毒薬試飲会 021

046

「私は何と言っても弱いですからねー、入矢に守ってもらわないと何もできないんですよ」
「またまた、御冗談を」
 次の瞬間には入矢がいない。答えは次の瞬間に出ていた。
「させない!!!」
 突然、ソニークが叫んだ。その時、彼女の姿が一瞬で消え、会場には車椅子だけが残される。ハーンの頭上で刃が交錯する甲高い音が響く。ノワールの椅子の上から一瞬で移動した入矢は、そのままハーンの椅子の真上におり、ハーンを直接攻撃するべく刃を振り上げた。それを阻止せんとソニークもまた動く。
 乗りなれ、武器を多く搭載した車椅子を捨て、その身とその腕に握った刃を弾丸のごとく発射する。その刹那の攻防の後に鳴り響いた激突音。その音に重なるように爆発音が後方で響き、ソニークの車椅子が紅蓮の爆撃に飲み込まれる。入矢の二段階に構成された攻撃ははじめからハーン狙いではなく、ソニークを車椅子からどかすことだった。
「へぇ。やるね。俺の跳躍力に付いてきたのあんたが初めて」
 入矢は目を丸くして、そのままノワールの椅子までその跳躍力で退却する。
「あなたが異常なのよ。私は禁術使ってるわ。そんなこと、わかってるくせに。嫌味な男は嫌われるわよ」
「引きずりおろしてやるって言っただろ?」
 入矢はそう言って壮絶に美しい微笑みを見せた。ノワールも微笑む。
「ふむ。少々侮っていたみたいだな、ソニーク」
「ええ」
(本気でくるぞ、入矢)
(わかってる)
 お互いしか聞こえない通信でそう確認し合うと入矢は刃を掲げた。翹揺亭の暗殺者に仕立てられた入矢は敏感に相手の殺気を感じ取る。殺気に本能で反応して攻防を繰り返す。だからこその反応速度の高さを誇る。
(この手の相手は己の手の内を見せない。さて、どうしようか?)
(もう、一気に攻めちゃおうよ)
(うーん。あれはちゃんと対策取ってるんじゃないかな。だってノワールは今まで視てきた中で一番禁術に対する応用力があるドーミネーターだよ)
 今度はハーンとソニークが通信し合う。それはまるで遊びのように。
(本当に対策とれてるか、確かめてもいいんじゃない?)
(そうだね)
 二人の中で意思決定が取れた時、四人の視線が交錯する。まず、鋭く光ったのは入矢だ。
『地中より湧き出でて、暗黒の沼に一条の光となって、空と大地を繋ぎ留める。そなたの名は、槍』
 相手が何をしてくるかはわからない。だから間合いを広く取れる槍を生成した。
「せっかくの特別な車椅子だったのに、最低だわ、あなた」
「どうせ、終わったらそのままの車椅子あるだろ」
「まぁね。ってか、あなた万能ね。刃だったら何でも使えるの?」
「慣れ云々は置いておいて、銃をぶっ放せば何とかなるようなもんだよ。振り回せばなんとかなるものさ」
「そういうものかなー?」
「そういうもの、ほらね」
 ぶんっと漆黒の槍が振り回される。鈍重なものではなく、目に見えぬ速さなあたりが入矢といったところか。しかしソニークも負けてはいない。次の瞬間には漆黒の槍は穂先を失っていた。その間に支配者同士も禁術の争いが始まっている。しかもお互い禁術を簡略化しているので観客にはまるで爆発現場を見ているようだ。
「決めたよ、組み立てていこう、ソニーク」
「よっしゃ、いきましょう。ハーン」
 それは本当に信頼し合った熟練のパートナーのそれ。ソニークがバク転して入矢から距離を取る。入矢は警戒して、ソニークの後を追わず、彼女の動向を見守った。彼女は本当に楽しそうに笑って、そうして、右手をはじいた。
『cluck ,click, clack!!』
 ソニークが唱えながら右手をはじいていく。その瞬間からノワールの禁術解析が始まった。一定のラストスペルということはオリジナル禁術か、省略化された禁術のどちらか。どちらにせよ、背後の禁力からどんな程度の禁術が見極める必要がある。入矢も注意深く観察をして、すぐさま動けるように体制を整えていた。
