032.邪神の欠片たち

 煌めく螺鈿細工に真珠、巻貝や海星を模した金銀に飾られた竪琴を、まるで人魚のように美しい人物が奏でている。
 腰まで届く青みがかった銀髪はともすれば女性のようにも見えるが、よくよく観察すれば少年と青年の間のような年頃の男子だ。
 吟遊詩人が歌い終えると、酒場中から盛大な拍手が寄せられた。
 彼の歌声は透明でのびやか。初めは興味なさそうにしていた人々も、気づけば聞き惚れている。
 口々に賞賛の言葉をかけられた吟遊詩人が席に戻ってくると、二人の人物が待っていた。
 一人はたまに同じ任務を受けて旅の同行者となる女性、リーゼル。
 もう一人は、二人よりも更に年若い十代前半の少年の外見ながら、実年齢は五百を超えるはずの魔族。
 ふわふわとした銀色の髪に、室内なのにやわらかな帽子を被っている。
 誰もこちらに注目していないのを確認して帽子をとれば、その下には髪と同じ色の獣の耳がぴょこんと生えていた。
「相変わらずいい歌声だねぇ。詩人殿」
 その子供らしい外見でどうやって宿の主人に頼んだのか、手元にしっかり酒の入ったグラスを置いた人狼は吟遊詩人を褒めるついでに余計な口を聞く。
「毎回思うんだけどさぁ、“黒星将”ってあまりにも縁起悪すぎない? 黒星だなんて、最初から負けることが運命づけられてるみたいじゃん」
「そういう文句は、最初に我が主の断片を“黒い星”などと呼んだ輩にお願いします」
「ま、いいけどね別に。お互い満足できる協力関係を築けるなら、名前の一つや二つ」
 人狼の少年は、稚い見た目にそぐわぬ大人の笑みを浮かべる。
 相手が邪神の直属の配下、“黒星将”だと知っても怯むどころか始終面白そうな態度を崩さない。
 彼は魔族だが、同時にエレオドという国の軍人でもあった。
 こうして“人魚”と“がちょう番の娘”と顔を合わせているのも、主君であるヨカナーン王の命令だ。
「さて、ではお仕事の打ち合わせと行こう」
 三人はそれこそ打ち合わせたように、お互いの顔に見事な作り物の笑みを浮かべる。
「“天上の巫女”御一行様を出し抜いて、どうやって我々の目的を達成するか」
 協力してくれるんだろう――?
 軍人は邪神の配下に、まるで友好関係にある同僚を前にしたかのように尋ねかけた。

