006
「目ェ、覚めました? ってか、覚えてます?」
「……覚えてる。俺を漁ろうとしたヤツ」
「記憶はしっかりしてるんすね。俺はアラン。貴方は?」
「……好きに呼べばいい。名前なんか意味を持たない」
ふいっとそっぽを向いて、男はいった。
「んーと、じゃぁ、……フェイ、で。フェイさんて呼ばせてもらいます」
「フェイ?」
「はい。チャイニーズで翔って意味っす」
「俺、そんなイメージないと思うんだけど……」
「いいじゃないっすかー。ま、ゆっくりしてって下さい。なんも出せませんけど。こっちも生活苦しいんで」
フェイはアランを不思議そうに見た。
「どうして俺を助けた?」
「あーっと、意外と美人だったから」
「……」
黙り込むフェイに慌てて続ける。
「ってのは冗談で、興味あるんす。禁じられた遊びに」
ソレ、と指差したのはフェイの黒い上着。肩がむき出しになっているこの独特なデザインは禁じられた遊びで奴隷が着る服だ。
「あ、そう」
そんなこと考え付かなかったようだ。
「ええ。あ、エーシャナが呼んでる。ちょっと失礼するっす」
「エーシャナ?」
「妹です。紹介しましょうか?」
俺は言って奥から、妹を呼んだ。妹は身内びいきに見ても可愛らしい。俺と同じ黒い髪と目。小麦色の肌。大きい目ときゅっと上った口元。細身の体。
「お兄ちゃん、また拾ってきて。今度は人間じゃない! どーすんのよ?」
フェイがエーシャナを見た瞬間に愕然とした顔になった。何でだろう。そこまで綺麗じゃないと思うんだけど。
「あんた、今すぐ出てってよね! じゃなきゃ、金払ってよ」
「……すいません。口うるさくて」
「ちょっとー、こっちだって楽して生活してないのよ、当たり前でしょお!!」
「なぁな、エーシャナ、この人禁じられた遊びの奴隷だよ! いろいろ教えてもらおうかと思ってさー」
「はぁ? 教えてもらってなれるもんじゃないでしょ?」
「え? なんか、秘訣とか教えてもらえますよね?」
フェイは答えない。
「その前にこの人、強いかわかんないじゃない!」
「強いよ! 俺、さっき、ホラこの痣! 強いんだって」
「ちょっとー、ちゃんと手当てしなきゃー」
フェイがようやく、口を開いた。
「禁じられた遊び、興味、あるんだ……」
「はい、そりゃ。俺が奴隷でエーシャナが支配者でいつかゲームに参加するんす! 夢なんです。なっ!」
「うん。それで、見た事がない、第一階層に入るのが私たちの夢! ねっ!」
二人、笑顔で言い合う兄妹に目線を合わせられないフェイ。
「……無理だ。アンタがソレでいいなら、俺が言う権利はないんだけど……」
「ちょっと! 無理ってどーゆーこと?? そりゃ、今はお金なくて無理だけど、二人でためて、いつかは!」
「そうっすよ。いくらなんでもそりゃないですよ」
二人でフェイに詰め寄る。
「無理だって! だって……」
フェイはそう言って、エーシャナを見た。
「このヒト、ドールでしょ? 知らないの? ドールはゲームに出れないんだ」
言われたことがわからない。ドール? エーシャナが……??
