毒薬試飲会 015

9.アンフェタミン 下

032

 だから、嫌なんだよぉー。
 あいつの言うこと聞くと、ロクな目にあわねぇんだんよ。
 たっく、マジでカンベンだぜ。

 「毒薬試飲会」

 9.アンフェタミン・下

 ひどい頭痛がした。ぐらぐら視界が揺れる。まったく、二日酔いでもあるまいし、その前に酒飲んでないし、この痛みはいったいどういうことなんだ? ぼぉっとして、視界もかすんで見える気がしてしまう。吐き気もあるか。
「目が覚めたか?」
 隣から、ハーンの声がして、アランはかすむ視界から状況を把握しようと、しきりに瞬きを繰り返した。
 やっと視界が戻ってきて、身を起こそうとして、無理なことに軽く驚きを覚える。
「え?」
 目の前には無機質なコンクリートの床。そこに広がる鎖。そして自分が無理な体勢を取らされていることが理解でき、同時になぜと思う。
 首や上体を可能な限り動かし、ハーンの姿を探す。ハーンも同じように鎖で体を固定され、自由が利かない状態のようだった。
「ハーン、これ、一体?」
「俺が知るかっての」
 ハーンは後ろ手を縛られ、足首には錘つきの鎖、それに全身を簀巻きとでも言うかのごとく、鎖でがんじがらめにされていた。
 その状況を半ばあきらめたのか、ハーンはそのまま力なくすぐ後ろの壁にもたれかかっている。ハーンでさえこうなのだから、自分も同じ状況に違いない。
「お前、自分がしたこと、覚えているか?」
 ハーンは左目が紫色になり、ありえない、十字架を宿した目に変わってしまったアランを眺めた。アランはおそらくそのことに気づいていない。ハーンは気を失い、この様だからこそわからないがハートの女王が何かしたことは予測できる。
「何だよ?」
「覚えていないなら、いい」
 言葉短くそう言う。ハーンだってすべてを理解できたわけではない。ただあの時、ハートの女王は禁世に飲まれたと言った。
 アランは膨大な量の禁力を扱い、そして放出していたことからアランが何かしら禁世とかかわりを持ったことだけがわかる。でもはたしてそれだけであれだけ禍々しくなれるものだろうか。
「何だよ、ってか何だよ、こんなことするヤツ? お前の知り合いか?」
「知るかっての。どっちかってーと、おまえのじゃねーの?」
 ハーンはそう言って目の前を目線で示した。アランが釣られてそちらを見、絶句する。
「……フェイさん!!」
 ワインレッドのワンピースを着たまま、無造作に寝かされている入矢は死んだように動かない。
 まぁ、あれだけの怪我と失血量だしなとハーンは理解するがアランはそうではないようだ。輸血は途中で終わっただろうが、一応生きているんだから、体調は悪いだろうが大丈夫だろう。
 あの男にまた傷つけられなければ。
『お目覚めか、お二人さんよ』
 部屋のどこかにあるスピーカーから音声が響いた。ハーンは音源のほうを睨む。
『聞きてぇことはいっぱいあると思うんだがよ、そこのお姫サマが目覚めるまで待ってくれや』
 ぶつっと急に音声が切れて、代わりに横のほうから壁としか認識できなかった場所にある扉が開き、そこから多くの男が入ってくる。
 その中に入矢を乱暴に扱っていた男の姿を見つけ、ハーンは面倒なことになったと理解した。
 ぜったいこの男は自分の過去を知っていて、何かしてくるつもりだ。それは男にとっての娯楽という、自分らにとっては最悪の行為を。
「よ、ご気分はどうさ? “黄色い虐殺者”」
 男は明らかに自分を見て言うので、ハーンは眉をひそめざるを得なかった。
「そう言うそちらさんは?」
「俺の名は赤狂い(レッド・ジャンキー)。お初にお目にかかるね、黄色い虐殺者」
「その名前で呼ぶのはやめて欲しいな」
「そりゃ申し訳ない。万緑の魔女がいなけりゃ、ただの男か」
 明らかに挑発、もしくは馬鹿にしているように言う男を軽く睨むにとどめたが、隣にいたアランに男は近寄った。
「よぉ、虐殺ってのはお前のほうが似合うなぁ、なんてーの? お前」
「アラン。アラン・パラケルスス」
 アランは誰だ? といいたげな顔をしている。たぶん、アランは自分がやったことを覚えていない。この男も覚えていないのだ。だからこそ、平然としていられる。というか、覚えていたら二の舞がおきる。
「ははーん。記憶を封じられたな、お前」
「何言ってる?」
「じゃ、戻してみるか? お前、入矢が大事なんだろう?」
 男が振り返って入矢を見る。アランの目が見開かれた。
「お前、フェイさんの何?」
「お前、入矢の何?」
 聞いたのは二人同時だった。そのタイミングのよさに赤狂いは笑う。
「先に答えてやろう。俺は入矢の飼い主だ。入矢が男娼ってのは知ってるな? 翹揺亭から正式に入矢を身請けした。入矢は今現在、俺のモノだ。さ、今度はお前の番。お前は入矢の何だ?」
「え」
 アランは答えられなかった。フェイさんの何だっていうんだろう? 元禁じられた遊びのぺア。それだけ。ほかに言えることなど何もない。
「入矢は気にしてたよ、お前のこと。とても、とてもね」
 その言葉に喜びをかすかに覚えてしまう。ただ単に捨てられたんだではなかったと、そう言われている気がして。フェイさんは俺のこと忘れてはいない。
