毒薬試飲会 001

1.アルカロイド

001

 きゃーははは
 この文書にタイトルなんかないぜ
 なんでかって?
 こんなクソみてぇな話、誰が語り継いでいくんだよぉ!?
 あ?
 タイトルなんかない話なんてねぇってか?
 しゃーねぇなぁ
 じゃ、今からする話のタイトルは……

「毒薬試飲会」

 1.アルカロイド

 よぉ、旅の人、ここに来るのははじめてかい?
 ……そりゃぁよかったってもんだ。どうだい、あんた、俺をあんたの旅のガイドとして雇う気はないかい? ……結構だ? そりゃいいね! ここに立派で無知な冒険者の登場だぁ!!
 あんた、ここの『快楽の土地』に来るのは初めてだろう? なんでかってぇ? 見りゃわかるさぁ。その態度からしてこの地には不似合いだからさぁ。
 あんた、本当に俺を断っちゃって後悔しないかい? ……あらら、強気になっちゃってぇ。知らないよ? あんたみたいな、この地の外の空気をまとって歩いてる人間なんか、この町にかかりゃ、すぐにカモられて、ジ・エンドがいいとこだな。死ななきゃ儲けもん? ひゃっひゃっひゃ、俺はそれを楽しみに見てるとするぜ? 
 ……そうそう、最初からそうしときゃいいんだよ。強情っぱりだな。

 改めまして、はじめましてだね。お客さん。俺の名前はチェシャ猫。おお、アリスのワンダーランドを知ってるクチか。その通り、俺は意地悪な助言者さ。
 え? いまさら信用できなくなったって?
 なぁに、心配はいらねぇさ、チップを少しでも弾んでくれたらどこだって案内してやるよ? それが俺の仕事だからな。
 さてさて、お客さんは何をお探しでここに? ……観光? それだけかよ? 本当にまじめさんだな。こんな客も珍しいぜ。
 もしかして、アンタ、ここに来ればいやな世の中のしがらみから開放されるとでも思ってた? ふぅん。で? それを何で癒したいんだい? ここにゃ、何だってアリだぜ?
 ……例えば? ここの住人は快楽、欲望に忠実だ。体なら不満を抱くことはないぜ? どんな女が好みなんだい? 処女に熟女、巨乳に貧乳、乳の大きさ、あっちの具合、格好に性格、プレイだって何だっておそろいだよ?
 ……昼間から不謹慎? 何言ってるんだよ? お客さん、したいしたくないに、太陽の位置は関係ないだろう? それとも自分の好みがわかってない? 図星かな? じゃ、試しに、俺を抱いてみない? あ、抱かれるってのもありだけど? え? 俺? ご奉仕するよ? テク抜群。伊達に案内人やってねぇもん。男を抱くなんて性に合ってない? 人生何事も経験だって。一回いかが? 天国見してあげるけど? あ、俺だけじゃねぇよ?ここには男だって売ってるよ? さすがに俺だってプロには敵わないから、そっち系の店、連れて行こうか?
