TINCTORA 012

040

 全てのものが声に従った。動いていたティフェレトもゲヴラーもコクマーの魔法もケセドの行為も、全てが。
 それから全てが崩壊していく。コクマーの構成した魔法は崩れ、無効化し、ケセドの鍵は消えた。
 主の登場に安堵するゲヴラーとホド。ケテルはそれでもコクマーを睨むティフェレトの目にそっと手を添えた。
 目隠しをするように添えられた手によってようやく、ティフェレトの抵抗が止まり、ふっと全体重をケテルに預けて気を失う。それを抱きとめると厳しい目で笑っているコクマーを見た。
 ケテルの背後にはビナーが。魔法の気配を感じ取って彼女が連れてきたのだろう。
「これは一体、どういうことだ? コクマー」
 ケテルが冷ややかな声で賢者に問う。対する賢者は笑みを抑えて、肩を抑えた。斬られたところから出血が止まらないのだろう。
「ケセド、治してあげて」
 ケセドははい、と返事をすると黒い鍵を再びどこからか出し、コクマーの傷口の上で左に回した。青い魔方陣が鍵の先から広がって、見る見るうちにコクマーも傷がふさがっていく。
「ありがと。さて、コクマー。説明してくれるね?」
 気を失ったティフェレトの額をちらりと一瞥すると、ティフェレトをゲヴラーに預け、ケテルはコクマーを睨んだ。
 睨んでいるというよりかは見下しているような冷たい視線だ。
「場合によっては、罰を受けてもらわないとね。……僕のティフェに何をした?」
 笑うでもなく、怒るでもなく無表情に状況の説明を当事者に求める。その雰囲気は17歳とは思えない。その様子に恐怖を覚えている事をホドとゲヴラーは自覚した。
「ティフェレトがなかなか踏み切れないようだったからね、手伝いをしてあげたまでの事だが?」
 しれっとコクマーは言い放つ。その様子を同じ賢者のビナーも非難めいた視線で見た。
「ふーん、それで?」
「まぁ、過程は悪かった、私の非を認めよう。強引だったのは私も分かっていた事だ。しかし私は理由なくティフェレトにこのような行為を無理に強いたわけではないのだよ」
 コクマーはようやく笑って、こう言った。
「私は知りたかったのだ。ティフェレトが何であるかを」
「君は知識を求める。君の探究心にティフェを巻き込んだってことだね?」
「否定しない」
 ケテルの言葉にコクマーは正直に返した。その答えに重ねて同じ問い掛けを別の意味を持たせて行う。
「僕のティフェに、だね?」
「そうだとも」
 独占欲が強いケテルを煽っているのではないかとホドはヒヤヒヤした。
「だがね、今回の事でティフェレトは完全に影を屈服しただろう。そのために最後まで行わせたのだから。ティフェレトが君を裏切る結果となっても私はティフェレトを操っても、得たいモノが確かに、彼の中には眠っている」
 ケテルは眉を寄せながらコクマーの弁明を聞いていた。
「これはそのほんの一欠片に過ぎないが、面白い事を見つけたよ」
「……何?」
「今までなぜ彼は感情的ではなかったのか。今になってどうして感情的なのか。それは君と彼の影が彼に影響を与えていてね、まぁ、直接原因は別だと思うのだが……彼は初期化が解けかかっている」
 ケテルが怒りの他に戸惑いをその表情に浮かべた。
「……どういうこと?」
「君が、わからないのかね? それともわかりたくない?」
「……何?」
 中々先を言わないコクマーに続きを求める。
「……人間風に言わせてもらえば記憶が戻りつつあるという事だとも」
 コクマーの言葉にこの部屋にいる全員が驚いた。そしてそれぞれ身に覚えがあることを思い出す。
 ホドは先ほどティフェレトが俺と言ったこと、ゲヴラーは謎の男とティフェレトに似た死体を思い浮かべていた。
「……ど、どういうことだよ? 記憶が戻ったらティフェ、どうなるんだ?」
 ゲヴラーがコクマーに問う。コクマーは首を振った。
