モグトワールの遺跡 009

第1章 水の大陸

3.火神覚醒(5)

033

 シャイデ上空の空は何処から見ても朱に染まっていた。その真下を空に届くかというほどの炎の固まりが、否、炎の巨人が空に向かって吠えている。
「なんだよ、あれは!!」
 セダは腕を止めて上空を見上げてしまった。周囲にいたラトリア兵も同様に紅い炎の巨人を見上げている。周囲の宝人達は我を失くした様子のまま、ただ、炎の固まりをまるで崇拝するように見上げている。
 吠え終わった炎の巨人は軽い動作で一歩踏み出す。すると直後に足元がぐらりと大きく揺れ、セダだけではなく周囲のだれもが地面に叩きつけられた。
「地震だ!」
 ラトリアの誰かが叫ぶ。巨人が歩いたその動作で地震が起きたという割には、細かな揺れがずっと続いている。ぐらぐらと足元がおぼつかない。
 セダはとりあえず身を起こす。ラトリア兵は完全に戦意を喪失したようなので刃を収めた。そして直感が告げる。――あれは、楓だと。
 そう考えていた時、地震の次に空気が振動する。それは音だった。何か分からないが、歓声に似た音が響き渡る。何かを喜んでいるような、誰かの歓声がどこからともなく響き渡る。何かが起こっているのは確かだが、こんなに近くにいても何か分からない、そんな不安がある。
「……なんて、ことですの!!?」
 我を失っていた様子のリュミィが、地震で叩きつけられた衝撃によって我に返ったようだ。セダは慌ててリュミィに駆け寄り、その身を起こそうと手を差し出すが、リュミィにはその手すら見えていないようだ。
 リュミィに続くように周囲で争っていた宝人達も呆然と紅い巨人を見上げる。ただ今度は皆の眼に虚無ではなく、恐怖が映っている。そして、それぞれの顔に自我と、感情がある。
「リュミィ、どうしたんだ?」
「……炎が、」
 それは巨人を見れば分かる。どうしたっていうんだ?
「炎が復活しましたわ……」
 呆然と呟かれるその意味がセダにはわからない。
「リュミィ、俺にもわかるように言ってくれないか?」
「聞こえますでしょう?! 炎の精霊の歓喜の歌が!!」
 リュミィは恐れに顔を青ざめさせてセダに叫んだ。
「炎の魔神が顕現いたしましたのよ!! 水の大陸は終わりですわ!!」
「っ!!?」
 セダがその意味を理解するまでの一息、その間に宝人が叫びだし、再びのパニックに陥って絶叫したり、呆然としたり、転移をはじめたりとてんでばらばらの行動を取り始めた。
 もう、人間もラトリアもない。我先に炎から逃げようと禁踏区域は先程よりもっとひどい混乱に叩き込まれた。誰も他人のことが見えていない。
「どうしたら……」
 リュミィが呆然とするのを、セダは肩を揺すって正気に戻す。
「リュミィ、あれは楓か?」
 炎の巨人は、炎の魔神だという。しかし、炎の宝人は楓一人だけ。だから世界に炎は枯渇している。だというのに、炎が溢れているなら、その原因、引き金を引いたのは楓になる。
「わかりませんわ。わたくしも魔神の顕現など、初めて見ますのよ?!」
「じゃ、行ってみるしかねーな。テラも心配だ」
 楓が引き起こしたなら、すぐそばにはテラがいたはずだ。いくら炎の加護があるとはいえ、あの炎の量は危ないのではないだろうか。
 セダはまだ呆然とするリュミィの手を引いて炎の巨人に向かって走り出した。まずは、皆に合流しなければ。セダは光達の身も心配だった。グッカスとヌグファがいるとは思うが、このパニックようではもしかしたらはぐれているかもしれない。
 散り散りに逃げる宝人と人間。恐れて逃げ惑う様は姿もなにもかも同じなのに、どうして襲ったり、襲われたりという関係性になってしまうのか。
 セダはそう思いながら禁踏区域の中心に向かって走り続けた。すると紅い空からオレンジの塊が飛翔してくる。見慣れた形だったが周囲があまりにも赤いので、一瞬何か分からなかった。
「グッカス!」
「セダ!」
 周囲を気にする様子はなく、グッカスがその場で人間に成代わる。
「無事か?」
「ああ。ただ、どうしたんだ? 光達は?」
「光たちは一応無事だ。俺たちにも何かわからない。だが……光が言うには楓が心配だと言うんでな」
 セダは頷いた。無言でグッカスの後ろ姿を追う。禁踏区域の中心に近づくにつれ、炎が目に見える形で燃えている光景に出会った。あの炎の巨人の余波のようなものだろうか。
「テラは?」
「わからん」
 中央に近づくと共に人影が少なくなっていく。ヌグファを中心に宝人の子供たちが固まっている姿を見つけ、セダが駆け出した。幼い宝人の子供は泣きだしている。確か紫紺、といったか。
「光」
「セダ!」
 互いの無事を確認し、誰もが示し合わせたように炎の巨人を見上げた。
「あれはどうして現れたんだ? その前の宝人達の変な様子はなんだったんだ?」
