TINCTORA 015

052

 術式が始まったのはそれから三時間後。部屋の中央に四肢を暴れ出さないように拘束されたティフェレトが横たわっている。
 ケテルが回収してからティフェレト本来の意識が戻った事はない。これも魔法の後遺症みたいなものだ、とコクマーが言った。
 恐らく黄色い瞳がティフェレト本来の深い青色に戻るまでは暴れる獣のような精神状態のままだと。
 それではティフェレトの身体が休まる時が無く、何時傷が開くかわからない。ティフェレトの魔法の発動を止め、ティフェレトを通常の状態に戻す事が必要だった。
「じゃ、いくよ」
 ホドが確認もこめて、賢者を見、ケテルに頷いた。
「始めたまえ」
「シルフ!」
 ホドが虚空に向かって叫ぶと窓が無いこの部屋に風が吹き渡った。
「我、これより清めの儀式を行う。風は全ての魔が事を吹き飛ばし、ここに聖なる気を運べ!」
 人差し指と中指だけを伸ばした、刀印という形を左手に取って叫ぶ。ホドの指先から渦を巻くように風が発生し、部屋の空気ががらっと変わった。
「かの者を取り巻く邪悪なる気は滅するべし! 胎内に吹け、その身の穢れを祓うがいい!」
 ティフェレトの髪が揺れ、風が身体を撫でていく。
「完了」
 ホドはそう言って刀印を結んだまま、部屋の奥に下がった。絶えず風が部屋の中を吹いている。
「次は私ですね」
 ケセドはそういって腰のポーチから種を均等に部屋の周りに蒔いて行く。この部屋を種が取り囲んだところで胸から白い鍵を出し、静かに気を溜める。
『空間指定完了。これよりこの場の時間、空間軸はは私が支配します。オープン!!』
 ケセドが呟いた瞬間に種が弾けた。さっと青い魔法陣が広がって消える。
「完了です」
「マルクト、できるかい?」
 イェソドはマルクトに囁く。彼女は頷いて静かに緑の魔法陣が広がった。
「もう少し、空間隔絶が必要だ。ティティスに悟らせないようにするためには絶対結界が必要となる」
 ビナーが二人に言うとイェソドは言った。
「無理だ。思考がないんだから!」
 コクマーはビナーと視線を交わしあい、イェソドに提案した。
「発動の際だけ思考を返し、後は君に譲ったらマルクトは術を維持できないかね?」
「そんなこと……たぶん、大丈夫。やってみる」
 イェソドはマルクトの顎を軽く持ち上げ、その唇に触れた。二人の間に眩い黄色い光が行き交って、マルクトの浅葱色の瞳がゆっくり開いた。同時にイェソドの瞳が閉じられた。
「ティフェのためだからね、ボク頑張るよ!」
 少女から言葉が紡がれて、一瞬で緑色の光が球体となって広がる。
「このままこれを維持すればいーんだよね? じゃ、イェソドも頑張って」
 マルクトはそう言ってイェソドに笑いかけ、口づけを行う。口が離れた時、イェソドがマルクトの身体を抱き締めた。
「完壁だ。この結界を破ることは不可能だな」
 ビナーが感心して言った。
「では次はイェソド。頼む」
「うん」
 マルクトを一瞬離して、イェソドはティフェレトに歩み寄った。唸るティフェレトの顎を固定して、ケテルに視線を送る。
「じゃ、ティフェの魂を剥がすよ」
 イェソドはティフェレトの胸に手のひらを当てる。そしてそのまま胸を押した。イェソドの目が強く赤紫色に光り、手が紫色に鈍く光る。
 よく見れば手の皮膚の上を滑るように紫色の文字が流れていく。紫色の手はそのままティフェレトの胸の中に埋まっていった。
「ああ! あがああぁああ!!」
 ティフェレトが絶叫した。
「ごめん! ティフェ」
 イェソドが顔を歪めて、まるで痛みに耐えるように叫ぶと、そのままティフェレトの中で腕を動かした。動かすたびにティフェレトの絶叫が響く。黄色に爛々と光る目から涙が溢れた。
「行くよ!」
