なんちゃってアイドル

1.とある軍人の任務

 ここは先進国・マッシャー。国政は普通かつまともに行われている平和な民主国家である。
 先進国らしく進んだ技術は軍事産業に利用され、他国に追随を許さない技術大国でもあり、それゆえに他国からのスパイ行為やテロ行為に目を光らせなければならないのが現状である。国家自体はオープンな国なので優秀な人材、マッシャー国の裕福さから諸外国からの人の出入りも激しい現状がある。
 外国テロに備えそれ専用の部隊が極秘に結成された。若手だけで結成されたその部隊の若手は、軍事学校の成績優秀者の中でも特別に優秀な者が選出されているのである。エリート集団をそのまま秘密部隊にしたようなものだ。名をアルジス。
 秘密部隊・アルジスの隊員は若手の15歳から始まり30歳までで形成されている。若いうちからかなり厳しい訓練を受け、試験に突破できた秀才たちの部隊といってもいい。
「極秘任務御苦労さま。長官に報告行ったのか? シャイナー」
 ここは、そのアルジスの秘密基地的な場所である。彼らはここをホームとして軍部から処理を任された早急かつ難しい任務に駆り出されるという仕組みである。
 そのアルジスの中でも天才肌と言われているシャイナーはアルジスで任務成功率の一位二位を争う位の能力を持っている。17歳のアルジス3年目のエースである。そのシャイナーに声をかけたのは、シャイナーの隣室の少年である。名はザーリ。彼も優秀でシャイナーと首位を争うエースである。
 シャイナーは茶髪の頭を無言で振る。無口の姿を見慣れているせいか、ザーリは気にすることはなかった。
「俺たちに新しい任務だ。今から長官の所に行こう」
 シャイナーは頷いた。この二人は同期であり、長く一緒に過ごしたこともあって言葉数が少ない。というか、この二人はどちらとも口数が少ないのだが。
「長官、よろしいですか」
 シャイナーは通路の奥にある扉の前で声をかけた。
「ああ、入ってくれ」
 アルジスの全隊員を総括する長官も年齢はまだ二十代と若い。付き合いが長いので、特に挨拶などはなく、すぐに本題に入る。
「君達は興味がないだろうが、芸能界に潜入してもらうのが今回の任務だ」
「……芸能界、ですか。あのテレビとかの」
「そうだ。敵国の戦略の一つとして、影響力が強い我が国の芸能人を利用して、麻薬売買の市場を広げようとしているという確定情報が入った。しかし独特のネットワークがあるのが芸能界だ。そう簡単に一斉検挙も出来ない」
「成程。麻薬売買に関する情報ですね。潜入任務……長期になりますね。で、テレビ局とかのスタッフとして入るのですか?」
「いや、これだ」
 長官が机の上に一枚の紙を滑らせる。二人で一枚の紙を見て、二人は絶句した。

 ――君が次代の☆だ!新生ネットアイドルグループ結成!メンバー募集――

「……は?」
「嘘ですよね?」
「……本気だ」
「アイドル!!? アイドルってなんですか? 偶像崇拝ですか!! 人形? 仏像?!」
「それ、違くないか?」
 シャイナーがザーリに突っ込んだ。っていうか、なんだこの胡散臭い募集?仮にもこんなポスターみたいなことで募集するものか?!! 嘘だ、これドッキリ企画(試験)だろ!
「いや、これは結構大きな企画でな……大手の芸能事務所から一人ずつ出して、事務所の垣根を越えたグループを作るという今回の任務に相応しい……」
「「拒否します!!」」
 長官の言葉を激しく遮る二人。任務ならば……という問題ではないのだ。二人はこういう騒がしい場所が大の苦手+嫌いなのである。絶対無理だ!
「拒否を拒否だ! アイドルだぞ! アルジスにお前ら以外に美形がいないだろう!!」
 ……問題、そこか? 熱くなる長官に反比例してテンションが下がる二人は美形と言われたお互いの顔を見た。美形か? シャイナーに至っては顔に小さな傷すらあるのだが。
「まぁ、安心しろ。国家権力でお前らどっちかがアイドルになることは決定だ」
「一人?」
「そう。二人応募は決定が……最終決定は一人だ。この任務は単独任務だ。さすがに能力面も見たいということで適性がありそうな奴一人がアイドル様だ。向こう側にも選ぶ権利くらいは欲しいわけだ」
 じゃ、アイドルのマネージャーとかにしてくれればいいじゃないか。
「……」
 アルジスに所属してからありえない無茶ぶりな任務にとまどうしかない。
「あの……美形で向いているの、ミズホとか居るじゃないですか。あとザッツとか……」
 ザーリが魂を半分飛ばしながら問う。
「ザッツは年齢制限でひっかかる。20歳以下までなんだ。ミズホは誘惑に弱いきらいがあるから駄目だ。その面秘密保持の面でも君たちなら問題ない」
「「……そうですか」」
 二人は命令なら仕方ないと諦めながら部屋を退出したのである。きっとこれは夢だと思いながら。
 しかし、翌日から事前学習という事で今売れているアイドルやら俳優やらモデルの映像や歌をエンドレスで訊くという洗脳に近い行為に強いられる事になるのだった。

