小説

天狗

天狗 01

天狗第一話 夜鳩「は。わかりました」 そして、あの、霊山とさえ呼ばれている深い山へと、私は足を踏み入れる。 ここは京から少し離れた昔の京、奈良。その奈良の山に私は用があってきた。今、京を悪しき霊が彷徨っていてどこぞの貴族を苦しめているんだとか。 安部晴明亡き今、頼るのは外法師しかいないのか、またまた陰陽寮の陰陽師どもは貴族の相手が忙しいのか。だったらお前らが相手をせいと言いたいが私は名の知られていない外法師、言える立場ではない。なのにどうしてお呼びがかかったのか。 怪しいがその依頼、断るには自身の肉親を殺すと同義。ならば、仕方ない。たとえこの命尽きようとも、応えてやらねば何のための親孝行か。 空気が澄んでいる。きっと人が踏み入れぬから清浄な空気に満ちているに違いない。こんなところに本当に悪霊の原因なぞ、居るものか。おらぬだろう。というか、こんな清浄なる地に霊などおれるはずもない。わかっている。 しかし、あの無能な陰陽師共のせいか、はたまた、貴族の因縁か。どちらにせよ、何かしらの証拠がなければ、納得しようはずもない。仕方あるまい。適当に探すとするか。 どれ位この山に入ったろうか。自分で山...
天狗

天狗 詳細設定

天狗 詳細設定*お読みになる前に/読んでしまった後に*こちらは天狗としましたシリーズを読んでくださる方への注意事項です。それとネタバレ。壱.本作品における天狗設定はすべて無依のオリジナルによるものです。天狗伝説などを元に無依が創作した物語です。というか天狗もどきです。八天狗、宮などは実際の妖怪である天狗の伝説にチラともありません。また、天狗の主が山神というのもオリジナルで、その名が道主というのも嘘です。修験道を通ったものが天狗になる、という考えはありますがその修験道を道主が創った、八天狗が管理している、純粋な天狗は修験道から生まれると言うのも当然オリジナルな勝手に作った設定です。弐.これは日本の昔を想定した時代設定ですが、何時代と決まっていません。また、場所も奈良とはしましたが実際の場所ではありません。ザ・フィクション。参.登場人物は方言に近い言い回しをしますが、これは無依が独自に各地方の方言や、昔の言い回しを参考に作ったものですので、何地方の方言である、ということはありません。また、時々忘れていますが、作中で“!”や“?”を使わないように心掛けています。よって話の流れが言葉と合ってい...
小説

血色の華を捧げて。

血色の華を捧げて。 ここはさわやかな潮風を運んでくれる海岸沿いの岸壁。 岸壁は黒々としていても、そこに生えている背の高い草のおかげで長閑な草原に見えなくもない。だが、草原には似合わぬ潮風と、波が岸壁に砕けている音だけがここを海のそばだと認識させた。日陰となるものはないもない。暖かな日差しが微笑みかけるように降り注ぐ。 さわり。 草を踏み分ける音は潮風にかき消されることなく、存在を主張した。岩壁の縁ではなく、草の中に佇んでいた女性は、足音の方に身体を向けた。その女性は草原が似合う、風になびく丈の長いワンピースを着、麦わら帽子を時折吹く強い風から守るように押さえている。同じく風になびいている長い髪。幅広帽子のおかげで表情こそ見えないものの、女性は微笑んでいた。 さわさわさわ。 風が鳴る。「         」 女性に向かって後から来た人物が何かを言う。風にかき消された音は、女性にだけは強く耳に残ったようだ。女性に向かって着たのは男。夏でこそないが、季節がらちょっとおかしい真黒な全身を隠すようなコートを着ている、黒づくめの男だった。少し注目を浴びる格好をしているにも関わらず女性は微笑み続ける...
モグトワールの遺跡

