毒薬試飲会 023

051

『さぁ、ゲームスタートでぇす!!』
 入矢が動く。青い髪の男、ボルバンガーも動いた。初戦と違い、入矢の意志は攻撃のみだ。いつの間にかボルバンガーの手に小銃が握られている。青の男は小銃使いなのか?
『ははぁっ!』
 笑う男。ボルバンガーが笑いながら入矢の攻撃を避け、そして入矢に攻め入っていく。
 赤い髪が翻る。飛び交う銃弾を入矢も生成した剣ではじき返す。その身体能力は目を見張るものがある。
 今度は支配者側も動きが速い。相手側の支配者が生成したのはスナイパーが使うような遠距離専用の銃身が長い銃だ。
「青い地獄のペアは銃使いのペアだ。まぁ今回は支配者に魔眼の射手を持ってきたからな。あいつも本気ってとこか?」
 ハーンが言う。ハーン曰く、ボルバンガー・ラ―ゼは珍しい禁じられたペアだという。
 禁じられた遊びの特殊な面は複数のペア制度が認められている所にある。つまり、事前申請を行っておけば、ペアを変えても自分の経験値を増やすことができる。
 簡単にいえば、Aという支配者がいたとする。その支配者にはBとCという奴隷複数とペアを申請しておく。すると、AとBが組んでゲームを行い、次のゲームでCと組んでもAには2試合分の経験値が手に入る。名声も勝敗もすべてAのものになる。ランクが上に行けばいくほど、複数のペアと組み、己の力を増やしていくことができ、ゲーム日程も組んだ相手を自由に選択できる。
 だがそれは支配者側に多い。奴隷がアドバンテージを持つことはゲームの構造上あまりない。しかしこのボルバンガーという男は己の力を増やすために、自分にゲームメイクを課す支配者を複数用意していたという。その中でもよく白星を飾り、己の力にしてきたペアがこの魔眼の射手、メラトーナだ。
「ふん。俺らに手を出してきて痛手を被った割には、入矢には強気に出るか」
 アラン達とは別の場所で着物の集団が冷静にゲームを見ている。周囲の客は滅多に現れない翹揺亭の集団に目を離せない様子だ。
「御狐さまが情けで残されたのはメラトーナだけだったからね」
 そう、ハーンなど事情を知らない客はボルバンガーが本気だからペアにメラトーナを選んだと思うだろうが、実際は佐久がメラトーナとその次の席次である男以外を皆殺しにし、最終的に御狐さまがその男を殺したために、メラトーナ以外残っていないのが実情である。
「さ、入矢は勝てるかな」
 咲哉が洸に言うと、洸が鼻で笑う。
「入矢が勝てなかったら、ノワールが悪いのよ。あの男がすべて悪いのよ」
 ふん、という。
「まぁ、入矢の応援をしましょう」
 間を取って雪乃が笑った。その言葉に同意したか、黙ってゲームを見守る。
『メラ!! 行くぜ』
『はい、ボル様』
 入矢が険しい顔をする。
『お前相手に手加減はしねぇって言ったよなぁ!』
『だから、何!』
『その身に受けな! 『青い、地獄』だぁ!!』
 唇の端だけを上げて、銃を構えたボルバンガーに入矢は防御を取った。ボルバンガーのオリジナル禁術が見れると、会場が沸いていく。
 撃ちだされた銃弾を入矢は避けながら弾く。ボルバンガーだけではなく、メラトーナが上空から狙い撃ちをしてくる。入矢は一瞬上空をにらんだ。ノワールが静かにそれを眺める。
 ノワールは入矢の攻撃よりも、ボルバンガーの宣言の方が気にかかっているようだ。入矢が銃弾を避けるために上空に跳び上がった。ボルバンガーもそれを追う。空中に一瞬で交錯する二人の奴隷。やがて滞空時間が過ぎて先に着地したボルバンガーの後を追って入矢が落ちる。
『なに!』
 その入矢の身体が空中で沈む。地に落ちたはずの入矢の身体がその地に沈んだのだ。傍目から見ている様子では地面から1メートルほどのところで入矢がおぼれているかのようにもがいている。
