第1章 水の大陸
3.火神覚醒(3)
025
フィスはすぐにシャイデに向かう必要があるというセダたちに護衛をつけて国境まで送り届けたばかりだった。丁度入れ違いでシャイデの使いが届き準備に明け暮れている間に、シャイデの国交を結び直すための団体が到着した。
本来なら城に招待するところだが半壊のままなので、王家が所有する屋敷の方に案内する。フィスは到着の知らせを聞いて、案内した屋敷に足を向ける。
「陛下、今回の中心人物であります、エギリ大臣です。シャイデでは主に我が国との国交に際し、様々な便宜を前から取り計らって下さっている方です」
フィスはその大臣に向けて歩み寄り、落ち着いて挨拶をすませる。さて、ジルの話ではキア王が来ているという話だったが、紹介されないということは来ていないか、まだ隠れているのか。
「本日は長旅でお疲れでしょう。夜にはささやかな宴を催しますので、それまでごゆるりとなさってください」
フィスが言うと、大臣も頷いてそこでお開きとなる。僕の数のも多いし、それ以外の重鎮も何人かいるなかで、キア王らしき人物かは見繕えなかった。
しかし、ジル曰く、フィスに会いたいのだからいつかコンタクトを取ってくるだろうとフィスは思っていた。その予想は辺り、ラトリアの団体が到着する前、戴冠式までの間、シャイデとは国交の復活等の話がだいたい思うように進んだ。
そして予想外の大人数でラトリアが到着してもキアがフィスに接触を持つことはなかった。やはり、来ていないのかもしれない。
「にしてもラトリアは大人数すぎだな。二百名もくるなんて予想外にも程がある」
フィスはこっそり溜息をついた。ジルに言われて議会内を早急に洗っていたが、ジルの言うとおり、ラトリア新派の議員が多い事実にフィスは驚いた
。今回のあり得ない人数の集団も、それらの議員の計らいで全員ジルタリア国内で賓客扱いとなっている。
フィスは最初関係者のみ招待し、それ以外のどう見ても軍人は国境で待機してもらおうと思ったのだが、思わぬ反発にあって叶わなくなってしまったのだ。
とりあえず、予想の三倍である五十名強を招き、それ以外の兵士には国境付近で自陣を張って貰って待機という形でお願いした。
「なにが狙いかな」
部下に耳打ちすると部下も首をひねる。
「陛下の力量を試しているのかもしれないですね」
「試す? 二百名くらいもてなしてみろっていう国力かな。それとも毅然とした態度で臨めと言う私の器?」
「どちらもかもしれないですね」
「では、後半は失敗したことになるかな」
「どうでしょう。これで懐の深さは示せたかと。もしかするとシャイデに牽制をしたいのかもしれません」
シャイデと国交を結ぶことでラトリアはシャイデより自国の強さを示すつもりかもしれない。
「ジルのこともある。ラトリアの動きには注意してくれ」
「はい」
フィスはそこで部下と離れ、半壊した城を見上げた。すると同じように城を見上げている若者が視界に入る。見ると賓客の証である記章を身に着けていた。
「みすぼらしいですか? 国の象徴である城がこの有様では。本来なら城を建て直してからご招待するべきなんですが」
フィスが若者に声をかけたのは偶然だったが、若者は振り返って首を振った。フィスを王とまだ気付いていないだけかもしれない。フィスは部下が一人だけ護衛についていたが、一国の王としては共が少ない。
「建て直しより先にすべきことがあるという決意に取れます」
若者はそう言ってフィスを初めて正面から見つめた。光によっては薄い色にも見える金髪に、鮮やかな青い目。
「そう取って頂ければ幸いですが……」
「形あるものはいずれ壊れます。形ないものの方が、壊れ方も腐敗も見えにくい。だからこそ、途切れぬ絆もあるわけですが。願わくは、シャイデとジルタリアの絆が良き形で永久に続くといいですね」
