毒薬試飲会 019

042

 チェシャ猫に手を引かれて、永遠のような暗く、赤い空間を進んでどのくらい経っただろうか。長い間だった気もするし、とても短い気もする。
「さァ、あとは上にいくだけだァ」
 チェシャ猫はそう言ってノワールを振り返った。
「いいかァ? ただ上を目指せ。振り返っても別に良いけど、出られなくなるぜ」
「上?」
「そうだ。いいかァ? 道は作ってある。お前がそれをまっすぐ上って行きゃア、いずれ戻れる。禁世を抜けられる。だけどなァ、禁世ってのは欲深い。お前を決して放そうとはしねーだろうさ。だからよそ見すんな。お前は上を目指せばいい」
「なんだそれは? どこかの神話の話か?」
 日本に限らずどこにでもある話だ。死者の世界から帰還するには決して振り返ってはいけないと。
「はは! 違ェねーや。違うのはな、禁世はそのものの望んだことを映す鏡と思えばいい。お前が戻りたいと望めばその世界そのものを映す。お前がそれを見分けられるとは俺は思わない。入矢をお前が望めば必ず入矢が姿を現すだろう。そういう世界なんだ。禁世ってのはなァ。だから一番いいのは何も考えないことだァ。何も望まない。でも無理だろォそんなの? だから、上を目指せ。上だ。必ず上だけを目指せ。そういう風に道を作ってやった。禁世と現世の違いは出れば必ずわかる。だから、決してだまされるな。お前が禁世に落ちるのはまだ、早い」
 チェシャ猫はそう言うと笑みを消して、ノワールの先を睨む。
「本当は現世まで案内してやりたかったんだが、いかんせん、チップが足りねェ。それに次のお客さんがきちまったからなァ。ここまでだ。俺が作ってやった道だ。何よりも安全にしてある。さァ、行け。上だ、上をひたすら目指せ!」
 チェシャ猫はそう言う。振り返ったノワールの目には一人の少女といっていい年齢の女の子の姿が映った。チェシャ猫はその女の子を睨んでいる。
「チップ不足分だ。教えてやる。……あれが、お前の敵だよ、そしてお前の創造主でもある」
 ノワールは目を見開いた。では、あれが自分を創り、貶めた存在か!
「最高の人形師だ。“黒白の両面”・リーン・ヴェエリア。さぁ、行け!」
 ノワールを引っ張り挙げるようにしてチェシャ猫が手を離した。
 離した瞬間から、ノワールとチェシャ猫の間に薄い氷のようなものが張られていき、完全に世界が隔絶される。
「さすが、最高の不思議の国の住人ですこと。私の完全に抹消した名前を“言える”なんて」
「本物の躰引っさげて邪魔しに来るたァ、てめェもなかなか本気らしィなァ?」
 少年と少女が向かい合う。薄暗い赤い闇の中で。
「そう、本気よ。私は私のために必要なものはすべて手に入れる」
「ノワールはお前のものじゃねーんだ、俺が目をつけちまった。その瞬間から、お前と俺は戦う運命ってわけだァ。……そーゆーワケでてめェの願いは叶う方向ナシで。ま、どんな願いか訊いてやろォかァ?」
 平然と言ってのける少年に少女は笑った。
「世界を剥製にするの。
 ――この世界を。」
 それを訊いた瞬間、チェシャ猫の笑みが止む。
「……本気で言ってンのか、てめェ」
「もちろんよ」
 すっと細くなった目がにじませるのは殺気。
「終わらせるものか……! これは俺の全てを懸けた最高のゲームなんだからな。
 ――この世界を巻き込んでの、金輪際起こりうる可能性なんて皆無の、ゲームだ」
 一言、重く言う。
「てめェ如きに終わらせられるか」
