025.過去と今

「まったく、なんなの!? あの無駄に態度のデカいおっさんは!」
 王宮内に与えられた自室に戻るなり、少女は「聖女」の仮面を脱ぎ捨てた。
 そのまま礼装も物理的に脱ぎ捨てようとして、慌てた周囲の侍女たちに着替えを手伝われる。
 青の大陸辺境の小国キノスラで初めて確認された聖女――すなわち、神々に供物を捧げることでその力を借りた奇跡を起こす存在、正式名称“生贄術師”のエスタは、国王に乞われて王宮へと迎え入れられた。
 元々市井の少女であるエスタを、国王を始めとする王族たちは手厚く歓迎してくれた。
 しかし、国の顔となる聖女としてこれから大衆や宮殿内を行き来する貴族たちの前に姿を見せなければならないエスタには、聖女としての能力以外にも求められるものがあった。
 公式行事や様々な場面で国王の隣に並んでも見劣りせぬよう、貴族的な品格や立ち居振る舞いを身につける教育を受けることになったのだ。
 更に、身の回りの世話をする侍女や神殿にて聖女の役目を手伝う神官を始めとして、様々な人間がエスタの周辺に送られてくる。
 本日は警護の騎士を選ぶ名目で様々な貴族と引き合わされた。
 しかしその中に、エスタが四六時中顔を突き合わせてその身の安全を任せても良いと思えるような相手はいなかった。
「ふん。どうせこっちはただの下品な下町娘よ。悪かったわね、高貴なる方々のご期待に沿えなくて! どいつもこいつも見るからにこっちをバカにしてくれちゃって」
「エスタ様のお気持ちもわかりますわ……先ほどの伯爵は絵にかいたような身分を鼻にかけた嫌な男でしたもの」
「聖女様だけじゃありませんよ、あのおっさんは基本的に女子どもと見れば全員侮ってるんです!」
 年上の侍女が穏やかに慰め、年齢の近い侍女は、主と一緒に憤慨する。
「はぁ……これから毎日あんな人たちと顔を合わせるのかしら。考えるだけで憂鬱よ」
 神々の力を僅かながら借りられる巫女として、地上で最も崇められる存在の一人であっても、人の世の権力闘争から逃れられはしない。
「あ、でも、次の相手は姫様が直々に探し出してきた相手らしいですよ!」
「王女殿下が?」
 エスタよりいくつか年上の王女殿下は、聞かされた年齢よりもずっと大人びて見える理知的で優し気な女性だった。
 その姫様が本気で探し出してきた人材なら、少なくとも今日顔を合わせてきた候補者たちのように、出会い頭からエスタを侮るようなことはないかもしれない。
「こっちだって、何も絵にかいたような御伽噺の騎士様程とは言わないけれど、ね」
 今日の相手より少しはマシな殿方であればいいわ。そう、溜息をついてエスタは翌日を迎え「彼」と引きあわされる。
 金糸の髪に藤色の瞳。神々が魂を込めて造形した美術品のように、あまりにも美しく、まさしく絵にかいたような騎士。
 片膝をついた礼の形もお手本のように丁寧で一部の隙もなく、穏やかに微笑んだその瞳には、何より目の前の相手に対する深い敬意が込められている。