 ◆◆◆◆◆

 そもそも、魔王とは結局どういう存在なのか?
 いま存在する魔王たちは何を思い、人と相対するのか。
「全部話してもらうぞ」
「全部と言ってもねぇ……そっちが上手く聞いてくれなきゃ、こっちも話しづらいわぁ。私が知っている当たり前のことを、あなたたちがどう理解しているかなんてわからないもの」
 宿の一室。セルセラ、レイル、ファラーシャ、タルテの星狩人四人とこのドロミットだけが顔を突き合わせていた。
 ディムナとクランは先に休んでいる。
 ハインリヒに関する調査ついでに協会から魔王全体の調査資料を取り寄せたセルセラは、いい機会だと元魔王のドロミットから魔王側の情報を入手することにした。
「そりゃあそうだな。では言い直そう。こっちの質問に正直に答えろ。これでいいか?」
「私が知っていることなんて微々たるものよ。それでいいならどうぞお好きに」
 窓枠に腰かけ、自分の長い金髪一房、指先にくるくると巻き付けながらドロミットは言う。
「ちなみにタルテ……は無駄に情報通だからいいか。レイルとファラーシャ、お前たちは魔王についてどこまで知ってる?」
「えっと、魔王が全部で六人いて、それぞれ緑、青、紫、紅、黄、そしてこの中央大陸にいるってことぐらいは」
「……俺はそこまで知らなかった。ただ八十年前でも黄の砂漠に住む魔王の凶悪さは伝え聞いていた」
「ふむふむ。なるほど」
 レイルが青の大陸辺境の小国で聖騎士をやっていた当時は、各国への情報網自体がそれほど発達していなかった。
「ファラーシャは結構よく調べているな。現在の魔王の数だけじゃなく所在地まで把握しているとは」
「えへへ。褒められちゃった!」
「レイルに関しては、八十年前ならそんなもんだろうな。以前も言ったが星狩人協会は百年前に六の魔王の襲撃による大打撃を受けて、その後数十年間、権勢を落とした」
 逆にここ十年程は、“天上の巫女”としてセルセラが加わったことで協会設立以来の世界的影響力を持っている。。
「星狩人協会の歴史に関しては私もかなり興味深いところですが、今は魔王に関する情報共有を進めましょう。私も正直、魔王そのものに関する知識はファラーシャと似たようなものです。ただフェニカ教会の内部では、昔から“七人目の魔王を倒すと、邪神が蘇る”と言われています」
 タルテの言葉に、ファラーシャとレイルが目を瞬かせる。
「七人? 魔王は六人しかいないのに?」
「それに、最初の魔王が誕生してからもう何百年も経つんだ。入れ替わりや代替わりで、とっくに七人以上の魔王が誕生しているんじゃないか?」
「その辺りの理屈は、魔王発生の仕組みにある」
 タルテの後を引きとり、セルセラが現在魔王について判明していることを説明していく。
「星狩人協会が何百年もかけて集めた情報によると、魔王は邪神から直接“黒い星”を分け与えられて誕生するらしい。しかし邪神自体の魂も無数に散逸している今、分け与えられる力には限界がある」
 千年前の創造の魔術師・辰砂との戦いで、邪神の魂は無数の欠片となって世界に降り注いだ。
 その魂の欠片を“黒い星”と呼ぶ。
 そして“黒い星”を宿したものは、邪神の負の感情に引きずられ暴れ狂う魔獣となる。
「“黒い星”は小さなものならその辺の動植物や無機物に宿って魔獣を発生させる程度だが、集まれば邪神の意識を強く宿す個体になる。元々、魔王はそうして発生した」
 世界に無数に散らばった邪神の魂の欠片。
 時を経る内にいくつかが寄り集まって邪神の意識の一部として復活し、同じように力を集めて他のものに憑りつかせ魔王と成す。
「力の強い魔獣はただ戦闘能力が高いだけではなく、黒い星を有する量が多い分邪神に近い存在になると言う訳だな」
「魔獣が強さを求めると、邪神に乗っ取られちゃうってこと?」
「その通りよ」
 ドロミットがつまらなさそうに肯定する。
 セルセラはさらに続けた。
「集まらなきゃ意識が復活しないってことは、逆に考えれば邪神が自我を保てる限界の分割数があるってわけだ」
「邪神の分割?」
「ここに一つの蜜柑がある」
 どこからか本当に蜜柑を取り出して円卓の上で剥き出すセルセラ。
