011.七つの試練

 一行が頭を低くして暗く狭い隠し通路をしばらく歩くと、唐突に終わりは訪れた。
 抜け出てから振り返ると、通路を塞いでいた扉の外側は完全に周囲の壁と同化していた。
 こちら側からもう一度隠し通路に入ることは出来ないようだ。
 再び書斎に戻るためには別の通路か、この扉を開く仕掛けを見つける必要があるのだろう。
「ここは……」
 辺りを見回すと、すぐそこに赤い人魚の像が門番のように立つ扉があった。
 魔導の立体図と現在地を照らし合わせて、セルセラはその場所こそが辰砂がこの遺跡内に用意した試練の間だと確信する。
「つまりさっきの通路は、ここで挑戦者を待ち構えるための辰砂本人の専用通路(ショートカット)だったんだろうな」
「辰砂ってすごい魔導士なんだろう? 一瞬で移動する魔法とか使わないのか?」
「単に手間の問題でな、足元を流れてる川から魔導で盃に水を注ぐことは確かにできるが、水を飲みたいだけならその場で手で掬った方が早い。この距離ならいちいち魔導を使うより隠し通路を作った方が楽だったんじゃないか?」
「創造の魔術師も人の子ですね……」
 本来遺跡に入り込んだ者たちが通るべきルートから外れた道を進んできた自覚のあるセルセラたちは、細かいことは気にせずさっそく赤い人魚の像に見守られながらその部屋へと入る。
 辰砂の作った遺跡の多くは、“神器”の保管目的で存在していると言う。
 遺跡に設置された数々の罠を超えてきた挑戦者たちを待ち受ける最後の試練。ここを超えないと、挑戦者たちは神器ーー神々の遺産と呼ばれる魔導器を手に入れることはできない。
 この竜骨遺跡に関しては今では神器の安置場所ではなく星狩人協会が辰骸器を製造するための鉱石を採掘する場所となっているが、挑戦者が試練を超えねばならないのは変わっていない。
 最後の一人が部屋に入った瞬間、突然暗かった室内に明かりが灯った。
「!」
 レイルとタルテが咄嗟にそれぞれの武器に手をかけ、セルセラは短呪と呼ばれる省略呪文を唱えて全員の防御力を引き上げる。
「設置魔導だ。あらかじめここに誰かが来たら反応するよう遺跡全体に仕掛けられてるものの一種」
「ふーん。便利だな」
「実際便利に使われてるよ。設置魔導の使用目的で一番多いのはこうした照明だ。術者の能力に応じて手間は変わるが」
 セルセラの説明を聞きながら、先頭のファラーシャは恐れる様子もなく、更に一歩前へと踏み出した。
 ――その部屋は白く、そして広かった。
 そもそも、一歩入った瞬間、そこは部屋ではなくなった。
 見渡す限り白い地平線、頭上にも天井はなく白い空が広がっている。足元は土と石の中間のような不思議な感触の大理石のような白い床。
 まるでここだけ別の世界に放り出されてしまったかのようだ。
「……俺たちは、遺跡の中の一室に入ったはずだが」
「あの部屋自体がまるごと一つの結界になっているんだろうな」
「そして背後にはもう出口がありません」
 タルテの言葉にレイルやファラダが驚いて振り返ると、確かに彼らが入ってきたはずの扉が消えている。
「つまり、ここで何かをしないと僕たちは先にも後にも進めない訳だ。――早速お出ましのようだぜ」
 一行から少し離れた床に、突如として巨大な魔法陣が淡い水色の光によって描かれる。透明な巨人が絵筆を滑らせるように水色の光は円を描きその中に古き言葉と呼ばれる文字で呪文を綴る。
 そして完成した魔法陣の中からは、一つの影が現れた。
「戦えってことか?」
 ファラーシャがあまり警戒する様子もなく言った。
 魔法陣から現れたのは、古めかしい鎧兜を身に着けた一人の剣士だった。
「少なくとも向こうはやる気のようです」
 ルールの説明をしてくれる様子はないが、さすがに向こうが斬りかかってくるなら応戦せざるを得ない。
 剣士は一行に向かって歩きながら剣を引き抜き、明らかな臨戦態勢に入る。
 タルテが槍を向けようと動きかけたところを、進み出たレイルが制した。
「俺が行く。相手の得物は剣だ。俺が様子を見よう」
「レイル」
「こう言ってるけど。どうするんだセルセラ?」
 ファラーシャに尋ねられ、セルセラはさくっと適当に方針を固めた。
「試練の性質がわからないから、同じ武器でやり合うのも一つの方法ではあるな。とりあえず様子見がてら行け、レイル」
「わかった」
 セルセラは更にレイル以外の者に告げる。
「今のところそんな感じはしないが、もし敵がヤバかったらこいつを囮にして逃げるぞ」
「?!」
 あっさり見捨てられたレイルは戦う前から疲れた悲しそうな様子で、とにもかくにも鎧兜の剣士に向き合った。

