2.ルイサイト
003
ひーはははっ!!
まだこんな文書を見ていてくれるって訳かい?
うれしいねぇ。
じゃ、まだ、話しちゃうぜ? クソみてぇな
話をよっ!!
「毒薬試飲会」
2.死の霧~ルイサイト~
こんにちは、マドマゼル。え? マドマゼルなんて呼ぶな。そりゃ、失礼しましたね。
まぁ、それにしても俺を探し出すなんてアンタ、一体何が望みで?
「お前は案内人(ナビゲーター)であると共に情報屋だな?」
まぁねぇ。だけど、それがどうしたよ? 俺は情報売るけど高いよ? 何がお望み? めんどくせぇなぁ。あんたみたいなまじめっ子さんは、やなんだよなぁ。ぎりぎりでさぁジョークにもなりゃしねぇんだもんよ。の割には逆恨みとかしてくんだよなぁ?
な、お前もそういうタチじゃねぇのぉ? え? 客だって? 自分は客だって? 客かどうかは俺が決めるんだよ。しゃしゃり出んな。
んー、ま。今日は暇だから話だけなら聞いてやりましょ。それでいい、だと?
うわ、めっちゃムカツク。生意気な言い方ですこと。何さまだよ? くっくっく!
で? 何を調べてほしい訳なんですかー? あ、完全に馬鹿にしてるってわかちゃった? ごめんごめん。あ、そんなに怒るなって。で? 何?
「この男、知っているわね?」
……。知ってるけど、こいつに何の用さね? 殺す? 殺すって……。うわ! 物騒だなぁ。何で? 何で? 言う必要なんかない? あっそ。じゃ、違う情報屋を当たりな。俺は知らないね。
なんて使えない? お前、そんなこと俺に言うと後悔するよ? いいのかぁ? ……いいんだな? じゃ。オレは何も言わねぇよ。好きにしな。オレはそれを影から笑ってみているとするぜ。ひゃっはぁ~!!
「待ちなさい! 他の情報屋ではだめなの! おまえしか頼れないのよ! チェシャ猫」
そりゃぁねぇ。何処にいるかなんて知ってないでしょうよ。自分には関係ないからさぁ。
ははぁ、なるなる~~。お前も外から来たのか? ふぅん。少しばかし味方になってやろうか。でもそうするためにはお前は俺を案内人として一日雇いな。そしたらお前に協力してやらないこともないぜ?
俺は情報屋はここの住人だけって決めてんだ。違うから駄目だって旅行者はオレを案内人としてしか雇えないぜ。
え? えり好みしてどうするんだって? お前が決めることじゃないって? 普通は金をくれる、自分の生活を支えてくれる人間つまり客をないがしろにしない。でもな、俺はこの仕事にプロだからな。珍しくこの仕事に責任を自覚していのるさァ。
え? ここではな、自分の仕事なんて自分の欲求を満たすためだけの手段にしか過ぎないんだよ。自分が明日を食いつなぐためだけの、金を稼ぐためだけの方法だ。だから金さえもらえればどうでもいいんだ。そういうやつばっかりだよ。
でもそれじゃ生きていくには苦しいな。苦痛と快楽の感じ方、つまり仕事と趣味がつりあってれば満足できるけど、そうじゃない場合の方が多い。だからここの奴らは簡単に自分のプライドとか生命とか賭けちゃうんだよ。
自分が快楽を得られなきゃ苦しい生活に意味はない。だから快楽、欲求一番の仕事になる。
責任なんかない。逆にこれで満足じゃないなら他あたれ。お前が不運だったんだよ。で済ましちまうんだよ。
それで済まなかったらどうなるのかって? は! 決まってるじゃないか。殺しあうんだろ? あり得ないって? ここではそれがありえるから『快楽の土地』なんだろうが。お前、馬鹿だなぁ。
