モグトワールの遺跡 017

第2章 土の大陸

2.地竜咆哮(1)

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 一つは魔女と呼ばれた才女、エイローズが率いた国。
 一つは希望の星と皆に慕われた、ルイーゼが率いた国。
 一つは神子と名高く自在に土を操った、ヴァンが率いた国。

 それぞれは互いに争う事をやめ、三国を統一する事で広大な土の大陸のほぼ全土を治める事に成功し、この先の未来を魔神に約束した。土の神国・ドゥバドゥールの誕生である。
 しかし、その建国から国がスムーズな流れに乗るまでに歴史では決して語られない壮大かつかなりの苦労があり、紆余曲折を経て、国をスタートさせたのだろう。一つの大国としてそれぞれ機能していた国を一つにまとめることは、計り知れない難しさがあり、何度も三国間で諍いがあったに違いない。

 国の初めの主導者となった上記の三人は、国の綱紀を定める際に一つの書物を作りあげた。
 ――『ドゥバドゥール大綱集』。
 その名の通り、至って造られた目的はシンプルで、国を動かすに際しての約束事を記したものだ。
 国を作る、多くの人が国に従い、生活する。国は法を定め、国事を成す。そのための法を創る為の法を記したものといってもいい。そこに憲法とはまた別にこの書物が造られた理由がある。
 初代の大君(ジルサーデ)は後世の大君らにこの書物に従って国を治めよ、と大君用の教本のようなものをご親切にも作ってくれたというわけだ。この国約集に従って細やかな法が整備され、国を円滑に進める為の国事が行われてきた。今となっても重宝されており、実際に参考にされるのだから、相当初代の大君は優秀だったのだろう。今もなお、建国当時から変わらない大綱によって定められた法を使用し、国は進められている。
 しかし、時代は移ろいゆく。
 その時代と国約集の定めたことが合わなくなった場合はどうしたらいいのか。過去のものばかりがいつでも正しいとは限らなかろう。ゆえに、初代の大君はこうも定めている。

『大綱集に定めし決定に異を唱え、改変を求む場合は以下の場合に限り、改変を許す。
 一つ、大君三名、三大王家の当主六名全員一致の場合。
 一つ、大君、もしくは三大王家当主半数の一致、且、国民の2/3以上の賛成の場合。
 尚、改変における大綱集の筆記には公正なる『書記君(ラウダ)』(大綱集巻の一第四章三項-五参照のこと)が行うこと。改定における書記官の定めし改定方法については大綱集巻の六第二章一項参照のこと。』

 このドゥバドゥールの骨子ともいうべき大綱集の原本は神殿が所持し、この国約集の管理をまかされた特別な文君(ヴァニトール)は書記君(ラウダ)という。この書記君は国の会議の議事録などを取るなど、公式な文書を残すためだけに存在する文君の中でも特殊な職種の人間である。
 書記君は文君の中でも数多くの特殊な技能が必要になる為、限られた優秀者しか成る事は出来ず、どの場所でも重宝された。この書記君が書く文書はそれだけで国の文書として効力を発揮するからである。ゆえに、国は書記君の管理だけは、それこそ大綱集に定められた通りに管理も行っており、ドゥバドゥールの中でかなり特殊な役職であることは間違いない。
 書記君は文君の知識だけではなく、神官(パテトール)の知識も必要とされ、当然のことながら字の美しさ、読みやすさは必須。他にも書き記す仕事故に、本や紙質、果てには記す媒体や記す物に対する深い知識も必要となり、なろうとしてもなかなか基準を通り抜けて書記君になれる者がいない現状が合った。書記君は当然、平均年齢がおのずと高くなり、砂岩加工師と同じように通念を修行のような勉強に費やす事で有名な職種でもある。
 当然、大綱集の写本は書記君の手によって成される。この写本は各王家や重要な施設に閲覧用として保管されている。この写本を元に、ようやく一般の国民が閲覧する事の出来る複写本ができるのである。普通、大綱集を購入、または閲覧しようとすれば、当然写本の複写版を使用する事になる。
 ドゥバドゥールの子供達は誰でもこの大綱集の前文の一部を暗記させられるはめになり、辟易するのだが、この大綱集のおかげで三国間同士が大きな諍いを起こさず、かつ、平等に暮らしてこれたのである。