毒薬試飲会 023

14.カドミウム 上

050

 思い知らせてやろう。
 私と君の絆を絶とうとした輩に、
 我が、想いの強さを。

 「毒薬試飲会」

 14.カドミウム・上

 アランは初めて足を踏み入れる第二階層中央もコロッセウム、禁じられた遊びの会場を見まわした。久々に行われる一代イベントであるからか、会場は始まる前から溢れんばかりの客で埋め尽くされていた。
 スリーコインを用いたゲームは相当珍しいらしく、その日の会場で他のゲームは行われない。一切をノワールと入矢のためだけに捧げられる。
「開始まであと15分か」
 対戦カードも何もないのに、この集客率はアランには理解不能だ。客は誰との対戦カードを見たいだとか、このツインと当たればいくらかけるか、等と騒いでいる。そんなこんなで過ごすうちにとっくに15分なんて経ってしまい、一瞬照明が落とされ、その後にスポットライトに照らされた女が現れる。
『皆様ぁあ、お待たせいたしましたぁああ!!』
 うおぉおお!! 一言に波の様な歓声が返ってくる。
『今宵は皆様待ちに待ったゲーム、ノワール・ステンファニエルによって宣言されたスリーコインゲームを開催いたしまァす!! さぁ、ここでぇえ、愚かなる宣誓者のご登場ぉおん! その姿は漆黒、繰り出す技さえも常闇! 『漆黒の黎明』こと、ノワール・ステンファニエルぅうう!!』
 その瞬間に会場の床の中心がスポットをあてられ、一瞬後にノワールの姿が現れた。いつも通りに黒い服装に身を包んだ彼は、特殊ルールのために、椅子がない床に登場している。しかしその態度は堂々としていて、この特殊ルールを宣言しただけはある。
『相手はこのランク2に名を連ねるツインの中でも指折りの名手ばかり! 上から順に名を連ねます、人呼んで『十指』!! ではぁあ、まず、その顔ぶれをご紹介ぃい! その名は炎! 激しい炎は地獄の業火とされており、その炎を体現した、通称『橙色の悪魔』! レーベン・ベッカウルフとそのスレイヴァント、『幻惑の燈火』ルナマリア・ペスキス並びに『跳梁の刃』ステレンファント・ヴァムジーフ!!』
 紹介の後に、上空に浮かぶ椅子にオレンジ色の髪をした、モデルの様なかっこいい二枚目の男が悠然と脚を組んで座ったまま登場した。その椅子の背後に長身だがきりっとした女性と、逆に小柄な少年のような男性が控えている。
『その姿は砂! 全てのカメラを撮影不能にするほどの圧倒的な砂は彼にしかできません、通称『砂漠の嵐』! ドリアスト・メーデとその奴隷カラム・ザ・ヴァッファローのツイン』
 同じようにして今度は屈強な男二人のツインが現れた。いかにも肉体派ですって感じだ。こんな感じで一組ずつ十指と呼ばれるランク2の強者がそろっていく。
『その姿は歌い鳥! 可憐な容姿とはかけ離れ、攻撃は残虐そのもの、通称『爆殺双児の歌い鳥(カナリア)』! フレイ・マルカミレスとフレイヤ・マルカミレスのツイン!!』
 そこにはかわいらしい見た目10歳くらいの性別さえよくわからないほどの愛らしい子供の双子が一つの椅子に二人で座っていた。
 一組ずつ紹介されていく十指を眺めながら、アランはノワールに歓声に負けないように大声で問うた。
「なぁ、入矢たちに勝つ見込みってあるのか?」
「ん? なきゃやらないだろう。ノワールは勝てない戦いはなしない」
「ってことはさ、少なくとも半分のペアには勝てるって思ってんだよな」
 ハーンはふむ、と悩んで頷いた。
「じゃ、入矢たちが勝てそうにないペアとかっているのか?」
 ハーンはだいたいそろった十指を見上げて、そうだなぁと呟いた。9組目のツインが紹介され、会場の上空の椅子に悠然とたたずむ姿が見える。
「俺だったら、『無形の女帝』サイネリア・バースカークのツインはごめんだ」
 アランは画面表示を示して、ハーンが言うツインを見る。支配者が女性で奴隷が男性という一般的なツインであり、女性は薄い青の髪に同色の瞳、男性も同様でもしかしたら血縁関係なのかもしれない、とアランは思った。