ま、話ずれたけど、俺は自分の仕事にプライドを持っていてね、中途半端な仕事はしない主義ないんだよ。終った後に自分で満点が付けられる仕事しかしないんだ。だから客は自分で選ぶ。仕事の内容も相応の報酬も欲求も、何でもだ。逆に俺が嫌なら何もしない。絶対にな。
じゃぁ、仕事は請けてもらえないのかって? そんなに落ち込むなよ。だから、言ったろ? 俺を雇えよ。案内人としてな。
「?」
お頭がくるくるぱーなんじゃない? アンタ。ま、いいや。だからね、こいつのもとに案内しろって言えばいいんだよ。一日付き合う。
ただし、アンタの目的がこの男の殺害でも、すぐに殺すことは許さない。殺そうとするならその前に俺がアンタを殺すよ。
それじゃ、来た意味も案内の意味もないって? だから、人の話は最後まで聞けよ。すぐにって言っただろ? 俺がアンタの殺人現場を作ってやる。サービスいいな、俺。だからその時に存分に殺せ。それまではそいつに殺意を持ってることを隠すつもりでいろ。いいな? じゃないと、俺はこの件には関わらない。好きに迷えよな。
どうだ? それでいいな? 変な契約? うるさいっての。こうでもしなきゃ、あんたとの仕事は刺激が無さそうだからな。え? 実のところこの男を知っているかって? ……なめるなよ? 俺はチェシャ猫だよ? 特別に偉いのさ。
お前、昔のアリスのワンダーランドのアニメ映画を見たことないか? あぁ。昔過ぎて今はそっちではレアなんだっけ? 見るのにはかなりの金が要るんだっけか? じゃ、教えてやるけどな、アリスはチャシャ・ネコが歌っているのを聞いたんだよ。摩訶不思議なこの国で全ての者は気ちがいで、お前も気ちがい。だけど俺は魔力を持っていて偉さが違うんだと。
あ? ものの例えだよ。俺は魔力なんて持ってないね。ま、そこそこ偉いとは思うけどね。ま。俺の事は置いておいて、行こうか。どこにって……。決まっているだろ?
気ちがいたちの気ちがいによる気ちがいのための遊戯(ゲーム)さ。
有名だろう? 禁じられた遊びだよ。
どうして私はあの男を殺したかっただけなのに、こんなただのガキに付き合ってゲームを見なきゃいけないのか。なんで主導権を客である私よりあんな奴に奪われているのか?
ここは金で何でも動く場所じゃなかったのか? チェシャ猫だと? ふざけた古代の童話を持ち出してきやがって。
そもそもなんだあいつの格好は? この地には奇抜な格好の奴がとても多かったけど、ここまで中途半端な奴は初めて見た。
全裸に近い格好なら見るけど。もしくはその逆。普通の格好。でもこいつは……紫色の猫耳は生やしているし、黒と紫の縞柄の猫の尾は生えているし、おかしいんじゃないか?
まぁ、これがチェシャ猫と名乗っている由来なんだろうな。ま、男としてはかなり美人だから身体なら売れるかもしれない。でも顔のペイントは奇抜すぎる。たぶん身体でも売っているから金が有り余って甘っちょろいことを言っているだけんだ。客をえり好みするとかな。
金があるから世間の辛さを知らないだけのただのガキめ。人を舐めるのも大概にしろよ。
「さぁて、ようこそお越し下さいました、お客さまぁ? 次のゲームはじめの時間まで残り五分を切っております。参加ならるお方は急いで集まってくださァァい。」
まるで語尾にハートマークでもついていそうな、同じ女としてかなり腹の立つ言い方をする女だ。あの女なんかただ局部だけを隠してほとんど全裸みたいな格好をしているくせに恥も持たずに、反吐が出る。
「はぁい、次のゲームのご案内でぇす。ツインナンバー79、ドーミネーター・フェイ&スレイヴァント・アラン、VSツィンナンバー69、ドーミネーター・ルルヴェ&スレイヴァント・ガゴスティの対戦です。少しご案内させていただくとー?
