毒薬試飲会 009

6.ベラドンナ

020

 お前のために私は舐めよう。
 お前のために私は脚を開こう。
 お前のために私は喜んで受け入れよう。
 ――だから、どうか、呪わせてくれ。

 「毒薬試飲会」

 6.ベラドンナ

「ねーえ、本当にこのまま見続けるの?」
 混濁する意識。まるで夢の狭間にいるかのような感覚。ここはどこだ。強烈な印象が頭に残っている。まさかフェイさんが自分からあんな最低な男の手を取ったなんて思いたくもない。信じたくない。
「イモムシか」
 薄く目を開けると豊満な胸が目の前にあった。このまま起き上がれば胸の谷間にダイヴすることになるのでそのまま寝転んでおいた。
 辺りは紫がかっている。イモムシが吐き出した紫煙が天蓋付きのベッドから出て行かないからだ。おそらくイモムシの紫煙には幻覚作用があるに違いない。一種の麻薬だ。それを吸わせて過去を脳に直接情報として叩き込む。
 だから自分がそばで見てきたかのように強烈で印象深いビジョンなのだろう。
「もう十分でしょ? 入矢とノワールの関係はわかったでしょ?」
「わかった。にわかに信じがたいけれど。……でもじゃなんでフェイさんは逃げた。俺を選んでくれたんだ。行き当たりバッタリでもどうして俺の言う事をきいてくれた」
「簡単よ。あんただってあたしの情報渡したんだから見たでしょ? 気づかなかった? あんたと昔のノワールそっくりだったじゃない。入矢は昔のノワールに頼まれたと思ってあんたの願いを叶えた」
 アランは目を見開いた。似てた? アランは黒髪に黒い目。ノワールもそうだ。しかしそれだけではないのか。違う。よく考えればノワールと入矢が出会ったころはアランと似ていた気がする。
「この先、あんたが思い描いていた入矢、いやあんたにとってはフェイさん、ね。フェイはあんたが思う人物とかけ離れた人物になる。軽蔑してこいつに惚れてしまった自分を憎むくらい、フェイは最低の人間になる。それでも見る?」
 イモムシの目はオレンジ色に光った。光通信を行っているかのようにオレンジ色の光が瞬く。その意味はなんだろうか。アランに確認を取るための行為なんだろうか。
「見るさ。俺はフェイさんを奪われた。取り戻すためにはフェイさんにも納得してもらわなきゃだめんだ。だからノワールのことも入矢っていうフェイさんの過去も知る必要がある」
「……あんたが望むならいいわよ。でも見たことであたしに文句を言うのは絶対やめてよ。あたしは情報屋。望む情報はすべて見せて公開する。でもその情報を見るのはあんたの勝手。見るからにはあんたは見る覚悟を決めて頂戴。知る必要がないものを求めた罪は重いのよ」
「俺が見る必要はない、そう判断するのか?」
「入矢はね、ノワールが入矢を裏切ったのより手ひどくノワールを裏切った。そしてあんたも裏切ったの。最低の男。そんな最低の男のことを知って何になるのかしら。あたしは構わないけれど」
 それがビジネスだからと続けてイモムシは水キセルを吸い込み、再びアランに口づけた。
 急激な眠気に襲われ、麻酔のように一瞬で意識を失う。再び描き出される夢の中でアランは絶望するだろう。
「わかっていても求めるなら止められない。それがあたし」
「でもオマエは選択することができる。オマエは教えなかったんだろォ?」
