天上の巫女セルセラ 002

第1章 魔女に灰の祈りを

002.黒と白の神話

「ちょっと! いいんですか今のは?!」
 性別不詳の聖職者がセルセラに食って掛かる。
「仕方ないだろ。それとも僕に素直に奴に血をくれてやれと? 吸血鬼に血を吸われた者もまた吸血鬼になる。お宅が知らないわけはねえよな?」
 正確にはあの男は生来の吸血鬼族ではなく人間が呪われて吸血の性を得たらしいので、魔族の方の吸血鬼と同じように他者の血を吸って相手を同族にできるとは限らない。
 あの男にとって吸血がただの食事なのか配下を増やす行為なのか、何か別の意味を持つのかは不明だ。
「……そうですが、話も聞かずにいきなり殺しにかかるのはやりすぎでは?」
「あの程度じゃ死なないことはわかってる。追い払うには相当の力が必要だ。これ以上何を言えと?」
 質問に質問を返しまた質問で答えるやりとりを打ち切り、セルセラは二人を急かした。
「そろそろ試験が始まるぜ。僕もあんたらも、こんなところでのんびりしてる場合じゃないだろ?」
「そういえばそうだな」
 長身の美女が頷く。口調こそのほほんとしているが、山の頂の遺跡に向ける眼差しは険しい。
 時間的な余裕があるならともかく、今はそんな暇はない。あの吸血鬼を煮るにしろ焼くにしろ、決めるのは試験が終わってからだ。なお、報復を止めるという選択肢はない。
 二度もセルセラに爆破された男が諦めるならよし。そうでない場合は……その時考えればいいことだろう。
「サイヤードの試験ってのは年に何回もある訳ではないのだろう? 私はこの機会を逃したくない。早く行こう、タルテ。行かないなら私だけでも行く」
「わかりましたよ、ファラーシャ。先程の様子からして彼も死んではいないでしょうし、顛末を見届けるためにこの方の傍にいると言っても、結局目的地は一緒ですしね」
 聖職者が改めてセルセラの方へと向き直る。
「申し遅れました。私の名はタルティーブ・アルフ。フェニカ教の巡礼者です。どうぞタルテとお呼びください」
「巡礼? 魔獣退治をしながらか?」
「はい。訳を話すのは……また機会と時間がある時にしましょう」
 巡礼とは、宗教の信仰者が諸方の聖域や寺院等、宗教の聖地に参詣することだ。一口に巡礼と言っても、宗教上の義務や修行の一環である厳しい旅から、観光目的の旅行に近いものまで色々とある。
 魔獣が跋扈する現在の世界では、観光目的の巡礼を行う者はほぼいない。このタルティーブが星狩人の試験を受けに来た手練れであることを考えても、何等かの強い目的や誓願などがあるのだろう。
「私はファラーシャだ」
 長身の美女は姓を告げずに名前だけ名乗る。とはいえ一般庶民ならそれが普通だ。貴族階級でもない限り、苗字は滅多に名乗らない。
 セルセラもそれに合わせて今は名前だけを名乗る。
「僕は魔女のセルセラ様だ。――そんじゃ、挨拶も済んだところで試験に向かいますか」
「おう!」
 一期一会とは言うものの、すぐに別れるような相手に全てを教える必要などない。タルテはまたの機会と言うが、自分たちの間にそのような機会があるのかどうかはわからないのだ。

