毒薬試飲会 005

009

「知り合いなんすか? さっきの女」
「ああ。よく世話になってる。お前も今日から第三階層の人間になるんだから、イモムシとはマメに付き合えよ。あいつは情報屋だけじゃない。このチャイナストリートを仕切ってる女だからな。チェイナストリートで揉め事起こすときはあいつの世話にならざるを得ないと思う」
「そんなスゲー人には思えなかったけどな、、まぁ……すげぇ格好でしたが」
「あー、そういえば変わらないな。あの格好。でもイモムシはセックスしやすいようにあの格好しているんじゃないぞ。あれで男を誘惑して好きに使うためだ」
「げ」
「結構、油断ならないぞ。アイツ」
 フェイはそう言って笑った。本当に昔からの付き合いみたいだった。
「これからどうする? 暇になったが、シェロウにでも会いに行くか?」
「え! 会いに行けるんすか!? ってか、アイツらも無事に来てたのかぁ」
「どうせ、ナナヤあたりのコネじゃないか?」
 盗み屋を副業にしているバンドグループSHELLOWはドラムスのナナヤがこの土地であらゆるコネを獲得している。それならば安全に通過する巨大エレベーターでも使ったとしても納得できる。
「確か、イモムシはタオファって言ってたから、こっちだ」
 フェイが歩き出すので、急いでそれに付いて行く。初めての土地じゃないだけにフェイは昨日までここに住んでいたかのように歩いていく。物乞いも、スリも何もかもうまくかわしてスムーズに歩いていってしまう。
 何かここにきてアランはフェイとの距離をいっそう感じるようになった。フェイは誰か知らない人と禁じられた遊びに出ていた。アランと同じスレイヴァントとして。なのにアランと組んだときはドーミネーターも出来た、いや、普通のドーミネーターよりはるかにうまくこなせていた。
 アランは自分がスレイヴァントとしてゲームに出ていただけに、いったいどれほどの経験を重ねればドーミネーターも出来るようになるのかわからない。フェイは第二階層まで行ったことがあるという。すなわち、禁じられた遊びの最高ランク・ランク1のひとつ下、ランク2でゲームをしたことがあるのだ。
「アラン、ここがタオファ地区だ。ここからあいつら探すのは結構骨がいるが、どうする?」
「……こんな広いんすか? どーやって探すんです?」
「まぁ、なんとなく探せば見つかる。が、先にメシにする? 宿取っとく?」
「んーと、どうしましょう。俺、ぜんぜんわからないんでフェイさんに任せますよ」
「……わかった。先に探すか」
 フェイはそう言うと、そこら辺で怪しい露天を出しているおっさんに近づいた。
「お前、ソレいくらだ?」
 あからさまにヤバイものを買うつもりなのか?
「おー、にいちゃん、キレーだねぇ。これよか、コッチで天国見ないかィ?」
「悪いけど、使うの俺じゃないんだ。……ここらで最近ジャッポーネの四人組が来てるはずなんだが……知ってるか? 音楽やってたりすんだけどな」
 ニヤニヤ笑うオヤジはフェイの顔を覗き込む。
「さー? どうだったかねぇ?」
「コレ、知ってるぜ? いっきにぶっとぶヤツだろう? でもコッチのほうが実はスゲーんだよな?」
 フェイは小瓶を物色するかのようにオヤジに笑いかける。
「よく知ってるねェ? 試された?」
「いんやー。知り合いにコレ系のヤツ、いたんだよー。いくら?」
「今なら、コレもつけていいよー。にいちゃんはわかってるねー?」
「へー。それは初めて見るな。いいな」
「銅貨8枚だ。お得だろォ?」
「8枚はちょっといただけねー。半分だね」
「いやっ! このオマケはすげーんだ。それに、欲しいだろぉ?」
「んー、もちょっとほかの店見てもいいんだぜー?」
「うまいな、兄ちゃん。よっし、7枚でどうだ??」
「まだたけぇなー。もう少しかな? あっちの通りにはコレ、3枚で売るガキがいるよなー?」
「くー、わかった、これ以上は下げられねぇ! 6枚だ!!」
「あと一声! なー、いいだろぉ? な?」
 フェイが鼻にかかったような甘い声を出して訊く。そんな声アランも始めて聞いたので驚きを隠せない。
「しょうがねぇ!! 別嬪な兄ちゃんに免じて、5枚だ!!」
「買った!」
 フェイが笑うとオヤジも笑った。そうしてフェイの耳元に唇を寄せる。何してんだ、と思ったがフェイが笑っているので大丈夫なのだろう。