 イェソドが短く自分自身に叫んで、腕を引き抜いた。その手には普通の人間が目視できない何かが大切に握られていた。
 大切に大切にイェソドはそれを両手で包み込み、ビナーに見せる。
「どう?」
「やはり。刻まれているのは魂か。これは躯から先に書き換えるほうがいいな」
「こんなに魂を侵食されて、よく普通に暮らせたものだ。だからこその記憶……というわけか」
 コクマーも感心する。賢者は二人だけで納得したようだ。魂が抜かれたティフェレトは一気に死体のように静かになった。ただ半開きした目は未だに黄色いままだ。
「魂は人の根幹。だが人が唯一支配できる己。よって記憶が封じられれば刻まれた魂も沈黙する。だが、私にはわからないね。何故、部分的にティフェレトが魔力を用いた身体制御を行えたかが」
「我は理解した。それは恐らく躯に刻まれた魔法陣でどうにかなるシロモノだったのだろう。ティフェレトは魂によってこの凶悪なる魔法を、躯に身体能力の活性化の魔法を刻まれていた。凶悪なる魔法の呼び水が記憶の喚起。ティフェレトが過去に負った最も厭う出来事。そして制御は魂に」
「とすると……ティフェレトがこの魔法を起動するきっかけが彼が過去に最も厭う記憶だった、と。それを思い出させるためのキリングドールの攻撃。まんまとティティスの思い通りというわけか……」
 コクマーとビナーの呟きにケテルはギリっと歯軋りする。
「で、オレは? このまま魂をどうすればいい?」
 イェソドの問にビナーが答える。
「そのまま維持してくれ。先に躯の変換を行う」
「ケテル」
 コクマーの静かな呼声に、無言で頷いたケテルは二人に自分の手首を差し出した。
「好きなだけ取ってくれ」
「では、必要分だけを」
「ゲヴラー、準備は言いかね?」
「ああ。いつでも」
 ぱすっという小さな微かな音と共に白いケテルの手首に横一線の赤い筋が刻まれる。その後で溢れ出す血を受け皿にいっぱい溜める。
「これだけあればいい」
 ビナーの言葉にケテルは頷いて左手で手首をなぞる。すると傷は一瞬で失われていた。
「こんな形でしか、ティフェを助けられないなんて……」
 ケテルは静かに、だが悔しそうにそう言い、後の全てを賢者に任せた。
「ゲヴラー、恐らくはティフェレトの躯に刻まれている魔法は複数で、難解だ。魔法を一気にその身に受ける。だからといって拒絶するな。お前に移した魔法を元にティフェレトの魔法を再構築する」
「わかってる。俺が半分神の身体だからこそ、俺にしかできないんだろ?」
「そうだ」
 普通の人間に異常な魔法量を書かれているティフェレトの全ての魔法を本を書き写すかのように一気に全てゲヴラーの身体にそのまま書き込む。半分神だからこそ、魔法に耐えることができる。
 ゲヴラーの身体にも、ティフェレトの身体にもすべての魔法が終われば無事に済むよう、そして一番迅速な方法がこれだった。
 今回の魔法はとても大掛かりだ。まずホドには魔法の絶対的な条件となる場を作る役目を。ホドは風属性の限定魔法を使うことができる。風の力で魔法を行うに一番いい条件の場、気を用意するのがホドの役目。
 ケセドは時間の限定魔法を用いて、魔法の発動、書き換え、時間を短縮する役目を負っている。ケセドのおかげで通常なら一年はかかっていい魔法をたったの三日で済ませる。
 マルクトの役目はティティスの邪魔、及びこちらの状況が悟られないよう絶対結界の作成。イェソドの役目はティフェレトの魂、躯双方を書き換えるために、その二つが干渉し合うわないよう、また、ティフェレトが苦しまないように魂の管理を行わせる。ちなみにイェソドは基盤の操作以外にアストラル界に通じ、魂を自在に扱うこともできる。
 残るネツァーは三日間この術から離れられない皆のために現実へと戻った。特に戦時中の今、ネツァーがいなければ大変なことになる。