 ◆◆◆◆◆

 決着はあっさりと着いた。
 巨大な竜をも一撃で屠るレイルからすれば、その剣士の動きは様子を見ると言うほどの腕でもなく、少し左右に剣を振らせただけであっさりと背後を取り首筋に剣を突き付ける。
「殺す気は元よりない」
 レイルはそう言うが、相手は生物ではなく魔導で用意された人形のような存在だったのか、急所に刃を突き付けられた瞬間、塵となって消え始めた。
「敗北だと判定された訳か」
「判定?」
 セルセラの呟きに首をかしげるファラーシャに、タルテが説明する。
「辰砂はここをそれほど危険な遺跡として設定した訳ではないということですね。命がけのやり取りになる前に、勝負が着いたら消え去るように定められていた、と」
 鎧を着た剣士の中身は何者なのかわからない。魔獣ならともかく人間が相手なら心情的に殺すことができない者の方が多いだろう。
 もしも遺跡を作った者が本当に望むなら、相手を確実に殺さなければ勝利と判定されないようにあらかじめ決めることもできたはずだ。
 だが辰砂はそれをしなかった。神器を求めて訪れた者に辰砂が望むのは、全てを殺せるような強さだけではないということだろう。
「ただ、この一戦じゃ終わらないみたいだな」
「どうする? 次も俺が行くか?」
 再び床に魔法陣が描かれ、今度は槍を持ち盾を構えた騎士が登場する。
 剣士と同じように鎧兜を身に着けていて顔も見えなければ何も喋らない。同じような存在だと予想される。
「私が行きましょう。今度の相手の武器は私と同じです」
「そうだな。行ってこい、タルテ」
 レイルと交替してタルテが槍の騎士の相手をしに向かう。
 先程のレイルと同じように、タルテにもまったく焦りはなかった。レイルもファラーシャも心配する様子はなく、ファラダ一人だけがハラハラとしている。
 この試練が易しいのか。それともレイルたちが強すぎるのか。
 とりあえずあまり心配する必要はなさそうだ。それより、とセルセラは自分の思考に走る。
(この部屋、“天頂(ゼニス)”……神殿に雰囲気が似てる)
 真っ白で何もない空間。白い地平線と白い天空。
 その雰囲気が、セルセラの知っているとある場所に似ているのだ。
(創造の魔術師・辰砂もあの場所を知っていたんだろうか……まぁ、知っててもおかしくないな)
「終わりましたよ」
 セルセラの思考を遮るようにタルテの声が決着を告げる。
「次の武器は弓のようですね。飛び道具ですが、どうしますか?」
「んじゃ、そろそろ僕が行くか」
「あ」
 ファラーシャが一瞬何か言いたげな声を出したのが気にかかったが、そう深刻な響きでもなかったのでセルセラは気にせずとっとと前に出て射手と対峙した。
 先程の剣士や槍の騎士と同じように鎧兜を身に着けている。本来は後衛であるはずの射手が鎧を着ているのならかなりの剛腕だが、単に彼らを作った人間のデザイン上の手抜きに見えなくもない。
 セルセラは自分からは攻撃を放たず、射手が乱れ撃った矢を結界により全て相手に跳ね返すことで決着をつけた。
「……強いな」
 セルセラの戦いを見守っていたレイルが呟く。
「そうですね」
 タルテが頷く。レイルやタルテのように武器を持って戦う人間の強さと違ってわかりにくいが、セルセラはとても優秀な魔導士だ。
「か弱い少女であることは間違いないだろうが……魔導士として自分の身を守れる強さを持っていることは安心する」
「……あなたがそれを喜ぶのですか? レイル。セルセラが弱い方が、彼女の血が欲しいあなたにとっては手間がないでしょうに」
 レイルは自らにかけられた不老不死の呪いを解くために、セルセラの血を欲していた。
 しかしセルセラが強ければ、その目的は達成できない。
 山での邂逅はお互いに本気という様子でもなかったのであれでどちらの実力が上とは言いづらいが、少なくともレイルにはセルセラを簡単に殺すことはできないだろう。
「それでいいんだ。俺は誰かを無用に傷つけたい訳じゃない」
 セルセラがレイルより明らかに弱ければ、タルテたちが救出に入るまでもなく、レイルは彼女の血を吸って全てが終わっていたのだろうか?
 けれど、それは目的こそ達成できても、レイル本人の望む生き方から外れる。
「だから、これで良かったんだろう。……俺は、セルセラが自分の意志で呪いを解いてくれるよう、説得を続ける」
「先程も思いましたが、バカ正直ですね、あなた」
 遺跡内で行動を共にするうちに、タルテはレイルを見直し始めていた。……正直、最初は変質者だとしか思えなかったのだが。
「俺が卑怯だったらどうするつもりだったんだ?」
「もちろん、人に危害を加える前に殺します」
「……とりあえず今は、安心しておくことにする」
 人に危害を加えることなど考えたこともないレイルだが、タルテの笑顔の気迫の前にたじろぐ。
「はい、次」
 二人がそうこう言っているうちに射手を塵にしたセルセラが戻ってくる。魔法陣の位置は一定らしいので、いちいち移動しないと次の戦闘の邪魔になるのだ。
「あ、あの」
 三つ編みをくるりとなびかせながら戻ってきたセルセラを見つめ、それまで黙ってはらはらしながら戦況を見守るばかりだったファラダがおずおずと口を開く。
「次の相手は……俺が、戦い、ます」