「記憶が戻った時に、今までのことをすっかり忘れてしまう者もいれば覚えている者もいるという。ティフェレト次第だが、今のままであることだけはないだろうね」
「ビナー」
 ケテルは背後のもう一人の賢者を呼んだ。
「何だ?」
「君はどこまでティフェを理解している?」
 ビナーが言葉に詰まる。彼女は理解できるのだ。しかし……。
「我は記憶を失った者の記憶を理解する事はできない。我はその者の考えている事が理解できるだけだからな。しかし、ティフェレトがどのように自己認識していたかは理解している。それでよければ話せるぞ」
「お願い」
 ケテルの頼みにビナーは頷きつつも内心悩んでいた。人の心を読めるのではなく、人の考えている事が理解できてしまうビナーにとってそのものの考えている事を安易に人に口には出さない。
 なぜその者が心の内に秘めているのかさえ、ビナーには理解できてしまうからだ。
「ティフェレトは自分自身が何か理解できていない。ティフェレトはお前と出会う前の記憶がまったくない。だから、ケテル、お前に世界を創造してもらったのだ。少なくともそう認識していた。ティフェレトがお前と出会う前、ティフェレトの中にあったのは人の殺し方とその罪の意識のなさだ。歩くとの同じくらいたやすく当たり前のように殺人を捉えていたと言っていい。それ以外何もない。だからティフェレトは不安だったのだ。その不安を消してやったのがお前だ。名を与え、住処を与え、生きる意味を与えたお前をティフェレトは大事に思っていたはずだ」
 ティフェレトの考えていたことを始めて知ったケテルは続きをビナーに促す。
「だからティフェレトは内心が同じというキラに恐怖を覚えた。自分の位置がキラに奪われてしまうのを恐れたのだ。恐らく我はその時にいなかったから分からぬが、ギメルの役職を持っていた女もそうだろう。ティフェレトは自分の世界が壊れてしまうことを恐れた。お前が創った世界が、だ。それと同時にお前がティフェレトを否定する事で世界が壊れる可能性も危惧していた」
 ケテルはビナーの話を聴きながら、ティフェレトの顔をじっと眺めた。
「僕がそんなことすると思ってたんだ……」
「ケテル、人は変わっていくものだ。同じものなどない。ケテル、お前は今ティフェレトが大事だろうとも。しかし10年、20年、30年、時を重ねてもお前がティフェレトを大事にしているとは限らない。人間は習慣付けられてしまったものには、飽きるものだ。ティフェレトはそのことも理解していた。ケテル、お前は独占欲が強い。それはお前の若さ所以かもしれないのだ」
「僕がティフェに飽きる……?」
「可能性はないとは言えない。ましてお前たちは互いをよく知らないのだから」
「……互いを知らないからこそ、繋がっている場合もあるのでは? 等しき天秤」
 コクマーが口を挟んだ。ビナーはそれに頷く。
「それもまた然り。だがお前たちの関係が続くという保証もない」
「身体に飽きてしまえば同性の恋愛感情など消える儚いものだとも」
 長きを生きる二人の賢者。若いケテルには今以外を信じられない。
「……僕は……」
 ケテルはそう言って黙り込むとティフェレトの体を抱き上げた。自分より少し背が高いのにケテルでも抱き上げて運んでやる事ができる。
 それほどに身が軽いから速く動けるのかもしれない。そういえばまた痩せた。
 ティフェレトはケテルや違う人と一緒じゃないと食事をしない。食べる行為を忘れているのだという。空腹を感じないのだと。それは彼の過去の記憶に関係しているのかな、とぼんやり考えた。
 最近ケテルは自分のお遊びばかりしてティフェレトを気にかけていなかった。だからかも、とこんなところでも罪悪感が湧き上がる。
 ティフェレトがキラを怖がっていたのは知っていた。でもそれで新たなティフェレトの一面を見てみたかったのだ。
 それが、僕が与えたものを失いたくない為の恐怖だったなんて。マルクトの忠告を聞いておけば、コクマーがここまで強引な事をするのを止められたかもしれないのに……。