 リュミィがその答えを返す。ようやく落ち着いたようだ。
「前に宝人の生まれ方を説明したことを覚えていらっしゃいますわね? 魔神によって『卵核』に命を宿され、各里の『卵殻』に転移する。そして生まれると。どうやら水の大陸の『卵核』はここ、禁踏区域に隠されていたようですわね。先程ラトリアの兵士たちによって『卵核』が破壊されました。その行為によって、宝人は一斉に鳴いたのですわ。そして、怒りに支配されたようですの」
 グッカスが目を見開いた。セダも言われた意味を理解して返す言葉が見つからない。
 宝人は祈りから生まれる。その祈りを聞き届けた魔神は『卵核』によって、次代の宝人の命を宿らせ、育ませる。その『卵核』が破壊されたなら、未来の命が失われただけではなく――水の大陸では未来永劫宝人が生まれないということだ。
「卵核って修復できたりしないのか?」
 やっと口に出た言葉はそんなものだった。宝人が生まれる卵となる卵殻のもととなるもの、卵核。
「わかりませんわ。どちらにしろ、それは魔神にしか出来ない事。……水の魔神ではなく、炎の魔神が顕現していることを考えれば、水の魔神は水の大陸を見放したということかと」
 つまり、『卵核』を破壊され、水の大陸における宝人の未来を奪われた。言い方を変えれば、水の大陸の人間は宝人に刃を向けただけでなく、未来を害した。
 そして宝人は未来を護る事が出来なかった。その哀しみに宝人達は呆然とし、鳴いた。
 次にその怒りに支配され、その怒りを聞き届けた“怒り”を司る炎のエレメントが魔神を呼んだ、ということだ。
「炎は、世界の半分を過去に焼きつくし、破壊しましたわ。水の大陸だけではなく、今度こそ世界は滅ぶ」
「なぜ、ラトリアはそんなことを」
 ヌグファが呟いた。水の大陸が、世界が滅ぶかもしれないその実感がわかない。実際、炎はそこまで迫っていて早く逃げないと危険なこともわかっていた。
 どうする、とグッカスが視線で問う。
「楓は? テラは?」
 光が言う。リュミィが首を振った。光がセダを見る。
「あれ、止めるぞ」
 セダは厳しい視線を炎の巨人に向けて言った。
「正気か?」
 グッカスは静かに問う。
「無理ですわ。魔神に人の、いいえわたくしたちの声が届くわけがありませんもの」
 リュミィの言葉をセダが怒ったように否定した。
「やってみなきゃ、わかんねーだろ!」
 光はセダの視線に頷いた。
「このまま水の大陸が俺たちの世界が滅ぶってときにただ絶望してればいいのかよ? そうして、世界が滅んで初めて魔神が許してくれるのか? わからないだろ。そんなのやってみきゃわかんないだろ! 俺は諦めない。諦めてなんかやるもんか!」
 無謀としか思えない行為をしようとしていることはセダだってわかっている。でも、やらずには、動かずにはいられないのだ。あれが、楓の可能性がある以上、テラが巻き込まれているかもしれない以上は!!
「うん。そうだね」
 セダの目を見返して光が答える。グッカスはやれやれとため息をついた。
「テラと楓も心配です。いくら炎に耐性があるとはいえ、限度があるでしょうし」
 ヌグファが続ける。きっとテラがこの場にいてもセダについてきてくれるだろう。セダは頷いた。たしかにある。ここに恐怖に勝る絆と勇気が。
「どうして……どうしてそんなことができますの?」
 リュミィが力無く言う。
「楓に約束しちゃったからな。炎を恐れないって」
 セダはそう言って笑うと、炎の巨人に向かって走りだした。光がそれに続く。グッカスが音もなく鳥に変じて先導し、ヌグファが鴉と紫紺をリュミィの方へ預けてセダの背を追った。
「もし、願って許されるなら……」
 リュミィは両腕を組み合わせる。

 禁踏区域にたどり着いたハーキは指揮官と合流し、ラトリア兵を追い詰めていた。宝人の避難の先導を始めようと言う時、空が赤く染まり、炎の巨人が誕生している場面を見た。
 シャイデの兵もラトリアの兵も宝人達も呆然とそれを見上げ、ぐらりと地震に襲われてから皆が正気に返ってパニックに陥った。逃げようとする兵士を一括しても、恐怖はぬぐえない。
 間近に炎が燃え盛っている。火の粉がここまで届き身近なものに燃えうつる。なにより見上げるような大きさの炎など、出会ったためしがない。
 ハーキは恐怖を感じながらも、己を律した。指揮官がうろたえれば兵も付いてこない。急いで風向きを確認する。
「まずい」
 風下に城下町がある。この規模の炎なら、すぐさま飛び火して城下町が火の海に飲まれるだろう。現に自由に風に乗った火の粉は禁踏区域のあらゆるものに着火し、火の勢いを増す一端となっている。
 飛び火とはよくいったものだ。火が火を呼んでいる。一刻も早く民を逃がさなければ!