「そんな強そうには見えないけど……」
「俺とソニークの禁術を無効化してしまうのがサイネリアのオリジナル禁術だ。彼女の技はだいたいどの禁術も無効化させてしまう以上に身体的にも拘束する」
「禁術解体ってことか?」
「いや、解体せずに、全ての動きを止めてしまうんだ」
 ハーンはそう言って嫌そうな顔をした。
「逆に『鉄女(アイアン・メイデン)』セレーナ・セントーテとラトヴィア・ハンスカンクのツインはおそらく入矢達が圧勝する。こいつらに当たればラッキーだろう」
 アランはまた画面表示で検索する。先ほどのツインとは別に、黒い革張りのまさしくそう言う系の風俗店で見るような女王さま系の女と屈強な男のツインを見る。
「弱いってことか?」
「違うな。少なくとも十指である以上、強い。だけど相性ってのがあるんだよ」
 アランはスレイヴァントの男性を見て、入矢の動きについてこれなさそうだなぁと思った。
「彼女はノワールの思考にはついてこれないんだ」
「え、そっち?」
 てっきり奴隷の相性だと思ったのだが、違うらしい。
「彼女らは、攻撃より防御に秀でたツインだから一定の攻撃だけではなく、裏の裏をかくようなノワールみたいなタイプには弱いのさ。まぁ彼女らは十指の中でも強い方だとは言えないけどな」
 くすっと苦笑する。でも、ランク2のトップレベルに君臨し続けるのだから、強い事に変わりはないのだ。
『さぁて皆様ぁああ、十指が全員終結いたしましたぁああ。では、ここで愚かなる挑戦者のご登場ぉおん!』
 そう言ってノワールが座る椅子が会場の一番高い所に移動する。ノワールのすぐ下に十指が悠然と構え、空いた会場の中心にスポットがあてられる。そして鎖の独特の音が響き渡った。
『ノワール・ステンファニエルの忠実なる奴隷! 真紅の魔鎌を振りかざす様はまさに死神!! 『真紅の死神』こと、入矢ぁあああ!!』
 黒い奴隷服からのぞく白い手足。七分丈の白いパンツの下にごっつい金属環と鎖、交差して前で組まれた腕も同様だ。首にも鎖が続き、目は金属製の眼帯がはめられ、その上鎖につながれている。
 それに加え、今回は身体を何重にも鎖で拘束された囚人の様な入矢が登場する。
『さぁ、今度は十指の宣言を聞きましょうぉおお!』
「なんで敵側も宣誓すんのさ?」
 アランが聞く。
「ああ、これはな、受ける側には拒否権があるってことなのさ。それと同時に入矢にハンデを与えさせる仕組みでもあってな、こういうルールがあってスリーコインはあまり開催されない。条件が酷過ぎてな、やりたがらないのさ。だから珍しいわけ」
『我が二つ名にかけて、受けよう、このゲーム』
 おごそかに最初に告げたのは『砂漠の嵐』だった。支配者が言い放つと同時にコインを投げ捨てる。そのコインは床に当たって反響音を響かせ、すぅっと消えた。その瞬間に鋭い金属音がして入矢を拘束していた鎖が一本切れ、拘束が解かれる。
『俺は受けてやるぜぇ、このゲーム』
 今度は青い髪の男が言い放ち、同様にすると、また一本入矢の拘束が解かれていく。
「……つまり、勝負を受ける十指の宣言によって入矢の拘束が解かれるのか……! じゃ、もし受け入れられなかったら……どうなんだ?」
「簡単だ。入矢の拘束は解かれない。入矢は拘束をハンデとして戦うのがルールだ」
 アランはノワールと入矢が挑戦しようとしていることのすごさを改めて知った気がした。最強のツインに挑む。それを3連続で休憩補給治療なし、それに加え、ハンデを与える可能性もある。
 そしてぶつかる相手が限られるとはいえ、戦略を練る事は難しい。コインの音が反響し、入矢の拘束が解かれていく。手が自由になり、後残るは足かせと眼帯のみになった。
『誓いましょう、受けて立ちます』
 コインの音と共に、入矢の眼帯が消える。整った顔が現れ、すっと目が開かれた。
 その目、緑の左と青い右目。ノワールによる血約の呪いは入矢に消えない跡を残したようだ。
 そして禁術の気配を察知できるようになったアランの目に映るノワールと入矢を結ぶ黒い首輪。赤い髪は長いままだが、後ろで一つにくくられている。