「ハロー、チェシャ猫。付き合わない?」
「俺、今接客中なんだよ。また今度な」
「やあよぉ、今シタイのにぃ。女のプライド、傷つける気? なんならそっちのお兄さんもご一緒にどう?」
「この人、まれに見る真面目さんだから、お前にはあわねぇよ。ヤルなら天使みたいな女かな?」
「あら? 天使にだって悪魔にだってなれちゃうんだけど?」
「何? スリーパーソンがお好みかい? 淫乱うさぎちゃん」
「五人まではいけるわよ?」
「わかったよ、今度な」
「絶対よぉ~?」
「はいはい」
 ――チェシャ猫と云う少年は建物の影から出てきた少女に別れ際に濃厚で、見ているこっちが恥ずかしくなるキスを交わした。いきなり噛み付くような斜めからの接吻。互いの舌が絡まりあい、何度も何度も顔の角度を変える。少女は少年の肩にしっかりしがみ付き、少年は少女の胸を片手で揉み、もう片方がすばやく少女のスカートの中に滑り込む。
 少女から熱っぽい吐息が漏れ、湿った音がこっちまで聞こえてきた。
「あぁん」
「はい、ここまでな」
「やぁあん。こっからなのにぃ」
「はい、結構本気なのかましてやっただろ? 御代に銅貨三枚よこしな」
「ひどいわぁ! 女の子の唇奪って、金要求するなんて!」
「感じて、膝、笑ってたじゃん? 当然だよ?」
「言わないでよ、テクニシャン。じゃ、二枚ね。残り一枚は約束が果たされたときに……」
「まいど~」
 え? キスで金が稼げるのかって? それだけのテク持ってますから。あ、でお客さんの話に戻るけど、ここではあんな女ばっかだから、お客さん俺がいなきゃ絶対カモられてたよ? わかったでしょう? ま、お客さん、まじめさんだから、夜までに好み、聞かせてくれよな。
 で、他の癒しってったら、ヤクかな? え? 知らない? 嘘でしょ~? 麻薬のことさ。初心者から、ヘビーなやつまでここには何だって揃ってるよ。え? 法律? そんなもんは関係ないね。
 そもそもここは自治土地で国家じゃないから法律なんて存在しないぜ? 治安? 最悪ってほどでもねぇよ。まだ、わかってないみたいだね?
 ここは快楽の土地、快楽を求めるための楽園。
 他人のことなんて考えちゃいないんだよ。他人なんか興味ないから問題なんて起こらない。
 え? 違う違う、自分の欲に関することだけに忠実なやつらばっかってことさ。他人とコミュニケーション取らないわけじゃないって。
 だぁかぁらぁ、ここでの最低のルールは自分が楽しむこと、自分の欲に忠実であること。お客さんみたいに外と比較しておかしいなんて感じちゃここでは生きていけないね。そう思ったら出てくことを勧めるよ。やりたいことやってどっぷり快楽につかって脳みそをとろけさせて、狂って死んでいくんだぁ。最高じゃね? はっは~!! だめだねぇ、お客さん、ここにきたら外のことは、忘れるんだよ? 忘れられなきゃ、出て行かなくっちゃ、ここは快楽に無縁の人は発狂して死んでくね。肝に銘じた? 
 オーケー、オーケー。……他に何があるのか? あぁ!! 最高な遊びを教え忘れてたよ。ここでしか見れない、人間遊びさ。『A forbidden play』だよ。百聞は一見にしかず。見に行こうか。じゃ、第四階層に移動するけど、かまわないよな?
 あ? 第四階層って何かって? お客さん、そんなことも知らないでここに来たのかい? 自殺志願者って呼んでもいい? まぁ、普通に神経持ったやつが初めての観光目的で第五階層なんかに来るわけねぇわな。じゃ、説明してやるよ。
 この『快楽の土地』は狭い面積を有効に使うべく、縦に長くできてるんだ。地面と触れ合えるのは最下層のみ。最下層はスラム街だね。行くのはお勧めしないよ。行ったら最後、身包みはがされて家畜の糞尿すすって死ぬのがオチだな。
 今俺らがいるのが第五階層。この地で死ぬような生活してるやつばっかだぜ? でも。一番生きてるって顔してるやつが多いな。
 その次は第四階層。第五階層よりはましな生活送ってるな。この土地で生活してるやつのほとんどがここに住んでる。
 そん次は第三階層。お客さん、普通の観光客はここの第三ゲートから入ってくるもんだぜ? それを、何気違っちゃったんだか知んねぇけど、第一ゲートから入ってくるなんて。え? 知らなかった? おいおい、ここには何で来たんだよ? 空か? 馬か? 車か?