「「……」」
 タルテたちが何事か言いたくなるのを堪えている合間に剥き終わると、六房の蜜柑を指で示しながら説明する。
「蜜柑は小さな袋がたくさん集まってできている。丸ごと食べても蜜柑。皮を剥いて一房ずつ食べても蜜柑。でも房の中の小さな粒にまでしてしまうと、蜜柑を食べている気にはならないだろ?」
「なんとなくわかったぞ! つまり、魔王と言うのは蜜柑の房なんだな!」
「そういうことだ」
「それでいいのですか……」
 子供向けの説明に対するタルテの呆れた突っ込みは無視され、蜜柑こと邪神と魔王の話は続く。
「蜜柑を切り刻み過ぎれば原型を失くすように、邪神にも分割できる限界がある。それが同時代の魔王の人数に反映されているのなら、魔王は常に六人以上に増えることはない。……つまり、魔王六房入りの蜜柑が邪神だ」
「まさか自分たちを蜜柑の房に例えられる日が来るとは思わなかったわ……」
 ドロミットが窓枠にもたれて脱力している。
 こんな会話だが聞いているファラーシャとレイルは真剣である。一応。
「魔王の人数が邪神の力の総量に関係している以上、魔王は代替わりこそあれ一時代に六人以上増えることはないということだな。では七人目の魔王というのは?」
「七人目の魔王は、六人の魔王の力を結集した存在じゃないか、と言うのが現在の見方だ」
 七人目の魔王という言葉自体は協会の記録にも昔からある。
 しかし、誰が言い出したのかは定かではない。魔王側からの情報が流れてきたのかもしれない。
 一時代に六人までしか同時に存在できない魔王。
 次の魔王が生まれる前にその全員を倒せば、次に生まれる魔王が全ての力を持って誕生する。
「では、その七人目の魔王も倒した時は――」
「これまで分割して魔王たちに分け与えていた総ての力が邪神に還り、満を持して背徳神グラスヴェリアが蘇る……と、言われている」
 セルセラが今年一年で全ての魔王を倒すと宣言した理由がこれだ。
 邪神側がどういうペースで魔王を生み出していくのかわからない以上、六人の魔王全員を倒すのも可能な限り短期決戦を目指すしかない。
 最初の一人目の魔王を倒してから六人目の魔王を倒すまでに次の魔王が生まれてしまったら、永遠に戦いが終わらない。
「……まぁ、この辺は実際七人目の魔王が誕生したことがない辺りただの推測だ。どうなんだ? ドロミット」
「私はそう聞いているけれど、確実かどうかと聞かれても断言できないわね」
 それは総てドロミットが死んだ後の話だ。
 自分が死んだ後の世界で起きる出来事を詳しく知っている者は普通いない。
 ……とはいえ、かつて魔王であったドロミットが一度死んだ後こうしてセルセラの使い魔として存在しているのだから、運命とは何があるのかわからない。
「そりゃそうか。でも他の魔王たちから詳しく聞いていたりはしないのか?」
「多少の世間話はしても、綿密に情報共有して全員で星狩人を倒そう! なんて集団じゃないわよ私たち」
「そうだな」
「そうだね!」
「魔王側がそういう姿勢だとしたら、人類はもっと悲惨なことになりますね……」
「ただ」
 ドロミットはどこか遠い目をしてぽつりと呟く。
「六の魔王は、これ以上魔王の数を増やすことを恐れていたわ。むしろ隙あらば他の魔王を喰らい、魔王の数を減らして自分が最強の王になろうとしている……できる限り近づくな、と四と五の魔王に忠告されたわ」
 ドロミットの言葉に、セルセラたちの興味は魔王の数から魔王そのものに移る。
「その四と五の魔王ってどういう人たちなんだ? いい人なのか?」
 ファラーシャの問いにドロミットは苦笑する。
 魔王にいい人も何もないが、実際この土地を守る意志のあるハインリヒなどは領民たちにとってはいい人(?)と言えるのかもしれないので難しい。
「いい人では間違ってもないと思うけれど。二人とも自分のやりたいことだけやって平穏に生きていきたいタイプよ」
「四はともかく五の魔王は結構な数の人間を殺してた気がするんだが……ちょっと後にして、とりあえず残りの魔王の情報を出してもらうか」
「情報と言ってもねぇ……」