ナンバー79のツインはこのランクに参戦してきたのはほんの最近、わずか三ヶ月前。ランク5のゲーム初参加から半年しか経っていません。恐るべき早さです。毎回のゲームを今まで一回も負けることなく勝ち抜いてきた常勝の黒星無しのツインです。ランク3に上り詰めるまであと5回の勝利のみ。期待のルーキーです。
戦略は主にドーミネーターに従順なまさに奴隷の如くのアランに身体能力の高さと、試合慣れしたドーミネーター・フェイの奇抜な戦術と精密で巧みな禁術の速さ! いつでもその冷静な表情が崩れることはありません。
対するナンバー69のツインは勝つペースはゆっくりですが着実に勝ちに行くペアです。おかげで黒星の数はかなり少ないです。初老の歳に入ったドーミネーター・ルルヴェは老人らしく毒がじっくりゆっくり身体を回りその身体を滅ぼすかのように小さなダメージを重ね、時間をかけてゆっくり殺すその様はまるで獲物ののど仏を咥え、死を待つ獅子の如く。その奴隷、ガゴスティはそれを巧みに実行する雌ライオンです。あ、ライオンで狩りの命令を下すのは全部メスでしたね。あはは~。
あと、もうしばらくでドーミネーターの登場でぁ~す!!」
こんなゲームなど関係ない。早く終ってしまえばいい。そうすれば私があの男に会って、殺す時間が、あの男が生きている時間が短くなるのに。
「刻限でぇえええすっ!! サァ、皆様お待ちかね、今宵の続いての対戦カード、ツインナンバー79、支配者(ドーミネーター)・フェイ&奴隷(スレイヴァント)・アランVS、ツィンナンバー69、ドーミネーター・ルルヴェ&スレイヴァント・ガゴスティの対戦です!!」
わぁぁとくだらない歓声があたりに響く。気付かなかったがこの会場全体から巨大な声の塊がするほど、ここには客が入ってきていた。たしかに有名ではあったがこんなに人気だったとは意外だった。
「さぁ、左右同時にぃ、今、堂々とドーミネーターの登場です!!」
右の方に小さく天井から下がった椅子に座る赤髪の男。対する左は白髪の少し肥えた老人だった。
「唯一見えている、左目はいつも通りに何も映してはいません。澄んだ泉のような翡翠の瞳は今、何を見ているのかなっ?? 対するは余裕で今回も勝つ気満々な様子がありありと窺えるルルヴェ。こちらも当然のようにフェイに対して対策を練っているようですよっ?? さぁてっ!! お待たせしましたぁ~~。いよいよ一回目のベットタイム、開始でえぇすっ!! 賭けて賭けて賭けて賭けて~~~!!!」
右手を突き出して、青い画面を出しているのを真似してみれば、自分の前にも青い画面が現れる。画面には椅子に座っている人物が映ってた。見ると、赤髪の男は隻眼だった。黒い眼帯に右目は隠されている。
なくした臓器でさえ復元できるこの土地でこの男は目に何をしているのか? このゲームで負けなしというからには眼球一個くらいは復元する金はあるはず。何のために眼帯なんかしているのだろうか。
男に使うのも変だが、ずいぶんと綺麗な男だった。でも美形の男は嫌いだ。あの男を思い出させる。対する老人はにやついていて嫌な感じがする。どちらも私には嫌なタイプだ。
周りは掛け金のことでざわついている。アナウンスの女の声がキンキンしてうざったい。早く終われ。
青い画面の隅っこにあるグラフの棒がぐんぐん伸びていく。隣で猫が、あっちゃー。これじゃ賭けてもあんまり金がもらえないとぼやいている。
「さぁあ~、ベットタイム終了でぇす。おやおや長年の着実なツインより、常勝のルーキーを皆様、選んでいるようですね~? さぁて、それを聞いて黙っているルルヴェではありません。これは二回目のベットタイムが楽しみですねぇ~。あぁ、ハイハイ。わかっておりますよォ~? サァさ、ここでぇえー、主人の言うコトならなんでも聞いちゃう、奴隷の、登場でぇえす!!」
その瞬間にわっと歓声が上がって鎖が会場を埋め尽くす。現れたのは二人の人間の男。赤髪の男の下には黒髪の男が。老人の下には白髪の少年が。互いに大きな眼帯で視界は見えないはずだが互いが見えるかのようににらみ合ったまま動かない。