 ◆◆◆◆◆

 旅は道連れと言うほどの距離もなく、三人はすぐに遺跡へと辿り着いた。箒でふよふよ飛んできたセルセラはともかく、タルテもファラーシャも驚くほどの健脚だ。
 もっとも、本気でサイヤードを目指すならそうでなくてはならない。肉体的に弱い者が多い魔導士の中でもさらにひ弱なセルセラが例外なだけだ。
「よし、間に合った! おーい、ラウルフィカ!」
 試験会場の「竜骨遺跡」の前にたむろす集団の中から身内でありこの試験の主催者である協会長の姿を見つけ、セルセラは明るく声をかけた。
「なんだセルセラ、今頃着いたのか。どうして私より先に出発したお前が一番遅れてくる。もう試験を始めるところだったぞ」
 黒髪の美しい青年がセルセラの方を振り返り、呆れた顔で告げる。
「先程の爆発もどうせお前だろう。一体何をしてきた?」
 星狩人(サイヤード)と呼ばれる魔獣退治人たちの長。ラウルフィカ・ベラルーダの外見は黒髪に青い瞳の青年だ。
 二十歳前後にしか見えないこの青年が世界中に強い影響力を持ち、無辜の民たちの一条の希望となっている星辰退魔協会――通称・星狩人(サイヤード)協会の最高責任者だと、初めて目にする者は到底信じられないと言う。
 ただし、彼の実際の年齢は二十歳どころかその五十倍ほど。若いのは外見だけである。
「訳は後で話す。僕らで最後なら、さっさと始めてくれ」
「そうだな……そろそろーー」
「お待ちください、お義父様」
 頭から被ったヴェールで目元を隠した女性が、セルセラとラウルフィカのやりとりに当然のように口を挟んだ。
 彼女の名はヤムリカ。外見年齢詐欺のラウルフィカと違ってその姿通り二十歳の女性であり――ラウルフィカの養女である。
「最後の一人がまだのようです」
 彼女がそう言って顔を向けたのは、遺跡の入り口。
 そこからやってくる一人の青年。
 その顔を見た瞬間、セルセラは美少女面が台無しになるほど盛大に顔をしかめた。
「げ。結局追いかけてきやがったのかよあいつ」
「やはりあなたの先程の攻撃でも、仕留めきれなかったようですね」
 逆にタルテは吸血鬼の青年の無事な姿を見てひとまず安堵したようだった。セルセラへしようとしたことはともかく、あのまま死んでいたらそれはそれで寝覚めが悪い。
「よ、ようやく追いついた」
 芸術品のような美貌にそぐわぬ破れ煤けでボロボロの衣服。絹糸のような金髪と白魚の肌の一部が見事に黒い。
 そんな不死身の吸血鬼は、肉体よりもむしろ精神的な疲労が濃い声で言った。
「だから、待てと言うのに」
「だから、死ねと言うのに」
 打てば響くように暴言を返すセルセラ。
「初対面の人間にその態度はないだろう!」
「初対面の人間にあの態度こそねーよ」
 ここまで根性で追いかけてきた男は、ついにがっくりとその場に膝からくずおれた。
「……何を言っても、聞いてくれる気はないんだな……」
 言えば倍返しどころでないセルセラの態度に、少し泣きそうだ。
「いらっしゃい。あなたが最後ですよ」
「は?」
 そしてこちらはこちらで、セルセラとは違った意味でマイペースなヤムリカが勝手に青年を受験者扱いして話を進めている。
「ちょっと待て! 俺は――」
 何かを言おうとした吸血鬼は、しかしヤムリカの顔を見てハッとした。
「君は……十年前の……」
 ヤムリカはそれには答えず、ヴェールで隠れていない口元だけが優雅な弧を描いた。
 彼女はくるりと後ろを振り返ると、すでに遺跡前へ集合していた面々へ告げる。
「皆さま、ここに辿り着くまでご無事で何よりでした。それでは、これより星辰退魔協会における、辰骸器取得者選考試験を開始します」

 ◆◆◆◆◆

 竜骨遺跡に辿り着くのが最後となったセルセラたちは、休息もなしにいきなり試験を受けることになる。ラウルフィカ曰く、その辺りの調整も星狩人としての自己管理のうちだからだ。
「お義父様、お願いします」
「ああ。……私の名はラウルフィカ。星辰退魔協会の会長だ」
 ラウルフィカの名乗りを聞き、集った者たちのうち、初めて彼と顔を合わせる者たちがざわめく。彼らはいまだサイヤードの資格を持たない一般人。
 本日行われる試験は「辰骸器取得者選考試験」といい、協会で常日頃から行われている「星狩人認定試験」とは少し違う。
「すでに知っている者もいようが、私はこの外見通りの年齢ではない。……星辰退魔協会を取りまとめる一部の人間は、月神セーファ様の眷属としてこの世から魔獣を駆逐するために存在している」
「神々の眷属になると、不老になれるんですよ~。女神様の御許を離れるその時まで、若い姿のままで仕え続けるのです」
 ラウルフィカの説明に、ヤムリカがのんびりした声で補足の合いの手を入れた。
 不老不死と一言で言っても良いが、厳密には違うらしい。神の眷属も一応死にはする。肉体の損傷が一定を上回れば人と同じように命を落とす。ただし、神と契約している以上魂が残るため、主君である神々が望めば再び肉体を得て活動できる。
 そしてそんな不老不死の彼らには、役目があった。
「……我々星辰退魔協会の目的は、魔獣を倒し、人々をその被害から救うこと。そして」
 ラウルフィカは一度言葉を切り、会場に集った受験者一人一人の顔を見渡しながら告げる。