「あんたたちの言いなりになんか、なると思ってるほうが間違いよ」
 少女も負けていない。
「いい加減にしろよ」
 チェシャ猫はその顔に笑みを乗せ、言った。
「あらぁ? 何で? 世界があんただけのものだと思ったら大間違いよ。私だって好きにしてもいいじゃない?」
「だからって、気に入ったヤツのコピーを勝手に作ってそれを好きにするなんざ、気にくわねぇ」
 チェシャ猫はそう言って少女を睨む。
「あの子は私がひさしぶりに気に入ったのよ。大事に保存しておきたいから、バックアップを取ったって言ってくれないかしら?」
「なら、アランに何かあるまで、それは開かないで置くべきだろ。ノワールはすでにアランのコピーだけの存在じゃない。手放すんだな」
 ノワールはアランのドールとしてではなく、ノワール・ステンファニエル個人として生きている。
「いやぁよ。そのまんまのコピーって結構作るの大変なんだから」
「ノワールをどうするつもりだ」
「どぉしよっか。あの子は目覚めた。世界の本当の形が見えるはず。なら、バックアップは新しいのに更新しなきゃだから、あの子は必要ないってことかしらね?」
「ざけんなよ。言ったろ? バックアップを作りてェなら勝手にすればいい。でも、それを解凍するな。目覚めちゃったなら、手遅れ。既にお前の手を離れたって言ってんだ」
「そんなに大事? ただのコピーよ」
 くすりと少女が笑う。
「どんな存在であれ、禁世に染まったヤツは俺の管轄内だ。お前は最初から手放している。なら、もういいだろう? 俺のモノにしても、な」
「あー、ノワールを失ったら、困るのね。二人使えなくなるから」
 二人とはノワールと入矢、その二人のことだ。
「それだけじゃねぇよ」
「大丈夫よぉ、言ったでしょ? あれはコピー。だから、ホンモノのアランと血の交わりを持っていることになるもの。あの子を処分しさえすれば。だから、あの赤い子は最初から殺すつもりなんか無かったのよ? あの子はアランへの人形にするつもりだったんだから」
「残念だったな。入矢はアランではなく、ノワールを選んだ。血の交わりはそんなに浅く、簡単なものじゃない!」
「あらぁ? 私を何だと思ってるの? この黒白の両面を!!」
「入矢をお前の思うまま、いや、違うな。アランの望む人形にして、アランが喜ぶとでも?」
「人の思いを捻じ曲げることが人形師の仕事よ?」
「お前……!」
 確かに、人の思いを曲げて思い通りに動かすのが人形師の力ではある。だけどそれを認めることは出来ない。
「俺は、お前のコト、結構気に入ってたんだぜ? 優秀で。世界をかき回す力もある」
「それはどうも、ありがと」
 憎らしいくらいに笑い、スカートの端をつまんでお辞儀してみせる。
「だけど、てめェは俺の誘いを蹴った。自由に動き回る分には構わねェ。だがな、」
 その声は直接頭の中で響くように聞こえ、気づかれないように黒白の両面は呼吸を整えた。
「邪魔するってなんなら……いらねぇ」

『刈るぞ』

 次の瞬間、紫色の禁力が黒白の両面に一斉に襲い掛かる。形さえ持っていない。すべてがチェシャ猫の殺意に反応して攻撃を仕掛ける。望むものの姿を与える禁世でさえ、チェシャ猫の前にはすべてがひれ伏す。黒白の両面の意思に従っていた禁力はかけらさえも残っていない。
 ――これが、不思議の国の住人との差。
「だけど、その驕りがあんたを繋ぎ止める!」
