毒薬試飲会 025

056

 ハーンは空を見上げる。霧立つ景色とはいえ、この会場は狭い。こんな会場で雨を降らせるなど普通の自然現象を使うには無理だ。禁術は一瞬の効果にはスペルで大丈夫。しかし雨の降り“続け”させるには、なにかしらの仕掛けが必要だ。
 ハーンは知識を掘り起こす。雨は上空で水滴が凝結する必要がある。そのためには気圧と気温、その二つが重要なファクターだ。しかし雨を降らせるような高度はこの会場にはないし、擬似的にそんな空間をこしらえようなら禁力を感知できるはずだ。何故、雨を降らせる。どうやって? ハーンは思考を加速させる。
 ――雨、でないとしたら?
 雨、という言葉に惑わされているのだとすれば? 広範囲に均一に雨を降らせているのだから、空間指定を使うことは間違いない。だが、ハーンの位置からそれは見えない。ハーンは様々なことを考え、否定しては思考を広げる。
(アラン、目を凝らせ! 何か禁力の異変をどこかに感じないか?)
(やってみる)
 いや、と思い直す。そんな簡単に見つかる類か? 全員、禁世への目を持っていることは相手も承知しているはず。アランが禁力に対する感応が高いことも理解している。わかるもので置いてあるはずはない。どうする?
(何も見つからない!)
 アランからの返答にやはり、と思う。しかし禁術である以上、禁力は使っているはずだ。気配を消すのが巧すぎる。気配を消すのが、尋常じゃない。
『なぁ、なんで『藤色の雨滴』なんだ?』
 アランが相手の奴隷に聞いている。
『は?突然だね』
『だって、この雨、色がついてねーんだもん』
『ああ、そうね』
 相手の奴隷もなんでか一瞬考えているみたいだ。そして言った。
『ガトーの髪が藤色だからじゃねーの?』
『あ、そんな理由? じゃ、お前は?』
『え? 『淡い色の殺意』?』
 アランが頷く。そもそも殺意って色ねーじゃん、と一見朗らかな会話を続けていた。アランは先ほどのゲームといい、二つ名についている色について結構疑問が多いようだ。俺には黄色ってなんで? とか訊かなかったが。
『さぁなー? 俺が名乗り始めたわけじゃねーのよ』
『ふーん』
『そもそも二つ名って、このゲームの開催者側が決めてるらしいのよ。十指に近くなった一押しのヤツによ』
『へぇ』
 ルヴァは笑いながら言った。
『お前がもし、俺らに勝ったら、お前も付くぞ、二つ名』
 アランはきょとんとした後に笑う。
『ま、勝てたら、だけどな』
『勝つさ』
 そして剣戟の音が鳴り響く。
『まったく、敵なのに仲良しだ』
 呆れたように笑うガトー。ハーンも肩をすくめるに留めたが、はっとした。
 ――何故、淡い色の殺意か……!
 ルヴァは殺意をアランに向けていることはなかった。それが淡い色を示しているということか。殺意が薄いということか。殺意を隠すのが上手い? 気配を隠すのが上手いって……そういうことなのか? 先ほどまで頭を占めていた禁術の気配を隠すのが上手い、その制御をガトーではなく、ルヴァが行っているとすれば、この視界の悪さ、納得できる。
 しかし、ルヴァは契約禁術を用いるはず。なぜなら、7つあるという契約を4つまでしか許されていないならば、あと3つは? いや、契約禁術以外も使うだろう。そういうことか? 禁術の気配をコントロールするなら、その禁力の流れをアランが見ていてもおかしくないと思うのだが。そう考えると、やはりガトーか? いや、アランに見せないほどに上手い?
(アラン、ルヴァは今も禁術を使っているか?)
(いや、みた感じ、契約なんとかの4つから変わっていないけど)
 アランはハーンが状況を打開しようとしているのを知って、目を凝らす。禁力の流れを見極める。
(なぁ、さっきあいつ、「入矢の禁術解体がやっかいだ」って言ったよな?)
(ああ)
(ってことはさ、これ、絶対禁術だよな?)
(そうに決まってるだろ)
(なら、解体できる禁術であることも間違いないわけだ)
(そうなるな)
(じゃ、なんで禁術構成が読めないんだ?)
 ハーンは半ばイラっとしつつ、アランに向かって言った。
(だから、今その理由を探ってんだ!)