 5枚の銅貨を渡して、小瓶を三本と飴みたいのを五つもらうとフェイはオヤジに笑って挨拶をしてアランの方に戻った。
「あー、行くか。わかったぞ」
「へぇ? わかったんすか? 今ので!?」
「そうだ。簡単な情報ならここらで出店しているヤツなら大抵知ってる。情報屋に聞くより安い。おまけに商品も手に入るからな」
 フェイは手にした袋を持ち上げて見せた。
「あの、ソレなんすか?」
「知らねーの!? 第四階層にもあったろ? 催淫剤だよ」
「ぶっ!!」
 普通にお菓子を買うかのように笑いながら値を下げてゲットしたものが、まさかアッチの道具だったとは。
「あの……ソレどうするんですか?」
「ムツキにやる」
「えぇ!?」
「ジャッポーネは真面目な人間が多い反面、マニアックなヤツが多いって聞いたからなぁ。おもしろそうだろ?」
 それって……。あの……。
「アランも試すか? 相手は適当に見繕ってからの方がいぞ。けっこうしんどいから」
 フェイはそう言って普通に飲むか? みたいな感覚で勧めてくる。誘っている、わけではない。……らしい。
「結構ッス」
 そんな会話をしてたどり着いたのが普通の店が入っている建物。そこの外階段を上って、三階がヤツらの住処らしい。ノックしようとしたフェイの手がノック寸前で止まる。
「どうしたんスか?」
「……お愉しみの最中っぽい」
「お楽しみ??」
 フェイは珍しくニヤっと笑って、ドアノブを蹴飛ばして、鍵をぶっ壊した。
「えぇ~!!」
 フェイがアランを招いて、勝手に許可なく侵入する。いいのか、いくら知り合いでも……。と思っていたアランの視界に飛び込んできたのは、アランを思考停止させるに十分だった。
「よ! 久しぶり」
 フェイは朗らかに挨拶する。
「え! なっ! なぁあ、ぁあ~!!?」
「おい、久しぶりの前に言うことあるだろ」
 ムツキが不機嫌そうに言い返した。
「ひん! ちょ、動くなァ、あ、あん!!」
 ムツキの膝の上に全裸のタクト。そのタクトとムツキはまさにやっちゃっている最中で、タクトの後孔にはムツキの楔で埋められている。埋められている周辺の肌は白く汚れていていやらしい。他にも前とか、いろいろ汚れている。
 タクトの汗にはり付いた黒髪は妙に色っぽい。快感に涙を流して、うっすらと目元を紅に染め、身体全体がピンク色になっている。向かい合う形で抱き合いつつ行為を行っていたからアランはタクトの前の状況を見ないようにしつつ、二人から目を逸らした。
 いくら他人とはいえ、反応してしまいそうだ。しかしフェイはニヤニヤしている。アレ!? フェイさんってこんな性格だったっけ??
「俺達も第三階層に来たんだ。ご挨拶にな、これからもヨロシク」
「わかったから、状況考えろよ。ってか、出てけよ」
 タクトは今の状況を必死に考えないようにしているのか、快感に耐えているのか、ぎゅっとムツキに抱きついて肩口に顔を埋めている。そりゃそうだ、だってまだ入ったままなんだから。
「ああ。ナナヤとケイスケは?」
「……出かけた」
「で、二人きりになったからって早速? そんな飢えてんの? オマエら」
「ちげーよ!」
 ようやく会話できる程度に何かを押さえ込んだらしいタクトが必死に言い返した。
「ふーん。じゃ、俺二人が帰ってくるまでここで待ってようかなぁ?」
「はぁ!!」
 怒鳴った拍子に感じたらしく、喘ぎを漏らすタクトをよしよし、と撫でてムツキが言った。
「邪魔」
「気にしなくていいぞ?」
「気になるわ!!」
「ってか、マジで出てけェッ!!」
 タクトが半泣きで叫んだ。その様子は懇願に近いものがある。
「わかった、わかったって。じゃ、コレ挨拶代わりに……愉しめよ?」
 フェイはそう言って先ほど買ったヤバイ薬を置いていった。
「使い方知ってるよな?」
「知らんわい、そんなもん」
「へー。マジで? まぁ、一日に一つしとけ。それ以上やると廃人になる」
 フェイはそう言ってアランの肩を叩いた。
「じゃ、またな」
「……見られた……。ナナヤとケイスケにも見られたことなかったのに……」
 マジ半泣きでタクトがしょげている。それを励ます代わりか、下から思いっ切りムツキが突き上げる。突然の刺激に高い声が漏れ、タクトが仰け反る。
「じゃ、また。邪魔したな」
 フェイは最後まで楽しそうに出て行った。ってか、扉はいいんですか?

