TINCTORA 010

032

「人間として、だって?」
 ゲブラーが不思議そうな顔をする。
「生まれてから自分が特別な存在だったと思ってはいなかったのか? そもそも人間のように生きることは不可能だろう、我々には」
「お前と違って俺はいろいろあったんでね」
「そのいろいろ、がお前の人間嫌いを作ったわけか?」
「はっ。お前、よく俺の言ったこと覚えてるな……有難い事で」
 嫌味にちっともひるまないゲブラーにゲヴラーはイライラをつのらせる。
「それは唯一の同胞だからな。知っているか? キボール」
「その呼び方やめろ」
「この世界にはな、ネピリムは二人しか存在できない。現在、それがお前で我だ。どうしてかわかるか?」
「知るか。そもそも俺、ネピリムかどうかさえ定かじゃないぜ?」
 ゲヴラーはイラつく気持を抑えて、足元の砂を靴のつま先で巻き上げる。
「天使と人間の間に生まれた巨人ともいえる存在、ネピリム。半分を主に祝福され、主の力を頂いた天使の血が流れ、半分は人間の血が流れる。我らを生んだ天使はその力全てを我らに託し、死ぬ。人間としても天使としても生きられない中途半端な、しかし力だけは持つ存在。こんな危険とも考えられる生き物を主がどうして見守ってくれていると思う?」
「神の慈悲ってやつじゃねぇの? それか職務怠慢」
「お前はネピリムの一人のくせに主のお考えを何も理解していないのだな……。力は絶大な我らが人間の方に傾けば力が人間にどのように利用されるか分からない。主は我ら人間に対し大洪水のようなことは二度と起こさないと誓われた。そのために我らがいる」
「代わりに人間滅ぼせってか? じゃあ、俺のやってることは正しいじゃねぇの」
 皮肉なことにな、とゲヴラーは苦笑する。
「違う。人間を正しい方向に導くために我らの力があるのだ!」
「へー。で、二人いる意味は?」
 ゲブラーの力説にもなびかないゲヴラーは完全に話に飽きている。
「力がありすぎるとそれが間違って使われたときに取り返しのつかないことになりかねない。だから一つの力を二つに分け、別々のネピリムに託すのだ」
「……なんかそれっておかしくねぇか? ネピリムがなんで二人しか存在できないことの理由になってないぜ」
「この世に、お前は天使が何人降りてきていると思う?」
「さぁな?」
「答えは数えられないほどだ。森羅万象、全ての自然は主の御力によって創造され、それを天使が管理しているのだ。人間を守護するために。人間にも力を持った存在が何人かいる。魔術師と呼ばれる存在だな。その人間と天使が出会い、子を成せば、それが我らネピリムだ。この道理ならばネピリムは何人いてもおかしくない。しかし現実は違うのだよ」
「俺とお前の二人きりってか?」
「そうだ。本来生き物は種が異なると交わることはできない。子をなすことも不可能だ。ただ力を持つ人間と天使が交配したからといって我々が生まれる確率はほぼ0%。ネピリムが生まれるためには絶大な力を持った天使、主より大きな自然を任されている者とその力を全て受容できる強さを持つ人間、修道女のような存在が必要だ。この二人が子を得るためには主の許しが必要だ。天使がネピリムに力をすべて譲ってその生命をネピリムに渡すこと、人間もネピリムが自立するまでの養育が住んだら主にネピリムを托し、死ぬこと。……お前の父母は?」
「……死んでるさ」
「そうだろう?」
「じゃあ何だ、俺の為に両親は死ななければいけなかったのか? 何のために」
「お前が、我らネピリムが人間として生きないため、我らが天使として生きるためだ。人間は血族関係を重んじる。情が生まれる。そういう感情を排除するためには、血族がいないことが一番だ。よってお前の人間の親は一人身だったはずだ。親がいなければ、周りに人間がいなければ人間と同じようには考えない」
 ゲヴラーがギリっと歯を食いしばる。だから母はわざわざ独りだったのか? 母の両親はいなかったのだろうか? 知らない。聞こうとも知ろうともしなかった。
 母は父のことを神と言った。しかしゲブラーの言うことが正しければ父は雪山を任された天使だったということになる。
「話がずれてしまったな。何故二人しかいないか、ということだったか。それはな、三人目は絶対生まれないからだ。三人目が仮に生まれそうだったとしよう。その時、子どもは絶対に死産だ」
「……何でだよ。根拠がねぇな」
「空の器に入れる力が無いのだ。魂がこもらない生き物など死んでいることと同じだ」
「力はその天使から受けるんだろ?」
「それは我らが使用する力だ。今言っている力はこの世界、下界の生き物なら何でも持っている魂、すなわちこの世で生きる権利のことさ。我々は一つの魂を半分に分け合って存在している人間として不完全な存在。よって人間として生きることはおろか、感情などの人間らしさは皆無。そして天使としても力は絶大だが身体は人間と混じっている不完全な身体だ。それでも主は我らに人間の未来を託しておられる。それをあえて天使ではなく我らに任されたのは人間の血が半分流れるこの身体に意味があるからだ」
「つまり、だ。神は自分は下界に手を出さないって宣言しちまったもんだから守護を天使の奴らに任せたがそこで恋愛しちまった馬鹿天使との間の子どもに人間を管理させたと。めちゃ強い天使と同じ力を持ちやがるもんだから危機感を感じて一人しか生まれさせないようにしたんだけど、それじゃその一人が狂った時に困るから分割して二人にした……ってことだな?」
「だいぶ間違った考えだが、これから改めさせればよかろう……」
 頭を抱えてゲブラーは言った。
「そーか、そぉかよ。よぉくわかったぜ」
「ならば話は早い。同胞同士、手を取り合い、主の命を遂行しよう。断るならお前の力を我が奪い、我が完全な存在となって人間を導くこととなる」
 くだらない、こんなくだらないことで俺の今までは、決められてきたのか!!
「……くだらねぇ、くだらねぇんだよっ!!」
 ゲヴラーが怒鳴る。対してゲブラーは静かに言った。
「……それは、交渉決裂ということでいいんだな?」

