モグトワールの遺跡 011

第1章 水の大陸

4.水の魔神(2)

041

 その後、モグトワールの遺跡に行く事を別れの挨拶と療養のために城で世話になった礼を言いがてら、一行はキアを訪ねた。キアは執務をしつつ、器用に一行と面会を果たした。
「モグトワールの遺跡だったね?」
「はい」
 キアは少し筆を止め、思案する。隣にいる眼鏡姿の青年に語りかけた。
「確かモグトワールの遺跡は公共地にあるが、管理はシャイデの神殿が任されていたはずだが?」
「左様です、陛下。それくらいのことは覚えておられましたか」
 ぴくり、とキアの眉が動いた気がしたが、この主従関係にまで口をはさむ事はないと一行は黙っていた。
「今はどうなっている?」
「さて、前王の時代は神殿にも暗部がございましたので、よくは存じませんが。確か管理などをしていたようには見えませんでしたね。気軽に管理を他国に任せていてもおかしくはないのでは?」
「何?」
 キアは青年を睨むような目つきで問い返した。
「ラダ様の時ですからね。彼女は神殿をゆぅるりと改革したお方ですから」
「っ、褒めてどうする! ……ニオブとハーキをここに」
「かしこまりました」
 眼鏡姿の青年が一礼して退出し、キアはしばらく待っているように一行に伝えた。実はモグトワールの遺跡調査と言っても、現在位置しか知らされておらず、セヴンスクールに持ってこられる依頼としてはかなり煩雑というか、漠然とした内容であった。
 普通は学生に危機が及ばない内容であるか、学生に解決できる内容であるかという所などが学校側で判断されたものしか学生側には廻ってこない。いくら主席に近い成績とは言え、子供である以上危険な仕事は学校側が断る。
 学生側に学習として能力以上の仕事が振られることも多々あるが、そう言う場合はなんらかの手配、例えばガイドだったり、武力の面であれば先輩や先生を付けたり、といったものがあったりするのだが、今回はさっぱりそれもない。
 自力でモグトワールの遺跡にたどり着き、遺跡内部を調査、出来れば内部の地図等情報の作成兼報告、それに加え開発有力候補ということで開発か保存かの意見も求められている。学生にそんな判断は普通させない。
「よくよく考えると変な任務よね。急いで出発しろって言われた割には行動時間に余裕があるし」
 任務があるかも、みたいな事は確かに一カ月前くらいから言われていた。その際にメンバーが決まるのも速かったが、実際任務の準備をしておけという通達から実行までがえらく早かった。
「確かに、いつもは予告が一カ月前で、準備に二週間はかけて、公布、命令に三日かかるよな」
 一般的な任務の流れはまず、依頼者が、こういう任務(内容)でこれくらいの経験値を持つ学生を借りたいというものを文書で伝える。その内容は学校側で精査され、受理されると、学校側がレベルに合った学生を選抜し、学生の予定と本人の意思を確認する。
 そして選出された学生の予定を学校側が調整し、本人に告示する。これに一カ月位を要する。その後連絡を受けた学生は任務について詳細を受け取り、準備期間を設けられる。
 この間に装備や学校側とテストや提出物、出席などの予定を変更、調整し、同じ任務に着くメンバーと連携などの打ち合わせを行う。全ての準備が整った頃に、正式に書類関係を学校側が片付け、任務の命令を担任から受けて、任務に取りかかるのだ。
 緊急の場合でも、告知までや準備期間が多少短くなり、任務が始まってから行う場合もあるが、基本的には学校側は任務に関しては丁寧な説明を行ってくれる。
 緊急の場合は任務先で明らかにしてくれるような配慮を取るが、今回の場合モグトワールの遺跡に行ったところで、現地に公共軍や調査団体のガイドがいるというような話は一切ない。逆にそのおかげで楓を救えたり、光に協力したりといったことが出来たわけだが。
 確かにセダたちは以前に同じメンバーで何回も任務を経験している分、準備に時間はそうかからないといった事情はあった。しかし府に落ちない点は多い。
「学長に夕飯がてら説明を受けてそのまま出発しろ、ですからね」
「なにか、裏があるんだろうさ」
 グッカスは平然と言う。特殊科ではよくあることなのかもしれない。
「言える範囲で構わないが、君たちが受けた任務と言うのは?」
 キアは口をはさむ。ジルの兄ということもあって、セダ達はキアのことをかなり好んでいた。話しかけてもあっけらかんと普通に会話してくれるあたり、ありがたい。形式ばったものがないだけでも気が楽だ。
「遺跡調査です。簡単に言うと。内部の地図の作成など基本的なことですが……」
 ヌグファが説明した。しかし、モグトワールの遺跡は謎も多く、調査団が入れなかったと言っていた。そんな場所に行ったところで、調査などできるのだろうか?
