モグトワールの遺跡 012

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 入港したのが夜遅かったこともあり、宛がわれた部屋に軽食をミィ自ら持ちこんでくれた。詳しい話は明日、と言って取り合えず一行は久々に揺れる事のないベッドで深い眠りについた。
 寮の規則によって朝日が昇ってしばらくすると目が覚める面々はとりあえず背伸びをして周囲の景色を眺めてみた。
「おっはよう! 諸君!」
 ノックもなしに、盛大に扉が開かれて、ミィが満面の笑顔で現れた。あまりの客人に対する礼儀の無さに誰もが唖然とした。そして明るい所で初めてミィを見ることができた。
 明るい金髪に覚めるような鮮やかな青い目。活発そうな顔は一行を目覚めへと促していく。目を覚ましていなかった光と楓は驚きに目を開けても呆けていた。
「……お前な」
 グッカスが文句を言おうとしたのを普通にスルーして、ミィが告げる。
「水場はあそこ。男性諸君はそこを使って。女性はこちら。メイドに案内させるから。長旅で身体も満足に洗えてないでしょ? お腹すいたかもだけだど、まずは綺麗に!」
 朝日に似合う眩しい笑顔でミィはそう告げるとぱたむ、と扉を閉じて足音が遠ざかっていく。
「……なんなんだ、あいつ」
 グッカスが呟いた。一方的すぎるが、世話好きの寮母さんに似ていなくもない。そう、親切からくるおせっかい。
「まぁ、ここは厚意に甘えさせていただきましょう。実際長旅で汚れていますし」
 ヌグファら女性陣がそう言って、早々にメイドについていく。楓などはまだ理解していないような顔で目を瞬かせている。
 とまぁ、このような状態で一行は身体を清め、服も貸してもらった。土の大陸の服装は水の大陸とは異なっている。襟が固く詰襟でできていて、首周りを覆うように立っているデザインだ。上着の丈が長く、膝上から長い場合は足首の上まである。なのに、脇腹の辺りから切れ込みが入っているデザインだ。そして襟から固い糸を複雑に編んだ飾りボタンで合わせを止める仕様。ミィもそのような格好をしていた。
 ミィの屋敷の人に教えてもらって全員が着替え終わるとメイドに案内されて拾い部屋に通された。そこには大きいテーブルに温かな朝食が用意されていた。
「おお! 小ざっぱりしたな! さ、どこでもいいから席についてくれ」
 ミィが己の席に座りながら気軽に声を掛ける。一領主とは思えない気軽さだ。
「で、お前は……」
 グッカスが問おうとしたのを両手で止め、ミィが言う。
「冷めないうちにまずはご飯! 私もご飯まだでな~」
 にこにこして率先して食べ始める。まともな朝食を食べていなかったのは一行も同じ。
 いつのまにか会話も無くもくもくと美味な朝食を貪っていた。メイドが各自に食後のお茶を振るい舞い、一息ついた頃、ようやくミィが微笑んだ。
「さて、いろいろ疑問もあるだろうからな、自己紹介から。私はミィ=ヴァン。この港町の領主の片割れ」
「片割れ?」
 不思議そうにセダが問う。
「ああ。王家に連なるものは十五を超えるとその腕試しに町を一つ任される。この小さな港町でも私にとっては大切なもの。だが、本当の領主は私のお父様。私は運営の全てを任されているけれど、責任はお父様にあるんだ」
 そこでグッカスが口を開いた。
「王家とは? そもそもここはどこなんだ? 俺達は船長に土の大陸の神国に到着するよう依頼したはずだが」
 船長から詳しい説明を聞くまえに目の前の少年に拉致られた、もとい、招待を受けた。
 暗がりでは分からなかったが、明るい場所で見ればそれなりに身分の高い人物だとわかる。
「あれ?カルバンはそんなことも説明していない? 誰か、ここに全土の地図を持ってきて」
 ミィが言うと、給仕の女性が一礼して奥に引っ込んでいく。さすが、王家というだけあって、板に着いた動作だった。さしずめ、王家の所有する屋敷と町を一つ任されているのがこの少年なのだろう。ということは、土の大陸の神国はシャイデとは違う王の選出方法なのかもしれない。
