地蔵行平

じぞうゆきひら

概要

銘文、表記、呼び方等

「地蔵行平」

略歴

『享保名物帳』「焼失の部」所載、鎌倉時代の刀工・豊後国行平作。
地蔵尊の彫物がある。

地蔵行平と呼ばれる刀剣は複数存在するが、ここでは『日本刀大百科事典』の記述により『享保名物帳』所載と思われるものを中心にまとめる。

『日本刀大百科事典』によれば、もと足利将軍義教の御物。
のち、北条氏綱、もしくは細川氏綱の重代。

1581年(天正9)4月12日、細川忠興から舅の明智光秀へ贈られる。

のち徳川将軍家蔵となっていたが、明暦3年(1657)の大火で焼失した。

 

もと足利将軍義教の御物

『日本刀大百科事典』によれば、もと足利6代将軍義教の御物。

出典は『新刊秘伝抄』らしいが、現在国立国会図書館デジタルコレクションにはない。

『日本刀大百科事典』(紙本)
著者:福永酔剣 発行年:1993年(平成5年) 出版者:雄山閣
目次:じぞうゆきひら【地蔵行平】
ページ数:3巻P17

 

のち北条氏綱の重代

同じく『日本刀大百科事典』によれば北条氏綱の重代。

出典は『三好下野入道口伝』らしいが、これも現在国立国会図書館デジタルコレクションにはない。
古剣書は現代に翻刻されているものが少ない。

 

細川氏綱の重代?

下記の雑誌では『三好下野入道口伝』は地蔵行平を「細川氏綱」の重代としていたらしいので、北条氏綱ではなく細川氏綱の可能性がある。

(どっちも酔剣先生の文章なんだけど結局どっちなんですか???)

「刀剣と歴史 (490)」(雑誌・データ送信)
発行年:1976年3月(昭和51) 出版者:日本刀剣保存会
目次:名物の九州物(2) / 千鳥庵主人
ページ数:22 コマ数:16

 

1581年(天正9)4月12日、細川忠興から明智光秀へ贈られる

『津田宗及茶湯日記』によると、

天正9年(1581)4月12日、細川忠興が岳父の明智光秀を宮津城に招待したとき、宴半ばに地蔵行平を光秀へ贈った。

『津田宗及茶湯日記 : 評註 他会篇 下』
著者:松山米太郎 評註 発行年:1937年(昭和12) 出版者:津田宗及茶湯日記刊行後援会
ページ数:339、340 コマ数:109、110

御酒半ニ地藏行平之太刀從與一郞殿日向殿へ御進上候也

 

のち徳川将軍家蔵となっていたが、明暦3年(1657)の大火で焼失

『享保名物帳』で「御物」かつ「焼失之部」であるということから判断されていると思われる。

『刀剣名物牒』(データ送信)
著者:中央刀剣会 編 発行年:1926年(大正15) 出版者:中央刀剣会 編
目次:名物牒(下)〔燒失の部〕 地蔵行平
ページ数:79 コマ数:42

地蔵行平 有銘長さ二尺五寸六分無代
地蔵菩薩の彫物有之

『詳註刀剣名物帳 : 附・名物刀剣押形 増補』
著者:羽皐隠史 発行年:1919年(大正8) 出版者:嵩山堂
目次:名物「燒失之部」 地蔵行平
ページ数:274 コマ数:152

御物

地蔵行平 在銘長二尺五寸六分
地蔵菩薩の彫物有之。
この由来定にならす。

 

「地蔵行平」と呼ばれる刀たち

「地蔵行平」は複数存在する

「地蔵行平」は刀工・行平の刀剣に地蔵尊の彫物があるものを言うので、この名前で言い表せる刀はそもそも複数存在する。

『享保名物帳』所載の地蔵行平は焼失してしまったが、現代にも地蔵行平と呼べる刀が存在している。

 

高松宮家伝来の地蔵行平の太刀

「太刀 銘 豊後国行平作」

高松宮家伝来。三字銘だった名物帳の地蔵行平とは別物とされる。

「文化遺産オンライン」によると重要文化財で「東京国立博物館」蔵。

『日本美術年鑑 1931年』(データ送信)
著者:朝日新聞社 編 発行年:1930年(昭和5) 出版者:朝日新聞社
目次:古美術
ページ数:61 コマ数:89

『紀元二千六百年奉祝名宝日本刀展覧会出陳刀図譜』
著者:遊就館編 発行年:1940年(昭和15) 出版者:遊就館
目次:高松宮家御貸下 三 御太刀 銘豊後国行平作
ページ数:3 コマ数:15、16

『日本刀の掟と特徴』
著者:本阿彌光遜 発行年:1955(昭和30).7(13刷:1995.3) 出版者:美術倶楽部
目次:西海道
ページ数:312 コマ数:176

 

将軍家から戦後出た地蔵行平がある

「太刀 銘 行平作」

名物の地蔵行平とする人があるが、刃長が名物より長いので別物とされる。

「文化遺産オンライン」によると戦前に国宝指定を受けたもので現在は重要文化財。
指定当時は徳川宗家の所有。
現在は「名古屋市博物館」蔵。

「刀剣と歴史 (490)」(雑誌・データ送信)
発行年:1976年3月(昭和51) 出版者:日本刀剣保存会
目次:名物の九州物(2) / 千鳥庵主人
ページ数:22 コマ数:16