 黒白の両面はそのまま、先ほど固定された世界の壁を壊すように禁力を放つ。ガラスが破砕したような音を立てたのは多分、自分が壊す意志を持っていたからそれに反応したのだろう。
「な!」
 チェシャ猫が驚く。求めるものがあるかのように伸び上がる意思を持った禁力にチェシャ猫が即座に対応する。その隙を逃す彼女ではない。
 不思議の国の住人、しかも実力の程がわからない相手と戦うのに、準備を怠ることなどあってはならない。そう、チェシャ猫をこの場所で相手にするとわかった瞬間から、入念に準備をしてきた。すべてのパターンを想定して、幾重にも罠を張り巡らせた。不思議の国の住人はその強大な力故に、罠に気づかない。
 一つ、術が発動した瞬間に連鎖反応のようにチェシャ猫を追い詰める禁術が発動していく。対応できる禁術があることも予測済みだ。チェシャ猫ならこの程度の禁術を無効化することも予測範囲内。
 いつの間にか、下の方角にたたき降ろされるようにチェシャ猫の体が動く。何とか反撃しようとした瞬間にまたも禁術が発動する。そして黒白の両面が望んだからこそ、具現化された水面にチェシャ猫が激突し、その身を沈ませていく。
 上から見下すように様子を眺めてニヤりと笑う。本当に水のように変化した禁世がチェシャ猫を取り込もうとする。もがき、上に行こうとする彼の細い体は水圧に耐えることが出来ず、そのまま引きずり込まれるように禁世の海に沈む。
 赤い海からチェシャ猫が苦しんで吐き出した気泡がいくつか上がってきた。頭から沈んでいく。あっけないものだ。
(チ! しくじったぜ)
 チェシャ猫は水と化した禁世の中でゆっくり沈んでいく。頭からどんどん奥へ、底へと。でも底なんか存在しない禁世のことだ。沈み続けるのだろう。抵抗すれば出られる。この程度の禁術、どうにでもなる。だが、時期がそして時間が悪すぎた。禁世に対抗するだけの体力が今のチェシャ猫の身体にはない。この身体は特殊だ。だからこそ、一定期間、チェシャ猫は第一階層に戻らなければならない。
 きっと黒白の両面のことだ、お見通しだったのだろう。薄暗く赤い世界に取り込まれたチェシャ猫は抵抗する意思を失った。面倒だったからだ。
(ってか、もう仕事したし、ここで寝てもいいだろう。出ることは一眠りしたら考えればいい)
 今から黒白の両面が手を出したところでノワールの道には追いつけまい。ノワールが迷っているならともかく、あの手の男は惑うことはあっても迷いはしないだろう。
「あとは、閉じ込めてしまえば、しばらくチェシャ猫は手を出せない! その間に……」
 逆のことが起こるようにチェシャ猫を引きずり込んだ海が急速に凍るかのように固体化していく。そのままチェシャ猫を氷付けにしてしまうように。もちろんチェシャ猫もそれを感じ取っていた。だからといって抵抗する気はまったく起きない。
(別に死ぬわけじゃねーし。ってか、俺最近働きすぎだし。起きてから考えよ)
 おそらくノワールを戻す手はずは整えられたからだ。少しは休んでもいいだろうという、気の抜け方が黒白の両面の思惑に手を貸している。
 そうしてチェシャ猫の周りの水のような禁世も固定化され、チェシャ猫は眠るかのように意識を閉じた。
「ふ、ふふふ! 勝ったわ。あのチェシャ猫に……!」

 入矢は激しく抵抗する。ノワールじゃない奴にこれ以上抱かれてたまるか! 翹揺亭の柏木と流星を追い返したことも怒りの原因の一つだ。これ以上“ノワール”に悪い印象を与えるなよ!
