モグトワールの遺跡 008

第1章 水の大陸

3.火神覚醒(4)

029

 ハーキは円卓会議を勝手に開催し、十分後にきっちり女性用の鎧を身につけ、腰に二振りの剣を下げて登場した。その水の乙女と呼ばれるたおやかで優しげ、儚い印象の乙女像はがらがらと崩れ去る。というか別人のようだった。その隣には下級の巫女がつきしたがっている。
「偵察したんでしょ。報告」
 会議は全員が席に着くのを待つこともなく始まった。それどころか開催者であるハーキも席についていないので、誰も席に着くことが出来ない有様だった。
「は! 確かに禁踏区域は何者かの攻撃を受けており、宝人たちが逃げ惑っております」
「敵は?」
「……紫地に白の紋章。……ラトリアと思われます」
 ハーキは頷いて誰も用意していないと最初から気づいていたらしく、ハーキの背後の壁に地図を張り出した。
「で?」
「と、申しますと……?」
 報告した隊長は不思議そうに問い返す。
「だから、攻撃されているのを見たわけでしょ? どうしたのよ」
 ハーキは地図上に印を書き込もうと筆を構えている。
「二部隊が阻止に回りましたが……」
「それはどこから? 敵の数は? 方角はどっちから? 風向きは? 宝人の逃げている方向は?」
 矢継ぎ早にハーキが質問する。どもりながら兵士はそれを報告し、ハーキが地図に書き込んでいく。
「将軍、すぐに出撃できるのはどれくらい?」
 ハーキの問いに将軍もおずおずと答え、ハーキが頷く。
「じゃ、命じて。いい? 禁踏区域の東から二百、中央から三百、西から二百で回り込んで。南から宝人たちの救出部隊として三百向かわせ、そのうちの半数を挟み撃ちに使う。保護した宝人は城の最上階に避難してもらいなさい。ラトリアの兵はできるだけ捕虜にして頂戴。それから三百を市街地に向かわせて城下の民を避難させて。城の警護に残りを使うわ。どの部隊を向かわせるかはすぐ決定できるわよね? 将軍」
 ハーキの言葉に将軍は驚いているようだ。
「陛下、理由をお伺いしても?」
「うん。軍人ならそれが当然ね。風向きは東から。挟み撃ちする理由はそこ。風下だから挟み撃ちしやすいし、宝人の兵がいても気づかれにくいわ。それとこの地形。西側は奇襲に向いている。三方向から退路を絶って、挟み撃ちにする。宝人たちには近づかせない。単純な作戦だけど緊急時名だけに、こういうほうがシンプルでわかりやすいと思ったの?異存あったら言って頂戴」
「……いえ、ありませんが」
「じゃ、次に配置ね。西のここ、五十名をここにおいて、弓矢で矢の雨を降らせる。宝人たちは均等に配置しつつ、比重は奇襲部隊において。突破されたら話にならない。あと作戦の指揮はビュフェス=ラージにやらせて。あの部隊は作戦指揮の成績が良いから。ここまでで質問は?」
 ハーキの指示に将軍が驚いている間に命令を伝えなければ、シャイデの軍は初動が遅い。
「君、聞いていたわね。今のことを至急伝えて。ラージに総指揮を任せる。一人も宝人を殺さないこと。禁踏区域内でラトリアを止めることを命ずる」
「は!」
 将軍の了解が取れたとしてハーキが伝令を送る。彼はジルが目をつけていた『鷹隊』の一人にして、シャイデに残した方の優秀な人物の一人だ。
「お待ちください、陛下! ラトリアと戦争など、本気ですか?」
「軍を動かすには一の王の許可が必要です」
「軍を動かすにあたり、国民にはどう説明を? それに予算申請が通ってからでなければ軍を動かすことは……」
「神殿の許可も必要です」
「議会の過半数の賛成もありませんぞ!!」
「ラトリアは我国の友好国ではありませぬか!」
「ジルタリアとの関係修復もまだなのに、我国を孤立させる気ですか?」
「それは王の越権行為では?」
「そうです、独裁ではないですか!!」
「まずは議会の開催を! そのために我らを御集めになられたのでは??」
 一瞬ハーキが黙った瞬間を狙って、今度はハーキが矢継ぎ早に質問交じりの攻撃を受ける。ハーキはそれを静かに聴き、白い目で一同を見回し、そして言い放った。
「もう、いいたいことはないのね?」