「入矢の着てるやつ、普通のじゃないな」
「ハンデさ。主催者側が与えるハンデのつもりなのさ」
 入矢はアランと同じように二の腕のみの袖丈の黒い奴隷服を使用しているが、その奴隷服はひざ下まで丈があり、真ん中と脇にスリットが入っている。一見女性のワンピースのようだが、れっきとした肩をむき出しにした奴隷服であり、入矢が好む緑のラインで彩られている。
「へぇ」
「入矢は跳躍力が一番の奴隷。脚封じってところか」
 つまり動きにくい服装として無駄に長い服を着用しなければならないのだろう。二重三重のハンデだ。相手が弱いわけではないのに。
『あたくしはこの勝負、受けません。……スレイヴァント・入矢の脚を封じますわ!』
 それは先ほど勝てる、とハーンが行った鉄女の宣言だった。十指の中で一組だけ辞退。その代償は脚封じだった。それによって鎖は解けたものの、入矢には見るからに重そうな足枷のみが残された。このハンデに会場がざわつき、歓声に変わっていく。
「ま、妥当だな。ノワールのことだ、見越しているだろう」
『それではぁああ!! 皆さまぁあ、ベット、ベット、ベット、ベット!!!』
 これはコインで表裏を掛けているようなものだ。対戦カードもわからず、ただ勝敗を掛ける。なのに賭け金が上乗せされていく。
「お前は知らないだろう。ランク2のゲームは特殊。なんでかってとな、その賭け金が命に加算される」
 みるみるうちに入矢たちではなく、誰が相手かもわからない敵チームの支配者のライフポイントが伸びていく。
「これが、第二階層ランク2の禁じられた遊び!」
 アランは始まる前から興奮した。
『カウント入りまァぁす! 5,4,3,2,1ぃいいい! 終了でぇええす!!』
「決まったな」
 ハーンが静かに言う。その戦力差、倍。
「初戦だから入矢が勝つ方にかけている奴も多いな」
『それではぁああ!! スリーコインゲームムゥウ、初戦のカードはぁああ!!』
 そう言った瞬間にノワールが座るべき椅子が十指のいる場所まで上昇し、その場で回転を始めた。
「もしかして、椅子が向いた方向ってこと?」
「その通りだ」
 その椅子は次第に速度を落として、ゆっくりになり、とあるツインの前で止まった。その瞬間対戦カードがわかった瞬間に会場が沸く。ノワールの元に再び下降した椅子に悠然とノワールが腰かけた。その瞬間に椅子が再び上昇し、ノワールは戦う相手に向けて微笑んだ。
 周囲の十指の椅子は上昇し、観客の一部と化す。にこやかにほほ笑んだ相手のツインのうち、スレイヴァントが椅子から飛び降りて、入矢の前に立ちはだかる。
『初戦の相手はぁああ!! 『爆殺双児の歌い鳥(カナリア)』! フレイ・マルカミレスとフレイヤ・マルカミレスのツイン!!』
「え? あの子供が相手なのか?」
 ハーンはふむ、と考えていった。
「まぁ、初戦の相手としては妥当だなぁ。しかし今回の入矢には足枷が付いてる。カナリアから逃げられるかが勝敗のカギってとこか」
『戦うのは初めてだね! 真紅の死神!!』
 歌い鳥の名はさすが、愛らしい鈴のような声で言った。
『宜しく頼むよ、愛玩鳥』
 入矢が挑発する。ノワールが所定の場所で悠然と微笑む。にこにことするもう片方の双子。
『さぁ、いよいよぉおお、ゲームスタートでぇええす!! レディイイ、ファイ!!』
 始まって早々に入矢が跳びあがる。その跳躍力は目に見張るものがある。すぐさま敵側の支配者席の真上まで跳びあがっている。そして跳びあがると同時に蹴りが放たれる。
「あ、危ないな!」
 思わず防衛本能でアランが叫んでしまった。しかしその瞬間に支配者席に座っている少女、もしくは少年が口を開いた。その瞬間に甲高いマイクのハウリング音のようなものが響き渡り、入矢はそのまま吹き飛ばされた。
「おしいな」
 ハーンが隣で呟く。入矢は優雅に着地し、次の攻撃の体制をとっている。
「入矢、あんなものでなんとかなると思ってたのか? だって、強いんだろ? あいつら。攻撃が早急すぎないか」