「懲りないね、君も」
「抱けば、従順になるとでも思っているのか? 俺はお前を認めない! 俺が愛しているのは、ノワールだ! お前じゃない、決してお前をノワールと思って好きにはならない」
 すでに手首は手枷で固定された。そのまま衣服を剥がれて、こいつがなにをしようとしているのかは見当がつく。だが、そこで易々と抱かれる入矢じゃない。手が使えなくたって逃げることはいつだって出来る。でも、逃げるだけじゃダメだ。この男にノワールを止めさせなくては。
「じゃぁ、言ってみろ。私と君のノワール、どこが違う?」
「ぜんっぜん違うぞ」
「ふん、減らず口を」
 全裸に剥かれても、入矢は恥ずかしいとかちっとも思うことなく、怯まずにノワールを睨み続ける。
「ノワールはな、自分にコンプレックス持ってないんだよ。だから自分と誰かを比較して俺を強姦することなんかねーんだ。アイツが俺を無理やり抱く時はな、俺に愛してほしいときなんだよ」
 ノワールの心を確実に抉る言葉を自然に選ぶ。苦しい、苦しい。どこが違う。思考回路も、姿かたちも、何もかも同じなのに、何が違ってどうしてここまで見分けられる。
「知ったような口がいつまで利けるか、楽しみだね」
 ニヤりと笑ってノワールは入矢の首筋に躊躇せずに、注射針を押し付けた。入矢が目を見開く。
「お前! ……あっ」
 静脈の中に注ぎ込まれた麻薬と媚薬を混ぜたものの正体に入矢は気づいたのかもしれない。
「……まだ、あるぞ。違い。……ノワールは決して、身体に悪い媚薬は使わないし、俺の肌を傷つけるやり方はしねーよ」
「っく!」
 とびきり気持ちよくなれる薬だ、入矢も間をおかずに快楽だけを追う体になる。誰に抱かれているかなんか関係なく。違いなんか知覚できないほどに。
「……翹揺亭、な、めんなよ……。薬物耐性は、できてんだ」
「そうか、じゃ、効くまで足していこうか。手始めにココに」
 くすっと笑う。暴れられないように足に拘束具をはめていく。膝を折り曲げた形で固定できるように、手枷と足枷をつなぐタイプの拘束具だ。入矢は手を引っ張ろうとすればするほど、のけぞる形になるし、逆もまた然りだ。
 そうして、入矢の股間に顔を近づけ、入矢のモノを口に含む。手を使って持ち上げ、ねっとりと見せ付けるように舐め上げる。
「ン、ふっ」
 入矢が感覚を抑えようと必死になっているのがわかる。いい、別にゆるく勃ちあげてしまえばいいのだ。入矢が感覚コントロールに必死になればこちらの意図が伝わらなくていい。
 そうして先ほどの注射器を持つと、ゆるく勃ち上がった入矢のモノに注射針を押し付ける。
「や、やだ……やめろ!!」
 入矢が叫んだ。恐怖に染まる顔がまたいい。入矢の鈴口を軽く抉って快感を与えると、ノワールは言った。
「動くと入矢のためにならないからね?」
 そして尿道に注射針を突き刺した。
「いたぁっっ! ヒ、ひぃィイんンン!!」
 ビンと背を弓なりに反らせ、ビクビクと痙攣する。恐怖に見開かれた瞳から大粒の涙が零れ落ちた。満足そうにそれを眺め、ノワールは液体を注入した。もともと出すための器官に液体を逆流させる。された入矢はたまったもんじゃない。
「ひぐ! う、あ、アァ」
「さ、全部入った。一応細い注射針だから平気だよ? そんなに痛がるものでもないだろう? 点滴用の細さだ、一応ある程度までは曲がるしね」
 痛みを与えて抵抗を殺ぐ。そのまま入矢の体制を自在に変え、足を大きく開かせると入矢に口付けた。
「ン、ふゥ、ううム」
 ぴちゃ、ぴちゃと音を立てて入矢の唾液を吸う。入矢が時々あげる声さえも飲み込んで入矢を蹂躙していく。だが、やられっぱなしの入矢であるはずがない。
 案の定舌を思いっきり噛んできた。血の味が広がる。赤狂いの舌を噛み切った入矢のことだ。ノワールのもそうするつもりなんだろう。
「いてぇって言ってんだろ!」
「ふ、それでこそ入矢だ。まだまだ痛みが必要のようだね」
「何をする気だ? ……アァ!」
