TINCTORA

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TINCTORA 009

9.集いの裏側 027 「やぁ、なかなか楽しいことになっているようだね」 「そういう問題じゃないんだけどね。まったく、こっちは気疲れが増すよ。」  ホドはそう言ってため息を吐いた。対するコクマーは楽しげに笑っている。 「まぁ、これから僕は会議に出てくるから、後のことは頼んだよ。あ、くれぐれも、遊びは厳禁! ビナーがいればよかったのに、なんでこういうときにコクマーしか残ってないんだろう」 「おや、心外だね。私だって仕事はちゃんとこなすとも」 「仕事はこなしてくれるだろうさ。自分の遊びを交えてならね」  ホドは牽制のつもりで言ったのだが、何せ相手がコクマーだ。聞いている様子ではない。  その証拠に黒い影を残しながら、笑い声をホドの耳に響かせてコクマーは消えた。 「ま、いいか。僕も帝都に行くんだからなかなか会えないレナとの甘い時間を過ごしてこよう」  ホドはそう言って自分を慰めて書斎の扉に鍵をかけた。 「では、僕の代わりをよろしく」  扉の外で控えていたケセドに伝える。 「了解いたしました」  表情を変えずに事務的にケセドは答えた。  キラは考えていた。困ったことになったと。ナックはキラのせ...
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TINCTORA 008

8.交錯する想い 023  ――真っ暗だ。  ――どこだ、ここは……。  ――どこだっていいじゃないか。関係ないだろう? 俺には  ――俺に、恐怖なんてないんだから  ――恐怖……ないのか、本当に?  ――俺は、強い。恐怖とは、すなわち死。  ――死とは、無くなること。  ――俺は死ぬことは無い。他にこの命を侵されない限り。  ――だから、強ければ……いい。  ――そうしたら死が俺を襲うことは無い。  ――さすれば、恐怖はない。  真っ暗な闇からすぅっと白い腕が背後から迫る。俺はそれに気づけない。おかしいじゃないか。暗くて何も見えないのに自分の身体は見えて、その手も見えるなんて。  白い腕は腕しかない。腕の先は闇に溶けてない。腕だけがぼぅっと浮かんでいる。その腕は伸びて、俺の首に回される。そして力がこもる。  ……俺は、首を絞められているのか??  俺はもがいている。恐怖が具現化している。強い俺に勝る存在があるだと? ふざけんな! どうして、俺が死ななくてはいけない? 俺は……  ……俺は、首を絞められて……  ……あっけなく…… 「死ぬ」 「っは!」  ベッドからゲヴラーは跳ね起きる...
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TINCTORA 007

7.再び動く場所は 019  ホドはケテルを見てため息をついた。彼の主人は何も言わなかったからだ。 「……好きにしていいんだね?」  それは確認だったが、ケテルは何の反応も返してはくれなかった。 「仕方ない」  ホドが言うとケテルは笑って見せた。彼はホドがどうするのか楽しみに待っているらしい。 「戦うんだろ? で、皆殺し。そのために俺、メッセージなんて残してきたんだぜ?」  ゲヴラーが笑っていった。 「まったく、事を起こした人間が、よく言うよ」 「わりぃ」 「邪魔をするなら排除するまで。……かかってくるといいさ」  ホドが言うとゲヴラーは歓声の代わりか口笛を吹いた。 「ケセド」 「はい」 「各地に散らばっているパスの中から熟した果実を選んで10個もげ。やつらの相手をさせる」 「私が熟しているかを判断してよろしいのですか?」 「構わないさ。……いいだろ? ケテル」 「うん、いいよ」 「聞いておきたいのだが、我はまたお呼びがかかるまで自由に遊んでいてよいのか?」  ビナーが問う。 「だめって言ったって遊ぶんだろ? じゃぁ、無駄なことだ。だけどこれから1人パスを付ける。そいつらの管理は各自に...
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TINCTORA 006