2.お気楽な少年の決断

 マッシャーの片田舎の町にある孤児院。
 古い歴史を持ちながらも代々の“おとうさん”や“おかあさん”と呼ばれる責任者が子供大好きだったせいか、みんなひねることなく優しい子に育っている。様々な事情で親元を離れた子供を預かっているので、いつもぎりぎり極貧生活を強いられている。
「チャコも18まであと二月だけど……進路どうするの?」
 同じ孤児院にいる少女ファナに問われて、チャコと呼ばれた少年はうーんと洗濯物を干しながら悩む。
「どうすっかなぁ?」
「ちょっと、まだ居るつもり? お金足りないんだから18になったら出てってよね!」
 奥から料理をしている子供の甲高い声がする。
「ニオ、言い過ぎじゃ……」
「ファナは黙ってて。みんな空気を読んで自分達の事はしっかりしているのに、いつも目先のことばっかりで進路が決まらないってどうしようもないじゃないか! 園はいつでも財政状況はひっ迫しているんだよ。それに加え、来月新しい子が増えるってのにさ!」
 怒鳴っている子供はまだ15にも満たない。しかし一番しっかりしている。この園で一番の年上はチャコであり、18になってしまう。18歳で成人と決まっているので、18になったら自立するのが園のお決まりになっていた。しかし、好きなことばかりやっていたチャコは優しいみんなに甘えて進路というか就職先が決まっていないのが現状だった。
「そうだよなぁ~。やっぱ高校行っとくべきだったかなぁ。中卒は雇ってくれねんだ」
 怒られてもすこしも堪えていないチャコは苦笑する。
 チャコは園のためと一言も言ったことはないが、中学を卒業した後、バイトに明け暮れた。おかげで中卒の若者をまともに雇ってくれるところがないのが現状だ。
 実は園を出る際に、ちゃんとした仕事に就いていないのはチャコが初めてであった。故にみな心配している。
 本人まったく気にしていないのだが。また、本人はこのままでもなんとか生活も出来そうなのが本気で心配出来ない点でもあるのだが。
「でも、チャコなんでも出来るのにね……」
 ファナの言葉通り、チャコは何でも出来る。というか、人の真似がうまいというか要領がいいというか、飲みこみがいいのだ。
 例えば、料理ならやっている人の隣で二、三回見ていればすぐ覚えるのだ。だから歌も時には手品のようなこともうまい。おかげで学業に苦労することはないし、バイト先でも苦労はない。
「お気楽過ぎてそこが不安なんだよ!」
 ニオにまたしても怒鳴られる。やれやれ、とチャコはテレビに視線を向けた。
『君が次代の☆だ! 新生ネットアイドルグループ結成! メンバー募集』
 テレビから底抜けに明るい声が響く。大手の芸能事務所とレコード会社協同の新生アイドルグループのメンバーを公募するというCMである。この会社は一般公募することにしたようだ。
「これだ☆」
「チャコ?」
 ファナとニオが吊られてテレビに視線を送り、あんぐり口をあける。
「俺、アイドルになるわ!」
 チャコが満面の笑みで、まぶしいほどの笑顔を二人に向けた。
「馬鹿じゃないの!!」
「そんなすぐなれるものなの?」
 二人の性格の違いを現した突っ込みが浴びせられるが、チャコはすっかりその気だ。
「超大金稼げるじゃん! 決めたわ、俺アイドルな!」
「馬鹿! ほんと馬鹿だろ!! お前ほんとに馬鹿」
 ニオが息を切らすほどの全力突っ込みもスルーしてしまうチャコの恐ろしさであった。
 ――うん、彼は何も考えていない。

