天上の巫女セルセラ 026

第2章 永遠を探す忠誠の騎士

026.星狩人と辰骸環

 竜骨遺跡の建つ山の中腹の街。
 遺跡に星狩人(サイヤード)協会本部があり、そこを多くの星狩人たちが訪れることから、最寄りのこの街は所謂“冒険者の街”として発展してきた。
 協会に試験を受けに来た受験生たちが泊まるための宿、食事処。武器や防具の店。魔導を込めた護符と、それを作るための宝飾品なども多数売られている。薬屋や金貸しなども多い。
 本部から街までやってきた四人はまず、セルセラと顔馴染みの店主が経営している星狩人御用達の衣料品店を訪れた。
 店内に一歩入った瞬間、一行を迎えたのは色と形の洪水だった。
 緑の大陸のみならず他の大陸の様々な文化圏の衣装が古今東西、あますところなく取り揃えてある。
「ふわぁああ~すご~い~きれ~い」
 呆けたように辺りを見回すファラーシャに、セルセラは尋ねる。
「で、どんな服がいいんだ?」
「可愛くて動きやすい服!」
 ファラーシャの要望はシンプルなものだ。だが本人が店内のあちこちに飾られている服を眺める先はシンプルではない。
「あなたが見ているようなものは無理ですよ。射手であると同時に格闘家でしょう? あんな短いスカートを履いて男性の目がある中で蹴りかます気ですか」
「うぐっ」
 タルテの冷静な突っ込みに、目を輝かせていたファラーシャが一転して暗雲を背負う。
「そうなんだよ……私は可愛い服が好きだけど、私自身は可愛くないからな……」
 種族的な特徴か、ファラーシャはただの人間と比べると背が高すぎるのだ。この大陸の男性平均より更に頭一つ分の長身。
 同行するレイルが平均より少し高めだが、そのレイルより更に頭半分以上高いのだ。
 凛然とした美しすぎる顔立ちとすらりと引き締まった肉体はまるで彫像めいていて、残念ながら本人が望む小柄な人間の少女向けの可愛らしい服装は似合わない。
「私もセルセラみたいに……人間の女の子みたいに小さくて可愛い方が良かったな」
「言っておくけどお前に比べたら小さいだけで、僕は人間女子の中では小柄じゃないぞ? それに種族の差を差し引いても、前衛で格闘する奴と後衛の魔導士が同じ服装にはならないだろ」
「体格が優れているから素手であれだけ威力のある攻撃が繰り出せるのでしょう。小さくなったら攻撃の威力が落ちますよ」
「うう……二人とも正論しか言わない」
 乙女心を理解してくれる者はいないようだ。
「これなんかどう?」
 落ち込むファラーシャの前に、セルセラでもタルテでもない声が、ひらりと一枚の衣装を突き出した。
「ドロミット。いたのか」
「そりゃあ私はセルセラちゃんから長く離れられないもの」
 声の主は、元“一の魔王”ドロミット。
 他でもない、先日硝子の街で一行と戦闘し敗北した魔王である。
 彼女の魂はセルセラが回収し、使い魔という形で自分に帰属させている。
「何故あなたがこんなところで……」
 彼女が顔を出した瞬間、元魔王を信用していないタルテは不機嫌な表情になる。
「それよりどう? これ。ファラーシャちゃんにちょうどいいと思うのよぉ」
 やわらかに波打つ金髪に薄青い瞳。剣士ながら貴族の令嬢のような純白のドレスを着こなす元魔王は、嬉々としていつの間にか物色していた一着をファラーシャに差し出した。
 海のように深い青の布地を広げ、ファラーシャは大きな瞳を瞬く。
「これ……」
「今着てるものとそう遠くないデザインだけど、いいでしょ?」
 上衣は胸と二の腕を覆うだけで露出が激しいが、下は装飾的な前垂れに透ける薄布の裾が膨らんだズボンを履き、腰回りをスカートのように見える飾り布――パレオで覆った衣装だ。
 砂漠の踊り子を思わせるへそ出しのファラーシャの服装に似通っているが、パレオと腕の布地が増えたことで全体のシルエットが変わる。
 青い布のあちこちに金の刺繍が施され、釦など留め具部分に使われている小さな宝石が華やかな印象を与えている。
「ああ、いいんじゃないですか? 一見ただの飾りに見える部分も、動きを邪魔しないよう計算されているようですし」
 この店は星狩人用の衣料品を取り扱っているので、一見戦闘に適さないようなデザインでも随所にそうした工夫が施されていた。
 前垂れの下の方に、脚に布が絡まないよう重しが入っているのを確認しながらタルテが評価する。
 ドロミットのことは気に入らないが、それはそれとして彼女の選んだ衣装は適切なものだ。
「鎧装布は着ているだけで布地に覆われていない部分も保護されるとはいえ、今の服だとちょっと布面積少なすぎるしな。このぐらいがちょうどいいだろう」
 セルセラも衣装とそれを体に当てたファラーシャを見比べながら頷いた。
「う、うん。私も……これがいい」
 店内のあちこちに飾られているふわりとしたドレスのような衣装にやはりまだ憧れはあるが、今の自分にぴったりなのはこの服だとファラーシャ自身にも思えた。
「じゃあ決定な。サイズを調整してもらうから待ってろ」
 セルセラが顔馴染みだという店員を捕まえに行く間、ファラーシャは一仕事をしたと満足気な顔で佇むドロミットに声をかけた。
「あ、あの! ……ありがとう!」
「どういたしまして。やっぱり、年頃の女の子は可愛い服を着なきゃ」
 自身も白いドレス姿の魔王はうふふと楽し気に笑う。
 先日はお互い容赦なく殺し合った仲とは思えぬ馴染みぶりだ。
 少なくともファラーシャは、この服選びであっさりとこの元魔王に絆されてしまったらしい。
 店内のあれが良いだのこれが素敵だの話が弾む二人の様子に、一人その場を離れたタルテは密かに溜息を吐いた。