6.堕ちた影 015  ナックはできればティラを生まれ故郷に埋めてやりたかった。  だが罪人のナックがそんなことをできるはずはない。仕方なく、ナックはティラを殺したこの場所にひっそりと埋葬しようと思った。  キラは隠れ家まで戻ってくれて土を掘る道具をわざわざ借りてきてくれた。  それもそうだろう。ナックの服にはべったりとティラの血がついていた。これでは人を殺したと悟られてしまう。それだけは避けなければならなかった。  なぜならナックは罪人だったからだ。 「さよならだな、ティラ・アザン」  ナックは無心にずっと墓穴を丸一日くらい掘っていた。飢えも眠気も疲れも何も起こらなかった。ただ、自分が始めて人を殺したということ、そしてそれが大切な友人だったことがティラの墓穴を掘らなければという概念をナックに植えつけた。  ナックの隣でただナックの動作を見ていたキラも無言でずっとその場を動かなかった。  ナックはティラの遺体を引きずり、穴に横たえた。穏やかな顔に微笑を残して彼は死んだ。いや、自分が殺したのだ。忘れてはならない。  ナックはティラの顔に土をかぶせていった。 「夜が明ける。帰らなくちゃ」 ...
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TINCTORA 005

5.同じ色の罪 012 「奪われたらしいよ。ファキの火刑囚」 「本当に? おもしろいねぇ。王様また怒っちゃうんじゃないの?」  ケテルが笑って言った。 「そうでもないでしょ~。あの人、もう耄碌してるから」 「そう? 誰だっけ? 次の皇帝順位」 「皇太子いるじゃん。君、確か友人でしょ?」 「ああ、いたね。最近遊んでないからなぁ。見放されたかな」  ホドは困った表情をして言う。 「はぁ? 皇帝に近い位置にいなきゃだめじゃん。今回の計画パーだよ?」 「わかってるって。でも、あいつ馬鹿なんだもん。付き合ってて面倒だし、あいつ皇帝になったらこの国滅ぶね。絶対」 「言えてる。ケテルは皇帝順位第六位だよね、確か。あと五人も暗殺するのはさすがに出来ないかなぁ」 「おいおい~。僕皇帝なんてまっぴらだから。やめてよ~」 「冗談だよ。でもこれから皇帝が死んだら公爵のなかでも派閥争いが激しくなる。どうして欲しい?」  ケテルは悩むそぶりをした。 「今仲間な派閥は?」 「表向きはジンジャー、リダー、スウェンだけだね。裏では、表向き対立してるバイザー、ルステリカともなかよしだよ」 「ふむ。今回でクルセスは落ちた。...
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TINCTORA 004

4.夢が現実になる瞬間(とき) 010  ナックが聞かされたみんなの救出作戦失敗のことは翌日、本来ならば処刑される日に一般人に公開された。  処刑を行う予定だった広場には大きな触書と死刑囚の死体が首のみとなって公開された。  みんなでそれを見に行って、どきどきしてたのは自分たちだけかもしれない。だって、死んだって言われたって、ソレ俺たちの仲間だぜ? 周りのただニュース見る気分のやつらとは違うんだよ。  恐る恐る見に行って、カナードは絶叫した。慌てて、オレガノが項を打って気絶させた。  キラはその場でへたりこんだ。  俺は、動けなかった。  カナードにとって、一番大事だった人、トムゾン・ファルクは首から上だけでもその苦しみが誰にだってわかる顔で死んでいた。  顔の半分以上は赤い血に染まっていた。  キラにとっても絶望が襲った。――キラの父親・イイオー・ルーシもこの処刑で死ぬ予定で、希望は絶たれた。  今、肉親で残っているのはナックの父親だけだ。  他に五人、ファキの男性がそれぞれの死に様をその表情に残し、首を晒されて死んでいた。  誰もみな、知っている人だった。笑いもすれば怒りもする、ち...
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TINCTORA 003