「入矢!」
 ノワールが思わず叫ぶ。入矢はその声と同時に反応した。入矢の足元から突如として出現した植物の蔦。それは入矢を拘束せんとばかりに伸びあがる。
 持ち前の跳躍力を活かして、事前動作さえ必要とせずに、直上に入矢が跳びあがる。アランはその距離に絶句した。いくらなんでも、跳びすぎだ。さすが、跳躍力が高いと恐れられてだけはある。
 しかし、その動きを読んでいたハーンが入矢が跳びあがったその地点で禁術を発動させる。パパパパパと小さな破裂音が鳴り響き、それと同時にまず、最初に種のようなものが高速で入矢の身体を襲い、次に二段階目で液体が飛び散った。その液体は入矢の服に付着した瞬間からしゅうしゅうと煙を上げる。いっきに入矢の服の裾が解けて失われていく。
 入矢はまだ安全だった生地をつかみ、己の衣服を破り裂いた。それだけ反応性の高い液体だったのだろう。おかげで入矢持ち前の白い肌を胸まで曝している。
「酸か!」
 入矢が叫ぶ。
「いいえ、毒よ?」
 ソニークが下から笑う。いつのまにか、入矢が着地すべき床面一帯は植物に覆い尽くされていた。
「チ!」
 入矢が短く叫ぶ。毒を吸わないように、また滞空時間が過ぎたからこそ、入矢の身体が落下していく。落ちて、植物に触れれば同じ効果が待っているだろう。否、もしかするともっとやばい禁術が組まれているかもしれない。
 入矢はどうするのか、落下まではコンマ数秒という刹那の時間しか残されていない。ノワールは平然とそれを見、そしてハーンに向けて禁術を放った。ハーンはそれを平然と受け流す、が、こちらも禁術は二段階で組成されていた。いつの間に、しかも無言で。
 ノワールの才能を垣間見た気がした。だが、これは着地する入矢にハーンが手を出さないようにしたノワールなりのフォローであり、特にハーンに致命傷を与えようとしたわけではない。
『汝は力の象徴。一切を消す破壊の化身。汝は赤、汝は紅(あか)汝は明(あか)、朱(あか)、緋(あか)、赫(あか)、絳(あか)! その身は焦げて、焦がれて焦がす、汝は怒り、汝は哀しみ、汝は絶望。我は汝の源とならん。我を使え、我を愛せ、我は導(しるべ)、汝と共に燃える者!! そなたの名は、炎!!』
 早口で叫んだ入矢はそのまま持っていた槍を地面に突き刺した。その柄の部分、というか、端に入矢は片足を乗せ、器用に槍の上に立って見せる。その槍に巻きつくようにして、植物の蔦が一斉に槍に群れ、まきついていく。
 だが、一瞬遅れて真っ赤な炎が槍が刺さっている部分を中心にして燃え上がる。その炎はぽっと点った割にはすぐに燃え広がり、床一面の植物を燃やし始めた。床一面が炎に飲まれる。
『cluck ,click, clack!!cluck ,click, clack!!』
 ソニークが叫ぶが、入矢の炎の方が速い。そしてぎぃいいいという甲高い叫びのようなものが聞こえた。アランは植物が断末魔を上げるのを初めて見た。
「さすが万緑の魔女、名前は伊達じゃないな」
 入矢はそう言って槍の上から軽く降りた。そのまま、焦げた槍を投げつける。瞬間にソニークの周りに木の幹のような盾が瞬時に生じ、槍を飲み込んだ。
「植物の絶対防御よ? 崩されたことはないわ」
「ふーん、そう言われると、壊してみたくなるのが、人の性だよね」
 と、いいつつ入矢は思考する。あの手の植物は直接攻撃するのは危険だ。あの植物が何を仕込んでいるか、わかったものではない。先刻の車椅子といい、仕込み武器大好きだな、あの女。そして、ちらりとハーンを見る。女は万緑の魔女、その名前の由来は見せてもらった。だが、支配者である、あの男は?