 ◆◆◆◆◆

「何かお探しですか?」
 レイルが二階の紳士用売り場を見るともなしに眺めていると、淡い紫の髪の女性店員が声をかけてきた。
「新しい魔導鍍金布の……動きやすい服を探していまして」
 着替えを含めて何着か購入を考えていたレイルはやや口ごもりながらも頷いた。
 一番着慣れているのは今身につけているのと同じ、騎士時代の制服の装飾を取り払って崩したものだが、それを正直に言うこともないだろう。
 けれど騎士の制服以外にどんな服を着れば良いのか、レイル自身もわかっていなかった。
 服の海を眺めながらぼんやりしていたところに声をかけられたのである。
「お客様、セルセラ猊下のお連れ様ですよね? でしたらこの辺か……この辺りがお勧めですよ」
 開店直後に乗り込んだ彼ら以外の客はまだ訪れていないらしく、紫髪の店員――ウルリークはすぐにレイルをセルセラの連れだと判断した。
 近くの棚から手早く一揃いの衣装をいくつか選び出して、レイルの前で広げてみせる。
「どうしてこれを?」
「セルセラ様のお連れ様なら、難易度の高い依頼を受けられるのでしょう? 鎧装布の質や機能に拘って損はありません」
「なるほど……」
 星狩人とは、そのようなことまで自分で考えて服を選ばなければならないのだ。レイルは一つ勉強になったと、ありがたく店員のお勧めから、簡素な一着を試着して購入を決める。
「あとはマントを含む一式新調したいのですが。型はこれと同じでお願いします」
「かしこまりました。デザインのご希望はありませんか?」
 当然尋ねられることとわかっていても、レイルは言葉に詰まった。
「色や簡単なイメージだけで結構ですよ。星狩人の皆さまは、服飾に拘られない方も多いので」
「……黒で、お願いします」
「お好きな色ですか?」
「いえ……」
 星狩人と一口に言っても仕事への姿勢は十人十色だ。服飾選びを楽しむ者もいれば、ひたすら実用性だけを重視する者もいる。
 レイルの答はそのどちらとも違った。
「喪に……服さなければならない方がいるのです」
「……然様でございますか。……では、少し落ち着いた印象でお作りいたしましょうか」
「……お願いします」
 店員は深く追求せずに、手元の帳面に何事か書き記して笑顔を取り繕うと、正確な採寸のために一度下の階に降りるよう促す。
 一階ではファラーシャの衣装決めで女性陣が盛り上がっているようだ。階段を降りる途中から華やかな笑い声が聞こえてきていた。
 驚いたことにはファラーシャたちだけでなく、先日セルセラの使い魔にされたはずの魔王ドロミットまでもが談笑に加わっている。
「あ、レイル! そっちも終わったのか!」
「良い服は見つかりましたか?」
「ああ」
 服が決まれば次は小物だと賑やかなファラーシャたちと離れ、レイルは採寸の間、しばし昔の物思いに耽った。