「あー楽しかった!」
「……悪魔だ」
「何か言ったか?」
 フェイは低く呟いた。アランは意外な一面を見た気がした。いつもフェイは一歩はなれたところで物事を見ているようなカンジがあった。それが、第三階層に来てそうではない感じがする。
「……楽しそうっすね」
「ああ。楽しい。久しぶりだから、第三階層」
 フェイはさらっといって、歩き出す。今度はどこに向かっているのだろう。我が物顔で歩けるほど長い間、第三階層にはいたんだ。
 フェイさんは第三階層が好きだったんだろうか? 第四階層より。俺がいた、第四階層より。誰かと共に歩いた第三階層の方が。
 この時点で、フェイとアランには距離が生じていた。これから離れてしまう不安にさいまなれるアランと何を考えているかわからないフェイ。この後に本当に別れてしまうのを予感させるような距離が。

 どうも、はじめましてお客様。俺の名前はチェシャ猫。
 そ、アリスのワンダーランドに出てくる気味の悪いネコのことぉ。
 そんな風には見えないってぇ? ありがたいことだねー。おい、イモムシ、そんなことなくえげつないとか言ってんじゃねーよ。
 ……で、本題にはいろォか? わざわざ俺様チェシャ猫とイモムシ連名の御指名とは、アンタ一体、何がお望みで? 
 ……はっっはーん。なるほどォ。で、俺等二人を? わかりましたとも。お客様。アンタの望みはたぶん叶えてあげられるよ? だって今、俺が注目してる奴らがココ、第三階層にいるからね。
 古来から人間てのは自分が生きている生活に満足しつつも夢を見ずに入られないものさァ。貧乏人は金持ちに、町人は貴族に、一度でもいいから白馬の皇子様が。
 ……そう、ありえないからこそ、の夢。だからこそ……。
「あんたの例えってわかりにくいのよぉ。つまりねぇ、貴女に話して聞かせてあげることはァ、貴女にとっての非現実って事」
 おい、テメー、対して変わりないじゃねぇか! じゃ、ここで首を長くして待ってるといいぜ。
 じっくりと。そうもう始まっているからさァ。ここではアリスは全員がアリス。アリスを惑わすのはアリス自身だ。
 イジワルなネコは俺、エラソーな女王はここにはいない!
 アリスの悲しいワンダーランド、他のアリスにとってはたのしーワンダーランド。
 さぁ! アンタは楽しむ事が、できるかいィ?

「馬鹿な!」
 フェイが少し怒って小さな卓を叩いた。ここはこの前の情報屋の店。相変わらず誘惑的な服装のゴージャスな美貌の女が知らん顔で水キセルからぷかぁっと煙を吐いた。
「だってねー、あんた言わなかったじゃない? この坊やにどんな子をドーミネーターにしてほしいか、とかぁ。あたしだって情報屋よ? リストは出来上がってる。でも、そのリストはヒット数いくつと思ってる? あんた、それをあたしがすぐに上げたとして全員確かめられるわけぇ? できないでしょー。だから、マダなの」
 おわかり? と煙をフェイに吐きつける。そう、俺のドーミネーターがまだ見つからないのだ。
 フェイにとっては意外に意外だったらしく10日前にもなれば絞り込めていると思っていたらしい。ところがこちらが条件を出さなかったので絞込みがすんでいない、ましてはあと10日では絞込み切れないと言った。
 フェイはそれでは困る。フェイはどうしてか知らないが第三階層でゲームはしたくないらしい。
「だから、もぉちょっと待ってって言ってるの。あんた、あたしだって暇じゃないのよ。いくらなじみとはいえ、あんな金じゃ優先する依頼じゃないもの。だからもうちょっとしたら終わることなの。確認しなかったあんたが悪いのよ? 契約の前に一方的な依頼だったでしょう?」
 そこはフェイに非がある。20日以内と言わなかったし、アランについても紹介しただけ。フェイは過去の経験からこの程度でイモムシが仕事をこなしてくれると思っていたみたいだ。
「いいじゃない。出れば。それにね、アランって子の実力がわかんなきゃ、紹介はしても組んでくれないわよ。あんたたちが一回勝って、アランと組ませたい力を見せる事だって必要なの」