 

調査所感

◎ 同じ物か、別の物か

地蔵行平の来歴は酔剣先生が出典とする本がほとんど現代に翻刻されていない古剣書なので出典を確かめられない不安がありますね。

酔剣先生は同じ刀のように一つながりで来歴を説明している地蔵行平ですが、元の資料が読めないので本当に同じものと判断していいのかちょっとわからないんですよね。

◎ 北条氏か、細川氏か

『日本刀大百科事典』によると「北条氏綱」の重代、北条氏の刀なんですけど雑誌記事で「細川氏綱」の重代になっているので細川氏の刀だったかもしれない……。
というか確実に確認できるところで細川家の忠興が持っているなら、一応同じ一族である細川家間の受け継ぎだったと考える方が自然なのでは……?

◎ 一振りか、複数か

現代で「地蔵行平」と呼ばれることのある刀は両方とも銘文や長さが違うために『享保名物帳』の「地蔵行平」とは別物のようです。

刀工・行平が地蔵菩薩を彫った刀を複数作っているので、この名前で呼ばれる刀が複数あり、一振り一振りはそれほど詳細が伝わっているわけではない。

ちょっと色々考えたいポイントかもしれません。

◎ 細川忠興の地蔵行平

刀剣関係だと『享保名物帳』の記述に絡めて語られることの多い地蔵行平ですが、茶の湯関係の本だと細川忠興が明智光秀に贈ったこのエピソードが有名なようです。
細川忠興の名が茶会記に出るの自体ここが初登場だとか。

ってことは細川忠興関係で茶道の資料を調べてる人には刀剣本とは別のルートから有名な可能性がある地蔵くん。
実際にデジコレでシンプルに「地蔵行平」で検索をかけると、茶道関係の資料が多く出てきます。

とうらぶだと特命調査で初登場、派生作品ではそれに絡んで舞台でも重要な役どころだった地蔵くんなのでキャラとしての考察はいくらでも広げられるんですが、刀剣自体の研究史はこれぐらいだろうか。

 

参考サイト

「文化遺産オンライン」
「文化遺産データベース」
「国指定文化財等データベース」
(高松宮家伝来の東京国立博物館蔵のものと、将軍家伝来名古屋市博物館蔵のもの)

参考文献

『詳註刀剣名物帳 : 附・名物刀剣押形 増補』
著者:羽皐隠史 発行年:1919年(大正8) 出版者:嵩山堂
目次:名物「燒失之部」 地蔵行平
ページ数:274 コマ数:152

『刀剣名物牒』(データ送信)
著者:中央刀剣会 編 発行年:1926年(大正15) 出版者:中央刀剣会 編
目次:名物牒(下)〔燒失の部〕 地蔵行平
ページ数:79 コマ数:42

『日本美術年鑑 1931年』(データ送信)
著者:朝日新聞社 編 発行年:1930年(昭和5) 出版者:朝日新聞社
目次:古美術
ページ数:61 コマ数:89
(高松宮家伝来の太刀の地蔵行平)

『日本刀物語』
著者:前田稔靖 発行年:1935年(昭和10) 出版者:九大日本刀研究会
目次:二九 行平の遺蹟
ページ数:245 コマ数:132

『津田宗及茶湯日記 : 評註 他会篇 下』
著者:松山米太郎 評註 発行年:1937年(昭和12) 出版者:津田宗及茶湯日記刊行後援会
ページ数:339、340 コマ数:109、110

『紀元二千六百年奉祝名宝日本刀展覧会出陳刀図譜』
著者:遊就館編 発行年:1940年(昭和15) 出版者:遊就館
目次:高松宮家御貸下 三 御太刀 銘豊後国行平作
ページ数:3 コマ数:15、16

『日本刀大観 上巻』
著者:本阿弥光遜 発行年:1942年(昭和17) 出版者:日本刀研究会
目次:第三章 各國刀匠の略歴と其の掟と特徴 第一 古刀の部
ページ数:804 コマ数:277

『武将と茶道』(データ送信)
著者:桑田忠親 著 発行年:1943年(昭和18) 出版者:一条書房
目次:二 明智光秀と茶湯 ページ数:33 コマ数:25
目次:十五 細川三齋 ページ数:182 コマ数:101

「刀剣と歴史 (490)」(雑誌・データ送信)
発行年:1976年3月(昭和51) 出版者:日本刀剣保存会
目次:名物の九州物(2) / 千鳥庵主人
ページ数:22 コマ数:16

『日本刀大百科事典』(紙本)
著者:福永酔剣 発行年:1993年(平成5年) 出版者:雄山閣
目次:じぞうゆきひら【地蔵行平】
ページ数:3巻P17

「茶道の研究 41(9)(490)」(雑誌・データ送信)
発行年:1996年(平成8) 出版者:三徳庵
目次:近世諸大名の茶道–細川三斎の茶の世界(11) / 矢部誠一郎
ページ数:31 コマ数:17