3.泥棒少年の新しい仮面

 ゴシックな色調、ふんだんに使われたレース。アンティークドールが着るような芸術に近い服装を着た少女。白い肌に施された化粧のおかげで人形ではなく一応人間に見える。
「はい、終了~。おつかれ、リキちゃん」
「は~い。おつかれさまですー」
 シャッターが光っていたうちはぴくりとも動かなかった少女が軽快な動作で動く。そのままメイク室に直行し、カラーコンタクトを取り、盛大なウィッグや髪飾りを外す。
 ゴシック服専門誌の専属モデルであるリキという名前で活動していた少女はメイクをさっぱり落とすと印象が変わる。愛らしい顔つきは変わらないが、衣装を脱ぐと少女には見えない。
 中性的な少年……実は女装モデルなのである。本名はイア。少年に戻ったイアを見て騒ぐ大人。
「あー惜しい! リキちゃん今年いくつ?」
「15っすねー」
 仕事が終わると少年に戻るイアは口調も男に戻る。撮影中は撮影モードで少女だが、根っから男であり、本人かなりの女好きである。マセガキともいう。
「二次成長が始まったらリキ引退でイアでデビューでしょ?」
「ま、そういう約束ですけど……別に無理して続けたいわけじゃないですし」
 プロデューサーは心底残念そうである。ここまでゴシックな服が似合うモデルもいないのに!
 というのもイアが外国の血が流れていて、しかし外国人モデルほど見た目がこの国の一般的な顔と離れていないので、ユーザーがイメージしやすいモデルという訳である。
 だが女装には限界がある。本人は隠していないが、二次成長が始まれば髭も生える男らしい身体になる。今でこそ小柄で小さな身体だが……。
「でも女装はファンには受けますけど、一般的にはアレだから、そろそろ少年の仕事してみたら? ゴス服は男はタッパがないとなぁ~。モデルはリキちゃんにはきついよね」
 椅子に座ったポーズが多い仕事だったので、今まで身長がなくてもよかったが、本当にモデルをするなら身長が必要だ。150cm代の身長しかない平均身長よりかなり低いイアには到底無理である。モデルをやっているだけあって脚は長く、頭身は満たしているのだが。
「そうなんですよ。困ってて」
 15歳だというのに、大人に話を合わせる社交性が好かれてもいる。
「あ、なら、うちの親会社がやってるコレ、送るだけ送ってみたら?」
 通りかかった監督がイアに紙を渡す。
「“君が次代の☆だ! 新生ネットアイドルグループ結成! メンバー募集”??」
 思わず声に出す。監督は笑いながら概要を説明してくれた。
 三大芸能事務所と三大レコード会社と三大スポンサーが共同でアイドルユニットを作り、売り出すという。金だけは流れそうな仕事だなとイアは思った。
「とりあえず、事務所と相談するかな、一応うちの事務所の親事務所ですけどね」
「そうしてみて。リキちゃんアイドルになったらきっと売れるよ」
「……アイドル、ねぇ?」
 無造作にカバンに突っ込んでイアは仕事場を後にした。そして普通だったらマネージャーが済ませる仕事報告を事務所社長に報告する。小さな芸能事務所なのでイア専属マネージャーもいないのである。
 慣れた仕事ならイアだけでこなす。このモデルの仕事が季節毎という小さな仕事ということもあろう。
「将来を心配されてさー、こんなのもらっちった」
 恰幅のいい中年の男、事務所社長は紙を見てニヤリとする。
「おう、やりゃいいじゃねーか。アイドル! 新市場開拓だな」
「やっぱ、親父ならそう言うと思ったぜ」
 イアも同じくニヤリとする。するとイアが帰って来たのを待っていたかのように奥から数人の人が出て来た。
 親父と呼ばれた社長以外は皆顔が整っている。それもそのはず、皆この芸能事務所に所属している芸能人だ。しかしこの芸能事務所は裏がある。
 全員が泥棒という泥棒集団なのだ。芸能界を仕事場とする芸能人ひいてはそれに関連する有名人をターゲットにした泥棒である。といっても税金をちょろまかしていたり、感じ悪いやつを狙ったり、という本人達なりの基準は存在するらしい。
 イアは特殊商業誌モデルという新市場を開拓したわけである。
「お帰り、イア」
「ただいまー。ニアル」
「今日は大女優・ミス アビーの豪邸でお恵み頂くんだよな。俺とニアルで」
「よろしくー!」
 ニアルというアナウンサーを表向きしている青年がニヤっと泥棒顔で笑う。
「じゃ、親父受かるかどうかわかんねーけど、書類出しといて、それ」
「おうよ」
 このドール芸能事務所は身内(血縁的な意味ではない)で構成されている大泥棒集団である。この胡散臭い社長が伝説の大泥棒であり、その泥棒が楽に泥棒稼業をするために編み出した隠れ蓑が芸能事務所である。
 芸能界は泥棒に入られると同時に盗まれてはいけないスキャンダルを恐れ、そこまで追跡が厳しくない。
 なにより、人と人のコネや繋がりが広い!芸能人というだけで知り合いの職種、商人から果ては芸術家までとにかく金持ちが集まる狙い放題+金を盗まれてもそこまで痛まない奴らが多い。夜仕事をしている者が多い!持ってこいの市場である。
 この規模から泥棒集団というよりは盗賊団といってもいいかもしれない。熱い絆で繋がれた芸能事務所の面々は表向き芸能活動をしながら行動範囲を広げてターゲットを常に探している。
「行って来いよ!」
「ああ。俺らの信念に誓って!」
 腕を振り上げて二人は夜の街に繰り出していった。そう、金に困っているとかではない。
 ――そこにあるなら、盗むべし!
 社長の信念はすなわち、事務所(家族)の信念。完全に盗みが趣味と言うふざけた集団なのである。
 だがこのスリルある生活がイアはもちろん、他の誰もが気に入っているのだから、本当に救いようがないのであった。
 ――だれか一人位捕まれば、痛い目をみて懲りるかもしれないが、今のところそういうアンラッキーには誰も出会わない。

