モグトワールの遺跡 014

055

 神殿へと連絡が取れるまでミィやヴァン家の人間と共に神殿の街を観光しつつ、勉学をする事になった。嬉々として図書館や博物館へ通うヌグファ。物珍しげに知識を吸収しようとするテラとグッカス。レポート制作を嫌々行うセダ。
 勉学に勤しまなくてもいい宝人組はミィの案内で再び街を観光していた。
「こういえば、この前のお店……この辺りだったよね」
 光が楓と手をつないで楽しそうにメインストリートを歩いている。楓も笑っていて、リュミィが幸せそうにそれを見ていた。仲の良い兄弟のようだ。
「そうね、寄ってみる?」
「いいの?」
「あの卵を雇っている位だもの。きっと目のいい商人でしょう。他にも素敵なのがあるかもしれないわ」
「いい? リュミィ、楓」
「いいですわよ。わたくしも砂岩製のものをもう一度見たいと思っていましたの」
楓は当然のように微笑む。
「ごめん下さいなー」
 ミィが明るく声を掛けながら店に入る。卵が設計したものを売れるだけあり、この店は比較的大きい。宝石や彫刻と言った高級品を上手に、上品に良さが引き立つように見せる気配りがされている。
「少々お待ち下さいませー」
 奥から店の人の声が響いた。広い店の中には時間帯のせいか、ミィ達以外には女性が一人居るだけだった。その女性も物品を買う為に商品を見ているわけではなさそうだ。手に取ったりせず、ただ眺めているような印象を受けたのである。
 ずいぶんやぼったい格好をした女性と光たち、外から来た人間が思った位だった。
 着古した感じの漂う布地のだぼっとした服を着ており、肩から幅広の大きな布を斜めにかけて帯で固定している。その大きな布は随分と汚れた感じのするものだった。ミィが御金持で格好に気を配っているのは当然だが、街中で見かける女性よりはるかに薄汚れた感じがする。ふっと除いた顔は化粧気がなく、髪もぼさぼさ。女性としての手入れを怠っているというレベルではなく、格好に全く気を配っていない様子だった。
 しかし顔つきから若い、少女と呼べる年齢であることが分かって逆に驚いた。
「……」
 リュミィが思わず見てしまう位、華やかな店にそぐわない少女に見える。
「ああ、この前の……申し訳ありません。少々お待ちいただいても?」
「構わないわ」
 先客の少女が店主に近寄っていく。店主は店の奥に少女を誘った。光は少女の姿を目で追っていたが、不思議そうに首をかしげる。
 そこで店内を眺めていた楓が目に止まったものがあったようで、光を呼んだ。光がその場所で立ち止まり、リュミィもつられて脚を止めている。そこにミィが加わった。
「わぁ……!」
 ミィも歓声を上げる。それはこの前見た砂岩でできた土の魔神を模した彫刻と同じデザインの護り石だったからだ。
 お守りとして晶石は人間の間で加工され、持ち歩くようにされたりする。今度は小さな石の表面を丁寧に磨き、その面に魔神の顔を彫り込むという工夫がされた品だった。神殿の街にある宝石店でうってつけの品物だろう。ものによって色合いが違うのも砂岩独特だろうか。滑らかな手触り、光に翳すときらりと光る加工、精緻な彫刻。どれをとっても一級品。
 この前の卵が創った品だということが一目でわかった。
「では、お待ちしています」
 店主と少女が奥から出てきて、少女は一礼するとそそくさと店を後にした。少女を見送った店主が一行に近寄ってくる。店主はこの前ミィが男装をしていたので同一人物とは気付かなかったようだ。光達で前に寄ってくれた客と覚えていたのかもしれない。
「何かお気に召したものでもございましょうか?」
「この品!」
 ミィは笑って言った。店主も満面の笑みを浮かべた。
「卵の作品でしょ?」
「さすがですね、お客様。もちろんでございます。あまりにも人気が強かったので、頼んでみたところ、こういた品を創ってくれました。彼女の才能は本物です。今でしたらお売りすることもできますよ。何せ目の前のもの限りですから。いかがでしょう?」
ミィほどのお金持ちなら買うことも可能だろう。卵の作品ならそこまで高値を付けられない決まりがあるからだ。
「一つ、いえ、二つ頂くわ」
「御色はいかがしますか?」
「これ、青と黄色が美しいもの」