 ◆◆◆◆◆

 その部屋は不思議な光で満たされ、暗さを感じなかった。
「ここが遺跡の最奥なのか?」
「地図で見る限りはそうだな」
「なんだか……想像していた場所と違いました」
 壁面から天井を覆いつくし、自ら光を放つ水晶のような鉱石の数々。
 部屋の中央には月と太陽の装飾が施された白い噴水があり、その澄んだ水が夜空に星屑をちりばめたような天井の光を跳ね返す。
 淡い青に輝く室内をぐるりと見まわして、レイルは素直な感想を零した。
「……綺麗だな」
 ――それが、数日前の辰骸器取得者選考試験の中での話だ。
 試験の合格基準は、遺跡内最奥にある特殊な鉱石を持ち帰ることだった。
 “鵞鳥の騎士”と呼ぶ魔獣の脅威が発生して一時混乱に見舞われた試験だったが、元凶の討伐班と遺跡内の魔獣掃討班の二手に分かれ、無事に大多数の受験者が合格できた。
 試験後、魔獣狩りのリーゼルを救うために一の魔王を討伐する羽目になったセルセラたちも、当然試験に合格するために鉱石の採取はしていた。
 青い光に包まれ、自ら発光する水晶のような鉱物。
 それが辰骸器(アスラハ)――人類が魔獣に対抗するための貴重な手段である武具を制作するための材料。
 手で触れるだけで花弁のようにはらりと壁から剥がれ落ちる鉱石を採取した一行は、それを協会に預けていた。