 ……馬か。で? いくら取られた? え? ぼったくりじゃねぇか! お客さん、騙されたね。相場は銅貨10枚ってとこだ。しかも、ゲートもここがどんなとこかも教えてもらわなかったなんて、お客さん、なめられたね。
 今度からは空から来な。銀貨は痛くても安心した快適な旅を提供してくれるぜ? あ、で、ええと。じゃ、まったくの初心者ってことで教えるぜ? よく聞きな。

 ここは誰にも、何にも支配されない、自由の楽園都市。
 名前なんかないさ。名前でさえ縛られたくないんだよ。
 で、ついたのが快楽の都市、または土地な。
 ここはすべてが自由であるために大勢の社会から外れた人間が住み着いた。常識にとらわれないこの土地はやつらにとって最高だったんだろうさ。
 そいつらはただの社会不適合者ではなく、ま、あらゆる分野の天才だったわけだな。天才と馬鹿は紙一重って言うだろ?
 で、テクノロジーが一気に発達した。他国に引けを取らない、いや一気に突き放す形でな。ま、資源と金が豊富だったせいもあるか。
 ……ここは砂漠じゃないかって? ああ、周りはな。環境問題に頭を悩ませているほかとは違ってここは何にも支配されない地。たとえ、それが自然であっても、だ!!
 砂漠ってのは、土地に変わりねぇ。砂漠化を元の状態に戻してやればいいわけで、ここに住む変人たちは見事にやってのけた。で、面積にも不満を持ったやつらは面積がないなら立体的にして表面積を増やせばいいと考えた。で、立体都市が完成した。
 そしたらエネルギー、太陽な、が問題になった。じゃ、エネルギーを作りだしゃいい。で、エネルギーシステムができた。
 ……簡単に言うなって? だって事実そうなんだし。で、この地はその高い技術を求めて最高の頭脳が集まってくる。日々、テクノロジーは進化し続ける構図がここにできる。で、それを使う人間も当然、いるわけで、そいつらは高い技術を使って、最高の娯楽を考え出した。
 それがこの土地にあちこち散らばっている娼館であり、賭け事であったりするわけな。
 で、ここに住む人間は自分のしたいことのみを追って生活するわけ。最高だろ? で、具体的に説明するな。立体構造を持つこの土地は一応、決まりごとがたった一つだけ、ある訳で。何かって? ……金だよ。金がこの快楽の土地の唯一、平等な支配者にして神だ。それ以外はしたいことは何でも叶う。欲しいもんはテメェで掴み取れって構図が成り立ってんの。で、金持ちってのが、第一階層、上を見ればお空が拝める人間が住んでる。立ち入り禁止区域でな、一般人は入れねぇよ。
 ……自由じゃねぇじゃんって? そうでもねぇよ。ここに住むやつらはな、みんな自身で掴み取った欲望の元に高いとこから見下す権利を持ってるのさ。
 ……矛盾してねぇかって? いいんじゃねぇの? 気に食わなきゃ、いつかテロでも起きるって。
 こいつらがここを支配しているのかって? とんでもない! ここには外の地との外交を自分の趣味、つまり娯楽にしてやってるやつもいるがな。そこに住んでなにがいいかって? 俺は住みたいと思ったことがねぇもんで、わっかんねぇなぁ。ま、権力者もどきになりたいやつがいるってことさ。実際、なんの権力も持ってねぇけど。持ってんのは金だけだなぁ!!
 で、第二階層は普通よりちょっとばかしリッチ生活を送ってるやつが住むとこだ。ここで食うものは安全なものが多いな。え? 普通のとこには毒が入ってるかって? アンラッキーの人間はそれで死ぬな? あんたらの外の世界で治安が整ってて平和で金持ち、うぅ~ん、あ。ジャッポーネとかパリス、ベルリン、ニューヨークそんな生活か? 実際は危険と隣り合わせだけどな。
 ……ここは常に危険と隣り合わせかって? まぁ、そうかもしんねぇな。ここは死んで文句が言えねぇ土地だしな。死にたくなけりゃ、己の感を鍛えろってな。生きたい欲をさらけ出せってこと。
 で、第三階層はま、普通生活ができるだろってとこかな。金さえありゃ、ね。銃撃戦も週に一回か二回しかねぇし?
 ……え? 恐ろしい? 馬鹿だな。銃撃戦だって立派な娯楽だろ? ぶっぱなす奴は楽しさに踊るし、見物客はそれ見て賭けるんだよ。異常だって? 第三階層でそんなこと言ってたらここには来ないほうがいいぜ? 死んだらどうするのかって? 言ったじゃねぇか。アンラッキーだったな。それでオシマイさぁ!