 虐殺者という二つ名はまだ見ていない。ノワールは出方を伺っているようだ。なら、ここは入矢が動いて少しでも相手の手札を出させるべきか。まさか、万緑の魔女ともあろう女が、あの程度の防御だけで、その名を戴いたわけでもあるまい。入矢の思考はその答えをすぐに導く。入矢は今度も槍を形成し、そのままソニークを回りこむようにして、奔る。
 俊足は一瞬でソニークの姿を捉え、ふるわれた刃は木の固まりが数本犠牲になって、彼女自身にダメージは見られない。ふむ、と入矢は分析する。だたの木でもあるみたいだな。触れた瞬間にどうにかなるものばかりではなさそうだ。
『clack,clack,clack,clack,!!!』
 ソニークが新たに指を鳴らす。入矢は一瞬で間合いを開ける。すると次にはゴゴゴと地面がわずかに揺れた。今度は何が生えてくるかと思えば、それは唖然とする光景だった。なんと樹齢何十年か、という幹が直立して数本生えてきたのだ。
「おいおい」
 直接入矢を狙ったわけではないようで、その幹はすぐに伸びきってしまう。だが、その高さが問題だ。あの高さならドーミネーターの席に余裕で届く。入矢はすぐさま、ノワールの席へと跳んだ。
「ノワール」
「入矢、安心していい。ただの木だ。問題はどう使うか、だが」
 幹は成長を続け、床は幹の根が張り出し、もともとのタイルがすべて破壊された。入矢は安全な地面がなくなったと冷静に状況を把握する。入矢はノワールの分析を信じ、幹の一本を足場として利用する。さすがに、特に問題はないようだ。そしてソニークの姿を探す。
 だが、生い茂った葉の下にいるであろう彼女は入矢からは完全に姿を隠している。だからといって降りてしまえば、今度は上空の動きがさっぱり見えない。それに長い槍という得物では振り回すには邪魔だ。くそ、完全に直接攻撃に切り替えてこさせたな。
「入矢」
 ノワールに呼ばれて入矢はすぐに戻ってきた。
「遠距離の武器に切り替えて。マーカーをつけてある。やってごらんよ。それに、この大量の木の禁術、もうすぐ解析し終わる。まぁ、向こうが何もしてこないのが不気味ではあるね」
 ハーンは相変わらずにこにこしてジャングルと化した会場を眺めている。それは絶対的な信頼と、勝利の数が物を言わせる経験値。入矢はなんとも舐められている感が否めず、ムカっとして、銃を生成する。
 標的が見えずとも、照準を合わせずとも、こっちだってノワールには絶対的に信頼を寄せている。だから、撃った。
「く」
 焦った声と木の幹に当たる音から方向を瞬時に判断、入矢は奔った。それも木の幹を。通常なら重力が働く場では考えられない運動能力。そして、見つけた。ったく、緑の髪が保護色になってやがる! 入矢は銃を捨て、いくつも剣を生成する。そして一本を掴んで、斬りかかった。
 すぐにオートで木が彼女を守るように伸びてくる。そんなの百も承知。入矢は次の一本を背後から刺す。刺す、刺す、刺す。彼女が木の固まりになるまで剣を刺し続ける。ダメージがなくても構わない。木なんだろ? しょせん、硬度も密度も限られている。
 入矢がまるで針山を彼女と剣で作ろうか、というとき、ぱちん、と上空でかすかな音が響いた。
『cluck ,click, clack!!cluck ,click, clack!!』
 その可憐な禁術のラストスペルを唱えたのはソニークではなかった。
「あぁああああ!!!!」
 次の瞬間、全ての木が消えうせる。入矢は思わずノワールを見た。ノワールの右手が音を出し終わった形のまま、保たれている。余裕の口元から、ノワールが彼女の禁術を解析し終わり、消したと誰の目から見ても明らかだった。
 だからこそ、木の絶対防御も終わり、大量の剣はそのまま彼女を血だるまに変えた。
「ソニーク!!」
 さすがに、ハーンの焦った声が響き、瞬時に治癒術式が施される。
「まさか、破られるとは……!」
 血を口から垂らしたソニークが苦しげに言った。入矢は笑うにとどめた。会場がざわつく。まさか、あの万緑の魔女が敗れるなんて、そんなゲームを見られるとは! そして滅多にお目にかかれない、ハーンが動くか?
