小説

モグトワールの遺跡

モグトワールの遺跡 015

第2章 土の大陸1.男装少女と女装少年(4)057 物心ついた時には、すでに左の耳に一つ、穴が開いていた。目立つものじゃない。細い糸が一本通るくらいの小さな穴だ。だけど、両親はその穴をあまり他人に見せてはいけないよ、と幼い自分に言い聞かせていた。「どぉして?」「これはね、セーンが特別なお家の生まれであることを証明しているのさ。父さんや母さんがお前くらいの歳には同じ場所に穴があったよ」しかし見せてくれた父の耳に穴は開いていない。「特別なお家?」「そうさ。だけど、それはいろんな人に見せて回るようなものじゃない。特別な家に生まれたといってもこの家には父さんと母さんとおじいさんにセーンしかいないだろう? セーンは村のみんなと同じ暮らしをしていて、何も変わららないだろう?」「うん」「だから、自分から皆とここが違うのだと言いふらす必要はないのさ。よく考えて御覧、セーン。この穴を誰かお友達に見られてしまって、それ以降セーンと口を利かなくなってしまったら、哀しくないか?」「やだ! トリ君も、フィーナちゃんも、ルイもみんな友達だよ!」「そうだろう? でも特別っていうのはな、何も良い事ばかりじゃないんだ。...
モグトワールの遺跡

モグトワールの遺跡 014

第2章 土の大陸1.男装少女と女装少年(3)054 うなだれるミィをなんとか促して一行はキィを取り戻すという作戦の失敗感を抱いてヴァン家の屋敷に戻った。 ミィの様子を一目見て、執事の青年が無言で一行に一礼し、ミィの肩を抱いて奥に引っ込んだ。それに入れ替わるようにして、別の青年が一行の前に現れねぎらってくれた。食事や扱いは今までと同じように賓客の扱いだが、そこに明るいミィの笑顔がない。それだけで太陽が陰ってしまったように一行には一抹の寂しさが募るのだった。 翌日になってミィが一行に今まで見せていた姿とは別の姿で現れた。身体のラインがくっきり出るような詰襟の服は、今までと襟の合わせが逆になっている。美しい花々の刺繍が施された服。それは先日会ったエイローズの当主と比べてそん色ないものだった。 身体のラインが露わになった事で胸のふくらみや女性的なくびれがさすがのセダや光にでもわかる。「今まで騙していたみたいで、ごめんね」 うっすら泣いた後が薄い化粧の上からでもわかる。「改めまして、ミィ=ヴァンです。御覧の通り、女なの。光にも嘘をつかせてごめんね」 ミィが力なく微笑むので、光が慌てて首を振ってい...
モグトワールの遺跡

モグトワールの遺跡 013

第2章 土の大陸1.男装少女と女装少年(2)051 土の大陸の神国・ドゥバドゥール。そこの首都である都市は三大王家にちなみ、王宮周辺以外が国の領土のように三大王家それぞれの支配力が強い地域がある特殊な街となっている。 首都は形式上どこの領地でもないのだが、この国の成り立ちからそうなってしまうのだろう。人種的には何の変わりもないのに、ヴァンの民、エイローズの民、ルイーゼの民などと呼び分けられてしまう位で、己が何の民であるかを示すためにわざわざ砂岩に示して耳につける者もいる位だ。 それくらい民は愛国心というよりかは自分の出生した領地の主を、王家を深く愛し、誇りに思っている。それが逆にこのドゥバドゥールの国民性ともいえるだろう。 首都の一角では店や家の軒下にとある色の布がかかっている事が多い。その布の色で、この家は三大王家のどの家を主君と仰いでいるか示しているのである。耳に着ける砂岩と同じようなものだ。エイローズ家の色は臙脂色。ルイーゼ家ならば常盤色。ヴァン家なら瑠璃色の布が下がっているだろう。 それだけ民に好かれるよう、誇りに思われるよう、民を失わないように各王家がそれぞれ民の為にいろいろ...
モグトワールの遺跡