 で、俺らが今から行くのが第四階層、一番クールで楽しいイカレた街さ。俺が思うにここが一番娼婦はいいと思うよ? 金のためじゃない、自分がきもちよくなりたいって女、男ばっかだからさ。あ、さっきあったウサギも第四階層でいつもは仕事してるんだぜ?
 で、今いる第五階層ね。ここはジャンキーがいっぱいいるから幻想に巻き込まれないよう注意しな。突然、大量の虫を殺さなきゃ、とか喚いてぶっ放す奴、大勢いるからな、けけけ。
 え? わかんないって? だから、ここは麻薬の大量市場ってとこさ。で、階層にも数えられない、地面とくっついてるのが最下層、貧民街だ。ここは行くのはお勧めしないね。
 なんたって快楽に浸かりすぎて、棺おけに片足突っ込んだ死の臭いをぷんぷんさせてるやつしかいねぇ。賭けに負けすぎて借金まみれなやつとかな。
 お、ホラ、着いたぜ。このエレベーターを上れば、第四階層だ。

「さぁて、ますます熱が上がってまいりましたぁ! 今宵のゲーム。次なる対戦カードはぁ?」
 これは、一体、何なのだ?
 ――広い室内は天井が高く、面積も広い。おそらく四階まで吹き抜けになっているのだろう。各階には壁を囲んでの狭い通路のようなフロアがぐるっとあるだけだ。猫と俺はその二階に観客を押しのけて陣取った。
「今まで、無敗! その勝利はいつまで続くのかぁ!!? 美麗で、クール! 隻眼の支配者(ドーミネーター)フェイとぉぉ、その対極の熱血な奴隷(スレイヴァント)アラン!! の二人だぁ~~~!!!」

 俺、いまあのツイン期待しててさぁ?
 あ? 説明しろって? これだから、もう……。いいか? これはここでしか見られない、とびきりなゲームだ。禁じられた遊びっていってな、二人一組でゲームするんだが、チームにドーミネーターとスレイヴァントがいる。
 ドーミネーターってのはスレイヴァントの支配者だ。名前の通りだな。こっちはな、あの天井からぶら下がってるソファに座ってゲームメイクするのさ。タクティクスを作って、スレイヴァントに指示を与える。逆にスレイヴァントはドーミネーターの指示に従って動く駒だ。
 え? 奴隷ならスレイヴじゃねぇかって? スレイヴァントってのはな、俗語で奴隷を意味するスレイヴと使用人を意味するサーヴァントをくっ付けたもんなのさぁ、で、スレイヴァントね。スレイヴ・アント(働き蟻)じゃねぇよ? まぁ、見てなって。初めてだから、賭けはしないクチにしとくか? 俺は賭けるけどね。
「さぁて、これに対抗しますのはぁああ~。今まで安定した戦歴を持ちます、経験豊富にして洞察は見事! ドーミネーター・スルヴァと彼女のいとしき奴隷、スレイヴァント・リーテンの二人~~~!!!」
 どっちに賭けるかって? 決まってるじゃないか、フェイとアランだよ。こいつら最近浮上してきたチームでさぁ、だけど、これがすごいのよ。
 え? 何がすごいかって? なんつたって、今まで負けなし! しかも勝ち方は鮮やか。いいだろぉ? え? わかんないって? まぁまぁ、あせりは禁物。
 おっ、始まるぜ?

