毒薬試飲会 001

002

 あぁ、見るの初めてなんですか? 面白かったですか?
 え? とんでもない? あぁ、俺が二人を殺したと思ってるんですね?
 違いますよ。あのゲームのこと、チェシャ猫は何も説明してくれなかったんですか?
 いきなり見せられたらそりゃ、惑いますよね。あのゲームはここではやっている一番の快楽なお遊びです。だから死人なんて出ません。
 血が出てたじゃないかって? ああ、お客さん初めてだからここの技術力を知らないんすね? 実際、あの会場で戦う人間はいないんす。あれは忠実なるホログラフィーみたいなものですよ。お客さんの技術で近いものを挙げるならば。
 そうですよ、だから物理法則を無視した登場、退場のしかたなんです。あ、でもここでは物理法則は無視した事象が簡単に起こったりしますけどね。
 詳しく説明すると、このゲームももともとイカれた科学者たちが発明したんです。で、出来上がった仕組みがアレなんですよ。
 支配者と呼ばれるドーミネーターは試合、ゲームの中で奴隷と呼ばれるスレイヴァントを動かすために指示を出します。スレイヴァントは自分で自由に動きつつ、ドーミネーターの指示通りに動くわけっす。
 で、最終的にはどっちが勝つかを観客の皆様に賭けて貰うの。掛け金は自分で設定できるんす。
 で、一回目のベットはドーミネーターの顔を見てから、ま、自分が対戦カードを見たうえで賭けるんですよ。このツインはこんな戦い方をするからこっちにしとこう、見たいな感じで。
 で、スレイヴァントが登場するんです。拘束してあるのは昔、ゲーム開始前に始めて相手を殺した危険なツインもいるんで一応、主催者側が安全策としてやってるんです。たぶん鎖とかで拘束したほうが面白そうに見えるんじゃないでしょうか? このとき、俺たちスレイヴァントは声とか聞こえてるんですよ。
 で、開放されたらゲームスタートっす。俺はフェイさんに指示されなくても倒せるように動いてますけど。でも、ゲームを動かすのはドーミネーターの役目ですから、所詮スレイヴァントだけじゃ勝てませんよ。ドーミネーターは何もしてないように見えて、俺たちスレイヴァントより、神経使ってますね。試合全体の流れを見つつ、術をいつ使おうか、武器はいつ与えようかとか。
 禁力、あぁ! わかんないっすね。初めてなら。禁力ってのは、あのゲーム独特の力のことです。科学者が発見した新しいエネルギーのことです。これを生成熱としていろんな物質を術を使って生成するのがドーミネーターの役目の一つです。
 あ、生成は簡単なんですよ。呪文、スペルを覚えて、唱える。スペルは三段階あるんです。まず、辺りにある禁力をこっちの世界、つまり物理的世界に召喚するファーストスペル、これをたいていは無言でするんですけど、構築します。ここで、どこに生成物を作るのかとか、どれくらい作るのかを指定するんです。
 で、セカンドスペルで召喚した禁力を使って物質を禁世で生成します。禁世ってのは、物理世界と対なる世界で禁力の存在する世界です。
 ラストスペル、たぶん、会場でドーミネーターの声が聞こえたと思うんですけどアレです。アレで生成物をこっちに召喚します。
 すると物理世界、こっちでその生成物が当然のようにそこに、すでにある、状態になるんです。これが禁術です。
 これを駆使して自分たちが有利になるようにゲームメイクするんですよ。禁術は武器から化学物質なんだってこっちの世界で存在してるもので命がないものならなんだって生成できます。
 このゲームは何でしたっけ? あぁ、オリンピックとかと違って、ドーピングとか禁止されてませんから。だから今日みたいな相手がいるんですよ。
 で、ゲームの勝敗はどうやって決めるかって言うと、あの、そちらで言うTVゲームみたいに出場者のライフポイントが決まってるんですよ。俺は2700位です。で、攻撃もアタックポイントで点数が決まっててライフポイントが0になったら死亡です。
 このゲームの面白いとことは、個人によって、経験とか素質とかで関係あるんですけど、ライフポイントが違うんです。ゲームでは動けるのはスレイヴァントだけですからドーミネーターはスレイヴァントを使って攻撃させます。このゲームは重要なのはドーミネーターで、ドーミネーターのライフポイントがなくなったらお終いなんです。