 天蓋付きのベッドの外でチェシャ猫の声がする。
「ええ」
「こーゆーの、運命って言うのかねェ?」
「そうね。運命、か。運命なんて縛られた者はとても不自由でしょうね。だから……あんたも狙うんでしょ? 彼らを」
「ある一定の感情が自分をコントロールできないほどに強くなれば、それは一種の力となる。その力が歪み、狂っていくほど禁世に触れやすい。俺はそうなるヤツを求めてる。オマエだって知ってるだろォ? 俺の本職」
「ええ。あんたが始めた最低のゲームを。あたしはそれに捕らわれた!」
 怒りを孕んだ声でイモムシが天蓋の先を見つめる。
「黙れ。人様の所為にしてんじゃねェよ。オマエが選んだ事だろうが」
「騙しておいてよく言うわね!」
「騙された方がわりィんだろォがっ! いいのかァ? オマエが感情をゆがめれば蛹はどうなる? それとも……俺を、怒らせる気かァ?」
 一瞬で天蓋が音を立てて燃えていく。紫煙がさーっと晴れた。チェシャ猫の笑いを浮かべた顔にイモムシは唇を噛み締めた。
「怒るなよォ。オマエはこんな暗い場所で蹲っているからそうやって他人(ひと)のせいにしたがんだよ。そんなんだからオマエは蝶にはなれない。オマエはそうやって地に這いつくばれ。イモムシはイモムシにしかなれねェんだ」
 軽い身のこなしでアランを余裕で飛び越えるとチェシャ猫は露出したイモムシの胸を鷲掴みにした。
「いたいわ」
 乳首を隠していた金色の装飾具を取ると白く大きな胸の頂点が露になった。そのまま腰を覆っていた赤い前布を剥ぐ。イモムシは全身の正面の部分だけを裸にされて白い肢体をさらけ出した。
「女が怒りっぽいのは欲求不満だからだ。相手してやるよ、特別になァ」
「いいの? あたしの相手なんかして」
「いいんだ。俺は自由なネコだからなァ」
「そんな事言って……わかってんだから。ここではあんただってあたし以外もう、相手に出来ない身体の癖に。……ほら、ココ」
 イモムシはそう言ってすっとチェシャ猫の脚を撫でた。
「触るな!」
「ほら、やっぱり。あんた、こいつらに構わないで第二階層に行ってクィーン・オブ・ハーツに相手してもらったら? あのこの方が可愛いじゃない」
 チェシャ猫はキスでイモムシを黙らせるとそのまま何もしないでイモムシの中に指を突き立てた。口の中でイモムシの悲鳴が上る。
「サイテーな男! 優しく扱いなさいよ」
「わかっていることをイチイチ聞くからだよ。嫌味な女はキライなんでね。……それに痛い方が興奮するんだろ! わかってんだよ!!」
 豊満な胸を張り詰めた音がするくらい強く叩く。白い胸がチャシャ猫が殴る度に揺れて、蹂躙される。しばらく殴られてうっすらイモムシの胸が淡く緑色に色づいてくる。それを見てニヤっとチェシャ猫は笑う。
「気持ちワリィの。オマエ、血が緑色だからな」
 そう、人間の肌が淡くピンク色に色づくのは血液が赤いからだ。血液が赤くなければそんなことは起きない。イモムシの唇に咬みついてチェシャ猫はイモムシの唇から緑色の液体を舐め取った。
「こんな身体にしたのは誰? あんたじゃない」
「そうさ。だから俺だけはオマエを愛してやるよ。その気持ち悪い肌も血も何もかも」
「冗談はよして」
 二つの影が一つになる。その瞬間この場所は濃密な禁力に侵された。

