TINCTORA 004

4.夢が現実になる瞬間(とき)

010

 ナックが聞かされたみんなの救出作戦失敗のことは翌日、本来ならば処刑される日に一般人に公開された。
 処刑を行う予定だった広場には大きな触書と死刑囚の死体が首のみとなって公開された。
 みんなでそれを見に行って、どきどきしてたのは自分たちだけかもしれない。だって、死んだって言われたって、ソレ俺たちの仲間だぜ? 周りのただニュース見る気分のやつらとは違うんだよ。
 恐る恐る見に行って、カナードは絶叫した。慌てて、オレガノが項を打って気絶させた。
 キラはその場でへたりこんだ。
 俺は、動けなかった。
 カナードにとって、一番大事だった人、トムゾン・ファルクは首から上だけでもその苦しみが誰にだってわかる顔で死んでいた。
 顔の半分以上は赤い血に染まっていた。
 キラにとっても絶望が襲った。――キラの父親・イイオー・ルーシもこの処刑で死ぬ予定で、希望は絶たれた。
 今、肉親で残っているのはナックの父親だけだ。
 他に五人、ファキの男性がそれぞれの死に様をその表情に残し、首を晒されて死んでいた。
 誰もみな、知っている人だった。笑いもすれば怒りもする、ちゃんとした人間だったのに……。

 ファキの生き残りである三人はかなりの精神的なショックを受けて反抗分子のメンバーは声をかけられない状態だった。
 一番早くに復活したのは幼いカナードでその目は燃え上がったファキでのキラの瞳を思わせた。
 最愛のトムゾンを失って彼もまた、ナックとキラのように復讐を誓った。
 ナックは復讐したい気も何をする気も起きず、キラはまた臥せってしまった。
「ナックはどうしたんです?」
「え?」
 剣の師匠であるサグメが言った。
「精気がありませんよ。心をどこかに忘れていますね。まぁ、あんな事があった後では仕方ありませんか……」
「俺、何もする気が起きないんだ。カナードみたいに復讐も、キラみたいにずっと嘆くこともできないんだ。俺の親父だけがまだ、生きているのに……」
「日々をただ過ごしているだけなのですね」
「……うん」
 ナックはそれでも言われた事はちゃんとこなしたし、剣の修行も欠かさずやった。でも、心にぽっかり穴が開いたようで、視界に霞がかかったようで何も判断できないし、何もする気は起きなかった。
「ナックはこれで12の人を亡くしたんですか」
「ああ。」
 サグメは笑った。哀しい微笑みだった。
「では、あなたの心の霧が晴れるまで剣の修行はお休みにしましょうか」
「……何で?」
「そんな覚悟もない剣に授ける技などありません。ただ日々をこなすのも良し、ですしね」
「サグメ、俺にどうしろといいたいんだ?」
「別に。私はオレガノのように優しくあれませんので何も申し上げません」
「……オレガノ、か。キラはオレガノが怖いって泣くよ。今でもな」
 サグメはまた、笑っただけだった。
「キラ、あの子もまた、自身をコントロールできない哀れな子供」
「感情をコントロールできるのなんてお前くらいだろ?」
 ナックは自分が思ったままに言葉を口に乗せる。
「そうではありませんよ。私は感情をコントロールしろと言っているのではないのです」
「わからない」
 サグメは三度目の笑みを零した。
「オレガノの話をしてあげましょう。キラが嫌がるオレガノはどういった人物であるか、又、どうして私たちがオレガノに従うのかを」
「?」
 サグメはナックに座るよう示した。
「オレガノには兄弟がいるんですよ。サフランという大事な兄弟が」
「オレガノとサフランが、兄弟!?」
「そう、あれは双子です。でも哀しい定めの下に生まれた双子です。オレガノとサフランはもともと貴族出身の身分の高い子供でした。二人が生まれてまもなく、二人は引き離されました。二人の両親の上司が跡継ぎを欲しがったからです。オレガノはその上司の養子となりました。まだ二人とも赤子だったころの話です」
「ま、待てよ! 貴族ってのは簡単に自分の子供を渡しちゃうのかよ?」
 サグメは頷いた。
「そうですね。上司に逆らえなかったのか、金に目がくらんでしまったのかオレガノは引き取られていきました。残ったサフランは両親の元で育ちましたが貴族社会の荒波にもまれて一家は破産。サフランはわずか七歳でその身を売られました」
