毒薬試飲会 小ネタ

毒薬試飲会 小ネタ

媚薬試飲会(別名佐久+黒鶴観察日誌)

「な、あいつらをさ、御狐さまにチクってやろうと思うんだ。だからさ、あいつらがいちゃいちゃしてるとこ見たら、ここに記してくれよ、な!」
これはまだ、入矢が稚児として翹揺亭で過ごしていた頃のお話。柏木に入矢と洸は薄い冊子と共に、そう声をかけられた。
「はい。わかりまし…た?」
思わず受け取ってしまった入矢は、疑問を顔に浮かべる。
「でも!お二人の仲を引き裂くのは…」
一応、翹揺亭は(いきすぎた)内部恋愛禁止です。知っていても二人を引き裂くのがためらわれた洸が断ろうとする。
「いいや、そんなんじゃねーから。チクって黒鶴にな『柏木兄さん』と呼ばせたいんだ、わかるか?」
「はい。黒鶴兄さんがそう呼ばない理由が」
洸は冷たく言うが、入矢ははぁと生返事をした。

6月某日 記入者:入矢
今日は佐久兄さん付の稚児でした。佐久兄さんはお客を取る前に俺を部屋に呼んでおいでだったので、伺ったら部屋中が着物でいっぱいでした。お客様の中のお一人がたくさん下さったそうです。着付けに呼ばれたのかと思えば、なんとそのお客様は佐久兄さんだけでなく、翹揺亭の様々な方の物を下さったのだそうで、俺のもありました。稚児用の着物で俺は何故か、佐久兄さんと晩夏姉さんに着せ替え人形にされていました。楽しかったので別に構いませんが。そんなときに黒鶴兄さんが現れて無言で佐久兄さんを眺めました。
「何だよ?似合うか?」
佐久兄さんの言葉に黒鶴兄さんは無言で着物を脱がせました。佐久兄さんが抗議の声を上げると、そのまま裸で抱きしめました。
「そんなもの着るな」
晩夏姉さんがそこで大爆笑します。俺は何もわからず、おろおろしていましたら、晩夏姉さんが耳打ちしてくれました。
「男ってのはね、自分の好みの服を好きな相手に着せて、征服した気になりたがるものよ」
俺は二人を見て納得しました。晩夏姉さんと着物を片付け、裸で抱きしめられたままの佐久兄さんを黒鶴兄さんと二人きりにしておいてあげました。
「いいんですか?」
「いいのよ」
晩夏姉さんはそう言って笑います。
「佐久が困る相手なんて黒鶴くらいなんだから」
困らせておけばいいのだそうです。
終わり。

「ああ、あれあの客のだったのかー」
柏木はそう言って己に与えられた着物を眺める。そういえば佐久には一着も支給されなったな。黒鶴が取り上げたに違いない。
「ふん。懐の狭いやつめ」
くしし、と笑っていると、背後から低い声がした。
「柏木みたいに脳が狭い、いや小さいやつに比べたらましだ」
「な、なにー!!」

本当に終わり。

媚薬試飲会2

 咲哉は佐久兄さんの部屋に向かって歩いていた。手には薄い冊子が握られている。仕事が残っていて、返す時刻が遅くなってしまったが、佐久兄さんなら受け取ってくれるだろう。そもそもこんな迷惑な冊子を渡してきたのは、久々に顔を見せてくれた入矢だった。
「あのさ、俺、これ長い間持っていて、返しそびれてたから、お前が代わりに書いてくれよ」
何かを問うと、それは佐久兄さんと黒鶴兄さんの面白い、違った目新しい情報を書いてよこすように、と柏木兄さんに頼まれたものだのだという。だが、入矢もそうそう書く気にはなれなかったらしく、書かれた内容はそんなに大したものでもないし、少なかった。
「困るよ、俺、そんなことは…」
「大丈夫、何も書かないで俺から預かったって、そう言えば、さ」
「ああ、返すだけなら」
と受け取ってしまったのだ。ちなみにこのことを話したら、洸は入矢はまだそんな莫迦らしい冊子を持っていたの?と呆れていた。洸は断ったみたいだ。だから、それを返しに行こうとしていたのだ。柏木兄さんではなく佐久兄さんなのは、一応個人情報保護と思ったからだ。自分もこの後、後輩の指導があるから、早く済ませなければ。だが、いざ佐久の部屋に行けば先客がいるようで、足が自然と止まってしまった。