 イモムシの力がイモムシが事後気を失ったことで薄まる。イモムシの力はその水パイプに依存する。吐き出された紫煙はイモムシの望むままに色と姿を変え、その力を発揮する。
 チェシャ猫はイモムシの紫煙をなぎ払う。アランの周りにイモムシの紫煙は漂っていない。
 禁力を纏わせてチェシャ猫はアランの額に触れた。そこから紫色の唐草模様のようなものが広がるそれは時間を置いてアランの中に吸い込まれるようにして消えた。
「全て見ちまえ。心に影を作ってしまえ。そうすればオマエは自分の望みにより近づける。俺が手伝ってやるよ。イモムシはあそこで止めるつもりだったようだが、残念だったな、アラン。俺はオマエに約束したことはちゃんと守るぜェ?」
 ニヤリとチェシャ猫の口が釣りあがった。
「アラン、お前は本当は入矢のこと気にしている場合じゃなんだぜェ? でも、俺はそれを教えない」
 アランに触れている額の指先から解けるようにチェシャ猫は消えていく。口元に笑みを浮かべたまま。

「どうして! どうしてこんなことをしたんだ! 入矢!!」
「もう、お前じゃ満足できないんだよ、ノワール」
 口元を白く汚して蠱惑的に入矢は微笑んだ。全裸の入矢から滴る複数の精液。立ち上がった入矢の足元に転がっている無数の男たち。
「どういう意味だ?」
「俺は翹揺亭で一級品のテクニックを授かったんだ。お前一人だけに使うのはもったいない」
「入矢」
「ね、ノワール。血を頂戴。おなか空いたんだ」
 精液にまみれた口をノワールに向けて入矢は笑った。ぞっとしてノワールが一歩下がる。
「嘘だろ、入矢。何の冗談だ。どうして……私以外と、しかもこんなに大勢と身体を重ねた?」
「あーもー、言っただろ? 飽きたんだよ」
「あきた?」
「そ。飽きたんだって。たまには刺激もほしくなるって言うかさ……だってこいつら俺をモノ欲しそうに見るんだ。お前と歩いているとチラチラ向けられる視線にさ、興奮したって言うか」
 ノワールが目を剥いて絶句する。
「私を愛しているって言ったじゃないか」
「愛してるよ。ノワール、大好き。でもな、愛と性欲は別物なんだ」
 ちらっと後を振り返って男どもを見、入矢は微笑む。それは聖母のような慈愛を含んだ笑みだった。
「嘘だ」
「嘘じゃない。俺はもともと淫乱気質があってそれを見込まれて御狐さまに育てられたんだ。感謝して欲しいな。いままでずっとお前の相手だけしてきたんだぜ?」
「入矢!!」
 ノワールが耐えられないと言いいたげに叫んだ。
「なぁに? ノワール。ね、血を頂戴。なんなら今から俺、お前の相手してあげるよ?」
「触れるな! 私に触れるな」
 入矢は驚いたように目を瞬かせ、ノワールに伸ばした手を引っ込めた。
「こんな俺は要らない?」
「え」
「じゃあ! 俺もお前なんか要らない!!」
 入矢から噴出されるのは呪い。血約を結んだからこそ発動する呪い。心臓が締め付けられるかのような痛みにノワールは呼吸を止め、その場でもだえ苦しんだ。入矢はノワールの生命を握っている。入矢が望めばノワールは死んでしまう。
「いいザマだぁ! ……そういや、ノワール。弟、居るんだってね」
「! ……なぜ、それ、を……?」
「兄弟だとどっちが大きいんだろ? どっちが上手いのかな? 俺、確かめてきてあげるよ」
 入矢は鼻歌さえ歌いながら苦しむノワールの横を通り過ぎた。ノワールは呼べなかった。信じられなくて。入矢の豹変振りに思考が感情がついていけなかった。
 胸の苦しみが治まったとき、入矢はノワールの屋敷からは消えていた。逃げたんじゃない。去ったんだ。ノワールの元を去った。
「許せない」
 ノワールの目から本人も気づかないうちに涙が流れる。
「許さない」
 ノワールの身からも呪いが流れる。その呪いが発動する相手は決まっている。
「ああ、悲鳴がききたいな。入矢。この私を手ひどく裏切って……君は言ったね。逃げたなら探してくれと。私は諦めない。絶対に諦めない。君を連れ戻して、君が私に絶対の忠誠を誓うまで、私は君を調教するよ、入矢ぁああ!!」