「だからかね、お前の前で俺に抱かれたくなかったんだろうね」
「……抱く?」
「そうさ。入矢は俺が身請けした。身請けされた男娼はご主人様に抱かれるのが相場だぜ? 娼婦遊びはしたこたぁねーか? 入矢は俺に犯されるためにその身を売ったんだよ」
「そんなわけない!」
 そんなはずはない。フェイさんは確かに過去男娼であることを誇りに思っていた。でも今は違うはずだ。
「何ユメ抱いてんの? は~ん。わかったぜ。お前、入矢が好きなんだー?」
 小馬鹿にしたような態度で男は笑い、そして入矢を抱き上げた。そのまま抱えて、アランの前で見せ付けるように深い口付けを落とす。
 アランは息をすることも忘れ、怒りにその目を見開いたまま、動きを止めた。
「入矢は、俺にその身すべてを俺に売った。だから、この体を自由にしていい権利を俺は持ってる。いくら入矢を傷つけようが、犯して、グッチャグチャにしたって、俺は許される」
 いやらしく入矢の体の上を男の手が這い回る。
「悔しかったら俺の手からお姫様、救い出してみるんだね」
 男はそう言って、入矢の服を破り裂き、白い肌を露出させ、唇を寄せて、真っ赤な痕を残していく。アランはわなわなとその体を振るわせた。
 入矢に寄せられる唇から、入矢が、入矢の体が汚されていくようだ。やめろ! 入矢はそのまま、体中のいたるところに情事の印を刻まれた。
 そして、入矢の体が一度、痙攣したかのように動き、ゆっくりと緑色の片方の目が光を灯す。
「お目覚めかぁ? 入矢」
「お前! 性懲りもなく……」
 入矢は起きてすぐに男に向かって殺気を放つ。不仲だということがアランとハーンの目にみても明らかだった。
「なんで死んでないわけ?」
「そんな簡単に死んでたまるかよ」
「頚動脈切ってやったんだよ? あぁ、そうか。これがから禁術使いはやっかいだな! 首きり落とさなきゃいけなかったのか。めんどうったら」
 入矢はそう言った瞬間に男の首を締め上げている。男はニヤニヤ笑い、そのまま視線をアランの方に向け、入矢の目線を誘導した。
「ッ! ……アラン」
 思わず男の首から手を離した入矢はそのまま、男に押し倒される。そのまま圧し掛かられて、入矢の耳元で男はささやくように、しかしアランたちにも聞こえるように尋ねた。
「コイツ、お前のなんだよ?」
「お前に関係ないだろ、深紅」
 入矢は何とか抜け出そうと暴れ始める。うれしくて仕方がないといった様子の男は入矢に言った。
「こいつの前ではお前、男娼ってこと、隠してたのか? こいつの前で犯されたくないんだよなぁ?」
「……俺は!」
 入矢はそう言って、アランの方を向くと圧し掛かる男に問うた。
「深紅、お前はわざわざ俺をいじめるためだけにこの二人を第三階層からつれてきたのか?」
「そうさ。言っただろ? お前にひでぇことするって」
「確かに、俺はアランには抱かれているところを見られたくなかった。それは認める。だからって、お前やることが無駄すぎんだよ。お前、俺をどこの男娼だと思ってんだよ?」
 ふっと強気の笑みを浮かべて、入矢は自分から男に食いつくようなキスを落とした。驚いたのは男だけではない。アランもハーンも驚いた。急激な変わり身ように。
「翹揺亭のプロ根性ナメんな?」
 にこっと堕天使のような、最高級の微笑を浮かべて、入矢は男の顔を抱いた。逆に男の耳元に唇を寄せる。
「お前が賭けを歪めるのなら、俺はお前に飽きられるように、お前が望む従順な男娼を演じてやろう」
 しかし、目線で一瞬アランとハーンを見、二人に力強い視線を送った。さみしいような、かなしいような、申し訳ないような表情を向けた後、何かを決意したかのように自ら頷いた。
 ハーンはその視線の意味をなんとなく理解し、アランは逆に当惑して二人して入矢を見返す。
 入矢はふっとその視線を和らげ、完全に男を誘惑する色を持った顔と表情に変え、目の前の男を誘った。
「入矢ぁ! やるなぁ。そうこなくっちゃなぁ! じゃ、入矢。これからご主人様の命令はちゃんと聞くんだな?」
「ああ。聞いてやるよ」
「その言い方はなってねぇだろ?」
 一瞬、嫌そうな顔をしたが、入矢はすぐに従った。
「はい。申し訳ございません。ご主人様。これでよろしいですか?」
 ニヤっと唇を吊り上げて入矢は笑った。男もつられて笑う。
「上等だぁ。じゃ、ご主人様の命令だぁ! ここの男全員に輪姦されろ」
 さすがに入矢も目を見開いたが、すぐに表情を整え、ふわっとさもうれしそうに笑うと入矢はわかりましたといって、男たちの目の前に立つ。
 逆に驚いたのは男たちのほうだろう。主人のお気に入りの男娼をこれから犯せといわれて当惑している。入矢は自ら破れて使い物にならなくなった服を脱ぎすてた。
「どなたからになさいますか?」
 入矢はそう言って微笑むと手始めに、一番近くにいた男に口付けを落とした。
「ご主人様、ちゃんと、皆様イカせられたら、ご褒美にご主人様のをくださいね」
 入矢はそう言うと、わっと群がった男の中心に座し、その体を思うがままにいいようにいじられ、貪られていった。