 それは、蜃気楼のようにふわりと現れた。
 気づくとそのドーミネーターとかいう役割のやつが天井からぶら下がっているソファに腰掛けていたのだった。いきなり、どうやって座ったのだろうか? 椅子が下りてくるわけでもなく、人間が上ったわけでもない。
 猫に聞こうかと思ったが、周りの歓声がうるさいのと、猫が話しかけるなオーラを出しているので口をつぐんだ。こいつ、俺が客なのに。
 ま、いきなり物理法則を無視してそのドーミネーターとやらが着席した。右手側に座っているのは赤髪の男。ここからではよく顔が見えない。対する左側に座しているのは黒髪の女。こちらも顔など遠すぎて見えやしない。一体何がそんなに最高の遊びなんだか理解不能だ。
「さぁっ!! 互いにドーミネーターが席に着きました!! フェイ、相変わらずの余裕、緊張した風もなく、試合の開始を待っています! スルヴァ、こちらは試合関係なし! 愛しき奴隷・リーテンの姿を今か今かと待っています。さて、第一回目のベットタイム!! 賭けて賭けて賭けて賭けてぇぇえ~~っ!!」
 やや興奮したアナウンスの直後、猫含めて大勢の観客が空中に手を突き出す。すると青い電子画面が現れ、その下面の中に文字の羅列が並んだ。
 ここまで技術が発達していようとは考えもしなかった。電子機器をまったく必要としないのだ。画面に厚さなどなく、ただ、宙に画像が媒体なしで表示されている。
「ドーミネーターの表情だけで、お客様方はどっちに賭けるのぉ? いやぁあん、楽しみぃ」
 よく見ると画面には互いのドーミネーターとやらの顔が映されている。どこかにカメラがあって映像をリアルタイムで配信しているのだった。そして画面の下のほうに賭ける金額が表示されている。
 猫の画面を覗き込むと迷惑そうな顔をされたが見せてくれた。フェイというらしい男は右目が眼帯だった。つまり隻眼。整った顔をした男だった。
 スルヴァという女は縦巻きカールの黒髪をツインテールにして黒いリボンで結んでいる。知っているぞ、これは確かゴスロリファッションというものだ。女は頬を赤く染めて下ばっかり見ている。少し興奮しているのだろうか。フェイと比べるとかなり違う。
「いっやあぁん。残念、皆様ぁ~、ベットタイムはあと10秒で終わりぃ~。急いで、急いでぇえ。9、8、7、6、5、4、3、2、……1! はい! 終わりでぇすっ!!」
 女が言った瞬間にぷつん、と画面がいっせいに消えた。舌打ちしていたものもいたが、大勢は続きを待っているらしい。
「お待たせしましたぁ! 主人のためなら何だってできちゃう勇敢な奴隷の、登場~~!!」
 すると、金属の音が響いた。じゃらじゃらと鎖? のような音だ。
 その予想は当たり、突如会場一体に鎖が出現した。その鎖の先には二人の人間がつながっている。ソファの真下に位置する位置で、またドーミネーターと同じようにふわりと突然出現した。
 スレイヴァントと呼ばれる彼らは鎖で両手、両足、腰、首を拘束され、まったく動けない状態だった。今どき、囚人でもこんなに拘束はされないだろう。しかも顔半分を黒い革の頑丈そうなもので目隠しが施されている。しかもその目隠し、額の部分の金属環によって鎖にまたしても繋がれている。
「フェイのスレイヴァント・アランの登場~! まるでその様は忠犬の如く!! 今回はどんな試合にしてくれるのかなっ!? 対します、スルヴァのスレイヴァント・リーテンはぁ、今回も試合中にその熱愛っぷりを見せてくれるのかな? 試合中のディープキスは見られるでしょうかっ!? さぁて、皆様、画面表示をご準備くださいねっ!! まもなく奴隷の解放です」