 そうして入矢が向かった先はアランには見なくてもわかる。ここから先はアランの記憶にもある。じゃあ、まさか……ノワールと俺が兄弟!?
 もしそうだとすれば、フェイさんが最初からノワールの弟である俺を求めていた? 過去のフェイが崩れ落ちる。死体と思わせていたのも、自ら禁じられた遊びに付き合ってくれたのも、俺がノワールの弟だったから?
 最初から俺を見ていなかった? 過去のノワールといた気分にでもなっていたのか? 俺を騙して、いいように扱っていたのか。恋心を抱いた俺をせせら笑っていたのか。だから最初から俺を捨てる気だったのか!!
「許せない」
 最初からアランを見ていなかったなんて。それを知っていて、自分を利用した何て。
 裏切りだ。ひどく自分を裏切ったこと、何故ノワールと兄弟なのかは別においておいて本当に兄弟なら兄さえも裏切った……入矢。そこで目が覚めた。
「俺も絶対諦めない。罪を償ってもらわなくては」
「どぉお? 望んだものは見えた?」
 少し疲れた顔をしたイモムシがアランに呆れた顔を見せる。
「ああ。あんたの言うとおりになった。フェイさん、いや入矢を今すごく憎んでる」
「そ。で、これからどうするの? あんたは一人で入矢がいる第二階層にはいけないわ。自分で第二階層に上るのね。ま、いまのあんたにそんな力も資格もないけど」
「どうしたらいい? すぐにでも入矢に会いたいんだ。そのためにどうすればいいか、教えてくれ」
 アランは口座番号を示した。望むだけの金を払うという意思表示だ。
「この土地は快楽の土地なんて言われていてほとんどの行動は自由だけれど制約されていることがある。それは階層。階層によって暮らしも人も区別されている。何故かわかる?」
 アランは首を横に振った。
「この場所は一番最初に禁世と接触し、唯一禁世と触れ合える場所。だから禁世に一番近い。禁力は危険なもの。人を快楽に陥れ、人間を内側から壊してしまう危険で最も甘美なもの。だから不用意に近づかないように快楽の土地を建てた研究者は階層に分け、階層間の移動を困難にした。すなわち、第一階層が一番禁世に近く、最下層が禁世に触れることさえないように」
 だから最下層には禁じられた遊びがないのか。
「階層を登る事ができるのは上の階層の禁力に触れ合えるだけの実力がついたものだけ。無理に登ればその身を滅ぼす。それが知られていない快楽の土地の実態。人間は禁力を使いこなしたように見えて禁力に操られているの」
「じゃ、禁じられた遊びに出ない人間は階層間移動はできないのか?」
「違うわ。禁世は手段を選ばない。禁世に近づく才能と能力さえあれば禁じられた遊びでなくてもいい。逆に禁じられた遊びが一般人に残された階層を登るための手段」
 だから禁じられた遊びのランク2のゲームを制覇しないと第一階層にいく許可が下りないのだという。
「だから俺は第二階層に行けないのか? じゃ、赤ん坊は? 俺は生まれた時から第四階層にいた」
「母親の胎内で赤子はその階層の禁世に慣れる。胎児は何も知らない。だから禁世に触れ合う抵抗がない。禁世に生れ落ちた人間よりもずっと早く適応する。これは人間の動物としての本能かもね。環境になれて生きていけるようにするための。……入矢やノワールがもともと第二階層に居る事ができたのもそのせい。だからアラン、あんたは第二階層に行くためには禁じられた遊びでランク3を制覇しなくてはいけない」
 他に特技もないでしょとイモムシは言う。シェロウが第三階層に行けと入矢に言われていたのは第三階層にいくだけの才能があったからなのだろう。
「でも、俺にはペアがドーミネーターがいない」
「入矢はその対策を取っていた。入矢が第三階層であんたと別れようとしていたのもノワールに自分の居場所を知られたくなかったからよ。だからむりやりペアを解散するって言い出した」
 お入りなさいとイモムシが言うと金髪の三十代くらいの男が入ってきた。顎鬚をうっすら生やし、気だるげな表情をした男は青い瞳でアランを見た。
「名前はハーン。あんた次第であんたのドーミネーターになってくれるわ」
「簡単に事情は聞いた。俺はな、組んでいたスレイヴァントを入矢とノワールのペアに殺されてね、復讐の機会を伺っていた。というと聞こえがいいがアイツを失って現実逃避していたおっさんだ」
「俺は第二階層に行きたい。あんたとならどれ位で行ける」
 アランの瞳を見て意外そうにハーンは瞬きするとこう言った。
「お前次第でどれくらいにもなる。どの位で行きたい?」
「可能な限り早く」
「お前はお前の復讐のために。俺は? 俺に与えてくれるメリットは?」
 ハーンはそう言って頭を掻く。復讐はどうでもいいことなのだろうか。つかめない男だ。しぶしぶ組もうとしているらしい。それでも構わない。
「俺の望みが叶った後は俺はお前に全てを捧げてやる」
 咥えていた煙草が落ちる。ハーンは煙草が落ちた事も気づかずにアランを見つめた。しばらく固まった後に、ふっと息を漏らし、アランに手を差し出す。
「一つの事しか見えないお馬鹿さんか。……キライじゃない。手を貸すよ」
 アランはその手を握り返した。