「確かモグトワールは不可侵の遺跡。人が立ち入ることなど出来ないとか言われていた気がするけど」
「はい。そう説明を受けているのですが、どうしたら調査できるかなどは何も聞いていません」
「それで君たちは宝人に目を付けた?」
「あ、いえ! そういうつもりではないのです、結果的にはそうなっていますが」
「そうだね。そういう人たちに宝人が付いて行くとも思えない。君達の行動によってもそれは証明されている」
 キアのこういう冷静かつ、人柄をよく見ている所等はジルとよく似ている。
「開発候補地に上がっているそうで、そういう面でも調査をという話もあります。正直私達学生に判断できる問題ではないとは思いますが、一参考意見という所でしょうか?」
 ヌグファが言うと、キアが眉をあげて、けげんそうな顔をした。
「開発候補地? そんな馬鹿な事を公共の調査団体が?」
「はい。……え? 何かおかしな所でも?」
「おかしいも何も、モグトワールの遺跡は魔神の遺跡とも言われているんだぞ。そんな場所を開発候補地に上げる時点でそれはおかしいだろう。シャイデに何もきていないし。一応神国としては、黙ってられないな」
「魔神の遺跡?」
 セダはそんな記述が事前資料にあった様な、無かった様なと首をひねった。
「そうだ。モグトワールの遺跡というのは、神国同様に各大陸に一つずつあって、その大陸で初めて魔神が顕現した場所を祭ったとされている。魔神が活躍した神代の歴史が残る遺跡は多くあるが、魔神そのものを祭っている遺跡はモグトワール唯一つ。人が立ち入れないからと言って歴史的価値や文化遺産他にも学術的な問題も含めて開発候補地などに上がるはずはないのだが。さて……こればかりは私以前の王の問題だからな」
「他の大陸にもシャイデみたいな盟約の国があるんだぁ」
 感心して光が言う。光は宝人の事に詳しいと思っていたが、水の大陸だけの問題の様だ。
「ふむ。では少しお話しようか。この世界には六つの大陸が存在している。それぞれのエレメントの祝福を受けた大陸だね。一つのエレメントは一つの大陸を守護し、その大陸にはそのエレメントが他の大陸より多く在り、そこに住む生き物も当然、そのエレメントの祝福を受けた者が多い。水の大陸に青い目や髪の人間が多いのはそういう理由だ」
 この世界の人間や生き物は固有の色彩を持つ種族以外は、その時生まれたエレメントの祝福を受けた色を持つ。人間ならば髪や目の色がそれに当たる。時には肌の色でさえ、エレメントの守護によって変わる。
 両親が持っていない色彩を持った子供はざらで、兄弟間で違う色の目や髪を持つことはよくある。オリビン兄弟がよい例で、兄弟てんでばらばらの髪色や目をしている。人間の髪や目の色はその大陸が守護するエレメントに影響されやすいが、他にも生まれ月によって魔神の祝福が違うために、その影響も強い。
 当然水の大陸ならば、水のエレメントの主色である青系統の色を持つ人が圧倒的に多く、対極のエレメントである炎の主色の赤系統の色を持つ人間は少ない。これは各大陸によってバランスが若干違うといっていい。
「言われてみればセダもテラも青い目だね!」
「そして魔神は己が守護する大陸に住み、世界に散った宝人を通して世界を見守り、エレメントを与えていると言われている。その魔神の意志を受け取る為に魔神に日々祈りと感謝を捧げる為に創られたのが『神殿』。そして、その神殿を中心に、魔神に和平と宝人の友愛を誓った種族間の懸け橋となるように生まれた国が『盟約の国』、またの名を『神国』。だから各大陸に必ず神国と神殿は一つずつ存在している。水の大陸ならシャイデだね。そして神国の王は魔神に選ばれた『半人』がなる。御覧の通り私は王だから半人だね」