 問答無用で入矢の右腕に注射針を突き刺す。もう、この際構わない。入矢が自分を認識してくれなくとも。きっと快感に堕ちた入矢が呼ぶのが違う自分でも、呼ぶ名前は一緒だ。
 開かせた足を無理やり割り入って、慣らしもせずに己の怒張を挿入した。
「イ、 あぁあああああ!!」
 メリメリといやな音を立てて入矢が痛みに絶叫した。血がすぐに滲み出す。そういえば自分の経験ではいが、初体験のときも入矢は出血していたな。
「入矢は本当に出血しやすいね、初めてのときもそうだった」
「……お前が何で知っている?」
「だって私はノワールだよ? 君との体験も記憶にあるのは当たり前だろう?」
 入矢は痛みをこらえ、涙をためた目で睨み続ける。あの量の薬でここまでよく持つものだ。
「それはお前の記憶じゃねーよ」
 入矢はそう言ったあと、初めてノワールを、いや、ブランを見た。
「お前、寂しいな」
 ブランは目を見開く。そのあと、くしゃっと顔をゆがめて無理やり笑った。
「それって、同情?」
「さあな? お前がお前の考えを持ってたら、どうとでも解釈できたんじゃねーの?」
 入矢はそう言った。初めて、本当に初めて入矢がノワールをいや、ブランを見てくれた。
 そのことがとてもうれしいはずなのに、何故だろう。とても悲しい。そしてその悲しみを紛らわせるようにゆるく、動き出した。薬の効果もあってか、入矢が喘ぎ始める。
 ――いつだって、自分は無理やり手に入れるしかできない。同じ存在に嫉妬して、自分を見て欲しくて。でも、やっと自分を同情でもなんでも見てもらえても、もうすぐ入矢は快感に堕ちていき、自分を認識してはくれなくなる。それがさみしい。
 でも、いつだって苦痛しか与えられなかった自分だ。たまには快感を与えてもいいんじゃないだろうか。
「堕ちて、入矢。堕ちて堕ちて、堕落の底の底まで行こう。もう、君が私を誰とも見分けられなくても、かまわないよ、私は」
 そう言ってノワールは新しく薬を入矢の左腕に突き刺した。
「快感だけを追い求めてもいい。私は永遠に君に快感だけを与えよう」
 過ぎた薬は身体も精神も破壊する。入矢にはもう、規定量の数倍を投与したことになる。それによって入矢が廃人となっても構わない。そうなったら愛しいお人形のように毎日飾って愛でてあげよう。毎日そして快感を与えてあげる。
 自分のものにはどうせならない。心も、その体でさえ、果てには自分の元となった人間のものとなる。なら、どちらもこの手で壊してしまいたい。
「はぁ! あっ、……イ、あ、あん」
 今度は拒絶されない口付け。味わうように長く交わる。
「……どうしようもなく、俺に……馬鹿なトコは、ノワールと一緒だな」
 入矢は全てを許してくれるかのように、快感の混じった微笑みを向けた。どうしようもなく、涙がこぼれた。
「まだ、意識があるの? 翹揺亭の教育もすごいね、まだ余裕ってことだ」
 ぶすり、針が液体を毒に変わっていくであろうものを入矢に注ぎ込む。
「いくら、薬漬けにしようが……俺がお前に屈すると思うなよ……!」
「思わないさ。心が手に入らない、体も手に入らない。なら、壊してあげる。徹底的に君を汚して、穢して、誰の手に渡っても、その存在が変わったと思わせるくらいに……」
「やぁあああ!!」
 入矢の中で達する。入矢の中を汚す。二度と誰の目にも映せないくらいにその存在を壊してやろう。ノワールの最後の願いと、そして意地。
「さ、舐めて入矢。まだまだ始まったばかりだよ? 出なくなるまで枯れるまでやってみよう」
 入矢に自分のモノを押し付ける。まともな思考能力を削いだのだから、おずおずと舌を差し出してくる様が愛らしい。快感に飲まれて次第に翹揺亭の本領発揮とでも言いたげに動きが大胆になってくる。ノワールは入矢の真紅の頭髪を撫でてあげた。
「さ、入矢。全部飲んでね」
「ぐ! あ、……ごほ」