 一の魔王、“剣士の魔王”である“灰かぶり”ドロミットは倒された。
 残る魔王は五人。

 一人は現在セルセラたちが対応に頭を悩ませる中央大陸の二の魔王“鉄帯”ハインリヒ。“槍の騎士の魔王”。

 三の魔王は青の大陸にて亡国の城に住まう“青髭”ラヴァル、“射手の魔王”。
 四の魔王は紫の大陸の群れの長“試練の獅子”アサド、“獅子の魔王”。
 五の魔王は紅の大陸で一国を支配する“白雪”リヒルディス、“黒の魔王”。

 そして六の魔王は、黄の大陸の黄金砂漠と呼ばれる地域の廃墟と化した城砦に棲む。

「六の魔王の名前は? それ以外の情報も」
「知らないわ」
「知らない? 名前もか?」
「知らないわね。アサドもリヒルデも六の魔王のことは“カレ”としか呼ばないもの」

 最強にして最悪。誕生して以来六百年間、誰にもその座を明け渡さない六の魔王。
 一度も代替わりをしたことのない魔王は彼だけだ。
 人間たちが彼の名を知らないことは向こうがご丁寧に名乗りでもしない限り当然の認識だったが、まさか身内であるはずの他の魔王にすら明かしていないとは予想外だ。
「私たちが六の魔王について知っていることは、あいつが恐ろしく強くて性格が悪いってことだけよ。――ああ、そうそう。あと、あいつは人間の男を殺してその顔を奪うから、今の姿も本当の顔じゃないみたい」
「……その話は知ってる」
 六の魔王の容姿に関して、ドロミットは結構衝撃的な話をしたのだが、セルセラは硬い顔で頷くに留める。
「知ってたの?」
「お前こそ知らなかったのか? 今の六の魔王の容姿は」
 続く言葉に、ドロミットだけでなくその場の全員が息を呑んだ。

「奴が百年前に殺した“シリウス”の星狩人……ラウルフィカの養子の顔だ」

 ◆◆◆◆◆

「こんにちは、ヤムリカちゃん。ラウルフィカ様は?」
「お部屋ですけど、今は行かない方がいいと思いますよ」
 月神の眷属たちの住居の中でも一際立派な石造りの屋敷。
 そこには現在、ラウルフィカと養女のヤムリカが一緒に暮らしている。
「お兄様の絵姿を眺めていらっしゃるみたいですから」
「ああ」
 シェイが顔を曇らせる。
「あれからもう百年か」
 今は父と義理の娘のの二人暮らしの広い屋敷。かつては父と義理の息子の二人暮らしであった。

 広いが物の多い書斎。壁を埋め尽くすように並べられた本棚の前に立ち、ラウルフィカは一枚の絵姿を眺めている。
 片手で抱えられるような小さな額縁の中、自分と共に描かれているのは一人の青年だ。
 彼は百年前の“シリウス”。
 当時最も強く、魔王を倒して平和を取り戻すと期待されていた星狩人。
 そして、ラウルフィカが赤ん坊の頃から育てた養子でもあった。
 ――必ず、魔王を倒してみせます。
 六の魔王はこれまで五百年誰も倒すことができなかったのだ。
 他の魔王を一人、二人と片付けることができても、それが最後の魔王に通用するとは限らない。
 だが養い子は頑として譲らなかった。
 自分だけ安全な天界で守られている訳にはいかないと。
 そして黄の大陸の砂漠に赴き――魔王に敗れた。
 あの日の衝撃はよく覚えている。
 息子の帰りを待つために、ラウルフィカも黄の大陸の一支部に詰めていた。
 胃が捻じれるような緊張を最悪の形で打ち破ったのは悲鳴と破壊音、濃厚な血の臭い。
 とにかく事態を把握しようと慌てて飛び出したラウルフィカの目の前に、“それ”は現れた。
 事切れる寸前の職員が「どうして」と呟く。
 ――君が星狩人協会の長か。なるほど、なかなか美しい男だな。
 片手に血塗られた剣を持ち、人体を紙屑のように引きちぎる男の顔は、よく見知ったものだった。
 一度も見たことのない表情、引き攣れた嘲笑に、絶望を通り越した感情が心を染め上げていく。
 どさりと地面に投げ出される首のない胴体。着ている服は元の色もわからぬ程血に染まっているが、確かにラウルフィカが養い子に送ったもの。
 ――あの勇者様の顔はこの私がもらったよ。とっても素敵な贈り物だ!
 息子を殺害し、その首を斬り落として自らのものと挿げ替えた化け物。
 六の魔王は、嬉しそうに言った。