4.お気楽ニート(もどき)、アイドルへの道

 チャコはしっかり者のファナにアイドルへの募集要項を説明して貰い、自分が今までにアルバイト募集の際に幾度となく出してきた格安の履歴書にこれまた格安で撮ったなんちゃってスーツの写真を張り付け、いつものようにアルバイト履歴書のように記入を済ませた。
 他にも全身写真を添付せよとあったので、ファナに一枚ピースサインを決めた写真を撮ってもらった。デジカメなのでプリントアウトして一緒に封筒に突っ込んだ。
 チャコとしてはいつもの道路工事とかファーストフード店のアルバイトと同じ要領で応募した。
 総勢3万人を超す応募の中で、書類選考になぜか、本当に“何故か”通過したチャコはこれまたお気楽な気分で面接会場に向かった。―正確にいえば選考、審査会場であって面接ではないのだが。チャコの気分は面接だった。
「おー、かっこいいなぁ」
 周囲にいるのはアイドルを目指すだけあって美形揃い。しかもファッション誌から抜け出したようなおしゃれな格好で全身に気を配っているのがわかる。しかしチャコはそれをかっこいいなぁ、とかあの服欲しいなぁくらいにしか見ていなかった。
 自分が選考と云う名の戦いに臨む気概はなく、あくまでお気楽だった。
「時間なので選考を開始させていただきます。まず、呼ばれるまで皆様はこの控室で待機して居て下さい。順番にお呼びしますので、呼ばれた方は隣のAスタジオ前の廊下で待っていて下さい。選考は5人組みでお呼びしますが、個人で選考を行います」
 スーツ姿の男性が手元のプリントを見ながら言った。
「自分の順番が来たら選考委員の前に立って、簡単な自己紹介と持ち歌を一曲、指定のあった1分のダンスを披露していただきます。5人終了するまで静かに着席してお待ちください。なお、合否は合格された方にのみ、合格通知並びに二次選考予定を送付させていただきます。結果は1ヶ月後。Webでも確認できます。自分の受付番号で確認して下さい。なお、合否における質問等は受け付けかねますのでご了承ください」
 チャコはなんか就職試験の説明みたいだなと思って聞いていた。こういう選考は試験内容が違えど、手順は一緒なんだなぁとぼんやり想っていた。
「では受付番号0045、0086、0097、0104、0105の方……」
 チャコは気軽にダンスの練習をしたり、発声練習をしていたりする受験者を見ていた。あれ? こう言う場合は受験生であってるのか? みんな真面目だなぁ。と周囲の人に思考を読まれたらぶっとばされそうな事をのほほんと考えているチャコだった。
 そうしているうちにチャコの番号が呼ばれた。中に入り、チャコの発表は4番目の様だ。
「おい、テルダンススクールのルイだぞ。ダンス大会で入賞したっていう……」
「まじかよ、同じ組じゃなくてよかったな」
「ああ。ラッキーだ」
 会場までの移動間で周囲のそんなひそひそ声が聞こえた。チャコは話し相手の視線の先の少年を見る。丁度2番目。自分より先に演技していてもらって大助かり。
「おーダンスうめー」
 2番目の少年のダンスが噂通り格好良かったのでチャコはじっくり観察し、頭のなかでシュミレーションする。うん、いけそう。実はチャコ、指定のあったダンス1分を考えてきていないのだ。ボックスなどの基本的ステップを一つ以上入れる事との指定がわからなかったのだ。ボックスってなんだ? という事である。
 歌もうまい。当然アイドル志望とあれば巧いのが当たり前の世界である。
「では次の方」
「ほーい」
 チャコは気楽に立ちあがった。
「はい、自己紹介よろしく」
「はい。俺、チャコ=ライズです。17歳、好きな食べ物は肉です」
「そんなこと聞いてないから。はい、もういいよ、歌。歌いって」
 審査員がだるそうに言う。おいおい、やる気なしかよ。チャコは内心呆れつつ、笑顔で応じた。あれだけの自己紹介と云う名の名前発表で俺の何をわかったというのだろうか。
「はい、じゃー歌いまーす」
 チャコはそう言って息を吸い込んだ。
「おおきなくりの~きのしたで~」
 目を閉じて唄い出すチャコ。審査員が口を開いてぽかんと呆れている。それは一緒に審査を受けている皆も同じだった。
 ――え?
「あ~なぁた~とぉ~わたしぃ~」
 ――なに、その歌のチョイス?!
 チャコは気持ちよさそうに歌っている。というのも、園で年下の兄弟たちに毎日のように歌っているからだ。アカペラで1分以内の曲といえば兄弟たちに歌って聞かせている子供の唄くらいしか思いつかなかったのだ。
 だが、上手い。情緒あふれる感じで栗の樹が瞼の裏側に映る。そこで仲良く集まっている子供たちがみえるようだ。なんでこんな歌で感動しているのか? 違う意味で驚愕する一同。チャコの伸びやかな声が止み、チャコが目を開ける。
「あれ?」
 一同が黙り込んでいるのでチャコは目を開けてきょとんとしている。
「あの、えっと……」
 まずったかな? とチャコが頭をかく。
「あ、ええと、はい。よかったよ」
 審査員が慌ててそう言った。
「あ、そうすか? どうも」
 えへへ、と照れた。ここにニオがいれば御世辞に決まっているだろと怒鳴る所だ。
「えっと、じゃ次はダンスを」
「はーい」
 チャコはうーんとと考える。そうだ、さっきのやつは、こう……。と2番目の少年とまったく同じ動きを始める。ほぉっと審査員が見直すほどに巧かった。
 2番目の少年が驚愕している。2番目の彼はダンスがかなり巧い。一次審査はダンスで絶対通ると周囲も己も思っていた位だ。そのダンスがまるでコピーされたかのように完璧に踊られている。目の前の少年は先程の少年と瓜二つだ。
「はい、ありがとう」
 呆然とする審査員にむかって一礼するとチャコは自分の席に戻った。なんだ、意外と巧くいったぜと内心自慢に思いながら。
 そこには呆然としてしまい、力が入らなかった可哀想な5番目さんの審査が始まった。それほど意表をついたということだろう。そんなこんなで周囲をまきこみ、チャコの第一次選考は終了した。
 ――と云う感じでチャコはこの芸能事務所とレコード会社協同の選考会にすべて童謡で通過したという、後に恐ろしい記録を樹立し、難関のオーディションをクリアしたのであった。
 こうして、新世紀アイドル期待の☆の一人目が決まったのである。
 ……おそらくこの審査員さんたちは童謡に度肝を抜かれて正常な判断ができなかったに違いない。でなければこんなお気楽少年が、万人にうらまれていいような所業で受かるはずなどないのだから。
 ――うん、少しは反省しろ、チャコ。