 ナックは目を見開いた。うわさには聞いたことはあったがまさか。
「人身売買……?」
「そうです。貴族のペットとしてサフランは十五歳まで薬漬けにされて育っています。離された双子が出会うのはこの後です。悪趣味なオレガノの養父が薬漬けにされて自我を持たないサフランを貴族から買い取りました。オレガノにこう言ったそうですよ」
 ナックは話の続きを促した。
「『コレはお前の双子の弟だ。お前の両親は失敗してその借金の返済の口に売られたのだと。何でもするんだそうだぞ。新しいお前の玩具にしてやろう』とね」
 オレガノは驚くよりも信じられなかったそうですよ。こんな汚い存在が自分と血が繋がっているはずはない、とね。薬に飢えて本当になんでもするサフランをオレガノは虐めて楽しんだんですって。でもいつだったか、自分に嫌気が差し始めた。どうしてかわかりますか?」
「いや……」
「薬に犯されない理性を持っている一瞬のサフランはオレガノなんか映してなかったからですよ、その瞳にね。それに気づいたら猛烈に自分という存在をサフランに知らしめてやりたくなった。自分のほうが気高く、偉くて美しいんだと。
 そして医者の助言を聞き、薬の量を減らしていった。サフランの本当の姿が見たくて。まだ若かったサフランは奇跡的に薬をやめることができました。本当のサフランを見て敵わないなぁ、って思ったんですって。それでサフランと一緒に過ごすうちに自身の過ちに気づき考えを改めたそうですよ。
 だけど、オレガノの養父はそれをよく思ってなかった。当然ですよ。自分の跡を継ぐ子供が奴隷とそう変わらない子供に心を開いてるんですから。この後養父がどうしたかわかりますか?」
「……二人を引き離したんだろ?」
「正解。サフランは養父のペットになって再び口にしたくもない薬を飲まされて堕落しました。その醜悪な姿をオレガノに見せてオレガノの気を遠ざけようとしたんですよ。オレガノはそれを見てどう思ったか、わかりますか?」
 ナックは首を振った。
「間違っているのは自分だけじゃなかったんだと。傲慢な父も間違っているし、傲慢な父を作り出した貴族制度も違う。その果てにある王もまた、間違った存在なんだと。この国そのものが間違いなんだと。それを正さなくてはならない。今、自我を失って薬が切れて、また自我を取り戻したサフランが自らの痴態に苦しまなくて済むように。」
 初めて聞く貴族のおぞましさ、オレガノの過去にナックはただ何も言えなかった。
「オレガノはこれからどうすべきか、国に物言うために勉学に励みました。サフランを救うべくサフランにはちっとも興味のない素振りまでして日々を過ごしたのですよ。
 サフランに執着を見せなくなったオレガノに養父は安心を覚えると共にサフランに口では語れないような行為をするよう強要しました。その時、サフランはオレガノの陰ながらの救済によって薬を止めようとしていたんですね。サフランはもちろん素面ですから嫌がりますよね。
 でもそれが引き金となって再び薬を服用するのも嫌でしたし、オレガノに迷惑がかかってはいけないと、サフランはその行為に耐えたんですよ。オレガノの養父がそういって貴族生活を謳歌している最中に国は荒れていました。今もそうです。
 オレガノは貧民に僅かながらも食料を与え、将来の自分の仲間を探しました。私などはこのときにオレガノの仲間になった口です。こうしてオレガノは陰ながらこの国を正すための道を歩んでいたんです」
 ナックはオレガノが本当に一から反抗分子を作っていたことにも、サフランとオレガノの互いの絆の強さにも驚かされた。これなら、サフランがオレガノと離れたくなかったとごねた、と言うのも納得できる。
「オレガノが力を蓄えたころ、オレガノはやっとサフランの調子がおかしいことに気づきました。オレガノにとって自分の生きる目的と信念をくれたサフランが日に日に弱っていっている。何故か? サフランは養父によって強いられる行為に精神が耐えられなくなってきていました。何があったかはオレガノもサフランも語りません。それほど酷い事だったんだと思います。