「足枷はずしだろう。なぜ、彼らが歌い鳥って呼ばれているかわかるか?」
 双子のよく似た容姿。淡い金髪に緑の目、その姿は天使のようだ。おそらく女の方が支配者で男の方が奴隷となって戦っているに違いないが、幼いので男女の区別がつかない。
「……歌い……どり?」
「そう。名前の通り彼女の武器は、声だ!」
「タクトみたいに……か?」
「うーん、ちょっと違うかな。脳内麻薬みたいなのではないくて、超音波って言った方がいいか。『爆殺』ってのは本当に超音波みたいな衝撃波で爆発させて殺すのさ」
「それで、爆殺双児……すげー二つ名。入矢とかもあんの?」
「あるぞ。入矢は『真紅の死神』。ノワールは『漆黒の黎明』。それに俺は『黄色い虐殺者』ってのがついてる」
「へー」
「というか、十指にはほとんどついてる。お前も十指になればおのずとつくさ」
「ふーん」
 話している間にも入矢の怒涛の攻撃が続いている。入矢は跳躍力を活かして、何度も敵の支配者に蹴りを叩き込んでる。足枷を外そうとしている攻撃というのは本当のようだ。敵の奴隷がさせまいと動くが入矢は攻撃の仕掛け時がうまい。うまく翻弄している。
『もー!』
 支配者がうざったそうに叫ぶ。その音が瞬時に膨らみ、そして弾けた。瞬間に入矢が衝撃に吹っ飛ばされるが、華麗に後方の壁に着地する。その着地の衝撃で入矢の足枷にひびが入り、一瞬で砕けた。
「外れたな」
 ハーンが冷静に呟く。その瞬間に入矢が笑った。ぞくりとする微笑みだ。アランは思わずつばを飲み込んだ。
「もうか。早いな」
 上空で他の十指がため息をつく。入矢の跳躍力封じにつけた足枷。単純に重さを付加する事で身体的に拘束と疲労を誘う作戦だったが、入矢の足枷外しはその目的がわかりきった攻撃で難なく外してしまった。
 逆にいえばこの後2戦控えている身としては、外すのが遅れれば遅れるほど後のダメージが多くなる。そして入矢は無言で使いなれた槍を2本生成する。今までの攻撃は所詮肩慣らし。ここから入矢の本気がくる。
『させないよ、真紅の死神』
 もう一人の歌い鳥、奴隷の方も足枷が消えた事で本気になったようだ。スペルなしで瞬時に生成される禁術の数々。しかもそれはオリジナルのものが多い。アランはあんぐり口をあけてしまった。
「うぉおおおー!!!」
 会場がいっきに沸く。奴隷の背から鳥のような両翼が生え、2~3回羽ばたいたかと思うとふわりと飛び上がった。それは入矢の跳躍力など及ばないほどのスピードと高さだ。
 ノワールはその姿にも動じない。一瞬で距離を詰められ、目の前に鳥人が迫っているというのに禁術の気配さえ感じさせない余裕の笑みを見せている。
『なにを、させないって?』
 入矢は瞬時に鳥人と槍を交えている。そしてノワールからじりじりと引き離した瞬間に、入矢の禁術が発動した。
『汝は水。 汝は塊。汝は集団。団結を意志とするもの。我はそなたの意志を導く導。我の手に共すは光。我が意志は光の防人。我は灯台、汝を愛す者! 汝の名は氷杭!!』
 相手の鳥人である奴隷の周囲を囲むようにして、突如出現した薄い青色のちいさな杭のようなもの。
「氷杭の禁術をあれだけ瞬時に正確に打ち出すとはな……」
 ハーンが呟いた。どうやらあの氷の生成禁術の改良版のようだ。
『逃げられないよ』
 入矢が呟いた瞬間にそれは円形を描くようではなく、球形を描くように無数の氷の杭が出現する。あれが瞬時に打ち出されると考えれば、確かに動きを止める事が出来るだろう。
 しかし、相手もそんなことでひるみはしない。
『その程度のダメージ!』
『受けてみる?』
 瞬時に打ち出された杭はそのまま刺さったりしなかった。刺さる直前で、砕け、小さなかけらとなり、氷の粒となって襲いかかる。思わず人間の本能で両腕を使い、かばった瞬間に入矢の槍が一閃する。
『あぁああああ!!!』
 叫びさえ美しく響かせながら、赤い軌跡を描いて、翼を一瞬で落とされた鳥が地に打ちつけられる。その瞬間を逃す入矢ではない。
