毒薬試飲会 013

9.アンフェタミン 上

028

 危険?
 そんなのは関係ねーなァ。俺はさ、
 ああ。わかってる。わかってるさァ。

 「毒薬試飲会」

 9.アンフェタミン・上

「ノワールが攫われたって信じられません」
 ハーンがさすがに絶句する。一つ上の階層、自分が求める人物はそんな目に合っていた。
 アランは驚愕すると共に、時間を掛けていてはダメだと思い直した。相手が逃げ切る形しか思い描いていなかったが、全く知らない第三者にフェイがどうにかされてしまう場合だってあるという概念がすっかり抜け落ちていた。
 フェイは強いから、勝手にランク2のゲームを上がることでしかアランと遭わないという状況を勝手に作りこんでしまった。
 そしてそれと同時に恐怖でもある。すなわち、アランには手も足も出せないような入矢とノワールですら最悪な状況に陥れる強者が第二階層に存在しているということに他ならない。
 アランは自分の視野の狭さにやっと気づいた。ハーンが前から言いたかったことはこいうことだったのかと今更ながら思う。
 ――いつだってアランはフェイしか見えていなったんだと。
「入矢は、無事なんですか?」
 ちらり、とアランを見てハーンが尋ねる。
「入矢は翹揺亭の元に戻っているし、マッドハッターとマーチヘイヤがついたから大丈夫でしょ? で、チェシャ猫はノワールを救いに行ったんだけど……場所が場所なだけに、ちょっと手がかかりそうなのよね」
「ノワールはどこに?」
 ハーンが聞くとハートの女王はごくごく自然になりえない場所を言った。
「うん。禁世」
「禁世ぇ? そこって本当にあるんすか?」
 アランは思わず聞いた。確かに禁力を見るようになることはできた。だから、あるのはわかる。引き寄せるのもタクトのときに見たし、自分が禁術を使うとき、禁力も引き寄せた。感覚では理解しているし、禁世があることもわかる。
 でも、現実問題として言われるとその存在を疑ってしまう。
「あるわ。あたしは入れないけど」
「チェシャ猫は入れる、と?」
 ハーンは不思議の国の住人の秘密に触れたら、もう日常には戻れないかもしれないとほんの少しだけ自分の理性が警告していることに気付いていた。だがうまくいけば、禁力を自在に扱えるチャンスでもある。
「ええ」
「どうしてか伺っても?」
「知らないわ。なんとなく入れるんじゃない?」
 あまりに漠然とした答えに絶句する。うまくはぐらかされたのか? だがそうでもないようだ。
「ノワールはどうしてそんなところに?」
 ハーンの次の問にうんざりとするハートの女王に気づいたアランはハーンの洋服の袖を思わず引いた。イライラが度を超すと殺されかねない。
「すいません、気づかなくて。あまりにも驚いたものですから」
「あたし、あそこのカフェでココアが飲みたいわ」
「わかりました。買って参りましょう、陛下」
 ハーンはそう言って失礼のないようにな、とアランに釘を指す。カフェの中にハーンの姿がなくなるとアランはまじまじと女王陛下を眺めてしまった。口と性格は最悪だが、なかなか外見はかわいい。知らない人が見たら思わずナンパしそうな十代の少女そのものである。
「なぁに? 不愉快なんだけど」
「すいません。女王陛下も入矢のこと、知ってるんすか?」
「知ってるわ。あの子がこんな小さい頃から」
「そうですか」
 それきり口を閉ざす。女王陛下がフェイを知っているからってなんだっていうんだ。
「あたし、さっきのあんたのゲーム見てたけど、あんた入矢みたいになるのは無理だと思う」
「ハーンにも言われました」
「でしょうね」
 女王陛下は鼻をフンを鳴らす。そうされるとむかむかしてきた。そもそもなんでこの女はおれが嫌いなんだ!?
「参考までに聞いていいすか?」
 アランは女王陛下に口のひくつきを抑えて問う。だめだ、この女は悪魔の女と言い聞かせて。
「何よ?」
「陛下の爆弾はどういう仕組みなんです? ほら、この前首から上だけ生きてたじゃないですか」
「試す? 手っ取り早くわかるわよ」
「いえ、遠慮します……」
 本当にこの女おっかねーよ!