モグトワールの遺跡 012

第2章 土の大陸0.―プロローグ―046 これは昔々のお話です。まだ私たちの住んでいた土の大陸が一つの国にまとまっていない時のお話。 この頃、土の大陸には大小様々な数多くの国が在りました。いいえ、国と云うのは少し不自然かもしれません。多くの集団があったと言った方が正しいでしょう。その集団は時には衝突し、時には手を取り合って暮らしていました。 在る日、この土の大陸を守護している魔神さまが、人々に向かってこう言ったのです。 ――他の大陸に倣い、我もこの土地に我の守護を約束する国を定めたい。 人々はそれを聞いて目を輝かせました。魔神の守護を得られれば、少なくとも災厄に怯えることは在りません。 ――ただし、我が守れるのは一国のみ。証明せよ。我が護るに値する国を。その証に我が永久の守護を約束するものとしよう。 つまり、魔神が認める国を決めろ、ということだったのです。そして、大小様々な集団は魔神に我こそが守護されるにふさわしいと、活動を始めました。 とある集団は、富を。 とある集団は、権力を。 とある集団は、武力を。 とある集団は、民を。 とある集団は、知識を。 富、栄誉、権力、知識、権力、芸術、...
モグトワールの遺跡 小ネタ

モグトワールの遺跡 第1章あとがき

新しく始まりました「モグトワールの遺跡」。第一章・水の大陸編完結でございます。ここまでお読みいただき、ありがとうございました。いや、本当に長すぎだよね!THE☆オーナーの輝血さんにはかなり文句を言われました。長ぇよ!こっちのことも考えろよ!みたいな…本当にありがとうございました。いや、そんなことはないです。優しい大家さんです。まず、今回のシリーズコンセプトは『主人公を空気にしない☆』でしたが…無理でした。orzセダ、頑張って!というのも、水の大陸はどこかでもいろいろ書いていますが、神国兄弟王が存在感とかいろいろすごいスペックすぎて、主人公が空気に。そして楓がいろいろかわいそうでヒロインは誰だ?みたいになっているような…。ヒロインは作者も誰かわからなくなってきている現状です。いや、楓は違いますが。他にも私の大好きな流血・絶叫を90%カットでお送りしています。健全ファンタジーを目標にしてモグトワールの遺跡は青少年に優しい成分で制作されております。なので、殺す時はサクッと(おい)あっさり。あと、未成年の戦いも色々な児童書などを研究して、過激にならないよう、お子様キャラに配慮しております(これ...
モグトワールの遺跡

モグトワールの遺跡 011

第1章 水の大陸4.水の魔神(2)041 その後、モグトワールの遺跡に行く事を別れの挨拶と療養のために城で世話になった礼を言いがてら、一行はキアを訪ねた。キアは執務をしつつ、器用に一行と面会を果たした。「モグトワールの遺跡だったね?」「はい」 キアは少し筆を止め、思案する。隣にいる眼鏡姿の青年に語りかけた。「確かモグトワールの遺跡は公共地にあるが、管理はシャイデの神殿が任されていたはずだが?」「左様です、陛下。それくらいのことは覚えておられましたか」 ぴくり、とキアの眉が動いた気がしたが、この主従関係にまで口をはさむ事はないと一行は黙っていた。「今はどうなっている?」「さて、前王の時代は神殿にも暗部がございましたので、よくは存じませんが。確か管理などをしていたようには見えませんでしたね。気軽に管理を他国に任せていてもおかしくはないのでは?」「何?」 キアは青年を睨むような目つきで問い返した。「ラダ様の時ですからね。彼女は神殿をゆぅるりと改革したお方ですから」「っ、褒めてどうする! ……ニオブとハーキをここに」「かしこまりました」 眼鏡姿の青年が一礼して退出し、キアはしばらく待っているよ...
モグトワールの遺跡

モグトワールの遺跡 010

第1章 水の大陸4.水の魔神(1)037  この世を、この世界に流れた時間はいくつかの時で区切る事が出来、それを人は時代と呼ぶ。 創世記――それは神がこの世を創った時代。この世を形創り、神が見守り、そして人によって世界が一度滅ぶまでの期間を、人はそう呼んだ。 次が神代――。しんだい、ともかみよ、とも呼ばれる。神に代わって魔神が再びエレメントをもたらし、それによって世界が息を吹き返し、魔神に見守られた時代。人が二度の罪を犯し、世界が半壊したまでの期間。 ――時は神代。 各魔神が宝人を世界に送り出して、双方の人々が手を取り合って暮らすことを魔神は宝人を通して見ていた。世界の在り様に、大変安堵し、また嬉しく思ったという。そこで、魔神は直に神の創った世界というのを体感したくなったという。 そこで、魔神は己の創った人、宝人の身に宿ることで、仮の肉体を得、己の治める大地に降り立ったと言われている。 時に魔神は人々と同じように暮らし、時に宝人としてエレメントの恩恵を与えたとも言われている。その最中で盟約の国を創ったとも言われているし、魔神として、人に崇められるようになった奇跡を多数起こしたとも言われ...
モグトワールの遺跡