『発動だぁ』
 ボルバンガーが笑った瞬間にその術の正体が明らかになる。入矢がもがいている場所が青く染まったのだ。地面から3メートルほどの場所が全て青い液体で埋め尽くされている。
 先ほどは透明すぎて入矢にはわからなかったのだ。入矢はそれを理解し、己の身体を水面から出すと、息をする。
『はぁ、はぁ』
 入矢はそのまま空中から脱した。しかし着地するべき地面がない。入矢は一瞬で薄く氷を生成し、その場所に着地した。
『入矢』
 ノワールが呼んだ。入矢は応えようとした瞬間に氷が砕け散る。休む間も与えない怒涛の攻撃。入矢は舌うちする暇もなく、襲い来る銃弾を避ける。
『我は水。我は鏡面、我はそなた。我はそなたと共に走る者!』
 入矢が早口で唱える。アランには、禁力が見えた。だからこそ入矢の発動させようとしている禁術が水面上でも行動できるようにするものだとわかった。今まで入矢の禁術はわからなかったのに、わかるようになっている自分に驚いた。
『入矢!』
 鋭い声でノワールが呼ぶ。それを聞きとって入矢は水面に達する瞬間に氷を生成し、直上に飛び上がって逃げる。
『さすが、漆黒の黎明。気付いたかぁ』
『いやらしい技だね』
 ノワールはそう言って入矢を己の椅子に呼び寄せた。入矢が険しい顔をして睨んでいる。
『言ってくれるなぁ?』
 ニヤニヤ笑うその顔が余裕に満ちている。
『禁術解体を練り込んでいるとはな』
『そうさぁ、地がない戦いをしたことはねぇだろう?』
 アランは愕然とした。人間は水の上で戦うことなんてできない。入矢はこれから何をするにも己で氷を出すなどして地を作りださねばなにもできない。青い地獄とはそういうことなのだ。己の身体的制限に加え、禁力までをも消費する、まさに地獄のような攻撃。それをどうにもできない禁術解体を練り込んでいる。
『殺すんじゃ、なかったのかぁ?』
 ノワールにめがけて放たれた悪意のこもった一撃を入矢が無言で跳ね返した。
「禁術解体ってことは、あれには何もできないってことだよな」
「そうだな。浮島をつくることも、消すことすらできない」
 ハーンは厳しい目で見ている。入矢の勝率は絶望的だ。ノワールはどう対抗するか。
 あと一戦残っている状況では、ノワールは極力禁力を使いたくないだろう。入矢もそう思っているはずだ。だから、入矢もノワールに助けを求めない。入矢が唇を噛みしめた。
『何もできないと思ったら、大間違いだ』
 入矢はそう言う。
『やってみな』
『汝は連なり、幾重に重なる螺旋の彼方。我は紡ごう、汝の姿を……汝の名は鎖!』
 入矢が瞬時に思いついた作戦にアランは慄然を覚える。背筋がぞくぞくした。入矢は何本もの鎖を天井に打ち込んだ。その鎖を握ってターザンのように行動の支点にする。
『入矢ぁ! おめぇ、最高だなぁ。……だけどよぉ』
『させるとおもいますか』
 言葉を引き継いだメラトーナの無常な攻撃は入矢の攻撃支点である鎖を打ち抜く。
『チ!』
 入矢は残った鎖を掴んで、次の手を瞬時に考える。その間に迫りくるボルバンガー。入矢は交錯するが、耐えきれなくて鎖を離してしまう。
 水面に叩きつけられ、追撃を掛けるようにボルバンガーが跳び込んだ。
『がは!』
 入矢が浮き上がってくる。その身体をボルバンガーが抱き寄せた。細い入矢の腕を片手で封じこみ、もう片方の手が入矢の身体を這う。
『何の、つもり!』
 入矢は水に半分沈んだ状態。動こうものなら再び沈む。しかしボルバンガーは地に足があるかのように入矢を拘束する。そのまま情事にもつれ込むかのように、入矢の首筋に舌を這わせる。入矢は顔色一つ変えない。
『慣れてんだろ? こういうコト』
『お前相手に? 冗談じゃないよ』