 ◆◆◆◆◆

「ここまでずっと……あんたたちに助けられてばかりだったから。俺も、戦わなければ、そうでなければご主人様に顔向けできないって……!」
「あー、はいはい。ま、いいんじゃねぇの? 別に」
 なぁ、とセルセラはタルテやレイル、ファラーシャに確認を取る。
「私は構わないぞ」
 三人が出たのでそろそろ自分の番かと身構えていたファラーシャはまたも肩透かしを食らったが、別に構わないと、四番手をファラダに譲った。
「……彼は本当に大丈夫なのか?」
「少なくとも死にはしないだろ。その気になれば僕もお前らも、ここからでさえいくらだって手出しできるしな」
 ファラダが危険に晒されたら即座に割って入れるだろうレイル、タルテ、ファラーシャ。大怪我を負っても癒やすことのできるセルセラがいる。
 大した事態にはならないだろうと、セルセラはあっさりとファラダの申し出を聞き入れた。
「うぉおおおお!」
 四番目の相手は獅子だった。これまでのような人型ではないため鎧なども身に着けていない、本当にただの猛獣。それだけに危険な度合いははっきりとわかる。
 けれどファラダは怯まなかった。彼自身も獣のような咆哮を上げて獅子に掴みかかる。
「これは……」
「何というか……」
「随分と……」
「野性的だな!」
 ファラーシャが楽し気に断言する。
 ファラダの戦い方は、戦法も戦術もあったものではなかった。
 見るからに俊敏そうな獅子に全身で組み付き、相手の爪や牙に傷つけられぬようがっちりと抑え込み、その肩口に思い切り噛みつく。
 素手だからと言って格闘家ですらなかった。これではまるでファラダ自身も獰猛なけだものだ。
 人間の歯は人体の中で最も頑丈な部分と言われている。それでも、生きた獣の皮膚を噛みちぎるのは至難の業だ。
 切れ味鋭い刃物で動物の皮を切るのでさえ難しいのに、歯でそれをやろうとするのは……。
 しかし、彼は、成し遂げた。
「ガァアアアアア!」
 首から血を噴き上げた獅子が悶え苦しみ、やがて動かなくなる。
 血に塗れぜぇはぁと息を吐くファラダの横で、ついに獣は塵となって崩れ落ちた。
「お疲れ」
「やったな、ファラダ」
 戻ってきたファラダをセルセラとファラーシャは普通に出迎え、タルテは水筒の水で濡らした布を渡してやった。
「これを」
「あ……ありがとう」
 レイルは何と言っていいのかわからない複雑な表情でそれを見つめている。
「あんまり気にするなよ」
 セルセラが珍しく自分からレイルに声をかける。
「しかし……」
「戦い方が人間離れしてるってことは、その通り人間じゃない可能性があるってことだ。異種族なら僕ら人間の常識と違っても当然だろ?」
「ああ……そういうことか。そうか。そう言われてみると……」
 フローミア・フェーディアーダには、人間に見えるが人間ではない種族が五万といる。
 魔族、幻獣、妖精族。それ以外の種族も。
 レイルは吸血鬼と呼ばれることもあるが、呪いによって後天的に吸血の特性を得ただけなので本来の吸血鬼族とは別物だ。その場合は基本的に呪われた人間扱いで分類して……と、とかく種族問題はややこしい。
「改めて自分の視野の狭さを思い知るな」
「各種族の生活地域ってのがあるからな。希少な種族が少ない土地で生まれ育てば知識が偏るのは仕方がない」
