010
「さぁーて今宵はオキャクサマにとってニューフェイス! 第三階層ランク3から負けなしで登ってきた新人だよ! ナンバー79のドーミネーター・フェイとスレイヴァント・アランのペア!」
驚いた事に第三階層の実況兼アナウンスの役目を男がしていた。第五階層も四階層も女がしていただけあってアランは驚いた。アランはゲーム直前会場入りしているので目隠しされているが、恐らく声からして男。
この前フェイとゲームを観戦した時にはアナウンスは女がやっていたから余計に驚いたのかもしれない。フェイは今どんな気持ちかな? ゲームをする決心をしたのはきっとイモムシのお陰だ。彼女の言葉がなければきっと、フェイはゲーム参加を渋っていただろう。
彼は何を恐れているのだろうか。イモムシの言う通りにフェイは目立つ赤い髪を青く染めていた。
「対しますは、こちらも一年前にこのランクに登場した新顔卒業したてのナンバー344のドーミネーター・キューディーとスレイヴァント・フィフィスのペア。キューディーの安定した禁術に合わせたフィフィスの攻撃でこれまで新人としては多い勝ち星を得ているよ!」
相手の奴らはどんなだろう。でも大丈夫。初のランク3でもフェイさんと一緒なら!
「さぁて、一体どんなゲームがみられるのかなっ!? 生きた女神の口づけは誰が得るのかな?? さぁてっ!! 皆様お待ちかね!! スレイヴァントの開放だよ!!」
鎖がじゃらじゃら動く音と共に身が自由になる。上を見上げないと姿が見えないドーミネーターのフェイさんは一体どんな気持ちだろう。
相手を見ると驚いた事に、アランと同じスレイヴァントの少年は笑っていた。にこにこと。戦意が感じられない相手とぶつかるのは初めてだった。それと同じように向こうのドーミネーターもまた、笑っている。
「いつものようにフィフィス、キューディー、余裕の笑みです! 初顔フェイは無表情、アランは戦意十分のようですよ? さー皆さん大いに楽しんでっ!! ……ゲームスタートォ!!」
その声と同時に飛び出そうとした俺にフェイさんの静かな声が降ってくる。
(動くな)
思わず上を見上げてしまった。そんなことしてもフェイさんの顔が見えないことくらいわかっていたけど。
「おやぁ? 両者動きません。これは、どうしたことでしょう?」
(何でっすか? フェイさん)
その答えはフェイさんではなくて、相手のドーミネーターが教えてくれた。
『ほぅ。感心しました』
笑みを一層深くして相手のドーミネーターは呟く。
『よく私が構成した禁術を見破りましたね』
『……開始前から禁術構成するなんてね。いつもその手なの?』
『いえ。今回はランク4から上ってきての初戦と窺いましたので、きっと戦意十分と思っての策ですが、意外と冷静でしたね。観察眼もお持ちのようだ。……フィフィス』
『ああ』
『アラン!』
『はいっ!』
フェイさんの声で俺も動く。フィフィスというヤツ、速い! 一瞬で距離を詰められて俺は焦った。ニッコリ笑ったまま、殺気が……こいつ感じられない! 攻撃が読みにくい!!
(アラン、焦るな。気配は感じられるだろう?)
(はい、でも!)
(ヤツの顔や手元を注視するな、騙されるから)
(はい!)