「意外と簡単よ。首から上だけ空間を別次元にするだけ。指定禁術ってやつね」
「それは首から上だけ爆発の影響を受けないようにするってことですか?」
「そうね。それに近いわ。……何? なんでそんなこと聞くのよ?」
 不気味だと言わんばかりの目と表情で陛下は尋ね返した。
「どうして、攻撃手段に爆弾を選んだか聞きたくて。俺、今ハーンから戦闘スタイルを決めろって言われているんす。で、自分のスタイルどうやって決めたのかな、と思って……」
 自分で決めろ、考えろとは言われたが他人の意見を聞いてはいけないとは言われていない。
「楽だからよ。あたし本来は爆弾魔じゃないもの」
「そうなんすか? あんなにすげー爆弾なのに??」
「褒められると悪い気はしないわね。特別に見せてあげましょうか? あたしのクリケット」
 アランはそこでふっとハーンの言葉がよみがえった。女王陛下のクリケットに誘われたら必ず死ぬ。
「ちなみに、お相手は……?」
「あんた以外いないじゃない」
「謹んで遠慮します」
 本当にそこだけは丁寧にアランは言い切った。

 レッドジャンキーの屋敷まで本当にありえないことに肩に担がれたまま移動せざるを得なかった入矢はこの男の神経を疑った。
 ノワールよりは屋敷規模は小さい。しかもノワールと違ってやたら赤い。ノワールは黒が好きだったが、自分の部屋以外は黒くなかった。
 しかし、この屋敷は目が疲れるほどにそこらじゅう赤い。
「あー。お客さんの赤狂いってこういう意味なんだー」
 肩からそういうと自慢げな目線が返された。
「そうだぜ。俺は赤っていう純粋な色が好きなんだ。や、好きじゃねーな。もう、赤に毒されているほどに赤がないと生きていけないんだ。赤こそ生命の神秘たる血の色だろ?」
「それって血が好きーっていうやつとどう違うのさ?」
「馬鹿だな、血じゃねーよ。赤を純粋に表す血も好きだって話だ」
「ふーん。所詮、お客さんも赤っていうのにおいては変態なわけ」
「よくそんな口利くなぁ。今まで買ったヤツらでそんなナメたマネしてんのはお前だけだぜ、入矢」
「やだ?」
「いや、逆に新鮮ってか、小気味いいな。ここまでくると」
「よかったー、逆に連れ帰った瞬間にご主人さまなんて言えとか言われたらどうやって殺してやろうかと思った」
「はーっははは!! 殺すか! 最高だね、お前」
 レッドジャンキーは心から愉快そうに笑うと奥の部屋の扉を開けた。より一層ケバいとしか言いようのない部屋に入矢は目をしばらく瞬きすることで抑えた。
「何、この部屋」
「最高だろぉ? これこそ、おれの名を表す部屋だぜ」
「目に痛いし」
 思わず口について出たというか、真面目に目に悪いとしか言いようのないほどに赤い部屋だった。
「この部屋はなー、今まで俺に逆らった男娼や娼婦の血を塗りたくったんだ。お前もそうなりたくなかったらおとなしくしろよ? 入矢」
「ウソついてんじゃねーよ、お客さん」
「おろ? なんでウソってわかったんだ?たいてい、みんなビビるんだけどなー」
「だって血は酸化すると茶色になるじゃん」
「そうだな。そのはかない赤さに惹かれるわけよ。一瞬の美ってヤツさ」
「おれ、こんな赤い部屋やだ」
 恍惚と赤について話し始めた男に冷水を浴びせるかのような一言を言い放つ。
「んでだよ? 今までそんなわがまま言ったヤツぁいねーぞ。っていうか、お前俺の赤を否定すんのか?」
「目に痛い」
 赤狂いと自ら名乗るほどの赤好きだが、それを一瞬でも否定したらどうなるのか。これからのために知っておく必要があるだろう。殺すのか、それとも笑い飛ばすのか。一応わがままなのが気に入ったらしいから、それに任せて言ってみたが……さて、どう出る?
「おれの赤をここまで否定したのはてめーが初めてだ、入矢」
「そりゃ、光栄だね」
「どうされたい? 死ぬか? ああ?」
 殺気立つことからして一応腹は立っている、ということか。でもこんな部屋やだ。
「お客さんは俺を殺したくて連れ帰ったの? とんだ間違いだ。なら今すぐ通り魔でもしてくれば? あんたの好きな儚い一瞬の赤色が殺せば殺すだけ見えるだろうさ」
 入矢はフンと鼻で笑って言い放つ。さて、どうする?