ふっと淡い黒の眼が開かれた。久々にその涼やかな目を見る事が出来た。その目が開くのを、ただ、ただ辛抱強く待っていた。だが、瀕死の状態だったにもかかわらず、その男はすでに黒い着物をまとい、窓際に座っている。情事の後も、いつでも寝顔を見せてくれない男だった。甘い夜なんか、迎えた試しがない。そう、弱味なんか見せることが耐えられないかのように。
「…目が、覚めたんだな」
「ああ」
佐久を見て、黒鶴は安心する。ああ、やっと戻ってきたと。
「お前は、俺に血の呪いをかけたな」
その言葉は黒鶴を見て発せられない。夜の第二階層を見て、坦々と呟かれる。
「怒っているか?俺は、後悔してないぞ」
御狐さまに言われたから、とか、あの時はそうするしかなかった、とか、言い訳は言いたくなかった。死を覚悟した佐久を死なせたくない、俺を置いてかないでほしいと、そう切に願い、手に入れたのは自分だから。
「なぁ、お前。なぜ、俺が佐久と名付けられたか、知っているか?」
佐久はそう言って初めて黒鶴の方に向き直った。着崩した着物の合わせからのぞく白い肌には、黒鶴だけに見える、血約の証が見える。
「血約を結んだお前には、話しておかねばならないだろう。俺がなぜ、一の頭に選ばれたかを。お前だけは…巻き込むはずじゃ…なかったのに」
佐久はそういう。取り戻したはずなのに、消えてしまいそうで。黒鶴は佐久を抱きしめた。
「佐久とは隠し名だ。本当の字は『朔』という」
「八朔の朔か。それがどうした?」
「そう、八朔の朔。だけど、御狐さまは朔日の朔と捉えられた。朔日とは新月。月が一に戻る日だ。俺は、朔日そのものだと、そう仰られた。何をなしても、一に戻してしまうのだと。その性質はぬばたまの闇。重く息苦しく、全てを押しつぶす闇、そのものだと」
確かに黒が似合う男ではあったが。黒が好きなのではなく、己の性質をわざと忘れぬように纏っていたのだとしたら、なぜ、そこまで。
「それが、俺の本質だ。黒鶴、俺はお前を食いつぶすよ?耐えられるか?」
そう問う目が計り知れない哀しみを背負っていた。黒鶴は初めて聞かされた。そんなことも。佐久の覚悟も。意味を聞いても、何をそんなに佐久が気にしているかはわからない。だが、一の頭に選ばれている事実から考えれば、おそらく、佐久の本質は全てを巻き込み、そして全てを消してしまう、そういうことなのだろう。だから、深くかかわってはいけないと佐久自身も、御狐さまも仰ったに違いない。
「佐久、俺がどうして黒鶴っていうか、知ってるか?」
逆に佐久に問い返す。
「さぁ?」
「鶴って白いよな。その姿って優雅って言われてるよな」
「まぁな」
「俺は黒い鶴。その名の通り、黒い鶴。そんな鶴、実際にいたらどうなると思う?」
「え?まぁ、見てみたい気はするが…」
「答えは簡単さ。疎まれるのさ。だからな、佐久。俺は御狐さまにこう言われたよ。お前が堂々と己をさらけ出して優雅に舞えるのは、暗闇の中だけだと、な。お前が月のない、暗闇でしかないというなら、安心だ。俺が安らげるのはお前の中だけってことになる」
佐久の目が見開かれる。
「だからな、気にするな。俺はもともとお前に捧げられた贄だから。お前に食われるなら、俺は本望だよ」
思えば、御狐さまは最初からわかっていたのかもしれない。これから、佐久の本質を見てしまうこともあるのかもしれない。だけど、きっと寄り添えるのは自分しかいないんだろう。
「莫迦だ、お前は…!」
佐久はそう言って、初めて黒鶴の前で涙を流した。その細い身を抱きしめる。