 這う手はそのまま入矢の服の下に潜り込む。入矢の白い肌が見えた。そのまま服をめくりあげ、入矢の胸に唇を寄せる。ノワールが眉をひそめ、入矢は嫌悪感に顔を歪ませる。
 淡く色づいた飾りを馬鹿にするかのように、そして挑発するようにノワールを見上げ、口に含んだ。
『変態』
 入矢が吐き捨てた。ニヤリとボルバンガーが笑う。ボルバンガーは入矢の身体など、何も感じていない。何も起こそうとしないノワールを挑発しようとだけ、している。
『美しい身体を使って、虜にしてきた魔性の身体だろぉ? 誰もが幻滅するような、ミンチに変えてやるよ』
 首筋に噛みついて、入矢が眉を寄せる。が、次の瞬間、目を見開いた。
『あぁああ!!』
 獣のように噛みつかれた首から血が吹き出る。首の皮を食いちぎったのだ。入矢の血にそまった口は真っ赤だ。
『美人の血だぁ。それなりにうまいかぁ?』
『血の味だって? まったくお前といいあいつといい、変態だな!』
 赤狂いを思い出して、入矢が顔をゆがめた。その出血量では入矢は危ない。
『てめぇ、立場ってのを、わかってねぇなぁ! 食らうか?』
 銃をチラつかせて、ボルバンガーは笑う。入矢が逆に挑発するように笑った。
『食らっちまえ』
 ダン、ダン!と重い音が響き渡る。
『ぐっ!』
 入矢が短く叫び、水に赤い液体をまき散らせながら沈んで行った。
『入矢!』
 初めて焦ってノワールが叫ぶ。ボルバンガーの顔に笑みが浮かんだ。しかし、急速に激しい水しぶきが舞う。入矢が跳びあがっていたからだ。ノワールの席につき、そして撃たれた脇腹に己の手を突っ込んだ。
『入矢、何を!』
『あああ!!』
 叫んで、入矢が己の腹の中で指を動かす。その度に血霧が舞う。苦悶の表情を浮かべて入矢が己の腹ごと何かを抉りだした。
 それはこぶしの半分ほどの大きさにも広がった虫だ。金属製の虫だった。
 入矢の血に染まって赤く光るその金属物体はおぞましく顎を開閉して血肉を探している。
 アランは残虐かつ考え込まれたその攻撃にぞっとした。入矢はあの一瞬で虫に変化した銃弾が己の肉を食らうことに気付いたのだろうか。
『よく気がついたなぁ』
『悪趣味だよ! ほんと!!』
 がくり、と入矢がひざをつく。手のひらで虫を潰して投げ捨てる。先ほど撃たれた銃弾は禁術によって自由に動き回る虫へと変化していたのだった。己の身体の中を自由に這いまわり、臓器を傷つけられる前に抉った方がいいと判断したのだろう。
 腹を押さえて止血剤を生成すると、入矢は首筋にも同様の処置をした。奥歯を噛みしめたから、造血剤も生成したのだろうか。
『なんとなく、理解したよ。あんたの力!』
 ボルバンガー・ラ―ゼの力は銃に依存しない、銃弾に依存する禁術弾。打ち出す銃弾によって様々な効果を発揮する。その銃弾が打ち出され、着弾した瞬間に禁術が発動する。
『いやらしいね、銃弾にも禁術解体を防ぐ術かけてるなんて、みみっちいの!』
 苦し紛れな吐息と共に暴かれる青い地獄の能力。片方の眉をあげて感心するかのように入矢を見る。
『その禁術解体予防は、俺対策? ビビりすぎだし』
『俺は必要ないって言ったんだけどねぇ』
 と言って後ろを振り返る。メラトーナが肩をすくめた。
『いや、メラトーナは正しいよ? ただ、ちょっと入矢をなめすぎだ』
 ノワールが初めて挑発を口にする。
『できたのか?』
 入矢が言った。
『君に頼まれたことを私ができないと思うのかい?』
『何?』
 ボルバンガーがノワールをにらんだ。入矢が笑う。何も出来ないはずの水面に槍が降り注いだ。それは入矢が生成した物。ボルバンガーの目が見開かれる。
『ばかな……!』
メラトーナが驚きを隠せないで言う。
『禁術解体を防ぐのは禁術でてきてんだろ? その術を解体すれば、ただの水だ』
 入矢が笑った。ノワールも笑う。
『反撃開始さ』