「そうですね。私が、いえ、私たちでそれを形にしましょう」
フィスは若者が名乗らなくても誰か分かった気がした。発言に重みがあって、遠く違うことを考えているような眼差しであって、真剣に対峙してくれるその気質。
「お初にお目にかかります。この度は我が国が大変失礼をいたしました。シャイデ王」
フィスの言葉に若者は瞬きを数回して、驚きを表すと、ふっと笑った。
「とんでもない。私たちが至らぬばかりに物事を大きくして、こちらこそ申し訳ないです。フィス王」
否定もなく、対等に言葉を返す。目の前にいる若者こそ、シャイデ一の王―キア=オリビン。
「申し遅れましたね。私はシャイデ第一の王、キア=オリビンです。……カラ王はお亡くなりになったとか。お悔やみ申し上げます。すばらしい賢帝でありました。隣国ながら平和なジルタリアをうらやましく思っていましたよ。末永くお付き合いしようと思っていた矢先だっただけに、残念です」
キアはそう言って頭を下げた。その言葉を聞いて背後の部下が息をのんだ。フィスも苦笑する。
「未だ実感が湧かないのが現状です。いずれ葬儀も執り行わねばならないのですが、ね」
「その際は是非お知らせください。そういえば、この度は愚弟と愚妹がご迷惑をおかけしました。あれらに振り回されたのではないですか」
笑った顔がジルやヘリーにどことなく似ている。
「いえ、こちらこそ、自国の事に巻き込んでしまって。お力添えに感謝しております」
「役に立ったならいいのですけれど。特にジルは嵐しか起こさない子供ですから」
「いいえ。ジルがいなければここまで簡単には済まなかったでしょう。優秀な弟君をお持ちだ。そうだ、お時間はありますか? ヘリーが、いえ、ヘリー女王が貴方をお待ちですよ」
「ヘリーでいいですよ。それに、私もキアで構いません。今はただの書記官ですから」
キアが笑う。フィスはキアを促した。
「それならジルやヘリーと同じように公式の場でなければ友人になってください。王座についたものでしか味わえない愚痴などもありましょう?」
「確かに。配下には言えませんからね。特に私たちは兄弟で王ですが、あなたはお一人だ。よい吐け口になれれば幸いです」
キアはジルをぐっと大人にしたような落ち付きが備わっていた。たしかに長子たる威厳もある。フィスは隣国同士としても、個人的な付き合いでも友人になれたらいいと心から思った。そうこうしているうちにヘリーがいる部屋までたどり着いた。
「ヘリー、開けるよ」
ノックしても返事が無いので、一応声を掛ける。ドアノブが回り、鍵がかかっていないことがわかる。フィスが扉をあけると部屋の中は無人だった。
「あれ? 出掛けているのかな?」
セダ達と共に光もジルタリアを出てしまい、落ち込んでいる様子だったのだが。キアは失礼、と言って部屋に入り込む。机の上に簡単な書き置きがある。
「……っ、ばかが!」
キアが怒った様子で紙を握りしめた。フィスはどうしたんだろうと覗き込む。
「ヘリーはジルを追っていったようです。最後にあれを見たのはいつですか?」
「ええ?!! ジルが出ていったのは一週間も前ですよ!? すぐに捜索を…!」
フィスは驚いた。部下も慌てている。
「いえ、結構です。危険な目に遭わなければわからないなら、あって痛い目を見るといい。馬鹿にあなた方の手を煩わせるわけにはいかないので。ジルに知らせておけば、ジルがなんとかします」
キアが切り捨てるように言った。
「で、でもヘリーもジルもまだ子供ですし。少なくとも一昨日までは自国にいたわけですから、探せば間に合いますよ!」
わずか十五前後の少年少女が大国を渡るような旅をするのを止めないとは。