「ようやく両者のスレイヴァントが動き始めました!! フィフィス、得物なしでもその戦いは余裕です、アラン、少し焦っているようですね。やはりランクの差を感じるか?!」
『ピキュアス・デル・エル・ア・イゲドネス……』
「おおっと! ここでキューディー、禁術を使います! そして安定していますね。禁術がゆらぐ事はありません。この攻撃にフェイはどう対応するのか!?」
(アラン、今回のゲームはお前が勝たなきゃいけない)
アランはフェイの言葉を聞きながらフィフィスと戦うので精一杯だ。
(俺は攻撃しない。だから、お前のサポートしか出来ない)
(はい)
それはこのゲームでアランがフェイ以外のドーミネーターを得るためだ。フェイのお陰ではなく、アラン自身で勝たないと、意味がないのだ。しかしそれではフェイと離れてしまう。永遠に別れてしまう。……初めてアランは負けてもいいと感じた。あれだけ勝ち続けることを望み、ココまで来たというのに……。
(アラン、お前のクセ、呼吸、俺は知っている)
フェイの静かな響く声の裏で敵のドーミネーターの禁術形成の声が聞こえる。それを邪魔するでもなく、自分への武器を形成するでもなく、きっと静かに無表情で……冷静に見ているに違いない。
この視線が、フェイがいたから、自分は安心して戦い続けてこれた。勝ってこれた。次からはこの目線は、この安心感はきっとない。
(だから安心しておまえ自身が考えて戦え)
(……はい)
はじめはアランはフェイと禁じられた遊びに出たかったのではなかった。本当はエーシャナと……。しかしエーシャナはもういない。代わりにフェイがいてくれた。自分を鍛え、育ててくれた。ここまで強くなれたのはフェイのお陰。でも彼はもう自分の元を去ってしまう。
――そう、これからは自分で考えて戦っていかなければいけないのだ。
「きます! きます! キューディーの禁術が、完成です!!」
『そなたらは、闇を貫く幾筋の光の軌跡。伸ばせ、その意思を、その力を存分に振るえ、そなたらの名は槍!!』
敵の直後にフェイさんの声が高らかに響いた。しかし自分の手元に武器が形成されている感じはしない。
「フェイ、禁術形成が速いです! そして正確! しかしアランの手元に武器はありません。失敗か……いえ、こ、これはっ!!」
突然、フィフィスの身体から曲がりくねった木の枝のようなものが生え、いっきに伸びる。それは意思を持っているかのようにアラン目掛けて振り下ろされる。木というか動きがまるで誰かがその木を武器にして操っているかのような……。何本もの木のようなものが一斉に全方向からアランを狙い、アランは逃げ場を探す。しかしもう、間に合わないと悟り、受身を取った瞬間にその木が一斉に逆方向に伸び、地面に突き刺さった。
『地中より湧き出でて、暗黒の沼に一条の光となって、空と大地を繋ぎ留める。そなたの名は、槍!』
今度はアランの手の中に形成の感触があった。そして今なら木によって張り付けになっているフィフィスを狙える! アランはフェイの指示がなくとも命令がわかった。そしてアナウンスも挟ませない間で、形成された瞬間に槍を投げつけた。その槍は狙ったとおりにフィフィスの胸を貫通する。
『フィフィス!』
「攻撃が決まりましたぁ~!! アラン、命中です。キューディー、フィフィスの身体に武器を形成し、動かしていたようですがその狙いがフェイに悟られていたようです。フェイ、フィフィスの身体の武器を見事に利用してダメージを与えました。しかし、アランの行動の速さ、攻撃力にフィフィス、動けません、一気に畳み掛けてしまうのか!!?」
『力無きもの、それは汝。解く消えよ。汝らを縛り付けるものなど存在しない』
「キューディー、自身の形成した禁術を解体しました。そして次の禁術に入ります」
『そなたは生命の泉。生命の源。生命の風。吹け、ここに。沸きあがれ、ここに。そなたの名は、癒し!』
そうキューディーが叫んだ瞬間、フィフィスの血が止まり、傷が癒されていく。せっかくの攻撃がなかったことになってしまったようだ。
『君たちを侮っていたようです。まさかこの術が破られてしまうとは……』
キューディーがフェイに声を掛けたようだ。
『やるな。ランク4から初戦とは思えないよ』
笑ってフィフィスがアランに言う。
『そりゃ、どうも』
『君たちのゲームを見たよ。君たちはカウンター攻撃をよくしているんだね。今のもそうだ。相手の禁術を上手く使って自分たちの攻撃に変えてしまう。……非常にやりにくい相手だ』
(アラン、何か方法は思いついたか?)
(いえ、なんかこっちが突っ込むとやられる気配がして、なかなか……)
相手が話しかけているのをいいことにフェイが問いかけてくる。
『でも、それは私たちも一緒でね……そろそろ君たちに私たちは攻撃してもらいたいんだがどうだろう?』
『そう言ってやる奴の言うこと聞くと思う?』
フェイはキューディーと話している間にアランとの通信を行う。
(そうだな……お前の攻撃だけじゃ勝てないな。たっくランク3でも中程度の奴ら当ててくるとはな)
(そうなんすか? でもこいつらも新人に近いって……)
(俺らがそうだったようにこいつらも実力があって新人でもランク3でのゲームで勝ってばっかいるに違いない。さすがにランク3で負け無しではないだろうが……)
(そうなんスか! じゃ、どうするんですか?)