 だから攻撃されたら当然、相手はスレイヴァントを使って防御します。スレイヴァントは死んでもゲームは終わらないですから。それに禁術で回復させることも出来ますし。自分のライフポイントを分け与えることも出来るんです。
 だから、邪魔なスレイヴァントを殺すことを考えます、普通は。
 ま、今日の俺たちはフェイさんの指示で一気に殺しましたけど。
 スレイヴァントを殺せば、ドーミネーターを護るものがいないですし、回復させるにしても、時間がかかりますから有利に運ぶわけです。
 実際スレイヴァントが死んで、ドーミネーターが生きてる確率はとても低いですしね。
 だから当然ゲームは本来、ドーミネーターを殺すはずなんですが、スレイヴァントを殺すのが目的となりつつある。スレイヴァントを殺されたドーミネーターはゲームの続行を不可能と考え、棄権します。ほとんどの場合は。
 つまりドーミネーターを殺すのではなく、スレイヴァントを殺したほうが勝ちなんです。
 ドーミネーターはスレイヴァントを自分の護衛として動かすのではなく、殺させないようにはどうやって戦うか、しかし相手のスレイヴァントをどうやって殺すか考えなくてはいけないんです。
 その上、ドーミネーターは上で見ているだけですからスレイヴァントよりは暇です。ドーミネーターの攻撃手段はただ一つ、禁術ですね?
 あ、わかりました? ドーミネーターは自分の心配もしなきゃいけないわけなんですよ。面白いでしょう? はい、ゲームするほうは面白いですよ、とっても。
 見てるほうは何が面白いかって? あの青い、そうです。賭けるときに使う画面は録画も出来てですね、まぁ、お金払わなきゃいけないんですけど。それで見るときは自由にアングルとか、アップとかできるわけなんですよ。それで見て楽しむのと、何より賭け事ですからね。そこが楽しいんじゃないでしょうか? 俺は単純にゲームの面白さに惹かれたんで、観客の皆さんが何を目的に来てるかは本当に理解は出来ませんけど。
 ま、お客さんの国でいう、国技みたいなものですよ。みんな知らないうちにはまっちゃってるんですよ。洗脳みたいだって? そりゃそうですよ。逆に聞きますけど、お客さんは自分の趣味は自分が確固たる意思を持って好きなんですか? だれかにまず、それがあるって教えてもらって好きなんじゃないですか? 店頭で見たり、教えてもらったり、どこかで偶然知ったりしますけど、それで本当に好きになりえたんでしょうか? 好きな気になってるだけで本当はわからないものですよ。好きなものって。
 人間だってそうです。あんなに愛し合って結婚したのに離婚したり、ね? 心の仕組みなんてわかりませんから。それでいいんじゃないですか? ここは欲で動いてますからね。理由とか関係ないんですよ。
 したいと思ったからした、ただ、それだけで生きていける。とても単純な生き方です。
 でも、なかなか出来ないことですよ? もちろん、ここにいる全員がそうやって生きていけるわけじゃないです。誰かしら苦労しているでしょう。俺らの人生の下敷きになってる人だっているはずですよ。
 でも、それの何が悪いんですか? 這い上がりたきゃ、そうすればいいんですよ。俺がそうだったように。
 ここではそれが当たり前です。子供すら親には頼りません。自分だけで生きていくんです。
 ここはね、誰もが平等です。
 金さえ払えばどんな病気だって治ります。どんな教育だって受けられます。
 望む望まないは本人の自由ですから。
 俺は、禁じられた遊びに出たかった。フェイさんは俺に協力してくれてます。感謝してますよ。
 あぁ、フェイさんはこの遊びに乗り気じゃなかったんです。俺はパートナーとなってくれる人がいないと参加できなかったから、フェイさんのことを利用したんです。フェイさんが俺に協力してくれなきゃいけないように仕向けました。
 フェイさんはそれでよかったのかって? わかりません。でも、文句は言ってませんから平気なんじゃないですか?
