モグトワールの遺跡 013

第2章 土の大陸

1.男装少女と女装少年(2)

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 土の大陸の神国・ドゥバドゥール。そこの首都である都市は三大王家にちなみ、王宮周辺以外が国の領土のように三大王家それぞれの支配力が強い地域がある特殊な街となっている。
 首都は形式上どこの領地でもないのだが、この国の成り立ちからそうなってしまうのだろう。人種的には何の変わりもないのに、ヴァンの民、エイローズの民、ルイーゼの民などと呼び分けられてしまう位で、己が何の民であるかを示すためにわざわざ砂岩に示して耳につける者もいる位だ。
 それくらい民は愛国心というよりかは自分の出生した領地の主を、王家を深く愛し、誇りに思っている。それが逆にこのドゥバドゥールの国民性ともいえるだろう。
 首都の一角では店や家の軒下にとある色の布がかかっている事が多い。その布の色で、この家は三大王家のどの家を主君と仰いでいるか示しているのである。耳に着ける砂岩と同じようなものだ。エイローズ家の色は臙脂色。ルイーゼ家ならば常盤色。ヴァン家なら瑠璃色の布が下がっているだろう。
 それだけ民に好かれるよう、誇りに思われるよう、民を失わないように各王家がそれぞれ民の為にいろいろ頑張って来たからである。それぞれが誇れる良き指導者であろうとしたがゆえに、民も離れて行かないのである。
 さて、首都の一角に脚を踏み入れると臙脂色が目立ってくる。当然、それはエイローズ家の支配が強い場所で、エイローズの領地から首都に移り住んだ民が多く暮らしている町並みでもある。その一等地に建つ一瞬城と間違う位立派で洒落た屋敷が見えれば、それはエイローズ家の首都での本家の家に他ならない。
 エイローズ家の領地から首都に政治をするために首都に造られた屋敷なのである。当然、その家の持ち主は現在のエイローズ家の当主に他ならない。その当主の元で他家に引けを取らぬ手腕を発揮する部下もまたこのエイローズの屋敷に多く出入りすることになるだろう。
 このような家を当然他家も所有しているが、ここではエイローズの話をしよう。広大かつ芸術的な庭。その屋敷を中心として繁栄する町並み。一つの首都がここに凝縮されたかのような町並み。そのエイローズの首都の屋敷の中でも特別な者しか出入りできない場所。奥まった当主の書斎の主は誰もいないのをいいことに書斎の机そのものに腰かけている女。気だるそうな様子でも、元から持ち合わせる高貴さがかき消して、妙に艶のある様子だ。
 そう、現在のエイローズ家の当主はれっきとした女性である。元々エイローズのはじまりであるリーダーが女性だったこともあり、エイローズでは他家より女性が強いというか活躍しやすい場所である。まだうら若き乙女と言える年齢の女性の美しい葡萄の様な赤紫色の髪は艶を持ち、高い鼻梁、緩やかに弧を描く唇と涼やかな淡い薄墨色の目をしていた。肌は白く、薄く引かれた赤い紅がいい意味で目立っている。
 広い書斎の広く高級な机に腰掛け、書類を遊びの様に目を通す女性。エイローズ家の現当主、名をアーリア=エイローズ。歳の頃はまだ二十歳をまたいだか否かという位。そのアーリアの元にふっと人影が舞い降りる。
「アーリア様」
「ユン。なぁに?」
 小柄の可愛らしい様子の黒い格好をした女の子と言える様子の少女、ユンと呼ばれた少女は、扉を開けることも無く突然現れたのに関わらず、アーリアは驚かない。
 それもそのはず。漆黒の出で立ち。軽装。それはこのドゥバドゥールにおいて一つの職業を推測させる。暗君(キョセル)――すなわち、諜報者のことだ。闇に潜み、相手にばれることなく情報をつかみ、主のためだけに行動する影に生きるもの。
 優れたキョセルを持つことはそれだけ自分のアドバンテージを上げさせる。時には要人の暗殺でさえこなすその職業は秘密裏に育成される。このユンもエイローズ家が手塩にかけて育てたキョセルの一人だ。
「届きました」
 そのキョセルであるユンが手渡したもの――黒い封書。
「ああ、やっと届いたの。『世界の中心に座す星占師』からの未来が」
「はい」
 少女からの黒い、ある意味不吉そうな封書を特に何も感じずに開く。目を通し、ふん、と鼻を鳴らした。