『キボール?』

 ――山の頂上から日が昇る。
 ゲヴラーが唯一神の力を持ちつつ、人間でいられる場所。そこは白銀の世界。無音で風が流れる音のみがする。山の頂上ともなれば生き物は皆無。一人きりでゲヴラーは考えた。そして一つの答えにたどり着いた。
 ……母を助けよう。母が人間、いやあの村の人間を好んでいることは認めよう。できるだけ、村人は殺さない。それなら母は自分を拒絶しないだろうし、もしかしたら母は自分の手が汚れてしまうことを嫌っていたのかもしれない。
 そして母をこの村人が知らないような土地へ連れて行こう。大丈夫、母がその土地で慣れるくらいまでは一応人間としての思考も持てる。人間のように行動できないかもしれないが。
「そうしよう」
 ゲヴラーがそう考えて、山を下った。寒いこの地方で朝は少しでも外にいれば凍えて死んでしまう。日が高く上ったときが処刑の時刻だろうからそれまでに母を助けて山を登れば、空を飛べる。そのまま飛べば神の力を維持したまま村から離れられる。
「母さん」
 そぉっと母がいる場所に忍び込み、もちろん村長の息子の姿で(それ位なら人間でもできるようになっていた)母の縄を切った。
「ア、アレックス様!?」
「違うよ。母さん、俺」
 ゲヴラーは一瞬で変身を解いて見せた。母が驚愕の表情になる。
「逃げよう。今なら大丈夫。安心して、俺、もう殺さないから」
「……」
「? 母さん?」
 無言の母にゲヴラーは赤い目を母の瞳に映した。
「いやぁあああ!!」
「母さん!??」
 母の悲鳴のせいで村人が気付き、部屋に駆け込んでくる。
「悪魔が自由になっているぞ!!」
「悪魔と魔女が逃げる!!」
 母は一回もゲヴラーに声を掛けず、見ようともせず、ゲヴラーの計画は失敗に終わり、ゲヴラー自身ももう一回捕らえられ、自由の身ではなくなり、処刑の時間が刻々と迫った。
 家の前に立てられた木でできた十字架に母とゲヴラーはしっかり括りつけられた。しかしそれだけだった。寒さが厳しいこの土地で暖を取るための木と燃料は貴重だし、山から切り出した十字架の木は雪が積もっていたために水気を多く含んで火などつくはずも無い。
 しかし罪人を苦しめて殺すのは火にかける方法だけではない。二人に待っていた処刑は……。
「そこで虚しく誰にも見取られることなく、凍死しろ!」
 食糧もなく、暖もない、夜に照らす光もなく、あるのは極度の寒さと飢え、吹雪と孤独。
 会話しようものなら少しでも湿った口の中かが凍り、目を閉じねば寒さで視力を失う。時に日が差せば身体に積もった雪が溶けて夕方にはそれが凍り火刑の方がまだ楽に死ねるというもの。
 ゲヴラーは人間の体で寒さも飢えも感じ、つらかった。母を案じていたがもう瞼が凍って開かない。寒さで意識が朦朧とし始めた時、母が叫んでいたのを、聞いてしまった。
「助けて!」
 しかし周りに人の気配は感じられない。
「私は、ただの人間なのよ!! 魔女じゃないわ」
 ゲヴラーはゆっくり痛みを感じないように目を開けた。
「どうして!? 私が何をしたというの!!」
「……なぜ、私が死ななくてはならないの……何故!!」
「……母さん?」
 かすれた小さな声だったが十分母には聞こえたようだった。
「お前が、生まれたから! お前みたいな悪魔が生まれたから私が殺されるんだ!!」
 ゲヴラーは痛みも忘れて目を見開いた。
「どうしてこんな子どもを生んだんだろう? この子が生まれれば死ぬとわかっていたはずなのに!!」
「何、言って……?」
「ただ、あの方と一緒にいたかっただけなのに!」
「聞いて! 誰か!!」
 母はゲヴラーのことを全く見ていない、聞いていない。
「私がこの悪魔を殺すわ!」
 ――え……?
「だから代わりに私のことを殺さないで! 死にたくないわ!!」
「母さん? 嘘だろ……?」
「あの悪魔さえいなければ私が力を失うことも無かった! あの悪魔が生まれた性で、すべてが台無しだわ……」
 そう言って、母がゆっくりゲヴラーの方を向いた。
「……あんたが死ねば私の力も戻るんじゃないかしら? あの方も生き返るんじゃないかしら?」

「母さんの言うこと、聞けるわよね?
 母さんの為に、死んでくれるわよね?」

『キボール?』

 頭の中に声が響いた。
「……その名を、呼ぶなといったはずだぁっ!!」
 ゲヴラーは拳をゲブラーに向かって叩き込んだ。その手首を易々と捕らえ、捻って投げる。投げられたゲヴラーは軽々と空を舞うが、体勢を立て直して着地、すぐさま攻撃へと転じるべく低い姿勢のままゲブラーに向かって走る。
 拳と拳、視線と視線が何回も交わり、激しい戦いが幕を開ける――。