会場は自分の声が聞こえないほどにうるさいがゲームをするフィールドの中だけは静寂に包まれているように感じる。
「さぁ!! 奴隷解放でぇぇす!!」
その瞬間に鎖とスレイヴァントを拘束していた眼帯やら手錠やらが消えうせる。待っていたかのようにゆっくりとスレイヴァントが目を開けた。しかし眼帯があった頃と何も変わらない様子で互いを睨みつける。
ドーミネーターが互いに腕を差し出し拳で親指高を立ててそれを逆さにむける。ルルヴェが馬鹿にしたように鼻で笑えばフェイは無表情のまま舌を出した。
「互いに殺意十分!! いきますよぉぉ!! ゲーム・スタート!!」
一瞬のうちに距離を詰めるスレイヴァントの二人。すぐに衝突して喧嘩のような殴り合いが始まる。
「さァ、ゲーム・スタートですが、すでにスレイヴァントの戦いは始まっています。ドーミネーターは今回は一瞬たりともスレイヴァントを見てはいません! ドーミネーター同士、睨みあっています。指示はちゃんとなされているのでしょうか!? それとも互いに指示通りに動いて問題がないということなのでしょうか?? 今、ドーミネーターは何を考えているのでしょうか?」
アナウンス通り椅子に座り互いを見つめたまま動かないルルヴェとフェイ。
「おぉっとォ!? 禁力を感じられます! 約5分間動かなかったドーミネーターがついに動きます!! 動くのはぁ~。おおっと初手を敵に毎回譲っているフェイが今回は、動きます。さすが早い、早いです!! 禁力はもう第2スペルまで終了しているようですね!? さぁ、きます!! 何をフェイ生成するのでしょうかぁああ??」
『デル・アザス・アフィ・ウデア。キアノデイト・ユゼ・アヴァル・ラァヴァ。エジ・アグヴァ。イテル・イテル・アゼ・イテル』
マイクを通してフェイの声が会場に響く。
「何を生成……おぉ!! アランの手に握られたのは剣のような物のようです。しかし、ただの剣ならばあのフェイが禁界語を使うわけがありません! これは何か隠していると見たほうがいいのでしょうか? 対するルルヴェは……やはり、ガゴスティに獲物を持たせるようです。しかし、こちらは禁界語ではありません。ただの単純なもののようです。何か秘策があるのでしょうか??」
『滞空を静止させ、全ての生命を奪うもの。古代から親しまれし、鉄の味。そなたの名は、剣』
ガゴスティの手にはいつの間にか剣が握られている。スレイヴァントは今度は金属音を響かせて戦っている。スレイヴァントに獲物が与えられただけで何も先ほどとは変わっていない様に見える。しかし、その瞬間。
『レヴェル・アザス・イドゥ・アドゥ……』
『カヴァルハゼ・ミチル・イコイエス……』
同時にこの世界の何処の言葉ではないモノが流れ出す。その様子を一瞬見てそれからまた戦いだすスレイヴァント。
『その禁術は……! フェイさん!!』
『ようやくわかったかぁ? お前たちがどう頑張ったって負ける布陣を組んでんだよぉお!!』
話もせず戦っていたアランとガゴスティの突然の会話に会場の観客が騒ぎ出し、青い画面に触れて第二回の賭けを始める。横の棒グラフが伸び始めた。
『フェイさん! 新しい策を! フェイさん、このままじゃ!!』
アランが戦いつつフェイを見るがフェイは一回もアランを見ようとはしない。完全に無視している。その間にドーミネーターは術を完成させようとしていた。
『フェイさぁぁあん!!』
『ケヴィル・ケヴィル・ケヴィル・ケヴィル!!』
ルルヴェが先に唱え終わるかと思われた瞬間にフェイの禁術も完成する。
『アドゥラ、イヴァ、デルキシフォイ、カドゥヴァ!!』
二人が唱え終わった瞬間、会場のすべてが息を飲んだ。これから何が起こるのか、皆が待っていた。スレイヴァントの剣戟の音が止み、それから数えて数瞬、突然沸いた黒い霧がスレイヴァントのアランを包み込んだ。
「おぉ~っと、ドーミネーター・ルルヴェの禁術は捕縛術式です!! アラン、動けません! 完全に動きを封じられました。予想外の展開です!! ドーミネーター・フェイ、どうする~!!?」
スレイヴァントのゴスティが動けないアランに向かって剣を掲げる。絶体絶命と思われたそのとき!