 あぁ、そうですね。このゲームに出れば危険は否応がなしに付いてきます。大丈夫ですよ。俺が護る気ありますし、フェイさんは俺より強いですから。俺に会う前は何をしてたのか知りませんけど。
 実験してみましょうか? え? 大丈夫ですって。この缶を投げてみますよ。えい!!
「コラ、邪魔するなよ、アラン」
「ごめんよ、チェシャ猫。すいません、フェイさん。うっかりしてて」
「わざとでしょ」
「そんなことないっすよ~」
「返す」
「いってぇ~~」
 ホラ、俺よかめちゃ強いでしょう? だから大丈夫です。ご心配どうもっす。
 他に聞きたいことはないっすか? あぁ、アナウンスのお姉さま。あのゲームはもともとは夜にしかやってなかったんですけどね、参加者が増えてとてもじゃないですけど夜だけじゃ終わらなくなったんです。それで今は一日中やってるんですが、当時の雰囲気をそのまま残しておきたかったらしく、今でもあそこは夜の状態のまま、永遠の明けない夜なんですよ。だから今宵なんです。永遠に。
 これはどこの会場も一緒です。あ、このゲームはランクが決まってて、階層によってのランクで、今ここは第四階層ですよね? だからランクは4。俺たち後8勝したらランクが一個上がってランク3になって第三階層の会場に移るんです。
 このゲームはライフポイントが個人によって変わるって言いましたね? 始めたころは100位しかないんですよ。それを勝っていくにつれてライフポイントは加算されていくんです。はじめのライフポイントはお金で決まります。金のないやつは最低な100から。俺はそうです。
 で、1000になると第四階層に行けます。3000になったら第三階層にいけるんです。
 金さえ払えば、最初のライフポイントを3000に出来ます。効率のいいやり方です。金はすっごいかかりますけどね。
 そう、金さえ払えば第三階層からチャレンジできるんです。でも戦略なしでいったって勝てる相手じゃないですからほとんどは最低ランクのスタート地点、第五階層から始めます。
 俺は第一階層でゲームするのが夢なんですよ。第一階層は一般人は入れませんから、何があるか見てみたいじゃないですか。
 お客さんも見てみたいですか? お金さえ払えば、チェシャ猫が連れてってくれますよ? え? お客さん、チェシャ猫の事知らないんですか? アイツ、ああ見えてすごいやつなんですよ。お客さん初の観光の案内人がチェシャ猫なんて本当に運がいいですよ!!
