茂に倒されたという事情から逆に紅葉はもともと維茂を殺すつもりだったのだーと考えられている、それを基準に話が作られ認識されている感じがしますが、もともとこの鬼女には名前がなかった。維茂を捕らえようとしたのもただ彼を見初めたため。
しかしこの謡曲「紅葉狩」という創作があまりにも有名になりすぎたために、逆に紅葉伝説が生まれ、信濃のあちこちに鬼女・紅葉ゆかりの場所と説明される場所ができた。
信濃に鬼女の伝説自体はもとからあったかもしれない。
けれど、謡曲の「紅葉狩」に出てこないように、その鬼女には本来名前がなかったはず。
創作の「紅葉狩」が有名になったことによって、信濃の鬼女に「紅葉」という名を与えた。
そうか……鬼女・紅葉はこの性質そのものが、山姥切長義と同じなんだ。
人が作り出した「創作」が、伝説に「名」を与えた存在。
そしてその「名」から今度は「歴史」を生み出す。
もともとは紅葉の美しさに惹かれて紅葉狩をしていたはずの鬼女は、見初めた勇士・維茂に倒され「紅葉狩」という一つの物語となることによってようやく、永遠に彼と一緒に語られる存在になった。
美しい「紅葉」を追い求め、惑わされ、その結果生まれた鬼を斬ることによって、ようやく「紅葉」の名を得る。そういう円環。
紅葉伝説だと当然のごとく紅葉と維茂のセットですからね。特に戸隠はそうっぽい。
紅葉伝説の形成自体にはいろいろな物語が含まれていることが結構指摘されています。
これに関してはデジコレの文献だけじゃなく趣味で調べてる人のネット記事なんかも結構気合い入っていて興味深い。
戸隠と言えば多田満仲の信濃戸隠での鬼退治の話が『太平記』に載っていますしね。ってこの刀は兄者(鬼切こと髭切)ですが。
謡曲の「紅葉狩」が有名になったことで別の芸能でも似た物語が展開される例もあります。
歌舞伎だと「紅葉狩」という演目が作られましたが、こちらの刀は小烏丸……パパ上が引っ張り出されてます。なお紅葉さんは更科姫に改名しました。
現在の紅葉伝説はこうした様々な事情や演目がごっちゃになって語られていますが、純粋に元の謡曲の話だけを追うことも大事かと。
とはいえちょっと素人調べじゃ、謡曲の読み口を大分変える間狂言の成立や扱いがよくわからないんですが。大観の解説にその辺のことが載っていないということはガチで判明していない可能性もあるので深追いはしません。
今わかるのは、紅葉伝説自体の典拠である創作・謡曲「紅葉狩」に出てくる鬼女にはもともと名前がなかったし、場所も間狂言がなければ戸隠山であることすらわからないという事情です。
では紅葉伝説あらため「紅葉狩(謡曲)」の形成過程と受容史、そこからの紅葉伝説の歴史と創作について踏まえたところで肝心のとうらぶの回想57の話に入りたいと思います。
まず、原作ゲームの回想のモデルに関して長義くん側の物語が「紅葉狩(謡曲)」だとすると、派生作品である舞台で長義くんがなんども「酒は飲まない(飲めない)」と強調していることの意味が判明します。
上の引用でも解説されている、“又一遍の色彩に供した紅葉と酒宴とは、即ち酒色であつて、酒色の害毒を説明したものとも見ることが出来る。”の部分です。
維茂は鬼女に勧められた酒を断ろうとしますが、最後は情に負けて飲んでしまいます。
この時に仏教では酒は戒められている、破れば邪淫妄語の戒も破ることになると説明されています。
舞台の「酒」要素はこれだろうなと思います。
邪淫に妄語。
慈伝はまだ歓迎会の名目がありましたが、特に維伝・无伝・綺伝と割と酒に関する重要なシーンが立て続いています。
記紀神話方面から見ても酒は鬼退治・蛇退治の切り札というか飲むと眠ってしまってその間に退治される物語が多いんですが、特に長義くんに関してはこの「紅葉狩(謡曲)」の意味でとるのがいいかと思います。
そしてもう一つ、回想57に直接関わってくるだろう要素。
“懇ろにたづね候へば、名をば申さず。只さる御方とばかり申し候ふ。”
――鬼女は、名を尋ねられても、答えない。
回想57だけだとたまたまこの範囲では国広が回りくどい答え方をしているだけみたいに思っちゃうんですが、それこそ舞台や花丸など派生作品の国広を見ると覚える疑問があります。
「なら、俺は彼を何と呼べばいいのかな」(舞台・慈伝)
「じゃあなんと呼べばいい?」(花丸)
舞台や花丸で、長義は国広のことを「なんと呼べばいいか」、はっきりと尋ねています。
慈伝の舞台では直接国広に尋ねているのではなく同田貫に対する問なので返答を鶯丸に横からかっさらわれてもうまく誤魔化された感がありますが、花丸は直接国広に尋ねています。
私が花丸で確認したのはまだ漫画版だけなんですけど、お互い正面から向かい合ってこの質問を投げて、二振りが見つめあうシーンまで入っているのに、次の小さなコマで国広は「もういい」としか言わないんです。
この反応、かなりおかしくないか?