3.憎悪渦巻く帝都 007  広い書斎の中には立派な大きい机が一つ。その机と部屋のいたるところに紙が積み上げられ所狭しと、本が乱雑に置いてある。机に腰掛けてその書斎の主はくすくすと笑っていた。  そこに音もなく現れるのは長身の男。たなびく紫煙がその存在を気づかせた。 「どうかした?」 「君がこんなに愉しそうなのは珍しいと思ってね。いつもは紙に忙殺されているだろう?」 「そうだね、何てったってケゼルチェック公爵さまだからね。忙しいね」 「……ふむ」  男は長い金髪を背の中ほどまで垂らしている。愛用するのは黒いスーツであり、これは彼に従う者の一般的な服装といえた。 「君は何とゲームを行うのかね?」  男が問うがこの書斎にはゲームなどの娯楽は見当たらない。しかし部屋の主は答えた。 「時と世界、かな? さて、知識者・コクマー、僕に何か用?」 「願わくば私も君のゲームの駒にしてくれたまえ。おもしろそうだからね」 「……みんな最近参加したがるなぁ。いいよ。コクマーは好き勝手やりたいんだろう? 僕の思惑とは別に」 「よくわかっているじゃないか。感心だね」 「駒の性質と能力を把握するのもプレイヤーの基...
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TINCTORA 002

2.赫い現実 004 「失礼致します」  返事を待たずに女は一礼して部屋に入ってきた。女は白い甲冑姿。この辺りで彼女を知らぬ者はない。  彼女はこの都市の誇りであり尊敬の的である。なぜなら彼女はその腕だけで帝國の皇帝が支配する帝國軍の偉い立場にいる。  つまり、この国にたった四人しかいない将軍のひとりなのだから。  その彼女が礼をとる相手はこの世に二人しかいない。皇帝と、彼女の目の前にいる男だ。 「報告致します。北方、クルセス卿の支配下であります、ファキへ作戦時刻ヒトヨン-マルマルに威嚇射撃をもちまして作戦を実行、ヒトヨン-サンマルには作戦を自分の判断で終了、撤収しました。これを持ちまして、王命及びケゼルチェック卿の命令を遂行致しました」  女はすらすらと口上を述べた。 「ご苦労さま、ヴァトリア将軍。陛下へのご報告は」 「は、すでに済ませております」 「よろしい、では直接陛下からお聞きになったかな?」 「は」 「では、釈明をどうぞ」  男は笑って女の返事を待っていた。 「は、では申し上げます。自分が受けました命令はファキの者が陛下に反乱の意思を持ったことに対し、また陛下に信用を裏切った...
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TINCTORA 001

1.始まりは混沌と共に 001  クルセスの冬は厳しい。もうすぐ冬がくるから、俺ももちろんのこと、村全員のやつらが、協力して冬を迎えるための準備に取り掛かっていた。  ここは、エルス帝国の最北クルセス地方の南東に位置するファキ村だ。ファキ村は村人百人程度の小さな村で、隣の村から採掘された鉄などを加工するのを仕事にしている。  クルセスは寒いから、ほんの少しの植物しか育たない、本来ならば生きていくのはかなり困難なのだ。それを何代か前の領主さまが鉱石を掘り出させて加工し、帝都にいる王様に認めさせたからここに住むことになったのだとか。  まあ、簡単に言うとエルス帝国軍御用達の武器製造所ってところだ。軍に武器を買ってもらえれば冬をしのげるだけの金が手に入る。クルセスの中でも武器を作っているのは四つの村しかない。ファキ製の武器はすべて、第一軍に届く。  第一軍とは、エルス帝国の南方から帝都までを守護する軍隊で、他国との戦争の際は必ず第一軍が戦争に駆り出されることになっている、つまり、一番流通のいいところにいくのである。  おかげで、ファキではこんなに厳しい冬を毎年餓えることなく越せるのだ。  夜...
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TINCTORA 000

0.prologue 000 「さあ、はじめようか」  そこには底なしの沼の水のように、纏わりついてくる甘ったるい匂いがある。 「僕たちの心から欲するその、望みのために」  そして、抗いがたき、闇の誘いと…… 「自由を、」  あいつの、目が、 「求めるための」  ああ、俺は…… 「血と狂気の宴を」  俺の目を見て、あいつはもう一度言った。 「はじめようか」