 チェシャ猫は俺が思うに、ここの最高のガイドですよ。普通だったら初めてって聞いた瞬間にだまされて逃げられるのがオチですよ。チェシャ猫はガイドの中でも第一階層に出入りを許されてる者ですからね。仕事にプライドを持ってる。

 へぇ、そんなすごいやつなのか。見えないが。
 その猫は、見て驚いた。フェイという、ドーミネーターとキスをしている。あいつ、キス魔なんじゃないか? フェイはしかし、男であるから先ほど見た女のようにほだされてはいないらしい。迷惑そうな顔をしている。しかも早々に猫の頭を押しのけた。
「毎回、毎回、キスのプレゼントはお断りなんだけど?」
「だってぇ、フェイ、綺麗だからさぁ。サービスサービス。俺のキスは銅貨三枚だよ?」
「俺の唇代に銅貨三枚よこせ」
「高いよ!! テクだって披露してない!」
「結構だ!!」
 もう一回キスしようとしている猫を押しのける。
「ま、いつもありがと。いくら?」
「三回分で銀貨一枚。でも、いいのか? その……アイツのこと」
「ああ。いいんだ。次も頼む」
「まいど。アラン、終わったぜ」
 猫が声をかける。アランは俺を促して二人の元に帰っていく。
「チェシャ猫、いくらフェイさんが綺麗だからって、毎度毎度、キスするなよ!! 俺まだ、許してもらってないんだぜ?」
「ほほう、俺にキスしたい変態か。お前も……」
「いっ、いやぁ~」
「じゃ、俺の用はこれで終わりだ。またな」
「今度の試合は明後日だ。見に来てくれよ!」
 アランが笑って言う。二人が背を向けた瞬間に猫が真剣な顔つきで言った。
「フェイ、アイツはお前を諦めないよ」
 振り返ったフェイは何も言わずに歩き出した。アランがそれを追っていく。猫はそんな二人を見て苦笑した。
 猫が先に歩き出すのであわてて後を追う。俺には確かにこの街の大半の人間は狂ってるように感じるが俺たちのようにここでいう外の人間だってちゃんといるじゃないか、と思った。

 と、安心した俺が馬鹿だった。一体どこだここは? 何故に俺はベッドの上で磔になった挙句、屈強そうな男に囲まれているのか……。なぞだ。
 そもそもチェシャ猫はどうしたんだ? あいつ最高の案内人じゃなかったのか? 俺をどこに連れてきたんだ? 待て待て、思い出せよ。えぇっと、確か、夜までまだあるからおいしい食事が出来るところに案内してくれと頼んだ。三ツ星レストランみたいなところでは金がなくて困る、とも言った。そしたら、それじゃ露店に限る。といわれて、買ってくるから待ってろと、表通りで待っていた。そこまでは意識がある。
 それから……どうしたんだっけ? 思い出せない。
「起きた?」
 若い声が響いた。俺はそちらを向くと本当に若い、格好いいと言える少年が笑ってベッドに腰掛けていた。
「あぁ、ここは僕の家です。どうしてこんな状態かと言うと、簡単。僕が貴方を拉致したからです」
 俺の思考はぶっ飛んだ。拉致?? 何の目的なんだ??
「目的ですか? はっきり言って、僕は貴方の名前さえ知りません。よろしければお教えください」
 いやだ。
「困りますよ、名前を知らなきゃ、イクときに呼べない。まぁいいです。僕はクロイムといいます。ぜひ、そう呼んでください。で、目的を知りたかったのでしたね。名前さえ知らない人間を何故拉致したか。簡単です。僕が貴方に一目ぼれしたから」
 は? 何言ってんの、コイツ。
「貴方、外の方ですね? でなきゃ、僕の使用人が近づいて気づかないわけがない。ここは初めてでしょう? まだ、この街の甘い蜜を吸っていない。ちょうどいいじゃありませんか。僕と一晩過ごしましょう? 必要ならばお金だって差し上げます、どうです?」
 はぁ!? 冗談じゃない。お断りだ! 誰が男なんか相手にするか! 死ね。
「残念です。平和的に夜を迎えたかったのですが。……仕方ないですね」
 何が仕方ないんだ。コレ、解け!!
「貴方は本当に初心者だ。自分が相手より弱いときはおとなしくしてるほうが身のためですよ? でないと、イタク、しちゃいますよ?」
 ふざけんな!!
「あぁ~ん、イキがイイ。コレを待ってたんですよ。すいませんねぇ。貴方がどうしても拒むなら、強姦しちゃおうって決めてるんですよ。こっちは」
 やめろ、変態!!
「変態? そうかもしれません。でも、ここにいるのは全員変態です。人のセックスシーンをみて興奮するんですから。それが男同士でなおかつSMプレイだと、特に。想像してみてください。男に抱かれつつ見れば、周りにいる男たちがみんな、自身のブツを握って扱く。その後一斉に絶頂を向かえて貴方はここにいる男全員の精液を全身に浴びる。僕らは洗礼と呼んでますよ。何せそれを嫌がっていてもそれが忘れられなくて、僕の奴隷に落ちた人間がこんなにいるんですから」
 少年はそう言って、周りの男を示した。ぞっとする。
 変態? そんなものじゃない! こいつら、狂ってる!! どうしよう、逃げられない! 誰か、助けてくれ!!
