第2章 永遠を探す忠誠の騎士
028.白と黒の主従
新しい衣装と自分用の辰骸環を受け取ったセルセラたち一行は、翌日緑の大陸を旅立った。
目的地は藍色の大陸、別名を中央大陸。その名通りこの世界の中央に位置する大陸だ。
貨物船の一つが護衛を探していたので交渉して乗り込み、目的地まで海上の安全を守る。
魔獣と戦うのはもちろん、セルセラならば急な病人や怪我人、悪天候などへの対応もお安い御用だ。
「風よ、我らが船の盾となれ!」
荒れ狂う嵐の海、セルセラは船に結界を張る。
襲撃からの防御と言うより、船体が波と魔獣にひっくり返されないための処置だ。
嵐に乗じて襲い掛かってくる無数の魔獣を、迎撃するのは、ファラーシャたちの役目。
その手元で、真新しい辰骸環(アスラハ)がやっと来た出番を喜ぶように輝いている。
「貫け! “流花弓オフィーリア”!」
「燃えろ! “千夜槍シェヘラザード”!」
雨が叩きつける空中から飛んでくる翼持つ魔獣をファラーシャが弓で撃ち落とし、タルテは甲板に這い上がってきた蟹や海獣に似た魔獣を槍で突き刺し叩き伏せる。
「“雪の剣”よ!」
レイルは船体にへばりつく、烏賊や蛸に似た大型海棲生物の足をひたすら斬り捨てていた。
ミシミシときしむ船の上で、嵐の風雨をものともせず一行は魔獣の群れを振り払う。
その戦闘は、彼女たちの乗った船が嵐の海域を抜けるまで続いた。
◆◆◆◆◆
「助かったよ、狩人さんたち」
「こちらこそ。乗せてくれてありがとうな」
「あんたたちみたいに強い魔獣狩りならいつでも大歓迎だ。縁があったらまたよろしくな」
「ああ!」
無事に中央大陸の港街、西側の青や緑の大陸から来る船を迎え入れるアジェッサに着いた一行は、そこで貨物船と別れた。
気の良い船長や航海士、甲板から手を振って見送ってくれた船員たちに手を振り返してから、四人はアジェッサの中心地へと向かう。
「ここにあいつらが来てるはずなんだけどな」
港湾都市アジェッサ。
エレオド王国有数の大都市、工業都市であり、リゾート地。
温暖で日照時間が多く、太陽の光に恵まれた気候は今のご時世では貴重な保養地としても知られている。
左右対称の街並みや市立劇場、美術館などの代表的な建築物があり、その建築物を作るための石材が切り出された「地下道」なども名物である。
セルセラはこの街で、知己と待ち合わせをしていた。
「フィアナ皇帝とその配下ですか?」
「ああ。あのバカ皇帝、街のどこにいると書いてやがらねぇ」
エレオド王国と領土を接するフィアナ帝国の皇帝ディムナ。彼こそがセルセラの待ち合わせ相手である。
「セルセラなら魔法でぱぱーっと探し出せるんじゃないのか?」
「できる。だが面倒だ。ファラーシャだって飛べばすぐわかるところにいるから! って居場所を書かずにわざわざ探させる相手は嫌だろ」
「うーん。確かに」
「フィアナ皇帝……と言う方は何故そんな手法を?」
レイルが言い淀んだのは、例によって山籠り生活の長い吸血鬼は、かの有名な皇帝のことを知らなかったからだ。
中央大陸の北東から南西まで横断するように無数の小国を統一・併合して成立したフィアナ帝国。
ディムナはその初代皇帝。つまり、彼こそが五年程前に小国家群の統一を果たし一大帝国を築き上げたのだ。
「ディムナの考えなんて僕が知る訳ないだろ。ま、大方家臣を強引に説き伏せて護衛の一人だけ連れて出てきたから、街中で見つかってカンタンに連れ戻されるのがいやってところだろう」
「世界一の大国の皇帝陛下がそんなことで良いのでしょうか」
「フィアナ帝国はここ最近安定してるからな。それに奴の護衛は“あの”クランだし」
「?」
セルセラの台詞にタルテは納得したが、ファラーシャとレイルは疑問符を浮かべた。
ファラーシャはレイルよりはまだここ最近の出来事を知っているが、それでもセルセラの口にした名には聞き覚えがない。
「先に皇帝陛下を探しますか? それとも」
「まずは拠点を決めて軽く情報を集めた方がいいだろう。この街の情報もだし、中央大陸そのものもな。僕はちょっと情報屋のところへ行って来る」