「イヤだ、ノワール! やめてくれ!!」
 入矢の悲鳴が上る。ノワールは微笑みを湛えたまま、問答無用に何かのスイッチを押した。その瞬間にヴーンという機会音がくぐもって聞こえる。入矢が目から涙を流して身をよじる。
「いい眺めだよ、入矢」
 両手を頭の上で固定され、脚は折り曲げた状態で開脚されたまま固定されている。その中心でそり立つモノからは液体が溢れて止まらない。
「淫乱なんだろ? ちゃんと感じてるじゃないか? 満足できないって言葉はひどく傷ついたなぁ。だからお前が飽きないように私もいろいろ研究したよ」
 指でピンとそそり立つ入矢自身を弾いてやれば入矢が仰け反った。
「ああ! ン、ふゥ、ヤメ……いァアア!!」
 入矢の目から涙が零れる。歯を食いしばって耐える表情は十分男を虜にさせる。
 ――許してくれなんて、言わない。
 入矢はノワールの目を見ることができなかった。
 ――本当は、ノワール以外を受け入れるのなんかごめんだった。でも、ノワールを愛して入ればこそ、しなくてはいけなかった。ノワールがこんなにも好きなのに、ノワールに触れることなんかできない。
「アランとはヤったの? その割には身体に痕がないね。後ろも血が出てるし」
 白いシーツに赤いしみが広がっていく。黒いグロテスクなものをくわえ込んだ入矢は苦しそうだ。
「ノワー……やぁ! うご、かさな……あん!」
「ねぇ? 私から離れていた間、どれだけの男に突っ込ませた?」
「んン!」
「この綺麗な顔でどれだけの男に色香を振りまいた?」
「違う」
 ――違うんだ。ノワール。でも、言えない。言う必要はない。これは俺が望んでしまった罰だから。
「誰も、相手、に、して……な、い」
「嘘だ、この淫乱」
「ヒャあぁああ!!」
 メリメリという音がして血が溢れる。機械を抜かずにノワール自身が入矢にはいってくるのだ。
「ダメ、こわれ、るぅう!!」
「ああ、抱き壊してあげるよ」
 入矢が気絶すると水を掛けられたり容赦なく頬を殴られて意識が戻るとノワールは入矢を乱暴に抱いた。
 泣く事しかできない。苦しい、でも入矢はただされるに任せた。