「うん。貴方も魂が半人の形をしている。守護するのは水と土」
「その通りだ。さて、話を戻すが、ではその神国を創る為に人と魔神は少なくとも一回は接触を持った事になる。魔神が人の願いに応えたというその証こそが神国であり、半人の私の様な王だ。ではその約束ができた、ということは神代では人の世に魔神は近い存在だったんだよ。その魔神が暮らしていた場所、もしくは眠っている場所とされているのが『モグトワールの遺跡』だ」
「そっか……」
 開発の候補地に挙がる筈がないという意味がわかった。確かに現代では魔神のお話や創世記はお伽噺としてあまり信じられてはいないだろう。おそらく宝人の存在や獣人の存在があるから説得力があるだけで、セダ等もそこまで信じている方ではない。
 だが、魂の根本がその話を知っているように思うくらい当たり前に小さい頃から訊かされている話でもあって、当然過ぎて忘れているという意味合いも強い。だが、実際神国や半人の王それに神殿など創世記やその後のお伽噺のように思えていた話に出て来た、いわば証拠品ともいえる施設や存在が確かにある以上、その話はお伽噺ではなく、実際に過去にあった事実である。
 つまり、モグトワールの遺跡には、今もなお魔神がいる可能性がある。少なくともいない証拠が確実にでもなければ到底開発候補などに挙げて消していい場所ではない。つまり、神殿に管理が任されていたというのもそういうことであろう。
「モグトワールの遺跡は各大陸に神国と同様に一つずつある事が確認されている。他の大陸でも神殿か神国が管理していたはずだ。その辺りは実際に旅したジルが詳しいんだけれど」
 つまり、各大陸には『神国』、『神殿』、『モグトワールの遺跡』が必ずあるのだ。仮に魔神がいるいないの問題を解決できても歴史的価値からすれば、ありえない。それは歴史の長い建物や文化遺産等の面も含め、大変貴重なシャイデの神殿を潰して新しい娯楽施設を創りますと言うようなものだ。
「陛下、お連れしました」
 丁度話の区切りの所で眼鏡の青年が帰って来た。
「あら、セダたちじゃない。ついに出掛けるの?」
 髪をばっさり切ったハーキ女王は男勝りな性格もあって、活発な少年に見えないこともないが、さすがうら若き乙女なだけあって、抜群のスタイルをしているせいで、男装の様な格好であっても女性とはっきりわかる。
「ハーキ、話は後。ニオブ、モグトワールの遺跡の管理はどうなっている? まさか他国に明け渡してなどいないだろうな?さすがにラダもそこまではしていないよな……?」
「いえ、キア陛下。ラダ様もそこまではなさっていませんが、どちらかというとそれより悪質と申しましょうか」
「……なんだ?」
 疲れた様子でキアが先を促す。
「モグトワール遺跡の管理を面倒がって、開発候補地に挙げたのはラダ様なのです……」
 キアががくり、とうなだれた。どんな馬鹿が、と思えば自国の老婆だったとは……。
「ちなみに現在は?」
「価格交渉中に、いろいろ問題がありまして、凍結。管理も現状行われていない様です」
「ちなみに交渉相手は?」
「複数ございました。わたくしも一部しか存じません。ラダ様ご自身が動かれた懸案もあればわたくしやピマーに一任したものもありまして……はっきりとは」
 余計にがっくりうなだれている。
「計画は全面即中止。ニオブ、ブラン様にこの次第を報告し、速やかに交渉団体を調べ上げよ。トワイ、この手の事に優秀な者に交渉を当たらせてくれ。ハーキ、お前はセダ達と一緒にモグトワールへ行ってくれ」
「承知しました」
 ニオブは頭を下げて、神殿の恥を本気で恥じてうなだれていた。止められなかった自分を責めているのだろう。眼鏡の青年はトワイというらしいが、彼も頷いた。