『ばぁか』
アランが笑って平気で剣をはじいた。その瞬間にアランに絡みついた霧がぱっと霧散する。
『馬鹿な!!』
「おぉっと、これは驚かざるを得ません! ガゴスティ!! さすがフェイです!! 術式を完全に見越していたかのように、使ったのはぁああ、無効化の術式でしょうかぁ!?」
『あり得ぬ!! 無効化の術式があんなに単純にできるはずはない! ここは4ランクだぞ。無効化は3ランクからだ。わしの術が……あり得ぬ!!』
ルルヴェが叫んだ。
『そう。だから俺は無効化を使ったわけじゃない。俺が使ったのは』
次の瞬間、フェイの体に先ほどアランが取り付かれたような黒い霧がまとわりつく。
『転移術式』
フェイが言い放った。その刹那、フェイの体を覆っていた霧が伸び上がり、鋭く、木の枝のようにしなってフェイに絡みつく。まるで、フェイが黒い木の枝でできた籠の中に閉じ込められたようだった。
『な、転移術式だと?』
『そう。俺はこの場からは動かない。別に動きを封じられても何の問題もない。俺が困るのは禁術を封じる捕縛術式。しかしお前は俺に深く考えずただの捕縛術式を使った。捕縛術式は一回決まると解術に時間がかかるけど、俺ならば身を縛るものならあろうがなかろうが関係ない。違うか?』
『ガゴスティ!』
『大丈夫さァ!! 術が成功しなくてもこいつは殺すぜ!!』
ガゴスティが安心させるようにアランとの剣戟を続ける。
『どうかな?』
フェイが言う。
『なに?』
『転移術式って便利なんだって知ってた?』
『カヴィラ、イヴァ、デルキシフォイ、カドゥヴァ!!』
戦うアランの口から言葉が流れる。
『スレイヴァントが術式を使うだと!!?』
笑うフェイが後を引き取るように唱える。
『アドゥラ、イヴァ、デルキシフォイ、カドゥヴァ』
『なっ!! うそだろ? 併唱術式!?』
ガゴスティが黒い霧に包まれる。そしてフェイを縛っていた黒い籠が元のように霧に戻って霧散した。
併唱術式とはドーミネーターとスレイヴァントが一つの術式の第三スペルを二つに分けて順に唱えることで二人で術式を完成させる方式の術式のことだ。禁術を使うには禁界に関わるため自分のライフポイントとは別に力が必要となる。TVゲームで言えばマジックポイントのようなもので、併唱術式だとこの力が分散されるだけでなく、禁術を使用しないとこの力は伸びないので禁術を後々スレイヴァントが使いたいなら格好の練習となる。失敗しても、ドーミネーターがなんとかしてくれるからだ。
しかし今のランク4ではめったに見られない光景であることに違いはない。
『アラン!!』
フェイが呼ぶ。アランはそれに応えた。今や会場はフェイとアランの独壇場、アナウンスさえ声を挟めない。
『汝、偽りしモノ、泉の精に口付けられて、その姿、真価を発揮すべし!!』
アランが唱え終わると、アランの剣が変化していく。それは銃に。剣と銃を併せ持った武器。
併唱術式が成功して自身を持ったアランがフェイはもともと仕掛けていたもう一つの併唱術式を成功させる。時間を置いてスペルを唱えるこの方式の術はスペルがもともと二段組だったように感じられることから二段術式と呼ばれていた。
「なんと、二段術式です!! フェイ、予めアランに狙撃機能を持つ、変化武器を持たせていました!!」
『大地より立ち上がりし、鉄壁の壁。何の侵入も叶わぬ防御の要。そなたの名は、盾!!』
ルルヴェが叫ぶ。それと同時にフェイが唱えだす。
『楚の言の葉は、大地に根付かぬ腐った種。落ちて大地を至らしめ、すべてを腐敗と誘うモノ。魔がきモノと知って尚、そなたは種を飲み込むか。我にソレは響かない。そなたと我は拒絶する!!』
フェイが言うと形成されかかっていた金属板が先から消えてなくなっていく。空気に金属が消える光景など滅多に他の地では見られない。
「フェイ、ルルヴェの術を腐らせました。術式干渉です!! フェイ、禁術のプロですね!! さぁ、ルルヴェ、どう反抗にでる?? ガゴスティは籠の中。いまだにまだ、動けません!!」
パン
一発、乾いた音が響き、ルルヴェの体が痙攣する。
「アラン、撃ちました!! 額に、額に命中!! 禁術に夢中になっていたルルヴェを狙いました! ルルヴェ血を流しています。ルルヴェ、意識はあるようですが……?」
『ルルヴェ!!』