「そもそも、貴方達が何者でどこから来たかも伺っていないな」
 食事が終わり、話し合いになると察したメイド達がお茶だけを残し、テーブルを使えるよう場所を無言で開ける。よくできたメイドたちだ。良家というにふさわしい行き届いた配慮だった。
 その間にセダ達は自己紹介を終え、水の大陸から来た事を告げた。するとミィは目をまるくして、それは長旅だったねと呟いた。
「では、全く土の大陸のことは知らないのか?」
 タイミングを計ったように地図を持った若い男性が現れ、一行の前に広げる。さすがお金持ちは違うとグッカスは地図を見て唸った。
 なにせ、大きく、詳しい。ここまで詳細な地図をグッカスはお目にかかった事がない。それとも土の大陸がそういうものなのだろうか。
「ここは土の大陸の神国ドゥバドゥール。今貴方達がいるのが、ここの西の街・マテの中の海沿いの港町・ルンガ」
 指差しながらミィが説明する。
「え、これが土の大陸ってことは、ドゥバドゥールってこんなに広いの?」
 光が驚いた声を上げる。土の大陸の全土とは言わないが、ほぼドゥバドゥールが占めている。これでは神国以外の国があるのだろうかとさえ思う。
「ああ。もともとドゥバドゥールは三国が合体してできた国なんだ。過去の大国が魔神の加護を得るために、一つになって戦乱も遠ざかった。神国以外には国はない。小さな集落が点在しているくらいかな。土の大陸とはすなわちドゥバドゥールと言ってもいい。魔神の威信と歴代の王によって大陸統一がされているのさ」
 そう言われると目の前の少年の価値というか存在が変わってくる。こんな広大かつ強大な国の王位継承権を持つ少年。
「貴方達の目的は? 私、こんな身の上だから意外と便利だよ?」
 笑うミィにグッカスが警鐘を鳴らす。ここまでうまい話があるか、とヌグファも不審気だ。
「その、ご招待やここまでのご配慮、大変ありがたいのですが……どうしてここまでよくして頂けるのでしょう?」
 ヌグファが失礼にならないようにと、丁寧に問いかける。
「ああ。そんなこと。まず一領主として、旅人は新しい事を持ってくる吉祥。持て成すは我がヴァン家の流儀。手厚く歓迎しなければ私がヴァン家で恥をかく。それと、この国では一応入国審査とでも言おうか……国民には戸籍というものがあって、入国者は一時登録をしてもらう必要がある。その受け付けを一緒にやると書類が一気に片付いて楽という所かな?」
 どうやら旅人は歓迎される風習のようだ。そこは安心できる。
「戸籍って?」
 光が再び問う。セダたちにも心当たりのない言葉だった。
「おや? 水の大陸にはないものなのなのかい? じゃ税収はどうやって取り立てるのだろう?」
 ミィが不思議そうに言う。そして光に説明した。
「戸籍っていうのは……う~ん、そうだなぁ。いわば、その人がこの国の国民ですっていう証明のようなものかな。例えば、光ちゃん、貴方がドゥバドゥールに生まれるとご両親はまず役場にそれを登録する。すると光ちゃんが何年何月に生まれました。貴女はドゥバドゥールの国民ですって言う証明になる。この証明を持って、成人したら税金を納めてもらったり、保護が必要な時は受けられるようにしたりする仕組みなんだ。犯罪の予防にも役立っているし」
「へぇ……学校の生徒名簿みたいなものかなぁ」
 テラが呟いた。ミィは頷いた。一定年齢になったら学校教育を受けることもできる、そのための証明とミィが重ねた。
「でも、ドゥバドゥール以外から来た人にはそれがない。だから滞在予定を聞いて、その間の証明に旅人っていう登録をしてもらうことが必要だ」
「それをしないと犯罪者になってしまったりするのでしょうか?」
「そういうことはないね。知らずに入国してしまう人もいるし。でも、してもらわないといろいろ不便だと思う。例えば私が付けているこれはヴァン家の人間という証明なんだ。でも、他にも付けているだろう? これは学者ですっていう証だし、これは領主、責任者を示すもの。わかるか? ドゥバドゥールでは自分の身分証明に耳飾りを使うのさ」