「お前にはかなわねーな、入矢」
「わかってくれてよかった。白いシーツの上がいいよ」
「なんで、白なんだよ、よりによって。白は赤を軟弱な色に変えちまうサイテーな色だぜ?」
 ピンク系って軟弱な色か? 心の中で突っ込み、入矢は口を釣り上げた。
「知らねーの? 白地は最も赤が映える色だよ、お客さん」
「なるほど、気づかなかったね」
 真赤なベッドに入矢を落とそうとしていた動きを止め、再び肩に抱き上げるとレッドジャンキーはその部屋を出た。入矢はやれやれ、と聞こえないように溜息をついた。
「そういや、入矢よぉ……俺をそろそろ“お客さん”って呼ぶのやめろよ」
「だって、赤狂いっていうのわずらわしいんだもん」
「とことん、赤を否定するな。主人に対する態度じゃねーや」
「赤がそんな好き?」
「おおよ。赤のためならおれは努力を惜しまねー」
 ったく、どういう経緯でこんなに狂うほど赤が好きになったんだか。入矢はあきれ果てた。
「じゃ、赤って呼ぶ」
「だめだ!」
 おもいっきり否定されたから逆に変に感じる。赤狂いは平気なのに、赤はだめってどういうことだ?
「赤は至高の存在なんだぞ! 俺ごときが赤を名乗るなんて、万死に値する!! 俺はそんなことされた日にはお前を殺して、おれも死ぬ」
「あっそ。じゃー、どうしようかな? 緋桜とかは?」
「ヒオウ? なんだそれ?」
「緋色の桜」
「さすがだな。でも、やだ。桜といや軟弱な桜色だ。やだ」
「えー特別なありえない色だよ? めんどくさいなー。じゃ、深紅でいい?」
「シンク?」
「深い紅色だよ」
「くれない、か。いいぜ、赤じゃねーとこがいい。決まりだな。俺はお前の前だけ今から深紅な」
「了解。赤はダメなのに深紅はいいなんてほんと、その感性意味わかんないよ」
「や、単純に考えてだぜ、しんくぅううって喘がれたらキモチーだろうなぁっておもわね?」
 入矢は思わず顔が引きつった。なんでこんな男に晩夏は殺されてしまったのだろうか。
「変態だよ、アンタ」
「そうさァ! 俺は別に変態でいい、そのためにお前を買ったわけだしなー」
「?」
 入矢は赤狂いの発言の意図を読み取ろうとしたところで、向こうから女が駆け寄ってくる。しかも一人じゃない。複数だった。入矢は目を凝らすと、それが三人であることを見、そしてその女たちが全員全裸に近い格好をしていることで彼女たちが何をされているかを悟った。
 思わず赤狂いを見る。すると入矢と話していた時とは雰囲気が打って変って赤狂いは彼女たちをとても冷たく、そう、まるでゴミを見るかのように眺めた。
「レッドジャンキーさまぁ、今日こそ、このリリィを抱いてください」
「デッドジャンキー様、いつまでこうしてればいいのでですか」
「うるせぇ! 黙ってろ、一人で何とかしやがれ」
「ひどぉい」
「あああんんん。ゾクゾクします。そのお言葉」
 レッドジャンキーに対して三者三様の答えをするが、どの子も彼の言いなりな様子が入矢の癇に障った。しかも全員入矢と同じく赤い髪をしていることも腹が立つ。その名の通り、赤ければだれでもいいのか。性別すら関係なく、その欲望を解消できれば、誰でも!!