 また観客が宙に腕を出し、青い画面を出す。今度は賭けの画面がない、人物のみを映した画面が出てきた。猫が無理やり腕を伸ばさせると俺の腕の先に青い画面が出てきた。驚いていると猫がくすくす笑う。それを見ていろということらしい。
 画面は五等分されていた。画面の上のほうに大きく会場全体が表示されており、残りを四等分してそれぞれを一人ずつ映している。見ているとドーミネーターが互いに左腕を差し出している。そして次の瞬間互いにその手でこぶしを握り、スルヴァは中指を立てフェイを挑発し、フェイの方は親指を下に突き下ろす。互いに挑発しているのだった。
「お互いに準備は完了のようです!! では、二回目以降のベットタイムは各自ご自由にどうぞ~。でもぉ、忘れてはいけませんよ? 試合終了の20分前のベット額は無効となってしまいます。シンキングタイムは各3分です! では、皆様? お心の準備はよろしいですかぁ~?」
 女のアナウンスに歓声が応え、会場が盛り上がる。
「お待ちかねぇ!! いっきますよぉお~~!! 奴隷解放!!」
 鎖が音も立てずに消滅する。画面上に映るスレイヴァントは目を開け、互いの敵を確認したようだ。
 アランというスレイヴァントはまだ若く、元気で活発そうな少年だった。
 リーテンは金髪で長髪であり、アランを見ようともせずに上に座しているスルヴァを熱っぽく見つめている。
「さぁて、ツインナンバー79、ドーミネーター・フェイ&スレイヴァント・アラン、VSツインナンバー56、ドーミネーター・スルヴァ&スレイヴァント・リーテン……レディ~~~、ファイっっ!!!」
 女の掛け声の瞬間、スレイヴァントの二人が一気に距離を詰める。
 ドーミネーターは特に何もしていないようだ。ただ、二人の動きを見て、時々確認するように互いを見ていた。その間にスレイヴァントの二人は拳を握り締め、振りかぶって相手を殴ろうとする。ガードされることもあれば、避けられることもある。
 これは、一体何の遊びだというんだろう? ただ、殴りあうだけで、あのドーミネーターとやらが監督のような立場ならわざわざこの土地に来なくたって見られるものだ。会場ややり方は違うものの、何にこんなに興奮していて、何が禁じられているのか分かった物ではない。
「おっ! ドーミネーター・スルヴァが先に動きましたっ! 彼女の周りに禁力が満ちていきます。生成先は……彼女の口!! 今回もやはり、リーテンとキスするようです!! しかし、ドーミネーター・フェイは動きません! 彼女には目もくれずにアランの動きを見ています。彼女の戦い方を研究してきたのでしょうか!? さぁ、いずれにせよ、スルヴァの生成する物が、皆様御存知のアレならば、この先アランにはリーテンの怒号の攻めが待っています!! どうするのでしょうか? フェイは今、アランに何と指示しているのかっ? キスを阻もうものならスルヴァの禁術攻撃が、させるものならリーテンの暴行劇が待っています。負け無しのルーキーツインはこの事態、どのように対処するのでしょうか?」
 禁力とは何だろうか? 特に上の二人に変わったことはないように見えるのだが。これで一気に画面に触れるものが増えている。先程のことから賭けているのだろう。
『アテム・アテム・イーヒム。アテム・アテム・エーリッヒ。アテム・ドゥバ・イゴドゥ・ラァヴァ』
 突然解説の女とは別の女の声が響く。歓声が上がった。
「ラストスペルを今唱え終わりました! 今、今、スルヴァの術が完成しましたっ! 彼女が生成した物は、いつものように興奮剤!! そうっ! リーテンは興奮すればするほどその力は強大に性格は残虐になります。今宵も、虐殺大会が始まってしまうのかなっ!? おぉ~っと!! フェイ、ようやく動きを見せましたっ!! フェイも術を使うようです。しかしながら、早いっ! フェイの禁術形成には無駄が全くありません! 私が話している間に!」