 入矢は決意した。それが赤狂いと自分、もしくは翹揺亭だけに関わることだったなら、もう少しがんばってもよかった。もう少し苦痛に耐える自信はあった。だけど、あの時、アランを見て、自分が意識を失い、再びアランを目の前にして決意は定まった。
 赤狂いが自分だけを、または翹揺亭だけを相手にしていたなら、まだ許せた。でも、アランとそしてハーン・ラドクニフを巻き込んだことは許せない。
 これ以上彼らの人生を自分が原因で歪めていいはずはない。否、そんなことは許されない。だから二人を連れてきてしまった赤狂いをもう、許さない。
 実はこの赤狂いの元に身請けするとき、御狐さまとひとつだけ秘めた約束をしていた。
「入矢、今回のことはね、私自身の不始末が招いた結果かもしれぬ。だから、そなたには赤狂いを通して赤狂いの上、すなわち今回の騒動を巻き起こした人物を調べて欲しい。これは私のわがまま。私が動かなくなって、ここまでこじれてしまったのか、それとももっと前からだったのか。気づいたことがわかったら教えてくりゃれ。さすれば私も動こう」
 だからこそ、無意味なゲーム感覚の賭けを持ちかけた。そうすれば、ばれることなく、遂行できると踏んだ。でも、それがこんな自体を巻き起こすとは、赤狂いの変態さをもっと自覚しておくべきだった。なのに!
 ――アランを巻き込むなんて! その理由が自分と知り合いだからという理由だけで!
 そしてよみがえってくる声がある。艶を含んだやさしい佐久の声だ。
「この技は禁世を揺らす。だから使うときを誤るな」