 そして程なくしてその理由をオレガノは理解しました。と、いうのもその現場を見てしまったからです。そこでオレガノは初めて人を殺しました。衝動的殺人で、養父を殺したのです。オレガノは私たちのところにサフランを連れて逃げてきました。オレガノは養父を殺した罪に問われ、現在も指名手配を受けています」
「……殺したって……」
 ナックは愕然とショックを受けた。確かにテロリストとしての活動をしているときにためらいもなくサフランは軍人を殺した。そうしないとナックとキラは殺されそうだったからだ。
 事実として知っていたはずだ。ならば、これまでにオレガノだって人を殺しているはずなのに。
「そうです。サフランがこれ以上の恥辱にまみれる事がオレガノには耐えられなかったんですよ。サフランはオレガノの信念だったから。どうして普段、オレガノが女装してるか、わかりませんか?」
「……追われてる、からだろ?」
「そうですよ。オレガノは養父を殺したことで一線を越えてしまった。殺さなかったら、サフランを見捨てたら、これは貴族のお遊びの一つと言って、私たちを見捨てることも出来たんですよ。でも、それを出来なくさせてしまった。サフランと言う存在と、自身のエゴで。
 サフランをクミンシードから追いやったのも、追っ手がサフランに気づいた可能性があったからです。オレガノはサフランを自身の手元に置いておきたかった。でもこのままでは自身も私たちの存在も危うい。オレガノにはサフランを手放すか、オレガノと同じようにサフランにも女装させるかしかなかった。
 けど、サフランはこれまでに沢山の恥辱を貴族に味わわされている。再びそんな事を強いられない。この判断もまた、オレガノのエゴですよ」
 これもサフランは知らなかったことだろう。二人の別れにこんな理由があったとは知らなかった、というか、誰もそうは思わないだろう。
「……貴方の幼馴染、キラはこう言いましたね。みんなオレガノに言う通りなのかと。……その通りです。私たちはみんな、オレガノとサフランという、悲しく、また愛おしい双子のために活動を続けるんです。オレガノもサフランも互いに互いを想い合っているのに、それを形に出来ず、違う方向に向いた結果のこの活動を私たち創生メンバーは愛してやまないんいんですよ。本当に」
 ナックは何もいえずに、ただサグメの言葉を待った。
「……これは、この活動は私たちが愛しい子供を育てるようなものなんですよ。だから貴方も選べばいい。この『名も亡き反抗分子』に何を求めるのか、自由ですから。復讐もよし、です。貴方のように何もしたくないなら邪魔にならない程度に活動してくださればいい。
 私たちは自分がどういうモノかは知覚してしまった。もう、自身をコントロール出来ます。私はオレガノとサフランが作り上げたこの組織が愛しい。この組織を守るためならオレガノの剣となり、サフランの盾にだってなれます。これが私の、覚悟、なのです。
 ナック、貴方に私と同じ気持ちで剣を持ってほしいのではなく、せめて何かしらの意思を決めて頂かねば、私にはお教えできない。そう、申し上げているのです。……ご理解下さいね。」
 そう言ってサグメは立ち上がった。ナックは何もいえずにただ、視線だけでサグメを追う。サフランと一緒の時にはこんな思いはなかった。ただ、日々が楽しくて、何かの役に立ちたくて、みんなを救えれば、とだけ思っていた。
 ようやくわかった。このクミンシードという街が憎悪渦巻く恐ろしい街と云われるのか。
 たった小さな一つの事で、ここには自分の威力を失ってしまうんだ。
 キラはこの街に入ってオレガノに役に立たないと言われただけでそれまでの復讐心を挫かれ、今も臥せっている。
 ナックはみんなを殺され、気力を失った。
 だから、オレガノは気をつけろと言ったのだ。――これが憎悪渦巻く――帝都・クミンシード。人の方向を違わせ、陰気に引き込む魔の都……。

「やぁ。ティフェが来ると思ってたんだ」
 ゲヴラーは笑って後任者を出迎えた。対するティフェは頷いただけ。相変わらず愛想がない。それでもゲヴラーは笑っている。機嫌はよさそうだった。
「ゲヴラー、愉しそうだね。ネツァーとかはあまりにも頑張ったんでストレス発散とか言ってた」
「そっか。ケテルは何て?」
