TINCTORA 014

14.本当の名前

047

 イェソドとマルクトはホドに管理された生活を強いられている。それはマルクトがケテルの行う遊びにおいて重要な役目を負っていることと、二人の出生に原因がある。
 ホドはケテルが行う遊びを戦争が終わったらやるつもりらしい。ホドは今ネツァーと一緒に戦争に夢中だから、今のうちにマルクトにやるべきことをやって欲しいようだ。
 ホドがケテルの屋敷に居ない間にこの日にコレをやるようにと言い聞かされていた。よって二人は現在ホドに命じられた事を行うために忠実な行動を取っているといえる。
 しかし二人に不満はない。ホドに管理されるのは当然だと思うし、自分たちではケテルの望みをかなえることはできない。ホドという頭脳があって初めて叶うだろう。
 だから二人は言われた事をするだけだ。
「マルクト、うしろ」
 イェソドが突然そう言った。マルクトははっと後を振り返る。その瞬間にイェソドに腕を引かれる。今までマルクトが立っていた場所にはナイフが突き立っていた。
「誰!」
 マルクトを庇うようにイェソドが立ちはだかる。
「男が女に守られるなんて」
 くすくすと笑い声がして二人の目の前に同じ顔をした二人の子供が現れる。
「かっこ悪い。でも、あたしたちはそんなことないの。だってお互いがお互いを守り!」
「一緒に戦うから!!」
 目の前に現れたのは10歳くらいの子供だった。声も一緒。姿も一緒だ。でも話し方からしておそらくどちらかが男でもう片方は女。この二人の違うところは左右の瞳の色だけだ。
 それ以外は何も違いはない。髪形も、服装も何もかも一緒だ。
「何か用なの?」
「お前たちが試作体の環境を支えるものの一つなら、それの削除があたしたちの仕事」
「は?」
 今喋ったのが恐らく女の方。そちらは右目が赤く、左目が緑色だった。逆に男の方は右目が緑、左目が赤色である。
「だから死んでください」
「マルクト!」
 イェソドがマルクトを抱き寄せた。マルクトをかするようにしてナイフが通り抜けていく。
「それにあんたらあたし達の真似してるみたいで腹立つしー。双子っていうのはあたしたちだけで十分なんだよ!」
「誰に対して十分なんだよ! この国に双子が何人いると思ってんのさ」
 マルクトが怒鳴った。こちらだってイライラする。まるで自分たちを見てるような気がして。
「マルクト、アレ、影、殺す」
「え? あれが……ボクたちの……影??」
 マルクトが疑うような眼差しでイェソドを見た。
「でも、イェソドが言うならそうなんだね。あれが、ボクらの影」
 マルクトが双子を睨む。双子は寄り添って笑った。対抗するかのようにマルクトがイェソドに寄り添う。お互い2対2。四つの視線が交差してぶつかり合った。
「あんたら、名前は?」
 マルクトが問うと女の方がニヤっと笑った。
「教えて欲しい?」
「これからぶっ殺すんだもの。名前くらい知らないとあんたらがかわいそうじゃない?」
 マルクトは女の方を見下して言った。すると男の方が凛とした口調で答える。
「僕はプロジェクト・ドールのプロダクションナンバー6、個体名はセクスです」
「同じく、プロダクションナンバー7、セプテムよ。一応あんたらの名前も訊いてあげる」
「マルクト・ルアージュ」
「イェソド・ルアージュ」
 マルクトの名乗りに反応したかのようにイェソドも答えた。この場所には四名の人間が居るのに声が同じため、まるで二人しかいないように感じる。
「さあ、始めましょうか。……殺し合いを!」
 雑木林の中で戦闘が始まった。セクスの言葉にセプテムが歓喜の声を上げて二人が消え去る。
 イェソドは虚空を睨んでマルクトを守るように立ち上がった。マルクトは控えめにイェソドの背後に立って、それでも戦意を宿した瞳をしていた。
 次の瞬間、マルクトの足元が暗い色合いのピンク色に発光する。マルクトの光は強さを弱め、それが魔法陣である事がわかってくる。