「魔獣を統べる王ーー魔王を倒し、この世界に『平和』を取り戻すことだ」

 会長の言葉を聞いていた受験者たちが、一様に顔つきを引き締める。

 ◆◆◆◆◆

 創造の女神の腕(かいな)に抱かれし世界、フローミア・フェーディアーダ。
 数千年前、女神の手により数々のフルム神族ーーすなわち彼女の子となる神々が生み出され、地上で人々や他の種族と共に暮らしていた。
 しかしある時、背徳の神グラスヴェリアが、人間である魔導士・辰砂と手を組んで神々に反旗を翻した。
 辰砂は創造の女神の名を奪って創造の力を我が物とし、天界最強の闘神・破壊神イリューシアと戦い、相討ちになったと言われている。
 そして神々との戦闘に敗北した背徳神グラスヴェリアは、常闇の牢獄に幽閉されることとなった。

 ――ここまでなら、よくある創世期の邪神と悪人の反逆物語に過ぎない。
 現在を生きる人々にとって問題なのは、この更に数千年後――現在から千年前に起きたもう一つの出来事。
 『黒い流星の神話』だ。

 今からちょうど千年前、常闇の牢獄に幽閉されていた背徳神グラスヴェリアは、自ら暴走状態を引き起こして牢獄を破壊して脱し、再び神々と、そして世界に牙を剥いた。
 かつて神々に反逆した創造の魔術師・辰砂は、今度は正気を失った背徳神を止める側に回った。
 創造の女神の名を奪ったために自ら何度も転生して蘇ることのできる辰砂だったが、暴走し世界を滅ぼそうとする背徳神を止めるためにその手段を捨てて命を懸ける。
 辰砂は自身の魂と背徳神の魂を呪いで繋ぎ、自らの魂を砕くことで背徳神の魂をも千々に引き裂いた。
 無数の破片となった一人と一柱の魂は、白と黒の星となって地上に降り注ぐ。
 降り注いだ背徳神の魂の欠片は地上の存在を生物・無機物問わず変質させ狂暴化させた。
 それが、後に魔獣と呼ばれる存在の始まりである。
 世界を滅ぼそうとした背徳神の憎悪そのものである魂の欠片を宿した魔獣は、人を始めとする様々な種族を襲い、無慈悲に命を奪おうとする。

 この魔獣に対抗するために、ラウルフィカたち『月神の眷属』は、世界各地の手練れを集め星辰退魔協会――通称・星狩人(サイヤード)協会を作り出したのだ。

 ◆◆◆◆◆

 誰もが知っている二つの神話を、淡々とラウルフィカは語る。あくまで事実として起きたことのみを口にし、余計な感情は挟まない。
 しかしセルセラは知っている。この出来事が彼らにとってどんな意味を持つのか。
 そもそも創世期の神話はともかく、二つ目の神話である『黒い流星の神話』が何故明確に千年前の出来事だと断言できるのか?
 それだけの時間が流れれば記録そのものやその正確性、文化の変質から過去の記録を読み解ける者の存在が失われて、正確な時期が後世の人間にわからなくなってもおかしくはないのに。
 その理由は――彼らがその光景を、当時その目で見たからだ。
 ラウルフィカや、セルセラの育て親兼師匠の紅焔たちは、『黒い流星の神話』の生き証人である。
 彼らは千年前、辰砂が呪詛によって自らごと背徳神の魂を砕く一部始終を最も近くで見ていた。見ていることしかできなかった。
 だからこそ、辰砂と背徳神にまつわる問題をなんとかするために、星狩人協会を作った。
 紅焔の弟子であるセルセラは、寝物語にいつも彼らと創造の魔術師の関係を聞かされて育った。
 ラウルフィカや紅焔たちにとって、辰砂の存在は――。
 束の間の感傷に浸りそうになるセルセラの意識を、ラウルフィカの声が引き戻す。