「ハーン!」
「もちろんだよ、ソニーク。ちょっと調子に乗せすぎたね」
 ソニークの手には一振りの鎌。それをこちらに向けて走ってくる。入矢はもちろん、余裕で避けた。しかし
「ぐふっ」
 入矢は我知らず、吐血した。そして脇腹に鈍痛。思わずそこに手をやると生温かいぬるりとした感触が広がった。触れた手を見ると、真紅に染まっており、入矢は目を見開いた。
「な、んで……?」
 確かに避けたはず。その為、攻撃された感触が一切なかった。斬られた感触も、何もなかった。なのに、斬られた。正面を見ると、ソニークの鎌にもべったりと真っ赤な血が付いて、雫を落としている。
「入矢!!」
 ノワールが叫んだ。ノワールにもわからない。入矢は完全にソニークの攻撃を避けた。まさか、刀でもあるまいし、カマイタチとか、居合とでもいうつもりか? そんなバカな。
 入矢は脇腹を押えて前を見据える。アランにもわからなかった。入矢は避けた、しかし、攻撃を受けた。ノワールはその手品の種を明かそうと禁力の気配を探す。
 ハーンが何かしたのは明らかだ、彼が頷いたのには絶対わけがある。
「君は禁術の解析に長けているね、させないよ」
 ハーンが積極的にノワールに禁術による攻撃を仕掛けてきた。
「ノワール!」
 入矢が叫ぶ。上空の爆炎が立て続けに起こり、煙でその姿が隠される。
「そんな心配できなくなるよ?」
 ソニークは笑って、鎌を何もない所で振り回した。入矢が今度こそ、信じられない感覚を味わう事となる。距離も離れていたし、攻撃がかすりもしなかった。だが、入矢は背後から斬撃を受け、派手に背中が裂ける。
 真っ赤な血の翼が一瞬形成され、入矢の絶叫が響き渡った。
「入矢!!?」
 爆炎を晴らし、ノワールが見た光景は信じられなかった。まるでかろやかなステップを踏み、ダンスを踊るように鎌を振るうソニーク。その度に、攻撃を受けたかのように、血を散らす入矢。
 入矢の身体が血に染められている。入矢は痛みと攻撃で立ち上がることすら出来ず、うずくまったまま、動かない。
「入矢」
 呼ぶが、応えない。ノワールは広めの盾を瞬時に入矢の周りに形成させた。
「無駄だよ」
 ハーンが笑っている。それが証明されたかのように、入矢は盾の中で新たに血を噴きあげた。
「種がわからないんだね? ソニーク、どうする?」
「教えてあげたら? この子、もう死にそうだよ?」
「ソニークがそう言うなら、見せてあげるよ」
 次の瞬間、会場がざわついた。ハーンがそう言った瞬間、入矢がいたのだ。何人も、何人もの入矢が。
「どういう、ことだ……」
 ノワールが絶句する。そして、会場を埋め尽くすほどの入矢の中から、一人がソニークの鎌を受けて、背中を斬られ、即死して倒れ伏す。それとリンクしたかのように、うずくまって動かない入矢の背中に同じように斬撃が走り、血がほとばしった。
「教えてあげるよ、黄色い虐殺者の意味」
 ハーンはおごそかにそう、言うと高い頂上から、何条もの光のレーザーで何人もいる入矢を打ち抜く。
「やめろ!!」
 ノワールの叫びもむなしく、餌食になった入矢がレーザーを受けて死ぬ。次の瞬間に入矢が絶叫も出来ないほどに、身体を痙攣させた。入矢から血だまりが広がっていく。
 死んでしまう! 入矢が、入矢が!!ノ ワールは入矢に造血剤を生成した。しかし、その行為さえ嘲笑うかのように、ハーンはまた、星降るように光の矢を走らせる。何度も、何度も。
 そして何十人といた、入矢もどきがすべて重なり合って死体の山と化す。血の塊と化した入矢とそれをにこにこと見下すソニーク。傲然と殺したハーン。ノワールはすでに虫の息の入矢に再生の禁術をかける。その間は待ってくれるようで、入矢の身体が修復されていく。
「何度でも、何度でも殺してあげるよ」
 ハーンはそう言って笑う。次の瞬間に、また、入矢の周りに入矢が現れる。
「……黄色い、虐殺者!!」
 ノワールが呻くように、唇からそう、漏らした。おかしいと思っていた。あまりの誇大な二つ名に。ハーンはスレイヴァントである入矢を攻撃する事で、守れないノワール自身の心も折ってくれた。
 ――勝てる気が……しない。
 初めてノワールは挫折した。入矢は再生を受け、すぐさまノワールの椅子まで跳んできた。その顔は心なしか青い。入矢とて、ゲームで死の直前まで追いつめられたのは始めてだったのだ。
「大丈夫か、入矢」
「ああ。平気だ。だけど、攻略法が見つかんない」
「これはゲームだ。降りても私は構わないぞ?」
「ヤだね。いずれ戦う相手だ。とことんやってからだ。どうせ死ぬわけじゃない。死ぬほど痛いだけだ」
 入矢は言い切った。そして弱気になっているノワールのほほに軽く、一瞬だけ口づける。
「何、弱気になってんだよ? 負けるって、まだ決まってないだろ?」