「私もそちらに同行しましょう。ファラーシャとレイルは宿を探して二部屋取っておいてもらえますか?」
「わかった!」
「では落ち合う場所を決めよう」
◆◆◆◆◆
街人に宿屋の場所を聞き、宿泊の申し込みをする。その程度ならば世間知らず二人にもできる。ファラーシャもレイルもそう考えていた。
「満室?」
「……どこも空いていないのか? 最悪、大部屋で雑魚寝でも構わないのだが」
「申し訳ありません。現在団体のお客様でいっぱいでして……」
中央大陸、それもその玄関口となる港湾都市と言えば、人の往来も激しい。
当然宿の数も質も大陸有数で、まず泊まる場所が見つからないなどということはない……のだが。
三軒目の宿も満室で断られ、レイルとファラーシャは顔を見合わせた。
「街で聞いたとこ全部当たっても駄目だった。どうしようレイル」
「……先客がいるなら仕方がない。だが団体客と言うのは……」
旅行や観光をする者はまったくいない訳ではないが、平和な時代に比べれば珍しいと言える。
宿の利用者というのは星狩人のような流れ者を始め、商人や、手紙や物資を届ける早馬などの仕事人が多い。
だがレイルやファラーシャが見たところ、それらしい人間が街中に特別多いとは感じなかった。
(どちらかと言うと、多いのは……)
町人の装いをしても鍛えられた筋肉までは隠せない屈強な男たちは、レイルの目には軍人か傭兵のように見える。
「なーんか、変な雰囲気」
ファラーシャが溜息をつく。
二人がとぼとぼと歩いていると、道の脇で怒鳴り声を含むやりとりが聞こえた。
「ですから、それは……」
黒髪の小柄な少年が、工夫のような男たちに絡まれているようだ。
周囲を行く人々も何事かと遠巻きに見つめているが、誰も助けに割って入る様子がない。
どちらが悪かったのかはわからないが、戸惑う少年一人に対し、激した男たちの方は聞く耳を持たないようだ。
「ちょっと行って来る」
「いいのか、レイル。私たちが口を挟んで」
レイルとファラーシャの脳裏に、セルセラの呆れた顔が過ぎる。
絶対に『余計なことに首を突っ込むな』と文句を言われると思うが……それはそれとして、己の思う通りの行動を取ることにした。
「そのままにはしておけないだろう」
「ま、怒られたら謝ればいいか!」
ファラーシャがにっこり笑って、行け行けとばかりに拳を振り上げる。
レイルは今にも手が出そうな街の男たちと少年の間に割って入ろうとした。
「このガキ!」
本職ではなくとも、護身用の短剣くらいは誰でも持っている時代だ。
しかしさすがに刃物まで持ち出しての刃傷沙汰はまずいだろう。
「おい、あんたたち。何があったか知らないが、その辺に――」
一同を止めようとしたレイルより早く、その人物は動く。
「やめてください!」
しっかりとした口調で言い放ち、振り下ろされた刃物の先を片手で軽々と白刃取って止めたのは、絡まれていた当の本人であった。
「剣を向けられたら、こちらも剣で対抗するしかありません」
言いつつ、攻撃を仕掛けてきた男の顎に鋭い掌底を繰り出し一瞬で沈める。
いい腕だ、とレイルは思った。
そしてそんな少年を背後から狙う、別の男の膝に足を引っかけて転ばせる。
「どわぁ!」
「どんな理由かは知らないが、不意打ちはやめておけ」
レイルとしてはまっとうに喧嘩の仲裁をしたつもりだったのだが。
「てめぇもそのガキの仲間か!」
「え?」
驚いた少年が振り返る。背中を見せたのを好機と捉えた別の男の腹部に横蹴りをかまして吹き飛ばしながら。
「あの、あなたは」
「ただの通りすがりの者です……がっ」
横合いから殴り掛かられたのを躱すレイルの語尾がひっくり返る。
少年を囲んでいた男たちはいつの間にか増援を頼んだらしく、道の向こうからもう何人かが駆けてくるのが見えた。
「ここにいると巻き込まれますよ」
「もう十分巻き込まれているようですのでお気になさらず」
殺気立った気配に取り囲まれながら暢気なやりとりを交わす少年と青年に、ついには大通りを歩いていた人々も注目し始める。
「あれー?」
人込みの向こうでファラーシャがなんとも言えない表情でいるのを確認したレイルだが、応えようにも背後から斬りかかられたのを躱して手首を打ち剣を落とさせるのに忙しくて声をかけられない状態だ。