「――で、その時の材料がようやく僕たちの辰骸環(アスラハ)として出来上がったと」
「ようやくと言ってやるな。これでも職人を大分急がせているんだぞ」

 試験から約一週間後、セルセラ、レイル、ファラーシャ、タルテ、四人の辰骸環が出来上がったところである。
「これがお前たちの辰骸環だ」
 この数日でいい加減出入り慣れた協会本部。
 新人星狩人の講習に使う広い会議室の一つで、会長ラウルフィカ自らが、箱に収めた四つの辰骸環を示してみせる。
 “辰骸器(アスラハ)”とは神器を模して造られた特殊武器全体のことを指すが、同じ呼び方でも“辰骸環(アスラハ)”になると、すでに持ち主に合わせて加工された個人所有の辰骸器武器のことを示すようになる。
「さぁ、どうぞ皆さん。お手に取って確かめてください」
 ヤムリカに勧められ、四人は特に迷う素振りもなく自然と箱の中の一つを“自分のもの”だと認識して手に取った。
 星狩人本人の手で採取した鉱石から作られた辰骸環は、持ち主との間に縁を結ぶ。
 セルセラが蔦の意匠に翡翠を飾った首飾りを細い指で取り上げたのとほぼ同時に、ファラーシャが碧い石の輝く腕輪を選ぶ。
 タルテは不透明な赤い雫型の一対の耳飾りを、レイルは細い白金の台座に六角形の水色の石がはめ込まれた指輪を迷いなく持ち上げた。
「宝飾品の形態は持ち運び用。お前たちがそれぞれの意志を通すことによって、辰骸環は武器へと変化する」
「自分の使いやすい武器を思い浮かべろってことだろ」
 首飾りを身につけたセルセラは、中心部を飾る宝石に触れながら普段自らが使う魔道具のことを考える。
 次の瞬間、首元の重みが消え、右手に変わった形状の魔導士用の小杖が現れた。
「“荊姫の錘杖”と言うそうですよ」
「へぇ」
 セルセラの辰骸環は、黄金の小杖に緑の茨が巻き付き、持ち手部分以外を鋭い棘で飾っている。
 先端は糸錘となっており、使い手の意志により魔導の糸が無限に伸びる仕様だ。
 糸錘の下方に添えられた小さな赤い薔薇を撫でながら、魔女は不敵に笑う。
「いいね。便利に使えそうだ」
「先っちょが尖ってるからうっかり刺したら大変そうだな!」
「茨の棘もあちこち刺さりそうですし、魔導士の補助具の割には攻撃性を前面に出した、まさしくセルセラ用の武器ですね」
「オイこらお前ら」
 ファラーシャとタルテが好き勝手に言う。
「私たちもやってみましょう」
 セルセラの睨みを軽く無視してかけられたタルテの言葉に、ファラーシャとレイルも目を見合わせて頷き、同じように自らの辰骸環に触れた。
 ファラーシャは波打つ川面を思わせる水色の弓に無数の花々があしらわれた、“流花弓オフィーリア”。
 タルテの耳飾りは深紅の槍と盾、“千夜槍シェヘラザード”。
 レイルの指輪は柄に青い宝石の埋め込まれた白金の長剣、“雪の剣”。
「辰骸環はお前たちの心の在り方を映して変化する武器、使いこなすためには各自、暇を見つけて訓練するように」
「当然!」
「いい返事だな。辰骸環について他に質問はないか?」
 ラウルフィカの確認に、タルテが二、三質問を口にする。ファラーシャとレイルも自分では咄嗟に何も考えつかなかったものの、その説明に耳を傾けていた。
「わかりました。御説明ありがとうございます」
 総ての説明を聞いたタルテが納得して礼を言ったところで、会議室の扉が外側からノックされた。ラウルフィカが中から雑に入室の許可を出す。
「ザッハールか。さっさと入れ」
「こんにちはー。お待ちかねのものが出来上がりましたよ、と」
「げ」
 入ってきた銀髪の青年が手に持った木箱を見て、何故かセルセラが嫌な顔をする。
「はいよ、“庚申の虫”三匹」
「こうしんの」
「むし?」
 耳慣れぬ言葉に、ファラーシャとレイルが首をかしげる。
「庚申の虫……人の体内に住んでいて庚申の夜に抜け出し、その人間の罪業を天帝に告げると言う三匹の虫ですか? 古代文明の道教という教えに基づく話ですね」
 タルテがどこから学んできたものか、今の世界が生まれる大分前の世界の文明の知識など披露する。
 ザッハールと呼ばれた青年は頷いた。