『地中より湧き出でて、暗黒の沼に一条の光となって、空と大地を繋ぎ留める。そなたの名は、槍』
「ラストスペル完成、アランの手にはさすがフェイです!! 漆黒の槍が既に握られていますっ!! 相変わらず早いです。しかし相手はスルヴァにリーテン。今までに幾数多の武器で倒れなかった愛のツインです!! 武器に素手では分が悪いかっ!? スルヴァが今、直接リーテンの名を呼びました! どうやら、ドーピングを先に済ませてしまうようです。ドーミネーターのところまでスレイヴァント・リーテンが跳びます!! 相変わらず、すばらしく、すさまじい跳躍力です。おぉ!! しました! 試合中に限らず、濃厚なディープキスです!! ズームでご覧になるとよいでしょうか?? アラン、易々と二人のキスを許してしまいました。ドーピング後のリーテンの残虐さを知らないのでしょうか? いいえ、知っているはずです! 今、彼の顔は? おお、不敵にも笑っています。フェイの方はどうでしょうか? こちらは開始から表情を変えていません!! 余裕です! お、アラン、動きました! 走って加速、一気に走ってぇ~~、投げました!! 助走だったようです! 投げて、あ、あ、ああ~~~!!!」
 女のアナウンスを聞かずとも見ていれば分かった。なんと、アランという男、槍をキスしている二人に向かって投げつけたのだった。そして、その槍は、二人分の頭を貫通した。
 それは見るも無残な光景だった。キスを続ける二人、レーテンの後頭部から鼻を抜けて、スルヴァの眉間を通って頭頂部を抜ける槍。二人は何も言うことも、反応も出来ず貫かれたまま固まっている。一瞬遅れて、二人分の血液がそれは噴水のように飛び出し、体が傾いていき、二人は頭をくっつけたまま、椅子から落下して床に激突した。その瞬間に打撲音が響き、派手に二人分の血液が広がっていく。アランはそれを警戒したまま見つめ、フェイは相変わらず表情を変えずに見ていた。
「これは! どうでしょうか? ん!! 応答できません! スルヴァ、完全にダウンです! お客様、ドーミネーター・フェイは鮮やかに、すばやく……圧勝です!! フェイ、スルヴァの戦略を見越していました! ゲームタイムはわずか18分!! 惜しいです!! 今回のゲームは、第一回目のベット額が有効になります! 二回目以降のベットは無効です!!」
 会場からブーイングの嵐が起きる。
「しかぁし!! 鮮やかです! 皆様、ドーミネーター、スレイヴァント共にダウンなんて珍しいですよっ!? 今宵のゲーム勝者、ドーミネーター・フェイとスレイヴァント・アランに生きた女神の口付けを!! ……それでは、次のゲームのご案内です。次のゲームの対戦カードは……ツインナンバー、901ドーミネーター・ドゥソ、スレイヴァント・ラヴェルVSツインナ……」
 女が言ってる間に死んでしまったであろう二人も、勝者の二人も登場したときと同じように塵のように消えてしまった。そこに驚くばかりだ。でも、見てわかった。何が禁じられていたのか。それは平気で人を殺すところだろう、おそらく。
 何が楽しいんだ。吐き気がする。ここの住民はイカれてる。こんなの、グロいだけじゃないのか?
 もう一戦見るなんてごめんだ。猫に言おうとしたら、猫は俺の腕を引っ張った。出るということらしい。何が最高にイカした遊びだ。確かにこんな人殺しのゲームはここでしかお目にかかれないさ。猫に連れ出されて驚いたのは外はまだ昼だと言うことだった。確かに入る前は昼だったわけだし、試合時間は20分そこらだったんだから当たり前だ。ならなぜあの女は今宵なんて言ったのだろうか?
