毒薬試飲会 012

8.ニコチン

026

 苦しみぬいて、血反吐吐いてここまでおいで。
 そうしたら、よりいっそう愛でることができるから。

 「毒薬試飲会」

 8.ニコチン

「さぁ。第三階層中央ゲーム場、コロッセウムで今宵行われます対戦カードはァ!」
 塞がれた視界の外の喧騒が手に取るようにわかる。ハーンは相変わらずやる気無さそうにしているんだろうな。アランは頭上にいるはずの新たなペアを思う。
 以前、フェイと組んでいたときはただ、興奮して、フェイの力になる事だけを、フェイに教えられた事だけを忠実に、フェイの思うままに動く事を最優先に考えていた。だけどハーンとは違う。
 どうやって自分がゲームを組み立てていくか、事前の調査もシュミレーションも自分でやって、ハーンに相談する。ハーンはフェイと違ってゲームに消極的でもないのにやる気が全く無い。
「好きにしたらいい。お前のゲームだ」
 としか言わない。武器形成だって、必要なスペルを教え込み、それが日常でも出せるようになると簡単な防御の禁術だけ教えて特にゲーム中何もしてくれない。ただぼぉっと眺めているだけ。
 フェイもそうだった。でもフェイは試験のようにアランに教えようとしていた。ハーンは組んでいるだけ。必要なら頼めばしてやらなくも無い的なスタンスを崩さない。アランがフェイにのめりこんだ二の舞になりたくないのか必要以上にコミュニケーションを取ることが嫌なのか、私生活でも最低限の事以外は教えないし、触れない。
 おかげでアランはフェイといる時よりはスレイヴァントとして、かなり成長した。ハーンから言わせるともともとフェイの教育が良かった事もあって禁術における下地は済んでいたそうだ。そして意味不明な禁世に慣れるという訓練の成果がゲーム内で発揮されてきたように思う。
『滞空を静止させ、全ての生命を奪うもの。古代から親しまれし、鉄の味。そなたの名は、剣!!』
 叫ぶと確かにアランは以前なら感じることすら出来なかった禁力を視覚で感じ、どのような禁術か理解できるようになっていた。フェイはスレイヴァントでありながらすでにこれができたのだと思うと信じられない。
 アランはランク3にきてから日は浅いがほとんどのスレイヴァントが禁世を視覚や感覚として認識していないことに気づいた。ドーミネーターだってできているか怪しい。
 そう思えばランク4でフェイがスペルの最初で相手の禁術に対応できると言ってたのが頷ける。ただでさえフェイの禁術形成速度は速いのだ。
(そこで剣いっちゃうのかー。こういう場合は、銃の方が有利じゃない?)
 ハーンがからかうように言ってくる。
(今は体術の腕を磨きたいんだ)
(へー。とめないけど)
 アランはハーンに頼んで過去のフェイとノワールのゲームを見せてもらった。スレイヴァントとして必要なもの、それがすべてフェイには備わっていたように思う。そしてノワールは駒としてフェイを絶妙なタイミングで使うことに慣れていた。
(お前さ、何が何でも入矢と比べすぎじゃない? 自分を)
 一瞬動きが止まる。相手にそれを悟らせないようにして後方に下がり、心を落ち着ける。フェイはゲーム中アランの集中を乱す真似をしたことは無かった。どちらかといえば、安心させてゲームを集中できるようにしていた感があった。
 だがハーンは勝ち負けに拘っていないからという理由だけでは説明がつかないほどにゲーム中にアランの精神を攻撃してくる。仲間だというのに、だ!
(そんなことは、ない)
(入矢は翹揺亭出身者なんだぜ? 身体制御上手くて当然だろ? 禁術もそうさ。いくら努力してもお前が今のままじゃ入矢になれることは永遠に無いぞー?)
(ハーン! ゲームに集中させてくれよ!)
(あれ。この程度の敵さえ会話程度でだめなの? ちょっと目算違うんですけど)
(この!)
 怒りを敵のスレイヴァントに向けるように斬りかかった。少し浅い!
(お前自分の身体見たことくらいあるだろ? どう見ても入矢とは体格違うじゃねーか。お前が目指すべきは入矢じゃねーよ)
(わかってるさ!)
(入矢はスピード型だけどどう考えてもお前は速くない。お前単純だし、パワー型じゃねーの?)
(なんだそれは!)
(あれ、お前RPGやってことねーの? パワー型は馬鹿な主人公って相場は決まってんじゃねーか)
(それは、俺が……馬鹿って、いいたいのか?)