「有難うございます。お代の方ですが……」
 ミィは頷いた。
「ここまで素晴らしいんですもの。言い値で買い取るわ。おいくら?」
 水の大陸と土の大陸では貨幣が違ったので、値段が一行にはよくわからなかったが、ミィが頷いたからには妥当な値段だったのだろう。
「今持ち合わせがないの。請求が可能ならスリヴァレー通りのヴァン家本家、ミィ宛にして頂けるとありがたいわ。もし、不可能なら取り置いていただける? また持ってるわ」
ミィがそう言った瞬間、店主が驚いた。
「まさか、ミィ様でしたか! これは失礼を」
 名前を聞いて街の人が驚く程度にミィも有名らしい。
「大変失礼ですが、ヴァン家の証を見せて頂いてもよろしいでしょうか?」
「ヴァン家の証?」
 光がミィを振り返って問う。ミィは笑った。
「当然ね。私が至らなかったわ」
 ミィはそう言って手荷物の中から青い房のついた何かを取り出し、店主に翳して見せた。そして己の耳を寄せて店主に見せるようにしてその何かをつけた。そう、耳飾りだったのだ。
「これよ。王家に生まれた人間は必ず持っているの」
 私はヴァン家の人間です、という証の耳飾りなのだそうだ。この身分証明でお金の請求先を保障した、ということだろう。成程、嘘がつけない身分証明か、とリュミィは納得した。
「はい、確かに。ありがとうございます。それにしても失礼かもしれませんが、エイローズ家のアーリア様にヴァン家のミィ様。お二人のお目に叶うとは、ルビーさんも確かな腕をお持ちだ」
 納得した風に呟く店主。
「ルビーさん?」
 店主はミィの言葉に頷いた。
「この作品の作者、卵ですよ。ルビー=クリアさんと申しまして、ああ、さきほどお会いしましたか」
「え?」
 店主はにこにこして言った。
「先程店内にいた少女、彼女がこれらの作品の作者、砂岩加工師の卵ですよ」
「えええ!!」
 ミィが驚いた声を上げる。この繊細な作品を作りあげた腕を持つ職人が目の前にいたとは。
「スカウトしたかった……」
 本気で悔しがるミィ。
「でしょうね。彼女の才能に目を付けて多くの方がそう仰っておりますから」
店主は品を包んでミィに渡してくれた。
「ということは彼女はまたこの店に新作を?」
「はい。お願いしました。今度は自由にお願いしました。今から何ができるか楽しみで」
「入荷したらぜひ教えて頂戴」
「承知いたしました」
 ミィと店主が楽しくする傍ら光が首をかしげる。楓が様子に気づいてどうしたの?と目線で問うた。
「必ずよ、宜しくね。ご店主」
 ミィは笑いながら一行に促して店を後にした。
「ミィ……王家の証ってなに?」
 ミィが未だ付けたままの耳飾りが気に障ったのか、光が訊く。
「これ? 結構目立つものね」
 房を軽く触ってミィが苦笑する。
「気付いた? 視た目じゃ分かりにくいんだけれど、身分とか職業とかを証明する砂岩製のこれらの耳飾りなんだけれど、耳に穴を開けてまでつけるものってないの。皆に付けてもらっているように挟みこんでつけるのよね。でも唯一例外があるの。それがこの王家の証」
 ミィはそう言ってその耳飾りを外した。外した後の耳には小さな穴があいている。光は痛そうと目を細めた。
「三大王家では子供が生まれるとまず、この王家の証たる穴を開けるわ。開けるのはパテトールの役目。神言を唱えながら開けるの。男の子なら左、女の子な右耳に開けられる。神言を持って開けられた穴はふさがらない。王位を返上するまではね」
 つまり王家の人間、ヴァン家、エイローズ家、ルイーゼ家に生まれた子供には必ず耳に穴が一つ空いているということだ。
「で、名前が決まるとその子供の紋が決まるの。見て」
 耳飾りを一行に見えるようにミィは差しだした。青い房の上についている紅い宝石の中心に何かが描かれている。花のようだが。
「これはリティの花。土の大陸でもヴァン家の領地でしか咲かない花なんだけどね。こんな感じで一人一人生まれた時からマークみたいなものが決められるのよ。これが将来自分の証になるの」
 ミィは手紙を出す時に蝋付けするマークみたいなもの、と説明してくれた。
「ちなみに砂岩加工師が彫り込むから私以外が付けたり触れると壊れるわ」
 だから先程から見せるだけで触れさせてはくれないわけだ。