モグトワールの遺跡 022

第2章 土の大陸3.土の魔神(2)083 会議が終わってアーリアはエイローズの首都の屋敷に戻ろうとしていた。「アーリア様!」 両親といたはずの、若き王がアーリアに声をかける。アーリアは振り返って、セーンの元まで歩み寄って一礼する。「陛下、わたくしは貴方の臣下。どうぞ、アーリアと呼び捨てになさってくださいませ」「あ、えっと。アーリア」 セーンがどもりながら言い直すのがほほえましい。「なんでございましょう?」「えっと。俺が正式に王になるまでにもう少しだけあるだろう? その間に二人きりで話がしたい。いろいろ聞いておきたいから、難しいだろうけど一、いや、二日くらい俺のために時間をとってくれないか?」 セーンは大君と認められているが、戴冠式は吉日に行うことになっているため、二週間ほど時間が空いている。アーリアはその間に、当主と大君という上下関係などをはっきりしたいのかも、と考え逡巡する。「ご命令とあらば喜んで。いつがよろしいでしょう?」「俺なんかより、アーリアの方が忙しいだろう? そっちが決めて構わない」 アーリアは秘書を呼び寄せ、予定を確認する。そして秘書と短いやり取り。「三日後であれば、可能...
モグトワールの遺跡

モグトワールの遺跡 021

第2章 土の大陸3.土の魔神(1)081「このあたしと誘拐まがいの事してまで会いたかったの? 熱烈な歓迎ね」 彼女の髪は燃えるように赤く、そして揺らぐ炎のようにうねり、四方八方を向いている。 でも、それが彼女にはとても自然で似合っていた。はっと振り向かずにはいられない強烈な印象。美人だとは言いにくい造形。だが、目をひかずにはいられない。 それが、この土の大陸の約半分を手に入れた女性――魔女・エイローズ。「逢瀬なら二人でなさってほしいものです。なんなら今から帰していただいてもよいのですが……」 そう言ったのは鋭い目線を時々見せる少年だ。光輝く金髪とそれと同じくらい輝く琥珀色の瞳。 華奢な印象が強いが、自在に土を操り、宝人をどの団体より多く従える――神子・ヴァン。「もう、会った次の瞬間からそんな毒舌ばっかりだから、君たち友達いないんだよー?」 睨みつけられている青年は対照的でにこにこしている。顔の造詣が整っていて少々美形、という以外は大して特徴のない青年。 だが、彼こそがこの大陸の覇権を争う一角を担う――希望の星・ルイーゼ。「大きなお世話です」「友達ならいればいいってもんじゃないでしょ」 ...
モグトワールの遺跡

モグトワールの遺跡 020

第2章 土の大陸2.地竜咆哮(4)070 竜の姿が見た目でも細くなっていることがわかった。どのくらいの時間が経ったかはわからない。セーンが同じメロディを続けつつも、いつも同じに聞こえない。絶望を見た民もセーンを見つめ、希望を胸に宿している。これが、王の力か。否、これがセーンの秘めた力だ。 ――歌が聞こえる。ただ、それだけでこんなにも力が。生きようという意思が湧く!!「セーン、歌ってる」 それは、セーンの下に向かうテラの声。ティーニはそのままヴァン家の者として、王家の人間としてテラと別れて動き始めた。テラは一人、馬を駆りながらセーンの下へと戻る。「ああ、いい歌ですわ」 それはリュミィの声。グッカスも無言で頷く。この二人もまた、三大王家の当主へ伝えた後に、セーンの元へと向かっていた。 そして、セーンへと近寄る影は、味方だけではない。ふらりと現れた一団はまるで幽鬼のようだ。身なりだけは立派な神官にも関わらず、表情が暗く、焦点を結んでいない。「神官長様」 壮年を迎えた男はこの国の神官長だ。まだ生きているが、退位を表明したアルカン=エイローズ、砂礫大君(セークエ=ジルサーデ)の下で神殿をまとめて...
モグトワールの遺跡

モグトワールの遺跡 019

第2章 土の大陸2.地竜咆哮(3)075「どうしてこのような事に……」 それは白亜の宮殿と言わんばかりの美しい由緒ある建物。ドゥバドゥールの民なら誰しも知るその建物を神殿と云う。その奥へと続く場所。一般だけではなく、神官も官位が低いと脚を踏み入れることもできないような場所。その場所で数人の高位の神官に囲まれながら初老の男性がうなだれていた。「神官長」「ここも危険なれば、お早くの避難を……」 周囲の神官がそう言って神官長を囲む。「ああ……」 神官長はそう言いながら緩慢な動作で立ち上がった。「だが、なぜ……」 神官長の悩みはその一点に尽きる。どうして、どうしてだ、と。「神官長様……」「おお!」 新たに現れたのは、若い神官だった。「外は混乱に見舞われております。ここもいつまで無事かわかりませぬゆえ、急いで避難をお済ませくださいませ」「ああ、わかっている。だが、何故なのか。何故、魔神様はお怒りを露わにされたものか?」 ようやく歩き出しながら神官長はそう言う。隣に追従するように若者が斜め後ろに並んだ。「やはり、魔神様は生贄の儀式が失敗したからではないかと……」 若者も何が何やらと言った表情のまま...
モグトワールの遺跡