「そうそう、そこから眠っている間に虫が抜けだして告げ口されないよう、庚申の夜は眠らずに過ごすって風習があったっていう話ね」
「えと、だからこうしんって」
「大昔の暦の数え方だ。それ自体は気にしなくていい。……苦行はここからだ」
「苦行?」
 セルセラが新たに口にした不穏な言葉に、ファラーシャはレイルと顔を見合わせる。
「銀月も。自己紹介より先に虫の紹介してどうするんだよ」
「おっとそうだった。まだ名乗ってなかったね」
 セルセラとラウルフィカからそれぞれ別の名で呼ばれた青年は新人星狩人三人の前で、驚くほど優雅に宮廷風の一礼をする。
「俺は界律師の銀月。本名をザッハール。そこにおられるラウルフィカ陛下と、セルセラの師匠・紅焔とは共にただの人間だった頃からの付き合いだ。――協会の魔導技術絡みで君たちともたまに話をすることになるだろう。どうぞお見知りおきを」
 先日顔を合わせたティーグ青年と同じような感じだろう。星狩人協会の幹部であり、セルセラにとっての身内だ。
「で、こっから本題ね」
 三人も挨拶を返したところで、ザッハールが早速話の続きに入る。
「道教の風習にヒントを得て、俺が作った星狩人監視機構(システム)がこの“庚申の虫”という魔導端末なわけ」
「監視……ですか?」
「目的の一つは星狩人本人の犯罪防止。もう一つは、星狩人が犯罪に巻き込まれるのを阻止するための防犯装置さ」
「昔の言葉で言えば防犯カメラだな。体内から宿主の視界を記録する装置だ」
 強大な力を有する星狩人本人が悪事に走るのはもちろん、その力を他者が利用することも防ぐための仕組みである。
「その人の見たものを全て記録して、暴力はもちろん脅迫や不正な取引の証拠としていざという時にはしかるべき場所に提出するわけですか。概要はわかりましたが……」
「さっきから体内という言葉が連発されるのが気になっているんだが……」
 レイルが恐る恐る切り出すと、銀月はいい笑顔で返す。
「ああ。君たち三人には、この虫を呑み込んで体内に入れてもらう」
「「「……」」」
 沈黙が室内を支配する。
「えーと」
「残念ながら拒否権はないぞ。虫は犯罪関係以外の私生活(プライベート)は無視して証拠として重要な情報しか渡さないようばっちり調整されてるから、これを拒否するとやましいことアリとみなされて星狩人資格を撤回される」
「ええ~そんなぁ~」
「虫を飲んでしまえばすぐに済む話だよ。そこのセルセラだって飲んだんだから」
「そういうことだ。お前らもガンバレ……」
「目死んでますよセルセラ」
 星狩人はあまねくこの試練に耐えているのである。
「皆さんやましいところもないのですから大丈夫でしょう? はい、あーん」
 言って、ヤムリカが細い指でつまんだ虫を菓子でも差し出すかのようにレイルの前につきつける。
「何故だろう……まったく嬉しくない……」
 レイルが白い顔を更に蒼白にする。
「ふむ」
 ヤムリカの行動を見ていたラウルフィカもまた一つ、つまらなそうな顔で虫をつまむ。
 そんな投げやりな態度で迫られてもと誰もが思った次の瞬間、麗しの協会長はぎょっとするほど艶やかな笑みを浮かべて虫を差し出す。
「ほぉら、お食べ」
「はわわわわ、あ、あーん」
 狼狽えるファラーシャが微笑みの謎の求心力に負けて、人差し指大もある虫を思わずごっくん。
「……あれ、一体どういう技なんです? 会長は一体何者ですか?」
「元小国の国王陛下だけど過去に色々あったってやつだ、気にするな。すれば不幸になるから。……で、タルテ。なに、お前も僕にあーんしてほしいわけ?」
「結構です。そこで私の散り様、見ておくがいいですよ」
「散るな散るな」
 タルテは自ら虫をつまみ、意を決してそれを口中に放る。
 装置を噛み砕いて破壊するわけにも行かず、喉を詰まらせながらなんとか丸呑みし、胃液でも溶けない虫を腹の中で飼う。
「さて、これで諸君らは無事に一人前の星狩人とみなされることになった。星狩人協会の代表として心して行動するように……って誰も聞いてないな?」
 この状態で聞く余裕などあるはずもないレイル、タルテ、ファラーシャだった。