「ラウルフィカ」
 呼ぶ声に導かれ、過去から今へと意識を戻す。
「シファか。どうした?」
「セルセラが二の魔王に接触したってよ。あとこの前の資料の礼を伝えてくれって」
 セルセラの師匠にして養い親、辰砂の弟子の一人・紅焔ことシファは平静に告げる。
「……なぁ、シファ。お前は不安ではないのか。セルセラを魔王と戦わせることを」
「別に。あいつは女の子だし戦いが趣味でもなければ大義のために自分の命を捨てる義理もない。引き際はちゃんと心得てるよ」
 かつての養い子を喪ったラウルフィカたちは、セルセラが魔王を倒すと言い出した時かなり渋った。
 しかしこれまでセルセラがどれだけ対魔王戦の準備をしてきたかを理路整然と語られて折れざるを得なかった。
 セルセラはまだ若い女の子だ。武芸に長けた男ではない。
 だが逆に、女であり防御と回復に優れた魔導士であるセルセラならば、自分こそが世界を救う勇者にならんと命を懸けてしまう男よりも、自分や仲間の生存を優先してくれるかもしれない。
 ――最終的にはそう信じて送り出した。
 生き残ってほしい。
 願いは、ただそれだけだ。
 大義のために命を懸けるなんて馬鹿らしいと、嘲笑う性悪で構わない。
 魔王を倒す役目など、いまだ地上で寝こけているだろう“真の勇者”様にでも任せておけばいいのだ。
「ラウルフィカ」
 紅焔の魔術師は言う。
「子どもたちの人生は子どもたちのものだ。実の親だって口出しできないのに、ましてやただ拾って育てただけの僕らに言えることはないよ」
「……わかっている」
 ラウルフィカは姿絵を元通り棚の奥に伏せて置いた。
 ――今、運は彼らに向いている。
 セルセラに同行している三人は、いずれも只者ではない。
 特にレイルは、それまで最強の星狩人であったアンデシンが手放しで大絶賛する程の剣士であり、決して死ぬことのない不老不死。
 彼の力を最大限に発揮してもらえば、本来少なくない犠牲を出すはずだった六の魔王討伐作戦の成功率が格段に跳ねあがる。
 今しかない。
「我々は我々の役割を果たさねば」
 過去を悔やむならばこそ。
「今度こそ、六の魔王を倒す……!」

 ◆◆◆◆◆

「そんなことがあったのか……」
「だから僕……というか、僕ら天界に住む星狩人協会幹部は個人的にも六の魔王に恨みがあるって訳」
 同じ百年前と言っても、六の魔王による星狩人協会襲撃事件は、ドロミットが魔王になる少し前の出来事のようだ。
 自分の前の“シリウス”の末路を聞き深刻な表情をしているレイルを前に、セルセラはそう考える。
「夜も更けたし今日はこのぐらいにしておくか。ファラーシャ、そこの蜜柑食べていいぞ」
「わーい。もぐもぐ」
 セルセラが剥いて放置していた蜜柑は、皮までぺろりとファラーシャに平らげられる。
「六の魔王がどれだけ悪辣だろうと、こうして残らず平らげてしまえば同じこと」
 酷く冷たい表情で、セルセラは一度も会ったことがないのに顔だけは知っている宿敵へ吐き捨てる。
「見ていろ。今度は僕たち星狩人が、お前を喰らう番だ」

 ◆◆◆◆◆

 見回りに星狩人たちが同行した翌日。
 かつての領主の館。今は二の魔王ハインリヒが主人役を務めるようになったフロッグ公爵家の館では、新たな客人の訪問を迎え入れていた。
「最近はお客様が多いですね」
 独り言ちるハインリヒの前で、黒髪を三つ編みにしたリーゼルという名の女は優雅に礼をする。
「初めまして、槍の騎士の魔王様」
 魔王とは別の邪神の配下、黒星将の一人はうっそりと笑う。
「ぜひ、聞いて頂きたいお話があるのです」

次話 033.約束と宿命
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