(ドーミネーターを潰すしかない)
『そうか……ではこちらは特大の禁術攻撃をしてもいいかな? 君も耐えられないようなのを、ね』
『俺に聞くことじゃないと思うが?』
『そうだね』
(今までお前には言ってなかったけれど俺はラストスペルを聞けば大体どんな禁術がくるかわかる。だから自分の禁術形成速度と正確さを上げれば対応できた。でも今回は……こいつらもそれが出来る可能性が高い)
(ええ! そんなことできるんすか??)
(ああ。俺も完壁には出来ないけどな)
『じゃ、お言葉に甘えて、頑張らせてもらうよ。フィフィス!』
『ああ!!』
再び、フィフィスが俺目掛けて攻撃をしてくる。
『一つのところに集まって、群れを成して襲い来る。我が手に宿りし強大なそなたの名は、光!!』
「キュディー、なんと、レーザービーム。しかも強力なようです! この波長は紫外線を越えています! 目視する事は適いません! フェイ、一体どうやって対応するのか、そしてこの攻撃はどこに向かうのか!!?」
『アラン!』
フェイの焦った声に俺は思わず敵のドーミネーターを見てしまった。
『がはっ!』
その間に鳩尾にフィフィスの拳がのめり込む。
『違うよ。私が狙っているのは、君だ。フェイ』
『全てを跳ね返す、清らなるもの、その意思はなによりも強固! そなたの名は、鏡!!』
フェイさんの早口が聞こえた。なんとか意識を失わないように歯を食いしばって、倒れないようにする。
『いや、正確には君の座っている椅子、だ』
『え?』
フェイさんの戸惑いの声がしてすぐ直後に破壊音が響く。上を向いて驚いた。
「これは意表をついてきました! キューディー! なんと壊したのはフェイが座っていた椅子です。椅子は難なく破壊され、フェイは落下しました! フェイ無事でしょうか??」
『フェイさん!!』
目を剥いて叫ぶ俺にフィフィスは攻撃を仕掛けてこない。これでフェイが死んだと思っているのだろう。破壊された衝撃で舞っていた土ぼこりが収まって、無事に立つフェイを見てアランは一安心する。しかしその影に向かってフィフィスが駆けていくのを見てアランは急いでその後を追った。
「フェイはあの落下を難なくこなしましたが、これでフェイはスレイヴァントの戦いに巻き込まれ、いっきに不利に! そこにフィフィスが突っ込みます! フェイ、ピンチです!!」
『来い! アラン』
フェイさんの力強い声に、身体が反応する。フィフィスの直線的な攻撃を軽やかにかわしたフェイさんにフィフィスが舌打ちする。一発目をしのげばもう、やらせはしない! 俺が、させない!!
『ほぅ。結構速い攻撃だったんですが……』
『これは意外だった。こんな攻撃受けたのは初めてだね』
『そうでしょう。私も初めてしました』
『結構驚くよ。君も落ちてみる?』
『いいえ、遠慮します』
『俺達の攻撃を受けたがっていたね? ……その望みに応えてあげる』
『それは、怖いですね。やらせると思いますか?』
『思うね。アランがさせないから』
フェイさんが俺を信用してくれている。きっとフィフィスにフェイさんを攻撃させる気なんだろうが、させるものか! フェイさんは必ず守ってやる!