 口の端から溢れる白い液体が入矢の顔全体を汚していく。その様を見て、元気を取り戻したノワールはそのまま、二度目の挿入を行った。先ほど放ったもので、ぐちゅん、ぐちゅん、と濡れた音が響く。
 入矢は喘ぎ、その音から逃れるように首を左右に振った。二度目の絶頂は入矢の中からぎりぎり抜いて、入矢の白い裸体に浴びせかけるように放つ。自分の出した精液を入矢の躰に塗りつけるように、入矢の身体を愛撫していく。
「私まみれになって、入矢」
「あ、ひゃ……、や、ぁあ」
 薬のせいですっかり硬さを持った胸の突起を弄り回し、入矢の絶頂を促す。入矢自身がイった直後に前立腺を抉るように深い三度目の挿入。
「あぁぁあぁあああああ」
「躰に出して欲しい? それとも中に?」
 入矢は答えない。もう、答えるほどの理性も残ってはいないだろうし。
「中にしようか。なんか、こんなに出したら、君が男でも孕みそうだね」
「……イやだ!」
 快感にとろけきった目をしているくせに、そう答えるときだけは、意思を持つ、緑色の瞳。この目を屈服させることができただろうか、ノワールに。
「孕ませてやる」
 孕むくらいに抱いて、抱いて、刷り込ませるように私を刻み込んで。その身体に。
「ひィ、ぃゃぁ……」
 泣け、叫べ。その名を呼んでも、お前に応える存在は私しかいない。

 黒白の両面はそのまま、禁世から帰るようにその身体を反転させた。禁世というのはこうも使いやすい世界だが、長くいれば依存するように抜けることが出来ない世界だ。甘く、どうしようもないほど居心地のよい空間。だがそれは危険を常に伴う場所でもある。
 ――ぴちゃん。
「え」
 黒白の両面は思わず振り返った。足元の禁世はチェシャ猫を封じ込めるために固化させたはず。その意思は何よりも強固にしてあるのだから、何故水音が響いたのか。
 疑問を解決するように目の前で上から水滴が一滴、垂れ、そして浸透していくかのように水滴が飲み込まれる。
「いったい、何が……」
 黒白の両面はそのまま上を見上げ、そのまま目を見開いた。
 鋭い赤い一線が一瞬で黒白の両面が構築した世界を破砕する。それは一閃に見えてそうではない。攻撃とも違う。破壊を目的として行われた鋭く、そして速いなにか。
 甲高いガラスの破砕音を響かせて、赤い何かが世界を壊す。
「そんな……」
 そんなことをすれば、チェシャ猫が……! 
 完全に破壊された世界から赤い糸のようなまっすぐな線が伸び上がる。動揺からようやく抜け出して、黒白の両面はその赤い線の正体を思いついた。
「まさか!」
 すぐさまに禁術を線に向けて放つ。いや、線ではない。あれは……赤鞭だ!
「あなたが来るとは! グリフォン!」
 チェシャ猫の用意のよさに舌を巻く。まさか自分がやられることまで見越していたのだとすれば、なるほど……本当に侮れない相手だ。すぐさまに反撃に出るべく、黒白の両面は禁世を抜ける。
 そして、現世にて、赤鞭でチェシャ猫を引き上げようとしている女性とそのそばにいる少年を見つけた。
「させるものですか!」
 見なくても赤い鞭の先に何が巻きついて、引き上げられようとしているのかわかる。
「ちょ、重いわ! 予想外に禁世が引きついてるわね」
 グリフォンがそう言う。無言でニセ海がめが立ち上がった。
「あなたまで動いたとは、ニセ海がめ」
 禁術が黒白の両面から放たれる。二人に向けて放たれた攻撃は、ニセ海がめが長い袖を軽く振っただけで、無効化された。
「……そんなこと、言ってる場合じゃないかも。……殺す相手がそこにいるもん」
 ぼそっと呟かれた言葉はそのまま隠された殺意に変わる。
「お前はゲームから降りたんだよね? なら、殺していいんだろ?」
 ニセ海がめはそう言って、腕を振り上げる。次の瞬間、禁術と呼ぶには規模が大きすぎる津波が、海も水気さえない場所で瞬時に起こる。
 袖を使って舞うかのようにニセ海がめが一回転する。そうすればそれに従ったかのように、津波のように一直線に向かうのではなく、絶えず黒白の両面を攻撃する変則的な動きを見せた。