「どうせこの封書はあの聖女さまと腐れジジイも見てるんでしょ?」
「おそらくそうですねー」
「はっ。お二人のこれからの行動が軽く想像できるわねー」
 そしてひらりとその紙を手から離した。ひらひらと黒い紙が落ちる。
 黒い紙には白い字で何か書いてあるようだ。
「ふふん」
「どうしたんですかー?」
 ほくそ笑むアーリアと呼ばれる女性にユンと呼ばれた少女が声を掛ける。
「いやね、本当の意味をわかるかしらーって。表面上だけで騒がなきゃいいけどねー」
 このアーリア、実はエイローズ始まって以来の才女と名高い。始祖であるエイローズと肩を並べるほどだとも言われ、噂が絶えない。それほどにアーリアは政治的な手腕に長け、このエイローズを繁栄させるべくそれこそ幼女といえるような年齢から英才教育を施された上に、その教育以上の成果を発揮してきたのである。
 おかげでエイローズの民からその支持は絶対的であり、崇拝者が多いと言っても過言ではない。
「それとアーリア様」
「うーん?」
「“砂岩”を発見しました」
 ユンが真面目そうにそう言った刹那、アーリアが書類から目を離し、ユンを見つめ返した。
「どこ?」
「はい。神殿の街・ルンガで。おそらく間違いないかと思われます」
「ルンガ? 灯台元暗しとはこのことね。まさかエイローズの土地に居るとは……。ユン、他のキョセルは?」
「手配済みです」
「よろしい。……先に入っていなさい。私もすぐにルンガに行くわ。丁度今神殿にはヴァンの神子がいるんだったわね?」
 視線を鋭くさせ、何かを考えている表情のアーリアはよりいっそう美しく、それでいて冷たい印象を抱かせた。
「はい。ヴァン家直系一族の神子。キィ=ヴァン。神子として覚醒したのはわずか十歳にも満たず、それでいてたいそう頭の切れる少年との噂ですが」
「ヴァン家の後継と噂される双子の片割れ。そういえば、その神子に対抗してルイーゼも何か担ぎ込んだっけ? 誰だったかしら? あそこが新しく入れたのは」
「カナ=ルイーゼ。ルイーゼ家ではそこそこの血統です。ただルイーゼ直系一族と交流の深い分家の一家のようです。そこの嫡男ですね。どちらかというと神殿よりは軍事よりの少年で、大層剣に優れる様子」
 キョセルとして才能豊かなユンは主の求める情報を次々と述べていく。
「ふーん。うちが入れている神官(パテトール)と神軍(ナルマキア)の中で使えそうな奴……」
「パテトールにはうちからマナを、ナルマキアにはテセとテデを入れて在ります。いつでもご命令を」
 キョセルの中から潜り込ませているということだ。この三大王家の一同が集まるような場所では情報こそが命。他家のキョセルが堂々と身分を偽って放たれている。
「よろしい。ユンは引き続きあのじじいを見張って頂戴」
「承知しました」
 ふっと視線を離すとユンはもうすでに部屋の中にいない。頭の回転の速いアーリアは今後どう動くかを考え始めていた。

 カナ=ルイーゼはやはくも後悔し始めていた。カナは幼馴染であり、自分にとって大切な少女がお願いをしてきたので、断るつもりは毛頭なかったのだが、さすがにこれはごねたくもなるというものだった。
 服装の規定があるのが気に入らない。神官(パテトール)たるもの、身は清潔にいつでも魔神様に見せて恥ずかしくないよう……云々。
 別に剣の稽古着は不衛生ではない。多少汚れてはいるが、小まめに洗濯している。
 なにより嫌なのが剣の稽古をしてはいけないことだ。それだけでではなく、身体を動かす(=鍛える)行為は禁じられてはいないが、あまり快く思われていないということだ。確かに神官が剣を振るうのは褒められた行為ではないだろう。神殿には神殿だけの兵・ナルマキアがいるのだから。
 そして、もう一つ嫌な事があった……。
「やぁ、カナ君? 今朝も清々しい空だ。どうだね? 一緒に潔斎でも」
「あー、いや、あのー」
 やって来たのはもう一団と言えるような集団だった。しかし口を開くのは一人だけ。真っ白な集団がゆったり歩いてくるのを見るだけでいらっとする。
 ――ここはドゥバドゥールの街でも歴史の古い街だ。なにせ建国当初いや、それより前から在る神殿を擁する街なのだから。
 広大な枯れる事のないオアシスが砂漠とは言わないまでも砂の多い大地で多くの人を支えている根源でもある。その街・ルンガの中心部に立つ白亜の宮殿と見まがう施設こそが土の大陸の神殿そのものだ。
