024.そして、物語は幕を開ける

 タルテ、ファラーシャ、レイルの三人は、翌日になって協会本部の会議室の傍でラウルフィカと話をしていたセルセラを見つけた。
「――では、次の目的地は中央大陸か」
「ああ。ディムナに呼ばれてるからな。ついでに二の魔王を倒して来る」
「魔王をついで扱いとは、まったくお前らしいな。しかしお前ひとりで行かせるのも少し……」
 ラウルフィカは言葉を切り、セルセラの背後に近づいてきた三人を見る。
「おはよう、三人とも」
「おはようございます、協会長」
 タルテたちはラウルフィカに向かって頭を下げる。そしてげんなりした顔で振り返ったセルセラと目を合わせた。セルセラの肩では小さな白鳩が暢気な顔でぽっぽと鳴く。
「げ、何で来たんだよ。お前ら」
「もちろんセルセラを探していたに決まっているじゃないか! それより、中央大陸に行くのか?」
「聞こえたんだな。ああ、そうだよ。知り合いにちょっと来てほしいと頼まれたからな。辰骸環(アスラハ)を受け取り次第ここを発つ」
 試験を終えた星狩人たちがこの本部に足止めされているのは、辰骸環(アスラハ)の完成を待つ関係だ。それが終わればすぐにでも魔獣退治の依頼を受けたり、故郷に帰るために旅立つ者が多い。
 セルセラも例に漏れず、すでに辰骸環を受け取った後の予定は決まっているようだった。
 そこに、ファラーシャが声をかける。
「なぁなぁ、セルセラ。私、セルセラについて行きたい!」
「ファラーシャ……復讐はどうした」
 一族を滅ぼし母と姉を攫った仇を見つけるべく星狩人の資格を取ったはずの“光翅の民(ハシャラート)”の姫は、茨の魔女の旅への同行を希望する。
「セルセラは物知りだろ。ついて行った方が、一人で旅をするよりよっぽど情報が入ってきそうだからな!」
 天上の巫女と呼ばれ、星狩人協会の幹部としても世界中あちこちに顔が利くセルセラの下には確かに様々な情報が入ってくる。
 何よりファラーシャから見れば、セルセラ自身が情報の塊のような存在だった。自分がもの知らずな特殊民族だからというだけでなく、セルセラについていくことこそ最善なのだとファラーシャは直感する。
「私も同行します」
「タルテ……お前までなんだよ。ファラーシャと違って、お前は誰かと一緒に行動したいとかいうキャラじゃないだろ」
「ええ、そうですね。ですが世界中の魔王討伐という大目標が共通なら、お互いに手を組むべきだと思いませんか?」
「思わん思わん。仲間探しなら他を当たれよ。新米星狩人同士、ここなら組む相手を探すには困らないと思うぜ」
「ええ。困りませんね。でもあなたにも、私やファラーシャの力が必要ではありませんか?」
 セルセラの拒絶にもタルテは一歩も引かず、むしろ冷静に自分を売り込んで来る。
「すでに班(チーム)を組んでいる星狩人たちと違って、新人の中で天上の巫女であり一流の魔導士であるあなたと肩を並べて戦えるような相手は少ないでしょう。そのような希少な存在が、なんとこの場には三人もいるのですよ」
 三人、という言葉にセルセラの顔が引きつる。
「今回のことでわかったでしょう。あなた一人ですべてを解決できる訳ではない」
「そりゃレイルが面倒を引き起こしたからだろ。味方が敵にならなかったらもうちょっと楽だったぜ」
「うぐっ」
 死なないレイルが罪悪感で死にそうな顔になる。
 実際、今回のドロミットとの戦闘は洗脳によるレイルの裏切りがなければもっと簡単に片付いていたはずだ。
「そうでしょうか? 蘇生術は確かに貴重ですが、死んで復活する前の体は当然無防備に近いですよね。その間の守りはどうするんです? 今回だってレイルを元に戻すために、一時的に私とファラーシャを頼りましたよね」
「そりゃ、そこにちょうど良くお前らがいたからだ。僕は使える物はなんでも使う主義なんでな。これからはドロミットにやらせる。そのために魂を封じて手駒にしたんだろ」
「私だけじゃ完璧にセルセラちゃんを守り抜くのは無理よぉ。特に、あの六の魔王相手ではね」
「六の魔王相手はまた別だ。奴相手には、協会の星狩人ほぼ全員を投入する大規模討伐作戦を組む予定がすでにある」
 口を挟む白鳩に対し、セルセラはこれからの予定を少しだけ明かす。どうせあの悪名高い最強の魔王を、正面から訪れて倒せると思っているような甘い考えの持ち主はいまい。
「そうだとしても、ドロミットの実力と私たちの実力なら、私たちが組んだ方が上でしたよね。そもそもその魔王は生身の肉体を喪って弱体化している訳ですし。戦力は多ければ多い方がいい。違いますか?」
「……」
「使える物は使える主義なんでしょう?」
「……お前らと組む利点(メリット)が、不利益(デメリット)を上回ればの話だな。足手まといをぞろぞろ連れ歩く趣味はない」
「ならば竜骨遺跡の中で言った言葉をもう一度言いましょう。『私を足手まといと判断されたなら、その場で置いて行ってくださって結構です』」
 足手まといなどにならないことは、すでにドロミットとの戦闘で証明したと、タルテは前の時よりも自信に溢れた態度で告げる。
「私も役に立つぞセルセラ! 力仕事なら任せろ!」
 この機を逃すかと言わんばかりに、ファラーシャも一緒になって自分を売り込む。
 そこに、三人目の静かな宣言が響いた。
「俺もお前について行く」
「却下」
 ファラーシャとタルテには多少? 渋って見せる程度だったセルセラだが、レイルに対しては明確な拒絶の姿勢を示した。
「他の奴はまだしも、お前とだけは組む気はない。自分の血を狙ってる吸血鬼を傍に置くような被虐的な趣味は僕にはないからな。――と言うか、お前はまず僕に文字通り死ぬほどの迷惑をかけたことを反省して自重しろ」
「だからこそだ。もうあんな無様は晒さない。あのことを償うためにも、お前を『説得』するためにも、俺はその日までお前の傍にいてお前を守る」
「いらねぇよ!」
 脊髄反射で拒絶してから、改めてセルセラはレイルの顔を見る。
「『説得』ね……結局、僕に呪いを解かせるのを諦める選択肢はない訳か」
「ああ。今のところはな。勝手だと言われようが、俺にはもうそれしかないんだ」
 レイルはこの八十年、呪いを解くためだけに生きてきた。
 今更そう簡単に生き方を変えることはできない。
 レイルの中にはまだ自身の死を望む気持ちがあり、それをどうやって消したらいいのかもわからないのだ。
 むしろ呪いを解き、自分が死ぬことこそ、自然の理だと思っている。
「……だが、お前の気持ちも考えずに無理を言ったことはすまなかった」
「何のことだよ」
 セルセラは腕を組み不機嫌な顔をして、レイルの謝罪をはねのけた。
 昨夜、あの後タルテがレイルと話をしたようだから、今のレイルの発言もその結果なのだろう。
 レイルの心境には何かしらの変化があったようだが、セルセラへの要求が変わっていない以上、甘い顔をする理由はない。
 巫女と騎士。あるいは魔女と吸血鬼。二人の間には、いまだ超えられぬ隔たりがある。
「言っておくが、『その日』なんてものは、永遠に来ないからな?」
「今はそう思っていても、これからもそうだとは限りませんよ」
 レイルに星狩人として生きることを勧めた張本人が口を挟む。
「生きていれば考えが変わることもあるでしょう。レイルの呪いを解きたくないなら、セルセラがレイルを説得してみるのはどうでしょう?」
 レイルが自分の呪いを解いてくれるよう、セルセラが納得するまで穏便に説得しなければならないと考えたように、セルセラはセルセラで何故レイルの呪いを解かないのかを自分の口から伝えるべきであろう。タルテはそう勧める。
 しかし意地っ張りの巫女は決して呪いを解かない理由を表面上のものしか口にせず、そのせいで自ら墓穴を掘る。