 持っていた槍をそのまま体重を掛けて、翼の付け根があった肩甲骨に刺した。骨が砕ける音と貫通した様子がわかり、新たに血が噴きあがる。
「うわ、容赦ねー」
 アランが思わず呟く。それだけ一瞬の攻撃であったにもかかわらず、奴隷を動けなくしてしまった。
『フレイ!!』
 麗しい声が響き渡る。その声に反応したのかと思うほど、先ほどまでフレイの上にいた入矢がフレイヤの前に出現していた。
『バイバーイ』
 入矢の楽しげな声がした。
『AAAAAAAAAA』
 瞬間声が響き渡る。しかし、衝撃の場の中に入矢はいない。背後に回っていた入矢がその喉に剣を生やしている。
『あ、がはっ』
 愛らしい顔がゆがみ、血が溢れだす。喉を押さえたフレイヤが振り返る。入矢は己の喉を貫いた血の付いた剣をちらつかせながら、笑いかける。
『降参する? もう、歌えないだろ?』
 片や奴隷であるフレイは地に縫い付けられたまま。支配者である彼女も喉を貫かれて虫の息。
『……っ!!』
 悔しげに顔を歪ませ、頷いた。それを降参と受け取った入矢は上空に目線を上げた。それに呼応するかのようにアナウンスの女が声を響かせた。
『圧勝でぇす! 入矢、華麗に歌い鳥のツインを下しましたぁあああ!!!』
 わぁあああ、と叫びが聞こえる。
「瞬殺だな……。見事だ。カナリアを歌わせない作戦とはな」
 ハーンが感嘆して、言った。アランも驚いている。あんなに難しいと言われていたスリーコインのゲームの初戦を入矢はノワールの力を出す事もなく、しかもほとんど禁術を使っていない。圧勝であり、速かった。おそらく次が控えているからこそ、速く終わらせてしまったのだろう。
『それではぁああ、次の対戦カードを決定しましょう』
 そう言ったアナウンスの声と共に高みの見物をしていた他の十指が下りてくる。ゆっくりそれが回転し始め、ノワールと入矢の周囲を回り始める。その回転が止まった先が次の対戦カードだと予想できた。
『さぁ、次の対戦カードはなんでしょうかぁあああ!!!??』
 ゆっくりと回転が止まってくる。その先の相手は誰か。そしてピタリと止まった時、にやりと笑う青い髪の男と涼しげな目線のノワールがにらみ合った。
『決まりましたぁああ!! 次の対戦カード、第2回戦はァ、『青い地獄』! ボルバンガー・ラーゼと『魔眼の射手』! メラトーナ・パーキンのツインでぇえす!!』
 視線の鋭い、しかしスタイリッシュなイタリアンスーツを着こなす男と、同じスーツでも影に控えるように立つ背の高い男がノワールと入矢の前に立ちはだかる。それに伴い、周囲の十指が上昇する。
『そういや、てめぇんとこの女狐には世話になったんだっけなぁ? 入矢』
 青い髪の男が席から飛び降り、入矢にそう言った。
『佐久兄さんをやったのはお前だったな!』
 入矢が殺意を持ってにらみ返す。
『さぁ、皆様賭けて賭けて賭けて賭けてぇえええんん!』
「こりゃ珍しい。入矢がやる前から殺意ばんばんだ」
 ハーンが苦笑して言う。確かに冷静沈着な入矢にしては珍しい。ハーンはアランの考えていることなどわかるかのように会場の一部を指差した。
 そこにはアランが見ることがあまりない着物の集団がいる。しかも美形ぞろいでそこだけ眩しい気がする。
「翹揺亭絡みとはな。青い地獄も馬鹿なことをしたな」
「翹揺亭って入矢の……?」
「そうさ。第二階層で一番怖くて手を出してはいけない集団さ。入矢の家族だな」
『そういや、赤い髪の女、なんつったけ? あいつも間接的に俺が殺したことになんのか? なぁ? メラ』
『そうですね、ボル様』
『晩夏姉さん! ……殺す! お前だけは、殺す』
『入矢』
 ノワールが静かに入矢を呼ばう。珍しく激情した入矢を冷静に引き戻すのはパートナーであるノワールだ。
『女狐出身の入矢だァ。お前には最初から手加減しねぇよ』
 アランは賭けの様子さえ忘れて四人の様子を見守る。入矢が怒っている様子がわかる。
 ハーンは家族と言った。入矢の過去を見たからこそわかる。大事な家族だったということがわかるのだ。