「愉しそうって」
「やっぱわかってくれたか」
 ゲヴラーは満足そうに頷いた。
「何してんの?」
「いんやー。何も。な、ティフェ。お腹空いてない? 俺、食事まだなんだ~。一緒にどう?」
「いいよ。お勧めは?」

「ナック」
 噂をすれば影。オレガノがやって来た。
「何? どうかしたのか」
「いや。剣の修行は? サグメがいないな」
「今日はもう終わりだってさ。なんか、用か?」
「あ、キラの事なんだけどな。」
 そこでオレガノは悩む素振りを見せた。キラに働いてほしいのだろうか。
「何?」
「そのな、俺のことキラは避けてるよな?」
「あぁ、いや、まぁ。その、何というか……」
「隠さなくてもいい。何となく、わかるから。で、俺はキラを傷つけ過ぎたなら悪かったと思っているんだが。俺、こんな性格だし、たぶん謝れないと思うんだ」
 意外だった。オレガノがキラに謝りたいと思っていたなんて。
「で、俺にオレガノの代わりにそーゆー感じの事言ってほしいってことか?」
 ナックは茶化した。
「あ、違う違う!! そうじゃなくって、キラ、処刑が終わってから元気ないだろ? 元気付けてやりたいんだが、俺だけじゃどうしようもないし、キラは他のみんなとは馴染んでないだろ? カナードは忙しいみたいだしさ、どうしよっかなって思ってたら、気分転換させたらどうか、ってアドバイスしてくれた奴がいるんだ。一人で街歩いたって仕方ないだろ? ナックそれらしく誘ってやってくれないか?」
「成程」
 ナックもキラが元気がないのはどうしようかと思っていたところだった。自身も元気とは言えないがキラ程消沈してないし、逆にこういうときはキラの笑顔が欲しかった。
 ナックはキラの感情に引きづられている感を自覚してあるから、キラが元気なほうがナックも元気になれる。
「いいけど、俺だってこの街のことあんまし知らないぜ? どこ案内すりゃいいかわかんないよ」
「あ、そっか。待ってな。聞いてくる」
 オレガノはそう言って近くを通りかかった女の人に声をかけた。女の人はナックの姿を認めるとうなづいてオレガノの後についてきた。
「はじめまして。オクチュールよ。オークって呼んで」
「よろしく。ナックでいいから。オーク」
 オレガノはよい後任を見つけたと思ってその場にオークを残して去っていった。
「キラちゃん、まだ、具合悪いの?」
「いや、体のほうはそう、悪くないと思う」
「でも、慣れてないし、近場の方がいいわよね。ナック、キラちゃんは何が好き?」
 ナックは悩んだ。キラは酒が好き。でも、俺は飲めない。しかも酔っ払ったキラは手に負えない。イイオーさんからの血のせいだろう。ってここまで考えるとキラはまたしんみりするよな。
「……ジャガイモ、好きかな……? たぶん」
「ジャガイモ?? ナックの勘違いじゃなくて? 女の子といえばスィーツが好きでしょう?」
 ……スィーツ……お菓子。……菓子??
「マググスの糖蜜とか好きだったかも、しんない」
「はい??」
 当たり前だよな。だってマググスはクルセスにしか生えない潅木だから。
「わかったわ。あんた達クルセス民がどんなに食生活が違うかは。だから、オネエサマが勝手に決めてあげるわね。」
「え? 一応普通のものも食べてるんだぜ!!」
「はいはい」
 こいつ、信じてないな。そう言っている間にオークは紙に地図を書いて渡してくれた。
「ナックのことだから言い訳だって必要でしょ? お使いに行ってきて」
「何買うんだ?」
「うん。マスターに研究所の者ですが、いつものコーヒー一袋下さいって言ってきて。で、そのついでにお昼を食べてきなさいよ。一緒にね」
 お金も一緒にくれた。
「コーヒー代とたぶん普通に食べたら二人分の昼食代ね。自由に使っていいよ」
「ありがと。じゃ、行ってくる」
「行ってらっしゃ~い」
 オークは軽やかに笑って去っていった。ナックも金と地図をポケットにしまってキラの部屋へと駆けていった。
「キラ!!」
「ナック。どうしたの?」
 キラがベッドに横になったままでいつものように元気のない笑みを浮かべた。
「キラ、体は平気か?」
「うん。調子は、いいよ」
「じゃぁさ、一緒に街に出てみないか?」