 ミィは綺麗な赤の宝石と艶やかな青色の糸を編んだ房を垂らすような目立つ耳飾りとピアスのような小さなものや、耳に挟むような形の耳飾りを複数つけていた。
「これで自分の身分を証明することで、己を証明する。あと、基本的にドゥバドゥールは組合制だから、仕事の職種によって付けている耳飾りの形や色が違う。それによって保護や特典が違うんだ。まぁ理解しがたいだろうけれど、これによって身分を偽ったりはできない。だから私はこのような人間です、信用できますって公言しているようなものなのさ」
「それを使って逆に詐欺が起きたりはしないのか?」
 グッカスが冷静に問う。例えば職業や身分を偽れるのではないか、ということだ。
「ああ。その心配は全くない。証明の耳飾りは全て砂岩製。他者に渡ったり、偽った瞬間に壊れてしまう」
「さがん?」
 楓が不思議そうに言った。
「あ、砂岩も他の大陸にはないものなのか? 困ったな、どう説明しようか。砂岩って言うのは土の大陸だけの特殊な石のこと。どの石よりも頑丈で、加工には専用の加工師が必要だ。砂岩加工師と云うんだけれど、彼らが加工した砂岩は自在に形や色を変えるだけでなく、一種の戒めや保護を掛けることもできる」
「へぇー。便利だな」
 セダが言う。便利な石は晶石の類だけだと思っていたが、土の大陸にはそういう便利な物が在るらしい。
「だろ? で、貴方達にはドゥバドゥールに滞在する間、シンプルな耳飾りを一つ付けてもらう事になる。穴は開けたりしない。簡単に止めるだけだから、いつでも外せる。出国する時に返してもらえればいいんだ」
 ミィがそう言った時、背後に立っていた青年が、一行に紙を差しだした。ミィが言っていた書類とはこれのことだろう。書類には氏名や滞在予定、何処から来たか、入国の目的などを書く欄があった。グッカスを筆頭に書類に記入していく。書き終わった者から入国証ともなる耳飾りが渡された。小さなそれは付けた瞬間に存在感を露わにする。
「旅人得点でヴァン家の領地なら宿泊施設が一割引きとかで利用できるぜ」
 ミィが得意げに笑う。
「ヴァン家の領地?」
「そういえば、さっきからヴァン家って言っているけど、お前王族なんだろ? 別なのか?」
 テラやセダが問いを重ねる。ミィが、ああ、と頷いた。
「水の大陸の神国はどうやって王を決めるんだ?」
「……ミィさま、それは以前にお話し致しましたが?」
 背後の青年が溜息と共に言う。ミィは後ろを振り返って、ぎくりとしつつ、目を泳がせた。
「シャイデでは魔神の選出により、近しい血族が四人王に自動的に選出される……と聞きました」
ヌグファが言う。青年が後ろで頷いている。
「ああ、そうそう。で、選ばれると自動的に国民が王と認めるようになるんだったっけ。便利だよなー」
 ふむふむと頷きながら、ミィが続ける。
「土の大陸の神国ドゥバドゥールが三国によって統一された国家と云うのは言っただろ?その三国というのが、我らヴァン国と他の二国から出来たのさ」
 グッカスが頷いて問う。
「では、王家と言われるのは三家あるということだな?」
「その通り。一つは我らヴァン家。そしてエイローズ家。最後にルイーゼ家。この三つが三大王家と言われている。ドゥバドゥールも複座の王制でな、各王家から一人王が魔神によって選ばれる。我らドゥバドゥールでは王とは云わず『大君(ジルサーデ)』と呼ぶのだけれど」
「王をジルサーデと呼ぶの?」
 ミィが頷く。
「王は普通一人の君主に対して使う言葉。三国が統一された歴史を持つ我が国は、それぞれの王が平等の権利と強さを持つことから、領主の最大階級、すなわち大君を意味する言葉で呼ぶ」
 グッカスが地図を指しながら訊いた。
「ということは、その王家によって領地が決められているわけだな? どういう分け方をしているんだ?」
 ミィが再び地図を指差しながら言った。
「今はヴァン家がガルバ・ジルサーデだから、ここらへん」
 大まかな円形で伝えられるが、よくわからない。そもそもがるばジルサーデとはなんだ?