(うん)
(この!!)
 全ての怒りを込めて思わず、ハーンではなく、相手のドーミネーターに剣を投げた。思わぬ攻撃が直撃し、相手のドーミネーターが椅子から落下する。
(ほら、馬鹿じゃねーか)
 最後にハーンの声が聞こえて、視界がドロップアウトする。気づけば視界は簡素な部屋に。ゲームが終わって控え室に戻ってきたのだ。係員が肩から機器を外し、お疲れ様でしたという。
「よぉ、お・ば・か・さ・ん!」
 部屋から出た瞬間ハーンがニヤつきながら挨拶する。殴ってやりたい衝動を抑えてハーンの隣を歩いた。ハーンはゲームの続きからの会話を続行するようでアランに言った。
「お前は、どう考えても戦略練って、緻密な計算をしてっていうの似合わないんだよ」
「俺を馬鹿にしたいのはわかったから、な!」
 こめかみに怒りマークを浮かべて微笑むとハーンは手を振って否定する。
「違う違う! 誤解だ。お前そろそろ自分の戦いにおけるスタイルを決めろって言いたいわけ」
「スタイル?」
「そ。それによって俺も指示しやすくなるからさー」
「今までちっともゲーム中に協力してくれなかったじゃないか」
「だって禁力も見えないんじゃお話しにならねーもん」
 しれっと言われたので、アランが意見を述べる。
「だってランク3のドーミネーター誰も見えてないみたいじゃないか」
「アタリマエだろ。そんなわんさか見られたら困るわい」
「は?」
 疑問符が頭の傍にいくつも並ぶ。見れて当然、見れるようになれと言われていたから、ほとんどの人が見れるのだと思っていたが違うのだろうか?
「いいか勘違いしてるようだから順に説明するぞ。一回しか言わないからちゃんと聞いとけよ」

 禁世ってのはどこにあるかは知らねーが、この世界のどこかにあるかどっか隣り合ったファンタジー設定な場所にあるって言われてる。特別な力で禁力はこの世の物理法則を捻じ曲げる。
 な、くせして俺達人間にもつかえるように説明書が付いている。それに従って使うのが禁術だ。
 三段階に分けられたスペルを組んで、この世に起こしたい事象を発現する力、それが禁術。
 そして禁世は第一階層に近い場所に存在しているんだな。これは活動するとわかる。
 お前も階層移動が一回だとわかんねーだろうが、階層を2つくらい隔てると違うがわかる。
 確かに第一階層は一番禁世に近い。だからこそ、おそらく誰も行けねーのさ。力あるものじゃねーといけないんだろう。金持ちってのは一種の力を持っているってことだ。権力然りな。
 そしてこれは予測になるが第五階層のような禁世と一番遠い場所でも禁力が使えるようにわざわざ設定したヤツがいる。そいつが禁じられた遊びを構築した。
 だからこそ、第四階層とか、この第三階層でも一部のもの以外は禁力を禁じられた遊びのゲーム内でしか使えない、と錯覚している。
 だが実際は違う。禁力はこの快楽の土地にいる限り誰でもどこでも使えるはずなんだ。それにしては使うには説明書を読めない、持ってない人間が多すぎる。だから用意した。その場所が禁じられた遊びだ。
 実際物を使うには説明書なしでも何となく使えちまうやつがいる。それがタクトのような芸術家肌のやつらであり、第二階層のような禁世に近い場所で生まれた奴らだ。そして俺みたいな使い慣れたヤツは説明書なしでも使えるようになるまで慣れる。だからこそ、禁じられた遊び以外でも使える。
 俺がお前に求めた、この最近の訓練はな、お前に説遺書なしで使いこなしてもらうための下準備だったんだ。危険が多くていいならその方が短時間で済む。お前は俺に可能な限り早くと、言っただろう?