 コクマーも誰だってここにいる仲間は自分しか、主である自分しか止められないのだ。
「あ、あのな、ケテル……」
 ゲヴラーが黙ってしまったケテルを気遣っておずおずと切り出す。
「何?」
「ティフェを迎えに行ったときな、知らない男と一緒だったんだ。貴族の男っぽかった」
「……貴族??」
 ケテルはゲヴラーが頷くのを見た。
「ティフェ、そいつが怖いみたいで、俺が見たとき悲鳴を上げていたんだ。確か、やめろって叫んでいた。俺は殺そうと思ったんだけど、移動魔法で逃げられた。ごめんな。でな、ティフェ、その貴族と何かある前に、一人殺してたんだ。その殺したやつが……」
 口ごもるゲヴラーにケテルは不安を覚えた。
「そいつ、ティフェと同じ顔してたんだ。で風に吹かれて粉々になって消える直前、すげー気持ち悪い死体に変わって消えちゃったんだよ。ティフェに聞いてないけどさ、何か……やばいだろ?」
「同じ顔!?」
 ケテルは驚いてティフェレトの顔を思わず見た。感心したようにコクマーが笑い、新たな波乱を予期してビナーが長い前髪の下で眉を寄せた。
「……おそらくそれは……」
 ビナーはコクマーと頷き合って、一つの答えを出した。
「魔術の結晶・ホムンクルス」
「ホムンクルスって?」
 ホドが問う。その答えはコクマーが説明した。
「魔術によって無理矢理造った人造人間の事だよ。魂が入っていない場合が多く、形が不安定。誰かの血液や髪などを依り代にしてそのものを模倣した人造人間を造ることも可能だという。成功例は少ない。魔術師の中でも興味深い研究テーマの一つでまだ研究は続けられていると聞いているが」
「形が不安定ってどういうことなんだ? 人間なんだろう?」
 ゲヴラーがわからないと首をかしげる。
「様々な要素によって不安定さは特定できるとは思うね。ゲヴラーの話なら、ホムンクルスが破壊された場合、死体が残らずに消滅してしまうのは魂が入っていない体だったからだよ。消える前に気持ち悪い死体になったと言ったね? それは一定以上破壊され、魔力がなくなってしまい模倣としての機能を保てなくなったからだ。まぁ、その貴族の男とやらが何故ホムンクルスをわざわざティフェレトに模倣したかは不明だが?」
 コクマー自身過去にホムンクルスの研究をしたことがあるのかないのか詳しく述べた。ビナーが否定しないところを見ると、それで正しいのだろう。
「……ティフェの過去を知っている人間と考えるべきだね。対策を練ろうか?」
 ホドがケテルに問うがケテルは黙ったままだ。
「うん。ありがと、ゲヴラー。ホド。今は、今は待ってくれる? ティフェが目覚めたときに一番最初に見るのは僕じゃないといけないと思うんだ」
 ケテルはそう言い、静かにティフェレトを抱えたままサロンを去っていく。誰もそれを留めることなど出来やしない。

 ネツァーの元に軍の仕官として新たに入ってくる者のリストが上がってきていた。その中に厄介なのが、一人。
 ティティス・アバル・ギブアルベーニ。
 ソロモン卿の次男だ。長男はすでに次期ソロモン卿として政治的活動を父親と共に行っている。その姿は何度か見たし、ホドにも聞いていた。
 その長男の影で、ひっそり魔法使いとして台頭してきた男。歳は30前後。自分よりも年上だ。
 そしてヤツはソロモン卿の息子という力を使って、数年前の戦争で約500以上の兵士を殺し、難関の要塞を落とした功績を持っている。かなり上の位をもらうことになるだろう。
 すると軍の会議にも参加される。困ったことになった。今まで軍を自由に動かしてきた。しかし……この功績をもったヤツがくると自分の思い通りにはいかなくなる。魔法使い……程度がどのくらいか知ったことではないが、前線で戦うことはしない。
 下手すれば自分が戦うのを邪魔される可能性もある。自分の配下にいらない。だがホドのことを考えると、配下に置いて、監視を行ったほうがいいとは思うのだ。