「ジルは結構前に出たのでしょう? ならヘリーもすぐには見つかりません。ジルに追いつこうとしているでしょうから。私たちシャイデの王は半人です。エレメントを宝人のように使えます。ヘリーは光と風のエレメントの加護を受けています。いざとなったら逃げる術は叩き込んでいますし、ジルにはいつでも連絡がつけられますから大丈夫です」
フィスはそういうものか、と思いながらキアに言い聞かされて結局ヘリーに関しては何も出来なかった。
「それより、お時間はおありですか?フィス王」
キアはにっと笑った。
「はぁ……」
「ここは結構絶好の場所ですね。ラトリアもシャイデもジルタリアも近づかないようですね」
ヘリーは半壊した城の一室を使っていたのだ。セダ達が楓を宝人も人の目からも離すために半壊した建物を使っていたのに便乗した形になる。だから、半壊した城のこの居住区域には誰も近づかないのだ。
「友人を望むからには秘め事はなしですよ? フィス王」
キアが微笑む。
「一緒に友人らしく、悪だくみしませんか?」
「え」
フィスは優雅なその微笑みが、悪魔の微笑み見えたような気がした。部下も最初の印象とキアが異なって見えると、後に証言することになる。
フィスはとりあえず、この場にいることは秘めて、しばらく留守にするように部下に言いつけた。一人にすることは心配しているようだが、キアは武器を一つも持っておらず、なんなら縛っていきますか? などと平気で口にするものだから、害することはないのだと信用して二人きりにしてくれた。
二人きりになって開口一番にキアが言ったのは、前王の死因を調べたか、だった。フィスは頷く。そして自分の予想と、隠されていた事実を述べた。
「そもそも、これは国の最大の秘密でしたから、知る者は少ないのですけれど……父上を殺す理由が叔父上にはないんですよ。しかし偽王として叔父上を語っていたパンチャーズ大臣にはあったんです」
「パンチャーズ大臣?」
キアはジルタリアの重鎮の一人を思い出したようだ。ラトリアとの国交大臣だ。
「今、御病気で伏せっていらせるのでは? カラ前国王のご親友であらせられる方でしたよね?」
静かに考え込むようにキアが確認する。フィスも頷いた。
「すごく考え、調べました。この度のこと。なぜ父上が殺される必要があったのか? なぜ叔父上が王座について、私が犯人だと追手を掛けられ、私を逃がし、匿った者の屋敷が焼き払われたのか」
フィスはそう言った。円満に進んでいたはずの王位継承が乱れた理由は。
「実はパンチャーズ様は、父上の隠し子だったようなのです」
「前王の?? 隠し子……それは、また……」
ありがちな、というセリフは心の中に留めておいた。そもそも家系図がちょっと複雑だ。 え? 結局偽王って何?
「そうですよね。ありがちなんですけど。父上には子供がいました。パンチャーズ様。そしてビス様は非公式の子供。そして私はビス様の実子。つまり前王は私にとって祖父みたいな間柄にあたるのです」
「!」
祖父みたいってなんだ?! その家系図よくわからん! とキアが内心突っ込んだ。もともとは前王のカラ陛下の年の離れた兄弟がビス殿下で、カラ王唯一の子供であるフィスが次期王位継承者という筋書きだったのだが。
「まだるっこしいので、ここでは敬称略で名前で説明しますね。
――カラ様にはご存じの通り、兄君であらせられます、ノニ様がいらっしゃいました。ノニ様の奥様、ルーミ様との間に子供はいない、そういう風に伝えられております。しかし、本当は一人おられました。それがビス様です。
ノニ様、カラ様、ビス様の三兄弟ではなく、本当はノニ様、カラ様兄弟です。そして、パンチャーズ様がカラ様の実子、そしてビス様はノニ様の実子。私はビス様の実子ということがわかったのです。
つまり、私にとって、カラ様は父ではなく、祖父の兄弟ということになります。ビス様が私の父上で、私にとっての叔父は存在しないということに…」