「なんで僕がそんな面倒を背負わなきゃいけないんだよ! 死ぬだの生きるだの勝手にしろ!」
「わかった。勝手にして俺はお前について行く」

 しまった、という顔をしてももう遅い。
「じゃあ私も勝手について行くからな!」
「では私も勝手にしてセルセラの旅路に同行することにしましょう」
「あー、もう、お前らな!」
「くくくっ、お前の負けのようだぞ。セルセラ」
 傍でやりとりを聞いていたラウルフィカが、たまらず声を上げて笑い出す。セルセラはじろりと育ての親の一人を睨んだ。
「麗しの協会長様がこんなに爆笑するところなんて久々に見るぜ」
「そうか。私は神聖なる天上の巫女姫がそんなに困った顔をしているところを久々に見たがな」
 これ以上話しても、セルセラが押し切られるだけ。身内の少女の性格をよく知っているラウルフィカは、あっさりとそう判断した。
 自らは感情で行動すると豪語するセルセラは、結局最後の最後で自分も他者の感情に弱い。
 そして協会長として、連携で見事に旅の同行の約束を取り付けた三人へ笑みを見せる。
「では、三人とも。協会からの連絡はセルセラを通じて行うので、今後は各自“星狩人(サイヤード)”として人々を魔獣被害から守る責務に励むように」
「はーい」
「了解しました」
「世界に平和を取り戻す日のために精進いたします」
 結局セルセラも諦めて、半分ぐったりしながら力なく言う。
「洗濯当番は分担制にするからな……」