「失礼します!」
 軍人らしい大きな声が響いて、部下が扉を開ける。
「何?どうしたの?」
「……ティティス様が、お見えです。軍編成の前にお話がおありなのだと……」
 内心、大きく舌打ちした。本人来るか、普通。
「お通しして。あ、あとおもてなしもね、持ってきて」
「はっ!」
 そこだけ元気よく返事されてもねーと思いながら、軍編成の書類を隠し、違う見られてもいいものに変えておいた。
 ソロモンの息子。何をされるかわかったものじゃない。過去の戦争では陸続きの国とばかり戦ってきた。
 ネツァーは帝國軍としては戦争に出ることはあっても、ケゼルチェックの軍を率いたりしなかった。しかし、ホドはその頭を使って、前の戦争も大きくかかわり、功績を上げた。
 ホドの作戦のおかげで、ネツァーは負けなしで勝利の女神と呼ばれるまでの女傑となっていた。
 今回の戦争は海軍が主力。ケゼルチェックとリダーが戦争を引っ張らなくてはならない。そうするとソロモンは参加できない。
 ケゼルチェックにはすでに頭の切れるホドがいるのだ。口出しはできない。だからか、違う目的があるのか、今、ソロモンの息子が入隊。今まで戦えばいいだけだったこの軍に、政治的駆け引きが持ち込まれてしまった。
 やれない自信がないわけではない。しかし、ホドのように堪え性がない自分は、いつかティティスをうっかり殺したりしてしまいそうだ。
「失礼します」
 控えめなノックと共に金髪の青年が姿を現した。エルス帝国貴族見本のような青い目。
「こんにちは。お久しぶりですね、もうはじめまして、と言った方がいいかもしれません」
 穏やかに笑いながら、ネツァーは立ち上がってティティスを迎えた。握手をし、ティティスが頷く。
「ええ。本当に貴女さまに会うのは久しぶりです、ヴァトリア将軍」
 部下がころあいよく茶を運んできたので、それを受け取って、座るよう勧める。
「今日、私が来たのは……お願いがあってのことでして」
「まぁ、何でしょう? 私がかなえることができるのならば……」
 ほら、きたよー。と内心毒づく。しかもストレートにお願いとは、大胆な。いや、政治に不慣れっていう感じを出して、騙そうとしているのかもしれない。
「……私、以前から貴女さまに強烈にあこがれていまして……」
 まじかよ、ゲロ。そんな嘘っぽいあこがれいらないんだよ。
「まぁ、うれしいですわ。光栄です。でも、私もティティス様には以前から興味がありましたよ」
「本当ですか!」
「ええ。8年前のテロベール地方の活躍、忘れたことはないのです。鮮やかでしたね。あれはどうするべきか、私も悩みました。どうされたのですか?」
 そこは知っておきたいところだった。軍人として。
「ああ、それも一緒にお話しましょう」
 ティティスはにっこり笑って、床に魔方陣を描いた。魔方陣を手で書いているところからして、そこまで強い魔法使いではなさそうだ。
 この魔方陣は何度か見たことがある。移動魔法だ。
「あ、これから一人呼び寄せます。かまいませんね?」
「ええ」
 魔法の形成が遅い。スペシャリストのコクマーとかを見ているせいか、それともわざとなのか、判断しにくいところだ。そのうち魔方陣は光を強め、一人の人影が現れる。
「……この、方は?」
 現れたのは細身の少女。金髪に真っ黒な瞳が印象的だった。ここらの地方にこのような外見を持つ人種はいないのだが。その少女は何も口を利かず、ティティスの隣にただ立っている。
「私があの戦争で勝てたのは、コレのおかげです」
「……これ?」
 人に対してそれはどうなのかとも思ったが、おごり高い貴族だし、と思った。
「で、お願いなのですが、私が軍人になった暁には、私に研究室を与えていただき、コレの存在を許していただきたいのです」