 瞬間、入矢の剣がボルバンガーの前髪を払っている。
『コノヤロウ!!』
 苦し紛れに打ち出された銃弾を入矢が余裕で払う。
『構造がわかったくらいで、なめんな!』
 ボルバンガーが言う。メラトーナはショックから立ち直り、ノワールを標的に選んだようだ。しかしノワールの方が一面上手である。
『禁術解体は入矢の十八番。では私は?』
 メラトーナが不思議そうな顔をするが、その顔が一瞬でスコープに覆い隠されていく。彼は二つ名が表す通り正確な射撃を得意とする。狙った獲物は逃さない。
『……時間切れ。不正解者には、罰ゲーム』
 ノワールが言う。入矢と何度も交錯を繰り返し、銃弾と剣を交えた後、地についたボルバンガーの身体が沈む。
『なに!』
 驚きに彩られた身体に容赦ない追撃を掛けていく入矢。さっきとは逆を見ているようだ。しかし入矢はボルバンガーをあおったり、挑発しない。そのまま水から上がってこれないようにずっと抑え込んでいる。
『汝は拘束具。汝は重さ。我はそなたの想いを受け取ろう。汝の名は錘!』
 瞬間水の中で入矢の禁術が発動し、ボルバンガーは脚に巨大な錘をつけられ、水から浮かび上がる事が不可能となった。
 しかしメラトーナもまた、ボルバンガーを助けることはしない。そのまま入矢を狙い撃つ。入矢はその攻撃に瞬時に反応した。
「メラトーナの銃弾はボルバンガーとちがい、追尾弾だ。避けられない」
 ハーンの呟きが微かに耳に入る。入矢は弾の種類を見分け、跳び上がるが、それすらも追っていく。逃げる入矢に続けて銃弾が撃ち出される。入矢は視界の隅にそれを入れ、それでも走った。
『っつ!』
 入矢に初弾がかすめる。浅く入矢のほほを裂き、赤い髪が散った。束ねていた髪が翻る。2発目がすぐさま迫りくる。入矢は剣で着弾させ、無効化させた。3発目は入矢の長い上着の端に着弾した。
 その間にボルバンガーの錘がメラトーナによって解除される。すぐさまボルバンガーが地を創造し、銃を構えた。
『させるわけない!』
 入矢が撃つ前に瞬時に攻撃を開始する。跳躍して入矢を避けるボルバンガーを水面に叩きつけるように入矢の踵落としが決まった。水面に激しく沈むと思われたボルバンガーの身体は地に激しく打ちつけられる。
『がはっ!』
『何!?』
 ボルバンガーへの追撃を入矢が休めることはない。そのまま高い所から膝を追って体重を叩きつける。深く抉るように埋まった入矢の膝にボルバンガーが白眼をむいた。入矢は攻撃を緩めない。また跳びあがって、今度は首に叩き込む。
『ぐ!』
 ボルバンガーの手から銃が滑り落ちた。入矢はそれを遠くに蹴りとばすと、意識が残っていることを確認してボルバンガーに言った。
『殺してやるって、言ったけど……俺優しいからさぁ』
 首に脚を掛け、体重を掛けたまま入矢が言う。
『いつの間に、青い地獄を……』
 メラトーナが呟いた。そう、青い地獄とは地面からプールを作るように5メートルほどを青い水の空間で埋め尽くすボルバンガーのオリジナル禁術。その禁術は地面を与えないだけでなく、あらゆる禁術を解体し、相手に手を出させず、尚且つ己は自由に動けるという場所を限定するものだ。
 しかしノワールがその術を解析し、構造を読むことで入矢が青い地獄の禁術解体を防御するその禁術を解体、つまり自由に扱う事ができる水面となる。
 この時点でノワールと入矢は逆に青い地獄を自由に扱うことができるようになった。逆の立場になった、というわけである。
 それだけで脅威であるにも関わらず、ここぞの攻撃の時にノワールは青い地獄の水を全て固体に変えた。
 入矢は跳躍力に優れた奴隷。攻撃をする際には高さに依存する。だから地面が液体では威力が半減してしまう。だからこそ、固い地面が必要だったのだ。
『メラトーナ。いいか?』