 キラがぽかんとしている。何を言われたかわかってないのだ。
「街だよ。お使い頼まれたんだ。一緒に行こうぜ」
「……いいけど、なんで私も一緒なの?」
「ほ、ほら。俺、地図苦手だから! な、行こうよ!!」
 焦りつつもそれらしい理由を言うとキラはくすっと笑って言った。
「いいよ。行こうか」

 ゲヴラーは街に出ると自身の容貌が目立つと知っているから髪と瞳の色を変えた。白髪はこの国に多い茶髪に。瞳は赤から青に。
 外見で髪と目の色が違えばこれだけ人間別人に見えるということをゲヴラーは経験で知っている。
 ゲヴラーは自身の能力の一つとして自由に外見を変えることができる。とはいっても基本的な人間であることは変わらない。人間以外の動物に外見を変えることは出来ない。あくまでも、髪の色や肌の色などを変えたりできる程度でこれくらいならば魔術でも何とかできるものだった。
「ティフェも変えてあげよっか? 容姿が目立つだろ?」
「別にいい」
「あっそう? ま、この美しさに手を加えるのは罪な気がするしな」
 黒いスーツ姿はこの国では貴族の下僕の証である。スーツを着ているだけで目は引くだろう。しかし、それを除いてもティフェの美しさは目を引く。かなり目立つ二人組であることに違いはなかった
「思うんだけど、そんなにぼくって綺麗なの?」
「美しさは罪ってこういう無自覚の人を言うのかね……」
「知らないよ」
「ま、俺は見た中ではティフェは一番綺麗だよ。っていうかね、中身も綺麗だからこんなに綺麗なんだって思うよ。ティフェは絶えず雨が振ってるみたいに汚れてもすぐに流れてくんだ。永遠に穢れることがないんだ。だから美しい。ティフェより綺麗な奴はいるかもしれない。外見はね。でも」
「でも?」
 ゲヴラーは一呼吸して言った。
「汚れてくんだ。汚くなる。老いても綺麗なおばあちゃんとかいるじゃん? その逆。所詮中身が汚くなったならそいつは美しくはないんだよ。美しいと自覚した奴はそこでそれを自身の才能や能力と勘違いする。確かに力ではあるな。だけど、使い方が理解できない分、痛いしっぺ返しがくるのさ。驕りは身を滅ぼすんだな」
「それで美しくなくなってくの? ぼくはどうなんだろうなぁ。今ゲヴラーに綺麗って言われっちゃったしな、自覚するかもなぁ」
 特に気にしていない風で言うティフェをゲヴラーは笑って見た。
「関係ないよ。ティフェが今のままなら、汚れを洗い流す雨がティフェにはついてる。大丈夫さ」
「ふ~ん。そんなものか」
 自身にとってさほど重要ではないらしい。
「あ、着いた。ここだよ」
 ゲヴラーはシックな感じの漂う店に入った。ティフェも続く。
「いらっしゃいませ」
 カウンターから店主が言う。給仕の女の子が二人を見て息を呑んだが仕事を思い出して足を動かす。
「ここがお勧めなの?」
「ああ。味は悪くない」
 二人は貴族に仕える。庶民が憩う店にあまり入らない。が、今回は特別らしかった。
「俺、今日のお勧めでいいや。ティフェは?」
「ぼく、コーヒー。ブラックで」
「昼それしか食べないの? もっと頼めよ」
 ティフェはそう言われてメニューの目を落とし、悩んで言った。
「じゃ、コレも」
「かしこまりました」
 給仕はメモを取って下がっていく。
「俺の仕事仲間がよく来るのさ、この店」
「仲間? ああ、レジスタンスだっけ?」
「うん。昼時だろ? 来た奴紹介してやるよ。っても俺は全然話したこともないけどな」
「あはは。そりゃそうだ。追跡者だものね。で、ぼくは連絡係」
「そう」
 二人は密かに笑いあった。この二人、実は仲がいい。二人の食事が運ばれてきた頃、ドアのベルが来客を告げた。
「来たな」
 入ってきたのは少年と少女。カウンターに座り込み、マスターと話している。
「って、アレ。星じゃん」
「ホントだ。説明するまでもないな。姿見られて大丈夫かな?」
 入ってきたのはナックとキラだったのだ。
「ま、普通の客だし大丈夫じゃないかな。スーツなのはアレだけど」
「だな。私服で活動すりゃよかったかもな。次からそうしよ」
「何、データ不足?」
「いんや。今日始めて来たよ。団員に紹介でもされたんじゃね?」
「ふ~ん」
 ティフェは特に気にする感じもなく食事を続けた。普通の客であるために。