「我々は今回の試験で、新たに辰骸器(アスラハ)の使い手となる者たちを選定する」

 初めは本能により力任せの襲撃を繰り返す烏合の衆であった魔獣たちは、地上の生き物たちが結託して彼らへの対抗力をつけ始めたことにより、自分たちもまた徒党を組んで他の生き物と戦うことを覚えた。
 やがて魔獣たちの中から同胞よりも特別に強い個体が生まれ、自らより力の劣る魔獣たちを支配して数多の種族の国々を襲撃し始めた。
 数多の魔獣の中でも特に強力な個体、より強く背徳神の力を受け継いだ存在を魔獣の王ーー『魔王』と呼ぶ。

 強大な力で配下の魔獣を従え人や人以外の種族を蹂躙する魔王。
 魔王を倒さねば、地上の生き物たちに未来はない。
 しかし、徒党を組むことを覚え始めた魔獣に人やその他の種族が対抗するためには、もういくつかの手段が必要であった。
 星狩人協会は、その手段の一つとして、「辰骸器(アスラハ)」と呼ばれる魔導を介した武具を作り上げた。
「あすらは?」
 最後に会場に訪れ、成り行きで試験に交ぜられた吸血鬼の青年がきょとんとした顔になる。
 どうやら今年は彼以外にも十分な知識を持たないまま試験に参加している者が何人かいるらしく、セルセラは雑に口をはさむ。
「辰骸器(アスラハ)ーーまたは辰骸環と呼ぶこともあるな。このアスラハってのは、今日の試験会場となっているここ、竜骨遺跡でしか採れない材料を使って作られる特別製の退魔武器で、協会の切り札だ」
 古き神々の遺産と呼ばれる「神器」を模して造られたという辰骸器(アスラハ)。
 背徳神の魂の欠片を得て変質し、恐るべき殺傷能力を得た魔獣に対抗するために、人類が開発した特別な武具である。
 アスラハの元となった神器は強大な力を秘めてはいるが、武器が自ら使い手を選び、相性の悪い人間には使いこなせないという大きな欠陥があった。
 協会は神器を分析してその性質を模倣し、性能が一段落ちる代わりにより多くの人間が使えるように改造した。それが辰骸器である。
 神器に比べれば汎用性が高まったとはいえ、限られた材料とその武器を扱いこなせるだけの人材を必要とする貴重品であり、使い手を厳選する必要がある。
 更に、辰骸器の材料となる鉱石は竜骨遺跡の奥深くに眠っていて、採取に非常に手間がかかるそうだ。
 星狩人協会は一石二鳥の案として、辰骸器を求める者たちに自らその材料を取ってこさせ、成功したら星狩人(サイヤード)に認定するという方式の試験を年に一度開催している。
「えーと、つまり」
 ここまで大人しく話を聞いていて、自分なりに説明を理解したらしきファラーシャが口を開いた。
「この試験に受かれば、そのアスラハって武器ももらえるし、サイヤードの資格ももらえる。とってもお得ってことなんだろ!」
「……まぁ、そういうことになるな」
 黙って立っていれば絶世の美女としか言いようのない長身の少女の無邪気にして正直な台詞に、セルセラは若干思うところはあるものの頷く。
「ちなみに、基本は辰骸器取得者選考試験であるために、参加者がすでに星狩人の資格を持っているかどうかは問わないのがこの試験の特徴だ。僕みたいにすでにサイヤードとして活動してる奴も普通に混じってるから、初参加の奴は他人の実力をあまり気にし過ぎないように」
「そういえば先輩だったな」
 遺跡に来る前に話していたことを思い出し、ファラーシャはうんうんと頷く。
「――そこの二人の言った通り、今回は辰骸器の使い手を選び、試験の合格者にはそのまま星狩人として第一線で活躍してもらうための特別な試験だ」
 セルセラとファラーシャの雑なやりとりをまとめ、ラウルフィカが最後に健闘を祈る言葉を添えて、試験の趣旨説明を締めくくった。