「で、下の房がヴァン家を示す瑠璃色の房。この一セットで王家の証。公式な場所では着用を義務付けられるのよ。でも意外と邪魔なのよね、これ。久々につけると重いし」
苦笑しつつミィが証の耳飾りを仕舞いこむ。普段つけるのが嫌らしい。そう言えば前に会ったエイローズの当主の女性は付けていた気がする。房は赤かった。
「じゃ、みんな付けているわけじゃないんだ」
 光が言う。ミィはそうね、と頷いた。
「どうかした? 何が気になるの?」
 楓が問う。光はうーん、と唸って自信がなさそうに言った。
「ミィは、キィっていう弟が死なないようにこの前セダたちと一緒に神殿に入ったんだよね?」
 宝人に何かあったらということで光と楓はヴァン家でお留守番だったので詳しい事は知らない。しかし、経緯は説明されていた。
「そもそも、キィって王様がいないから魔神さまへの伝言役で死んじゃうかもしれないんだよね?」
「……そうだけど、どうしたの?」
 ミィが不思議そうに言った。光は辺りをきょろきょろ見渡し、誰もいない事を確認した。
「ってことは王様が居れば問題ないんだよね?」
「……まぁ、新しい王が選ばれたら、問題ないね」
 楓が考えてそう言った。ミィも頷く。
「あのね、さっきの人。先にお店にいたひと。あの人次の王様だと思うよ」
 光の言葉にミィが言葉を失った。
「あの人?」
「職人の卵って言われてた人。あの人、いろいろおかしい。だけど間違いないよ。あの人魂の形が“半人”だよ」
 リュミィが事の次第を理解して目を見開いた。
「光、それ本当ですの?」
「うん。最初から変だなって思ってたんだよ。でも、店の人と魂を比較して、ジル達の魂の形にそっくりなの思いだしたんだ」
「ま、待ってよ。なんでそんなことわかるのよ? 光」
「……それは、大変ですわ!」
 ミィが事態に付いて行けず、しかし重要な事を聞かされたと知って光を驚いて見ている。
「ミィ、こんな往来でできる話ではありませんの。セダ達が帰ってから、ご説明しますわね」
「う、うん」
 ミィはこれまでの予定を変更して急遽ヴァン家へと帰ったのだった。

 ミィは一行が帰還したのを見て光に視線を送ったが、リュミィがまずは誰も聞いていない場所が欲しいと言った。首をかしげる一行にグッカスだけが気付いてリュミィに耳を寄せた。リュミィも頷く。
「お前の家が家だから仕方ないが、誰か聞き耳を立てているやつがいるようだ」
「まさか!」
 ミィもやっとキョセルが放たれていることを理解したらしく、執事の青年を呼び、精霊の声を聞くことができる宝人たちの判断で、キョセルのいないセダ達の少し手狭な部屋に集まった。
「まず、説明しなければいけないのは、こちらの光、楓は宝人ですの」
「契約紋があるもの。ヴァン家に仕える宝人もいるから知っているわ」
 土の大陸は水の大陸より宝人の数が多く、人間の中で暮らしている者も多いようだ。やはり国が大きく、永きにわたって騒乱がないというのは一つの安心できる点なのだろう。
「そして宝人には人に想像もつかないような特殊能力がありますの」
リュミィは宝人だが、必要ない限り宝人であることを隠し、宝人である二人の保護者という立ち位置を貫いている。これは警戒したグッカスとリュミィが決めた事だった。
「鳴き声とか知っているか?」
 セダが例を出して問う。宝人の特殊能力で有名なのが『鳴き声』と『転移』だからだ。
「うん、なんとなく」
「宝人の中でも持っている者とそうでない者がいる能力もありますわ。その一つに『魂見』というものがございますの」
「魂見?」
 光が頷いた。
「宝人の防衛本能の一つですわ。光はその魂見ができる宝人ですの。逆に楓は使えませんわ」
 ミィは頷いている。そこまではついてきているのだ。
「魂見という能力は見るだけで、相手の魂を視ることができる能力ですの。その能力を巧く扱えれば扱えるほど、魂が持つ情報量を多く見ることができますの」
「魂が持つ情報?」
 ミィが聞き返す。今度は光が答えた。
「例えば性別。男の人と女の人は形が微妙に違う。私がミィを一目で女の人って見抜いたのは無意識に魂見をしていたから」
 ミィが思い到り、感心した声を上げた。