「そうか……」
 雑談中にも次の魔法陣が描き終わる。今度は傍目には特徴のよくわからない戦士らしき人影が現れた。
 鎧が全身鎧から急所だけを覆う型になっているので、黒い肌の色が明らかになったくらいだ。
「さて、残りの相手はどうしようか」
「もういちいち交替するのも面倒だ。残りは私が片付ける。いいだろ?」
「じゃ、頼んだぜファラーシャ」
 これまで出番のなかったファラーシャが、後は全て引き受けると言って魔法陣へと歩み寄る。
「そういえば彼女も、自分は人間ではないようなことを言っていたな」
「竜と戦った時の身体の頑丈さを見るに、どうやら特殊民族のようだ」
 惜しげもなく肌を晒す衣装。芸術的な均衡によって作られた美しい肉体。肩出しへそ出しの露出度の高い衣装は一見戦士と言うより踊り子に近い姿に見えるが、ファラーシャの戦闘能力が高いのはこれまでで十分わかっている。
 五番手に当たる軽鎧の人影の、首の骨を蹴り折ってあっさりと下す。
 敵が人間どころか自然な生命でもない魔導人形だとわかっているからか、命を奪う動きには容赦の欠片もない。
「早く次の奴出て来いよー。それともこれで終わりか?」
 すでに五戦だ。剣士、槍の騎士、射手、獅子、黒い肌の男。あと何人倒せば終わるのだろう。
「この戦い自体が永遠に続く罠……ということはありませんよね」
「まだその判断を下すには早いな。こっちの体力には余裕があるし、もう少し戦ってこの部屋の法則を探すぞ」
 終わる気配のない戦闘にタルテが警戒を見せるが、セルセラはこれまで戦った相手に何らかの法則性があるような気がして密かに頭を悩ませていた。
(剣士、槍の騎士、射手、獅子……なんだ? この順番、僕はどこかで知ってるぞ。なんだったっけこれ……)
 次の魔法陣が描き終わり、次の相手の影が二つ現れる。
「二匹?」
「ファラーシャ!」
 タルテが警告をとばす。魔法陣から浮き上がった影は一気に上空へと昇り、再び今度は魔法陣の目前にいたファラーシャ目掛けて飛び込むように落ちてくる。
「竜?!」
「二匹もいるぞ!」
 ファラダとレイルが叫ぶが、ファラーシャは動かない。
「さっきの奴に比べていきなり難易度が上がったな」
「感心してる場合か、こうなったら俺も――」
「待てよレイル」
 一対二ではファラーシャが不利だと飛び出そうとするレイルをセルセラが引き留める。
「大丈夫ですよ」
「タルテ、お前まで」
「ファラーシャは全く動じていません」
 タルテの言う通りだった。
 今回魔法陣から現れたのは、遺跡に入った直後、星狩人(サイヤード)志望者一同を襲ってレイルに倒された竜と同じくらいの大きさの竜が二匹。
 しかし、ただ大きいだけの爬虫類では、特殊民族の敵ではない。
「まぁ、竜と言ってもこんなものだよな」
 鋭い牙の噛みつけを、以前と同じように腕一本でファラーシャは受け止める。
 ファラーシャの腕を噛み切れなかった一匹は、顎の下から頭部を砕かれる。作り物ながら濃厚な血臭が広がり、巨大な竜があっさりと絶命した。
 それを見たもう一匹は、ひとまずファラーシャから距離を取るように上空へと飛び上がった。
「手を貸そうか?」
「必要ない。空中戦は私の本領だ」
 セルセラの申し出を断り、竜を追うように軽く飛び上がったファラーシャは宙で一度手足を伸ばした。