 ハーキはそう言って、息を吸い込むと、女とは思えない大声で叫んだ。
「貴様ら全員、一度死ね!!!」
 言われた言葉に驚き、その後で怒りで言い返そうと口を開いた瞬間にハーキが打って変わってにっこり微笑む。
「私は緊急事態だから集まれと言ったのよ。緊急事態! いつもと同じ対応で事態が間に合うならそうするわ。間に合わないけど、どいつもこいつも私の元に提案さえしないわ。なら私が命令するしかないでしょ? これが今の文句の答えよ。さ、続き。城の最上階の管理は管轄はスフィア大臣ね? 使用可能かしら? どのくらいの人手がいる? 避難期間を一ヶ月として何がどの位必要かしら?」
「陛下!!」
「何? まだ何か?」
 ハーキは今度は円卓に白い紙を広げ、必要事項を記載しつつ言った。
「前代未聞ですぞ!」
「当たり前でしょ。起こっていることが前代未聞なんだから。今までと同じ対応ができるわけないでしょ」
「そういうことを言いたいのではありません」
 ハーキはうんざりした顔を隠さず、前を向いた。
「だからね。今、現時点でこの国の領土が他国によって侵されているの。そしてその場にいる命が損なわれよとしている。それを護ることは当然でしょ? それとも何? 誰か言ってたけど、ラトリアが友好国だからって、我国の禁踏区域を無血開城でもして、領土を差し上げろとでも言ってるわけ? 友好国だろうが同盟国だろうが隣国だろうが、こっちに攻めてきたらそれは敵。排除する必要がある。孤立を恐れてどうすんの? それで属国にでもなるつもり?」
 ハーキはそう言って違う高官を射抜く。
「で、キアはいない。確かに決定権が多くある一の王がいないんじゃ、困るわ。だから私がいるんでしょ? 緊急時一番がいなかったら決定権は二番になるのが常。だから、私が命令する。それに何か問題が? 問題があったら帰ってキアが私を罰するなりなんなりするでしょ」
 ハーキはその後、顎を人差し指で押しながら答える。
「独裁と議会だっけ? 独裁結構。王ってシステムを上げている以上、この国は独裁に近いシステムなことは誰だって承知の上でしょ? それに言ったでしょ? これ何度目? 緊急事態なの。いつもみたいに座って戦争賛成ですか? 宝人の保護賛成ですかってやってたらその前にみんな死んじゃうでしょ?」
 ハーキはそう言った後に、誰もがうっとりするような微笑を浮かべているのに、腰の剣を抜いて円卓に突き刺した。その行為と音にぎょっとした高官たちは一歩下がる。
「これだけ言ってもわからないなら、貴方達は言葉どおり越権でも独裁でもなんでもいいわ。王として私が命令します。勅命でも構わない。“命令さえ聞けない無能は首”よ。副官に現時点で交代。その副官も使えなかったらその次。使えるなら下官でも構わないわ。意見は構わないわ。それに納得できないなら言ってくれて構わないし、進言も聞く。よりよい方向に解決することがベストだからね。……いま言ったことすらわからないなら、貴方達が禁踏区域に行ってきなさい、今すぐに。襲われる宝人の盾にでもなってくれた方が効率いいから。“今すぐ死ね”ってこういう意味。わかった?」
 ハーキはそう言って剣を引き抜いた。腰に治め、何事もなかったかのように筆を取る。今すぐ死ね、その意味には二つあった。無能ならその身分も役職も今すぐ白紙にする。それさえ反対するようなら戦場を体験して実際に死んで来いという、なんともまた過激な発言である。
「陛下」
 答えるべき大臣を差し置いて若い高官が進み出、そして言った。
「代わりにお答えします。最上階を避難場所としての利用は可能です。しかし、西側の部屋は宝物庫と化している部屋がいくつかあります。避難している宝人の総数は百名でしたから、多少狭い可能性があります。それに食料や衣服、寝具などの面も考えると城で一時的にはならともかく一ヶ月は苦しいかと存じます」
 ハーキは頷いて紙に書き出していく。
「陛下。城下町の避難ですが、城下町に決まった避難経路などはなく、避難を呼びかけると民が大混乱を起こす可能性があり、逆に危険が増すのではないでしょうか? それに避難場所も決まっていませんし、あったとして全員収容は無理だと思います」