「わかりますが、それは他の将軍とも話して決めます。今、お返事はできません。それと、彼女はなんなのですか? 軍人にしろということですか?」
 とんでもない、と両手を振って、ティティスは否定する。
「コレを軍人にしていただくなど、他の兵の皆さんに申し訳ないです。……ヴァトリア将軍、コレはね、私が考えて製作した、兵器です。大量殺人兵器・キリングドールです」
「キリングドール?」
 殺人人形。ネツァーの頭の中に、いやな予感が掠めた。兵器と呼ばれる少年が仲間にいる。
「ええ。これ四体。それで8年前のテロベール要塞、落としました」
「何ですって!?」
 ネツァーは驚いた。こんな子供が、たった四人で、あの要塞を落としたなんて信じられなかったのだ。
「まぁ、このタイプではないものを使ったのですが……。その当時以上のものを作ろうとはしている最中で、今も研究しているんです」
 照れたように笑って、ティティスはネツァーを見た。その目が光ったように見えた。
「私は、貴女さまに憧れている、と言いました。私をぜひとも貴女さまの直属の部下にして頂きたいのです。私は、お役に立ちますよ……?」
「……ご期待に沿うよう、努力しましょう。私もティティス様がいらしてくださればと思いますわ」
 ネツァーも負けてはいない。自分の要求を通してみせる。
「しかし、私の直属部下となれば、あなたの研究内容と成果は私の管理下となりますよ。よろしですか? 彼女がなんであれ、あなたが何をなさっているか私は上官として知る義務がありますから」
「……私の、研究内容、ですか?」
「ええ。もちろん。嫌ですか? 当然のことと思うのですが……」
 ネツァーは意外そうに言った。これはネツァーじゃなくても皆が言う事だろう。部下がすることは上官の責任になるんだから。
 それに敵対している以上、勝手に自分に罪を擦り付けられかねない。
「この際ですから、申し上げましょうか。私は、自分の言う事を聞かない部下はいりません。もちろん、私の判断が間違っているような時は、別ですよ。私の元に就いて頂いたからには、いくらソロモン卿のご子息でも、私よりも年上でも、時別扱いも、敬うこともいたしません。よろしいですか?」
「もともと甘やかしていただこうと思って入隊するのではありませんから」
 にっこり笑って言うので、ネツァーもニッコリ笑って、部下を呼んだ。
「今日一日、何をしてきたか、すべて言いなさい」
「へ?」
「いいから。包み隠さずよ?」
「は、わかりました。ええっと、本日は午前四時に起床。それから身支度を整えまして、すぐに訓練場に赴き、約一時間半訓練を行いました」
「訓練の内容は?」
「はい、始めに剣の素振り50回。次に打ち合いを我が隊の者とそうですね……訓練が終る四十五分前ほどまで行いまして、最後は弓の訓練を行ったと記憶しております」
 これでいいか、と目線で問うので、続けてと頷いた。
「その後、軽く汗を流しまして、朝食を取り、八時から今までヴァトリア将軍の警護を行っております。……この位でよろしいでしょうか?」
「いいわ。と、まぁ半日ほどの予定を述べてもらったのですが、あなたさまにこの行動が毎日できますか? ティティス様?」
「……そうですね、稽古などはあまり得意ではないので、魔法使いなのですが、貴女さまの軍には魔法使いはいないのですか? 必要とお思いになられたことは?」
 ネツァーは笑った。
「魔法使いは必要に感じた事はありません。私が行うのは、戦争であって殺し合いではないのです。小細工は必要ありません。これだけ魔法が用いられているのに戦争で魔法使いは必要とされないか、お考えになったことはありますか?」
「……いえ」
「戦争は、いえ、戦場に魔法使いが立つことなんてありえませんもの」
「何故そうお考えに?」