 ◆◆◆◆◆

「――天上の巫女様御一行ですね?」
 次の目的地である中央大陸へ渡る前に、十全な準備が必要だ。
 星狩人協会の本部や支部が存在する街には魔獣狩り専門の武具や装備を取り扱う店が多く、辰骸器が出来上がるまでの間、セルセラたちはその準備をするため街に降りることにした。
 ちょうど街の前まで来た時、馬に乗った人影が一行に声をかけてきた。
 馬上でローブのフードを外したその顔を見て、ようやくセルセラたちも彼女と初対面ではないことに気づく。
「あんた……ファラダの主か。ふーん。思った以上に“背徳神顔”だな」
 背徳神の魂の欠片である“黒い星”を持つからと言って、全ての生物が魔獣になるとは限らない。
 たまたま“黒い星”を受け継いで生まれた人間は先天的に優れた能力を有する代わりに、グラスヴェリアに似た面差しまでも得ると言う。
 リーゼルが“黒い星”の持ち主であることを、セルセラは他でもない冥神ゲッセルクより聞かされていた。
 長い黒髪を三つ編みにした緋色の瞳の少女は馬から降り、元王族らしい優雅さで一礼をする。
 その隣では、どういうわけか彼女の乗っていた馬も、四人に礼をするかのように長い首を下げていた。
「この度はファラダ共々助けていただきまして誠にありがとうございます。今後、もし我々が貴女方のお役に立てるような事態があれば、どうぞお声かけください」
「別にこっちも仕事だったから気にするな。それはそれとして星狩りと魔獣狩りとして次会った時はよろしくな」
 セルセラの言葉に、リーゼルはにっこりと笑ってもう一度丁寧に一行に頭を下げた。
 そして傍らの馬に優しく声をかける。
「行きましょう、ファラダ」
 ん?
 身軽く再び馬上の人となったリーゼルは素早く一行から離れ、街はずれの遠くで彼女を待っているらしい人影のもとへと駆け去った。
「なぁ、今、ファラダって……」
「彼はどうしてるのか聞こうとしたんだが……」
「その必要はなさそうですね」
「ファラダの正体は、リーゼルが魔導で人型にした“馬”だったのかよ」
 人間としてはどこか不器用で不自然だったファラダの行動の数々を思い出す。戦う時に相手の喉首に直接噛みつくのは、まさに獣の行動だ。
 それが馬らしいかと言われれば首をひねるが。
「ま、何はともあれ無事に収まって何よりだ」
 生き返ったリーゼルの無事な姿も見たことだし、これで本当にセルセラたちにこの大陸でやり残したことはない。
「中央大陸に行く準備をしなきゃな」
「おう!」
 去っていくリーゼルと入れ違いに、四人は街へと足を向けた。
「……」
 セルセラの肩で、小さな白鳩だけは何か気にかかると言うように、リーゼルが去って行った方角を睨んでいる。

 ◆◆◆◆◆

「どうだった? 天上の巫女姫こと、辰砂の孫弟子殿は」
「とても美しい方でしたわ。態度は堂々としていましたが、見た目は華奢な少女そのもの。あの方がこの世界の行く末を左右するなど、見た目だけではとても信じられないでしょうね」
 リーゼルは元々この大陸で落ち合う予定だった吟遊詩人と合流し、彼をファラダの背に引き上げる。
 一の魔王との戦闘で不測の事態が起きたため色々と予定を変更する必要があるが、まぁいい。そのおかげで噂の天上の巫女と直接面識を持つことができたのだ。
「せっかく傍にいたのに、聖女の腕前をこの目で直接見られなかったのが残念です」
「仕方ないだろ。君、その時はばっちり死んでたんだから」
 青みがかった銀髪の中性的な吟遊詩人は、商売道具である竪琴を馬上で抱え直す。
 セルセラがこの場にいれば、その吟遊詩人は竜骨遺跡に近い街で『灰かぶり』の物語を歌っていた人物だと気づいただろう。
 二人を乗せてゆっくりと歩むファラダの上で、彼は竪琴を爪弾き始めた。
 それは何千年も前に忘れられたはずの旋律。今はもうこの世に断片としてしか存在しない背徳の神を崇める歌。

「それでは行きましょうか、我らの崇める青き睡蓮の神のために」

 睡蓮の花言葉は「滅亡」。
 そして青い睡蓮が象徴する神は――背徳神グラスヴェリアだ。
 暗い憎しみに魂を染める女、リーゼルは邪神を奉じ、かの神の魂の断片と直接対話することを許されている“黒星将”の一人。
 彼女と同行している吟遊詩人は、魔王の情報を歌に乗せて伝えていく。
 街人に。旅人に。そして――魔王と戦う勇者たちに。
 二人は、背徳神の命により魔王の動向を探る旅を再開する。
 この世界が、望む終わりを迎える日まで。

 第1章 了.

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