「初めまして、エスタ様。我が国の聖女となっていただけたこと、民の一人として心より感謝いたします」

 ――レイル・アバードと聖女エスタは、こうして出会ったのだった。

 ◆◆◆◆◆

 ――懐かしい夢を見た。
 夜明け前に宿の一室で目覚めたレイルは、そっと窓を開けて、未だ明ける前の瑠璃色の空を眺めやる。
 どこか遠くから美しい竪琴の音が聞こえてきた。吟遊詩人が竪琴の練習でもしているのだろうか。
 ここは彼の生まれ故郷の青の大陸ではなく、その隣の緑の大陸だ。
 高地の都市を取り囲む雄大な山々の暗い影を見るともなしに眺めながら、夢に見た遠い記憶を彼は思い返す。
 初めて出会った聖女と呼ばれる少女は、彼を見るなりぽかんと口を開けて驚いた顔をしていた。
 我に帰ったエスタが白い頬を照れたように真っ赤に染め、覚えたてのぎこちなさを残しながらもきちんとした貴族の礼を返してくれた時、自分はおそらく一生この方にお仕えするのだと信じた。
 ――僅か数年で打ち砕かれる未来とも知らず。
「多分……セルセラと出会ったからだな」
 エスタと同じ“聖女”でありながら、その在り方の何もかもが違う一人の少女。
 魔女を名乗り星狩人(サイヤード)として魔獣を倒す、歴史上最強の生贄術師。人呼んで“天上の巫女姫”。
 身にまとう雰囲気も性格も何もかも違うのに皮肉なことだが、セルセラの顔立ちだけは、レイルが敬愛していた主君に似ている。
 自分が魔王と相討ちになったせいで、その後、魔獣の残党から国を守るために犠牲となった、救国の聖女エスタ。
 ――ずっと、彼女のことを思い返すのが辛かった。
 彼女の死を知って即座に後を追おうとしたレイルは、そのせいで自らが魔王にかけられた呪いの正体を知る。
 吸血鬼化の呪いによって歪んだ不老不死を与えられ、自らの意志で死ぬことすらできない。
「……だから俺は、必ずやこの呪いを……」
 窓の外から涼風に紛れて穏やかな旋律が聞こえてくる。
 心を慰めるような歌声は、しかし遠すぎてその内容までは聴き取れない。
 白み始めた東の空に僅かに残っていた星々の輝きに祈ると、レイルはそっと窓を閉じて朝の身支度に動き出した。
 いつか魔女でもある聖女を説得し、望む死を得るために。

 ◆◆◆◆◆

 カエルに変えられた王様は、お姫様に壁に叩きつけられたのがきっかけで元に戻るんだってさ。

 その騎士ハインリヒは、王様がカエルに変えられた悲しみに胸が張り裂けそうなのを止めるために、鉄の帯を嵌めていた。

 王様が無事に人間に戻った喜びに、騎士の鉄帯もはずれて、一同めでたしめでたし。

 ――ところでこの話、結局騎士は何もやってないんじゃないか?