「マルクト」
「大丈夫。ボクらの影ならボクも戦うよ」
「無理、ダメ」
「わかってる」
 イェソドはマルクトにいつものような感情を映していない瞳を向けて、全身を青白く光らせた。
『我、王国の主が命ずる。我が呼声に応えて顕れよ!』
 マルクトが叫んだ瞬間にマルクトの周りを巨大な魔法陣が出現する。
「魔法の耐性はできていますよ!!」
 セクスがそう言ってマルクトに襲い掛かる。それを庇うようにして獣が吼える声が響き渡り、セクスの目の前に狼が出現した。
「何?!」
「さぁ! ゆくがいい! お前たちの餌はセクスとセプテム、あの二人だ!!」
 いつの間にか狼の群れが唸り声を上げて二人を追う。
「召喚魔法?」
「みたいだね。あの数は厄介だ、セプテム!」
「まっかせて! ドーブツなんかあたしたちの敵じゃないよ」
 二人が別々の行動を取る。セクスはイェソドに向かう。イェソドはそれを確認して自ら動いた。
「殺す! ケテル、願う」
「何言ってるのかわかんないよ!」
 セクスの構えたナイフがイェソドと接触した瞬間消滅する。目を見開いたセクスは一瞬の判断でイェソドから距離をとった。イェソドはそれに追撃をかけるかのようにセクスに飛び掛る。
「なんだ、これ!」
 イェソドは不敵に笑うでもなく、感情が欠落した顔のままセクスを眺めた。セクスが歳相応の口調になったのと同時にその顔には怒りが表れる。
「ふーん。物質を分解する力か。魔法の一種なら、その発動を止めればいい!」
 セクスはイェソドと距離をとりながらイェソドを観察する。しかしイェソドには魔法を発動するための魔法陣も、杖も石版もない。
 セクスは混乱したが、攻撃する事でイェソドの能力を理解する事に決めたようだ。腰から銃を抜いて自身の速度を活かし、まるで360度全方向から攻撃を受けているかのように銃弾がイェソドに襲い掛かる。
「っく!」
 イェソドが初めてその顔に苦難というものを映したとき、セクスは理解した。
「お前、それで受けてもダメージがないってわけじゃないみたいだね! じゃ、どんどんいこうかぁ!」
 そう言ってセクスはその辺に落ちている石を拾い集め始めると、それをポケットの中に入れ、適度に溜まった時、それを銃弾のように投げ始めた。
「!」
 イェソドが驚きの表情をわずかに浮かべる。セクスの石を投げる行為はもっとも原始的な攻撃なのにそれは銃弾を三発同時にくらったかのような威力だった。
 石はイェソドの周りの青白い光と衝突して消えていくがはっきり言ってそれはイェソドにとっては力を無駄に使わされる行為だ。
 イェソドは物質の分解能力を有しているわけではない。イェソドの能力は物質の基盤の操作。全てのものは小さな原子が分子となり、分子が集まって物を組成する。その塊が物質であり、万物の物の姿だ。
 イェソドは物質の構造に自由に介入できる。それがイェソドの能力だ。その能力はどの程度なのかイェソドにしかわからない。物質が消滅しているように見えるのは構造を破壊して細かく分解しただけにすぎず、そんなに力は必要ない。逆に誰かの傷を治したりする行為は分子レベルの構造変形が必要となり力を多く使う。
 これがイェソドの力。それを見てケテルが能力を表す名前、すなわち『基盤』、イェソドと名付けた。
「防戦一方だね! 魔法とはちょっと違うみたいだけど、能力使うにはそれなりの力が要ることも間違いは無さそう。防いで、防ぎまくれよ! それで力を使えなくなればいい!」
 セクスの言葉にイェソドが顔をしかめた。このまま攻撃することはできない。あまりにもセクスの攻撃が激しすぎる。十人一気に相手をしているようだ。それだけセクスは速く、力があった。
 マルクトが召喚した狼はケゼルチェックの外れの森に住んでいる。マルクトの今現在の攻撃手段は召喚しかない。マルクトは狼の群れだけではセプテムになんら打撃が与えられないのを知っている。