「あとニオブ。モグトワールは人が立ち入れないという話だが、管理していた以上そんなことはあるまい。誰か知っている者に心当たりはあるか?」
「ブラン様でしたらご存知かと」
「では、ハーキはブラン様に教えてもらって、セダ達と一緒に行ってくれるか?」
「いいわよ。本来ならヘリーの役目なんでしょうけど、いないしね」
 ヘリーはジルについていて未だジルタリアから帰らないからだ。
「ということで、ハーキも付いて行って構わないかな?」
「はい」
 セダ達は頷いたが、グッカスだけは侮れないな、この王と思っていた。
 おそらく彼はラダによってモグトワールの遺跡がシャイデから離れている事を知っていた。現状を知るだけでなく、管理をシャイデに戻すためにも、力を持つ王を付いて行かせる事で、公共軍や調査団体に牽制できる。
 そして一番厄介なのが、こちらも困っていると見せかけ、断るすきを与えないことだ。武力に優れ、交渉にも一歩先を行くジルの兄だけあって、敵にまわったら厄介なことこの上なさそうだ。
「グッカス?」
「いや、なんでもない」
 しかし、モグトワールについて知識がなかったのも事実。入る方法も教えてもらえるとなればありがたい。
「じゃ、悪いけど出発は昼にしましょ? 一緒に神殿まで来る?」
「はい。ではご一緒させて下さい」
 ヌグファがそう答える。
「じゃ、今から一緒に行きましょ」
 ハーキはセダたちにそう約束を取り付ける。
「一応、管理はシャイデが担うことになっている。公共軍や学校に報告する前に、もう一度シャイデに寄ってもらって、報告をお願いしても構わないだろうか? 場合によってはこちらから書面を学校側や公共団体に渡す事をお願いするかもしれない」
「はい。それは構いません」
 ヌグファが代表で答える。シャイデに寄って、遺跡に関する事前調査をしていたことにしようと話し合っていたところなのだ。報告をする際に、いろいろシャイデで口添えをしてもらえると助かる面がセダたちにもある。
「ありがとう。時間を取らせたね。他に何か聞いておきたいことはあるか?」
 キアがそう言う。一行が話していた間にも書類の山が一つ片付いている。有能な人だなぁとセダは思った。
「いえ。ではまた後ほど」
 グッカスとヌグファのあいさつでその場は解散となり、ハーキと共に神殿へ向かった。

 ニオブという巫女に連れられて、一行は神殿の中でも客人を迎える大広間ではなく、ブランの部屋に直接案内された。
「ブラン様、失礼してもよろしいでしょうか?」
 ニオブが声を掛けると、老婆の声がする。
「お入り」
「はい」
 ニオブが扉を開け、一行を案内する。部屋は清潔な香がたかれており、入室しただけで背筋がすっと伸びるようなそんな空気に包まれていた。
「ブラン様、キア陛下からのお託がございます。こちらの御一行は公共調査団体から公教育学校セヴンスクールを通して正式に調査を依頼された学生団体です。モグトワールの遺跡調査関する知識を望まれております」
「初めまして、セヴンスクールより参りました、ヌグファ=ケンテと申します」
 ヌグファがまず正式な挨拶の型と共に老婆に頭を下げた。それにテラが続く。
「同じく、テラ=S=ナーチェッドです」
「セダ=ヴァールハイトです」
「グッカスと申します。こちらは調査に同行してくれる宝人、光、楓、リュミィです」
 グッカスが挨拶が出来なさそうな宝人二人組を紹介する。
「わたくしはブラン=マーケイドと申します。さ、狭い部屋ですが、お座り下さい」
 痩せた老婆であったがまだまだ現役と言わんばかりにきびきびとした動作で一行にふかふかの絨毯が敷き詰められた床を示す。神殿と言う場所は魔神を敬う場所。その祈りに椅子は使わない。