 入矢は第二階層で育った。そして翹揺亭という特殊な環境下で育ち、完璧なる知識と叡智を持ち、それを生かすだけの才能を磨いた。身体制御を始め、さまざまな芸、そして禁術。
 どれをとっても今からお前が到底目指してもなれるものじゃない。入矢はこの快楽の土地の第二階層で最強ともいえる翹揺亭の暗殺者として育っている。もともとパーフェクトなんだよ。
 そしてノワールもまた第二階層で育ち、スレイヴァント養成売買の職を幼少の頃から父親に叩き込まれ、禁世に触れ、慣れ、使いこなす。そしてスレイヴァントの育成において必要な体術を自然に会得した。
 この二人は目指してなれるものじゃない。育った環境が特殊すぎる。それに比べて俺は至って普通だ。時間さえ掛ければ誰だってなれる努力の成果でランク2を制覇した。
 お前も俺の元ペアと同じかそれ以上の時間をかければいいとは思うが、そうも言っていられない。だから俺はお前に禁世に触れさせ、慣れればあとは経験と心持次第で禁術はどうにかなると思ったわけだ。
 感覚さえ理解すればあとは後からついてくる。体術はスタイルさえ決めれば俺が指導してやる。それで慣れてしまえばあとは金を使って第二階層に登れば、お望みの入矢とご対面できるってスンポーだ。
「俺のスタイル……」
「そうさ。ちなみに参考程度に入矢は速さを生かし、ノワールの奇策を実行するだけの実力があったからな、一撃必殺タイプだったかな? 一撃で落すんだよ」
「フェイ、そんなに力ないじゃないか。一撃でダウンするのか?」
「それは自分が持ってるものでどうにかするんだよ。例えば速ければそれはそれだけ力も付属するし。ほらスピード出てる車とそうじゃねー車、事故ると前者の方がひでーことになるのと一緒さ」
「ああ。なるほど」
「それに入矢は跳躍力もあるから高さを生かした攻撃力もあったな。……ま、お前はお前の特性を生かしたスタイルがいいんじゃねーの?」
 あくまで参考になー、とハーンは手を振って言い聞かせる。
「俺の特性って?」
「自分で考えろよ。俺に頼ってどうすんだよ」
 言うのは簡単だけど、とまたハーンは嫌味を言う。ハーンはようやくアランを導くところまで成長したと認めたのだからアランもそれに応えなければ、前に進めない。
「そういや、話変わるけど、入矢、最近ゲーム出てないらしいぞ」
 ハーンは携帯端末を弄りながら第二階層のゲーム対戦カードを見る。確かにノワールと入矢の名前がない。対戦カードに名前がないということはしばらく休戦の意を主催者に申告したことになる。
「それは……俺らを待ってるなんてことはないよな?」
「ま、もともとノワールたちは娯楽で始めてるから必ず第一階層を目指してるってわけじゃねーだろうけど。妙だな」
 ランク2に復帰した時、ノワールは確かに勝つ気だった。ランク2を再び制覇し、ランク1に行くという宣言をしたかのようなゲームメイクをしていたのに。そしてそれに入矢は応えていた。
 本当に入矢はアランを待っているのか? 気まずいはず。いや、入矢はそうだでもノワールがそれを許すはずはない。なら、どうしてだ?

「この者がいい」
 受付で名指しされた時、受付をしていた少女は打ち合わせどおりの対応を口にした。
「この者は出戻りです」
「ほぉ。一度誰かしらの所有物になった、と」
「はい。それでもよろしいですか?」
「いいとも」
「それと申しあげにくいのですが、この者は稚児の時に身請けしておりますので、経験が浅うございます。お客様のご意向に添えぬ場合もございますが」
「ほぉ。調教しがいがあると言うものだ。構わない。この者にしてくれ」
「かしこまりました。お連れ様はいかがなさいますか?」
「別に輪姦がだめではないだろう?」
 少女は口をつぐんだ。初めての相手に、だと? 舐めたまねをしてくれる。
「……構いませんが、お手柔らかにお願いしますよ。それにお連れ様の分もお支払いいただきます。ではお時間は一晩で?」
「いや、一時間でいい。わたしも暇ではないからな」
「かしこまりました」
「早く案内したまえ」
「承知いたしました。こちらの朝顔がご案内いたします」
 奥から一通り聞いていた稚児が案内をするため先導する。目的の部屋の前で稚児は声を張り上げた。
「入矢にいさま、お客様をお連れしました」
「……」