 その背に淡い光が生まれると、次の瞬間には青く輝く蝶の翅となる――。

 同時に、ファラーシャの手元で生まれた光は、一瞬にして優美な曲線を描き花の紋様が刻まれた弓となった。
「あれは!」
 目を瞠るセルセラやタルテたちの前で、ファラーシャは花紋様の弓を引く。
 放たれた矢は光となって竜の眉間を撃ち抜き、一撃で地に落とす。
 どすん、と大きな振動と共に落ちた竜の死体がもう一匹の死体の上に重なると、二匹は揃って塵となり始めた。
(さっきの「あ」は自分も弓使いだと言いたかったんだろうな……)
「さーて、これで終わりか?」
 蝶の翅を背に広げ、宙に浮かんだままファラーシャは、淡い光を放つ次の魔法陣を眺めた。

 ◆◆◆◆◆

「あれは“光翅の民(ハシャラート)”だな」
「聞いたことがないですね」
「ヤムリカの“先視の民(タンジーム)”みたいに有名じゃないからな。でも“光翅の民”は……」
 セルセラが言いかけたところで、ファラーシャが不思議そうにセルセラに問う。
「なあなあ、次の相手が出てこないぞ?」
「魔法陣の発動に時間がかかっているようだな。つまりこの次の敵は、さっきの竜なんかよりよっぽど複雑な計算と術式が必要になるってことだろう」
「そういうものなのか?」
 敵が現れなければ、この場で彼女たちにできることは何もなかった。入ってきたはずの扉さえ消えてしまった空間なのだ。脱出のための手がかりを探すより次の敵を待つ方が早い。
「少し待てよ。どうせすぐに次が現れるはずだ」
「うん」
 複雑な計算が必要になるということは、次の術式で現れる敵は余程の大物のはずだ。試練の終わりが近いことを誰もが予感する。
「さて、鬼が出るか、蛇が出るか……って」
 蛇っぽいものが先程の竜であれば、次は鬼の番かもしれない。
「あれは……」
 しかし、次に現れた人影はそのどちらでもなかった。

 魔法陣の上、光が凝って静かに現れた女の影は、美しくも儚く――ファラーシャによく似ていた。

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