 あぁ、同僚の言葉に従ってこんな所に来るんじゃなかった! 最悪だ。何が快楽の場所だ。不幸のどん底じゃないか。勘弁してくれ、あぁ、神よ!!
「怖がってます? 大丈夫、すぐに気持ちよくなります」
 少年の手が撫でるように俺の全身を触れていく。触れられたところがぞわぞわして鳥肌が立った。他人に触られて君が悪いと、いや、死ぬほど気持ち悪いのは初めてだ。
「あぁん、イイ身体」
 猫撫で声の少年に吐き気がする。
「そこまでにしとけ、狂人。ソレ、俺のお客様だからさァ」
 猫の声がした。こんなに感動したのも初めてだが、他人にこれほど感謝したのも初めてだった。猫はいつからいたのか、部屋の入り口に静かに立っていた。
「チェシャ猫!? なっ……。いや、君なら可能だね。何しにきた?」
「言ったじゃんかぁ。そこで縛られてるのは俺のお客様。手を出すのはナシね」
「……知らなかったんだ。金は払う? いくらだ? いくらでこの男を紹介してくれる?」
「相場は銀貨30枚ってとこだけど、俺いい案内人でさァ、お客様のニーズには応えることにしてるの? わかる? さっきから俺のお客様はお前のしたいことに満足してないみたいだけど、俺の勘違い?」
「キスでもすれば、満足してくれる。僕を信用して預けてくれよ」
「はっ! 変態プレイでしか使えないモノ持ってる男なんかに誰が満足する? お前が抱くくらいだったら俺が抱いてやるよ、なぁ、お客様? 笑えない冗談はよしな!!」
 猫が月夜でも光る銀色の銃を向ける。
「チェシャ猫、君は一日しか客の相手をしないんだろう? もう、日付は変わってるぜ? 君の客じゃないだろう?」
「俺の仕事は確かに一人のお客には一日しか付き合わない。だけどなぁ、このお客様と出会ったのは、昼だ。まだ、8時間残ってる。文句あるか?」
 少年は唇をかんだ。
「僕はこの人とセックスしたいんだよ! お前たちもだろう!? 殺せ!!」
「お前、俺を敵に回して、ここで生きていけると思うなよ?」
 猫はそう不敵に笑った瞬間に姿が掻き消えた。猫は気づくと俺が縛られているベッドの上にいて俺を安心させるようにニッと笑った。そしてナイフで俺を拘束しているものを切っていく。
「待て。今俺を撃っていいのか? したら、お前らが抱きたいこの男も死んじゃうぜ?」
 猫は背後にいる男どもに言った。ひるむ男に少年がわめき散らす。
「血くらい出たって、死んだって、穴がありゃいい! 抱ければいい! 殺せ!!」
 何ていう性癖の持ち主だ。本当に心底恐怖する。
「礼儀がなってないな。お客さん、悪いけどここから出ててくれな」
 へ? 猫は最高の笑顔とともに俺を窓から突き落とした。絶叫する暇もない。俺、このまま死ぬのか!? 最高のスピードで去っていく景色が急に止まり、息が止まる衝撃が訪れた。あぁ、俺はこんなとこで死ぬのか?
「フェイさん、気絶しちゃいましたよ?」
「たたき起こしといて。この車にシートベルトなんかないから」
「そっすね。お客さん、起きてください! 大丈夫っすか?」
 恐る恐る目を開けるとアランの笑顔が見えた。
「チェシャ猫に手伝うよう頼まれたんす。危険でしたね。今回は珍しくチェシャ猫の落ち度とかで、靴と銀貨5枚で手を打ちました!」
 そんなことは聞いてない。
「アラン、ソレよりお客さんの安否は?」
「あ、そうっすね。大丈夫でしたか? 何かされました? 吐き気とか、記憶とか、痛いとことかないですか? あいつ、薬にも手を出してるんでソレっぽいものやられてたらフェイさんが処置しますけど」
「チェシャ猫が気づかなかったんだ。記憶があるわけないだろ。運転代われ。俺が見る」
 改めて気づくとこの車は宙に浮いている。空を走る夢の車がここでは現実なのか!