籠の中からガゴスティが叫ぶ。何とかその叫びに応えようと、ルルヴェが血を額から大量に流しながら口をあけようとした瞬間に、もう一発、二発、額の同じ場所に繰り返し弾丸が入った。
「アラン、攻撃の手は緩めません! ルルヴェ、完全に応答できません!!」
『ルルヴェ!!』
必死にガゴスティが叫ぶがルルヴェはうんともすんとも言わない。
「ルルヴェ、負けなしのルーキーに勝ちを譲りましたぁぁ!! 今宵のゲーム、フェイとアランのペアの勝利です!!」
会場がわっとうねる。
「ゲームタイムは62分! 第二回以降のベット額は有効です!! ただし、20分前からのベット額は無効となります。さぁ、皆さん盛大に喜んでください!! 今宵の勝利ペアに生きた女神の口付けを!!」
ようやく、このふざけた遊戯(ゲーム)も終わったらしい。
「……次のゲームのご案内です。……」
アナウンスが言おうとした瞬間、会場の観客の帰る足を止めるような事態が起こった。
『スト~ップ!!』
なんと、勝利したペアのアランという男が叫んでいるのだ。
「アラン、何かあるのでしょか? ゲームは終わったはずですが……?」
アナウンスも戸惑いつつ、何が起こるか楽しみにしている節があった。
『次のゲームを待ってるお客さんには悪いっすが、文句を言うのはこいつらの歌を聴いてからにしてね!!』
アランがそういうと、会場の証明がバンと一斉に落ち、真っ暗な闇が訪れる。
しばしの混乱に、騒ぎ出す観客たち。しばしの喧騒の後に、低い弦楽器特有の音が響く。
マイクを通して、息を吸い込む音が微かに聞こえる。
――瞬間、全ての音が、消えた。
『あの日死んだ僕に、笑ってくれたのは』
それは魔法のようだった。ここの住民は知らないとは思うが、一面の草原ででさわやかな風に吹かれたような、心を洗われたような、爽快感とともに歌声が響く。突然心臓を鷲掴みされたような、衝撃。歌という媒体による一種の興奮を交えた感動。それが身体の中を突き抜ける。
『涙を流す、君の綺麗な瞳』
『目を閉じないで、現実が見えてしまうから』
『小さな硝子の世界に閉じ込めて』
『君と二人で、死んだ僕と君』
わっと今までボーカルを意識した曲にドラムとベース、ギターの音が派手に鳴り響く。
旧文明の音楽だ。同時に落ちていた照明が苛烈に辺りを照らす。会場の中心に四人の男。
曲は始まりのさびのパートを終って、Aメロに。猫が微笑んで手を突き出す。すると先ほどとは異なる、オレンジ色の画面が現れた。まねする様に会場の全員が次々に画面を展開させる。
歌を歌う、ボーカルの少年。黄色人種、目が大きいからジャッポーネだろうか。よく見れば他のメンバーもジャッポーネのようだ。この四人組は『SHELLOW(シェロウ)』というグループ名のバンドのようだった。
ボーカルの少年は若いのにいい声を出している。可愛さとかっこよさが相反する誰が見ても魅力に引き込まれる男だった。ギターを鳴らしつつ、歌い続けている。画面表示が正しければ、彼の名は托人(タクト)。
うん、この発音のしにくさ、ジャッポーネに間違いない。芸術家としてこの地で名を馳せるジャッポーネは少ない。奴らはエンジニアとしての才能に特出している。しかし最近はそれもインディアン(この世界のインド系の人種)に負けているのだが。
タクトの隣に居てベースを鳴らし、時折コーラスをしているのが睦月(ムツキ)。黒髪に黒目。綺麗な色で目線がいちいち格好いい。
その奥に位置するドラムスは金髪。しかし名前から同じジャッポーネだ。髪は染めたかこの地で変えたのだろう。名前は奈々哉(ナナヤ)。
そして、見つけてしまった。私の、殺すべき、男!! その男はキーボードを弾いている。名は見るまでもない! 啓介(ケイスケ)だ。
そういえば歌をよく歌い、ギターを持っていた。気づくべきだった。手元の銃を握り締める。このタイプの銃ではあんな遠くのものの狙撃は不可能だ。このライブが終わって、出てくるところを狙うか? どうする!?
「待てよ」
猫がこちらを見ずに、銃器を押さえた。はっとする。
「今は歌を聞けよ」
仕方なく、猫を信じて私は意識をライブに戻す。タクトの美声が心地いいがその音の中にあのケイスケの音が混じっているとなれば別な感じがした。そんなことを考えながら聞いているうちに、曲は終わった。