 カナは三大王家ルイーゼ家から新たに送り込まれた神官見習いの一人である。神殿は信仰深い者が魔神に身を捧げ、仕えるためになる職業だ。そういう信仰深い人が神殿の門を叩き神官見習いとなってから神官となるわけだが、三大王家は神殿の運営を任されるセークエ・ジルサーデの元に運営される為、必ず神官となる血族を育てている。
 カナからすれば、努力している人を早く神官にしてあげろよ、と思うがそうは貴族が許さないらしい。
 そういうわけで三大王家の血族は将来神殿を牛耳るというと聞こえが悪いが確固たる地位を築き上げる為、小さい頃から神殿に王家血族の子を入らせる。カナは王が選らばれない昨今の事情で後に入るはめになったが、それも成人までだ。
 自分も神殿入りを命じた幼馴染も自分の祈りで魔神が新王を授けてくれるとは思ってもいない。他家に対抗するための人数合わせに過ぎないだけ。……なのだが。
「おや、これはルイーゼの? 潔斎はお済みか? まだならば早くした方がよろしいのでは?」
「エイローズの。御忠告痛み入る。カナ君、では後ほど」
 新しくまた白い集団がやってきた。しかし耳に付いている飾りの色で派閥がわかる。
 人数合わせのカナを神殿の将来の地位の争いに巻き込まないでほしいのだ。別にルイーゼ家として来たからといって前から神殿で地位を固めていたルイーゼのお偉いさんの一派に入ってごまをする気もなければ、他家と争おうとも思っていない。ただ、頼まれたから住処を変えてみただけなのだ。
「これは新しいルイーゼの……名はなんといったかな?」
 エイローズのお偉いさんがまだ歳もそう離れていなさそうなのに上から目線で問う。普段だったらぶっ飛ばしてやるところだが騒ぎや争いが御法度の神殿内ではそうもいかない。ここはさっと逃げよう。
「カナ=ルイーゼです」
 一礼をし、さっさとUターン。朝の潔斎? 知った事か。朝の稽古後の水浴びなら好きだが。誰が好き好んで黙ってオアシスの支流に浸かったりするものかよ。
「君ぃ!」
 背後から高々と声を掛けられる。振り返るまでもなく声で誰かわかってしまった。
「はぁ?」
 はいではなくはぁ? と言ってしまうのはくせだ。相手がわかっているからなおさら。
「またそんな服装をして! 規定の神服はどうした?」
「あー、いや、汚したらまずそうなんで着るのやめたんです」
「はぁ? なぜパテトールたるものが汚すなどという行為に? そもそもなぜ帯刀しているのかね?」
「いや、自分は武君(セビエト―ル)を目指しているんで、剣が側にないと落ちつかないんすよ」
「それは神兵(ナルマキア)の仕事だ! そもそもパテトールたるもの……」
 と長々と説教が始まってしまう。朝から嫌な奴に捕まった。
 こいつはティズ=ヴァン。今のところ神殿で一番の地位を築き上げているヴァン家の嫡子だ。他家を毛嫌いし、己以外の派閥に対しいつも説教臭い。カナはこいつが嫌いで意地でも神官服という純白の女がきるような身にぴちっとしてひらひらした服を着るものかと思っている。
 そうあくまでカナに未来の神殿の地位など関係ないのだ。だれが従うか。
「ティズ様、そんなとこでご高説は有難いけれど、潔斎が終わらないとまずいんじゃないですか?」
ティズの集団の背後から新しい声が響き渡った。まるで操られたように一行が振り返る。
「キィ……そういうお前は」
 ざざっと一行がティズに闖入者を見せる為に割れる。おかげでカナにもその人物が見えた。
 薄い金髪に薄い金の目。小柄で華奢なその姿は神官服がよく似合い、薄幸そうな印象を与える。耳に着いた色は瑠璃。すなわちヴァン家だ。
「とっくに済ませましたよ」
 しれっと言って歩み去ろうとする少年の腕には分厚い本が三冊乗っている。
「待て、キィ」
「はい? なんか用ですか?」
「朝の祈りの儀式には我々と共に行こう」
「やですよ」
 ばっさりと誘いを蹴るともういいですか、と平然と言って少年は歩み去る。
 誰しもぽかーんとして少年を見つめ、いち早く立ち直ったカナだけが少年を追いかけた。
「待ってくれ!」
 振り返った少年はきょとんとして曲がり度で待っていた。
「お前って、あーっと、その」
「何か用かい? カナ=ルイーゼさん」
「え? 俺の名を?」
「知らないわけないさ。君有名だもの、ルイーゼの新星」