「ミィさま、それではあまりにも説明が不十分です」
「え? あ、そう?」
 ミィが云うので、青年が溜息と共に補足を行う。ちなみに彼はミィの執事だそうだ。
 曰く。
 土の大陸の神国・ドゥバドゥールは強大な三国が統一されて出来た国家である。もともとの大国一つ一つを治めていた君主が現在の王家になっていて、それぞれの王家から一人ずつ魔神によって王=ジルサーデが選出される。
 しかし、元々の大国の国土がそれぞれの領地になっているわけではない。そのままだと力を付けた互いの王家が反乱を起こすかもしれない。そう危惧した彼らは国家の権力を三つにわけた。
 それぞれ内政、軍事、神事を司る王に権力を分散したのである。国の代表は内政を務める王が担うが、それぞれの王が担う権力を分散する事によって、魔神によるランダムの王の選出のシステムで各王家の権力を分散させ、力を溜めることを防ぎ、互いの王家を監視する仕組みを作ったのだ。
 つまり、それぞれの王が担う権力が支配的な領地をその王が支配するが、王が交替するごとに、領地を支配する王家が変わるという仕組みなのである。
 つまり、内政をヴァン家、軍事をエイローズ家、神事をルイーゼ家が担っていたとする。しかし王の交替によって、次の王は別の王家から選出される。次の王は内政をエイローズ家、軍事をルイーゼ家、神事をヴァン家が司ったとすると、その分散された権力が支配的な領地、例えば神殿が建っている土地は神事を務める王家の支配下に置かれる。王の交替ごとに領地を治める王家も交替することによって、互いに力を付ける事を防ぎ、統一国家を保ってきたという仕組みである。
 そう、ドゥバドゥールでは三大王家が手を取り合って協力して国家を維持してきたのではなく、全くの逆。互いにけん制し合い、互いに競い合うことで発展を遂げて来た国なのである。つまり三大王家同士仲はあまり良くない。
 一の王・大地大君(ベークス・ジルサーデ)が内政
 二の王・岩盤大君(ガルバ・ジルサーデ)が軍事
 三の王・砂礫大君(セークエ・ジルサーデ)が神事と決まっているのだそうだ。
 各王家がそれぞれその時代によって担う王の役割が異なり、それに伴い、その役割が強い土地の支配者も変わるという仕組みだ。各三大王家はそうやって力の分散を図り、争いごとを作る原因を避けて来たのである。
 そして互いに監視し合うことで、互いを牽制し合い、都市で競い合い、国力を伸ばしてきたのである。

「で、今のヴァン家がそのガルバ・ジルサーデということは、他の二家が他の役割のジルサーデということか。国主はベークス・ジルサーデということなら、その王に水の王からの親書を預かっているのだが、謁見することは可能か?」
 グッカスが問うと、ミィは少し悩むそぶりをした。
「んー。どうかな。今の状況なら国主は叔父様で合っているよな?」
 背後の執事である青年に尋ねる様子のミィ。
「はい、問題ないかと思われます」
「? どういう流れだ?」
 セダが問いかけた。ミィは少し苦笑しながら答えてくれる。
「実は、今、ドゥバドゥールは王位交替の時期でな。現在ベークス・ジルサーデは空位なんだ。数年前にお亡くなりになられた。セークエ・ジルサーデはまだご健在だけれど、病にかかっておられて、退位を表明していらっしゃる。だから王は私の叔父様であるヴァン家が輩出しているガルバ・ジルサーデだけ」
 水の大陸の神国も王が交替したばかりだ。これは魔神が謀っているのではないか、というほどのタイミングの一致だった。まさか、土の大陸でも王制の交替が生じているとは。しかもその最中。
「謁見には手順などはありますか?」
 ヌグファが問う。
「そうだな、叔父様は内政とは直接関係ないからそういう手順の様なものはないけれど……一般市民と直接合うようなことはめったにないな」
「とはいっても俺らも水の王に頼まれているしなぁ……。親書を預かっているんだ」
 セダの言葉に、ミィが気軽に言った。
「私なら気軽に会えるぜ。渡してあげようか?」