『滞空を静止させ、全ての生命を奪うもの。古代から親しまれし、鉄の味。そなたの名は、剣』
フェイさんがすらすら口にする。馴染み深いその響き。俺が最も得意とする武器だ。
『キューディー!』
フィフィスが武器を求める。そう、素手と剣じゃ圧倒的に剣が有利。相手の武器生成の時間で形成速度の速いフェイさんの禁術が構築される。
「すでにラストスペル! 速いです、フェイ! キューディーもフィフィスに与える武器形成の禁術がラストスペルに入りました!」
同時に響き出す禁世の言葉。
『全ての円は我に従え。我が導くは攻撃の標(しるし)。そなたは刃。そなたは炎。そなたは怒り』
「フェイ、これはいきなりランク3の禁術です!」
禁術にはそれぞれのランクによって使えるものが決まっている。これは定められているものではない。使える奴はランクは関係なく使うことが出来る。
しかし実際はそうはいかない。禁術は使う者を禁世に引き込む。禁世に抵抗できる躯と禁世と触れ合っても壊れない精神がないとそれ相応の禁術は使えない。禁世はどんな世界か誰も知らないけれど、こちらにとって危険な世界だ。だから禁じられた遊び以外ではどんなに便利でも使われない。
このコロッセウムという特別な場所なら禁世からの影響を受けないように出来ているからだ。普通の場所で禁術を使うと禁力を引き出す前にこっちが禁世に引っ張られる。引き込まれたらそれで終わりだ。行方不明になったものもいれば、その場で木っ端微塵になったやつもいるらしい。いいほうで精神破壊。だから自分が使える禁術を超えるような行為はしない。だから力によってわけられているこのゲームではランクによって使える禁術が自然と限られてくる。
『全てが集まり、円となれ! 我は導(しるべ)、そなたと共に奔る者』
だから初めてのランク3のゲームでランク4の禁術しか使えないはずのフェイがランク3の禁術を使っているのが皆、不思議と共に、驚きなのだ。でもアランは知っている。
フェイはランク2の経験者。禁術をどの程度まで使えるのかはアランでも知らないが相当強い事だけは確かだ。
『滞空を静止させ、全ての生命を奪うもの。古代から親しまれし、鉄の味。そなたの名は、剣!』
「ここでキューディーの禁術完成です! 同じく剣を持たせました! しかしフェイの攻撃は止まっていません。どう対処するのでしょうか??」
『そなたは円! 我の望みに今こそ応えよ!!』
フェイの声が響いた後すぐにキューディーの真下の床にさっと素早く円が描かれる。そして次の刹那、その円が、いや円が描かれた部分が垂直に立ち上がるようにして炎が燃え上がった。その炎はキューディーの座っている場所までいや、天井まで燃え上がった。
(アラン離れろ!!)
フェイの言葉に従い、アランはいっきに距離を取る。すると同じような円が描かれ、一瞬にしてフィフィスをも包み込む。アランも少し呆然としてその光景を眺めた。
「これは、フェイの禁術が炸裂! 二人は生きているのでしょうかぁ~!?」
『イゲス、テラス、アヴァス、ラヴァス!!』
「フェイ、攻撃の手を緩めません。一気に畳み掛けるようですが、キューディーはどうするのでしょうか??」
(アラン、氷に登って上で待て!)
(はい!)
燃え盛る炎の傍に出現する氷の板。それは連続的に上に上に生じて階段のような役割を果たして跳躍の苦手なアランをどんどん上に運ぶ。次々と炎の熱気に溶かされて形成された氷は消えていく。アランとフェイのタイミングが合わないと失敗する攻撃だった。
フェイはキューディーの背後にアランを位置づけた瞬間に炎が消える。中から現れたのは土の塊。さすがランク3の相手だ。フェイの禁術攻撃を防いでいた。
『残念でしたね。炎の勢いに飲まれて私の声が聞こえないのが幸いし……!』
相手の言葉なんか待ってやらない。アランはいっきにキューディーの首に剣を差し込み、動かした。
「あ、ああ~~!! アラン、背後から見事、キューディーへ攻撃を決めました。キューディー応答できません!!」
フェイはフィフィスの炎も止めた。焼け焦げたフィフィスの体が音を立てて倒れこむ。
「同時にフィフィスも応答できません! フェイ、初のランク3のゲームで見事勝利を飾りましたぁ!! 今宵、生きた女神の口づけはルーキーのもとに!! フェイ、最後まで攻撃の手を緩めませんでした。アランは最後に見事なタイミングでの攻撃と共によくフィフィスの猛攻に耐えましたぁ!!」
うおおおーと歓声が沸きあがる。初ランク3のゲームとしては最高なゲームが出来たと思う。フェイが笑ってアランの方を見た。いつもは上からその笑みを見ているが、今日は椅子が壊されたせいで目線が一緒だったのがうれしかった。
その光景も消えうせて、いつものように裏の控え室で寝転がっていた。係員の女が俺の肩から機械の接続を取り外す。その瞬間に控え室を飛び出していた。フェイに逢うために!!