本当にただ名前に確執のある関係というだけなら、自分はなんと名乗ってなんと呼ばれたいのか、はっきり主張する方が普通だと思います。
主張時の語気や威勢は弱くとも、主張自体をしないということはありえるのだろうか。
例えばキャラによっては気弱故に主張ができない、という話だったら次のエピソードの小夜への対応について悩む静形のように、その障害が内面の焦りや困惑であること自体を描かれると思います。
そもそも大前提として山姥切国広がそんな言いたいことも言えないほど気弱なキャラか……という問題があります。
名前に関する主張をした結果、希望がかぶったりもめたり妥協したりということは確かにあるでしょうが、そもそも国広は妥協や諦めの前にまず、なんと呼ばれたいのかの希望自体を一切口にしないのです。
本当に心の底から自らの名前に拘らなかったのなら、逆にそれを口にした方が相手との不和を解消することになるでしょうからそうした弁解をするでしょう。
あるいは、刀剣男士にとっての名前がどういうものか、ここで名前に拘りのない国広でも名前を軸に顕現している以上己で己の名前を否定できない、などという設定がある可能性も考えてみましょう。
だとするとそんなピンポイントな説明はこのタイミング、むしろそれより以前に世界設定として説明が挟まれる類の情報だと思われます。
また、刀剣男士にとって他者からの呼び名が何か影響を与えるか、に関しては舞台などですでに国広が「山姥切」「国広」「まんば」と様々な呼び方をされている以上ありえない、と捉えるべきです。
名前の呼び方一つで刀剣男士の存在に影響が出るのなら、山姥切長義登場どころか舞台第一作目で国広を「まんばちゃん」呼びした不動君が極悪非道ということになります。んなバカな。
名前なんて、当人(刃)の拘り以外にはなんと呼ぼうと本来どうでもいいのです。
全ての本丸が確実に全ての刀剣を号と刀工名から成るフルネームで呼んでいることが確実ならまだしも、そうでないことがはっきりしている以上、名前に関してはあくまで当刃の心情以上の問題はありえません。
そしてその山姥切国広自身の希望を山姥切長義は花丸で直接国広自身に尋ねた。
しかし、国広は答えない。
慈伝はそれにあまり違和感を抱かせないような脚本になっていますが、花丸は見れば絶対に違和感を覚える作りなので、これが明らかに異常なシーンだと教えてくれます。
二次創作なんかだとそれぞれの本丸で国広側はどう呼ばれたいのか希望を出している場面を書いたり描いたりしてる作品はいくらでもあると思うんですが、舞台と花丸、二つの派生によるこの問題の公式回答は「山姥切国広はなんと呼ばれたいか答えない」のようです。
名前は重要だという問題をさんざんやった後で、国広自身がなんと呼ばれたいかの回答を出さない。
国広を偽物と呼ぶ山姥切長義を登場させたあとで、その長義自身が別に常に一方的に国広を偽物と呼ぶのではなく、むしろ自分から「なんと呼べばいい?」と質問するシーンをわざわざ入れているのに、その返答を出さない。
これは確実に、意図的に国広は自分の呼び方の希望を出さないように描かれていると思います。
国広に呼ばれたい名前の希望がないということではなく、「国広が答えない」ことに意味があるのだと理解させる演出です。