「な、何言ってんの? あたしは、エーシャナ。アランの妹。……ドール??」
呆然として、エーシャナが言った。瞬間、全てを思い出した。
「うぁあああああっ!!」
「なっ!?」
ナイフを握りしめ、フェイに襲い掛かるエーシャナ。枕をエーシャナに向かって放り、ベッドから抜け出し、構えるフェイ。俺は部屋の中央でぼうっとその光景を眺めていた。
エーシャナがナイフでフェイに攻撃する。武器を持たないフェイはタダナイフを避ける。
「あたしは、エーシャナ!」
「君はエーシャナの記憶を引き継いだ別の人間だ!」
フェイはエーシャナの懐に素早く入るとその腹に一撃を加える。
「ぐ」
エーシャナの口から吐しゃ物が漏れる。それほど重い一撃。それでもエーシャナの殺意は消えない。
「よくも、思いださなくていいことを思い出させてくれたわね」
「そうやって、今まで人を殺してきたのか?」
「そうよ! なんでアンタをお兄ちゃんが拾ったか、教えてあげる。時には死体は生きた人間より高く売れるのよ!」
「死体のバイヤーか」
そんな会話が耳を通り抜けていった。
エーシャナは俺の妹。ソレは確かだった。親になんか頼らずに生きるこの土地で、唯一の肉親の妹。
俺はエーシャナを愛していた。妹という境界を越えて。エーシャナも俺を愛していた。
二人には夢があった。第一階層に暮らすこと。生まれてから空を見たことないオレ達の望み。青い空を見てみたかった。
この星で、青い空が拝めるのはこの快楽の土地の第一階層しかないと言われている。
他の土地は全て、環境破壊によって生じた厚い雲に覆われて空はいつでも灰色。もしくは砂が舞い上がる土地では砂の色。
金さえあれば行ける第一階層を目指して俺達は働き続けた。そんな中、俺達二人にガキが出来た。エーシャナの腹に俺の子どもが出来たんだ。もちろん生むつもりだった。この土地では遺伝上問題ある近親相姦も事前に遺伝子操作をすれば問題ない普通の子どもが生める。まぁ、莫大な金がかかるけど。俺達二人は、子供を生むつもりだった。
日に日にエーシャナの腹は大きくなった。外に出たら危ないこの土地で、エーシャナは子どもを生む。すごいことだった。
そんな時、エーシャナと俺は一組の夫婦に出会った。
スウェナという女とダスティンという男の夫婦。まぁ、戸籍がないから婚約したと言うわけではなく、恋人の延長戦みたいなもんだ。ダスティンは医師を志していて、まぁ医者いらずのこの土地じゃ、ヤブ医者だけど、エーシャナの出産を手伝いたいと、いう話だった。
エーシャナとスウェナの気が合ったのも幸いして、俺達4人は深い付き合いをし出した。まだ、俺は14。エーシャナは12。ほんのガキの話だった。
――この土地で他人を信用したのが、間違いだった。
エーシャナは子どもを流産し、産後の経過が悪くて死んだ。エーシャナは腹が大きくなって二ヶ月、その時に、ダスティンに強姦された。
笑っちゃう話だぜ? 理由がさ、「大きい腹の女を犯したらアッチの具合が違うのか知りたかったから」だとよ。信じられるか? そんな目的のためにエーシャナの腹が大きくなるのを待ってたわけだ! そんなに腹が大きいヤツとヤリたいなら太った女でも探せってんだ!! 知ってるか? 妊娠した女が激しく何度も、何度もセックスを繰り返すと、ガキは流れちまうんだ。
ダスティンは俺達のガキが流れるまでエーシャナを犯し続けたってワケ。エーシャナは泣き続けたよ。精神的にも参っちまって、ガキが流れてから3日目にあっけなく死んじまった。
俺のたった一人の家族が、愛する女が、死んだんだ。俺はダスティンを殺したよ。
あんなに人を殺すことに快感があったなんて知らなかったね。ただじゃぁ、殺さなかった。むごい位のことをさせてなかなか殺さなかったんだ。
エーシャナの何倍も泣かせて何倍も泣かせて何倍も泣かせて、でも、気がすまなくてさぁ……血まみれのドロドロにしても生かしてたんだ。そしたら、俺が目を離した隙に自殺して死んじまった。