「魔法使いがすぐに死んでしまうからですわ。便利な魔法を戦争に使った経験がないと思われますか? もちろん、あります。でも魔法使いは全て戦争においては無力です。戦争は魔法とはスケールがちがいます。全てを破壊しつくす、絶対的な残虐な力での争いです。魔法使いはそれに耐えられません。……賢者あたりなら別なのでしょうが」
 そう、戦場で魔法使いほど役に立たないものはない。魔法のスケールが小さいばかりでなく、使ったとしても味方の兵士を巻き込みかねない巨大魔法か小さな魔法しか使えない。
 呪いや個人的なことには、魔法は役に立つが戦争では役立たないものだ。しかも魔法使いの大半は貴族上がりだったり勉強しかしていないようなものばかりで基本的体力がないし、贅沢を言ったり、戦争のむごさに気を狂わすものもいる。
「……そうでしたね。浅慮なことを申しました。ですから、私が、いえ、私の魔法は魔法を利用した兵器の考案と開発です。必ずや、お力になれますよ!」
 熱弁されてもナー、と冷めた目つきでネツァーは笑った。
「期待しておきましょう」
「失礼します!」
 別の部下がノックをして入室する。
「どうしたの?」
「ティティス様のお付の方がそろそろお時間がきていると申されております」
「ああ、そんな時間だね」
 ティティスは朗らかに笑うと席を立った。ネツァーも一緒に席を立つ。
「この後何かご予定が? お忙しいんですね」
「いえ、父上に呼ばれているだけなのです。本当はもっと美しい貴女さまのお傍にいたかったのですが、本日はこれでお暇いたします」
 さっさと帰れ、この腐れボンボンが!
「わかりました。また近々お話しましょう、ティティス様。デアー、お送りして」
「は」
 最後まで握手を求められ、にこやかに頷きながら、ネツァーは顔の筋肉がそろそろヤバイと思い始めていた。笑うのって疲れるわぁ、ユナすごーい。
「はぁ」
 ティティスが帰った瞬間に姿勢を崩し、ため息を吐く。
「お疲れ様です、ヴァトリアさま」
「ありがとー」
 部下が持ってきてくれた熱い紅茶を味わう。
「帰った? もう帰った??」
 送りにやらせた部下が帰ってきたので問う。
「はい、もう馬車に乗ってますって」
「よかったー!」
 ソファに寝転がるネツァー。将軍がこんなこと、と思うかもしれないが部下は知っているのでもう何もいわない。よって会話もフレンドリーである。その方がネツァーも話しやすい。
「どうするんですか? あのボンの編入」
「あー、どうしよーかなー」
「自分は嫌っすよー。人間を兵器にしたって喜んでるようなモラルのかけらもない貴族! うぜー。しかもテロベールだって結局は自分は何もしてないわけですしー」
「あたしだってやぁよ? でもさー、あっちは政治が関係してるからねー、あたしだけじゃ決められないわよー。カトルとも相談しなきゃだし」
「でもヴァトリアさま、アイツうちに来たらヴァトリアさま大丈夫なんですか? さっきの短時間でさえこんなにお疲れなのに……」
「そー! 問題はそこ! カトルたちに迷惑かけない自身はあるけど、うっかり殺しちゃいそー」
「そう思います。なんかー、あたしになにさせてーんだ、コラって感じで殺してそう」
 部下の一人が言った瞬間にその部屋にいる全員が爆笑する。
「でも、あの熱愛コール、なんなんしょー? ヴァトリアさまにはホドクラーさまがいらっしゃるのに」
「意外とマジで惚れられてるんじゃないっすか?」
「マジか!」
「許せねー」
 好き勝手にいう部下を笑いながら眺めていたがそのことより気になっていたのは、あの兵器だ。
「案外、うちに入れるかもしれないわ。そしたらあんたたち、がんばってボロ出さないようにしてよ。向こうは陰険な魔法使い兼横暴貴族なんだから呪いであることないことしゃべらされるわよ」
「まじっすか? カンベンですー」
「そのときは自決する覚悟はあります」
「逆に疑われるんじゃねーの、ソレ」
「まじない除け普段からしらたどぉかね?」
「いける! それ、いいよ!!」
 先ほどとは打って変わった部屋の雰囲気にネツァーは一緒に笑った。