 ◆◆◆◆◆

 Fatus――茨の女王――
 第2章 永遠を探す忠誠の騎士

 ◆◆◆◆◆

 魔女はその日、朝から星狩人協会本部の食堂奥の調理室にいた。
「うん、いい品揃えだ」
「ここからここまでの食材が頼まれて用意した分だよ。好きにつかっておくれ」
「ありがとう、おばちゃん!」
 馴染みの調理員たちに礼を言って、調理台の上に改めて目を遣る。
 土地の野菜と魚介類。鶏に牛、羊の肉。
 種々の香辛料、調味料。積み上げられた調理器具の数々。
 それらの前で、目を閉じ一つ息を吸って精神を集中する。
 両手で印を組み魔導を発動させると同時に、美しき少女はその薔薇色の瞳を開いた。
「てやー!」
 気合一閃。狭い室内に降り注いだ魔導の光が数多の食材と調理器具を動かし始める。
 包丁は一人でに食材を切り出し、フライパンの中で炒められた食材が弧を描くように宙を舞う。
 鍋は湯を沸かしスープやシチューを絶妙な火加減で煮込む。
 調味料や香辛料の瓶や匙があちこちを行き来して料理の味を調えていく。
 しばらく後、それぞれを少しずつ味見して仕上がりを確認したセルセラは、満面の笑みを浮かべて宣言した。
「よし! さすが僕! 今日も絶好調だ!」
「お疲れ様~」
 他の仕事をしながらセルセラの魔導調理作業を見守っていた本来の料理人たちが拍手と共にねぎらいの言葉をかけてきた。
「はいよ、おまちどう」
 次々と器に盛られ配膳されていく料理に、食堂に入ってきた星狩人や関係者一同がなんだなんだと反応する。
「凄い! これ全部セルセラが作ったのか!」
 手を叩いてはしゃぐのは、つい先日辰骸環(アスラハ)と呼ばれる対魔獣特殊武器の所有権利と共に、魔獣狩りを旨とする星狩人(サイヤード)の資格を得た新人の少女、ファラーシャだ。
「こっからここまではそう。この皿より右は食堂のおばちゃんたちが作った定番メニューだぜ」
「どれも美味そう! 食べていいのか?」
「そりゃ食うために作ったんだからな」
「相変わらず素直じゃないですね。そこは素直に『どうぞ召し上がれ』でいいじゃありませんか」
 ファラーシャと一緒にやってきたこちらも新人星狩人、タルティーブことタルテの言葉に、セルセラはふんと鼻を鳴らす。
「いやなら食わなくていいんだぜ」
「そうは言っていませんよ」
 タルテは平然と席に着き、あっさりと手を付け始めた。
 その隣でファラーシャが、主人の機嫌を伺う犬のようにセルセラの方をちらりと見て確認を取る。
「私、いっぱい食べるぞ」
 美少女然とした容姿にも構わず、堂々の大食宣言。
 それに対しセルセラは、わかっているとばかりに力強く頷いた。
「特殊民族はみんなそうだからな。想定済みだからこそのこの量だ。気にせず食え」
「やったぁ! ――いただきます!」
 ファラーシャは許可を得た瞬間顔を輝かせ、周囲が驚くほどの勢いで山と積まれた料理に手を付け始めた。
 細切りにした牛肉と一緒に玉ねぎ、ピーマン、フライドポテトを炒めた土地の名物料理を、全開の笑顔で平らげていく。
 セルセラは言葉通り、慣れた様子で次の皿におかわりを盛り始めた。
 ――緑の大陸にある竜骨遺跡にて、星狩人協会が大規模な試験を行った四日後である。
 辰骸環(アスラハ)と呼ばれる魔獣退治用の特殊武器の取得試験を受けに行っただけのはずなのに、そこから何故か魔王討伐を行ったり、洗脳された身内をどついたりと、三日ほど色々忙しかった。
 一日休んでようやく動けるようになったセルセラは朝から料理に精を出し、趣味と実益を兼ねながら自らの調子を確かめていたところだ。
「あ、レイルだー。おはよう!」
 少しして食堂に入ってきた青年に気づき、ファラーシャがスプーンを片手に声をかけた。
 ファラーシャ、タルテと同じく先日の試験に合格したばかりの新米星狩人であり、二人と共にセルセラの旅についていくことを決めた剣士、レイル・アバード。
 かつて吸血鬼化の呪いを受けて不老不死となった青年は、元気な呼びかけに気づくとささやかな笑みを浮かべて近づいてきた。
「おはよう。ファラーシャ、タルテ。……これは?」
「この一角まで全部セルセラ作だそうです」
 割烹着姿のセルセラを見てきょとんとしたレイルに、タルテが隣の席を勧めながら説明する。
「ほらよ、レイル」
「あ、ああ。ありがとう。……セルセラは、料理をするんだな」
 レイルはセルセラが料理をしていることよりも、どちらかと言えばあまりにガチな割烹着姿に驚いていた。
 そう、割烹着である。年頃の乙女らしい可愛らしいエプロンなどではなく、真っ白で胸元から袖まで覆う完全に実用的な割烹着。
 彼らが今いる緑の大陸ではなく、もっと東、橙の大陸の伝統衣装ではなかったか?
 若葉色の髪を容赦なく三角巾に押し込み、口元も同じように布できっちり覆っていた。衛生面での配慮は完璧だ。
 ――これでもこの美少女は、最強の聖女で世界で二番目に強い魔導士で凄腕の星狩人(サイヤード)である。
「僕の趣味が料理で何か文句でも?」
「べ、別にそんなことは言ってない! 素晴らしい趣味だと思う!」
 常に皮肉気な物言いのセルセラに対し、レイルはあたふたとしながら茶碗を受け取る。
「いいから少しでも胃に入れておけ。お前顔色悪すぎ」
 長年山奥で修行していたというレイルは、定刻に食事を摂る習慣が崩れている。
 初めて出会った時よりマシとはいえ、今も他の人間に比べてやや青白い顔をしたレイルの前に、セルセラは自らが作った料理の中から数種類を選んで乗せた皿を押しやった。