「フェイさん!」
「いいゲームだったな」
「はい!」
フェイさんも笑っていた。だけど……。
「フェイさん、これで俺ら、お別れ、なんすよね」
「……ああ」
「考え直してはもらえないでしょうか? 俺、まだフェイさんと一緒にゲームしたいです。この前、フェイさん、俺に言いました。どこが好きなんだって……。俺、考えたんです。俺、フェイさんと恋愛関係になんなくてもいーッス。俺、フェイさんとゲームしているのが好きなんです」
「……アラン」
アランはさっきのゲームでようやく自分の気持ちが本当はどういうものだったかわかった。自分の気持ちにも整理がついた気がする。いや、唐突に理解したのだ。霧が晴れたかのように!
「フェイさんとキスしたりセックスしたり、そりゃ本音言うと、したいです。フェイさんは魅力的です。綺麗だし、いろいろ。でも、今はそういう関係じゃなくてもいいんです。俺、どうしてフェイさんと一緒にいたか、思い出したんです。俺は第一階層に行きたかった。その為にフェイさんに協力してもらいました」
そう、フェイに請うたのはエーシャナの代わりにゲームに参加してもらうこと。その条件にフェイが言ったのは過去を聞かない、ゲームは第四階層までなら付き合う、基本的に従えの三つ。
「俺はうぬぼれかも知れないですけど、フェイさんとなら第一階層に行けるって思います。さっきフェイさんは言いました。俺のクセ、呼吸を知ってるって。俺はフェイさんの事知りません。でもフェイさんは俺のこと知ってるじゃないですか。ゲームするのにこれ以上いい相手はいないですよ。だって俺は奴隷であなたは支配者だ」
アランはどうしてフェイと別れたくないか、やっとわかったのだ。フェイと恋愛したいわけじゃない。フェイと離れてしまうことが嫌だ。何故か? 自分に問いかけた答えは自然と浮かび上がった。フェイとゲームできなくなることがいやだ。
「フェイさんと一緒にゲームしたいです。フェイさんがどうして第三階層をあんなに楽しそうに過ごしていたのに第三階層を去りたいのか俺、わかりません」
「楽しそうだった……?」
「はい。わかってます。フェイさんに何か理由があるって。だから俺と新しく約束してください」
フェイが意外そうな顔で驚いている。
「俺、ここでフェイさんと別れるのは我慢します。その代わり永遠に別れたくないです。イモムシの紹介してくれたヤツと組んでみます。そこで俺ゲームを続けます。だからフェイさんはその間に過去を清算してきてください」
「え? ……それは……」
「イモムシが言ってました。過去を清算しないで逃げてきたって。だから清算してきてください。それが終わったらまた、俺とペア組みましょう。俺のために第一階層に一緒に行ってください」
「アラン……」
「これ位いいですよね? 俺、フェイさんの都合に巻き込まれているんですから」
フェイは無理矢理笑う俺をどう見ているだろうか。でも大好きなフェイさんをこれ以上困らせたくないし、だからといって永遠に別れたくない。これが俺のベストアンサー。
「その時にまた告白しますから、セックスのことも考えておいてくださいよ?」
半分冗談、半分本気で告白も延長しておく。諦めたわけじゃないんだってことで。
「……俺、お前の要求を聞くしかないじゃないか」
フェイさんは泣きそうな顔で笑って俺に頷いてくれた。
「俺の言ったとおりになっただろォ?」
紫と黒の縞模様の猫の尻尾が揺れている。口元にはいつものニヤついた笑み。
「ああ。そうだな」
青い画面から目を逸らさずに、低く声が響いた。
「ちょっと意外ねぇ」
イモムシが水パイプの煙をアランに吹き付ける。それを手で払ってアランは表情で疑問符を浮かべた。
「だってぇ、絶対フェイと離れたくないって泣きつくと思ってたのにね~」
「いいんだ。フェイさんが約束守ってくれるって約束してくれたから」
「なぁに? それー」
イモムシは呆れたように呟いた。ゲームが終わって三日経ったらめどもつくから足を運んで欲しいといわれたのだ。それでイモムシの屋敷? に来ているのである。