「他にも人の種類。宝人と人ははっきり魂の形が違う」
「へー、そんな事がわかるんだぁ」
「使える宝人の中でも光は魂見の能力が相当高いのですわ」
 リュミィが続ける。セダたちは聞いたことがなかったが、普通の魂見は人種、宝人か、人かなどといった根本的なものしかわからないという。
「他には何がわかるの?」
 ミィは興味をそそられた様子で、身を乗り出して光に聞いている。
「魂の親和性。どのエレメントにその人が加護を受けているか、とか。その人の持つ性格も簡単にわかるよ」
「すごーい!!」
 手を叩いて喜ぶミィ。テラなどは当たり前に思っていたがよくよく思い返すと恐ろしい能力だ。一目見ただけでその人間の本質を見抜いていしまうという光の魂見。
「で、それが何の関係にあるの?」
「光はその人を一目見ただけでその人の本質を見抜いてしまいますわ。つまり先程の光の発言を思い出して下さいな。……貴女の求めていた、いえ、国中が求めていた事実が眠っていますでしょう?」
 ミィは少し間をおいて考えているようだ。見知らずの少女を見て、彼女が次の王だと言った光。それは魂見で魂の形を判断したからで……。
「光、何を言ったんだ?」
 セダ等は知らないので経緯を求める。グッカスもリュミィの様子でただならぬ事態だと察しはしたが分かっていない様子だ。リュミィはそこで宝石店に行き、砂岩加工師の卵である少女に出会ったことを伝えた。光がその少女の魂を見て確信した事。
「……嘘」
 ミィが呟いた。呆然としている。
「砂岩加工師の卵の少女は、次の王に選ばれているってことか!」
 光が頷いた。
「間違いってことはないのね?」
 確認するようにミィが問いかける。光は頷いた。
「私は水の大陸で神国の王に会った。彼らはみんな魂が半人の形をしてる。この国は土の大陸の神国なんでしょう? ならば王は半人のはずだよね? あの魂の形なら、あの人は次の王だよ」
 セダが喜んだ。
「よかったじゃないか! ミィ。キィが死なずにすむぞ。確かめる方法とかないのか?」
 ミィは呆然とした状態からやっと立ち直り、喜びに頬に朱が差している。
「ジルサーデになるには、王紋が現れる。それを見たら誰でも王と認識するようになるわ。一番は王紋を見れればいい。でも、その人が何のジルサーデかで現れる場所が違うから……難しいかな」
「場所?」
 ミィは置いてある本を手に取り、その隅に印字されたマークを示した。円と楔のようなものが組み合わさった黄色いマークだった。
「これがドゥバドゥールの国の紋章なんだけど、このマークが身体のどこかに現れるの。ベークス・ジルサーデなら胸。ガルバ・ジルサーデなら項。セークエ・ジルサーデなら額」
 楓がそこで言葉を発する。
「あの人、額も髪で隠れていたけれど、僕らの契約紋のようなものはなかったように見えたよ? どれくらいの大きさで何色なの?」
 ミィはしばし考える。彼女の叔父で現ガルバ・ジルサーデの事を考えているのだろう。
「叔父様のを見たことがあるけれど、大きさは手のひらで隠れる位。王紋はみんな黄色よ。ドゥバドゥールを示す貴色が黄色だからね」
 楓は光と目を合わせる。
「とりあえず額にはなさそうだったよね?」
「うん」
 少女は髪を整えてもいなかったが、前髪の量が多かったわけではない。動きによって額が髪の毛の奥で見える程度だった。だからこそ、その額にマークがあったとは思えない。
「じゃ、セークエ・ジルサーデじゃない……? でも私、あんな人ヴァン家で見た事無いし、そもそもヴァン家で出たらキィを神子に出したりしない。なら、あの人……」
 ミィが呟く。いろいろ考えているようだ。
「そういえば、光。その人いろいろ変って言ってたよね? 何が他におかしいの?」
 楓の言葉に光は頷いた。
「うん。あのね、その人男の人だと思うの」
 それを聞いたミィや楓が驚く。水の大陸から来た一行では服装の関係がわからないので、服装から性別を判断できない。しかし土の大陸に住んでいる人からすると服装でわかるのだそうだ。
 詰襟の服は合わせで多少重なる布地があって、その合わせの左右どちらが上かで性別を判断できるのだという。中には合わせがなく、飾りボタンで服の中央を留めるものもあるそうだが、そういう場合は飾りボタンが合わせと同じで服の左右どちらについているかで判断できるのだという。