 急いだが、走ったりはせず、ケテルはティフェレトの部屋に向かった。
 部屋は扉が開いており、中の様子を窺うとまず目に入ったのが豪勢なドレスのスカート。視線を先に向かうと黒い影。ホドが用意したティフェレトのパスだった女。役職名をギメル。その女の上に馬乗りになって女の首を絞めているティフェレト。
 その表情は怒りと悲しみ、不安、恐怖、様々な表情に彩られ、思わずケテルはぞくっとした。
 ティフェレトが、感情を露にしている! どうすればわからないと言いたげな困惑、許せない憎悪の感情、今持てる負の感情をすべて持っている!
(さて、どうしたものかな)
 ケテルは考えた。ティフェレトになんと声を掛けたらいいか……。しかし考え直し、いつも通りに接することに決めた。その方がずっと自分らしい。
「……いつまで絞めてるの?」
 ドアに寄り掛かって、ケテルは微笑んでティフェレトの行動を観察する。
「たぶん、もう死んでると思うけどな」
 ビクッと肩を震わせ、手を思わず離し、ゆっくり上体を起こすと同時に首に巻かれていた指が手が解けていく。
 ギメルに馬乗りになったまま、振り返って、しかし手のやり場に困っているのか、手は中途半端に胸の前で止まっている。
「あ、あの……ご、ごめん、なさい! ……そ、その、あ、えっと……」
 自分のしていたことを改めて認識したのか、いつものような冷静さは皆無の話し方をして目はケテルを見たり、宙を彷徨ったりパニックに陥っている。珍しいものを見たとケテルは微笑むが怒っていると思ったのか、ビクッと再び肩を震わせ、どもりつつ、謝罪を述べる。
「ケテル、その……ぼく……」
「どうして、殺したの?」
「え、ア……。う」
 極度のパニックに本当に陥ってるらしい。いつも人を殺した位じゃこんなことにはならないのに。
「どうしてこんな風に殺したの?」
「……わからない、わからないんだ。ごめん、ほんとはこんな事、するつもりじゃ……なかったのに」
「どうして謝るの?」
 ケテルは部屋の中に踏み入れるとティフェレトに近づいて彼を死体上から立たせた。
「だって、ケテルはこの女を殺していいって、言ってなかったし……」
「いつもは言ってないヤツでも殺すじゃない……ん?」
「そ、うだけど……」
 ティフェレトはギメルを見て、首を振った。
「僕は言ったよね? 物が人を殺したらそれは事故になる。君は僕の所有物だから人を殺してもそれは罪じゃない。事故だって」
「……うん」
 ケテルが話しかけるうちにティフェレトも落ち着いてきたらしい。
「……この女が言ったんだ。ぼくを追い出すって。ケテルと一緒にいるのにふさわしくないって。そうしたら、怖くなって、また何もなくなってしまうって。……気付いたらこんな、ことに……」
「殺したことを、悪いと思ったの?」
「……たぶん」
 ケテルはギメルの死体を眺め、ティフェレトの目を見ていった。
「……君は、初めて人を殺したんだね」
「え……?」