キアはちょっと待てと言いたげに手をフィスの前で示し、頭を抱えた。
「えっと、それでどうして王位簒奪に?パンチャーズ様はなんで王家に入ってないのですか?」
これはフィスを中心にするから分かりにくいのだ。ビスを中心におくとわかりやすい。
ビスとパンチャーズは従兄弟同士。ビスにとってカラは叔父。父はノニ、息子がフィスということになる。
「我がジルタリアは長子が代々王位を継ぎます。そうなるとノニ様の次の王位継承権を持つのは、ビス様ということになります。そしてその次が私ですね。しかし、ノニ様はビス様を授かった時には己の残りの命が少ないことを悟り、カラ様を次の王に指名しました。そしてカラ様が王位に就いたわけです。そうなると本来は私が継ぐべき王位はパンチャーズ様になります」
キアは頷いた。確かに、王の長子が王位を継ぐならば、そうなる。
「カラ様は、元々己が二男であることから王位を継ぐ予定はなかったのです。ですから、ビス様が生まれた時にビス様に王位を譲渡しようとしたのです。パンチャーズ様がいらっしゃったにも関わらず。それを知ったカラ様の奥様は激怒なさり、赤子のビス様の暗殺を謀ったわけです。結果的に暗殺は未遂で終わったのですが、カラ様はそれに怒り、奥様を死んだことにして国外に追放なさいました。そしてビス様がパンチャーズ様に狙われることのないように、兄弟としたわけです。そして罪人の子と罪人はジルタリアでは王位継承権をはく奪されます。それが未遂であってもです。よってパンチャーズ様は幼くして己に関係なく王位をはく奪され、カラ様の側近のご家族の養子となりした」
「ちょ、ちょっと待って下さい。そんなに都合よく子供を入れ替えたり、架空の血縁関係を作れたりするのですか?」
フィスはそこで苦笑した。
「ジルタリアでは、暗殺などの危険から身を守るために、子供が五歳になるまでは公表を控えることになっているんです。それで、その時はカラ様たちのご両親が存命でしたから、なんとかしたのでしょうね」
「つまり、兄弟と偽ることで、カラ様はビス様に王位を譲るつもりだったんですね?」
フィスは頷いた。兄弟にしておいて、カラに子供が出来なければ、次の王はビスにすることができ、ビスを兄弟と発表としてしまっても、いずれ王をビスにすることができる。
「そしてビス様は己がカラ様の弟であると思い、そのまま国を補佐しようと武力を高める旅に出た先で私を儲けるわけですが、それに驚いたのはカラ様ですね。その時ビス様は成人されていなかったので、旅から帰って来た我が子がもう、三歳後半にもなる子供を連れてきた。しかも私の母君にあたる方もかなり若くて……」
「でも、それでビス様の子供と公表しても問題ないわけですよね、王位継承にあたっては」
「それが問題なんですよ。ジルタリアでは未成年同士の結婚は罪なんです」
但し、成人まで結婚できないというような簡単な罪なのだが、罪は罪である。
「ってことは、ビス様も奥様も、そしてあなたも罪人と言うことになる」
フィスは頷いた。すると次期王位継承者がいなくなる。
「カラ様はお歳を召していらしたし、奥様は追放処分にしています。しかし、次期王位継承者がいないのは問題なのです。そこで、カラ様は今の奥様を早急に娶り、私を実子と偽ったのです」
キアはあっけにとられた。
「なんでカラ様といい、ビス様といい、自分が王になろうとは思わないんですか」
「ジルタリアは長子が王となり、弟はその王を支えるという王家の規範が存在します。王家の人間と公表されると同時に長子でない王家の男児は、サポートに徹底した教育を受けるのです。補佐ですから急に王を失った時にも対応は出来るのですが、精神面で兄を支えることを決めるように育てられますから」