「それで、今日はどうするんですか? 午後の講習まで時間が空きますよね」
 講習と言うのは、星狩人(サイヤード)協会が新人狩人に協会の規則を始めとする魔獣退治の基本的な約束事を説明する時間だ。
 一度旅に出てしまえば、星狩人は自らの生活全てを自分たちで面倒見なければならない。
 どんな場合に協会の支部を利用するかなど基本事項は、あらかじめ伝えておく必要がある。
 最初から星狩人として活動していたセルセラはともかく、今回新しく星狩人になった三人はその説明を受けねばならなかった。
 講習自体はそう長い時間をとるものではなく、新人星狩人が書類を記入して提出し、協会側がその手続き上の確認のために数日の時間を置いているようなものである。
 更に今回彼らは辰骸器(アスラハ)の所有権を得たため、自分専用に調整された辰骸環(アスラハ)が出来上がるのも待たなければならない。
 その数日の間、ちょこちょこ挟まれる空白の時間を、新たに班(チーム)となった間柄でどう過ごすべきか。
「装備を整えるぞ。具体的に言うと、ファラーシャを服屋に連れて行く」
「ほけ?」
 急に名を呼ばれたファラーシャが、魚介類と紫玉ねぎのマリネを呑み込んでから顔を上げる。
「服屋? 確かにこの前の戦いでぼろぼろになったから新しい服を買わないといけないけど」
「そうだな。先日の一の魔王戦で消耗したからな。ところで僕やタルテはあの時と同じ服なんだが?」
「はれ?」
 つまり先の戦いで服が破れたのはファラーシャだけで、セルセラとタルテの服は無事なのだ。
 青いシャツの上からいかにも宗教関係でございと言いたげな白地にフェニカ教の紋章入りのサーコートを羽織ったタルテの格好は先日と変わらず。
 不思議そうに首を傾げるファラーシャに、タルテが溜息を吐く。
「ファラーシャ……あなたやっぱり、鎧装布を着ていないんですね」
「え!? そうなのか!?」
「がいそうふ?」
 セルセラが割烹着を脱いでいつもの魔女衣装に戻りながら、これがそうだと示しつつ説明した。
 セルセラの衣装は橙の大陸の過去に栄えた極東の巫女装束のような白衣緋袴の上から、同じく極東風の袖が特徴的な紫紺の上着を羽織ったものである。
 魔女の定番である三角帽がなければ、魔導士風とも言えない変わった服装だ。
「魔導鎧装布。魔導鍍金布や魔導装甲布とも呼ばれるな。要は魔導で強化した布のことだ」
 ちなみに装甲布には繊維の時点で魔導による強化を施してから織り上げるものと、加工した布に防御魔導を施すものがある。
「魔導鎧装布は着るだけで、ありとあらゆる物理的、魔導的負荷を軽減してくれる。防火、防水、防塵、防刃、防弾、防汚等々。その他にも色々な機能があって耐久性に優れている」
 下手な鎧より強靭だが、布に魔導を施しているため普通の服と同じように着ることができて装着者の負担にならない。
「魔獣退治を生業とする星狩人や魔獣狩りの多くが、この装甲布で作った服を鎧代わりに着てるんだよ。人間は肉体の頑強さでは魔獣の足元にも及ばないからな」
 革鎧では魔獣の攻撃を防ぎきることは難しく、重い金属鎧では、素早い動きに対応できない。それらを解決し、人間の身体能力と肉体の頑強さを補助するために作り上げられたのが魔導装甲布だ。
 もちろん当初の製作理由がそうだったというだけで、今では魔族や特殊民族等、人間以外の種族も普通に身につけているものである。
「そうなのか。でも私は頑丈だから、普通の服でも戦える……」
 ファラーシャは“光翅の民(ハシャラート)”。
 創造の魔術師・辰砂の手によって造られた“特殊民族”と呼ばれる種族であり、人間とは身体の頑丈さがまったく違う。
 肌自体が金属の鎧のように頑強かつ、人肌の柔軟性をも併せ持つ。
 ただの人間にただの剣で斬られた程度では傷一つつかぬどころか、二階三階建ての民家程もある竜に噛みつかれてもその牙の方が折れるような有様の肉体。
 だからそんな御大層な装備など必要ない、と言おうとした途中に、セルセラが冷静に口を挟む。
「お前本体はな。でも敵から火炎攻撃を受けたら? 剣で切り裂かれたら? 麻や綿の服じゃひとたまりもないぞ? まさか乳丸出しだの全裸だので戦闘するわけにもいかねえだろ」
「わかりました服買います」
 両手にスプーンとフォークを握ったままのファラーシャが深々と頷く。
「レイル、お前もだ。今の格好は大分年季が入ってるだろ」
「ああ。俺の服は昔作ったものをずっと使いまわしているから……。そうだな。そろそろ仕立て直さなければならないだろう」
 実際、先日の一の魔王との戦闘でレイルの服はかなり消耗している。
 これから先、星狩人として激しい戦いを繰り広げるなら、彼の装備も新調する必要があるだろう。
「そういう訳だから、これを食ったら街で買い物だ」
「決まりですね。ファラーシャとレイルの服を仕立てて、旅の装備を整えましょう。同行者の顔ぶれが変われば必要な物資も異なりますし、私も見たいものがあります」
「僕ら専用の辰骸環(アスラハ)が出来上がるまであと三日あるからな。その間に適当に一着仕立ててもらって残りは適宜受け取る」
「それがいいですね」
 セルセラは一度訪れた場所なら魔導ですぐに移動できる。星狩人には竜骨遺跡を使った転移方法もある。一度大陸を出た後でもこの街に戻ってくることは可能だ。
 折良く服を購入する資金は、先日の魔王討伐の報酬が全員に入っている。
 さくさくと話が決まり、四人は街へと繰り出した。