俺の新しいドーミネーターが決まるんだから内心どきどきしている。フェイさんも心配なようでイモムシを急かしている。
「じゃ、伝えるわね? 一番あたしがいいと思うのは、この子ね」
二人の前に青い画面が浮かび上がってそこに金髪の青年が映し出される。
「名前はハーン。ランク3の上位に入っていた男よ。性格、戦術、禁術いろいろ考えてアランと一番合うのはこの子ね。今は無職。生きる為に仕事してるって感じ。もともとランク5からゲーム参加してたんだけど、ランク3で一緒だったスレイヴァントが死んで、それからゲームはしてないわ」
「……」
フェイは黙ったままだ。アランは顔をまじまじと眺める。この男の命令を聞くことになるのか。
「会ってみる? まだ連絡は入れてないから、アランが会う気があるなら連絡するわ」
「一応、候補の人、全員見してくれるか?」
「いいわよぉ。次はァー、この子」
金髪の青年が消えて、青い髪のアランと同じくらいの少年が映し出される。
そんなやりとりを一時間くらい続けてアランはやっぱりハーンと会ってみることをイモムシに告げ、店を後にした。フェイはアランとイモムシが話している間、ずっと黙っていた。少しは相談に乗ってくれると思っていただけに、ちょっと悲しかった。
「フェイさんはどの人がいいと思いました?」
「直感じゃなー。そいつらのゲーム、見たこと……ないし」
少し自身無さそうにフェイさんが言う。
「まぁ、そうなんすけど」
俺とフェイさんの借家は結構人通りの少ない場所にした。空き巣なんてのはここじゃないところの方が少ないので、どうせならうるさくないとこにしよう、と決めたのだった。そのため人通りが少なくなってくる。時間が時間だからかもしれない。もうすぐ朝だ。昼夜逆転した生活をしているやつは行為を終えて静かになるし、これから起きだすやつはもうちょいあとから生活するからだ。
「フェイさんはハーンって人に会うときには、一緒には……?」
「行くわけないだろ。俺が会ってどうするんだよ」
呆れて言うフェイさんにやっぱりとうなだれた。
「よぉ」
そこに人影が降り立った。
「チェシャ猫? 久しぶり」
格好が奇抜になっている。しかしそれにしてもこいつ別人みたいだな。
「初勝利オメデト。俺も見てたぜェ」
「そうなのか」
いつもゲーム前か後にちょっかい出してくるがそんなことなかったので第三階層では俺らに構わなくなったんだとばかり思っていた。
「何か用か?」
フェイさんがむっとしてチェシャ猫に言う。
「そう邪険に扱うなよォ。や、お前らの第三階層ライフにお邪魔しようと思ってなァ」
「迷惑だ!」
フェイさんに絡みつくチェシャ猫をうっとうしそうにしていたフェイさんの動きが突然止まった。不思議に思った俺とチェシャ猫の視線がフェイさんに注ぎ、フェイさんの視線の先をつられて眺めると、そこに立っていたのは、普通の青年だ。
「……っ!」
フェイさんが目を見開いてその男を見ている。様子が変わったことに気付いてチェシャ猫がフェイから離れた。
「元気そうだね」
青年がにこやかに笑って言う。
「ど、どうして……」
「こっちがききたいな。どうしてって」
「……フェイさん? 知り合いですか?」
俺の声が耳に入っていないらしい。フェイさんはその青年から目を離さない。
「ずっと考えていた。どうして私の元を離れたのかと。そこのチェシャ猫にも怒られたしね、私なりに考えたんだよ。それで答えが出た。その答え合わせをしないかい?」
フェイさんが一歩、一歩じりっと下がる。
「戻っておいで。私にも非があった。だから君だけのせいにはしない」
青年が近づいてくる。フェイの顔が恐怖に歪んだのを見て、アランは青年を睨み付けた。
「君は私のものだよ、そうだろう?」
「……っ」
フェイはそれ以上足が動かないようだ。ピタっと静止したまま動かない。
「イリヤ」
びくっと過剰なほどにフェイさんが反応した。その瞬間にフェイさんの身体がびく、びくと痙攣する。呻いてフェイさんが身を折り、眼帯をつけた右目を押さえた。