あっけないもんだったなー。自分の爪を首にのめり込ませて、そう、自分で喉掻っ切って死んでたよ。
でな、そんな俺を見ていたスウェナが言うんだよ。自分がダスティンを虜に出来なかったから、エーシャナが犯されたんだって。申し訳ないって。で、自分をエーシャナの代わりにしてくれって言うんだよ。
どうするのかと思ったらさ、人形師を呼んで、ドールになっちまった! 俺はドールになったスウェナ、もといエーシャナに催眠をかけられて、忘れたよ。エーシャナが死んだこと。誰かがエーシャナの正体に気付くたびにスウェナはそいつを殺してさ、俺に催眠をかけ直すんだ。おかげで2年間イイ夢見られたよ。
「スウェナ」
俺が呟いた瞬間、スウェナがフェイに頭を床に強打され、白目を剥いて、気絶した。
「君がいいなら、構わないケド、いきなり襲い掛かるのはどうなの?」
「スウェナはいまの生活を守りたかったんだ」
「……」
事情を知らないフェイは何も言わなかった。
「フェイさん、迷惑かけてスイマセン。確かに、コレはエーシャナじゃない。何で、気付かなかったんだろう」
俺は気絶したスウェナの襟元を握って真上に引っ張った。力がかかったブラウスは簡単に釦を飛ばして破れていく。スウェナの胸が露になった。丸い二つの乳房、褐色の肌に生える薄いピンクの双房の頂点。フェイはいきなり服をはぎ始めた俺の行為にギョッとしている。
構わず、俺はスウェナのスカートを傍に落ちていたナイフで切り裂いた。下着を一緒に切って、スウェナを全裸にする。やさしく、スウェナの頬に触れ、首筋を触り、胸を撫でて、そのまま手を下に下ろして腹を撫で、スウェナの陰毛を梳いて、又の内側、女の性器に触れる。
「エーシャナの胸は、白かったんですよ。乳首は本人綺麗じゃないって気にしていたんですけど、淡い茶色で、俺が舐めていじるとすぐ立つんですよねぇ。胸いじられるの好きで……。こんな褐色の肌じゃなくて、ピンクじゃなくて」
俺はそういって、スウェナの胸を荒々しくつかんだ。スウェナが身動きする。ソレを見て、俺は敗れた衣服を使って彼女の腕を頭上で縛り上げた。
「こんな手入れされた陰毛じゃなかったんです。見て下さいよ。随分剃っちゃって」
ざりざりと陰毛を撫で付けていると、スウェナが目を覚ました。
「お兄ちゃん、何を……?」
頬を染めて、まだエーシャナのつもりで言う。
俺はスウェナに何も言わず、彼女の両足を持ち上げて陰部がフェイに見えるように開脚させる。
「や、この人だって見てるのにっ!」
スウェナがフェイの視線を気にする。俺は気にしない。
「女の性器なんて同じ様に見えるけど、全然違うんですよ? グロテスクな色してたりとか、襞が小ぶりとか。エーシャナの場合は色は薄くて、小さくてでも俺を待ち望んで、ヒクついてて、そう、こんな風で……」
「あうっ! 痛いっ!」
何もしないで、指を奥まで突っ込んだのでスウェナの目には涙がたまっている。指をぐりぐりと動かすと、スウェナが呼吸を速くし、喘ぎ始めると、アランは指を抜いた。
「中も違うもんなんですよ? エーシャナは熱くて、狭くて……こんなに違うのに、どうしてエーシャナだと思い込んでいたんだろ……」
俺がスウェナの膣の中の液体で光る指を見て言うと、スウェナは愕然とした。もう、嘘の生活は送れない。
「俺が口を出すのもなんだけど、やめれば? こんなことしても、気、晴れないでしょ?」
フェイは今までの光景を見ても興奮はもちろんせず、むしろ何も感じすに言った。
「やめればいいんじゃないの? この女と君がどんなことあったかしらないケド」
さらりと言うフェイから風を感じた気がした。
「……そーっすね」
俺は力なく笑って、スウェナの拘束を解いた。スウェナは身を起こし、しかし俺を見て言った。
「ア、アラン。私は……」
「慰めてもらわなくていい。お前はエーシャナじゃないから癒されない」
「……ご、ごめんなさい。エーシャナの事は……」
「出てけよ」
俺の拒絶が受け入れられないスウェナを捨てるように俺は言った。