佐久兄さんが泣いているのを初めて聞いてしまった。あわてて引き返す。いけない二人の会話を聞いてしまった。申し訳ない。あれは二人だけの空間だった。気付かれたかは別としても俺、なんでこう、タイミング悪いかな!と咲哉は己を叱咤する。今度は日が高いうちに伺おう。それなら二人きりであんな空気ではないだろうし。
そして入矢に想いを馳せた。同じ一の頭に選ばれた入矢。彼は一体どういう宿命を負って、その名を得たのだろうか、と。自分はその名を貰った時、そんな深いことは言われなかった。確か『お前はやっと咲いた、そう言う意味で咲哉と名付けよう』としか言われなかった。後で調べたら哉という字にはやっと、初めてという意味があるらしい。よくわからなかったが。
まぁ、自分の名前が色恋に関係なさそうではあることはわかった。あと本質にも。そういう意味では、身を焦がすような切り詰める恋がしてみたいなぁと咲哉は思った。洸も雪乃も入矢もみんなしてるのに、同期では俺だけがそんな想いをしなかった。恋は知っていたが、結果のわかっている恋でもあったのだ。だから本気ではなかった。
「やっと見つけましたよ、爽やかセンパイ」
うしろからぐぃっと抱き寄せられて、咲哉はむっとした。これでも背は低くない!
「その呼び方ヤメロって言ってるだろう、鮮氷(せんひょう)」
「だってぇ、咲哉兄さんみんなにそう呼ばれてるじゃないですかぁ?いやなんすか?」
「不本意なだけだ。俺、爽やかじゃないからな」
「んー、まぁ、そうかもっすね」
二つ下の後輩、鮮氷は日に透かすと美しい茶色の髪ときれいな青い瞳を持った期待の後輩だ。先日、初物を確か女性の客に売って男娼として売り出した。俺は初物は男性の客だったなぁ。初物を得るための掛け金を賭けて下さったお客様の層でその後の訓練内容が決まる。こいつは女性が多かったから、女性相手の訓練が多いみたいだ。だから、俺は今回受け役に徹する。ま、仕方ない。入矢とかと比べると男らしいと思うのに、不本意だなー。
「咲哉兄さんは、爽やかってより、可愛いですもんね」
「な!お前、先輩を莫迦にするのもいい加減にしろよ」
「褒めたんすよー?」
そして口づけを一つ。背が高いとき、便利だ。
「そういう褒め方、うれしくないからな。お前、本当に褒め方のレクチャー、真面目に受けたのか?」
真剣に黒い瞳にのぞきこまれて心配される。ああ、可愛い。絶対、手に入れてやる。
「貴方は本質は氷です。ですが、案ずることはありません。貴方の心を熱い想いで溶かす人が必ず現れます。だから、貴方は鮮氷と名付けます」
『鮮』とは『解』とも書く。そう、『氷と溶かす』そういう意味の名だ、過去にそう言われた。それがこの先輩なのかはわからない、でも。目から離れないのも事実。
「もー、心配性ですねー。さ、俺に指導して下さいよ、今夜はみっちり」
「ああ。訓練事項何だったかなー?」
どこまでも真面目な先輩だ。でも、役得かな?思いっきり泣かせて悦ばせてやる。