刀剣男士が呼称の希望を出せないわけではないことは、長谷部のボイスなども証明しています。
「できればへし切ではなく、長谷部と呼んで下さい」
そもそも、呼称の希望が出せない設定なら長義が国広に尋ねる場面自体存在しないでしょう。
国広側に回答させたくないだけならまず名を尋ねるシーンを挟む必要がない。刀剣男士はどの派生にもこの二振り以外に何十振りもいるのですから。
答えたくとも答えられない状況ならそういう演出をすればいい。水面下でこのやりとりが終わっている設定でスルーもできる。
ありとあらゆる状況を想定しても、真正面から聞かれているのにあえて答えないという場面の不自然さは説明できません。ここはどうあっても、自分の本心を話す場面でしょう。
その不自然さの理由こそが、「紅葉狩(謡曲)」をなぞっているから、だと思われます。
鬼女は維茂の従者に名を尋ねられても答えず、正体を隠したまま彼を誘惑します。
現在の紅葉伝説の印象だとこの誘惑シーンの意図が、フハハハ維茂め色仕掛けに引っかかったな! みたいな鬼女の罠に見えますが、謡曲そのものの文章を追うと確かに『謡曲解説 第1編』のような読解の方が納得がいきます。
ただ山の美しい紅葉を見たかっただけの名もなき鬼女が、その山奥で出会った勇士を見初め、彼と共にいたいからこそ誘惑する。
維茂は美しい女の哀れを誘う様を見て情けに負けて酒を飲み、うっかり邪淫妄語の戒まで破りかける。
しかし彼にはもともと神の加護があった。なんとか夢から覚めた維茂は美しい女が自分を捕らえようと鬼女の本性を現したのに気づく。
手に入らないなら殺す。鬼女の魔の手を、維茂は霊剣と八幡台菩薩の加護によりなんとか退ける。
そしてこの物語が有名になったことで、ただ紅葉狩(紅葉見物)に来ただけの鬼女に「紅葉」という名がついて円環が完成する……。
誰が為に鬼は謡う
「山姥」は以前能の話をしたときにやった「複式夢幻能」という形式で、前半で出てきた人物が後半で鬼や仙人などの正体を現す形式ですね。
「紅葉狩」は現在能らしいですが、複式夢幻能とはまた違った形で前半では美女の正体が明かされず、武内の神のお告げという間狂言を挟むことによってこの話が戸隠山での出来事だとか維茂が鬼神退治の命を受けていることが判明します。
間狂言を挟まない謡曲「紅葉狩」だと背景は判明しませんが、どのみち前半で出てきた人物の正体が鬼であることが後半で明かされます。
どちらも時間差で相手の正体が判明する形式は似通っています。
回想56、57の長義の台詞が「山姥(能)」というか、「山姥(謡曲)」のものだとすると、国広主体の物語の中の「山姥」を長義が演じている形式にも見えます。
一方、国広の物語が「山姥(謡曲)」かもしれないという前提に対して、長義の物語が「紅葉狩(謡曲)」ならば、その中の「鬼女(紅葉)」を国広が演じることになると思います。
回想57の後半だけ見ても名前の問題について自分が本当はどう呼ばれたいのかはっきりした意志を示さない国広は「鬼女(紅葉)」の物語が重なっているのかもしれませんが、長義に極が来たらそれこそはっきりと「鬼女(紅葉)」を連想させる台詞が出てくるかもしれません。
この辺りですかね?