 公式の場所など出なければ巫女たちは椅子を使わない。その代わり床に直接座る。ゆえにセダたちに勧められるべき椅子などなかった。しかし相手の方が年齢も位も上だし、ブランより偉いはずのハーキが平然と普通に不満なく床に座っている所をみるとこれが習慣なのだろうとセダあたりは納得した。椅子がなくて不便そうなのはリュミィだが、さすがに大人な女性だけあって、文句などは言わなかった。
「御一行へのご説明の前に、キア陛下からのお託を先に申し上げます」
 ニオブはセダ達に目配せをした後に、ブランに遺跡の管理について伝言を述べた。
「ヘリー様がいらっしゃるとご一緒に手続きができてよいのですが、事が事ですからね。承知しました。すぐに手を打ちましょうか」
「わかりました」
 ニオブはそう言って一礼すると、部屋を退出した。そしてハーキがブランに声を掛ける。
「ブラン様! モグトワールの遺跡について教えて」
 あの事件の後、ハーキはブランと仲良くなったのか、その口調は親しげだ。
「モグトワールの遺跡とは、我らが水の大陸における魔神、すなわち水の魔神を祀っている遺跡でございます」
「本当なんですか? それは」
 ヌグファが思わずそう言った。
「本当とは、どのような意味でしょう? 水の大陸を支配するのは水の魔神他なりませぬ。いえ、この言い方は正しくないですね。水の大陸そのものであり、水の大陸を護り、いつくしみ、育んできたその大いなる存在こそが水の魔神です。ごくごく当然のことです」
「あ、はい。そう、ですよね……」
 思わず黙ってしまった。魔神がエレメントそのもので世界を形作っていることは誰もが神話で知っている。しかし、それが本当ことかと信じているか、といわれると疑問が残る。
 確かにエレメントは存在し、宝人も存在する。当たり前にエレメントは世界中にあり、人々に恩恵を与えてくれている。それを魔神の存在そのものと言われると、そうなのかと疑問に感じてしまうのだ。
 それだけ人の心や生活が魔神や神話と離れているということなのだろう。
「ブラン様、現在モグトワールの遺跡は人が入れないという話だけれど、管理をしていたということはどうやって入るの?方法をご存じ?」
ハーキがきっぱりと話のド確信を率直に聞いてくれるので、セダたちにはありがたい。
「入れない?」
 ブランが聞き返す。ハーキだけではなく、一行が頷いた。
「なにかいろいろ誤解されて伝わっているようですね。そもそも遺跡というのが誤りかもしれません。神殿と呼んだ方が相応しいのかもしれませんが、この場所が神殿というからには呼び分けたのでしょうか」
 ブランがそう言う。一行の顔に疑問が浮かんだ。それを見て、ブランは書棚から二枚枚の羊皮紙を出してきた。一枚を広げ、見せる。
 その羊皮紙には泉のような水が張られた場所に建つ建物が見える。水と一体化した建物で水の中に建つ様が美しい。建物は白っぽい幻想的な青色で、左右対称に特徴的な柱が真っすぐ立っている。柱は左右に三本ずつあり、屋根の部分と柱をつなぐ部分には彫刻が刻まれていた。入口には豪勢な石造りの階段もある。幻想的な場所と言える。
「神代の頃のモグトワールの遺跡を描いたものです。これは複写ですが、現物は宝物庫に大事にしまわれていますよ。神殿に伝わる由緒あるものです」
 そうしてもう一枚を広げた。そこには枯野があった。半ば枯れた草むらの中に朽ちた建物の残骸のようなものが見える。柱がいくつか建っているが、壁や屋根などなく、すでに壊れた建物と言えるだろう。
「これが現代の遺跡です」
「えええ!!」
 ハーキだけでなく、セダも叫んだ。いくら時間が経ったとはいえ、同じものとは思えない。片方は幻想的で美しく水と一体化した屋敷。もう片方は遺跡と呼ばれるにふさわしいものだ。