「うるせーなぁ! てめえらなんてもう飽きたんだよ、どこへなりと好きなようにしやがれ」
 ひどく傷ついた顔をした女を横目に赤狂いはそのまま入矢を抱えて女たちを通り過ぎる。そして違う部屋の扉を開けると、白いシーツがしかれたベッドに入矢の細い体を投げ、横たえる。
 そこは普通の部屋だった。入矢は一回ベッドの上で弾んで、そのまま、赤狂いに組み敷かれた。腕を動かそうにも両腕で抑えつけられ、荒々しいその手つきにまゆをひそめる。
「ちょっと! もう、俺を抱くわけ!?」
「その為にここに来たんじゃねーのか? 入矢」
「まぁね。でも、あの女たちは、何?」
「違う店で買った女どもだ。どいつもこいつもつまらねー凡庸さでな、すぐに飽きちまった」
「飽きた?」
「ああ。何だ? お高いお狐さまの男娼は客が何人もの相手をしてハーレム作ってちゃいやなのかぁ?」
 入矢はまっすぐに赤狂いをにらみ、言い放つ。
「彼女たちを大事にしようとは思わないのか? お前に買われ、捨てられたら彼女たちはどうやって生きていく?」
「へー。以外にモラルとかあるんだなぁ? さすが育った環境が高級だと口答えも高尚だぁ! あれはすでにおれのもんだ。俺がどうしようと関係ねー。そんなにあいつらの未来を気にするなら、その未来ごと奪ってやらーね!」
「クズがっ!」
 入矢は本気で赤狂いを睨みつけた。赤狂いもまた、入矢を愉快そうにながめた。
「おいおい、ご主人さまにその言い方はねーんじゃねーの? 入矢。黙ってお前は俺に抱かれてあんあん喘げばいいんだよ。俺の欲望を吐き出させる肉便器にでもなれやぁ! 男娼も娼婦もそれが仕事だろぉが」
「何だと? お前こそその言い方はないんじゃないのか? 俺を馬鹿にするにも程があるぞ!」
「やすやすと男に組み敷かれて、その目線は何よ、入矢? 俺を殺そうっての?」
「言ったはずだぜ? 抱かれるのが仕事でも相手は選びたいってな! おまえみたいな最低人間、やぁーだね! 赤に狂ってるだけの変態ならまだしも」
 入矢はそう言って挑発するように唇を釣り上げた。
「なんだぁ? 同情か? 自分と同じ境遇の人間が不当に扱われて怒ってるのか?」
「ふん、そうか。お前、おれに飽きたらおれもあの女たちと同じ運命が待ってるってのか。ありがたいことだなぁ! ……おれは嫌だね! そんな風になるってわかってんなら、もう抱かれる必要すら感じねーよ。俺は帰る!」
「この状況から帰れると思ってんのか?」
「ああ」
 入矢はそう言った瞬間に膝を跳ね上げた。そして圧し掛かっていた赤狂いを膝で蹴飛ばし、押さえつけていた腕の重心をずらすと簡単に拘束を解き、そのまま逆立ちする要領で赤狂いの下から逃げ出した。
 ベッドから降り立って、顔をあげ、赤狂いに向かって無邪気に微笑んでみせる。人間、てこの原理を利用すれば案外常識は覆せるもんだ。
「てめぇ!! 入矢ぁああ!」
 殺気が噴き出す赤狂いをを見て、入矢はくすっと笑うに留めた。
「てめぇんとこの女狐にはたいそうな額の金払ってんだ。逃げ出すつもりか?」
「逃げ出される方が間抜けなんだよ。俺を前に身請けしたやつは俺を逃がさなかったけどな」
「つくづく可愛げのねー餓鬼だ! ぜってー犯る! てめぇを俺の言いなりにさせてやらー!!」
 入矢はそこでようやくイニシアティヴを取れたと確信した。
「ね、そんなに言うならさ、深紅。俺と賭けをしない?」
「賭け、だと??」
「あんた、見たところすぐさま飽きて抱く相手をコロコロ変えては、捨ててる最低な男なワケだ。俺だって飽きたら捨てるつもりだったんだろ? ならさ、あんたが俺に先に飽きたらあんたの負け。飽きなければ俺の負け」
 怪訝そうな顔で赤狂いが入矢を眺める。そして口を開いた。
「それじゃ、俺が不利じゃねーか。こうしようぜ? 俺が先にお前に飽きたらお前の勝ち。お前が先に俺から逃げ出したらお前の負けだ。どうだ? これならフェアだろ? お前、前の身請け先にも抱かせる前から逃げる気満々だったって言うじゃねーか。なぁ? 男娼入矢。ぶっちゃけ、お前がノワール殺したんじゃねぇの?」
 逆に赤狂いが入矢に向かって微笑んだ。入矢はぎりっと歯を鳴らした。
「あんた、俺の過去を……!」
「色売るヤツの身辺調査するのはアタリマエだ。情報食う為にその身体はあるんだろぉ?なぁ、翹揺亭の男娼さんよ」
 入矢は考えを改めざるを得なかった。こいつは自分が馬鹿な振りをして、今までおちょくってたのだろうか? 入矢が晩夏の仇討ちのために身を売ったことすら気づいているのだろうか。表情から悟らせないように入矢は笑う。
「よく知ってるね」