「ごめんなさい」
そう言ってスウェナは部屋を立ち去った。
「フェイさん」
スウェナを目線が追っていたフェイは声をかけられて、アランの方を振り返った瞬間、目を見開いた。
「んんっ!」
俺は気を抜いているフェイを押し倒し、その上に馬乗りになって、フェイの手首を押さえ、もがくフェイの唇に無理矢理噛みついた。ちゅぱっと唾液を引いて、アランはフェイの唇を舐めた舌をフェイに見せ付ける。
「責任、取って下さい」
「はぁ!?」
フェイは手が自由ではないのでそのまま濡れた唇を晒したまま、アランを睨んだ。妙に色っぽい。
「だって、貴方が暴いたんですよ。俺の生活を」
「知らないし! 離せ!」
フェイは抵抗するが俺はそれをさせない。
「貴方のせいで俺の生活は壊れたンす。責任とってもらわないと」
「何、ソレ!! 俺はアンタの妹の代わりなんかできないよ!」
知ったことじゃないと言いたげなフェイにアランは笑って言った。
「知ってますよ。だから俺と組んで下さい。俺と組んで禁じられた遊びに出て下さい」
「え」
意外な責任の取り方にフェイが当惑する。抵抗が弱まったので俺は続ける。
「俺と死んだエーシャナの夢のために、お願いします!」
俺はそう言って、フェイの瞳を覗き込んだ。フェイは考える様子だったが、この体位が嫌なのか、貞操の危機を感じたのか、哀れに思ってくれたのか、しばらくして小さな声が聞こえた。
「……条件がある」
ばっと頭を上げて意気込んで条件を聞いた。
「俺の過去については一切聞くな」
「ソレは、その眼帯の理由とか、誰と組んでいたかとかですか?」
「ああ。次に俺がお前に付き合うのは第四階層のゲームまで。第三階層になったらペアは解散!」
「ええ~!? それじゃ、夢を叶えられません!!」
「考えてある。お前が第三階層で俺より優れたパートナーを見つけやすいように、負けなしでいっきに上り詰める。お前は負け無しなら組んでほしいヤツは大勢いるだろう」
「そんなぁ……。わざわざ解散するんですかぁ?」
「嫌なら組まない」
ぐっと黙り込んで、続きを待った。
「あ、あとは……基本的には俺に従え。以上」
「なんか、ムチャクチャな条件。いいですよ。それでゲームに出れるなら……」
「よし。じゃ、これからよろしく」
俺はようやくフェイの体から離れ、倒れたフェイを起こすために手を差し伸べた。フェイがその手を取る。二人は手を握った。
――ペアが結成した瞬間だった。
それから俺とフェイさんはペアを組んで禁じられた遊びに参加した。約束通り、一回も負け無しで勝ち進んできた。俺は今回初めて死んだけど、それは俺がゲームメイクしたせいだ。たぶん始めからフェイさんがやってれば俺だって死ななくて済んだはずだ。
「フェイはもともと奴隷さ」
チェシャ猫がうっすら笑って言った。
「それは知ってる、でもそれじゃ理由にならない」
「なんだ、知ってたのか。じゃぁ、教えてやろう、お前がフェイみたいに強くなれる方法」
「え……」
チャシャ猫はニヤついてこっそり俺に耳打ちした。
「血の交わりを持て」
「血の、交わり……?」
「そうさァ。血の交わりってのは別名血約(けつやく)。奴隷と支配者の繋がりを強くするために編み出された方法で、コレを結ぶとな、いろいろ便利なんだ。例えば、今のお前と違ってダメージが激減したりな」
「血、約……」
「そ」
「どうやったら、それを結べるんだ?」
突然、チェシャ猫は消えてしまった。入れ替わりにノック音がしてフェイが姿を現す。
チャシャ猫め、逃げたな。
「目が覚めたの?」
「あ、ハイ。勝ったんですってね。ありがとうございます」
「いいよ。別に。……あ、コレ。タクトから」
手には少しくたびれた様子の紙のチケット。あいつらは電子のチケットを嫌っていて未だに紙なんて古い媒体の物を使っている。まぁその方が偽装が少なくて済むのだそうだ。
「最後のコンサートなんだってさ」
「え? 音楽活動やめるんすか??」
「違う。この階層を去るそうだ。あいつらは次からは第三階層で活動するって」