「はい、口開けて。目は? ……吐き気とかはないですね? ここは? 痛くない? ……大丈夫みたいですね。頭痛があったらたぶんクロロホルムの副作用かな? 一応、コレ渡しておきます。頭痛止め、そこらのより効きますよ」
 フェイは医術も出来るのかと感心していたらここの住人は誰もが知っていることらしい。医者いらずの国だそうだ。
「アラン、定刻だ。出して」
「でも、チェシャ猫が……」
「構わない。それより……来たな。追っ手だ」
「まだ、諦めてないのか! 執念ですね。愛されてますねぇ、お客さん」
 いらない愛だがな。
「車、出します?」
「いや、あの銃、欲しい」
 フェイはそういうと上にたたずむ車まで一気に跳躍した。こいつの身体能力はどうなっているんだ!? フェイに気づいて出てくる男ども。なんと、ありえない空中での銃撃戦となった。フェイは飛び上がってから自由落下しつつ敵を正確に撃っていく。すばらしい射撃能力だ。そしてある男の手を打つと派手な悲鳴と血飛沫が上がる。落下する銃を身体を反転させ方向転換して見事に掴むとうれしげに笑い、男を踏み台にしてこの車に向かって帰ってくる。
「アラン、いいよ」
 フェイがいうとアランはフェイほどの射撃能力ではないが、男を撃っていく。フェイはソレを見もせずに敵から奪った銃を見ていた。
 ほとんどの男が落下していって車だけが上空に佇んでいる。
「アラン、出せ」
 フェイの言葉に今度はうなずくアラン。猫はいいのかと思ったいたら上で大爆発が起きた。車が爆発したのである。そして猫が音もなく車に乗り込んでいた。
 車の破片が落下してくる前に車は急発進した。
「お疲れ様~」
「お前らもありがとな。お客さん、で、夜になっちゃったけど、どうする? えぇ~っと、好みはぁ……」
 それより安全な寝床をくれ!!

 予定ではもっといるんじゃなかったの? お客さんには迷惑かけたからいい信用できる案内人、紹介するのに。
 あぁ、お金取るんじゃないかって? 当たり前じゃないかぁ。
 ま、お客さんはここ、どう思った? え? 最悪最低? んー。言葉が出ないね。あはは。ま、好奇心は……、馬鹿にするなって? え? 本当は友人の勧めできただけ? それで観光ね。なるほどね。
 ここは観光目的で来る人なんかいないからね。常識あるやつなら初めてのときは観光か仕事しかないか。ま、気が向いたらいつでも来なよ。たぶん、このままの風景が見れるぜ? ま。一回、ここの女と寝て帰るべきだけどね。あんな経験の後じゃ萎えるよなぁ?
 ははは、ここではあんなの日常茶飯事さぁ。気にしないことだぜ? やなことは忘れちまいなぁ!! さ、ここがゲートだ。安全に帰りな。
 え? もしも、次にきたとき、またナビしてくれって? それは俺の気が向いてお客さんが俺を見つけられたらね?
 おれはここ、快楽の土地の案内人。
 だけど気ままで意地悪なんだ。アリスはチェシャ猫に逢いたいと思った? チェシャ猫はアリスの問いに答えてやったか? 俺はチェシャ猫、誰も俺を縛ることはできない、

自由な、

猫さ。

 チェシャ猫はそう言ってリボンのようにほどけて消えてしまった。
 俺のうんざりした危険と隣り合わせの旅も、終わる。
 ここには二度ときたくなくて、もう一回覗いてみたい。そんなトコロ。

 快楽と危険の隣合わせ。

 それはまるでアルカロイドのように……