だから、カラ王は己の子供より、兄の息子を優先したのだ。
「普通、そうなりませんけど……」
「そうですよね。でもそれがジルタリアなのです。徹底的に王位継承でもめることのないように、精神にまるで洗脳のように叩き込むわけです。兄のために国を支えると」
「それで、パンチャーズ様は、カラ王を恨んでいた……ということですか?」
知らぬ間に罪人の子としてあるべき王座を奪われ、そして本来なら自分が受けるべき恩恵をすべてフィスに譲られた忘れられた王家の人間、パンチャーズ。
「おそらく、そうでしょう。ただ、調べて分かった事ですが、カラ様は二男であったこともあって、追放された奥様はラトリアの王家の分家の人間だったことがわかっています。追放をこれ幸いと生まれ故郷に帰ったわけですね。そしてこの度のことはラトリア王が関わっている可能性が……高くなりました」
カラの前妻はラトリア王の血縁だった。シャイデのように内側からジルタリアを乗っ取るために送り込まれたとすれば、暗殺してまで我が子に王位を継がせようとするのは納得できる。
ジルタリアの王家を理解できていなかった前妻は息子というのをいいことに、息子が外交でラトリアに来るたびに接触し、毒を流すように口車に乗せたのだろう。カラ王を悪くいい、フィスから正当な王位を取り戻せ、と。
「それは……パンチャーズ様にも同情の余地がありますね。結局罪人の子と言う点ではフィス様も一緒だ」
「そうです。まぁ、罪の度合いは違いますが」
フィスはそう言った。
「ジルが言ってくれたのです。ラトリアの息がかかったものを調べろと。たぶん、偽王が誰であったかを探るだけでは分からなかったと思うのです。パンチャーズ様は顔もがらりと変わっておいでで、ビス様にそっくりでした。その、今となっては私の母上である女性から貰った白帝剣を母の代わりに大事にしていることを知らなければ差が無いと言って過言ではありませんでした」
フィスの母に当たる人はジルタリアに着く前、フィスを生んだ時に運悪く死んでしまった。だからこそ、ビスはフィスを連れてジルタリアに帰ったのだ。もう、王位を継ぐことは出来ないとカラに言う為に。
「にしても、フィス様やビス様の事を知っているカラ様の側近ともいえる方が、ラトリアに繋がっていることになるわけですか」
キアの言葉に今度は厳しい顔でフィスは頷いた。そう、フィスが罪人の子だったという情報を王家を離れた前妻やパンチャーズが知っているわけないのだ。誰から情報を流したことになる。
「その者の洗い出しは?」
「済んでいます」
キアは頷いた。そして口を開く。
「ジルタリアの王家の秘密をお話し下さったからには、私たちのお国事情もお伝えしなければフェアではない。ご存じとは思いますが、我がシャイデでは王の選定は水の魔神の意志が宿ります」
フィスはシャイデにも秘密があるのかと何回か瞬きを繰り返して耳を傾ける。
「シャイデでは近しい血縁、家族といって大丈夫だと思いますが、そのうちの四名が王に選ばれます。選ばれた王らは誰が言わなくても、全国民が王と認識するようになるのです。そして、王になった人間はそれ以外の血縁や家族を、自分達の血縁と認識できなくなります。ここら辺が国を治めるために不要な部分といえるのでしょうね」
それは無駄な王位の争いを避けるためか、王となった者の足枷を失くすためか。
「そんな!」
「いえ、たぶんそうなのでしょう。例えば、私たちの父が私たちが王となったからと言って王宮で贅沢三昧、好き放題したりすると、それは問題です。私たちは現在、父を父と思えませんから、当然のように拒否できるわけです」
「……そういう、ことですか」