「では、警備は増強できる?」
 それには将軍についてきていた軍人が答える。
「禁踏区域の人を割き、尚且つ城下町の警備に当たらせると、城の警備に穴が開きます。ラトリアの目的がわからない以上、それは避けるべきだと進言いたします」
「それもそうね……」
 いつの間にかハーキの周りには一部の高官を除き、次官や若手が集まっていた。大臣や高官たちがおどおどしている間に話が進んでいく。そしていったん話がまとまったのか、ハーキが顔を上げる。
「よし! じゃ、あとは行ってみるだけね」
 腰の剣を確かめてハーキが部屋から出ようとする。すると、我に返った様に高官がハーキを呼ぶ。
「あれ? まだいたの?」
 ハーキがそう言ってトドメを指すような一言を言いきってハーキは颯爽と部屋を出て行き、話の中心にいた人物たちはそれに続くように部屋を出て行った。後に残された高官たちは唖然とするばかりである。

 バスキ大臣を納得させ、ジルタリアにキアが残って(居座って)一週間が経とうとしていた。その間にもジルタリアはラトリアによる一方的だが、大打撃にはならない攻撃を受けていた。
 ラトリアはそれはまるでジルタリアの攻撃は囮です、と言わんばかりなのでキアは薄々狙いはシャイデの方だったか、とフィスと一緒に当たりを付け始めていた。ならば、シャイデに帰った方がいいかと思い始めた頃、それは突然起きた。
 ジルタリアの首都から離れた、しかしそう遠くもない、規模としては小さな集落が攻撃されたというのだ。近場だったのとラトリアの軍を率いて、こちらからすれば意味不明な行動を取る真意を説い正したくて、キアは動けないフィスの代わりに無理を言って現場へ直行した。
 集落はほぼ壊され、そこにいた人々は逃げたか、捕まったようだ。軍はすでに引き払った後だったのか姿が見えない。ジルタリア軍と協力して付近を捜索させることにし、キアは一人で集落を見て回った。民家としか思えない、どんな小さな建物でも壁をまるで吹き飛ばしたかのような惨劇だった。それはまるで竜巻が通りすぎた後の街のような……。
「自然災害に合ったと言ったほうが、まだ説明がつくな」
 キアはそう言って周囲を見渡しても屋根やら、瓦礫がないことの理由を説明付けようとした。そして全壊した民家の跡地に脚を踏み入れる。そこには、ジルタリアの文化か、広い面積の部屋に何人もの人間が共同で生活していた様が伺える。中には子供もいたようだ。
「……?」
 キアは何かが引っかかる。この生活様式はどこかで……。
「ああ、宝人だ」
 王になるにあたり、神殿から得た知識にあった。宝人は親がいない代わりに集団で暮らすのだと。宝人の住処は二階がないのが特徴だ。そして部屋も分かれていない。おおよそ個という空間がないのだ。だが驚くほどに衝突しないで過ごす。小さな小屋や集団居住地などは別だが、普通これだけの敷地がある場合、人間は個人の部屋を作り、共同の場を設け、そこで一緒に暮らす人間同士でコミュニケーションを取る。
 ほぼ吹き飛ばされて正確にはわからないが、十五人くらいで生活していたなら、人間なら狭さに辟易して二階を作り、そこに寝室など最低限名個人の部屋を作るものだ。もちろん、貴族になれば豪華になるし、金が少なければ個室とはいかなくなるだろうが。
「ということは……宝人の集落だったのか、ここは」
 すなわち、ラトリアはジルタリアに隠れ住んでいた宝人たちを狙ったことになる。
「では、宝人を戦力にでもする気か? 死体がないのは、捕虜にされたからか!」
「ご明察」
 背後で軽やかな声が響いた。キアが振り返る。そこには薄い金髪を男のように短く切った姿が印象的な女がいた。目は鮮やかかつ透明感のある緑。綺麗な緑色だ。薄い色合いの襟巻きを風になびかせているが、そのほかの格好は肌の露出が多く、ノースリーブにホットパンツという軽装さだった。
「痕跡を消す前に、ばれてしまうとはね。優秀な兵士もいたものだわ」