 ◆◆◆◆◆

 陽射しの明るい会議室。燃える炎のような髪をした少年姿の星狩人に、協会長であるラウルフィカが確認をとる。
「本当にいいのか? アンデシン」
「ええ。俺の選択は、決して間違っていません。誰に聞かれても、自信をもってそう答えましょう」
 アンデシンが提出した書類には、先日星狩人の資格を得たばかりの青年の名が記されていた。
「星狩人アンデシンは、星狩人レイル・アバードを、一等星“シリウス”の号に推薦いたします」
 この百年間不在だった、星狩人協会一の狩人の称号。
 全体への発表こそまだだったが水面下でその号に内定していたアンデシンの思いがけぬ提案に、ラウルフィカ始め協会の幹部たちは一様に困惑していた。
 協会長であるラウルフィカは隣の席に座る二人と顔を見合わせる。
 副会長である義娘ヤムリカはいつも通り平然としていたが、幹部の一人であり人事部門を預かるティーグは難しい顔だ。
 改めて推薦者のアンデシンを見ながらラウルフィカは口を開く。
「……実績のある協会員ならまだしも、先日資格を得たばかりの新人にその号は重すぎる」
「実績なんて、この世界では後からいくらでもついてきますよ。実力さえあればね」
 何も今日明日中に魔王を全て倒せという訳でもない。
「硝子の街の魔王の件では、あっさり敵の洗脳を受けてセルセラ他二名に剣を向けたと聞いた」
「セルセラが傍にいれば大事にならなかった。つまり、これからも彼をセルセラの傍に置いておけば、変わらぬ活躍が期待できるということですね」
「……お前の意見はわかった。だが少し待て。こればかりは本人が承諾しなければ意味がない」
「ええ、その通りです。さして面識のない俺よりは会長が直々に説得してくださる方がいいと思います」
「さして面識のない相手によく“最強の座”を譲ろうと思ったな」
「魔族というのはそういうものですから。……でもここから先は、人間同士にお任せします」
 大規模な魔王討伐計画を一年以内に控えた今。その号を得るということはどういう意味か。
 総てを理解した上で一度はその役を承諾したはずのアンデシンが意見を翻した。
 それが決して軽い気持ちではないことはラウルフィカたちにもわかっている。
「返答は急がせず、とにかく話だけは通してみよう」
 本人の知らないところで、レイル・アバードの運命が大きく動き出そうとしていた。

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