つまり、王になった瞬間、家族を、親族をその絆を失くしてしまうのだ。それはつらい事に思える。王となった者も、残されてしまった者も。親族間の情が王の責務を果たすために不要だと魔神は判断していることになる。
「そして交替は、四人の王のうち、一人でも死ぬと、自動的に次の王たちが選出されます」
キアはそう言って語る。
「つまり、急な王の交代は……誰か一人亡くなったということなのですね?」
「そうです。今回の場合、前四の王が亡くなられました。……自殺とみられているのですが、暗殺の面も捨てられない状況です。その辺りは調査をもっとしたいところなのですが、時間がないもので。それに私達兄弟の周りにはまだ信頼の置ける配下がいません。これ以上は望めないかもしれないのです。その辺りをふまえて、私の推察になってしまうのですが……」
キアはそう言って問題を語りだす。
「シャイデは古代、魔神がまだ人間の前に姿を現していた時代に出来た国。平和と宝人との友好を誓った国です。我々シャイデの王は、宝人に危機が生じた場合はその原因を排除し、救済する義務があります。王は宝人を友とし、宝人のために行う『宣誓』は絶対です。ですから今回のジルタリアは直接原因を行ったと思われるので我々は『宣誓』を行いました。シャイデではそれをどう取られたと思われますか?」
「それは多少混乱したでしょうが、王の『宣誓』なのですから……当然と動かれたのでは?」
キアは苦笑と共に首を振る。フィスは驚いた。
「議会が大反発。それどころか魔神との古の誓いなど御伽噺と神殿でさえ笑う始末です。今回ジルとヘリーが単独で貴国に乗り込んだのは、そういう理由があります。私達は前王の息がかかった議会と神殿、軍部に認められてはいないのです。とりあえず形だけの王として書類整理しか頼まれない位ですよ」
「……そんな……」
フィスは呟いた。そう考えると、偽王がたった故に、その後に正当な王として認められたフィスは優秀な部下を持ち、信頼をしてもらって幸せだ。
「だから調べたのですよ。歳若い王が即位したなら親切な部下が一人くらいいてもおかしくないかと」
キアは自嘲するかのような顔で笑う。
「何を、お調べになったのです?」
「金と人の動きです。そして神殿と軍部。これで浮かび上がった事実があります。シャイデはラトリアと深い部分でもうずっと前から繋がっています。切り離すのが難しいほどに」
「っ! ラトリア、ですか」
ジルに言われていたのだが、キアから言われると重みが違う。
「前王らはそれを黙認ではなく、自らそうしていた節さえある始末。そうして貴国で偽王がしようとしていたように、人身売買や資金提供だけではなく、宝人のやりとりも行っていたようです」
「何ですと!!? 宝人を、ですか?」
「そうです。シャイデは宝人の国民をラトリアに密かに売っていたようです。到底許されることではない」
キアが呟く。その目には怒りが宿っていた。
「前王の一人がそれに危機感を持って自殺したのか、誰かに危機感を抱かれて殺されたかは知りません。でも、手遅れになる前に交代できてよかった。このままいっていればラトリアとの癒着なんて些細なことです。魔神に誓った我々が宝人を裏切れば、シャイデの信用は地に落ちます。復興などありえないほどに、壊滅させられるでしょう。もしかすれば、シャイデを筆頭に水の大陸が、水に沈むかもしれない」
そう、水の魔神の加護を得、水の魔神と信頼関係を結び、水の恩恵を受け、水の魔神と宝人らに『誓った国』。
「――水に沈む……!」
「事の重大さをシャイデの誰もが理解していない。それこそ最大の危機です」
キアが言う。
――盟約の国の重さ。その責務。放棄し、人間の好き勝手にしたら最後。人は魔神に見捨てられ、そして滅ぶ。
「ラトリアの、目的は?」
フィスが言う。事が大きい。ジルタリアもシャイデも巻き込んで何を望むのか? 大陸の統一か?