 服を脱がされて、全裸で佐久と二人きり。白くて、肌理細やかな美しい肌は入矢が触れるのをためらわせる。
「どうした? 触らなければ、俺を抱けないぞ?」
「だって、佐久にいさん……おれ……」
「ま、気持ち、わからなくもないぞ。俺も悲しいことに男なのに、抱かれるほうが多いからなー」
 しみじみと佐久は苦笑して入矢をやさしく組み敷いた。佐久のきれいな顔が近づくだけで心臓が高鳴っているのがわかる。
 佐久は美人だ。そして何にも勝る色気がある。その佐久がやさしく口付けを落としてくれる。緊張をほぐすためのやさしいもの。それに慣れていって、お互いに舌を絡めあう。
「ん! ふぅ」
 ぴちゃ、という唾液の絡まる音が入矢を興奮させる。佐久は自分にとって本当に兄と慕える人だった。
 ノワールのことはもちろん、愛しているといえる。だけど、こういうのが、ちゃんと愛してるけど、ほかの人も好きっていう矛盾な気持ちなんだな、と入矢はふと考えた。
 浮気してるって無自覚だから、後味悪いのか。そして親愛の延長線上にあるセックスの感覚。恥ずかしいようなどきどきしているような。
 本当はこういうの初体験で味わうはずなんだが、おれの場合はあまりにも初体験が残酷すぎだ。首絞められたことは一生根に持ってやる。
「ま、お前はノワールさまのものなんだから、抱く練習はしなくていいか」
「あ、そんなこと! ほら、マンネリとかになったら気分を変えてとかなるかもしれませんし!!」
 ぷっと佐久が笑う。入矢がかーっと赤くなった。
「いい。いい。そう言うときがきたら、また相談に乗ってやるよ。だから、今日は俺にまかせればいい」
 返事をする前にまた、口付けを受ける。祝福されているような、ノワールとするのとは違うもの。ノワールとやるような互いに激しく、性欲そのものを感じて、心から発火するような熱い気持ちよさではない。
 そのままどうにかなってしまいそうな不安もないような、親愛から成り立つ、暖かい気持ちのよいキス。それは記憶にない母に包まれているようなものだ。佐久はいつも客にこのようなキスを降らせるのだろうか。それとも、愛する相手とは別なのか。
 佐久の黒い頭が入矢の下のほうに下がっていく。するりとなでられて恥ずかしさと気持ちよさとくすぐったさが入矢の身をよじらせた。
「入矢、俺の慣らしてみろよ」
「えぇ?」
 入矢の指をくわえ、舐めている佐久の赤い舌がチラチラと除き、そのたびにぼっと頬が熱くなる。
「ほら、入矢の言うマンネリに悩まされて、自分で自分の慣らして、ノワールさまの受け入れなきゃって時がきっとくるからさ、練習。俺の慣らしてみろって」
 佐久はそう言って笑うと自分の後ろに入矢の指を持っていく。入矢は緊張で肌に触れた瞬間にビクッと指を退けようとした。それを佐久の掴んだ腕が許さず、離さないだけではなく、佐久はそのまま入矢の指を自分の後口につぷり、と入れた。
「ひわっ!」
「ん!」
 入矢は驚きから、佐久は挿入の感覚から声を上げる。
「動かして、慣らせ。入矢」
「はい、佐久にいさん」
 ゆるり、ゆるりと入矢は佐久を気遣って指を内壁に沿って一周させる。佐久はさすがに、それだけでは声すら上げない。一応、習っているだけあって入矢も一度挿入してしまえば、慣れたように指を動かし、本数を増やした。
「佐久にいさん、前戯、しなくていいんですか?」
「構うな。お前は俺の言うことだけしてればいい。それに、そんな暇、あるのか?」
 佐久はそう言って唇の端を吊り上げて笑うと、入矢の中心を口にくわえ込んだ。
「ひゃう!」
 突然の行為に入矢が軽い悲鳴を上げると、佐久は笑って口を離す。
「おいおい、これくらいでそんな悲鳴あげて、お前ノワール様の相手が務まっているのか?」
「ちがいます! 佐久にいさんだから、です」
「そういう、浮気っぽい発言は慎めー」
 再び、入矢自身を口腔内に深くくわえ込み、入矢を快感の頂点まで高めていく。一応、感覚コントロールを身につけている入矢としても、先輩の男娼のテクニックにはかなわない。すぐにそそり立ってしまったことに顔面が発火したように熱くなる。
 佐久は入矢自身を舐め、刺激を与えつつ、手を胸元に這わせ、入矢の胸の頂点をいじり始める。完全に入矢の指は動きを止め、かといって抜くこともできずに入矢は嬌声を上げた。これではどちらが襲っているのかわかったものではない。
「あ、も、だめぇ……さ、くにい、さん!!」
「はい、ストップね」
 軽く握りこまれ、入矢は非難の目を向けた。佐久は余裕でその視線を受け流し、入矢に諭すように囁く。
「入矢、目的を忘れるな」
「はい、すいません」
「いいか。ここからが禁世を揺らす技だ。いいか、感覚を全開で開け。そうすればなにも言わなくても、教えなくてもわかる。これは受身の者だけが使えるからな。いいか、俺は本気でお前を受け入れない。だから、お前にも害はないだろう。本気で使うときは、相手は絶対堕ちる」
「おち、る? どうなるんですか?」
「それは……、その身で確かめろ」
 入矢の上に馬乗りになって、入矢自身に手をかけたかと思うと、その身を垂直に降ろしてきた。入矢はその感覚に目を見開き、佐久は嘆息する。
「っく」
 そして次の瞬間、入矢は目を見開いた。一気に禁力に支配され、その思考を奪われる。