「ラージ!」
「はい、陛下!」
 混乱の騒ぎに負けないよう、指揮官が答える。しかし、シャイデの兵も恐怖から逃げ惑っている。民を護る為の軍人がこれでは、いざという時に何の役にも立たない。
 ハーキの顔に青い契約紋が浮かんだ。すぐさま、ハーキの周囲から水が湧き出し、逃げ惑う兵士の上に降りかかる。
「うろたえるな!!」
 ハーキが大喝を入れる。水を懸けられて我に返ったシャイデの兵はぽかんとしてハーキを見た。
「民を護るべき軍人が民より先に逃げてどうする!!」
 怒鳴られた兵士たちは、それを聞いて肩を縮こまらせた。
「命令を変更する。拘束しているラトリア兵を現時点で開放。シャイデ兵は隊ごとに城下町へ行け! 運河を利用して民を炎から遠ざけろ! 国も、宝人も、人間も関係ない。混乱に陥っているだろう! いざという時は無理やりにでも避難させよ! 最悪皆河に投げ込め! このシャイデで、これ以上命を消すな!」
「はっ!!」
 ラージが言葉を引き継いで細やかな命令を下し、離れた部隊への命令のために伝令を放った。
「陛下はいかがなさいます?」
 散っていったシャイデの兵を見送って己の行動とハーキの行動を把握するために、問うた。
「私はここに残る。現時点で水を扱えるのは私だけ。こんな微力では大した時間にはならないだろうが、あの巨人、城下には入らせない」
 宝人の兵士たちは呆然として使い物にならなかった。戦場から遠ざけた場所に置いてきたのだ。
「……陛下……」
 ラージは呆然として己よりはるかに若い少女を見た。自分を引き抜いた少年も、この少女もなんという器か! このままここで水を使い続けたとて、あの量の炎に敵う訳はない。だが、焼け石に水でも、せめて兵士が民の元にたどり着くそのわずかな時間だけでも稼ぐと言う。そんなことしたら、死んでしまうとは言えなかった。彼女にはその覚悟があるのだから。
「ご無事で」
 ありきたりな言葉しか言えなかった。しかし、目の前の少女はそれを聞いて笑ってくれた。
「後の指揮はお前に任せる。なんとか一人でも多くの命を救え」
「御意」
 ハーキはそう言って腰の剣を抜き放った。
「さぁて、このキアからパクってきた『水帝剣』はどれだけの力をくれるかしらね」
 それは柄に六色の宝石が埋め込まれた、普段はキアが儀式用に身につけている剣を抜いた。
 刃が紅い空を映して淡く赤く染まる。キアが以前抜いた時は白い刃だったが。水の大陸三大宝剣の一つ『水帝剣』。抜き放ち、振るだけで水の加護を得られるという。
 ハーキは顔を引き締める。その顔に鮮やかな青い契約紋が浮かんだ。
「させないわよ」
 炎の巨人がハーキの声を聞いていなくとも、その存在を知らなくとも構わない。ただ、舞い散るその火の粉を一つでも払う為なら、ハーキは迷わず炎に向かう。

 炎の巨人に近づくにつれ、その大きさが実感できた。とにかく大きい。止めようにもどうしたらいいのかという大きさだ。不用意に近づくとその熱波だけで、危険に身をさらすことになる。
 巨人の足跡には、炎が燃えた。大地があまりの熱さに燃え、真っ赤な亀裂を起こしている。炎はゆらゆら揺れ、まるで草木が生えるがごとく、立ち上がって揺れている。
「楓は?」
 光が炎の巨人を真っすぐ見つめる。グッカスが距離を取って巨人の周囲を一回りした。
「だめだ。あまりに大きすぎてどうすればいいか見当がつかない」