5.子供は大人を騙す事にかけてはピカイチです

 イアが新しいネットアイドルへの書類選考に受かり、第一次審査の案内が届いた頃、彼は中間考査の真っただ中で迷惑千万、シカトしようと思っていた。いくら夜な夜な裏で泥棒をしようと、目立たない芸能活動をしようと高校受験を目前とした中学生の定期テストに勝るものはない。
「ってーまて、おい、待て」
「んだよ、親父。俺の頭の中は今、明日の江戸時代と中和反応でいっぱいなんだ。それより重要なことはすべてが終わってからにしてくれ」
 イアは頭がよいわけではない。しかし授業中に夜の活動の為によく寝てしまい、まともに勉強をしていなものだから、定期テスト前はそれは大変なのだ。
「なんで、書類選考通過の奇跡の超難関のオーディションよりお前は定期テストを取る??」
 芸能人を志す者とは思えない。
「親父。それは受かって奇跡。だけど定期テストは勉強すれば平均点は取れる。確率で考えたらお得なのはテストだ。以上」
 イアはそう言って教科書を持って暗記を再開する。
「イアは真面目だねー」
 その様子を見ながらアナウンサー(夜は泥棒)の青年・ニアル(要領良く、頭はいい)が微笑む。
「おれまじでイアを褒めてあげたいし」
 にこにこしながらニアルが言えば、社長が叫び出す。
「だめだ、だめだ、だめだぁあああ!!」
「うるせぇえええ!!」
 スコーンと消しゴムが額にクリティカルヒットする。イアさん、それ社長とニアルが突っ込んだ。
「っていうか、イアは定期テストが受けられないのがやなんでしょ? だったら奥の手があるじゃない」
「なんだ、ニアル?」
 社長がものすごい勢いで食い付いた。
「忌引き使えばいいんだよ。正当な理由があれば、後日テスト受けられるでしょ」
 全国の尊い死者への儀式に謝れぇあああ! と言いたくなるようなことをさらりと言うニアル。ぽむっと社長が手を叩いた。そして電話を掛け始める。
「よっしゃ! でかしだぞ、ニアル!! イア、お前は明日オーディション行って来い。テストは明後日受けられるぞ」
「はぁあ? 俺のこの一日しか持たない暗記はどうすんだよ」
 イアは不満げに口をとがらせた。
「社長命令です! お前は明日オーディション行け」
「横暴だ、子供から学習の権利を取り上げるとは!」
「まぁまぁ。イアは一日余裕ができたと思えばいいじゃない。なんならおれがテスト内容盗んできてやるから」
 さすが泥棒ですね。ほんとにえげつないですね、あんた。
「そんな一時しのぎで成績とっても入試で取れないと意味ないんだぞ」
 イアはそう言うと教科書を閉じ、明日何着て行くかなぁと部屋を後にした。
「……本当にあいつは真面目だな」
 一生暮らしていけるほどの金をすでに稼いで(盗んで)いるのに、努力を怠らない。大変まじめな泥棒少年だった。だって彼にとっては泥棒は趣味ですから。それもどうだ、15歳。

 と、そんなこんなでイアのオーディションは一次審査を通過し、二次審査も通過した。
 イア受けたオーディションは一般さんお断りで、必ずどこかしらの芸能事務所に所属している者か、それに準ずるアフタースクールの生徒に限られ、審査の内容もハイレベルかつ厳しかった。
 イアは持ち前の大人への対応力と演技力で乗り切った。そして最終審査。歌、ダンスだけではなく演技も今回は見られるという。イアからすればアイドルになんで演技力がいるねんと思いつつ、会場に向かった。
 さすがに最終選考だけあり、人数が少ない。やべちょっと緊張してきた。
「はい、次の方」
「うぁはい!」
 声が裏返ったが、逆にそれで落ちついたイアは審査員の前に立った。
「1409番。イアリエ・シーバル、15歳です」
「はい、イア君。じゃ、指定の曲をまずお願いできるかな?」
 二次審査と三次審査の時にいた審査員がいるな、と思いつつイアは笑顔で頷いた。ってか、ここまで受かったおれがすげーよ。一次審査の時は明日の中間で頭がいっぱいだったから正直覚えていない。二次、三次はそこそこ記憶があるが。
 イアは審査員の要求通りにダンス、歌を披露していった。
「じゃ、次ね。君は大好きな恋人に裏切られた。恋人は君を利用するだけして、最後に君は恋人に用済みだと冷たく言われ、殺されてしまう。そういう演技をして下さい」
「……はい」
 それ、最低……いや外道な女もしくは男だな。と内心突っ込みつつ、イアは演技の審査があるとは聞いていたがそういうのなの、と内心驚いた。
 そして目に入った椅子を使っていいですかと了解を取った。セリフも自分で考える必要があるようだ。実は演技力ではなくその場の対応力を見られている審査だが、イアは落ちついている。
「……」
 イアは碌に恋をしたこともないが、事務所の仲間と一緒に舞台に立ったこともあれば、台本の読み合わせなども日常的にやっている。イアはそこからだいたい恋がどんなものか想像できた。つまり、胸がきりつめられるほどの――想い。
「っ……!」
 イアの顔から少年差が抜け落ち、恋する乙女のようなどこかしら中空を見つめた熱っぽい視線を向ける。それが次の瞬間には奈落に落ちたように愕然とした表情をし、そして瞳がこれから起こるであろう恐怖に震え、しかし恋人を信じるが故の逸らせない瞳を演出する。そして、口をあけ、何かを言おうとし、手が中空を何かをつかもうと空振り、落ちる。
 見開かれた瞳から、一筋の涙が零れ落ち、そして目がうつろに開かれたまま、まるで人形のように全ての動作が停止する。呼吸すらない、完全な死体を演じた。瞬きすらしない。
 本当に目の前の少年は生きているのかと言いたくなるほどに、イアは演じた。その何も移さない瞳が、語れない表情が逆に信じ、愛していた者に対する疑問を投げかけ続ける。
 一種の芸術品のような少年。
「はい、結構」
 審査員は息を飲んだが、目の前の少年から目を離さずにそう言った。
「はい。ありがとうございます」
 イアは袖で涙を拭いて微笑む。この少年の演技力はなんだと度肝を抜かれた瞬間だった。
 そう、イアは特殊商業誌で人形となることを強いられたモデル経験を持つ。物言わぬ、しかし何も語らぬ事で服を際立たせ何かを訴えかける事に慣れているのだった。そんなイアからすれば人形のまねをすれば死体など簡単。むしろ涙出たからリアリティ増したべ? と思っている位だった。
 という演技でイアは最難関のオーディションを勝ち抜いた。審査員になぜ彼を選んだかと聞くと一次審査では志望動機「全ての女の子を幸せにしたい」というバカ丸出しの発言で気に入られ、二次審査ではその身軽さを活かしたダンス、三次審査では自分の欠点である身長が低いことこそ我がアイデンティティと抜かした自己PR、最終では演技で認められたとのことだ。
 イアはそれで散々テストよりこっちでよかっただろと社長に自慢されるが、イアは冷たくニアルのおかげだろと切り捨てた。
 ……忘れてはいけない。彼が最終審査で行ったのはどう考えても少女の演技だったことに。
 そう、彼は特殊商業誌モデル。――女装モデルであったのだった。ナチュラルすぎて誰も気付かなかったが、いいのだろうか。