「なめるな!」
 その程度の水芸、かわしてみせる。黒白の両面はそのまま雷撃に持ち込む禁術を練り上げる。
「水だから、雷? 古風だね、考え方」
 ふっとその長い袖からは考えられないような軽い動きをして見せると、水が一瞬で消え去る。
 ――ニセ海がめ。能力は水を操ること。ただそれだけ。しかしその水の量と扱う技の質から、誰も敵う事ない最強、最高の水使いだ。
「ちょっと、ニセ海がめ! あたしだけじゃ、無理よ!」
 振り返るその目に光る涙。涙を浮かべる目が捉えたのは、粘着質な禁力にとらわれてぐったりした様子のチェシャ猫。禁力の引く力が強すぎて、グリフォンの鞭だけでは禁世から現世に引き上げることが出来ないでいるのだった。
「わかった、手伝う」
「させるものですか!」
 黒白の両面はそう言って、禁術を練り上げる。それに対応するべく、ニセ海がめが腕を振るう。
「そりゃ、こっちのせりふだっての!」
 グリフォンが叫び、背中についた愛らしい、しかし猛々しい黄金の翼を羽ばたかせる。次の刹那、黄金の羽が一枚一枚弾丸並みのスピードで放たれる。
 黒白の両面はその速度に対応できず、簡易で盾を発動させた。
「やるね……!」
 グリフォンが舌を巻いた。
「お褒めに預かり光栄ですわ」
「ほめてないけどね」
 グリフォンの言葉に反応したかのように、ニセ海がめが殺気を放つ。
「……ちょっとナマイキすぎじゃない? ……一回、死んどく?」
「冗談!」
 ざっと押し寄せる津波を今度はちゃんと回避する。そんな応酬が続くかと思われたとき、グリフォンが悲鳴を上げた。
「ニセ海がめ!!」
 はっと振り返ったニセ海がめはグリフォンの鞭が徐々に禁世に飲まれていることを知った。目が見開かれ、その振動で涙が零れ落ちる。
「チェシャ猫!」
 攻撃の手を緩める黒白の両面ではない。一気に畳み掛けるように二人と吊り上げられているであろうチェシャ猫に攻撃を集中する。ああまでして嵌めたのだから、そんな簡単にすぐ出てこられては困るのだ。
「あなたたちごと、禁世に落としてあげるわ!!」
 黒白の両面はそう叫ぶ。しかし、その声を殺ぐように、静かな声が降りかかってきた。
「弥白」
「はい、御狐さま」
 真っ白な人、そう形容すべき美青年が黒白の両面の前に躍り出る。
「な!」
「少々、悪戯が過ぎますね、黒白の両面」
「……何故、あなたがここで邪魔をしにくるのでしょうね! お姉さま」
 思い切り唇をかみ締めたせいで血が流れたが、痛みも傷も今の黒白の両面にはたいして気にならないことだった。
「……御狐さま? 久しぶりねぇ」
 グリフォンが驚いて、目を丸くする。ニセ海がめも驚いたようで、声は上げないものの表情が驚きをこれ以上ないほど表していた。
「お二方、この愚妹は私が相手をいたしましょう。ですから存分になさるべきことを、為してくださいませ」
 美しく優雅に微笑んで御狐さまは配下を二人引き連れて、黒白の両面の前に立ちはだかる。
「感謝」
 短くニセ海がめが言うと、そのままグリフォンの助けをするべく腕を振り上げた。グリフォンも最高の味方を得たとばかりに、チェシャ猫に集中する。
「どうして邪魔をするの! 私の願いを知っているくせに!!」
「チェシャ猫の願いとて、私は知っていますよ」
「ふん、切り捨てた妹のことはどうでもいいわけ? なら、いまさら姉貴面しないでくれない?」
 扇を口元に当てて微笑むと御狐さまは言った。
「そう思うなら、もっと自立なさいな」
 くすくす笑うとそのまま、配下二人を扇に変えてしまう。
「相変わらず、えげつない人形化はやめていないのね?」
「まぁ、私から盗めなかった割に大層な口をたたきますこと」
 右扇、つまり弥白であった白い扇を振りかざす。するとふわりとした感触とは真逆の暴風並みの衝撃が襲い来る!!
「さ、久方ぶりの姉妹喧嘩といきましょう? 華を十分持たせた豪勢なものを、ね」
「ええ、仲良くいきましょうか!!」