「宝人の誘拐をばれたくないなら、優秀なジルタリア兵につかませない方法にするんだったね」
「本当はそうしたかったんだけれど、『鳴かれ』たら厄介だから」
 宝人の特殊能力である『鳴き声』を知っている。キアは警戒して女と対峙した。
「お前は何者だ?」
「やぁね、教えるわけないじゃない」
「まぁ、この村の襲撃犯で間違いはなさそうだな。詳しく話を聞きたい。怪我をする前に投降を勧める」
 キアの腰にチラリと目をやって女は笑った。
「出来るものならやってごらんなさいな?」
 女が軽く腕を振ると、一瞬でごぉっという風が吹いた。その瞬間、キアのほほが浅く斬られている。風による斬撃! 魔術の行使の跡がないことから、相手が宝人ということがわかった。
「宝人か」
 冷静に呟いて次の行動を思考する。
「あら、意外に冷静なのね」
「その目の色といい、さっきの攻撃といい、風使いか……」
 キアはそう言って女を冷静に観察する。
「ご名答。でもこれ以上貴方と話している時間もないし、さよなら」
 女がそう言ってもう一度同じ動作を繰り返す。キアはそれを避けようともしなかった。女の風による攻撃を受けて、キアの身体が血を流す……ことはなく、木っ端微塵に砕け散った。明らかに人間のそれではない。どちらかと言えば、人形、否、土の塊を砕いたような……。
「え?!」
 女が驚いた瞬間、女は足首を捕まれ、そのまま膝まで土の中に埋まる。
「女性にしつこくするのは紳士的には良くないんだけれど、今は状況が状況なんで、逃げられないようにしたよ」
 背後で声がする。キアはにっこり笑って、手を土に翳した。黄色い文様が顔に浮かび上がる。
「とりあえず風を遮断させてもらう」
 キアの背後、二人の周囲で土が盛り上がり、二人を囲うようにドーム状に土が組みあがっていく。
「まさか、貴方も宝人だなんて……! ジルタリアには宝人の兵士は少ないと聞いていたけれど……いえ、違うわね。その契約紋……シャイデの旗印よね?」
 女は力を使い続ける際に現れたキアの黄色い契約紋を観察する。
「なら、さっきまで契約紋がなかったことが納得できるものだわ。光栄ね、シャイデの半人の王に出会えるとは」
「あれ? そこまでわかっちゃったかー? じゃ、あきらめて自己紹介くらいしようよ? 名前呼ぶときに困るでしょ」
 土のドームが完全に閉じて、まるで夜のように二人の間は暗闇となる。かろうじて姿が認識できる程度に。
「風のエレメントの相克関係は土。土のエレメントに満たされたこの空間なら、君の力も半減とまではいかなくても困ったりするくらいにはなるのかな?」
「……半人というだけでも眉唾物なのに、こうも宝人と同じようにエレメントを使いこなされては……宝人の立つ瀬がないわね。いいわ。貴方に興味が出てきた、時間が許すだけお話しましょうか?」
 くすくす言われ、キアはにっこり笑いながら答えた。内心女の方が余裕があるとわかって土の壁を厚くする。
「それはうれしい。私はキア。君は?」
「私は翔(しょう)。ご覧の通り風の宝人よ?」
 翔は土に身体がどんどん埋まっていくことに少し焦りを覚えながら声色は変えず言う。
「では、質問ばかりで嫌がるかもしれないが、君はラトリアの軍人かい?」
「いいえ。フリーの雇われ人よ」
「では宝人の村を襲ったのは本位ではない?いいや、違うね?宝人は仲間意識の高い種族だ。雇われていても仲間を傷つけたりはしないね。……人質でも? ううん、これも違うね? それにしてはすっきりした表情をしすぎだ。……ひょっとして、私怨、とか?」
 翔が息を呑む。それを感じ取ってキアは声を出さずに笑う。
「図星だね? 宝人が嫌いなんだ、君。変わってるね」
「うるさいわね! こっちも聞かせなさいよ。なんでシャイデの王がジルタリアの、しかも偵察みたいな行為をしてるのよ!」
「いいよ。交互に質問しようか。答えは簡単」
 勝手にそういうルールを作られ、翔はキアのペースに乗せられてしまっている。
「君たちに逢いたかったから」
「はぁ!!?」
 シャイデの王は知っていたというのか、では、計画が全部ばれていたことになるのか?