「では、術式を開始する」
 ビナーの声に全員が頷いた。

 ビナーの漆黒の杖が振られ、コクマーは己の腕をティフェレトに翳す。コクマーの手のからティフェレトの身体に解けるようにして、光る文字の羅列がゲヴラーの身体の中に消えていく。
「うっ!」
 顔をしかめたゲヴラーを目で制して、二人の賢者はどんどん魔法を写していく。
「これほどとは……」
 ビナーの言葉にコクマーは頷きつつも、顔をしかめた。
「なんと不愉快極まりない魔法だ。こんな魔法の構成、同じ魔法使いとしては許しがたいね。これを、いや、この構成方法で与えられた魔法が通常に通用すると考えているその考え方が不愉快だ」
 コクマーがそう言うくらいだから、本当に目茶苦茶な魔法なのだろう。
「黒煙の影、それとあれはそのまま転用しよう。あれは……」
 魔法を写す際にすべての魔法構築を理解したビナーとコクマーは新たな魔法構築を組み立てていく。その思考に使う時間は一瞬だ。コクマーも当然のようにその速度で思考を行う。判断力とその根源となる知識量にただ周りの人間は感嘆するばかりだ。
「等しき天秤、魂との同定も必要だ。書き加えが可能な魔法にするためには、この部分をテリーサーの魔法方程式を用いた方が無難ではないかね?」
「そうだな。おまえの言うとおりだ」
 では、そう言って二人の賢者が向かい合う。コクマーは自分が日常的に用いている杖を出した。貴族が持っているような歩行の補助となる杖だ。ビナーの魔法使い専用の杖とは外見も長さも全く異なる。その杖を構えた二人の賢者は息を吸い込んだ。
『eeee-A-eA—–』
 賢者である二人が本格的な魔法を行うのを彼らは初めて見た。この空間がすべて二人の魔力に満たされる。魔法の圧力による風圧で髪がなびいているのではなく、自身が放出する魔力によって髪や服が浮かび上がる。
 お互いの杖を主軸として構成される巨大な魔法に、全員が息を呑む。
 徐々に魔法が効力を発し、ゲヴラーとティフェレトの身体が薄く発光する。その魔法は本当にじんわりと行われ、魔法が完結するまでに約一日を要した。
 その間、誰も眠らず、誰もその場にただいた。ホド、ケセド、ゲヴラー、イェソド、マルクトの五人はそれぞれの役目が与えられているためにその役目以外のことができないのだった。
 ケテルのみがすることが無いのにずっとその場でつらそうに皆を見守っていた。
 ずっと長い間、続いていた魔法がやっと完結し、ゲヴラーから光が発しなくなる。
 ティフェレトの身体も光が収まり、ビナーとコクマーは杖を下ろした。ふぅっと溜息が漏れ、がくっとゲヴラーが力を抜いて座り込む。
「おわった、の?」
「躯は終わった。ゲヴラーはもう自由にしてよいぞ」
「つらいとは思うが、一気に行う。続いては魂だ。こちらの方が難解そうだ。しかも傷つけられないからな。慎重に行う。イェソド」
「わかってる。オレはどうすればいい?」
「魂は君にゆだねる。我々は魂をどうこうできはしないのでね。ただ、魂に接触する」
 コクマーの答えにイェソドが頷いた。
「ってことは結局オレがティフェの魂を保管するんだな」
「その通りだ」
「わかった」
 イェソドのもう一つの能力はアストラル界との接触。魂と肉体の中間にある霊気を象徴する名前から、イェソド本人は魂を自由に扱うことができるようだ。
 ただし、この力は、マルクトがイェソドに教えたものの一つらしく、本人は基本的にその場にある魂をどうこうする力しか持っていない。魂が離れる、つまり死後三日以降はイェソドも手出しできない。
 魂を抜かれたティフェレトの身体は黄色い目を半開きにしたまま死人のように動かない。
「なるほど……こうなっていたから、記憶が必要だったのか」
 ビナーが呟く。
「どうなってんだ? 治る?」