モグトワールの遺跡 009

第1章 水の大陸3.火神覚醒(5)033 シャイデ上空の空は何処から見ても朱に染まっていた。その真下を空に届くかというほどの炎の固まりが、否、炎の巨人が空に向かって吠えている。「なんだよ、あれは!!」 セダは腕を止めて上空を見上げてしまった。周囲にいたラトリア兵も同様に紅い炎の巨人を見上げている。周囲の宝人達は我を失くした様子のまま、ただ、炎の固まりをまるで崇拝するように見上げている。 吠え終わった炎の巨人は軽い動作で一歩踏み出す。すると直後に足元がぐらりと大きく揺れ、セダだけではなく周囲のだれもが地面に叩きつけられた。「地震だ!」 ラトリアの誰かが叫ぶ。巨人が歩いたその動作で地震が起きたという割には、細かな揺れがずっと続いている。ぐらぐらと足元がおぼつかない。 セダはとりあえず身を起こす。ラトリア兵は完全に戦意を喪失したようなので刃を収めた。そして直感が告げる。――あれは、楓だと。 そう考えていた時、地震の次に空気が振動する。それは音だった。何か分からないが、歓声に似た音が響き渡る。何かを喜んでいるような、誰かの歓声がどこからともなく響き渡る。何かが起こっているのは確かだが、こんなに...
モグトワールの遺跡

モグトワールの遺跡 008

第1章 水の大陸3.火神覚醒(4)029 ハーキは円卓会議を勝手に開催し、十分後にきっちり女性用の鎧を身につけ、腰に二振りの剣を下げて登場した。その水の乙女と呼ばれるたおやかで優しげ、儚い印象の乙女像はがらがらと崩れ去る。というか別人のようだった。その隣には下級の巫女がつきしたがっている。「偵察したんでしょ。報告」 会議は全員が席に着くのを待つこともなく始まった。それどころか開催者であるハーキも席についていないので、誰も席に着くことが出来ない有様だった。「は! 確かに禁踏区域は何者かの攻撃を受けており、宝人たちが逃げ惑っております」「敵は?」「……紫地に白の紋章。……ラトリアと思われます」 ハーキは頷いて誰も用意していないと最初から気づいていたらしく、ハーキの背後の壁に地図を張り出した。「で?」「と、申しますと……?」 報告した隊長は不思議そうに問い返す。「だから、攻撃されているのを見たわけでしょ? どうしたのよ」 ハーキは地図上に印を書き込もうと筆を構えている。「二部隊が阻止に回りましたが……」「それはどこから? 敵の数は? 方角はどっちから? 風向きは? 宝人の逃げている方向は?」...
モグトワールの遺跡

モグトワールの遺跡 007

第1章 水の大陸3.火神覚醒(3)025 フィスはすぐにシャイデに向かう必要があるというセダたちに護衛をつけて国境まで送り届けたばかりだった。丁度入れ違いでシャイデの使いが届き準備に明け暮れている間に、シャイデの国交を結び直すための団体が到着した。 本来なら城に招待するところだが半壊のままなので、王家が所有する屋敷の方に案内する。フィスは到着の知らせを聞いて、案内した屋敷に足を向ける。「陛下、今回の中心人物であります、エギリ大臣です。シャイデでは主に我が国との国交に際し、様々な便宜を前から取り計らって下さっている方です」 フィスはその大臣に向けて歩み寄り、落ち着いて挨拶をすませる。さて、ジルの話ではキア王が来ているという話だったが、紹介されないということは来ていないか、まだ隠れているのか。「本日は長旅でお疲れでしょう。夜にはささやかな宴を催しますので、それまでごゆるりとなさってください」 フィスが言うと、大臣も頷いてそこでお開きとなる。僕の数のも多いし、それ以外の重鎮も何人かいるなかで、キア王らしき人物かは見繕えなかった。 しかし、ジル曰く、フィスに会いたいのだからいつかコンタクトを取...