 ノワールは一瞬、唖然とした。そして笑う。
「そうだね。やるならもうちょっと仕返ししたいね」
 ノワールの目に光が戻る。入矢は眼下の光景に辟易する。自分が何人もいる。その自分もどきに攻撃されるとそれが自分のものとなる。だからといって、あの人数は守りきれない。痛みで自分は動けない。ハーンは一瞬で殺してくる。ソニークもか。
「二人同時に攻撃されるのは初めてだな。ノワール、どうする?」
「まかせろ。入矢をこんな目にあわせた。とりあえず、ハーンを止める。入矢はソニークを止めよう」
 最初の時とは違う。今度は見えるのだから、入矢は入矢たちを守っていれば、とりあえず入矢への攻撃は止む、そうノワールは考えた。
「わかった」
 入矢はそういうと剣を生成する。アランは感動していた。こんな状況になっても諦めない入矢の強さを。そしてここまで追い詰めたハーンの強さも。お互いのペアの望みに応えることが可能なお互いの信頼と強さに、何よりもあこがれた。
 ノワールは反撃の狼煙を上げるかのようにハーンに禁術による攻撃を仕掛けた。入矢は鎌を振り上げるソニークに向かっていく。ガキィイインと刃が交錯する音が響き渡った。振り回される鎌を止め、己への攻撃を防ぐ。
「あら、やるじゃない」
「どーも」
 入矢は必死に間合いの広い鎌に立ち向かう。
「俺を止めてるのか、すぐ攻略しようとする、その姿勢買うよ」
「どうも」
 ペアで同じ返事を返す。
「しかし、そんなうまくいくと思うか?」
 ハーンがそう言った瞬間、入矢はまた、攻撃を受けた。それは、ノワールは予想できたことではあったが、少し希望に懸けていたのだ。ノワールは次の手を考える。
「どう? 自分に攻撃される気分って」
「サイアク。あんたも味わってみるといいよ。いつかね」
 入矢は歯を食いしばって攻撃に耐えた。守るしかない入矢もどきにまで攻撃されれば入矢を守る術はもはや、ない。ノワールは入矢を見た。
「手を止めるな! なんとかする!!」
 ノワールが叫ぶ。入矢は頷く。入矢は入矢もどきに手を出せないが、向こうはし放題。ノワールはそれを予想していなかったわけではない。当然、どうするかすでに考えていた。
 瞬時に黒い影が立ち上る。入矢もどきは己の影に拘束され、動けない状態になった。入矢はこれでソニークにだけ注意できる。
「恐ろしいな、ここまでとは……」
 ハーンの顔にも初めて焦りが浮かんだ。ノワールの様子をちらりと見る。次々と禁術による攻撃を放ってくるが、それはどれも軽度のものばかり。こちらに入矢の攻撃をさせないためだけの怒号の攻撃。そして次々と移っていく視線。きっと禁術の構成を計っている。
「ハーン!」
 悩んだハーンにソニークの声がする。入矢と形勢が逆転したソニークは入矢の攻撃を受けつつ、目線で訴えた。
「わかった!」
 ハーンは禁術を練り上げる。そして、また、新たに入矢を生成した。入矢がはっと目を見開く。ノワールが瞬時に禁術を立ち上げる前に、ソニークが入矢もどきを動かした。そう、これはハーンとソニークによる連携禁術。ハーンはソニークと完全に禁世におけるリンクを最初から繋げている。だからこそ、ソニークが攻撃すれば、その経験値はハーンにも伝わる。
 ハーンはソニークが攻撃する間に入矢、という一人間のデータを集めていたのだ。そして人形化の応用で、入矢を大量に生成する。だが、その入矢は人間ではない。入矢もどき。魂が入っていないし、ゲームを終えれば消える、その程度の存在の薄さの人間もどきだ。
 しかし、その入矢と本物の入矢との感覚をすべてコントロールするのがソニークの役目。ソニークは動かない己の四肢をすべて禁術によって補強し、動ける身体を作った。その禁術さえあれば、たやすい。そして二人でその入矢もどきを動かし、攻撃する。これこそが、ハーンとソニークのペアが生み出したオリジナルの禁術であり、ここまで上り詰めた奥義でもある。
 今まで誰にも破られたことはなかった。ほとんどのペアが恐れをなして辞退したというのに……。
「だからこそ、ここでお前たちは潰す!」
 ハーンはそう言った。そう、入矢を完全に模倣した人形化の応用禁術。だから、その入矢もどきは入矢と同じスペックを持っているわけで……。
「ノワール!!」
 入矢が叫んだ。入矢の跳躍力があるからこそ、それが仇となる。入矢もどきはノワールへ直接攻撃をしかける。これでノワールが入矢を攻撃すれば、その攻撃は入矢に返り、入矢によって足止めを食ったソニークは自由になる。逆に防げなければ、ノワール自身が死んで、ゲーム終了だ。だから入矢も跳んだ。
「入矢!!」
 入矢の身体がノワールの目の前で斬り裂かれた。血が花火のように舞って、一瞬遅れてその身体が落下する。ノワールは思わず立ち上がって腕を伸ばし、入矢の身体を抱きとめた。