「それは断る。直接返事をもらわなければならない」
 グッカスがすかさず言った。まだミィを信用しきれていないのだ。
「んー。じゃ、なんとか機会を作るか。水の大陸からのお客様となれば叔父様も時間くらいつくってくれるだろうし」
「それは……願ったり叶ったりだが、いいのか?」
 あまりにも事が軽く運ぶので、皆が驚いている。順風満帆な滑りだし。
「構わないさ。それくらい別に困る事でもないし」
「ありがとうございます」
 ヌグファがお礼を言うと別に気にしないで、と恥ずかしそうに笑った。
「で、お前の望みはなんだ?」
 グッカスが言う。ミィは意外そうに目を丸くし、その後、舌を出して笑う。
「ばれた?」
「……ミィさま」
 呆れた様子で執事の青年が溜息をついた。
「さっき王が交替している最中って話したよな? 土の大陸の王の交替はどうやって起こると思う?」
「……各王家から一人ずつ王が魔神によって選ばれるという話だったが……。当主がなったりするのか?」
 グッカスが妥当な答えを返す。ミィは首を横に振った。
「水の神国・シャイデでは一人の王が死亡すると他の王も退位を迫られるという話でしたが、それで土の神国も皆交替をするのですか?」
 ヌグファの問いにミィは否を唱える。
「そういうことはない。でも、だいたい十年以内に全ての王が交替する。つまり、一人交替したら、もう全員交替すると思った方がいい。もともと平和な国だから王の交替なんて老衰以外ないのさ。途中であまりにもはやく王が交替するということがないんだな。で、現在のベークス・ジルサーデはルイーゼから出た方だった。亡くなられたのが六年前。数年前からお身体が悪いというのは知っていたのだけれど」
「じゃ、六年前から王が交替するという事態になったのね」
 テラが言った。
「そう。他の王もわかっていたみたいだ。それに追う形で現在のセークエ・ジルサーデが病を理由に退位を表明したのが、二年前。私の叔父様は他の王よりぐっと若かったからまだ在位中だけれど、次期王が選出されたら退位を表明する気でいらっしゃると思う。で、次期王を魔神がどう選出するかということなんだけれど……」
 ミィはそこで言葉を区切った。
「『王紋』というドゥバドゥールを表すマークが身体のどこかに現れる。それが王の証」
 シャイデの王はエレメントを扱う際に、シャイデのマークが宝人同様に顔に現れていたが、そういうことだろうか。
「黄色い紋が、胸に現れればそれはベークス・ジルサーデ。項に現れたら、それはガルバ・ジルサーデ。額に現れたら、セークエ・ジルサーデ。三大王家の中から必ず王紋を持った次期王が現王の退位する前後の五年以内に現れる」
「それは王は半人ではないということなの?」
 光が尋ねる。ミィはきょとんとした後に苦笑した。
「いや、半人と言われているな。だけれど、エレメントを扱える人間の半人の王なんて長らくお目にかかっていない。伝説だよ、それ」
「……シャイデでは全ての王が半人だよ。みんなエレメントを扱える」
 それにはミィだけではなく、執事の青年も驚きを隠せないようだった。どれだけオリビン兄弟が魔神の加護を得ているかという証でもある。
「それは……すごいなぁ」
 感心した様子のミィ。
「話を戻せ。つまり、王が選ばれていないわけだろう?」
 グッカスがそう言った。ミィは真剣な顔で頷く。国民からすれば大問題だ。王が選ばれるはずなのに、未だ選ばれない。これからこの国はどうなってしまうのか、と。
「それは、国民は不安でしょうね」
 ヌグファが言った。そうなの、とミィが頷く。
「由々しき問題だ。で、当然神殿が魔神に請うわけなんだけれど……そのやり方が問題」
「巫女が祈ったり、願ったりするんじゃないの?」
 テラが言う。シャイデでは神殿には巫女が居り、彼女らが祈りによって行うとうことだったが。
「普通は神官がそうするんだがな。物騒な言い方すると国事に関わる重大事項には生贄の儀式をする」
 一行が目を瞬かせる。……イケニエ?