 猫は通路を歩いていく。どこに向かうのかと聞いたら、知り合いに会いに行くという。騒がしい客の合間を縫って人があまりうるさくない、つまり客のように野次を飛ばしたり、話し合っている者がいない通路に出た。猫に聞くとここは先ほどのゲームの出場者が控える場所だという。裏方なんかに来てもいいのかと聞けば、特に禁止されてないという。ただ、自分から離れて歩けば、命の保障はないらしい。ではこんなところに連れてこなければいいのに。
 しばらく歩くと、猫がある人物に声をかけた。よく見ると先ほどのゲームに出ていた二人、フェイとアランだった。
「よっ!」
「お! チェシャ猫じゃん。見てた?」
 アランという男が笑って話しかける。近くで見ると本当に少年なんだとわかった。
「アラン、ここではなんだし場所を変えるけど?」
 フェイが言う。アランは頷いて猫に歩くよう示した。
「お! チェシャ猫のお客様? ここに来たがるなんてマニアックなお客様だね」
「違う、ここじゃないとお前らが捉まらないから迎えに着たんだよ、俺が」
「じゃ、お客様関係ないの? ありゃりゃ、それは……。」
 アランが俺に向かって苦笑いする。
「ま、死んだらお客様に運がなかっただけの話」
 猫がさらりと言うので冗談じゃない! といっておいた。
「アラン、護ってやれ。訓練の一環」
「わかったっす! フェイさん」
「えーっと、じゃ、お客様、俺のそば、離れないでくださいね? 離れたら命はないと思ってくださいよ?」
「っていうかさ、本来それ、チェシャ猫の仕事じゃないの?」
「そーなんだけどね、アランがやる気なら譲るよ?」
「ただ働き反対。銅貨6枚よこしな」
「本来はお前らの敵だろ~~!?」
「連れて来るお前が悪い。格安だぞ? アラン、金払わなかったら手、引いていいぞ」
「了解っす!」
 こっちが困るわ!! 俺が自腹で金を払っておいた。
「ありがとっす! じゃ、全力で護らせていただくっすよ?」
 そういってさっききたのとは違う通路を選ぶと、すぐのこの建物自体の出口のようだった。裏の出口なのか、出ても人通りはほとんどない。しばらく歩くと、やっと言っていた意味がわかった。賭けに負けた連中やら、恨みを持ったやつらがフェイとアランに攻撃を仕掛けてきた。
 猫はいつの間にかビルの三階に移動していて逃げている。身の軽い男だ。しかも客を見捨てて自分だけ逃げやがった! 猫が逃げていたと俺が理解した瞬間に銃声音が響いた。
「頭下げてくださいっす!」
 アランはそう言うと、すぐさま足を振り回し、銃弾をすべて靴底で受ける。すばらしい動体視力と判断力だ。しかも銃弾を受けてもビクともしない。かなりの筋肉としなやかさがあるのだろうか? まぁ、自分にしてみれば銃弾を片足で受ける際に使う筋肉など知るわけもないのだが。
 銃弾が煙を上げて靴底から落下する前にどこから狙撃しているかわからない敵の悲鳴が響いた。いつの間にかフェイが自分の銃を持ち出して狙撃を開始していたのである。
「うぇ~ん。この靴高かったのにぃ……。買いなおしかなぁ? 金属板歪んじゃいましたよぉ」
「チェシャ猫に買わせとけ。日ごろの恩返しに」
「了解っす!!」
 フェイは銃を懐にしまいこんだ。銃撃戦が多いとは聞いていたがまさか、本当に巻き込まれるとは思っていなかった。初めての経験に冷や汗をかきっぱなしだったが、一応、銅貨6枚で自分の命が買えたなら安いものだ。
「アラン、仕上げ」
「はいっす!」
 フェイに言われてアランが走っていく。えぇ!? 俺は? 護ってくれないのかよ??
「安心してよ。見殺しにはしないから。怪我はするかもしれないけど」
 フェイが冷たいことを言う。
「ま、怪我でもしたらチェシャ猫かアランに文句言ってね。オレ、関係ないから」
 あるだろう!!
「大丈夫っすよ! 全員倒してきました! もう、いないと思いますよ。チェシャ猫~~」
「終わった? やー、お疲れお疲れ」
 猫はひょいっと音もなく三階から着地した。俺が文句を浴びせようとするのをどーどーと笑ってごまかしている。
「で? 本来の用事は?」
 フェイはお前らなんか知ったことじゃないと言いたげに俺と猫の会話に割り込んだ。
「あぁ、うん。アラン、これやるから、ちょっとあっちでお客さんと話しててくれるか? 俺、フェイと話があるから。なんなら護ってやってくれよ」
「いいけど、それより、今回ので靴壊れちゃったんだよ。買って?」
「いやじゃ。だけど、割安の店、紹介してやる」
「おっけー。それで手を打ちましょう! じゃ、お客さん、こっちに」
 俺はアランに連れられて二人とは少し離れた場所に移動した。
「ここは初めてっすか?」
 頷く。猫が面倒くさがって教えてくれなかったことについてアランに聞こうと考えた俺は禁じられた遊びについて聞いてみた。