モグトワールの遺跡 021

第2章 土の大陸

3.土の魔神(1)

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「このあたしと誘拐まがいの事してまで会いたかったの? 熱烈な歓迎ね」
 彼女の髪は燃えるように赤く、そして揺らぐ炎のようにうねり、四方八方を向いている。
 でも、それが彼女にはとても自然で似合っていた。はっと振り向かずにはいられない強烈な印象。美人だとは言いにくい造形。だが、目をひかずにはいられない。
 それが、この土の大陸の約半分を手に入れた女性――魔女・エイローズ。
「逢瀬なら二人でなさってほしいものです。なんなら今から帰していただいてもよいのですが……」
 そう言ったのは鋭い目線を時々見せる少年だ。光輝く金髪とそれと同じくらい輝く琥珀色の瞳。
 華奢な印象が強いが、自在に土を操り、宝人をどの団体より多く従える――神子・ヴァン。
「もう、会った次の瞬間からそんな毒舌ばっかりだから、君たち友達いないんだよー?」
 睨みつけられている青年は対照的でにこにこしている。顔の造詣が整っていて少々美形、という以外は大して特徴のない青年。
 だが、彼こそがこの大陸の覇権を争う一角を担う――希望の星・ルイーゼ。
「大きなお世話です」
「友達ならいればいいってもんじゃないでしょ」
 即座の反撃。
「あいたー」
 ルイーゼは困ったように笑う。彼の特徴はそういえばいつも笑っているというのもある。
「でもさ、素直じゃない君たちのことだもの。俺が呼ばなければ、きっと思いの内を打ち明けられないだろうと思ってね」
「何を、馬鹿な」
 瞬時に返すヴァンに対して、エイローズは黙っている。
「……」
「あなたも何か言い返してはどうです? ……エイローズ?」
 ヴァンがいぶかしげにエイローズを見る。エイローズはルイーゼの笑顔を見て、肯いた。
「確かに一理あるわ。きっと、あたしたち、考えていることは同じ。ただ引き際を見極めているだけ」
 うんうん、とルイーゼが相変わらずの笑顔で頷く。ヴァンも一応思うところはある様子だ。
「……そりゃ、そうですけど」
「でしょ? このままではいけないってわかっているだろう?」
 自慢げな顔で頷きまくるルイーゼ。
「ええ。これ以上は無意味だわ」
「皆そろそろ疲弊している。ですが、かといって魔神さまのご威光、他には譲れません」
ルイーゼはそこでぽん、と手を叩いた。
「だからさ! 俺ら一緒になっちゃえばいいと思うんだよ!!」
「はぁ?!」
 驚いたのはヴァンだけ。エイローズはわかっていたような顔で、特に反応はしなかった。
「三国統一、伴い大陸統一。これで一気に解決! どうだい?」
 人差し指をずずいっと真っ直ぐ出して、ルイーゼが自信満々に言いきった。それに対して、エイローズはため息をひとつ。ヴァンは当惑した顔のままだ。
「まとめるのは大変そうね。だけど、賛成かな。それがベストな気はするの。あんたはどうなの? これ以上の良案があるの? どうなのよ、ヴァン」
「いや、いきなり言われても」
 エイローズが馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「あんただって前から考えていたんでしょう? その無駄に回る頭で。否とは言わせないわよ。ここにはあたしたち以外いないんだし、正直に仰いよ」
「まぁ、ヴァンのところには宝人が大勢いる。安易に賛成できない気持ちは察するけどね。でも、ああ、そうだ。エイローズと組んで、とりあえずヴァンを一緒に叩いてから、エイローズと残りをかけて戦うって手もあるね」
 にっこにこ顔で言うルイーゼにヴァンはため息をついた。
「いいわね。受けて立とうじゃないの」
 エイローズが言うと、それはとたんに現実味を帯びる。
「はぁ……。わかりましたよ。我々が滅ぼされてはたまらない。組みましょう、手を」
 ヴァンは肩をすくめて初めて、ルイーゼとエイローズを正面から見返した。三つの手が重なり合う。

 こうして、三大派閥の頭はこそこそと逢瀬を重ね、三国統一に向けて綿密な計画を立てた。その期間は五年にも及ぶ。これはその中の一回――。
「役職まで新たな名を考えるのですか? こだわりすぎでは?」
 ヴァンがエイローズのやルイーゼの持ち寄った大綱の骨子を見ながら話にならないと言いたげにため息をつく。
「文官を文君(ヴァニトール)。軍人を武君(セビエトール)。神官を神君(パテトール)。術者を……きりがないですよ。しかもこれ、韻でも踏んでいるのですか?」
「そうそう。しゃれているだろう?」
 自信満々で応えるルイーゼに馬鹿ですか、とヴァンが一刀両断する。
「あなたもなんとか言ってくださいよ、エイローズ。ここまで細かく詰めていたらきりがない。果てもないですよ」
「まぁ、ヴァンが言いたいこともわかるけど……ここら辺の職業は王宮に出入りする重要な職だからね。最低限は決めないといけないでしょう。で、あたしたち王は大君(ジルサーデ)か。あんたこういうこと考えるの好きねぇ。私が軍事を詰めているから、そこら辺は好きにしていいと思うけど。そういうヴァン、あんただって神事の骨子、まだ荒いわよ」
「言われなくてもわかっていますよ!」
 ヴァンがそう言いながらルイーゼの作った骨子を投げつけた。慌てず、見事に大事そうに受け取るルイーゼ。
「でさぁ、集まってもらったのはさぁ、国名をどうするかってことなんだけどね……?」
 じゃん、と言いながらルイーゼは懐から折りたたまれた紙を広げて掲げて見せた。二人は覗き込んでそれぞれらしい反応をした。エイローズは唇を、ヴァンは眉を器用に片方だけ上げるという。
「はぁ~ん。韻を踏んでいるとか言っているけど、これに由来するわけだ、全部」
「よくわかったね!」
「ああ、確かに。これはいいのではないですか。納得できます。聞かれても困らないし」
「でしょでしょ!!」
 ルイーゼはうきうきとして、骨子にほぼ決まった国名を記した。二人が賛成すればそれは決定と同じ。
「うふふ」
 エイローズが笑いながら自分の骨子の案をまとめた冊子にもその名を記す。
「何を笑うのですか、エイローズ」
 ヴァンが訝しげにしながらも国名を記した。
「いえね。わざと内緒にしておくのよ。で、魔神様のお告げです、とか説明するの。そしたら、誰も知らない。この国名の由来も、自分が就く職業も、この国名を少しもじったものだって知らないのに、当たり前に使われるわけでしょ? ねぇ、それってわくわくしない? 面白いでしょう。特に、あのお方はあたしたちよりは長生きなわけだから、どう思うか、どう生きていくか考えたら愉快よね」
 ルイーゼがそれを聞いて目を輝かせた。
「それ、いいね! そうしよう! 是非にも」
珍しくヴァンも唇を持ち上げた。
「そうですね。それくらいの苦労があってもいい」

 こうして始祖である三人の少しのいたずら心も含まれた、三国統一の国名を、ドゥバドゥール――という。