「そうなのか? 俺は有名なのか? そういうお前は?」
 少年は肩をすくめるに留めた。
「君、それくらい知るようにしないとここでは暮らしていけないよ? 俺のことが知りたくばうまいことして聞きだしなよ。この格好していることから俺が神官見習いってことはわかるだろう? 探してご覧」
 くすりと笑って少年は去っていった。ぼぅっとそれを見送ってしまったが、カナはふっと我に返って怒りより先に当惑に唸ったのだった。幸い、優秀なカナの幼馴染の配慮でカナの付人も一緒に神殿に入っている。
 カナは頭脳派ではないので、この神殿の人間関係の構築も付人であるファンランにまかせっきりである。
 そのファンランによれば、少年はやはりヴァン家の人間だった。しかも神子だという。ルイーゼ家であるカナにとっては目から鱗な話だった。
 キィ=ヴァンは神子であるというその存在を隠して育てられた。しかし王が選出されない事態に危機を感じたヴァン家によって神官に担ぎ出された。タイムリーに神子を選出したことからその存在を疑われたそうだが、古来より神子の条件であるという『土を自在に操る』という事を見せたことから誰も疑えなくなったらしい。
 その能力を見せたのは二回。ヴァン家から神殿に入る前にヴァン家の当主や現ヴァン家が擁する王・ガルバ・ジルサーデと多くのヴァンの民の前で堂々と土を操り、ヴァン家、ヴァンの民から拍手喝さい、大きな声援を受けて神殿入りした時。
 そして神殿の神官たちの前で己を神子と認めさせるための神殿内での一回。
 たったの二回で万民に神子を認められたという。ヴァン家も他家も神子が本格的に神殿に神子が入ったことから当時大きく話題になったそうだ。これで未来は明るく、王が選ばれるのも時間の問題だと。
 それに反発したのは元々ヴァン家の神官候補として神殿に入っていたヴァン家直系のティズ=ヴァンだ。キィは神官見習いという立場だがいざとなれば神殿を作ったルイーゼの星の遺言に倣い、キィつまり神子が神殿のトップに君臨する事になる。それゆえ、誰よりもキィは神殿に波乱を起こしたと言える。
 己の立ち位置を下げない為に、ヴァン家内での血統の高さにものを言わせ、ティズはキィを神殿の地下に軟禁した。キィが文句を言わないのをいい事にティズは神殿の地位を動かぬものにした。
 そこで危機を抱いたのが他家だ。現在のセークエ・ジルサーデといっても今は退位を表明しているが、セークエ・ジルサーデを擁するエイローズ家は現在の地位を護るのに必死であり、立ち位置が危ういルイーゼ家は新しく神殿に人員を送り込む事にした。それがカナである。
 カナはルイーゼ家ではそこまで地位が高い家の生まれではない。分家の生まれだが本家に仕える家と言った方がいい。本家の幼馴染であり当主であるアイリス=ルイーゼの命により遣わされたのがカナというわけだった。
 何も考えずにただ神殿に居てくれればいいという幼馴染の思惑はルイーゼ家でそこそこの血統を持てばそれでよかったのである。現在の神殿のトップであるセークエ・ジルサーデはエイローズ家出身。元々神殿を作った初代のセークエ・ジルサーデはヴァン家が輩出した。それに加え神子を持ちだしたヴァン家。今ルイーゼ家が神殿で争うには部が悪いので、人数調整だけできれば他家に引けを取らなければ良いということなのだ。
 ようやく事情を飲み込めたカナはキィの元を訪ねたのだった。
 最初はルイーゼ家のいざこざを持ちこんだのかと、キィの付人に丁重にお断りをされていたカナだったが、その熱意にキィの方が先に折れてカナと会う事を了承した。
 今思えばなぜそんなにもキィに会いたかったのかよくわからない。しかしあの場でティズを退けたこの少年に興味を覚えたのは確かなのだ。
「へぇ……本当にルイーゼは神殿の争いに興味がないというか、今はそこに力を割く暇がないか……」
 しばらく会ううちにキィはそう言ってカナをまじまじと見た。キィの方もカナについて調べたらしい。偉い身分であるにも関わらずキィは驕らないし、偉そうにしない所が気にいった。これでキィの方が年上だというから驚きだ。
 きっとアイリスも好きな性格と人柄だと思う。カナの方はキィについて最初の情報以外は調べたりはしなかった。そう、直観だけれどカナは初対面でかなりキィを気にいったのだ。おそらく友達になりたいと思ったのだろう。