 グッカスが言う。無理もない。セダが止まれと叫んだ所で、聴こえているかどうか。
「いた」
 光が巨人を睨みあげる。その指差す方角はあまりにも高くてよくわからない。
「この中にいるよ。テラと楓」
 魂見によって炎の巨人を見た光が確かに言った。
「どこだ?」
 グッカスが問う。
「テラは巨人のお腹の辺りに魂が見える。楓は……わからない。巨人と全体で溶け合っているような感じで、だけど確かに楓の魂が見える」
 グッカスはそれを聞いてもう一回飛び上がる。確認の為に巨人の腹囲を周回するように飛び続けた。
「かすかだが、影があるのはわかるな。炎がすごくてそれ以上はわからないんだが」
「テラは大丈夫でしょうか」
「わからん。楓がテラを護ろうとして身に入れたのか、巻き込まれたが契約者ゆえに助かっているだけか」
 グッカスは冷静に言った。
「光、あれは楓なんだな?」
 炎の巨人、宝人が炎の魔神と恐れているもの。それが楓ならば、話が通じるかもしれない。きっかけさえあれば。こっちに気付き、セダたちの言葉を聞くことが出来たなら。止めることができるだろう。
「なら話そう」
 セダは言った。どうやって、とすかさずグッカスが突っ込む。
「ヌグファ、気を引くだけの水の魔法は?」
 グッカスが言う。ヌグファは杖を握りしめた。微かにその手が震えている。あの炎の塊に、巨人に立ち向かえと言われたら誰だって恐れるだろう。
 だが、ヌグファはきっと顔を上に向ける。
「どれだけ気を引けるかはわかりませんが、少し時間を頂ければ!」
 セダもグッカスも頷いた。
「グッカス、飛べる?」
 光が言う。グッカスは頷いた。ヌグファが一人で立ち向かうのに、尻ごみなど出来るはずもない。
「セダと私を乗せて飛んで。巨人の頭まで。そしたら、きっと声が届く」
 セダが頷いた。
「決まりだな」
 光は水晶石を握りしめた。ヌグファが魔神の進行方向で、魔神がすぐそばまで迫る中で杖を掲げる。魔力を練っているのが遠目でもわかった。ヌグファの髪が魔力で時折靡く。
「頼んだぞ」
 セダが声を懸け、グッカスに頷いた。グッカスは人に戻った後に、すぐに鳥へすぐに変じた。グッカスにしてはかなり大型の鳥に変じている。
「背に乗れ。足では落とすかもしれない」
 グッカスの言葉に頷いてセダがグッカスの首に脚を懸け、しっかり挟む。その上で光を抱きかかえるようにして二人がグッカスにまたがった。グッカスは大きな翼を広げ、羽ばたき始めるとしばらくしてふわりと浮いた。上昇気流を捕えてグッカスの身が舞い上がる。
 魔法の構えを取るヌグファがみるみるうちに小さくなった。グッカスはそのまま飛び続け、巨人の頭の周辺まで跳び上がる。ここまでの高さなら相当寒そうだが、炎の熱気で今は上空でさえ暑かった。
 ヌグファはこんな極限状態で魔力を練っている自分を信じられない想いでいる。ただでさえ、魔法を練る古代魔法は急場しのぎには向かないとわかっているのに。それでも魔力は練れている。過去最高の質の良さで。
 続いて魔法の構成に入る。目を閉じる。目を開けたら目の前の炎に負けてしまいそう。だから己の感覚を信じて。古代魔法は詠唱が無いのが特徴。己の中に魔力も構成も構築する。そして、一気に―放つ!!
 カッとヌグファの灰色がかった黒い目が開かれた。眼前に迫る炎を前に水が立ち上る。竜巻のように沸き上がった水は意志を持って上空まで伸び、竜のような姿を取って炎の巨人の頭部めがけて襲いかかった!