 他にも女性なりの色遣いや重ね着などいろいろ服装でも歴史がありそうだ。
 だた、先程の少女は見ただけで“少女”と思わせる外見だったのだ。そういう雰囲気を持っていたといえばいいのだろうか。少年らしさがまったくなかった。肌の露出は少なく、判断できる材料が少なかったことを今更思い出す。
「え、どう見ても女の子だったよね?」
 とまどうミィと楓に向けて、グッカスが言葉を重ねた。
「つまり、お前の様に何かしらの事情で女装しているってことだな」
 グッカスはそう言う。ミィは女人禁制の神殿に侵入した際にぼろがでないよう、男装をしていた。その人は女装をしているという。……まぁ、趣味という点は捨てきれないのだが。
「お前、さっき言いかけたな? ヴァン家の人じゃない。セークエ・ジルサーデじゃない。その先は? 何を思いついた?」
 グッカスが突っ込む。ミィはうん、と唸りながら一つの可能性を口にした。
「……エイローズ」

 神殿のカナとキィの部屋。キィが言う言葉の続きをカナは待っていた。カナは自分が王になったという事実は衝撃が大きすぎて、とりあえず保留して(ただ単に思考がフリーズしたとも言うが)キィの言葉を聞くことにした。
「次期王が立っていないのがヴァン家だけで、最後に選ばれるのはセークエ・ジルサーデ? なんでそういう結論になる?」
 ファンランもその答えを欲していた。
「思い出してみて、カナ。今の王で最初に亡くなったのはルイーゼ家から出たベークス・ジルサーデだった。亡くなって今年で六年経つ。次の王が選ばれていないはずがないんだ。するとどこかの家が隠しているってことになる。俺はヴァン家直系の出で、自分で言うのは何だが、次期当主を任されても大丈夫なくらいの功績を残した。その俺が知らないなら、ヴァン家は本当に次の王が選ばれていないんだ」
 カナは頷く。ヴァン家で次期当主候補ではキィと他に誰がいるか知らないが、キィなら選ばれてもおかしくない。
「すると王を隠しているのはルイーゼ家か、エイローズ家だ。しかし、お前が次のガルバ・ジルサーデに選ばれた」
 そこまで言われれば誰でもわかる。ファンランが呆然として呟いた。
「……エイローズ家だ」
「そう。最初に王が選ばれたのにも関わらず他家に隠し通し、国を混乱に陥れたのはエイローズ家だ。エイローズ家には必ず次の王候補がいる。いないと逆におかしいんだ」
 いなければそれこそ本当にキィが魔神へ生贄として選ばれる事態に発展する。
「そうだな。じゃ、最後がセークエ・ジルサーデってのは?」
 カナは頷く。王家は三家しかないのだ。消去法でそうなる。
「今の王家と王を思い出せ。今はヴァン家がガルバ・ジルサーデ。エイローズがセークエ・ジルサーデ。亡くなったルイーゼがベークス・ジルサーデを輩出した。で、お前は次期ガルバ・ジルサーデ」
 権力が分散されるよう、魔神が次に選ぶ王は必ず前王とは違う家が選ばれる。つまり、カナがガルバ・ジルサーデに選ばれると残り二家は決定される。
「じゃ、隠されているエイローズの次の王がベークス・ジルサーデで……」
「そう。残るヴァン家がセークエ・ジルサーデだ」
 ファンランが呆然と呟く。カナもいきなりもたらされた情報に処理が追いつかない。
「なぜ、エイローズはそんなことを?」
次の王がたたずに国民が強い不安を抱いているのは知っているはずだ。それに次の王が選ばれたら次の王朝のために準備期間は長いに越したことはない。引き継ぎなどもある。今は一人もう、王が死んでそれだけで引き継ぎ等に混乱が生じるのはわかりきっていることなのに。
「考えられるのは、エイローズ家本家が把握していないってことだ。王に選ばれるのは直系の者が過去には断然多い。それは血の濃さだと思う。けれど王家の血筋なら誰が選ばれても問題ないはずだ。なら本家が管理していない分家で選ばれれば……可能性は低いけどありえる」
 三大王家というだけあって王家にはかなりの人数がいる。ゆえに直系や分家などが生じるわけだ。本家は直系の血筋を持つ家系ということで分家をまとめ、分家の人間を支配下におくことで管理をしている。カナもルイーゼ家の分家の出身だ。そのカナが次の王に選ばれてしまった事からも、必ず直系で選出がされるわけではない。