「遺跡というのは過去の人々が残したものを指します。そう言う意味では確かにこの建物を建て、魔神を祀ったのは過去の人なのですから正しいでしょう。しかし、この場所は神代において、魔神が暮らし、魔神がいらっしゃる場所だったのです。神殿は神を祀る場所。神殿はそこにいない魔神に日々祈りを捧げ、魔神の加護を願う場所でした。ですから、神殿が魔神の住処である遺跡を管理したのです。魔神に日々快く過ごして頂く為に」
「へー」
 ハーキが思わずそう溜息を付いた。
「神代において人々は魔神の加護は確かなものだったのです。人々が祈れば、それは宝人を通して魔神に必ず伝わりました。わかりますか?このわかりやすい形が」
セダはちんぷんかんぷんだたが、ヌグファがおずおずと聞いた。
「それが現在の神殿、神国という形で残っているのですね?」
「そうです」
 ブランは一行を見て、半数が分かっていないことを悟ると説明を始めた。
「魔神が住まうのは『遺跡』です。人々は感謝と祈りを『神殿』を通して魔神に願います。そして魔神はそれを『神国』を通して叶える。この三つは人々と魔神が宝人を通してエレメントによる恩恵を与えるために必要不可欠なシステムだったのです。ですから他の大陸にも必ずこの三つはありました」
 つまり神代の頃は魔神がもっと身近だった。だから願えばそれはかなえられた。魔神に祈り願うこと。その総意を神殿が行い、その神殿によって聴き届けられた願いは神国の半人の王によって叶えられる。その感謝を人々は遺跡を建て、魔神を崇め奉ることで、つまり日々の態度で感謝を示した。その感謝を魔神も受け取り、願いを恩恵を与えていく。神代はそうやって人々と魔神と宝人が等しく暮らしていたのだ。
「どれも今は……」
「形こそあれど、このシステムと申しますか、この習慣はすでにありません」
 その証拠が朽ちた遺跡であり、欲望の塊と化した神殿であり、エレメントを扱えない半人の王だったのだ。
「つまり、遺跡に入れないのではなく、人々が魔神に対する意識が変わったからこそ、入る事が出来なくなったのです。遺跡に入れない体質になってしまったという方が納得しやすいですか」
 ブランはそう言って羊皮紙をしまう。愕然としてしまった。入れないのではなく、自ら入れないことになった。
「今この場にいる方で、魔神が本当にこの世に生きづき、今もなお見守っていると信じている方はいらっしゃいますか?」
 ブランが穏やかに訊く。セダたちは思わず黙ってしまった。確かにいるだろうとは思う。しかし己の願いを叶えてくれたり災害を防いでくれたりするような加護を実際に与えてくれた魔神がいるかと言われると……信じがたい。
「私は信じているわ。だって、この前も水の魔神は私に力を貸してくれた」
 ハーキがまっすぐブランを見つめてそう言いきった。グッカスは少し驚いてそれを見ている。ブランはにっこり笑って頷いた。
「そうですね。ハーキ様はそうでしょう。でなければあのようなことは起こせませぬし、『宣誓』もできません。本当にシャイデは最後の最後で良い王を授かりました」
 ブランはそう言って祈るポーズをとった。ハーキもそれを見て微笑む。
「では、ハーキ様は可能でしょう。いえ、キア様、ジル様、ヘリー様も貴方がたオリビン兄弟ならば遺跡に入れます。そういうことなのです。例えばですが、泉を思い浮かべて下さい。その泉に魔神の加護があるから沈まない、そう言われて迷わず泉に脚を踏みだすことができるか。そういうことなのです。踏み出す勇気を持つ事、踏み出すだけの魔神への信頼があること、それが遺跡に入る事が出来ることなのです。信じなければ永遠に泉の淵で立ち続けるだけなのです」