 返事はない。でもちゃんと連絡はいっているはずだ。相手が誰かも。稚児は構わず襖を開け放つ。窓際にもたれて居座る入矢は着物の裾から白く綺麗な脚を投げ出して外を見ていた。
「わかった。下がりな」
 客には目もくれず、稚児にそう言う。稚児は一礼して襖を閉めた。そして客は丁寧な対応を売りにしている翹揺亭にあるまじき接客態度に目を軽く見張った。それは連れも同じのようだ。
 しかし姿自体は大変美しい。着崩した着物からちらりと覗く白い肌が色香を振りまいているようだ。
「客に対する態度がそれかね? 男娼の少年」
 男はそこに客がいないかのごとく振舞う男娼に声を掛ける。外を見ていた顔がゆっくり暗い室内に向く。そして客は息を呑んだ。
 よく右目の黒い眼帯が似合っている。写真より綺麗だった。それは儚い美しさだった。抱いてしまえば壊れてしまいそうな美しさ、とでもいえばいいのか。
「俺を抱きたいわけ? 三人さん」
 声も外見に合った低くも高くも無い、少年と青年の中間の声だった。稚児の時とは違う。自分たち客に向けられた声音は艶を含んでいて、拒絶の言の葉もまるで誘っているかのように聞こえる。
「少なくとも、そうでなければここにはいないよ」
「抱かせてあげてもいい。少なくともあんたは好み。でもほかの二人はだめ」
 連れがいきり立つようなセリフもその声に乗ると、鎮まってしまう。
「客を選べるほど君は位高くないだろう? 出戻りと聞いた」
「うん。でも商売でもさ、セックスするのは俺だし、それは少しでも気持ちいーのがいいじゃん。俺を満足させてくれるかは抱かれてみないとわかんないし、それなら顔とか外見で判断するしかないでしょ? だって性格知るほどの時間過ごしてないし」
「ははは! なるほど。受付嬢が君を指名した時の顔の意味がわかった。中々わがままなんだね、君。自分の職業と立場を理解しているのかい?」
 くいっと顎を持ち上げさせる。桜色の唇の間から白い歯が覗く。誘惑するかのようにぺろっと唇を舐める様を見せ付けられる。
「抱きたいなら抱けば? 俺に拒否権はないし」
「なのに、要求は通すのか?」
「自己意思は先に伝えて、優しいお客さんなら、じゃまた、ってしてくれるじゃないか」
「とんだ策士だ」
 そして髪を梳く。さらさらとした好みの感触だった。長く伸ばせば大層愛でられただろうに、残念だ。
「ねぇ、君を稚児のときに連れ去った相手ってどんな男? 君、好きだった?」
 少し自分の気に入った相手にしか抱かれたくないと言う男娼に興味がわいた。
「最低の男」
「どんな風に?」
「俺を求めたくせに俺を置いてどっかいっちまった」
「捨てられたのか?」
「いや、違うね」
「どうしてそう言える?」
「だって目の前で死んだから」
 もう過去とわりきっているかのような表情に虚を突かれる。
「死んだならどっかいったって言う表現は正しくないと思うよ」
「死んだらどっかいくんだよ。日本の概念はそうだ。極楽浄土っていう仏教概念もあれば楽園っていうキリスト概念もあるし、ま、日本人はたいてい死後の魂は黄泉とかどこかにいくって信じてるから」
「君は日本人じゃないだろうに」
 客は目の前の少年に少なからず自分が興味を抱いていることを自覚した。すこし驚く。他人なんかどうでもいい。それにこの組織は性処理の道具を売ってる店で目の前の少年も性処理道具の一つに過ぎないのに。
「教えが日本だから仕方なくない? 子供の教育は洗脳だよ、お客さん」
「翹揺亭の教育システムか」
 この店は少し嫌いだった。性処理の道具としては最高のテクニックを持っているが、どれも根本的なものが一様な気がしていた。だがこの少年は違う。稚児の時に身請けしたせいかわがままで面白い。
「君は私の外見は気に入ったかい?」
「うん。まぁまぁ。抱いてもいいよ」
「君を身請けした人間はどれだけ美形だったんだろうね」
「俺の好みの問題だから」
 少年はそこで口を吊り上げて笑う。にやっとした不敵の笑みだった。
「キスしてもいいかい?」
「したければしなよ」
「では、ちゃんと応えてくれよ」
「いいけど、俺にキスされたら腰砕けるよ?」
「望むところだ」
 最初は触れ合うだけ。意外に薄い唇も悪くない。何度か啄ばむようなキスを繰り返して、口を開くように促す。少年もそれを理解して薄く開いた唇に、遠慮せず舌を割り込ませた。
「ん、ふぁ!」