「辰骸器の使い手は魔王討伐をはじめとする危険な任務に積極的に送られることになるが、その分様々な見返りがある。軽い気持ちで越えられる試験ではないが、仮にこの試験に落ちても星狩人になること自体は可能なので、諸君らも己の実力を知り今後の活躍に活かすためにぜひ頑張ってほしい。以上だ」
「それでは、試験内容の説明に移りますね」
 ラウルフィカの後を引き継いだヤムリカは、遺跡の方に手を伸ばしながら、まるで子どもにお遣い内容を告げるかのように言う。
「辰骸器の材料となる鉱石がこの竜骨遺跡の一番奥の部屋にありますので、そこから両手に一杯分くらいの鉱石を採ってきてください。以上です」
 先ほどとは別の意味で受験者たちがざわめく。先頭にいる者たちはおずおずとヤムリカやラウルフィカの方を見て尋ねかけた。
「それだけ……なのか?」
「はい、それだけです」
 協会にとって特別な試験だと言う割にざっくりとした内容説明に、初参加の受験者たちが少しばかり不安になるのも無理はない。
「……この遺跡は、あの創造の魔術師・辰砂が残したものの一つだ」
 義娘のいつも通りおっとりとした話し方に内心溜息を吐きながら、ラウルフィカが横から補足する。
「元は神器を祀っていた神殿であり、盗掘者向けの罠があちこちに仕掛けられていて、遺跡の最奥に辿り着くのはそれだけで難関となっている。諸君らにはこの遺跡の数々の罠、あるいは守護者の出す試練を越えて辰骸器の材料を確保してきてほしい。自ら選んだ鉱石が、辰骸器を作るのに最も相性が良いからな」
 特殊な材料を、その「資格」のある者が発掘することで竜骨遺跡の鉱物は辰骸器として加工される。
 複製元の神器程ではないが、辰骸器にも多少の相性は関係あるのだ。極まれに辰骸器が使えない人間と言うのも存在するらしい。
 そこまで聞いて、受験者たちはようやく納得の様子を見せた。
「一応命の危険だけはないよう、我々は外で諸君らの行動を魔導により監視している。ここでの振る舞い如何によって、その実力にふさわしい位の星狩人(サイヤード)の資格が与えられる。合格人数に制限はなく、実力と共に人格も当然考慮して資格を与えられるので、場合によっては周囲の受験者たちと協力して試験に臨んでくれ」
 星狩人としての強さは、ただ魔獣を倒すだけではない。周囲との協力や連携も評価される。
「制限時間は?」
「ない。とはいえ、この遺跡自体は罠や試練の存在を考慮しなければ半日もあれば回り切れる小さなものだ。試練に敗北さえしなければ中で遭難して死ぬことはなかろうよ。どんなに時間がかかっても、二日もあれば遺跡から出てくることは可能だ」
「中で一つの試練に敗北しても即失格とはなりません。危険な時は罠を避け遠回りでも目的地に着くのがサイヤードの実力ですから。あれこれ工夫して鉱石確保の目的を果たすよう頑張ってくださいね」
 そうして二人は最後に、セルセラの方を見て締めくくる。
「まぁ、今年の受験者に関して言えば、中でわからないことがあればセルセラに聞けばよかろう」
「なんだよ、結局僕任せかよ」
「言わんでもお前は仕切るだろ」
 すでに彼女と面識のあるサイヤード以外の受験者が、その言葉に不思議そうな表情でこの口の悪い少女を見つめた。
 協会長の身内らしき、見るからに魔導士の格好をした美少女。外見からだけでは、彼女がどれ程恐ろしい人間かは計れない。
 その中で一人、槍使いの巡礼タルテだけが、セルセラを見て何かに気づいたかのような表情を浮かべた。
「……あなたは、もしや」
 当人と直接面識がなく彼女の姿形を知らぬ者こそ多いが、セルセラはある意味とても有名だ。まともな生活をしていれば噂は嫌でも耳に入ってくるだろう。
 彼らはセルセラ本人と出会って知るのだ。その数々の突拍子もない噂は、決して比喩でも誇張でもないということを。

「それでは、これより辰骸器取得者選考試験を開始する」

 ラウルフィカが試験の開始を告げた。
 この一言が、その後の世界の命運を分けるものだとも考えずに。