 入矢はそう言って脚に重さを付加していく。
『ボル様!』
 メラトーナのプロテクターの下で焦る様子が伝わる。ボルバンガーは俺様で有名な男だった。従わせることでペアを導いてきた。だからこそ、自分のせいで支配しているはずの相手ペアに自分の身を心配され、ゲームを負けることなんて許せないはず。
 入矢はゆっくり笑った。
『メラ!』
 怒りの混じる声が響く。それは俺に構うな、ゲームを続けろと言いたげな声。
『メラトーナ』
 入矢が静かに言う。苦悶の声を滲ませてボルバンガーの口から血が垂れる。降伏させたいのだ。しかし絶対の主とボルバンガーを仰ぐメラトーナには主が傷つけ、蹂躙される姿は受け入れられない。
『てめぇ、い、りやぁああああ!!』
 声を止めるように喉を踏みつぶす入矢。静かにメラトーナが降伏し、ボルバンガーが折れる姿を待っている。
 そう、禁じられた遊びのペアの関係性がどうであれ、ゲームを握る権利を持つのは支配者の役目だ。
「入矢、容赦ない……」
 翹揺亭は家族のために命をはることができるほど互いの絆が深い。晩夏と佐久、それに御狐さま。入矢が許すはずもなく、簡単に殺すはずもない。
 入矢はこの瞬間を想定していたにちがいない。焦れた入矢が生成した槍がボルバンガーの身体を縫いとめる。
『ぐあぁあ』
 一本ずつ、ボルバンガーの悲鳴を引き出すように。うっすら笑いさえして。
『ボル様!』
 メラトーナの握る銃に力はなく、小刻みに痙攣する。

『跪け』

 その場を切り裂くように、ノワールの静かな声が響き渡った。漆黒の目は何を感動的に映す事もなく、静かにメラトーナを黙らせ、ボルバンガーを見下した。
 入矢が静かにボルバンガーを見下ろす。大勢の観客が視る中で、命を奪われる事もなく、はいつくばらされて余命を握られる。こんな屈辱的な事はない。
 ノワールの声がメラトーナの迷いと意志をぽっきり折った。
『……ゲームを……辞退、する!』
 メラトーナの血を吐くような声が響き渡った。入矢が笑顔で脚をどける。
『優しい支配者でよかったな』
『てめぇ、覚えてろよ、入矢ぁあああ!!』
『もう、忘れたよ』
 入矢が笑う。その瞬間にボルバンガーとメラトーナの姿が消えた。
『ノワール、入矢第二回線もクリアです! 勝利の女神は二人に微笑みましたぁあああ!!』
 わぁあああ、と会場が声の渦に飲み込まれた。あまりのうるささにアランは耳をかばったほどだ。
『さぁて、皆様、楽しいゲームもこれで終了になります。最終ゲームの開催でぇえす!』
 ノワールままだ力を出してもいない。入矢は重症を負ったが、それでも動けないほどではないのだ。アランは二人の実力に驚いていた。ここまで強いとは。
『さぁ、次の対戦カードはぁああ??』
 椅子が回転を始める。入矢は中途半端に切られた髪を結んで整えた。そして、微笑みを浮かべる女性とノワールが対峙する。
『スリーコインゲーム、ラストゲームは、『無形の女帝』・サイネリア・バースカークと『シャドウ・ワーカー』ことナグア・リンドブルムのツインです!!』
 ハーンがうわっと短く叫んだ。ハーンが戦いたくないと言った相手だ。おそらく十指の中でも最強に近いペアと。
『宜しく頼むわ』
『お手柔らかに』
 ノワールの椅子から飛び降りた入矢も目の前の男と向かい合う。ボルバンガーの時のように挑発のし合いはないが、静かな闘志が感じられる。
『さぁ、ベット、ベット、ベット、ベット、ベット!!!』
 入矢の髪と服が風にあおられて翻る。ノワールも厳しい目をした。それだけ強敵ということだろう。
「禁力を温存したノワールも今度で最後。出し惜しみはしないだろうね」
 ハーンが言う。アランは緊張にあおられて、つばを飲み込む。

 ――最後のゲームが始まろうとしていた。