 イェソドが邪魔にならない程度に口を挟んだ。
「この魔法は魂に刻まれた言葉をティフェレト本人が口にすることで初めて発動するようだ。つまり最後の呪文、といったところか。記憶が無ければその言葉さえわからない。恐らく……ティティスはその言葉を知っていた。でも、それを言わせることができなかったのだろう」
「え? よくわかんないんだけど」
「簡単だよ。ただそのまま言葉を口にすれば良いのではなく、どうしてその言葉が最後の呪文となるか、それをティフェレト自身が理解する必要があったのだ。そうしなければ発動しない。彼の魂に深く深く傷を残した事象を表現する言葉こそが、最後の呪文ということかな」
 ケテルが悲痛な面持ちでティフェレトを見た。
「だからこその発狂ってことか」
「深くひどい傷を魂に刻むのはそうそうあることではない。ティフェレトはそれによって魂にその言葉を刻み、それによって最終的に魔法が発動した、といえる。この魔法は犠牲魔法に近い。犠牲にするモノが大きければ大きいほど魔法の効果は大きくなる。ティフェレトが過去に起こした事象はティフェレトの一番大切な何かを犠牲にし、自分の精神を破壊に追いやるほど自分の精神も捧げた。本人の意思に関係なく。だからこそ、発動した魔法であり、その犠牲が伴わなければ発動しない」
「じゃ、そのことがなければ……」
「ああ、そうだとも。ティティスの実験は失敗に終わっていたはずだ」
「不幸だったことに、前にこの状態になってしまった時にティティスがティフェレトを見ていた事だな。だからこそこの力を欲し、このような状態にまで陥った」
 ビナーが静かに言い、魔法を読み取っていく。
「その言葉を……変えることはできるか?」
 ケテルの問にビナーがコクマーを見た。
「不可能では、ない。が……これは魂に刻まれたもの。ティフェレト自身の傷は治らない。もし、言葉を変更するのならティフェレトの意思が必要となる」
 ケテルは黙り込んだ。そんなにつらい記憶をまた、再び蘇らせるようなことがあっても許されるのか。
「再び、ティフェの記憶を封じることはできないか?」
「魔法を発動しないように、ということか?」
 魂から読み解かれる魔法はビナーの周りで彼女に従うかのように漂っている。
「いや、そうじゃなくて、さ」
「ケテル、記憶はティフェレト本人のものだ。本人が望むか否かは別に、その権利を誰が奪える。我は賛同しない。少なくともティフェレトが望んで記憶を失ったのではないからな」
「それにケテル、彼は無理やり魂をいじられている。初期化と呼ばれた記憶の一時的削除行為も負担になっている以上、もう一回記憶をいじるのは推奨できることではないね」
 二人の賢者に同時に言われ、ケテルはうなだれた。
「大丈夫だ。記憶が戻ったからといって我々のことを忘れたりはしない。作為的に行われたことなのだから。それに思い出した瞬間に再びあの魔法が発動することもないように今、書き換えている」
「……そう」
 ティフェレトは作為的にその魂までいじられて、汚されて、傷ついて……それでも彼はまだ苦しまなくてはならない。自分の精神を破壊するほどの過去……。
「ケテル」
 ビナーが静かに魔法を行いつつ穏やかに言った。
「お前がしたことはティフェレトにとっての救いだった。そのことはこれからの彼の生きる糧となる」
「ビナー」
「さ、等しき天秤、解析はそろそろ終了といこうではないか」
「ああ。本格的な魂の書き換えを行おうぞ」
 二人の賢者の音律が響き始めた。魔法は第二段階へ。ティフェレトの魂に記された魔法を書き換える。
 ティフェレトが苦しまないように、これからその魔法を本人の意思とは関係なしに発動できないように。黄色い目に染まる事がないように。

 ケテル、ありがとう。