―二人が己の名に気付くのはもう、すぐそこ。

媚薬試飲会3

「あら、これは失礼」
 一応礼儀として扉は叩いたが、返答がないので、雪乃は部屋を開けたのだった。
「しぃー!雪乃姉さん。やっと寝かせたとこなんですよ」
鮮氷はにっと笑いつつ苦笑した。その膝には咲哉の頭がある。着物の乱れ具合か ら、情事の後であり、おそらく咲哉の望んだ事ではあるまい。
「あらあら、後輩相手に情けない。咲哉もまだまだね」
「そりゃないっすよ。俺、すげー頑張ってますから!」
「そう?…ところで鮮氷、約束はわかっていて?」
翹揺亭の内部でいきすぎた恋愛禁止。遊びならいいのだが、この若い男は咲哉 にはまりすぎて危うい。
「はい」
「なら、いいわ。咲哉は流されやすいから、心配なのよ」
雪乃はゆっくり微笑んで、机の方に向かって立ち上がった。
「何を?」
しばらく咲哉の机をいじって、雪乃は目的の物を見つけた。
「咲哉に返してと頼まれていたのよ、これ」
薄い冊子。これを持ってうろうろしていたのは知っていたが、何だろか。
「とある観察日記よ。じゃ咲哉によろしく言って頂戴」
最後まで優雅に雪乃は微笑んで部屋を後にした。向かう部屋は当然佐久の部屋で はない。
「ねぇさま方、雪乃でございます」
ある一部屋の前で静かに返答を待つ。
「まぁ、また来たの、雪乃、あたしらは貴女の相手はしないと言うのに」
現れたのは鮮やかな赤い髪の美女。そして奥からはっとするような青い髪も覗く 。
「はい。雪乃はねぇさま方を愛してます故」
「嘘をおつきでないよ、まったく。入りゃんせ」
「はい」
狐様の配下として懐刀の姉妹、緋藍と蒼赤である。
「今宵は以前お話ししたものをお持ちしましたのよ」
そう言って冊子を差し出した。
「あの佐久がこんな事を許すとはねぇ。まぁ、約束だわ、抱いてあげましょ」
二人の美女の前でも雪乃は向かい合う。
「にしても、貴女達の年はほんに変わり者が多い事。佐久の年以来」
その言葉をもう一人の美女が引き継ぐ。
「黒鶴は佐久一筋。佐久は誰にも心を開かない。晩夏は誰も好きで誰も嫌い」
そして、目の前の娘に目を向ける。
「確かに洸は入矢一筋ですね、それは変わらない。でも他はまともでは? 」
「いや、咲哉は誰もを家族愛でしか捉えていない。あれは恋を理解できぬ永遠の 子供」
だから咲哉とつけられた。永遠に恋焦がれることなど知る事はないだろうと。
「入矢は最も外れ。外に嫁いだ割には最高の才能を持っていた」
だが、と双子は思う。最も異質なのは、目の前で笑った少女だ。
「そして貴女は、翹揺亭を愛してる」
クスッと雪乃は笑った。最初は目立たない子供で、裏方のつもりでいた。しかし 気づいたらはっとするような美少女に育ち、貪欲に知識と経験を求めている。
「私が愛してるのは御狐さまです。そのためならなんだって」
形式上そう言ってはいるが、雪乃は翹揺亭を愛している。翹揺亭の繁栄のた めに翹揺亭を更に美しくするべく、己を捧げている。だから翹揺亭の未来の ために御狐さまの側近の経験値が欲しいのだ。そしてそれを隠そうともしない。己の 所属する組織をより良くする意志に反対などしないのが人間だ。むしろその意志 は喜んで迎えられる。己の意志や愛、そして恋に色。すべてをも本気で全てが本当。し かし、彼女が望む道に進むための過程にすぎない。計算されつくした道の上に己の感情 を正確に、そして最大に乗せて全てを吸収して成長していく。
「雪乃、か」
「はい?」
「何でもない」
こんこんと降り積もる雪のように、彼女は蓄え、そして大器晩成するだろう。そう、御 狐さまの後を継ぐ事すら可能と思わせるほどに。
「はじめましょう。夜は長いわ」
「はい、ねぇさま」