 入矢は自分の中心にリングを嵌められてイくこともできずに発狂しそうな感覚をありったけの意識をかき集めて耐えていた。今度は右手と右足首、左手と左足首が手錠でつながれている。後ろには相変わらず大人の玩具と称される黒く大きいモノがある一定の動きをしながら収まっていた。
「ねぇ、入矢。どうして帰ってきた瞬間に従順になるの? もしかしてまた私を騙そうとしている?」
「ア……アァ。あう、あ」
 入矢の口から漏れ出てくるのは言葉にさえなれない文字の羅列。返事もまともにできない。口から涎が垂れて顎を伝い、涙は耳元まで伝っていた。白い肌に散りばめられた無数の赤い痕。それはそれだけ入矢の身体が一方的に蹂躙された証でもあった。
「お願い、お願い、イかせて……ノワール」
 枯れて変な調子に擦れた声が小さく懇願した。
「ダメだよ。これは入矢がもう二度と私に歯向かう事のないようにする訓練だから」
 そう言って金色のニップルクリップに力を込めた。入矢が派手に絶叫する。そして絶叫する声さえも出なくなって、それは口を大きく開けて仰け反ったものだけとなった。
「コレで何度目? 空イきは」
 息を整え、新たに涙を流し入矢はおそるおそるノワールを見た。暗く淀んだ目を見て入矢が恐怖に身を竦ませる。それを快く思ったのかノワールは入矢に口づけた。
「まだまだだよ。入矢。私が受けた屈辱はそう安いもので収まりはしない」
「いいかげんにしろよなァ」
 二人の濃厚な気配が漂う中に別の声が混じった。実体はなくともノワールが声がした方向を睨む。
「邪魔するなよ。お前には関係ないだろう?」
 じわりと姿が現れる。最初に笑う形の唇から。
「お前、入矢のこと、殺す気かァ?」
「そんなはずないじゃないか。憎くても私は入矢を愛しているとも」
 完全に姿を現したチェシャ猫はノワールに向かって笑いかけた。
「へー。お前、わかってやってるのか? 入矢、死んじまうぜェ?」
「!」
「お前が入矢を取り戻してからずぅっとお前は入矢に性的暴行、ってか一方的な蹂躙? を続けて早6日。耐えている入矢が生きてるのは御狐さまのお陰だなァ。眠らせてもいない。食事も与えていない。感覚は冒し続ける。排泄行為も行っていない。生きていることが不思議でなんねェ」
「休息を与えろって? わかったよ」
 ノワールが入矢から離れる。入矢が潤ませた瞳をチェシャ猫に辛うじて向けた。チェシャ猫はニヤっと笑って右手を入矢に向ける。すると破砕音が響いて入矢の右腕の手錠が触れてもいないのに壊される。同様にして次は左の手錠が破壊された。
「ノワール、お前、入矢の何を見てきたんだ?」
「何だと?」
「俺が教えてやった意味を理解してねェみたいだなァ。自分が思い描いていた入矢じゃねェと満足できないのか? ちいせェ男だ。入矢の方がよっぽど賢くて男らしいわ、なァ?」
 ノワールはチェシャ猫を睨みつける。
「助けられたことも知らないで自分の不満をぶつけてりゃァそれで満足なのかよ」
 ハっと嗤うチェシャ猫を疑惑の眼差しでノワールが見つめる。入矢の目が見開かれた。
「やめろ!! 言うなっ!」
 入矢の腕がチェシャ猫に伸ばされた瞬間入矢自身を締め付けていたリングが破壊される。入矢はようやく得た開放感に身体を大きく仰け反らせた。目を剥き、悲鳴が上る。白い液体が溢れ、ひときわ高く放出された。入矢の悲鳴が上る最中にチェシャ猫の囁きをノワールは確かに聞いた。
「ああああああ!!!」
 入矢が再びベッドに倒れこみ、肩で大きく息をつく間も呼吸に合わせて入矢は弱く射精し続けた。それが収まると入矢はさすがに気絶し、動かなくなった。ノワールも動かない。
「うそ、だ」
「本当さァ。健気だよなァ。呪われて、美しい顔に呪いのマークを入れて、お前にだけ操立てしてたのに、それを破ってよォ。お前のためにお前の弟まで守りに行って……挙句の果てに待ちわびた男に会った暁がこの仕打ちじゃ、入矢が可哀想を越して哀れだぜェ?」
 ノワールは震え出す。自分の手の間から見える入矢の姿。ぐったり横たわったまま動かない入矢。そうしたのは誰? すべて自分じゃないか。
「俺を失望させるなよ、ノワール。俺はお前を高く買ってるんだぜェ? 一回くらい浮気しても裏切ってもそれを受け止めるくらいの器を持てよ。……お前がここで入矢をヤりまくって入矢が死ぬなんてマネだけはすんな。そんな残念なお知らせが届いた日にゃ、俺はお前を殺すだけじゃ納まらないんだよ」
「だ、誰なんだ? 入矢にここまでさせたのは?」
 震える声を隠す事もできずにノワールが言った。
「禁じられた遊びに復帰してみな。お前ならきっと探し出せるさァ」
「入矢と二人で、か?」
「もちろんだァ。お前らじゃないと意味がないしなァ」
「……どうすればいい。どうすればこの過ちを正せる。どうすれば! 入矢になんて言えば!」
 頭を抱え込んだノワールにチェシャ猫は入矢を見てクスっと微笑む。
「いつも通りにすりゃいんじゃねェの? 入矢だってお前が好きなんだ。……そうだなァ。強いて言えば、事後処理にちゃんとお前の掻き出してやれ。食いモン入れた時に入矢が腹下すゼ」
 ヒヒヒと笑いつつ霞のようにチェシャ猫が消えていく。ノワールは入矢の身体を抱き上げた。機械を引き抜いてやればそこから栓を外したように白い液体が漏れ出てくる。
「最低だ、私は」
 二度とこんなこと、しないと思っていたのに。入矢を傷つけ蹂躙したのはこれで二度目。三度目はさすがに入矢だって離れていってしまうだろう。
「すまない、入矢。私はもう、二度と君を傷つけたりしない」
 意識のない入矢に誓うようにキスすると入矢を抱えたままノワールは浴室へ消えた。