6.とある軍人の破滅への入り口

 シャイナーは長官に無茶無謀アリエナイな任務を言い渡されてから、暇さえあればアイドルステップを本当に暇さえあれば踏まれされたり、歌を歌わされたりと散々な日々を隣室のザーリと強いられていた。
 アルジス全員に二人がアイドルになる(任務)ということが知れ渡り皆が気を使って(もしくは面白がって)アイドルになるための訓練をしてくれた。
 うんざりした彼らは本当にもう少しこの訓練が続ければ二人ともノイローゼになっていただろう。
 そうして当然のように審査に参加したのだった。服はもちろん二人の持ち合わせではなくノリノリの女性隊員がビジュアル系と呼ばれる服を用意してくれた。
「ちょっとこの服はいかがだろう」
 ザーリが青くなりつつ言うが、きゃいきゃい騒いで飾り立てて行く。
「いや、どうせ受かるんだから気にしなくていいんじゃ……」
「なんで、だめよ! 受かること前提ならそれらしい格好しなきゃ」
 とまぁそんなノリノリの同僚たちに囲まれた二人は審査(形だけ)のものに参加するための前段階でぐったりしていた。
「これも任務、任務……」
 ザーリは己自身に洗脳をかけるかの如く、言い聞かせていた。シャイナーは……うん、諦めていた。
 さすがに審査は何回かあるようだが、途中審査は受けたという事にして、最終審査会場に向かった二人は真剣そうな他の審査を受ける少年たちを見つめて己を反省した。
 そうだ、彼らにとってはこれが本番、これに懸けているのだ。
 ……しかし、彼らが受かる事はない。自分達が受かる事が決まっているのだ。そういうデキレースなのだ。これも犯罪撲滅のため、君らに代わって精一杯頑張るぞ、と思いなおす。
「では、次の方」
 最初に審査を受けるのはザーリだった。ザーリは一通りの自己紹介の後、既定のダンスと歌を披露する。その後、審査員の要求に応え、いくつかのポーズをとったり、歌ったりしたものの、問題なく終わったと言えよう。
 シャイナーも軽く緊張しながら、ザーリと同じように指定されたことをこなす。
「はい、いいですよ」
 この審査ではその場で合否が決まると言う話だったので、控室で合否を待つ。シャイナーか、ザーリか。他の皆さんには申し訳ないが。
 ――その頃審査員さんらは。
「どちらにします?」
 実は軍の訓練の様に同じように練習したシャイナーとザーリは個性が消えうせたかのように歌もダンスも全てが一緒だったのだ。軍隊の行進の様に。個性を求められているのに個性が消えうせた動きだった。
 どういう練習をしたらこういう風に同じ人間が二人生まれるかのようなまねができるのだ?! と混乱に陥っていたのである。
 恐ろしいアルジスの軍務によってアイドルへの道を鍛えられた二人はそういう風になっていたのだった。
「これは完全外見で決めるしかないですよね」
 どちらなら売れる? という究極の選択だ。いくら上から圧力を掛けられ、公正であるはずの審査にこういう事を行ったとしても、こちとら金掛けているわけだ。自分達だけが軍人を密かに入れて悔しい想いをしたくない。本気でアイドルになってもらうのだ。
「そういえば、他の二社の結果はもう届いていますよ」
 最初に決まったのは一般公募から勝ち抜いてきた少年だった。17歳の少年は茶髪に活発そうな笑顔を浮かべている。二社目は完全に芸能事務所からの選抜制。それを勝ち上がったのはまだ無名な方の事務所所属のたった15歳の少年。中世的なまるで人形のような外見を持つ金髪に青い瞳の子だ。
「……こっちの子は茶髪ですね」
 ザーリの写真を見て言う。鼻筋が高く、バランスの取れた顔といえる。
「茶髪にするとチャコ君? とかぶりますね。そうするとセンターはイアリエ? 君になりますね。そうすると困りますね。イアリエ君は背も低い。センターに持ってこられたら不動になります。売り文句が……」
「すると、彼ですか」
 シャイナーは黒髪だ。髪の色ならかぶらない。しかし、今は簡単に髪など染められる。選ぶ基準をそこにしてはいけない。
「しかし、彼はここ、顔に傷が……」
「いえ、それが逆にうけるかも」
 審議は1時間にも上った。そしてザーリとシャイナーの二人だけが呼ばれ、他の皆は返された。
「……君達どちらかに絞りこめない。そこで、今から言うセリフを言ってみてくれないか」
ザーリとシャイナーは顔を見合わせた。
「『お前達、愛してるぞ』はい、どうぞ」
「うええええ!」
 ザーリが驚いた声を上げた。
「お、お前たち……愛してる、ぞ」
 かみつつザーリが言う。聞いた審査員がすぐ話し合う。
「はい、次君」
 シャイナーは溜息をついた。もう、ザーリでいいから早く終わってくれ。
「お前達愛しているぞ」
 まるっきり棒読みだった。ザーリがやられたという顔をしている。
「次『お前の為に負けないからな』はい」
「お前の為に、負けないからな!」
 ザーリはやけくそになって顔を赤くしつつ言った。シャイナーはまたしても棒読み。審査員たちは頷いた。
「君、今度は彼みたいにちょっと恥じらってこう言って。『別にお前の為じゃないんだからな』って」
 シャイナーはさすがに棒読み過ぎたか、と反省し、少し俯いて恥ずかしがる? と思いながら視線を逸らせて言った。
「別に、お前の為じゃないんだから、な」
 女性の審査員はそれを聞いて親指を立てた。
「君に決定です!」
 シャイナーは逆にはぁ!!? と声を上げた。
「君に決定。ツンデレキャラで行こう」
「つ、つんでれ??」
「さ、君たちの仕事に最大限協力するかわり、君はそれ以外は本気でアイドルの☆をめざしくれたまえ!!」
 審査員たちに囲まれシャイナーはなぜ、なんでだ? と当惑しつつ握手に応えるはめになった。ザーリは離れたところで拍手をしつつ笑いをこらえるのに必死だ。