 ケテルはおれが悪くない、おれじゃないって言ってくれたけど……わかってたんだ。
 本当は全部おれのせいだって。
 おれは……決めたよ。
 おれは、おれに決着つけるよ。

 賢者による約三日間の魔法は終わった。最後、全ての魔法が終わり、ティフェレトの魂を身体に戻したら、黄色い目は彼本来の暗い青色に戻った。
 賢者達は成功したようだ。本当に安心した。
 二人の賢者はさすがに疲れたといって休み、ホドはしばしの休息のあとに戦争のために激務へ復帰した。
 ケセドもやりかけの仕事のために戻って、イェソドとマルクトは本来の二人の姿に戻るために二人きり。ゲヴラーもホドに手伝って、と言われていない。
 ケテルは一人、ティフェレトの寝顔を眺めている。いや、見つめている。
 腹の傷を治し、魔法の書き換えによる精神の安定のために深い眠りについたティフェレトと会話を交わしていない。
「また、悪い夢……見てないといいけど」
 さらりとした黒髪を撫でる。痕一つ残すことなく治してくれると言い切ったコクマー。記憶は戻っても忘れてはいないといってくれたビナー。
「声を聞きたいよ、ティフェ」
 君の本当の姿は? 思い出せなかった、発狂するほどの過去は? 教えて。僕と共有させてよ。
「僕は君に……僕をもっと知ってもらいたいよ」
 だから教えて。君のことも。
 撫でた頬に濡れた感触が起こった。視線を向ければ、流れているのは涙だった。
 眠る、苦痛などない顔をした寝顔に似合わぬ透明な涙が溢れていた。

 これは何年前の話なんだろう。その当時のおれに、時間感覚とか、年代とかそんな概念がなかったから、わからない。でも前だ。この国は隣国ダンチェート帝國との戦争をしていた。なかなか決着がつかなくて、国力は疲弊してた。
 クルセス軍を中心として立ち上がった第一エルス陸軍は雪上戦に不慣れで、要塞をいくつも持ってたダンチェートに手が出なかった。そんな状況に痺れを切らしたお偉いさんが、博士さまに言ったんだそうだ。
「強い、兵器があればいいな。」
 だから博士さまは作る計画をたてた。それこそが、事の発端。魔法使いとして優秀だった博士さまは魔法の活用に目を向け、魔法を巨大な規模で行い、尚且つ、強い人間の魔法使いがいたとしたならば、戦争なんか負けないだろう、と。子供のように単純に考えられた。
 プロジェクト・ドール。人形計画。
 諸外国から安く魔法体質の強い子供を買って魔法付けにして、まず改造された兵士を作ることから始まった。魔法使いの肉体的弱点を克服した存在から造り始めたのである。
 たくさんの魔法、たくさんの薬、たくさんの実験。
 行われる事は非倫理的、非人道的なことばかり。
 一番最初につれてこられた子供は全員死んだ。おれは確か四番目に連れてこられたグループにいたっけ。数を数えるってことを知らなかったから、わからないけれど、大きな部屋が10あっても足りない位の子供を買ったって聞いた。
 それなのに、最終的に残ったのはたった20人。おれはその最後の一人。
 残った20人には個体識別名が与えられた。初めてもらった、ううん。自分を認識する名前だって理解できた名前が数字だったなんていまなら笑える。
 イコサ。数字の20を表す言葉。おれを区別し他とわけるための呼び名。でも、結局度重なる実験のおかげで数はどんどん減っていったな。成果を期待できないって言われたから、経費削減のために個体数を半分にするって言われたときは悲しかった。
 二人で組め。簡単な命令。近くにいた仲のいいオクタ、8番を選んだ。
 次の命令は殺しあえ。生き残った方がこれからも生き残る。
 今考えたら当たり前だ。生き残んなかったら死ぬしかないのに。
 おれは、仲のいいオクタと殺し合いをした。