「この気持ち、初めてだろう? 今まで僕のためにたくさん人を殺してきてもらったけれど、君は嫌がらなかったね。ティフェ。苦しんだり、悩んだりせず効率よく人を殺してくれた。でもこの世は殺人を犯した人間は罰せられる決まりを知っから君は人を殺して、疑問を持った。殺してもよかったかって。だから僕は君に答えを示した。君は僕の所有物だから……」
「全部事故」
「そう。君は今回とても効率的じゃない殺し方をした。しかも僕が声を掛けるまで死んでるのにずっと首を絞め続けてた。何で? そして、僕に謝った。悪かったと、殺すつもりじゃなかったって。わかるかい? 君にこの殺人では罪の意識がある、ということだ。罪を感じたんでしょ? ……人を殺したんだよ、ティフェ」
 ケテルはティフェレトを抱き締めた。
「あぁ、何て愛しいんだろう。僕の人形! おめでとう、ティフェ。もう少しだから」
「……え? 何が? 怒ってないの??」
「僕がこんなどうでもいい女殺した位で怒るわけ無いじゃん。ま、ティフェに詳しく説明しなかったホドが悪いね。この後始末はホドに苦労してやってもらうとして、ティフェ。君たちに付けたパスはね、最初から殺してもらうためにつけていたんだよ」
「え?」
「必要なパスは別の活動をしてもらっているから。情報を売り渡そうとか、野心を持っているヤツを選んで殺すためにパシリにしてたわけで、ティフェが気に病む必要は全く無いんだよ」
「そ、そうなの?」
「そうだよ。何、やきもち焼いた?? そんなにティフェは僕のこと好きぃ?」
 満面の笑顔にティフェレトは目を逸らした。
「大好きだよ! ティフェ」
「ンむ! ア……っ」
 ティフェレトはそのまま濃厚な口づけを溢れるほど受け、口づけの最中に、ケテルの指が素早く服の下に滑り込む。刺激を受ける度にティフェレトの体が小刻みに跳ね、喘ぎが漏れる。
「アぁ……やめっ、ぅン!」
「だぁめ……脚開いて……全部、舐めてあげるから」
「いいって! ェえ……ひっ!」
 ティフェレトはなす術もないまま、ケテルの愛撫を受けて顔を真っ赤に染める。
「せめてぇ、ドア……とぉ、アっ」
 そう、そのままケテルが始めるもんだからドアが全開。
「ひひひゃない(いいじゃない)ひんなひってふよ?(皆知ってるよ?)」
「そ、ゆ問題じゃ……ひァ!」
 しかも隣にはギメルの死体。デリカシーなさすぎのケテル。
「じゃ、せめて、ベッド、に……」
 ベッドなら死角だし、ギメルの死体も見えない……のだが。ちゅぱっとティフェレトのものから口を離して
「何で? やきもち焼いたんだろ? 見せてあげようよ。その辺に漂ってるかもしれないじゃない?」
 と言って笑った。
「な、にが……?」
「ギメルの霊?」
「うそっ!」
 ぎょっとしてティフェレトが悲鳴を上げる、くすくす笑ってケテルは安心させるために冗談と言った。
「ね、挿れていい?」
 耳元で囁くと、微かに首が縦に揺れる。
「あア!!」