 それを聞いて納得してしまう。確かにオリビン兄弟なら誰もが一つ頷いて、そのまま堂々と泉を渡り、泉の上に立つだろう。
「では、魔神を信じるかということ……なのですか?」
 ヌグファが思わず訊いた。
「もともと魔神は人々にエレメントに寄る恩恵を与える為に神より分けられた存在です。人を嫌うこともなければ、厳しい存在でもないのですよ。魔神を信じるというよりかは……魔神を感じ取ることができるか、ということでしょう」
 信じなければ入れないという次元ではない。魔神はそんなことで人を選ばない。試されるようなことでもないのだ、最初から。魔神が生きている、魔神がそこにいる、そう思い、そういうものだと感じることができなければ、初めから確固たる目的と意志を持っていなければ、その存在自体が揺らぐものなのだ。
 簡単に言うと目の前に立っている人の名前を知っている。だが、本当にその人かその名前なのか疑わしい。だからその人と信じられないからその人に伝えたいことが伝えられない状態なのだ、今の人間は。
「そういう、ことなのですか」
「そうです。噂話は歪むものですから」
 ブランは朗らかにそう言った。
「ですが、そこのすてきな明るい橙色の髪のお方、あなたは難しいかもしれませんね」
「な……」
 グッカスが思わずうなる。セダたちはグッカスを見て、確かに魔神とか信じてなさそうと納得しかけた時、ブランは全く別の事を言った。
「橙色は炎のエレメントの従属色。あなたは炎の加護を一身に受けておられる。水のエレメントに溢れた遺跡では、水のエレメントと反発してしまうかもしれませんね」
「じゃ、僕も入れないってことかな」
 楓がそれを聞いて思わず呟く。
「ああ、楓は炎の宝人だものね」
 ハーキが納得して頷いた。ブランは少し驚いた顔をしたが、すぐさま頷く。
「そうですね、貴方も炎の宝人ならば入れないということはないでしょうが……少し居心地が悪いとは感じるかもしれないです」
「成程」
 グッカスは頷いた。遺跡は確かに神秘に満ちている。調査以前の問題でそんな場所を開発有力地などにはできない。逆にそんなことを考え出した大人たちに驚きだ。
「あと、何か注意する事はありますか?」
 ヌグファが聞く。魔神の遺跡なのだ。失礼があってはいけないだろう。
「そうですね。礼儀は当然ですね。形式などはありません。心からそう思えば魔神には伝わるものです。遺跡はこの地での魔神の住処なのですから、当然足を踏み入れることへ詫び、感謝をすること。何をしたいかを述べ、終えたら感謝と礼をすること。これは魔神でなくとも当然の事ですね」
「……そんなことでいいの?」
 光が尋ねた。魔神は自分達宝人を創った存在。その程度でいいのだろうか。
「ええ。別に供物を捧げよ、などということはありませんよ。魔神はそういう存在ではないのです」
 ブランはそう言った。一行はへーと感心するばかりだ。魔神って案外付き合い易い存在らしい。
「教えてくれありがとう、ブラン様」
 その後、ブランはモグトワールの遺跡の詳細な場所や入り口だった場所などを教えてくれた。
 モグトワールの遺跡はシャイデが管理していたこともあって、神殿からそう離れていない場所にある。半日歩いて行ける距離だった。残念ながらブランは若い頃から神殿にいたが、遺跡を担当させてもらえなかったので、この知識はブランの先輩から聞いたものをブランが記録していたものらしい。
 確証がないといえばないが、後輩である当時のブランに先輩であった者が嘘を教えることもないだろう。モグトワールの遺跡への知識を得た一行はそれを頭に叩き込んだ。
 ハーキが立ち上がったので、一行もそれに倣う。ブランは笑って皆を送り出してくれた。