 ――こうしてアルジス期待の星は違う意味で違う道の☆になる事が決定したのだった。

7.集合三人組

 どうにかこうにか、それぞれオーディションを勝ち抜いて、晴れてアイドルユニットとしてデビューすることが決まった少年三人。さっそく三人は都市部の中心にある立派なビルの会議室に呼び出しを受けていた。
 まず、会議室の扉をくぐったのは、学校帰りで制服姿のイア。一回事務所に寄って私服に着替えたい所だったが、学校の授業を最後まで出るとそのまま電車に乗った方が効率が良く、余裕で時間に間に合うと考えたのだ。おかげで三十分前には到着したが、大人しく会議室で翌日の予習を行って時間を潰していた。(明日は当たる日だったのだ)
 その次に到着したのは、シャイナーだ。オーディションに最終的に受かったのが自分のため、アルジスの皆に祝福、もとい、からかわれそれだけで疲れた気分のまま、適当な私服、オーディション用のビジュアル系は遠慮し、十五分前に到着した。
「よ!」
 誰かの入室に気付いたイアがノートから顔を上げて挨拶する。
(子供だと……!?)
 シャイナーはイアのあまりの幼さに驚いてしばらく固まっていた。
「おーい、感じ悪いなぁ。人のことじろじろ見て」
「ああ、悪い。驚いて、な」
 年齢制限のことは聞いていたが、アイドルというのは若ければいいという問題なのか?
「ふーん。俺、イア。よろしくな!」
 気兼ねなく握手を求められ、一応手を握り返す。
(こいつ、いくつなんだ?)
 自分の外見に驚いていないし、敬語も使われなかったところをみると、実は童顔なだけで同い年くらいだったりするのだろうか?
「まだ時間あるから、悪いけどこれ済まさせて」
 イアはそう言って再び教科書とノートに向き合った。
「あ、ああ……」
(なぜ、ここで勉強をする?!)
 シャイナーはじっとイアを観察しつつ、暇をつぶす道具を持ってきていない事に気付いて、外の景色を眺めていた。そろそろ時間だが、最後の三人目はまだ現れない。
「あ、そろそろか」
 イアが壁に掛けられていた時計を視界に入れて、勉強道具をしまう。
「すいません! 遅れた??!」
 最後ドタバタというコメディーに在りがちな騒がしい足音を立てて、最後の一人が滑り込んできた。
「ぎり、セーフ」
 イアが答える。爽やかそうな好青年といった感じだが、そいつはイアを見て驚いた。
「ちっさ!! お前、いくつ?!」
(こいつ、初対面で!)
 シャイナーも気になってはいたが、まさかド直球で聞くか?
「うるせー! ……十五」
(十五だと!?)
「ってことは、まだ中学生?!」
「悪いかよ?」
「いんや、全然。俺、チャコ。よろしくな」
「俺はイア。そういや、あんたの名前聞いてなかったな」
 チャコとイアがシャイナーを見る。
「ああ。俺はシャイナー」
「よろしく!」
 チャコが人懐っこい笑顔を浮かべ、握手を一方的に行う。
「顔合わせは済んだようだな」
 扉にスーツを着こなした男が立って三人を眺めていた。イアは立ち上がって会釈をする。
「アイドル以前に社会人としての礼儀がなっているのはイアリエ君だけだな。他の二人は失格だ。まず、目上の者が現れたならば、こちらが立ちあがって迎えるのは当然」
 部屋に入りながらその大人が言う。
「そして、チャコ君。社会人は十五分前に到着は礼儀以前で、当然の行為だ。学生ではないのだから、遅刻すれすれの行動は以後改めてくれ」
 チャコがぽかんとして相手を見返している。
「返事は?」
 低い声ですごまれ、鋭く睨むように見つめられてチャコがうぁはい! という上ずった返事を返した。
「よろしい。三人とも着席してくれ」
(なんだ、こいつ)
「さて、私はライト=ブリリアント。君達三人の総合プロデューサー兼マネージャーも兼任する。仕事について全般的に私が君たちの責任者となる。以後宜しく頼む」
 良く見るとライトという青年も若く、整った顔立ちをしているようだ。
(名前からして輝かしいやつだな……)
「今回、オーディションを受け、勝ち残って来た君達は一つのアイドルグループを作り、アイドルとして活動してもらう。しかし、今回の目玉企画として君達三人の背後の問題、つまり事務所が異なる。レコード会社も三者、広告相手も多い。君たちはアイドルに夢や希望を抱いているかもしれないが、君たち我々社会という大きな歯車を動かす事に必死の大人にとって都合のいい道具ということを覚えておいてくれたまえ」