 舌を絡め、舌を吸う。少年の歯列を嘗め回し、舌でさまざまな部位を刺激する。少年の口腔内の性感帯を探るがしばらくされるに任せていた少年は鎌首をもたげた蛇のように自身の舌を動かし、客の口腔内に戦場を移した。知らぬ間に少年の顔が傾き、歯と歯が軽くぶつかり合う。普通は避けるその行為すら少年は何度も行い、リードを取らせてくれない。目を開けるとニヤついた目が悪戯に笑っている。
「あ、ん……ふ」
 少年は吐息を零して客の舌に咬みつく。うっすら痺れが身体に走った。腰砕ける、の表現は脅しでも虚勢でもないようだ。客は少年の勝ち誇った目線に対抗するように少年の舌を少年の口に再び圧し戻し、舌を絡める。
 気づけば少年の後頭部をしっかり腕で固定し、少年の自由を奪って二度とイニシアティブを取られないようにしている自分に内心で苦笑した。
「ん、んふ、あ」
 結構長い時間交わっていた唇を話すと、少年の桜色の唇は充血で真っ赤に近い色に染まり、唾液で濡れて色香を放っていた。飲み込めなかった唾液が唇の端から垂れている。
「やーらしぃなぁ。お客さん。色っぽいよ」
 気づけば自分の唇からも唾液が垂れていた。本気で口づけていたことに少し驚く。
「ねぇ、脱いでみせて」
「いいよ。お客さんなかなか上手いからね」
 少年は笑って立ち上がり、自分を見下す。
「ね。焦らして欲しい?」
「ああ。できるだけ、色っぽく頼むよ」
「へーんたい」
 少年は笑って、右手を咥える。そのまま指をしばらく舐めていたかと思うとそのままその濡れた指先を見せ付けるようにして、唇から出し、そのまま身体を洗うかのように首筋に這わせる。
「ん」
 鼻から熱っぽい吐息が漏れた。もしかしたら視姦されている気分なのかもしれない。そしてそのまま濡れた指が着物の袷を焦らすようにゆっくりと開いていく。かと思えばその手を止めて、じっと見つめてくる。まるでここまでであとは脱がせてくれと言っているかのように思える。そして今度は逆の手で裾をじりじりとたくし上げる。白い美脚が露になる。そのまま口から降りてきた手と裾を握ったまま登ってきた手が帯にかかる。
 シュル、シュルル。と独特の音がして帯が解かれていく。解けた帯の先をくわえ込み、上向いた顔の目線は真っ直ぐ自分を誘惑するかのように揺れている。そして両手はそのまま軽く着物の袖を引っ張ることで帯が連鎖的に解け、最後には帯を咥えた口から垂直に帯が床に垂れ、完全に解き放たれた袷の間を走っている。
 丁度微妙なバランスで一番いいところは隠されている。そのまま着物の袖を引き、肩から着物がするりと落ち、腕で止まる。
「ふ」
 笑いの混じった吐息と共に咥えていた帯が落ち、白い肢体が露になった。不敵に笑う少年はそのまま自分の身体に満足げな視線を走らせると腕を伸ばし、着物を床に落とした。生まれたままの姿になった少年の姿に見惚れる。昂然とした笑みはまるで神と対面しているかのように思える。
「あはは。イっちゃったね、お客さん」
 無邪気に笑われ、何かと思えば背後の連れが呆然として少年をただ見上げている。
「やられた。すごいものだね」
「でしょ?」
 少年は笑う。連れの二人は少年の脱衣のみで意識を飛ばすほど昇天してしまったらしい。自分といえば少年に夢中で背後の二人が息を荒くしていただろう呼吸も、勃起しただろう気配さえも感じられなかった。この空間は少年と自分の二人きりとさえ思い込んでいた。
「本気で君を抱きたい」
 触るのを躊躇うが触れて自分の欲で汚してしまいたい。その両方がせめぎ合う。
「ふふふ。どうぞーといいたいトコだけど、時間切れ。また来てね」
 少年は時計を見て無邪気に微笑んだ。着物を拾い上げ着なおし始めた少年と時間が過ぎていたことに驚く。そして欲望のままに背後から少年に抱きついた。細くしなやかな身体は軽く、すぐに自分の方に寄せられる。おもいきり抱き締めて、少年の項に顔を摺り寄せる。そして少年の臭いを吸い込んで、決心した。
「ちょっと、もう時間切れだよ」
「少年、名前は?」
「知らないで抱こうって? 失礼なのー。入矢だよ。客さんは?」
「レッド・ジャンキーと呼んでくれ」
「赤狂い? 変な名前」
 入矢は朗らかに笑う。その入矢の顎を捉え、口づけてレッドジャンキーは言い放つ。
「君を買う」
「は?」
「君を身請けする。気に入った」
 そして再び口づける。時間を超過して稚児が呼びにきた時、レッドジャンキーは入矢を抱き締めたまま離さなかった。入矢は呆れ顔で稚児に言った。
「お買い上げでーす」