終わり

媚薬試飲会4

「入るわよー」
軽く声を掛け、相手の返答を待たずに入るのは、それだけ付き合いが長いからだ。
「あれ?珍しい」
部屋の中には予想に反して、一人しかいなかった。白、その言葉をまるで体現したかのような青年。弥白である。対する訪ねてきたのは二人の女。一人が赤、もう一人が青。そう言い表せるかのように身につけているもですら、その二色と、あとほんの少しの色だ。緋藍と蒼赤である。
「どうしたの?弥黒は」
「仕事ですよ」
「そう。珍しいわね。仕事を引き受けるのは、あんたの役目じゃなかった?」
緋藍がそう告げる。すると、そうでもない、と言いたげに首を振った。
「で、どうなさいました?二人揃って」
弥白と弥黒は御狐さまの側近。翹揺亭の管理も御狐さまなしで動くようにこの二人が管理し、その二人すらいなくとも動くように教育を施している。この二人に命令を出せるのは御狐だけだ。そして緋藍と蒼赤の二人は翹揺亭の管理や運営より、御狐さまの守護、並びに、翹揺亭の警護を任されている。この二人も御狐さまの命令しか基本的に訊かないので、直接御狐さまから何か言われない限り互いに干渉したりはしないのだ。だが仲が悪いというわけでは無論ない。
「いや、そんな大した用じゃなかったのよ…弥黒いないなら出直すわ」
「そうそう」
頷く二人に弥白は問う。
「我ら二人に用ですか?」
「いやー。そういうわけでもないのよね、これが」
「?」
そう言った時に、部屋の外から声がかかった。
「弥白さま。黒鶴でございます。弥黒さまをお連れしました」
「ああ、ご苦労様です」
すっと立ち上がり、襖を明け放つ。するとぐったりした様子の弥黒を抱えた黒鶴が現れた。入口で弥黒を抱きかかえつつ受け取った弥白は目で礼をすると、あらかじめ引いてあった布団に弥黒を寝かせる。
「では、俺はこれで」
黒鶴が静かに襖を閉める。
「どうしたの?弥黒がこんなになるまでって珍しくない?」
着衣は乱れたまま、おそらく黒鶴が申し訳程度に合わせた位で、その身体からは情事の青臭いにおいが漂う。身を清める事すら叶わなかったらしい。
「まぁ。相手が複数でしたから」
「複数って、それこそ驚き。弥黒ってそういうの嫌いじゃないの?」
「弥黒は己の好き嫌いで物事を判断しませんから」
さみしそうに弥白はそう告げた。濡れた手ぬぐいで見える部分だけでも清めていく。
「ごめん、なんかいけないときにきたみたい。ほんの悪ふざけの用時だったのよ」
申し訳なさそうに、蒼赤が言う。
「そういえばどういったご用事でしたか?」
「うん、雪乃が持ってきたの。佐久と黒鶴の観察日誌とかいうのをはじめたのですって。あの佐久がそれを許すのが珍しいと思って話のタネに、ね」
「そうですか、それは珍事ですね」
薄い冊子を受け取って弥白が微笑む。
「あたしたち、これで」
二人が静かに退出する。弥白は気を使わせたことを申し訳なく思いつつ、徹底的に弥黒の身を清めていく。それこそ、人目につかない場所まで。
「…しろ」
「目が覚めたの?弥黒」
「うん」
焦点のあっていない目で弥黒が頷く。
「どうして、今回の仕事、俺にさせなかった?」
清めている最中だったので、全裸に近い状態の己の片割れを見る。白い肌に映える黒い髪と黒い目。己の姿を部分的に黒くしただけの同じもの。
「相手が、弥黒を指名した。それだけでどうして?」
相方は応えない。身を清めるのを続ける。まるで蚊にたかられたかのように、白い肌に残る鬱血痕。それが憎い。けがらわしい。
「どうして俺を連れないで一度に20人も相手にした?」
弥白が加わっても一人当たり10人。常軌を逸した人数である事に間違いない。
応えないことにいらっときて、片足を無理やり己の肩に乗せあげ、弥黒の奥に遠慮なく指を挿れる。その瞬間、真っ白いものが溢れてくる、その光景に嫌悪感を抱かずにはいられない。