「それって物騒な古代魔術とかでよく出てくる感じの?」
「そう。その生贄。これ以上次の王が出てこないとな、問題なのさ。特に亡くなった空位のベークス・ジルサーデだけじゃなくて、退位を表明されたセークエ・ジルサーデの次期王も選出されていないわけだし?」
「それは、生贄の命に寄って魔神に意志を伝えるとか、魔神に祈りを届けるとかそういうことなのですか?」
「そう。生贄が死ぬ事に寄って魔神にダイレクトに次の王を選んでって頼むのさ」
 野蛮極まりない、とミィが唇を尖らせた。
「その生贄はどうやって選ばれるんだ?」
 もし一般市民からとか、大勢の生贄なんて話になればかなりのぶっそうな国ということになる。宝人だったりするのだろうか。
「普通は生贄の儀式ってのは、滅多にやらないの。なんてたって生贄に相当する人物が滅多に現れないからね。だから通常は我ら王家から血統の高い物が生贄の代わりに神殿に行く。でも命まで捧げられることはあり得ない。なんせ、生贄に相応しいのは神子だけだから」
「……みこ?」
 巫女とは違う響きだが、さて。
「魔神に選ばれた存在、それは神子。神子は人間でありながら土のエレメントを宝人の様に扱える。だからこそ、魔神の元に還ると考えられていて、生贄に選ばれる権利があるのさ」
「エレメントを!!?」
 宝人達が聞いた事がないと言いたげに驚く。ミィが力なく頷いた。
 これはドゥバドゥール建国の話までさかのぼる話なのだそうだ。
 ここら一体の国であったヴァン国を導いていたのが、土を自在に扱う神子と呼ばれた青年だったそうだ。彼はヴァンの民を導き、最終的に国の一角に収まった。東の一角を担うヴァン家は所有する土地も当然東側を多く占め、導きの神子亡き後も、数十年に一度の割合で、ぽつり、と神子が生まれるという。
 彼らは導きの神子と同様に土のエレメントを自在に使いこなしたという。故に国の一大事に魔神への祈りを捧げる事ができるのもまた神子だけだという。それが神子を筆頭に掲げたヴァン家の使命。
 そう、ヴァン家が初代の神事を担うセークエ・ジルサーデを排出した国。国の一大事には威信を懸けて祈りを届ける責務を担う。
「だから、今神殿では王家の血統が高い男子が次々と祈る為に入っている。ヴァン家からも何人か行っている」
「じゃ、一応大丈夫ということか?」
 セダの問いにミィは首を振った。
「でも、王は選らばれないまま。ヴァン家は威信を懸けて、この事態を解決しようとしてる」
 何人もの王家の人間が神殿に入り、日々祈りを捧げる。でも、王は選ばれないまま時が過ぎた。神殿を預かる古の王家であるヴァン家からすれば由々しき問題。一族総出で片付けるべき問題。
「で、不運な事に国の一大事に居ちゃったのさ、神子が。ヴァン家に」
「じゃ、それって……」
 セダが目を丸くする。その現在の神子は王が決まらねば、死ぬ事になる。
「……そう。このままだと死んじゃうのさ。誰だと思う? その不運な神子さま」
 やるせない顔をしながらミィが自嘲めいて言う。目に宿るのは怒りか、哀しみか。
「キィ=ヴァン。……弟なんだ。私の双子の弟」
「……え?!」
 全員が短く叫ぶ。当代の神子・魔神への生贄。それが、ミィの弟だという。ミィの心情は……。