「まぁな。有名な話だ。翹揺亭の色魔どもは情報食うための寝子だってなぁ!」
「俺があんたの何を知りたがってると思うわけ?」
「さぁね? 俺ってば、秘密がいーっぱいあるからさ。……で? この賭け乗るのか? 乗らないのか? 俺は構わない。お前は知らないだろーが、結構お前のことは気に入っているんだぜ、これでも」
「こっちから吹っかけたんだ。断れば名折れだね! いいよ」
「よぉし、そうこなくっちゃな! で、何賭ける?」
「命は?」
 そう提案すると赤狂いは首と共に両手を振った。げんなりした顔つきにさえなっている。
「そんな粗末なモンは賭けるに値しねーんだよ。命なんて、ちょっとしたきっかけで誰もが手放す簡単でつまんねーもんだ。死にたくねー、なんて思うのは人と心の底から関わったことのねー、世の中の真実を知らねー、超ド級の大馬鹿者か、世間知らずだ。なぁ?」
 入矢は命を懸けることは結構スリリングだと思うが、と思い止め、じゃぁ、何がいいかを考える。
「迷ってんなら先に俺の要求言うぜ?」
「何だよ?」
「お前の未来を貰う」
「は? どういう意味だ??」
 入矢は思考が一瞬止まって戸惑う顔を隠しもせず赤狂いに問い返した。
「俺じゃねー、もし、俺がお前に飽きたら困るからな、俺じゃねーよ。そこ重要ね。俺じゃねーけど、俺の大事な、超尊敬する人と血約を結んでもらう。お前を身請けしたら、飽きたらでいいからって言われたんだ」
「はぁ? 誰だよ、それ」
「まぁ、会社でいう上司みたいな人さ。血約は絶対の約束だからな、お前は絶対自由になれないぜ」
 入矢はいきなりの要求に当惑した。血約ってそもそも二重で結べるものなのか? 入矢はノワールが一応まだ生きていることを知っている。この身に刻まれたノワールとの血約はまだ生きているのだ。
「やだよ。血約は互いの了承で行うものだ。なんで知らないヤツと組まなきゃいけないんだよ」
「大丈夫だって、お前も知らない人じゃない。でも今は正体は言えないのさー。な、賭けなんだ。それくらいのスリリングはあってもいいんじゃねーの?」
 入矢は視線をしばらく彷徨わせていたが覚悟を決めて頷いた。
「では、俺はお前の秘密を全て貰う」
「秘密全て、だと?」
「ああ。その超尊敬する人なり、なんなり全ての俺が知りたい秘密全部だ」
 今度は赤狂いが悩んでいる。そんなに重要な秘密も持っているんだろうか。入矢は晩夏を殺した復讐が目的だが、これからの自分たちの為に、ノワールを連れ去った人間とその尊敬する人物が繋がっている可能性を直感で感じ取って赤狂いがYESと言うのを待った。
「よし、入矢が未来を賭けるなら俺は過去を賭けよう。成立だぁ!」
 赤狂いはそう言うと再び入矢をベッドに招いた。入矢は大人しく従い、彼の傍に寄ると、腰を抱かれ、後ろから抱き締められた。首筋に感触。
「ん!」
 赤狂いの舌がねっとりと項から生え際までを舐めあげる。入矢は身をよじった。ノワール以外の男に抱かれるのは慣れないし、気色悪い。だがここで拒んでもいつかは訪れる。ならば今はコイツの抱き方を研究して適当に早めに終らせるか。
 声を上げるのが好まれるのだろうか、それとも過剰な反応? 入矢の思惑を知らずに腰の手は這い上がってくる。
「もったいない。こんな赤いなら伸ばせばさぞ美しいだろうに」
「何? 俺の髪の毛が赤いから買ったわけ?」
「いや、それは必要条件だ。髪が赤く、そして美しい。性格は俺になれてくれるから問題視しない。地毛が赤いってのはいい。全ての毛が赤いんだ。だから、ココもお前は極上の赤なんだろう?」
 着物の裾を開いて足の付け根にもう片方の手を這わせた赤狂いは入矢の陰毛を見て興奮したように溜息を漏らす。その溜息は濡れた息となって入矢の首筋にかかった。しばらくして唾液の感触が強くなり、入矢は尻の下に独特のふくらみを感じて身の毛がよだった。本当に赤に興奮している!?
「いっ、やぁ……」
 赤狂いは入矢のモノ自身には触れず、しきりに陰毛を梳くかのように赤い毛ばかり触れて撫で回している。
「ちょっと、いつまでやってんの?」
「あぁ、綺麗だ。一等美しい赤だ。普通陰毛とかはね、赤茶色とか赤黒いとか、綺麗じゃないのばかりだったんだが、君のは赤い。そりゃ髪の毛に劣るがいままで一番綺麗な美しい赤い下の毛だよ、入矢」
「あんま、うれしくないんだけど!」
「そうだね、君を抱こうとしているのに赤の強烈な存在に全てを忘れていた。さぁて、君の興奮する場所は、どこかな?」
 その前にお前、セックスするときは性格変わってないか? と入矢は内心突っ込まざるを得なかった。