 だから駒の様に狼を自分で動かす。そこが召喚魔法と少し異なる。召喚魔法はなんらかの戦力となる人や精霊、あるいは悪魔などを召喚して望みを叶えて貰う、つまり召喚されたものの能力に依存するがマルクトは契約したものを召喚し、操ることで更に能力値を上げる。
 つまり今なら狼全体の頭脳がそのままマルクトの思考をなぞるわけだ。セプテムの速度に狼といえど対応できない事を知ったマルクトは罠を張ることを決め、狼を配置し、セプテムをそこに誘導する。
 30匹の狼の目はマルクトの目だ。マルクトの能力は召喚に似ているが厳密に言えば自分が契約した土地の全てを自由に扱う事ができる。その能力にちなんでケテルがマルクト、『王国』と名付けた。
「速い! ここがボクが契約した土地ならよかったのに。そしたら負けないのに」
 マルクトは唇を噛んだ。このセプテムという少女の速度は狼の目でも追いきれない。30対60の目を嘲うかのようにすり抜けていくその速さはまるでティフェレトを相手にしているかのようだ。
 マルクトは罠に嵌める前に殺されていく狼を見ていられず、退却させる。自分が自由に扱えるからと言っても狼自身の命だ。マルクトはそれを貸してもらっているだけ。できるだけ殺させたくはない。
「狼が消えた……?」
 セプテムが呟く。狼を消したマルクトは立ち上がり、腕を伸ばした。その腕の先に小さなピンク色の魔法陣が現れる。光が消えたとき、マルクトの手には銃が握られていた。
 雑木林の中から狙いを定めて撃つ。パーンという独特の音が響き渡った。撃った反動でマルクトの身体が後に下がる。その瞬間背後から気配を感じ、マルクトは反射的に身を翻し銃を握った。
 セプテムのありえない速さ。いつの間にか背後に回りこんでいてマルクトは銃でかろうじて防げた。
「そんなんじゃあたしらの足は捕まんない、捕まえらんないんだよ!」
 ナイフを振りかざすセプテムにマルクトは対応しきれない。
「きゃあ!」
 マルクトの悲鳴が上る。マルクトの二の腕はざっくり斬られ、血があふれ出した。
「なに、男の癖に女みたいな悲鳴上げてんの? だっさい! そんな軟弱男はぁ、死んじゃえ!!」
「マルクト!!」
 イェソドが叫んだ。その瞬間にマルクトを囲うように紫色の魔法陣が立ち上がり、青白い光にマルクトが包まれる。マルクトに気をとられ、イェソドの身体に銃弾が当たる。
「イェソド!!」
 イェソドの血を見て、マルクトが悲鳴を上げた。
「いやぁああ!!」
 今度はイェソドの周りを守るように明るい黄色の光が取り囲む。それを見て、イェソドが目を剥いた。
「ダメ!!」
 イェソドは全身を一瞬だけ青白く光らせる。銃弾が当たった場所から血が止まり、傷どころか服も修復されていく。それを見てセクスが驚愕した。驚愕に足が止まってしまったセクスを置いて、イェソドがマルクトの傍に寄り添った。
「マルクト」
「いぇそ、ど?」
 イェソドの無事な姿を見てマルクトは自分を取り戻し、すぐに黄色い光は消え去った。イェソドがマルクトの怪我をなでると、同じように傷が治り、服さえ修復されていく。
「大丈夫、安心」
「本当?」
 マルクトが涙を流した目で問う。安心させるように額をくっつけてイェソドは頷いた。
「マルクト、影、入手。力、思考、要求。了承?」
「でも……」
「ホド、理解、ケテル、助言」
 マルクトはイェソドの瞳を覗き込み、首を一つ縦に振った。するとイェソドがにっこり安心させるように微笑む。いつだってイェソドはマルクトの前だけ表情豊かだ。
 マルクトはイェソドの頬を両手で挟みこんだ。イェソドが軽く頷いてマルクトの唇に自分の唇を重ねた。
 戦闘中、しかも敵はダメージを少しも負っていないのに大した余裕だ。
「なんなの、アレ!!」