「階層を登るんすか。……フェイさんが言っていた通りにするんすか」
「らしい」
フェイの様子は少し変だ。あいつらに階層を登るように勧めていたのはフェイだし、何かあったのか。
「あの、フェイさん」
「ん?」
碧の綺麗な目。その目が俺を映してる。
「俺と、血約を結んでくれませんか?」
碧の目が、見開かれた。
「お、お前、なんで……それを……?」
瞬時に情報源がどこからか分かったのか、フェイは虚空を睨んだ。
「チャシャ猫だな! 出て来い! どういうつもりだ!!」
しかし紫色の尻尾どころか姿はかけらもない。
「フェイさん!」
「お前、わかってない! 血約は簡単に出来るものじゃない、お前、チェシャ猫に踊らされてるだけだ!」
「だって、俺!」
フェイは嫌な顔をして、俺に告げた。
「血の交わりを持つってのは、奴隷が本当に身も心も支配者の奴隷になるってことだ。奴隷に自由はない」
「別に俺、フェイさんになら!」
フェイは脅えた目を見せた。
「ア、アラン……俺とお前は絶対に血約は結ばない、絶対にだ!」
「何でっすか!!」
食い下がる俺にフェイは怒鳴った。
「俺には従え! 約束だ」
「フェイさん!」
フェイはアランを振り返らずに部屋から出て行ってしまった。
「あ~あ、怒ったな、完全に」
「チャシャ猫!?」
また現れた少年にアランが驚く。
「代わりに教えてやろうかァ? ここから先は有料だけどな」
ニヤっとチャシャ猫は笑う。
「教えてくれ、何でフェイさんはあんなに感情的に拒否したんだ」
「血約ってのはァ、さっきフェイが言ったみたいに奴隷と支配者の繋がりを強化するために上の階層で用いられる方法でな、この契約は禁界を通じて契約すんだ。
だから一度結んだら契約は破棄も反故もできねぇ。裏切った方は呪いを受けるんだ。その代わり、ダメージは激減するし、ゲーム中はお互いの心が分かるみたいに一体化した動きが出来て有利だ。連携技とかも可能になるしな。利点も多い。
でも裏切った時の痛手が激しいからな、熟練のペアしかやらないんだな。で、禁界を通じる契約っつったな。この契約を結ぶためのスペルはちゃんと存在してる。二人で同時に唱えて、互いの血を交換すんだ。それで、契約完了。
この契約が済むとな、奴隷は支配者の血を求めるようになる。なんでかわかんねぇケド。だから血の交わり、血の約束、血約ってんだ。まぁ、奴隷が支配者の血を定期的に飲むことで契約はより深く、強いものとなるってスンポーだ。
お前とフェイが血約を結べば、お前たちはもっと強くなれる」
チャシャ猫の言葉は魅惑的に聞こえる。
「でもなァ、コレ。さっきの話、聞いてただろ? 奴隷は定期的にってとちっと違うが、支配者の血を飲まなきゃいけないんだぜ? お前、血飲めるのか?」
「……吸血鬼になるってことか?」
「違うけどな、まぁ似たようなモンかもな。残念ながら吸血鬼の知り合いはいねーから知らないけどな。でも吸血鬼みてェにキバが伸びたって話は聞かねぇなぁ?」
「まぁ、そうだろうけど……」
「なァ……。結べよ。フェイと、面白いことになるからさァ」
にやにやしてチェシャ猫が言った。
「でも、フェイさんが……」
「フェイは怖がってるだけだよ。処女が初めてを怖がるのと同じさァ。……初めてといやぁ、そういえばお前、フェイとヤった?」
ニヤニヤした表情がいたずらを企むような顔に変わる。
「は!!?」
アランは自分の顔が真っ赤になっているのを自覚した。その証拠にけたけたとチャシャ猫が笑っている。
「なんだァ。まだかぁ……。晩熟だなぁ。フェイはそんなにガードが固いのかよ、んん?」
「ち、ちがっ!! お、おれは、そんなっ!」
「……そんな? そんな、何だよ? そんな目で見てねぇならそんなに赤くなるなよなぁ? 説得力ないぜ?」
「……」
「でもお前も美人なら性別は関係ないのな。お前の妹も美人だったんだろ?」
「エーシャナとフェイさんを混同したことはない!」