「……運命としか言いようがないよな? ヴァン家の責務から、当主は当然弟を神殿へ送り込んだ。このまま王が現れなければ弟は神殿に万民の祈りと云う名目で殺されてしまう。だから、どうかキィを救うためにその腕を見込んで力を貸してほしい」
 ミィはそう言って頭を下げた。最初は軽い調子だった言葉も今は重い。それだけ真剣なのだ。
「そう、私の願いは武力で以てしてキィを連れ戻す事に協力してほしいってこと」
 ミィは三大王家の一角を担うヴァン家の人間。権力も人を動かす力もあるだろう。しかし、ヴァン家の責務は神事を担うことにある。次代の王が選ばれない現状で、神子がいれば、一家総出で神子を担ぎ出し、儀式を行おうとするだろう。
 血縁やその神子が先の人生が長かろうが何事も、問題視されない。だからこそ、ヴァン家でミィが声高に異を唱えても聞き入れてもらえない。国の一大事だからこそ神子を捧げようとする一家に逆らう事が出来ないのだ。
 ゆえにミィがそのことを知らず、またヴァン家に知られてもいない新勢力として旅人に目を付けた。海賊を追い払う事が出来たセダたちなら、神殿に潜入し、弟を救いだすことも可能だと考えたのだろう。
「わかった! 協力するぜ」
 セダが頷く。また、勝手にとテラが呆れた声を出すが、笑顔になって頷く。
「ありがとう」
 ミィが微笑む。グッカスはセダを制して言葉を重ねた。
「では、それに協力した暁には三つ俺達の願いも叶えてもらいたい」
 セダは人を助ける位、ただでやってやれよ、と内心思いつつもグッカスの言葉に異を唱えない。グッカスのやり方は別に卑劣でもなんでもないからだ。それに在る意味正しい。
「三つ?」
「一つ。直接俺達と王を面会させる機会を作る事。二つ。土の大陸のモグトワールの遺跡調査を簡単に行わせる事。三つ。闇の大陸へ行く手配を整える事」
 モグトワールの遺跡に行く事は内密にしていたが、明かしたという事は少なくともミィの願いがグッカスにとって、内密の事を協力させるだけの信頼を得たという事だ。
「王の面会はさっき聞いていたな。それは現王のガルバ・ジルサーデ、すなわち現ヴァン家当主でもある叔父様で構わないなら可能だ。あと、モグトワールの遺跡を簡単に調査とはどういうこと?」
 そこはすかさずヌグファが答える。
「実は私達水の大陸での公共地に立つ公教育学校の生徒でもありまして、遺跡調査をレポートでまとめなくてはならないのです。そのために軽く見学、かつ歴史なども実地で学べたらということです」
 グッカスの視線に応え、当たり障りのない答えを述べる。
「そういうことなら可能だな。ヴァン家は神事を司る神子の国。モグトワールの遺跡の管理も行っている。そこは請け負えるだろう。最後は……」
 背後を振り返る。執事の青年も少し難しそうな顔をした。
「闇の大陸は管轄がルイーゼ家だから、ちょっと難しいかもしれない」
 水の大陸との商業船が着く港をヴァン家が制しているなら、当然闇の大陸のやりとりは他家が持っていることになるだろう。
「商業船の様なものに便乗という形でも構わないのですが」
「確かめてみない事には、確約できないけれど、それでもいいなら出来る限りのことはする」
 ミィが言い、執事の青年が頷いた。
「契約成立だな」
 グッカスが立ち上がり、ミィと握手を交わす。
 そしてセダたちはヴァン家の本家にはばれないように、基本的には水の大陸からのミィの客人と云う立場で、ミィの屋敷に世話になる事になったのだった。