“前世の契り浅からぬ。深き情けの色見えて。かかる折しも道のべの。草葉の露のかごとをもかけてぞ頼む行く末を。契るもはかなうちつけに。人の心も白雲の立ち煩へる気色かな”
前世からの因縁という言葉を使って「鬼女(紅葉)」が維茂を誘惑するシーンですね。
『謡曲大観』の現代語訳も合わせてみたいと思います。いやこの本も百年近く前の本だから若干文章古いんだけど。
『謡曲大観 苐五巻』(データ送信)
著者:佐成謙太郎 著 発行年:1931年(昭和6) 出版者:明治書院
目次:紅葉狩
ページ数:3079~3092 コマ数:142~149
“思へばこれも前世からの深い御因縁でございませう。さう思つて、深い情をおもてに表し、かうした偶然の機会に道端でお会ひして、少しばかり恨み言など申して、行末かけての契りを結びましたものの、誠にぶしつけな、はかない心頼みで、人のお心はどうであるやら当てにならず、かれこれ気迷ひしてゐる始末でございます」”
ざっくり読んでも「前世の縁」を意識させている、恨み事、人の心が当てにならないことに言及しているなど気になるポイントが。
長義に対して名は物語の一つに過ぎないと言い放った回想57の国広は、その口ぶりから名前よりもっと別の縁が大事だと考えている。
さらに人の心が当てにならないという考えも、どことなく極修行手紙の逸話が曖昧なものと判じた時のことを思い出させる。
恨み言に関しては、「山姥(謡曲)」の方でも「山姥」の発言が恨み言のようもんなので、微妙に共通点があると言えるようなないような(曖昧)。
しかもこのセリフの後に持ち出される話が葛城の神という、顔が醜いので昼に出ることを嫌がった神様の話からそれに続けて夜、空に月が出れば杯はますます廻り、美女が舞を舞うというシーンに繋がります。
つまりこの辺りでなんとなく、月夜に「百ま山姥」の前に姿を現した醜い「山姥」の状況が連想されます。
国広側の配役が種々のキーワードを通して、回想57は「百ま山姥」から「鬼女(紅葉)」に入れ替わっている感があります。
性質の違う二種の物語を組み合わせて途中でポジション逆転……あれ? これ、舞台の構成と同じなんでは?
そんでもって舞台の構成って原作ゲームの合戦場が例えば8面だったら1と3は井伊家、2と4は真田家絡みの要素が詰まっているように、2つの物語が互い違いに組み合わさって1セットの構造と同じだと思うんだが。
原作ゲームは国広と長義、舞台は三日月と国広の組み合わせではあるが……基本構造同じなのでは?
そしてそもそも研究史との重ね合わせからキャラソンの離れ灯篭も原作の長義と国広の関係性をそのままなぞっている歌詞だと考えられるので……やはり、原作から派生まで含めて全部同じ構造では?
離れ灯篭の歌詞にそもそも紅葉につながる言葉が出てきたこと自体が、原作の長義と国広の物語が「山姥(謡曲)」と「紅葉狩(謡曲)」をもとにして展開される「二つの山姥切」シリーズの回想だと考えると、推測としては一番綺麗に収まる気がします。
もちろんまだ長義極が実装されてもいないのに断言するのは早計ですが、これまでの考察と矛盾せず、むしろこれまでの明らかに重大な疑問点を解消して一つの構造に落ち着いたことは確かです。
長義極が来たら「紅葉狩(謡曲)」の文面と首っ引きで考察する必要がありそうですね……。
私は以前長義くんの極予想を出しましたが、その流れからも大方外れないと思います。
むしろ、国広が極で自分の名前の件を脇に追いやったのと同様に、長義くんは名前を重要視して本歌・写し関係の縁を否定するという予想なので、今回の考察と一致する。
牽強付会の恐れはもちろんあるが、単に国広の逆転という観点だけで出した予想と特定の物語の大筋が一致するというのは偶然というには驚きの結果です。
国広と長義は背負う物語の性質が違うから辿る道が違うだけで、結局どちらもやらねばいけないことは同じなのだろう。つまり。
救わねばならない、山姥切の生みの親、すべての始まりである山姥も。
斬らねばならない、己の欲望で焦がれる相手も食らおうとする鬼女も。
どちらも、相手ではなく、自分自身の中にいる。
恋しい女を一口で食らった鬼が、本当は蔵の外ではなく蔵の中に最初からいたように。
「物」は「鬼」。
精霊や魔物とも訳される悪い霊魂のこと。
国広の物語は自分で自分の「山姥」を救わねばならないところから始まり、