「そぉかァ? まー、外見は似てないわな。エーシャナはお前と同じ黒い髪で黒い目。それに比べてフェイは真っ赤な髪に碧の目だ。同じには見れないか……」
「だから、違うって!」
本気で言うとチェシャ猫は降参、というように肩をすくめ、言う。
「お前がどうしてフェイを自分のモノにしたいかはどうでもいいんだけどなァ……。フェイはやめとけ」
「……どういう意味だよ」
「美しいものには棘があるってことだよ」
アランは比喩的な表現を問いただそうとすると、コール音がして、女の電子音声が自動的に流れ出す。
『ツインナンバー・79、スレイヴァント・アランさま。起きていらっしゃいますね?』
「ああ」
『では、ゲーム終了時刻より最低時刻、48時間が経過いたしましたので、続いてのゲームのご案内をさせていただきます。現時刻より30分後、21:15より、ゲームが開始されますので15分前までにゲートGF4までお越し下さい。なお、ゲーム開始時刻を30分過ぎますと、棄権とみなし、ゲーム自体は……』
「待てよ! 予定では次のゲームは3日後のはずだろ?」
『はい。その予定でしたが、詳細をお聞きになりますか?』
「ああ」
『まず、アランさまが前回ゲームでお受けになられたダメージ係数は3.9、損傷箇所が心臓から3センチ離れただけの場所で、これにより大動脈損傷が主な怪我となります。これにダメージ係数を掛けまして、お休みになれらます最低時間が50時間になります。実際アランさまがお休みなにられました時間は47.7時間です。この間に予定されておりましたゲーム数は35組。アランさまがご復帰なされ当初の予定であります3日の間に組まれておりましたゲーム数は60組。しかしうち、10組はゲームを放棄、または辞退いたしました。そして17組ゲーム予定時間である時間を大幅に縮めての勝利でしたので、現在ゲームを終えた組は58組』
「予定が縮まったんだな?」
『はい。よって次々回のゲームに出場していただくことになります。よろしいですね?』
「わかった」
『では、生きた女神の口づけを』
電子音声はそう流れ、唐突に消え去った。チャシャ猫はニヤニヤして言う。
「大丈夫なのか? お前」
「何が?」
「今の聞いてたケド、お前ダメージ修復最低時間休んでないじゃんか。初めて死んだからわかんないだろうけど、お前、2.7時間ダメージが体に残ってることになるぞ。意外とガタ来るぜ?」
「だ、大丈夫だろ? ソレくらい」
「馬鹿だなぁ……。わかってないよ、お前。お前さっきフェイと喧嘩したじゃないか。そのことフェイに伝えてないだろ? 支配者は奴隷の体調も理解しとかないと、上手くゲームを進められないんだぜ? それになぁ、フェイと喧嘩したってことは、ゲーム中にフェイと上手くやり取りできないってことだ……お前ら、初の黒星かもなァ」
チェシャ猫はニヤリと笑う。愕然としたアランだがそもそもの原因を思い出されてチェシャ猫を睨んだ。
「……チェシャ猫! お前……!!」
「悪ィな。これも仕事でよ。あ、知ってるか? このゲームの面白いトコはさァ、体調が悪いのもちゃーんと、ゲームに反映されるってことでなー」
ぶすり。
「アがっ……。チャシャ猫、テメー……」
腹から血が溢れる。熱い。痛い。ちくしょー、ゲーム前から、こんな!!
「ほらぁ、いいのか? そんなトコで蹲ってて? 時間まであと20分しかねーぞぉ?」
「ぐああああっ!!」
チェシャ猫は急かすように腹に刺さったままのナイフを蹴り上げる。ナイフがもっと奥に入ってきて、アランは呻いた。ニヤニヤと笑ってチェシャ猫がアランの為にドアを開ける。
「黒星無しで第三階層行くんだろぉ? 頑張れよー? もし、勝てたらお詫びにフェイの秘密を教えてやるよ」
チェシャ猫はふらふらしつつ一歩一歩ゆっくり這うように進むアランに満面の笑顔を向けた。
「さー、早く行け。でないと、こんどはフェイを刺すからなー」
それだけ言って、チェシャ猫は消える。
――アラン史上最大のピンチなゲームが始まる。