「目的があるんだろう? 国同士を利用してまで宝人の里を暴いた。……襲われたのは宝人の中でも最大規模の隠れ里。……たまたまかと思えばこういう小さい里というか集落も狙う。宝人への私怨。そういえば、あの里には唯一の炎の宝人がいたとか……?」
 相手は見えないはずだ。だが、動揺を悟られているような気がする。
「……成る程、炎というだけで言葉どおり火種になるわけか」
「ま、まだあなたの目的を聞かせてもらってないわ!」
 翔はキアの言葉を遮るように言った。キアは翔を含め、炎の宝人、つまり楓になんらかのアクションがしたくて宝人の里を襲っている可能性が高くなったと確信する。楓をただ単に唯一の炎を使うものとして利用したいだけかはわからないが。
 ジルタリアに襲わせたと見せかけ、シャイデと戦争を起こさせようとした。しかし、それがうまく行かなかった場合を考えラトリアを出してくる。
「そうだったっけ?」
「はぐらかされているように感じるわ。逢いたいですって?」
「うん。だって、他の大陸に渡ったことがないから、井の中の蛙かもしれないけれど、ラトリア、シャイデはそれなりに大きな国だと思うよ? それをここまで影ながら操った黒幕ぶりは関心に値する。どちらかというと教えを請いたい位だ」
「はぁ?」
 一国の王とは思えないほどの軽さと柔軟な思考の持ち主だ。
「でも、さすがの貴方でも犯罪者には厳しいのでしょうね? 特に自国を脅かすような存在には」
 くすくすと笑いながら問うと、キアがちょっと間を置いて答えた。
「いや、そうでもない」
「またまた、ご冗談を」
「妹や弟ならともかく、私は根っから商人気質でね、商売敵に損失をこうむらされたらそこは仕返しではなく、学ぶことを覚えよと思っている。例えば君がシャイデで誰かを殺し、誰かを傷つけたら、妹と弟はこう考えるだろう。仕返しに行くにはどの程度の武力がいるか、または、二度とこういう目にあわないためにはどの程度の武力をそろえるか」
 翔は考える。新しくシャイデの兄弟王を理解していないのはジルタリアの偽王だけではない。自分もよく知らないのだと。この一の王は国の全責任を負う立場でありながら、国を思う心が軽い。
「当然だと思うし、普通でしょ。それが」
「じゃ、僕はどうすると思う?」
「……気にせずに損失の回復を図る、かしら。商人なら」
「うん。60点」
相手の顔が見えなくとも翔にはキアが笑顔でいることが容易に想像できた。
「は?残りの40点は?」
「知りたい?」
「無理にとは言わないわよ」
いけないと思いながらも相手の口車に乗せられている状況をどうにもできない。商人と自負するだけはありそうだ。しかし、経歴を調べればオリビン家は荘園経営者のはず。商人の部下が大勢いたはずだが。
「嘘嘘。私と契約する気はない? 翔」
「…………は?」
一瞬、思考が止まった。この王は何を考えているかさっぱりわからない。
「答え。残り40点の」
「は?」
もう一度、今度は怒りを込めて返すが、キアがそのまま同じ言葉を口にした。
「あれー? わからないはずないんだけど。君みたいな黒幕思考が出来る人が。それとも計画立案者は別にいるのかな? てっきりこの度胸から少数精鋭のグループで君が作戦立案者だと思ったんだけど」
「いや、考えたのは確かに私と彗(すい)だけど……って違う!」
 キアは内心自分の考えが正しいことを確かめた。そして翔は答えの意味を考える。翔がシャイデで脅威になったら、報復を考えない。そして自分と契約しろと迫ることが満点の回答。それが意味することは。
「っ!! あなた!!」
「わかった?」
 その答えとは、商人らしく強欲な……その脅威を自身の陣営に引き込んで己の武器としてしまうこと!
「なんてやつなの……」
 スケールが大きいというか、強欲というか。持ち合わせないものを育むより奪い、己の物として発展させる。
「いやぁこんなことハーキに言ったら殴り飛ばされるし、ジルに言ったら軽蔑されるし、ヘリーに言ったら泣かれるから絶対言えないんだけど、手並みの鮮やかさと、幾重にも張り巡らされた策に感心してたんだ。」
 ――なんだ、この人間は! 翔は会ったことのないタイプだと今更気づいた。王にしては国を思っていないように見せかけ。なのに、王のように強欲で国のためになるようなことを思いつくような。
「俺はお前が欲しい、翔」
 いつの間にかキアの顔が目の前にあった。男が女に告白するように真剣そのものの目つきで、全てを射抜く瞳で翔を見据え、本気で言っている。逆らえない圧倒的な何かが存在していた。
「俺の力になれ、翔」
 そしてキアが王の威厳を放ち、暗闇の中にもかかわらず、輝いているような錯覚さえ放つ。
「さすれば、お前の望みを俺が叶えてやろう」
 翔は視線を反らす事さえできず、暗闇でも青い水を映した様なキアの瞳に囚われた。
 ――その瞬間、二人の身体に異変が起きた。