モグトワールの遺跡 018

第2章 土の大陸2.地竜咆哮(2)070 キィが生贄の儀式を受けると決めてから、付人であるファゴはもちろんのこと、カナの付人であるファンランも忙しそうにキィの手足となって働くようになった。カナはファンランに出来る限り手伝うように言った。文君ではない自分が手伝えることなど皆無だからだ。ファゴの話によるとジルドレが自由にしていいと言ったのを最大限利用してキィはかなりの人数の暗君(キョセル)を自在に動かして調べ物をしているらしい。「で、なんか分かったのか?」「んー。まだ読めてはこない。今度は書記官(ラウダ)の方面を調べてる」 キィもまだ手掛かりをつかめていないようで不機嫌そうだ。そこにノック音が響いた。「キィ様」「ファゴ」 キィが意外そうに瞬きをした。ファゴは確かヴァン家の本家まで使いを出したはず。戻ってくるのが早すぎるのだ。ファゴは答えにくそうにうつむいてからキィに近寄った。「お前、ずいぶん早かったな」「その、どうしても早く手渡さねばならぬものがございましたので……」「ん?」 キィは頼んでいた資料を持ってきてくれたと思ったのだろう。しかし、ファゴの手に荷物はない。「こちらを……ミィ様よりお...
モグトワールの遺跡

モグトワールの遺跡 017

第2章 土の大陸2.地竜咆哮(1)065 一つは魔女と呼ばれた才女、エイローズが率いた国。 一つは希望の星と皆に慕われた、ルイーゼが率いた国。 一つは神子と名高く自在に土を操った、ヴァンが率いた国。 それぞれは互いに争う事をやめ、三国を統一する事で広大な土の大陸のほぼ全土を治める事に成功し、この先の未来を魔神に約束した。土の神国・ドゥバドゥールの誕生である。 しかし、その建国から国がスムーズな流れに乗るまでに歴史では決して語られない壮大かつかなりの苦労があり、紆余曲折を経て、国をスタートさせたのだろう。一つの大国としてそれぞれ機能していた国を一つにまとめることは、計り知れない難しさがあり、何度も三国間で諍いがあったに違いない。 国の初めの主導者となった上記の三人は、国の綱紀を定める際に一つの書物を作りあげた。 ――『ドゥバドゥール大綱集』。 その名の通り、至って造られた目的はシンプルで、国を動かすに際しての約束事を記したものだ。 国を作る、多くの人が国に従い、生活する。国は法を定め、国事を成す。そのための法を創る為の法を記したものといってもいい。そこに憲法とはまた別にこの書物が造られた...
モグトワールの遺跡

モグトワールの遺跡 016

第2章 土の大陸1.男装少女と女装少年(5)061  ヴァン家の屋敷に周囲には青い色が見えない所がなかった。周囲の人々もヴァン家のミィを見て挨拶をしたり、笑いかけたりしていた。セダもヴァン家に世話になって少しだが、ヴァン家の人を皆が愛していて、共に過ごしていると感じた。 だが、このエイローズ家では赤い色が見えない場所がない。人が違い、場所が違い、主が違うだけで同じ景色が見られている。「おかえりなさいませ、ご主人様」 アーリアを見てエイローズ家の周囲にある町並みに住む誰もが頭を下げ、笑いかける。「おかえりなさまいませ」「こちらはヴァン家のミィ様ですか!? ようこそおいで下さいました」 すぐに気付いたエイローズ家の者が近寄ってくる。馬車を降りるときにセダでさえ、手を差し伸べられたので驚いてしまった。びっくりしていても初老の男性はセダの手を取った。「ご主人様……」「こちらのお客人は別件だ。西塔の特別室にご案内差し上げて」「はい、承知いたしました。では、こちらへおいでください」「あ、待てよ!」 ルビーだけが執事の男性に別室に案内されそうなのを見て、セダが声を上げる。「セダ様、こちらはエイローズ...