 事後、気を失ったティフェレトをここではさすがにまずかろう、と自分の寝室に運ぶとケテルはとても嫌な予感を感じた。
 眉をひそめて、自分の勘を疑いつつ、ケテルは自室を後にした。そして急いでサロンに戻る。
「マルクト」
 ソファでまったりイェソドと絡まっていたマルクトはケテルの顔を見て尋ねる。
「ケテル! ティフェは?」
「大丈夫だ。それより、今から急いで引き寄せてくれないかな?」
 マルクトはこれで少しはティフェレトが不安がらないと思ったいたがこの主人はティフェレトよりも気になる案件が在るらしい。
 その事実と自分たちの心配をよそに帝都に行ったことを思い出して腹が立ってくる。
「は? それより、ケテルはボクらの罰を受けて……」
 ケテルは少し、怖い顔をしてマルクトに言った。
「後で受けるから、急げ」
「誰を引き寄せるの?」
 本気のお願いとわかったマルクトはしぶしび了承し、ケテルは頷いて言った。
「ゲヴラーだ」
「へっ!? 何で? ゲヴラー出掛けてるの? さっきまでいたじゃん」
 文句を言いつつ、術式を開始すべく、マルクトは右手を床に当てる。
「コクマー、三日後に再び城に入れない。君は僕そっくりの人形作れるだろ? 僕っぽく操って自然に王にアレを飲ませるんだ。いいな。失敗するなよ」
 にやっとコクマーが笑う。
「王の用が済んだら、どうするのだね?」
「まだ用がある。帰って来い」
「了解」
 コクマーは頷くと、煙の中に消えていった。一人王宮に戻ったのだ。瞬間緑の鮮やかな魔方陣が浮かび上がる。
「捕まえた! 引き寄せるよ」
 魔法陣の中から現れた見知った人影の姿がはっきりしたとき、マルクトが悲鳴をあげた。
「ゲヴラー!?」
 ケテルはイェソドに命じる。
「イェソド、治せ!」
「うーん。わかったー」
 紫の光が広がる。緑の魔方陣があった場所に横たわるゲヴラーは血まみれの瀕死状態だったのだ。
「どうして? ゲヴラーはボクたちの中で一番強いんだよ!」
 マルクトが叫ぶ。ケテルはマルクトに逆に聞いた。
「イェソドはゲヴラーの予言はしなかったのか?」
「え? どうして??」
「マルクトも知っているようにゲヴラーは強いんだ。皆知ってる。どうしてこんなにやられてるか、答えは一つしかないよ」
 マルクトが心配そうにゲヴラーを見、ケテルに続きを促す。
「ゲヴラーの影が現れたんだ」
「!」