 ◆◆◆◆◆

 セルセラと虫のダメージから回復したタルテとファラーシャの三人は、とりあえず手に入れたばかりの辰骸環の具合を確かめたいと言って建物の外に出た。
 一人残ったレイルは会議室を出たすぐのところでラウルフィカに声をかけ引き留める。
「どうした?」
「先日伺った号の件なのですが……本当に俺などが、最強の星狩人の名を冠しても良いのでしょうか」
「そのことは、すでに決まった話だ。実際これまで最も強い星狩人と呼ばれていた男がお前を認めているのだ。何も遠慮する必要はない」
 前回の講習の後で、レイルはラウルフィカからその説明を受けていた。
 星狩人協会の頂点に立つ“一等星”と呼ばれる優れた星狩人。
 その中でも最強の称号“シリウス”への打診だ。
「……俺では力不足ではないかと」
「謙虚も度が過ぎると鼻につくぞ、レイル・アバード」
「う……」
 レイルは自分の実力をよくわかっている。純粋な剣技では生中な相手に負けることはないだろう。だが。
「剣の腕に不足はないと自覚しているから話を最後まで聞いたのだろう? 具体的に何が問題だ? お前は自分に何が足りないと思っている?」
 問いかけに想起されるは今朝方の夢。たった一人の少女さえ救えなかった過去。

「……強さで全てが救える訳ではありません。俺は、本当にただ剣を振るうことしかできない」
「救わなくても構わないが」

「……え?」
 あまりと言えばあまりなラウルフィカの物言いに、レイルは一瞬自分の聞き間違いかと思った。
 予想外の反応過ぎて、物思いに耽る余裕さえ与えてくれない。
 だが協会長の青い瞳は先と変わらぬ静かな湖面のままだった。
「そういうのは、セルセラの役目だ」
「……ええと」
「強さを極めた者に、他の技能まで要求する気はない。それに適した人材はすでにいる。だからこそ、我々がレイル・アバードという人間に要求するのは、ただ圧倒的なまでの強さ」
 ぱちぱちと目を瞬くしかできないレイルに、ラウルフィカは更に言った。
「逆に考えてみろ。今でさえ死者の蘇生までこなし、街や味方を守るために結界を張り、怪我人や病人を癒やすセルセラに強さを要求できるか? 魔王に剣を持って斬りかかれと言えるか?」
「それは……」
 できる訳がない。
「この十年間、セルセラは星狩人協会の防衛体制と言えるものを徹底的に強化し続けてきた。星狩人の戦死を減らし、街の被害を減らす計画の大多数を実行したのはセルセラの功績だ」
「……まだ十四歳の少女が、そこまで?」
「ああ。だからこそ“天上の巫女”と崇められ、畏れられる」
 何やらすごい人物らしいとはタルテが繰り返し言っていた。けれどレイルは己の知識不足のせいで、どうもそれがピンと来ない。
 だが、他者に伝えられる功績がわからずとも、共に戦った経験でセルセラが優れた魔導士であることはわかっている。
「防御を完成させた今だからこそ、純粋な戦力、セルセラに足りない攻撃面を埋める人材が必要なのだ」
 そのための最強。
「我々はセルセラに全てを背負わせる気はない。そしてお前にも、総てを背負う必要はないと言っておく」
 そのための仲間。
「少しは気が軽くなったか?」
 どこか苦み走った笑みを浮かべながら、ラウルフィカが諭す。
「強さ以外の力や知識が必要ならば、お前と共にいるセルセラたちを頼ればいい。そしてお前自身も、あの子たちを支えてやってくれ」
「……」
「シリウスの称号を受けたからと言って、今日明日に何がどうなるわけでもない。急いで結論を出す必要はないが、そういう方向でひとまず考えてみてほしい」
「……わかりました」
 レイルはひとまず納得し、静かに頭を下げてその場を離れる。
 ラウルフィカの説明は理解した。だが、レイルにはどうしても確信できないことがまだあった。

 ――あのセルセラが、そう簡単にレイルを頼ってくれるだろうか?