「やった!」
 ヌグファは魔法が成功したことを見、そしてへたりこんだ。
 上空では巨人の頭の周りを飛ぶグッカスのすぐそばで水の竜が炎の巨人の眉間に向かって襲いかかった。しかし圧倒的な炎の前に激しい水蒸気を散らして一瞬で消えてしまう。
 その一瞬を逃さず、グッカスが滑空した。近づけるぎりぎりまで。まさに炎の巨人の顔がかすめる位に。
「楓!!」
 光が叫んだ。手に握りしめた水晶石から水が振りまかれる。巨人は水をうっとおしそうに払う動作を見せ、グッカスが緊急で回避する。
「楓!!」
 セダが叫んだ。
「止まれ! 楓!!」
「楓!!」
 セダと光が交互に叫ぶ。
「お願い!!」
 光が叫ぶ。ヌグファが残した、魔法に従った水の精霊の名残が光の願いに答えて再度炎の巨人に襲いかかった。今度は宝人の願いだ。ヌグファのものより強烈な水が見舞われる。
 すると周囲の炎の精霊が怒りの矛先を光達に向け、水の精霊たちが散らされていった。
『許さない……人間めぇええ』
 炎が燃える音と共に聴こえたのは、そんな声だった。楓の声ではない。複数の声が一つになったような声だった。それは宝人の総意であるかもしれないし、壊された卵核に宿っていた命だったかもしれない。
「楓!」
 叫んだ時、突如、魔神の顔のような場所の口から炎が火柱となって噴き出された。グッカスが瞬時に方向転換をするが、直接当たらずとも、その熱気だけで空気は乱れ、グッカスが別の方向に叩きつけられるように飛ばされる。
「わぁああ!!」
 思わずグッカスの首にしがみついた。あまりの熱流にさらされたグッカスは自身でその身を制御できず、墜落するように流される。ぶつかる、と思った瞬間、グッカスが首を腕に上げ、力強く羽ばたいた。グッカス間一髪で己の身を再び舞い上がらせる。
 炎の巨人が一歩足を踏み出す。それを見たグッカスはヌグファの元へと飛んだ。迫りくる炎の脚の間をすり抜けて、グッカスの脚でヌグファをかっさらうようにひっかけ、安全な距離まで飛ぶ。そしてヌグファを下ろすと、その場でグッカスは人間の身に変わり、セダと光が投げ出された。
「強烈だな」
「グッカス!」
 グッカスの右腕は火傷を負った様子だ。おそらく翼の先が熱気をかすめたのだ。
「大丈夫だ、俺は炎に耐性がある。これくらいすぐ治る。だが、どうする?」
 炎の巨人を見上げてグッカスが言った。楓らしい意志が感じられない。怒りに取りつかれ、支配された炎の魔神はいつ止まるかわからない。
「炎の精霊も、みんな怒ってる。炎を止められるのは水じゃないよ」
 実際精霊を見れた光が言った。逆に阻止しようとする水にさえ怒りを向けられた。水を使っていたら言葉が届かない。だが、水を使わずどうやって止めればいいのだろうか。
「あれだけ巨大だと、空気を遮断するのも無理だしな」
 水を使って己を止めようと、消そうとすると怒りはより激しくなる。ならば、炎に対抗することができるエレメントは……炎に意志を伝えることができるエレメントは……。土は炎を囲えば止められる。しかし、それだけの土を扱うことは出来ない。水はだめ。風は炎を助ける。光と闇は炎を助けないが、止めもしない。ならば……。
「炎だよ。炎を使って止めるしかないんだ」
 光の言葉にセダは不思議そうな顔をする。そして一呼吸置いて、グッカスが頷いた。
「そうだな。炎に意志を伝えるなら炎が一番いいのかもしれない」
 たって、同じものなのだから。炎と炎。意志をぶつけ合うにはそれがいい。光はセダを見る。
「セダ、力を貸して」
 ポケットには楓の残した火晶石がある。強く握りこんで、水と同じように炎をイメージする。炎の精霊に意志を伝えようとする。楓にねだって火を使う所を見せてもらったことがある。それは神秘的で美しかった。
 しかし、決して楓は炎の使い方を光には教えてくれなかった。炎の精霊についても何も教えてくれなかった。それは楓の意志だと思うし、楓の境遇を思えば気軽に教えてくれとは言えないものだった。
「お願い」
 光の言葉に応えてくれる炎の精霊がいない。皆、怒りに支配されて炎の巨人に従っている。
 ――もっと、もっともっと、自分の意志を強く強く伝えなければ!! だけど、どうやって? そうして思い出した。自分が何のためにここにいるのか。なぜ、力を求めたのか。
 楓を救いたいから。楓と一緒にいたいから。そのために、自分が今度は楓の力になれるように。
 だから、人間と契約しようと思った――!
「セダ」
 光は目をあけてセダを見上げる。
「どうした?」
 水のようにうまくいかないらしいことは感じていたが、水の時同様にセダは何もしていないし、どうやって力を貸せばいいのかすらわからない。
「私と、契約して!」
 セダが軽く目を見張る。契約するとは言った。しかし、その様子を見せないからその必要はなくなったのだと思っていた。楓は確かに無事に救出できたわけだし。
「今以上の力がいるの。そのためには私に力を貸してほしい」
 光の目線をセダは正面から受け止めた。――もう、言葉は必要なかった。