「フェイさん!!」
「ごめん。苦しめるつもりじゃないんだが……うまくいかないな」
青年は容易くフェイの腕を取り、フェイの眼帯に手を掛けた。
「え?」
アランが驚くままにフェイの眼帯がはらりと地面に落とされる。そのまま顎を引き上げて青年はフェイの右目に唇を落す。そうしているうちにフェイの吐息が色づいていく。
そしてアランが目を剥く事態が起こった。フェイの首の周りに黒いもやが浮かんで、それが紐のようになり、フェイの首にまとわり付いた。それは時間を置いて首輪のように変化したのだった。
「ノ、ワール……」
フェイが小さく呟いた。その呟きに深い意味があったように、言われた瞬間に青年は頬を緩め、口元を綻ばせると、フェイの唇に己の唇を重ね、深く交わらせる。
「ん、っふ」
フェイが短く息を漏らした。口づけしている間にフェイは気を失ってしまったらしく、ぐったりして体重を青年に預けた。初めて眼帯を取ったフェイの瞼には黒い文様のようなものが浮かんでいた。
「はじめまして、君がアラン、だね?」
青年がフェイさんを抱き上げ、俺に言った。
「私はノワール。以前、いや今もなんだけれど、イリヤ……ああ君にとってはフェイだったね。とペアを組んでいる者だよ。……単刀直入に言おう。イリヤは私のものだから君にはあげない。諦めてくれ」
「なっ!?」
いきなりそんなこと言われても!
「お前がフェイさんと組んでたヤツなのかよ? じゃ、過去を清算する相手ってお前か!」
「過去じゃないんだけど、まぁそうなるかな?」
「フェイさんをどう扱ってたか知らねぇが、フェイさん嫌がってたじゃねぇか。お前こそ諦めろよ!」
アランは先ほどのフェイの様子からそう叫んだ。
「無理だよ」
「はぁ!?」
「私とイリヤは血約を結んでいる。縁を切る事はイリヤの死に繋がる。現にイリヤの目は血約の呪だしね」
瞼の文様はその証らしい。それを隠すためにずっとフェイは眼帯をしていたのだ。
「相手を呪うなんて何考えてんだよ!」
「呪いたいわけじゃないけど、契約違反は自動的に呪われる。それが血約だ」
「え……」
だからフェイさんは俺と結ぶのを嫌がったのか?
「イリヤのこと今まで有難う。君はずいぶん紳士的に接してくれたみたいだしね。それは感謝してる」
「待てよ! そんなん納得できるか!」
「困ったな。せっかく君を見習って紳士的に解決しようと思ったのに……」
ノワールは笑って俺に向かって手を向けた。
「……実力行使でイリヤは諦めてもらうよ? ……一つのところに集まって、群れを成して襲い来る。我が手に宿りし強大なそなたの名は、光」
静かにスペルが紡ぎ出されてアランは信じられない思いがした。コロッセウム以外で禁術を使うなんて!
そして気付かぬうちに吹っ飛ばされていた。衝撃と腹から出血。レーザーが貫通したらしい。このままじゃ失血死しまう。その証拠にすでに血が足りなくなって意識が朦朧としてきた。
それでも、歯を食いしばってノワールを睨む。
「一応、手加減はしたから。いままでイリヤを大事にしてくれたみたいだからそのお礼。本当だったらイリヤを好きになった奴はもっと苦しめて殺してやるんだけどね? じゃあ」
爽やかに笑って青年が去っていく。
「ク、ソ……くそぉおお!!」
俺の絶叫がむなしく響く。俺の意識が閉じられようとした時、紫色の尻尾が揺れた、気がした。
「目が覚めた?」
気が付くとイモムシの顔が映った。
「俺、うっ!」
激痛に身をよじるとからからとイモムシが笑った。
「その怪我で動こうとするなんて馬鹿なの? それとも物覚えが悪いの?」
「うるせ……」
「うふふ、見事にフェイ、いやもうイリヤでいいわね。に捨てられたわねぇ、アラン?」
「クソ」
「それにノワールもえげつないわァ。なにもここまでしなくてもいいのにねぇ、心が狭いこと」
「……なんなんだ、アイツ!」
「知りたい?」
くすくす笑いながらイモムシが言った。
「ああ」
「教えましょう? それがわたしの生業ですから」
イモムシの向こうからチェシャ猫がニヤついた顔を覗かせた。