「でもエイローズの今のご当主は『魔女』だ。その魔女がそんな真似を許すとは思えない。そうするとエイローズ家から次の王に選ばれては困る人間が選ばれて、ぎりぎりまで隠しているのが考えられる。他家からどんな王が選ばれるかを見て、今後の方針を決めようとしているんだ」
 ファンランもカナも、もう頷くことしかできない。ファンランは微かに次の時代の波を感じていた。
 エイローズ始祖で魔女と呼ばれた女性の再来と言われる才女、アーリア=エイローズ。最年少で当主になり、今までルイーゼを支え、発展に携わった『聖女』、アイリス=ルイーゼ。
 当主がこの二人で在る以上、三大王家の、いや国家を引っ張っていくのはこの二人。そして、この二人に負けることなく国を引っ張っていくことができる、三家の一角、ヴァン家はおそらく、彼だ。いや、キィ=ヴァン。彼以外この二人に見合い、やりあえる者がいるとは思えない。
「最後が一番考えたくないんだけれど、王に選ばれた人間が何かしらの理由で逃げているってことだ」
「逃げる?」
 カナが聞き返す。キィは怖い顔をして言う。
「俺の推理が正しければベークス・ジルサーデに選ばれているのはエイローズの誰かのはずだ。考えてみろ。ベークス・ジルサーデは一の王。国権を主導する内政を司る王。次の時代を主導する、国の顔となる王だ。そういう役割に就かれたら困る人間が仮にいたとして、だ。王家に生まれついたからにはそういう感が備わっていてもおかしくはなくて……危険を察知していたとすれば……?」
 そういう感――つまり自分に危険があることを、自分がおういう立場に置かれているかを正確に理解する感覚、とでも言おうか。
 キィの言葉を驚いてカナが遮る。
「そんなこと言ったって、王紋が現れればみんなそいつを王と認めるんだぞ! 危険なんか……」
 カナの言葉にキィが首を振った。
「だからって殺せないわけじゃないだろう?」
 愕然としてファンランとカナが顔を見合わせる。
「気に入らないからって殺されたらどうする? 王だからって認めても害せないわけじゃないだろう」
「そんな事……」
 あれば恐ろしいことだ。魔神の加護を否定する形。人間が魔神の選択を否定し、加護を拒否しているようなものだ。
「じゃなければ六年も次期候補が現れない理由にならない。相手も必死なんだろう」
 エイローズが隠していてくれるならいい。他家の様子見をしていてくれるなら。それなら安心して残る一家・ヴァン家の候補が選ばれるまで待てばいい。そして多少のタイミングが必要でも発表し、次の王候補に正式に王になってもらって、後見人同士でにらみ合いを続ければいい。
「だから、カナ。わかるな?」
「ん? 何が」
 キィは呆れたように溜息をついた。
「お前が危険な理由。お前は時期を見て、己の安全が確保できるまで自分が王に選ばれたことを悟らせてはいけない。ばれるのなんかもってのほか。どこまで誰が関係しているかわからない。だからアイリス様にも危険が及ばないよう、アイリス様に言うのもだめだ」
 キィが畳みかけるように、カナに言う。
「ちょ、危険かもしれないってのはわかるけどよ、俺腕には自信があるし……」
「馬鹿? お前馬鹿なの?」
 キィが人差し指をカナの眉間に付きつけた。
「それは正面からかかってきた場合でしょうに。なんのために皆キョセルを飼っていると思ってんの。ちなみにカナは知ってるか? キョセルの質が一番の家」
 キィが人差し指を下ろして言う。カナは困ってファンランに目線を送るが、彼も首を振った。
「エイローズだ。エイローズの始祖は何も魔法使いだったんじゃない。敵には容赦なく全てを駆逐しつくしたから『魔女』って呼ばれたんだ。容赦ないその手法は彼女が鍛え上げた軍による。エイローズが魔神に誇ったのはその軍隊だぞ? 歴史で習っていないのか?」
 エイローズの始祖、『万民の魔女』エイローズ。彼女の燃える如き赤き髪は敵の血を浴びてその色に染まったという伝説があるほど、かなり敵には容赦ない残虐で苛烈な人柄だったという。しかし己の護るべき民には手のひらを返したように優しく慈悲深く、慕われていた。民を護る為に攻撃的に成らざるをえなかったという見方さえあるエイローズ。