「う、…あ」
口元を押さえているのは声を聞かせたくないからではない。
「気持ち悪いなら吐きなよ。楽になる」
同時に下腹部を押してやる。
「う!」
胸の少し下の腹も押した。
「げほ、がはっ」
用意した桶の中にこぼされる吐しゃ物さえ、真っ白だ。激しくせき込みながら、飲まされたものを吐き出していく。苦しそうに歪む顔は軽い呼吸困難で紅くなっていた。いたわるように背を叩いてやる。
「はい、水」
枕元にあらかじめ用意した水差しで水を渡す。口をゆすがせ、桶に吐かせた。落ち付いた頃を見計らって、掻きだすのを再開する。
「すまないな、弥白」
「別に、構わない。苦痛なのは俺じゃないし」
「弥白をかばったわけではないよ」
「知ってる」
翹揺亭で御狐さまの側近の二人。翹揺亭の運営と管理を任される。だけど、それは翹揺亭を存続させることも二人の仕事。時にはお得意様に身体を渡す事も必要だ。金に物を言わせ、無理難題を言う客もいる。あとで弱みを握った瞬間に倍返ししてやるが、そういう運営にかかわる問題に現在の色を売る人間を派遣することを二人は良しとしていない。そう言う場合は弥白がいく。それが相場だった。だからさっきの護衛の二人も珍しいと言った。
「お前はいつもそう。翹揺亭に必要だから、だろ?」
「うん」
弥白は感情で行動する自分をある程度は抑える事が出来る。しかしそう言う時になれば激してしまうこともしばしばある。だからか、弥黒は絶対に感情を優先しない。どんな時も理性をもってして物事を判断してしまう。翹揺亭の未来にとって必要なら厭わない。そんな自分にない所がうらやましいような、憎いような。
「交われたらいいのに」
「弥白?」
護衛の二人は名前からそして己の特徴すら混じっている。アカとアオ。二つの色をそれぞれが分け合っている。しかし弥黒と弥白は交わらない。己の色で共有されるのは肌の色だけだ。弥白は白と青、弥黒は黒と赤。それ以外を身につけない。御狐さまにそう命じられたわけでもないのに、気付いたらそれが当たり前になっていた。
「片目でもいい、髪でも、なんでもお前と交われたらいいのに」
弥白は感情、弥黒は理性。そうはっきり己の領分を守るのではなく、混じれたらきっとわかりあえる。
「俺とお前は対極にしてまじわらない。だからこそ、いいんじゃないのか」
優しく弥黒が言った。
「混じらわないからこそ、違う色の同じ姿を見て、互いに理解し合おうとするんだろう?」
黙った弥白に弥黒が続ける。
「だから俺たちふたりで一つになれるんじゃないか」
「…うん」
互いにないところを補い合って、そうやってやってきたのだから。そう、それはまるで両義へと至る対極図のように。
「うん。でも、次はないから」
「え?」
「俺が怒鳴って、弥黒がどんと構えてなきゃだめなんだ。それがあるべき姿なんだから、そうやって無理して弥黒が倒れたりしたらだめだ。そうしたら俺、困る」
弥黒はふっと笑う。そして白い頭をなでた。
「そうだね」
「今日も、みんな困惑してたから。弥黒がぐったりしてるから。たまには、頼れよ。翹揺亭に必要だってお前が判断したらみんな従うんだから」
「そうかもね」
「そうなの!」
「うん、わかった」
弥黒を納得させると弥白は裸の弥黒を抱き上げた。
「弥白?」
「風呂、いこ。今日は俺が洗ってあげる。たまにしか身体を渡さないのに、一度にそんなに相手するから腰が立たなくなるんだよ」
「そういう見た目細身で、やわそうな弥白が俺を抱き上げるなんて真似して居る方がよっぽどみんな驚くと思うんだけどね」
「同じ体のくせにやわいとか言うな」
「はいはい。部屋についてる風呂にしてよ。大浴場はさすがに遠いし」
「文句多いな」
おそらくこの双子がこんなに言葉を交わすと知った方が、みな驚くのだろうが、と弥黒は内心考えながら、己の片割れに身を預けた。

 終わり