 キィもカナに似て神殿内で派閥に組していなかった。それは己の神子という特別な立場を考えて事なのか、カナの様に面倒だからか。……数回会っておそらく後者だと思うが、独りが多くそこも気に入った。気軽に訪ねられるからだ。
 初めはおざなりな態度で本を読みながら会話をしていたが、そのうちカナに興味が出たらしく、一月も通ううちに友達の様な間柄に変わっていっていた。カナは退屈な神殿生活でキィという友人を持てたことに感謝した。
 いずれ自分はアイリスの補佐をするためにきっと軍に入り、アイリスの武官(セビエトール)になるだろうが、できればキィとは争いたくないなとも思ったし、アイリスの次にセビエト―ルになってもいいかなとさえ思った。

 ……というような成れ染め? でキィとカナはかなり親密な仲になっていた。
「……さっきから黙ってどうかした?」
 相変わらず本を読みながら会話をするのは変わらないが、急に黙り込んだのを不審に思ったらしく本から目を上げたキィがカナを見ていた。
「いんや。にしてもまた本変わったな。……ファズト経済理論? また難しそうな……」
「うん。頭が足りないカナには無理だと思うよ」
 そしてキィは口が悪い。毒舌だ。キィ曰く、カナはできない姉に少し似ているらしい。
「そんなん読んで面白いか?」
「うーん、面白くはないかな。ただ勉強になるのは確か。俺はいろんな面でミィを補佐してあげようと思っているから、知識はあって困る事はない。カナがアイリス様の為に剣の腕を磨くのと一緒」
「ほー、成程。そう言われると納得だわ。ほんとお前頭いいな」
 カナは神官(パテトール)ではなく、武官(セビエト―ル)になる事が目標だ。ちなみにキィもパテトールではなく、双子の姉であるミィを補佐するのが目標と言っている。
 神殿なんか興味ない所も二人は意気投合していた。
「そういや、カナ聞いたかい?」
「ん?」
「俺ら急に仲良くなってそれからずっと一緒だからルイーゼの新星が孤高の神子を落としたって噂になっているってさ」
 笑いながら言われるとカナの方がきょとんとしてしまう。落とした? 不思議そうな顔をしているとカナの付人であるファンランに溜息と共に言われる。
「カナ様。カナ様はキィ様の恋人になられたと噂を立てられているのですよ? もう少し深くお考えに……」
「えぇええ??!」
 そう言われた瞬間にカナは叫んだ。それを見てキィはからから人ごとのように笑っている。
「恋人って、キィも俺も男じゃんか!!」
「そうでもねーんだぜぇ? 神殿は女人禁制。うっ屈したその想いは同性へと向けられて……ってのが冗談抜きでたまに神殿であるんだってさ。面白いよな、そんなこと考えつくのがさー」
「面白いって、お前! 俺嫌だ! ぜってー嫌だぞ!! なんで、そんなことに!」
 アイリスのことだ、その噂はもう耳に入っていて次に会った時に何を言われるか……。
 キィは笑いながら言う。
「いやがらせに決まってんだろ」
「ええ? いやがらせぇ?!」
「気にすることはないさ。だって普通に考えてみな? 付人がいないと何もできない様な王族のお坊ちゃんがさ、暗君(キョセル)の一人や二人引き連れていないわけないだろ? 俺とお前が何もしてないことくらいわかるし、そんな関係じゃないのもわかるはずさ」
 そういうキィを見てファンランは別の意味で溜息をついた。
「本当にキィ様は頭の回転がお早いですねぇ。カナ様とは大違いだ。叶うならアイリス様と有意義な時間が過ごせそうですね、キィ様なら」
「ありがと。あ! そうか嫌がっているカナに良い事思いついたよ」
「え……?」
 カナがひきつってキィを見るとまるで悪戯を思いついたようににっこりと笑っていた。

 ――後日、カナとキィは同室になっていただけでなく、ちゃっかり同じ行動を取っても咎められないようにスケジュールが変わっていた。
 どうやったら一晩でそんな強権が発動できるのか。実はキィが一番神殿の神官見習いの中で権力を持っているのではないかと思うほどだ。
 おかげで恋人説が濃厚になってしまったが、見とがめられる剣の稽古を広くなった部屋で好きなだけ出来るようになったのでそれはそれでまぁいいかと考えるようになっていた。
 そう、カナは単純なのでキィが言ったように気にしなくなったのだった。人の噂は七十五日。カナの頭の中身は……わずか一週間だった。