 入矢は大勢の男に抱かれ、体の所々を白濁の液体まみれになっている。その姿は汚らわしく、見るのも厭われるように見えるが、見ずにはいられない壮絶な色香がある。
 妖艶なその姿は触れて、自らの欲望を押し付けてしまいたい衝動に駆られる姿だった。ちがう、これこそが入矢の才能なのかもしれない。入矢自身が持つ、色気と艶だ。
 そしてタフだとしかいえない。入矢は数人の男を受け入れ、飽きるまで抱かれていたにも関わらず、意識を正常に保たせている。そしてまだまだ余裕だ、と言いたげな表情と仕草で、それは無理をしているようには到底見えない。
 周りの男たちは昇天し、気を失っているのにだ。
「すげぇな、入矢。お前、まだ足りないの?」
「はい。ご主人様。ご主人様にお相手願いたくて、がんばりました」
「淫乱」
「ええ」
 にこっと笑うと入矢は赤狂いの頬に手をかけた。赤狂いはニヤっと笑ってそのまま深く口付ける。
「フェイさん……」
 ハーンは入矢の痴態を見て反応し始めている自分より、アランの愕然とした顔に二の舞が起こるのでは、と恐怖心が湧き上がる。
 入矢は確かにすばらしい男娼であり、禁術使いだ。ハーンには入矢が挿入させた時点で睡眠薬をひそかに生成し、体内に入れて抱かれる際、支配権を持っていたことがわかっている。
 しかし、隣のアランとこの赤狂いという男はおそらく気づいていない。入矢が全員相手をしたと思い込んでいる。
 入矢はこの赤狂いという男に抱かれることが目的なのだ。それ以外はどうでもいいということだろう。入矢は禁術生成速度が速く、その質はいい。そして、禁術を使っていることを知覚させないだけの痴態を見せ付ける。
「何をしようっていうんだ……?」
 アランの気を引こうと、ハーンはわざとアランにだけ囁いた。アランは案の定はっとしてハーンを見る。
「ハーン?」
「気づかないのも無理ないが、入矢はあの男たちを抱いてない。眠らせただけだ」
 真実を教えて、アランの狂気を遠ざける。あの二の舞はごめんだ。ここにハートの女王さまはいない。アランがあの状態になったとき、止めてくれる人物はいないのだ。
 あの時、彼女はあの男だけならいいけど、と言った。つまり、あの状態にアランがなったならば、周りが見えていないだけでなく、周りすべてを滅ぼそうとするはずだ。
 ハーンも巻き込まれるし、おそらく入矢も巻き込まれる。
「入矢はあの男に何かしようとしている」
「どういうことだ?」
「入矢はあの男に抱かれながら、何かするつもりなんだろう」
 だから、落ち着けと言外に含ませてハーンは入矢を見続ける。
「なぁ、どー? 淫乱入矢見て、少しは絶望とか、興奮とかしたかぁ??」
 後ろから入矢を抱きしめて、入矢の胸の飾りをしつこくいじりつつ、赤狂いが意地悪く尋ねる。
 アランはくっと唇をかみしめて、その様子から目をそむけた。入矢は本当に気持ちよさそうに、見られていることに何も感じないように、そこに赤狂いと入矢以外存在してないとでも言いたげに赤狂いに抱かれている。
「お前、ガキだね」
 ハーンはそう切り返した。赤狂いがはぁっとイラっとした様子でハーンを睨む。
「お前、そんなことして俺らがお前の言うこと聞くとでも考えてんの? 確かに俺らと入矢はちょっとした因縁あるけど、そこまで俺らの行動を左右するような人間じゃないよ」
「ちげぇよ。入矢をいじめるために連れてきたんだから、お前らの意思は関係ないんだよ」
 そういうと、赤狂いは気分を害されたのか、二人から視線を外して入矢だけに向き直る。入矢は気持ちよさそうに、幸せそうに赤狂いだけを見つめている。
「アラン、翹揺亭の男娼は感覚をコントロールできるらしい。本気で入矢が感じてるわけじゃない」
 赤狂いに乱された心を再び静めようと、ハーンは耳打ちする。
「なぁ、入矢。どうよ? お前の知り合いの前でこんな姿見せ付けて……興奮してっか? この淫乱」
「ああん!」
 入矢は目の端には涙さえ浮かべて顔を振った。嫌がっていつつ、喜んでいるようなその姿に気をよくしたのか、赤狂いはそのまま、入矢を自身で貫いた。その次の瞬間、入矢の目つきが変わり、
そして、禁世が――揺れた。