 エイローズの民はそんな始祖の女性を怖がることもなく、誇ってさえいる。
「まぁ、カナが勉強しているわけないからね。武力で成りあがったエイローズが一番武に優れた。だから軍部を司る岩盤・大君になったんだろう? 初代エイローズは。つまり?」
 教師の様に答えを求めるキィ。カナがさすがに理解して頷いた。
「つまりエイローズは今も武力に優れ、優秀なキョセルをたくさん輩出しているということですね、キィ先生」
「その通りです、カナ君。つまりいくら鍛錬馬鹿、剣バカなカナ君でも、おねむの最中、お食事最中えとせとらで背後からぶっすり。毒をこんもりなんでもござれですよ。君、そんな裏の裏の裏は表なの? 裏なの? の状況で身を護れますかね?」
 寝込みを襲われるのは、目が覚めるような気がしなくもないが、食事の毒とか気付かないかもしれない。
「無理です、はい」
「よろしい。ってわけで、隠れているエイローズが出てこない以上お前も内緒が第一」
カナは大人しく頷いた。
「でもいいのかよ? そんなみんな騙すような真似して」
 特に目の前のキィなど、神殿にいる理由を考えれば……。
「ごたごたしてるエイローズが悪い。今更隠れたのが一人だろうが二人だろうが隠れいている以上問題ないだろう?」
 カナはあえてキィに言った。
「だって、お前、俺に王紋が現れたって知れたらお前はお役御免で帰れるんだぞ?」
 キィはそれを聞いて笑った。
「ありがとな。でも、いいんだ。お前は俺のいざという時の保険で」
 逆に保険ができていざという時の不安がなくなったし、と朗らかに笑う。
「やることができたからさ。お前が次の王なら、余計に」
「やる事?」
 カナが不思議そうな顔でキィを見る。
「お前の身の安全を保証してからルイーゼ家に返してやりたいし、それにヴァン家でも王が立った時に備えて俺の位置を確立しないとな、そろそろ」
 キィはいわば他人なのだ。敵と言ってもいい間柄なのに、そう言ってくれる。まるで親戚のお兄さんのようにルイーゼ家のカナに対して考えてくれている。
 カナは感激した。アイリスと先に出会っていなければ主君と定めてもいい位に感動した。これだけの短期間しか一緒にいなかったのに。それにカナはアイリスに引いてはルイーゼ家に仕えることを信念として生きてきた人間なのに。ヴァン家の敵となる可能性の方が大きい。それなのに、カナの身に危険の可能性があるからと言って他家という垣根まで越えて自分に先を示そうとしてくれる人。
 しかしその感動させたキィの顔が、なにやら物騒な笑顔を浮かべている気がするのは気のせいだろうか?
「それに、ミィを泣かせたんだ。ぜってー許さねー」
 カナはキィを見つめて、瞬きを二三回行う。あれ? あれれ? キィさん、悪人面ですよ。
「それって、あのティズ……せんぱいでは?」
 ヴァン家直系のもう一人の人間。一見人柄も良く、好青年だが、裏では自分が次期ヴァン家の当主になる為に暗躍している。そして年下であることを笠に着てキィを神殿の地下に軟禁した人物。
「あったり前だろ! ったくどの面下げてミィを貰うだぁ? まじでふざけんじゃねーよ。王の息子だろうが、身の程をわきまえろってんだよ。俺を地下に閉じ込めただけじゃ飽き足らないらしいからな。……ふふふふふ。自分で地下に籠りたくなるようにしてやるぜ! 親戚だからって容赦しないぜ? 俺」
「……」
「カナもティズのことウザイって言ってたよな? 協力するよな? もちろん」
「……はい、よろこんで」
 カナは学習した。
 ――どうやら、キィにとって双子の姉ミィは弱点であると同時に鬼門であるらしい。
 翌日からキィの計らいで、カナは朝の潔斎もしなくてよくなり、食事もキィと一緒に自由に食べることができるようになっていた。それどころか浴場も他人がいる間は使わないようにキィに言われるありさまだった。
 そして髪を切らず項が隠れるよう、結ばずにいることがキィによって言明された。
 それ以外、カナは自由な行動が出来てラッキー位にしか思っていなかったが、表ではキィが本格的にカナを囲ったと思われている事に気付いていないのであった。