 初めてじゃない。今まで実験で仲間をたくさん殺してきた。でも、オクタは特に仲が良かったのに。オクタを姉のように慕っていたのに。でも、殺した。
 こうして仲間はたったの10人になった。それでも度重なる実験で、最後まで残ったのは4人だけ。
 テトラ、4の数字を持つ少女。魔法に侵された身体が表した異常は髪の色の変化。彼女の髪の毛は老人のように白髪。そして目は翠と青が混じったような澄んだ色をしていた。白色人種にしても白い肌は血管を透かして見せていた。
 ヘキサ、6の数字を与えられた少年。彼もまた、魔法によってその髪の色は真っ赤、茶色が赤色に近いことでなった赤ではない。明らかに不自然な深紅の髪だった。彼も大好きだった。お兄さんのように思っていた。瞳は透き通るような青。キリングドールの子供たちはみんな虹彩の色が薄くなっていたことを今更思い出す。
 ノナ、9の数字を背負った少女。長く真っ直ぐな黒髪を持っていた彼女は黄色人種であり、健康的な小麦色の肌をしていた。でも、彼女も魔法のせいで目が赤かった。
 最後がおれ、イコサ。20番。おれの外見は魔法に侵されたところは見られない。もとからこんな深い青色の目で黒髪だった。体質的におれが一番魔法耐性があって、身体的に魔力の影響を受けなかったから、おれの外見はみなと違って変わらなかったんだ。
 このころおれはまだ幼くて、子供と言っていい身体だった。この四人だけが魔法の実験に耐えた体を持ち、生存を許された。それぞれの特徴にあった訓練を毎日毎日やって、日々殺すことだけを学んだ。
 そんな日々に疑問の一つも持たなくて、たった四人の仲間と笑える一時だけが幸せで……それがおれの全てだったんだ。自分たちを支配しているのは計画の立案者であり、実行も行う責任者、ティティスさま。おれたちは博士さまって呼ばされていた。
 首につけられた首輪と呼ぶには大きめの鉄製の輪。この輪で、おれたちは博士さまに決して逆らわないよう魔法をかけられていた。博士さまの言う事を聞いていればよかった日々は、今思えばホドの出現によって終わった。
「お前らがグズグズしてるからだッ!!」
 そう言って蹴られたのはおれだけじゃない。みんな蹴られた。それに反発するでもなく、ただ与えられた実験と、訓練だけをこなしていた。
 博士さまは戦争を終結に至らせる事ができない第一軍を見かねた、第二軍の軍師と将軍の介入によって、いらついていたのだ。
 南からやってきた二人は第一軍を使って鮮やかに戦をよい風向きに変えた。一年かかってクルセスやソロモンができなかったことを簡単にしてのけた。ホドの才能といえるだろう。誰もが気づかなかった戦術を用いてホドは一気に戦争をエルス優勢に変えた。それを北がよく思わないのは当然だ。
 それに伴って怒るのはソロモン卿、博士さまの父親であり、兄上であり、博士さま本人だった。おれは知らなかったけれど、実験結果が上手くいかないとき、博士さまの怒りを一身にその身に受けていたのは、一番番号が若い、つまりリーダーを務めていたテトラだったと聞く。
 いまさら気づくなんて。彼女がどうやってその怒りを鎮めていたかも知らないで、おれは幼く、何も知らないことに甘えて日々をただ過ごしていた。
 おれは男だったから、その役目が回ってこなかっただけだ。ただの実験動物としか見られていなかったから、その役目を負わないですんだだけ。もし、博士さまの父親に見られていたらどうなっていたかわからない。
 ヘキサだって暴力的な実験をおれより多く受けた。おれがただ子供だったから、みんなかばってくれた。
 だから……おれだけが最後まで生き残った。言うなれば、おれがみんなを死に追いやったのかもしれないから。
 記憶をイコサから引き継いで、本当の願いを思い出して、おれは決意した。

 だから。

「今度はぼくがみんなを自由にするよ」