長義の物語は自分で自分の「鬼女」を斬らねばならないところから始まった。
これまで研究史と引き比べて一応こういう考えになるのもおかしくはないと結論したものの、今一つ腑に落ちなかった二振りの態度の細かいところが、二つの謡曲をモデルにしていると考えると綺麗に納得いきましたね。
研究史からそれぞれがまぎれもない「神(仏)」になる、つまり悟りを得るために辿らねばならない道筋と考えた流れとも一致します。
国広は自分の見落とされた逸話、「小諸で国広が山姥を斬った逸話」を救わねばならないし、長義は自身の逸話「自分は霊剣山姥切である」という名への想いを捨ててはならない。その名を背負ったままで歴史を救わねばならない。
「山姥(謡曲)」の方はテーマがそのまま「煩悩即菩提」なのでこれをなぞれば悟りを得る、「百ま山姥」として「山姥」を救うというのがわかりやすい。
長義側も紅葉伝説の形成過程から考えると、美しい紅葉を見に来た鬼女が「紅葉」という名を得られるのは、「維茂」が彼女を斬って「紅葉狩」の物語を完成させたときだというのが、皮肉ながら美しい円環を描いています。
国広が救わねばならない「山姥」は長義ではない。自分自身。
けれど、それを知るにはおそらく、国広自身が自分のその感情を徹底的に追わねばならない。
そして救われたがっている「山姥」が本当は自分自身だと気づいたとき、自分こそが「山姥」であるという自覚を得た時にこそ、最初にその言葉を投げかけた長義の心も理解することができるんでしょう。
長義が斬らねばならない「鬼女」は国広ではない。自分自身。
斬るべき敵を追い求めて、その果てに気づかずにはいられない。自分自身の煩悩や弱さに。
本当は本歌と写しの縁を愛しく思いそれに縋る、あの鬼女は自分自身だ。
だからこそ斬り捨てなければならない。渇愛こそが、この世の苦しみを生み出す根源なのだから。
最後の敵である己自身の弱さを斬り伏せた時、号のない本作長義と創作である山姥切長義の物語が一つとなって、本当の意味で「霊剣山姥切」の伝説を生み出す。
名もなき鬼女とそれを斬り伏せる英雄・維茂の物語が、「紅葉狩」という創作の力によって「紅葉」という名の鬼女の伝説をこの世に送り出したように。
……という、それぞれの流れがあるかと思います。
国広の「山姥」は長義ではない。国広自身である。
けれど国広自身の代わりに「山姥」を演じる長義を救おうと思わねば、きっと国広自身の救済にも繋がらない。
だから確かに、長義は国広にとっての「山姥」であり、同時に自分を救ってくれる「百ま山姥」でもある。
長義の「鬼女」は国広ではない。長義自身である。
けれど長義と国広が持つ妄執に、本当は差はないのではないか。自分から切り離そうとした国広の姿を見てそれは自分自身である、本当の敵が自分自身の中にいるという、一番大事な真実を知る。
ならばやはり国広こそ長義にとって斬らねばならない「鬼女(紅葉)」。そして自分を討つ「維茂」。
山姥とその名を継ぐ遊女、鬼とそれを討つ英雄の立場は、いくらでも入れ替わる。
無限に続く円環の世界。己自身を救い、己自身を斬り伏せることでその認識を超えていく。
こうしてまとめると何を実感するかというと、「離れ灯篭、道すがら」の歌詞がドンピシャでこのまんまだわ。
特に長義くん側の歌詞が特に自分を振り返ることなく一直線に進め系だったので気になってはいたんですが、やっぱり長義くんはそういう物語でいいんですね。
ただ、回想57後半から国広が「鬼女(紅葉)」を演じているのなら、すでに物語が混じっている状態でもあるので、その次がどう来るかわからない。
原作ゲームの方はこれまである程度ニュートラルな視点を維持してきたように思いますが、舞台の山姥切の本歌と写しは結構劇的な展開を迎える予感しかありません。
どちらもなかなか先が気になるところです。
今回の考察のおかげで能というか「謡曲」というジャンルのチェックが結構重要なことは十分に理解できました。
ここでは長義と国広だけやりましたが他の子も何かモデルになる話がある可能性が。
これを百振り以上とかとうてい見つけられる気がしねえけど!?
とりあえず、今回のこの部分の考察と関わる煩悩即菩提からのポジション逆転の話は、また別の記事でもまとめて一度「山姥切」の問題の考察にそれで区切りをつけたいと思います。