 セプテムがヒステリックな声を上げた。口づけは深く、だが触れた程度で終わる。マルクトがイェソドの頭を撫で、イェソドがマルクトの頭を撫でる。両者は互いに同じ行為を行い、タイミングをはかったかのように同時に互いの結わえている髪を解いた。
 二つに結わえていた髪が解け、水色の髪が広がる。その瞬間に二人を黄色い光が包み込んだ。しかしその光もすぐ消え去る。
「待たせたな」
 マルクトは座り込んだまま動かず、イェソドが立ち上がり、そう告げた。
「?」
 イェソドの口からそう聞こえたのだ。セクスは目の前の少女に違和感を感じて注意深く少女を見る。
「お、お前!」
 セクスはマルクトを振り返った。セプテムも同様にイェソドとマルクトを見やって目を見開く。
「なんなの、あんたたち!!?」
「マルクトに手は出させない。オレがお前等二人とも相手してやるさ」
 イェソドの口から今まで単語を羅列するしかなかったのに、別人のような口調で語られるセリフ。髪を解き、キスしただけなのにこの別人ぶりはなんだろうか。
「なんで、お前、男に??」
 セクスが上ずった声で尋ねる。そう、イェソドのスカートから伸びている脚は先ほどの脚とは異なる。骨ばっていて細いが筋肉質なのだ。全体的に見ると肩幅も広くなっている。
 先程とは違って、同じ顔つきにも男女の違いがわかるように変わっている。イェソドはどう考えても今は少年にしか見えない。逆にマルクトを見るとなんと、胸が膨らんでいるではないか! マルクトはスボンに隠れて脚は見えないが先ほどのイェソドのような脚になっているに違いない。
「性別が交換された?」
 セプテムがそう言う。少女が少年のふりをしているのではない。その証拠に今、少年の身体になっているイェソドの服装は少女の時を現していたかのようにスカートを履いたままだ。
「マルクト、オレに剣を頂戴」
「うんー」
 話し方まで逆になったかのように今度はマルクトの方が拙い喋りをしている。セクスとセプテムの混乱は頂点に達していた。その混乱をよそにマルクトの手がピンク色に発光し、イェソドの身体に合った剣が出現する。
 イェソドは感触を確かめて鞘から抜くと、マルクトを撫でた。
「ありがとな、マルクト。危ないからここから出るなよ?」
「うん」
 イェソドはにっこり笑ってマルクトから手を離すとマルクトの身体を包み込むようにしてまた紫色の魔法陣が発動する。イェソドは剣をセプテムに向け、挑発的に言った。
「まずはマルクトを傷つけたオマエからだ、雌餓鬼」
 イェソドの目が水色から赤紫色に変わる。逆に伏せられたマルクトの瞳は浅葱色へと変化した。イェソドの瞳が好戦的に光る。イェソドが走り、セプテムはナイフで対応する。
「セプテム!」
 セクスが背後からイェソドにナイフを振りかざすが、次の瞬間にイェソドのもう片方の手が青白く発光した。ナイフが柄を残して一瞬で消失するとイェソドはセクスを振り返って、手刀を繰り出した。セクスはそれを危うく避け、後方に跳び下がった。
 イェソドは後ろを見ずにセクスに対応を続ける。セクスの降り立った場所が紫色に光りそこだけ土が裂け、瓦解する。
「な!」
「セクス!」
 後方に注意を取られたセプテムの襟首をつかんでイェソドはセプテムの身体を持ち上げ、頭を地面に叩きつけるかのように投げつけた。
「ガァ!!」
「セプテム!」
「へぇ。ティフェと同じっぽいけど、身体の作りは人間と一緒か。なら急所も人間と一緒だな」
 頭を強打したことで脳震盪を起こし、しばらく動けないセプテムにイェソドは躊躇なく無残にも剣を振り下ろす。鮮血が舞った。
「セプテムー!!」
 セクスが絶叫も虚しくセプテムの身体は一度痙攣したきり動かなくなった。
「まずは、一匹。いや、一体……か?」
「貴様ああ!!」
 怒りに我を忘れたセクスがイェソドに飛び掛る。振り返ったイェソドがニヤっと嗤った。
「怒りに我を忘れて自らの速度を活かせないとは、とんだジャンクだな」
「な!」