「そんなこと、どうでもいい。何が目的であろうと関係ありません。重要なのは『約束を破らないこと』ですよ。魔神からすればシャイデもジルタリアも些細なもの。しかし我々王は国民一人一人の命を負う責務がある。罪の無い国民に災厄を与えないようにするのが我々の義務です」
フィスは事の重大さが、ずんと身体の奥に響いてきた。ただ単に父が殺され、偽王が圧政を一時的に行っただけではない。ラトリアが行おうとしている何かによって神の国が巻き込まれ、水の魔神を怒らせてしまえば、神にとって人間個人の区別などつきはしない。
何万という人が死ぬ。それは宝人の反乱という形で起こるかもしれないし、魔神が直接手を下すかもしれない。
「我国でそれを言ったところで鼻で笑われるだけでしょうね。だからといってこのままにしていては遅いのです。現にラトリアは貴国を使って宝人の里を一つ壊滅させたばかり」
……知らないうちに罪人にされている。水の魔神にそれを理解してもらえるとは思わない。神に守護を約束されていると言うことは逆を言えば、神の怒りを一番受けやすいということでもある。
「だから、ジルはラトリアに急いだのですか」
キアが頷いた。
「必要とあれば、あれはラトリアの王を殺すでしょう。そしてラトリアと戦争になるかもしれない。でも、それでいい。そんなことで済むのであれば」
「―!!」
フィスは目を見開いた。それが、神の国を背負う覚悟。水の魔神の怒りを避けるためなら、戦争さえ厭わない。
「選んでいただきたい。ラトリアを敵にするか、我らと敵対するか。それとも自国を優先し、傍観に留め、事が生じてもただ流されるかを」
本当に水の魔神は今も人を監視しているのか、天罰は本当に起こるのか。そういう次元ではないのだ。神の国を背負う王は、本気でそう思い、事態の収拾のためにもう一つの大国を、しかも自国に取り入っている国を敵に回すつもりでいる。
「あなたは本当にジルやヘリーと似ておられる。兄弟ですね」
フィスはそう言った。苛烈なその目がよく似ている。
「そうですか?」
決めたら、迷わない。目的のために手を抜かない。たとえ、魔神の怒りに触れずに済んで、戦争で何万の民が死んでも、きっと彼らはためらわない。その、強さがある。
「少し時間をくれなどとは言いません」
フィスはそう言った。キアは王として、フィスの決断を待っている。それも即断を。王としてどう行動を取るか、それでキアはフィスを試している。そう感じた。
しかし、利用された宝人たちに約束したことがある。
――恒久の和平を。
シャイデのように神に誓って平和で幸せな国を築きたい。それがフィスの想いだ。宝人と隣人でありたい。キアはシャイデの王として、まっすぐ言った。ジルもまっすぐな目線でフィスに応えた。
「いえ、信頼する方々と話し合われても……」
キアの言葉を切って、フィスはキアの右手を取った。キアが驚いて見返す。それが、答えだから。
「ジルはもう行動を起こしているんでしょう? なら、同盟国である我々は、答えは一つです」
戦争が正しいとは思わない。でも、しなければならないときもあるのだと、感じる。王として、国として、譲れないことは何か。和平のためにどう動くのが最善か。
「悪巧みは成立ですね」
キアがにやっと笑った。
「ええ。これで私達は共犯者ですね」
だが、フィスは同時に左手でも握手をした。意味は―戦。
「我国は偽王のせいとはいえ、一度貴国と戦争を起こしかけています。確かに王としてラトリアの暴走をこれ以上許せない。しかし、国民の総意を無視してまで私は戦に走りたくは在りません。卑怯と言われようと傍観者と言われようとです。事が急ぐのはわかります。しかし時間を少しいただきたい。その間に国民を納得させて見せましょう」
「十分すぎるお言葉です。では、ジルタリアの準備が整う頃、私は『シャイデ一の王』として再びあなたにお会いします」
「お待ちしております」
キアは微笑んで一礼し、しずかに扉からまるで夢だったように出て行った。二人はそこで別れた。