黒髪の少年はレイルに負けず劣らず鮮やかな手並みで男たちをのしていく。
小柄なその身体から想像できない腕力を発揮しているらしく、ドカッやらバキッやらなかなかいい音が絶えず響き渡っていた。
いつの間にか周囲は倒れ折り重なった男たちの山を囲んで野次馬が集まっている。
ついには街の警備隊までもがやってきた。
これでようやく解放されるとレイルが一息ついた時、警棒をかざした警備隊が言った。
「この騒ぎの元凶はお前たちだな!」
「「違います――!!」」
騒ぎはまだまだ終わらないようだ。
◆◆◆◆◆
セルセラとタルテの二人が情報屋のたむろす裏通りの酒場から大通りに出ると、街中がどことなくざわついていた。
「なんだ?」
「どこかで、何か起きたようですね」
「まさかレイルたちが関わってるんじゃねえだろうな」
喧騒から荒事の気配を感じ取ったタルテの言葉に返すセルセラは冗談のつもりだったのだが、残念なことに嘘ならぬ冗談から出た誠になってしまったようだ。
騒動の現場に辿り着いたところで、人垣に囲まれているレイルとそれを困った顔で見守っている一際背の高いファラーシャを見つける。
そして更に、人垣の後方で同じようにやりとりを見物している金髪の美丈夫を見つける。
「あ」
「どうしました?」
レイルの淡い月光色の髪とは違う、こちらは太陽の光を思わせる濃く明るい金髪で、一目でそうとわかる程体格の良い二十代後半の青年。
「見つけた……! おい、ディムナ!」
「おお! セルセラじゃないか! 来てくれたんだな!」
早速抱き着こうとしてきた皇帝の顔面を掌で鬱陶しそうに押し返し、セルセラは問う。
「どういう状況だこれは?」
「クランが何事か仕出かして、あの金髪の少年が巻き込まれたようだな」
ディムナの言う金髪の少年とは、言わずもがなレイルのことである。少年と青年の境目の外見をしているレイルは、見るものによってどちらとも表現される。
「あいつは少年っていう歳じゃねーよ」
「なんだ、知り合いだったのか?」
「不本意なことに」
セルセラは舌打ちをしながら、レイルとクランが警備隊に詰め寄られている様子を眺める。
だがすぐに状況を正確に理解して、角なく場を収める努力を放棄した。
「ああもう、面倒くせぇ!」
愚痴と共に彼女の周囲に強力な力が渦巻き、レイルとクランを含む騒動の関係者全員の体が小さな爆発に巻き込まれて吹き飛ぶ。
「「ぎゃぁああああ!!」」
突然目の前で人が吹っ飛びぎょっとする警備隊の前に、いかにも偉そうな態度で仁王立ちした。
「この場は星狩人協会が預かる」
星狩人(サイヤード)の身分と称号を示す徽章を取り出し、印籠のように突き出して言う。
……セルセラが聖女でありながらいろいろとありがたくない異名を無数に持つのはこういうことである。
「星狩人様……ですか?」
年若い少女のやたらと偉そうな態度に警備隊は怪訝な顔と共に警戒を見せたが、先程の爆発魔導を見ては星狩人という言葉自体を疑うこともない。
「ああ、経緯はこういうことだそうだ」
レイルの視界から勝手に引き出した記憶を警備隊と魔導で共有し告げた。
事情を理解した警備隊も、それならば自分たちが介入する必要もないだろうと、手を引いた。
結局レイルでももう一人でもなく、セルセラの魔導によってこそ地面に伸びた哀れな男たちを抱え起こしながら。
「はいはい、全員散った散った」
「畜生! このクソ女(アマ)!」
「あ!?」
「す……すいませんでした!」
セルセラは野次馬を追い払い、残った男たちも人を殺せそうな眼光で睨みつけ退散させる。
「で」
絡んできた男たちと一緒に地面に伏していたクランとレイルが起きるのを待ち、泰然とした表情でそれを見守っていた隣の青年に話しかけた。
「そろそろ説明してくれるんだろうな、ディムナ。僕をこの街に呼んだ訳を」
「おお、もちろんだ。セルセラ、それに連れの方々も」
快活に笑うディムナは人が好さそうに見える。見えるだけだということをセルセラは知っている。
「この近くに俺たちの泊っている宿がある。場所を変えてそこで話そう」