「だって、自慢げにナンバーとか言ってるからお前等どうせ、管理された存在なんだろう?」
 ガシっとナイフを持った腕を捕まれたセクスはイェソドの手を払おうともがく。
「残念だったなぁ。マルクトの身体ならともかくオレが力負けするとでも? オレは今、男だからな」
 びくともしない力の込められようにセクスは顔を歪ませた。
「なぁんだ、オレが思考を持った途端にコレか。つまんねぇの。全然オレらの敵じゃねー」
 くすくすマルクトが笑う。イェソドは振り返って微笑んだ。
「お前等、何? 何なの?? 何でオレ達を狙う? 話せ。話さないと……」
「ぎゃぁあああ!!」
 つかまれた腕から血が流れ出す。イェソドの指がセクスの腕にめり込んでいる。腕をつかまれたのではなかったのだ。セクスの目から涙が溢れ、抵抗が止む。
「俺達は、キリングドール。同じキリングドールの試作体であるお前たちがティフェレトって呼ぶヤツの初期化解除のために、現在の試作体の環境を壊して、記憶復元をさせる。そのためにお前たち双子の抹殺が命令された、だけだ」
「ティフェを? 何故ティフェを欲する?」
「知らないよ! マスターが俺達を完全にするためには試作体が必要不可欠だって」
「マスターって誰だ?」
「その情報公開許可は下りてない。俺達はマスターに許可された事項しか話すことはできないんだ」
「本当か?」
「そうさ! それより、お前たち何だよ! 人間じゃ、ないだろ!!」
 イェソドは自嘲的に笑って答えた。
「お前に教える必要ないよ。さ、オレを傷つけた罰だ。死んじまえ」
 イェソドはそう言って剣をセクスの心臓に突き立てた。瞳孔が開き、しばらくしてセクスの身体が崩れ落ちる。
 イェソドは紫色の光を灯して、セクスとセプテムの傷を治すとマルクトの元に駆け寄った。
「終わったよ、マルクト」
 紫色の魔法陣は一瞬で消えうせ、マルクトを抱きしめる。幸せそうにマルクトがにこっと無垢な子供のように笑った。それを見て安心したかのように微笑むイェソド。
「これはオレが望んだ事だからね。マルクトに怒りがおよばない様、もう少し我慢してね。ちゃんとオレが説明して、オレが責任取るから」
 頬にキスするとイェソドはマルクトを抱き寄せたまま、セクスとセプテムの傍に寄った。
「影?」
「そうだよ。マルクトとオレの影だ。こんなに簡単に手に入るとは思ってなかったな、正直」
「イェソド、予言、する、ない」
「そういえばオレたちのことは予言できなかったね。まぁ、占い師も自分のことは予言できないって言うし、大丈夫。マルクトのせいじゃないよ。さ、一旦帰ろう、マルクト」
「うん」
 セクスとセプテムをも包み込んで緑色の魔法陣が足元で発光し、四人の姿は消え去った。

「マスター。光が消えました。どうやらセクス、セプテムは失敗です」
「おや。あの子達の殺意を汲んでプロダクションナンバーを与えたというのに残念だ」
「やはり、只者ではありませんか」
 少女の声にティティスは首を振った。
「どうだろうね」
「あいつらは兵器としては欠陥品ですよ、マスター。殺意ばかりがあって完全な兵器ではありません。あんな人間的なものは遅かれ早かれ失敗した事でしょう」
 少年が呆れた様子で言う。
「人を殺したい、そんな欲は我々キリングドールには不要です。我々には感情も不要、違いますか?」
「そうだね。それが理想だ」
 完全として作ったプロダクションタイプも結局は欠陥品。人という最高の知能を併せ持つ最強の兵器。その制作こそがティティスの目的。
 この試みを始めてもう十年。一番最初に作ったキリングドールには絶望した。能力を持っていても所詮それを封じるかのような彼の感情が邪魔だった。これなら奴隷を暗殺用に育てた方が効率がいいものだ。
 それでも人間兵器に拘りたかった。人間と言う可能性の限りを見たかった。
「じゃあ、行ってきてくれるね?」
 残りの少年少女たちが無言で頷く気配がした。