「……はっきり言うなぁ」
「目上の者には敬語」
 チャコの感想にじろりとにらみをきかせる。チャコが肩をすくめた。
「そして今後理不尽に感じたり、嫌に思う事もあるだろう。だが、芸を売るというのはそういうことだ。努力して当たり前、出来て当然の世界だ。そこまでの過程を褒められることはなく、私生活にまで影響を及ぼすのもまた、当たり前だ」
 ライトはそう言って一同を見渡す。
「私はこの企画を任されたからには己の為にも絶対に成功させる。それゆえに、弱音を吐く者、指示に従わない者は要らない。君たちは『いくらでも替えが利く存在』だ。君たちが私の目に適わなくなった瞬間、君たちは不要の烙印を押され、この世界から追放する。その点を留意し、今後の生活を送ってもらう」
(ずいぶんな言いようだな……)
 シャイナーはそう思う。アイドルに他の二人は憧れていたはず。自分は任務の為だからいいが、むしろ何を言われても耐えるが、大丈夫だろうか?
「返事は?」
「はい」
 イアがすぐに返事をする。チャコも頷いた。
「よろしい。では、子供の君たちには分かりづらいかもしれないが、これが今回の契約書だ。読んでくれたまえ。もちろん、持ち帰って事務所と相談の上、サインをしてもらっても構わないが。質問や不満があれば言って欲しい」
 分厚い冊子を渡され、労働条件や契約内容の確認を行うらしい。意外と一番若いイアが真剣に読み始め、チャコはぺらぺらめくっている。
「ライトさん。この十三ページの共同生活における所と二十ページの学業に関する事項ですけれど、二つを総合すると俺は転校する方がいいのでしょうか?」
「君の現在通っている学校はバルス市だね。公立だし、ファスティー社が運営している学校に転校してもらいたい。アフタースクールもしばらくは通ってもらう予定だ。しかし、君はまだ中学生だ。無理にとは言いたくない。君の意志を尊重しよう」
 ライトさんの発言を聞き、イアはしばらく黙りこんでページを黙々と読んでいた。ちらりとのぞき見するとチャコは飽きた様子で視線が動いていない。
「活動は三カ月後なんですね。じゃぁ……事務所の確認の後ですけれど、一学期が終了したら転校を考えます。ただ、高校受験があるので、近隣の高校を受験する予定でしたが、メイス高校の入学を考えます」
 イアが自分の進路のことなのに、あっさり決断する。
「そうか。事務所と話を詰めていく予定だったが、君はそれでいいのか?」
「勉強は大事ですけれど、俺にとっては仕事が第一ですから」
(こいつ、すごいな……)
 シャイナーにとっての任務が彼にとっての仕事のようなものなのだろう。
「で。俺たちが共同生活する予定の場所はどこになるんですか? 引っ越し等の期限が記載されていないように思うのですけれど」
 イアは今度は企画書と書いてある薄い冊子を眺めながら問うた。
(共同生活、だと!!?)
 シャイナーも慌てて企画書をめくる。

 ――共同生活で団結力を養おう!――
 そんな表題が目に入る。今回は事務所も出身も別々の三人組が共同のアイドルグループとして出発するに当たり、グループ内の団結力、協調性は今後の活動に大きな影響を与える。そこで、最低一年間は共同の住居で共に生活をしてもらい、仲を深めあってもらう。
 一週間に一度、リビングで30分番組の収録行い、ファンに私生活を知ってもらう事で身近さを感じてもらう。番組詳細は五ページ参照。

 云々。

「なにそれ! 面白そうだなぁ!」
 チャコが急に生き返ったようにはしゃぐ。
「チャコ君、これは遊びではなくれっきとした仕事……」
「わかってますって! 俺家事は得意だし! 任せてくださいよ」
(何だと!!?)
「シャイナー君、顔色が良くないが、何か問題が……」
「い、いえ……」
 ここで、自分は任務で芸能界に入るので、アルジスに定期的に報告や指示を仰ぐために共同生活が無理ですとは、言えないだろう。言えない、のだが、今後どうしたらいいんだ!?
「興味を持ったところで、その企画から説明しようか」
 ライトがそう言って教師の様にプリントのようなものを配ったところで、シャイナーはようやくこの任務が一筋縄ではいかないどろこか、左遷への一方通行なのではないかと思い始めたのだった。

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