 確かに、アランだって見知らぬ力量もわからないやつとは組みたくない。
「坊やは知らないだろうけど、このランク3のゲームはそんなに甘いもんじゃないわ。あんたたちランク4までは負け無しで来たんですってね。そんなのここではザラにあるわよ。知ってるから、フェイ、あんたできると思ったんでしょう? ペアってのは大事なの、アンタよく知ってるでしょう? 坊やはアンタ意外と組んだ事はないのよ? 不安に決まってる。そこら辺考えたんでしょうね? あんたの事情はわかる、でも坊やにはそんなことは関係ないの。……フェイ、これはアンタだけの問題じゃないわ」
「……わかってる」
「いいえ。わかってるとは思えない。あんたは早くここからううん、第二階層から離れたいだけね?」
「ちが」
「違わないわ。あんたの都合はあたしだってわかっているつもり、でも今回の依頼は譲れません。あんたはそういう顔するなら最初から坊やと組まなきゃよかったんだわ」
 フェイはつらそうな表情をしていた。
「第二階層へのカットはできる。ハックされる位までには坊やの相手も見つかる。安心していい。そうしたらあんたはまた階層を降りればいいのよ、簡単じゃない。不安なら髪でも染めればいいわ」
「……フェイさん」
「なんだ?」
「いえ……」
 アランは聞きたいことを留めた。ここにはイモムシがいる、二人きりの時でいい。
「あんたの過去に俺と別れる理由があるのか、そう聞きたいんじゃない? 坊や」
 アランは目を見開いた。
「教えてあげましょう? あたしは教えることが生業」
「イモムシ!!」
「関係あるわ。この男はね、過去の清算をまったくせずに逃げた男なの。そのツケをアンタが払っているのよ」
 イモムシはニィっと哂った。
「自分の美貌が嫌いなクセに、あんた、自分の美貌を使っている事に気付いていないわよ」
 イモムシの微笑みはフェイにも向けられた。フェイの顔が歪んでいく。
「お前もチェシャ猫も、俺が悪いって言うんだな。俺が……悪いんだけどな、実際」
「悪なんてココには存在しない。あんたは悪になりきれてないだけよォ」
 イモムシはそう言って今度は優しく微笑んだ。フェイがつられて力なく笑う。
「さ、あたしの言いたいことはわかったでしょ? 今日はもう帰んなさい」
「ああ、邪魔したな」
 出口に向かって歩き出したフェイに従うようにアランも歩き出す。アランはイモムシの微笑みが何かを語っているような気がしてならなかった。
「あの、フェイさん……」
「一回だけ、一回だけならお前とゲームしても……いい」
「え」
 アランは目を剥いて驚き、次いで頬を綻ばせて喜んだ。
「マジっすか!? いいんすか?」
「ああ。イモムシの言う事も一理あるしな。お前のパートナーが決まらないままは、階層も下れない」
 ちゃんと自分のことを考えていてくれたんだ。アランはフェイの一言で一喜一憂してしまう。それだけフェイが大事で、フェイのことしか考えられない。
 第二期階層に着いてから急にフェイが愛しくてたまらなくなった。俺のものだけにしたい。フェイの隻眼に自分だけを映して、首輪で繋いで、閉じ込めて……おれしか要らなくなったらどうなるんだろう。その欲望を押し留めているのはアランの理性だ。安心していられない。
 ここは理性が不要な快楽の土地。すぐに理性を飛ばしてしまうから、気をつけないと。フェイに嫌われてしまう。自分の欲望よりフェイに嫌われるほうがいやだ。

「お前、タチ悪ィよ」
 フェイとアランが帰った後のイモムシの店の天蓋付きベッドからチェシャ猫が顔を覗かせる。ベッドに寝転がり、尻尾をぷらんと揺らして意地悪くニヤついて笑う。
「あんたほどじゃないわァ」
 イモムシも負けじと笑い、ベッドに腰掛けた。
「いやー、お前には負けるね」
 腰掛けたイモムシを引き倒し、その上にチェシャ猫が覆いかぶさる。
「あんたこそ」
「まぁ、いーや。で? うまくいきそうか?」
「ええ」
 ニィっとチェシャ猫は笑ってこう言った。
「どうだい? オキャクサマ。如何かな? お前のココにこの話は響くかなァ……?」
 そうしてチェシャ猫はイモムシの真っ赤な口に齧り付いた。