(いやさ、確証持てねーんだけど、なんか、この二人変なんだよな)
(変?)
 アランは戦いつつ、首をかしげる。
(血約結んでいるってわりにはノワールの時に感じた気配がねーんだよな)
 ハーンは改めてこのペアが血約を結んでいたことを思い出した。
(は? どういうことだ)
(や、俺、いろいろ考えたんだけど、変なんだよ。この目を持ってから入矢に会ってねーから、確証持てないっていうことなんだけどよ、ノワールと入矢の血約は互いを繋いでいる感じなんだ。禁力の糸で互いを結んで、どこにいても判るように、決して切れない絆を形にしたような感じなんだ。
 だけど、こいつら血約結んでいるのはわかるんだ。そういう気配がするからな。だけど、入矢とは違う。そうだな、入矢が赤くて、ノワールは黒い、その力の流れがある。だけど、こいつら色が同じっていうかな……。上手くいえなくて悪いんだけどよ)
(色が同じ?)
(そう、互いを繋いでいるというか、同じ人間を繋いでいるみたいな)
(……は?)
(で、思ったんだよ。お前の言ってた、なんとか博士の血約の論文)
 ハーンが目を見開いた。
(同じ、人間になっているっていうのか?!)
(いや、完全にじゃねーよ。でも、たぶん。……いや、俺が“視た”感じじゃ、禁力が同じだと思うんだな)
(だが、雨が降る前は、あいつらの禁力は確かに違ったぞ)
(そうなんだよ、それがわかんなくてよー)
 アランはそう悩んでいるようだったが、ハーンはヒントを得た気がする。もう少し、なにかあればきっとタネがわかる。
(雨が降る前は違ったんだよな? 雨が降ってから変わったのは確かなのか?)
(うーん、なんか、よく思い出せばよ、たぶん……雨を降らす前はどっちかが意図的に禁力に色を付けるみたいに、個人を出していて、雨が降ってからはそういうことをしなくなったんじゃないかって思うんだ)
(! それだ! ……淡い色の殺意!)
(ハーン?)
(それだよ、アラン。お前の言ったとおりだ! 今から対策を考える。もう少し、耐えろ!)
 ガトーとルヴァのペアは血約を結んでいる。そして血の繋がりは深くなり、互いの禁力は同化している。つまり、禁術はすべてガトー、ルヴァ関係なく“二人で一人として”発動しているものだ。と、考えれば、契約禁術も二人のものと考える方が正しい。
 あの派手な「許す」とかいう発言にだまされた。相手の許可が必要なわけがない。二人同じなら。
 あらかじめ用意していた禁術、それは契約禁術とは言えない。ただの二段術式の複雑なものだ。契約禁術に見せかけた理由は?
 もちろん、二人は一人というのを隠すというものあったろう。だが、ルヴァ、否、ガトー両者の禁力をわざと見える俺たちに見せることだ。だが、それだけの理由にそこまで演じるか? 契約禁術か否か。
(アラン、ルヴァに血約についてお前の疑問をぶつけてみろ)
(? おお)
『なぁ、お前らって血約結んでんだろ?』
『あれ? それって結構有名?』
 笑いながら、アランに答える。
『ああ。俺も結んでいる人知ってんだけど、血約ってそんなにいいものか?』
『うーん、そうだな。いいこともあるけど、怖い禁術だな』
『どうして? 後悔してるか?』
 ルヴァは少し黙った。そして笑う。
『結んだことを後悔していない。だけど、過去に戻って同じ事をするかと訊かれれば、否と俺もガトーも答える』
『なんでだ?』
『怖い禁術だからさ』
『? ちっともわかんねー』
『むすんだヤツしかわからないさ』
 ハーンはその答えを聞いた瞬間に、己の考えを終結に導く為にガトーに問うた。
『契約禁術って俺は使ったことないんだが、難しいのか? ずいぶん簡単にやってるみたいで苦労してんだが』
『そうでもないですよ』
 ハーンは首をすくめて笑い、降参を前面に出したように言う。
『後学のためにご教授願いたいんだが、契約禁術ってのは7つしかできないのか? 使っているやつを初めて見たんでね』
『まぁ、珍しいことには代わりありませんからね。使うペアによりけりだと思いますよ』
 ふふ、と笑いながら答えを述べる。
『それって、お前らが最大にできる契約数が7つってことなのか?』
『まぁ、そういうことですね』
『じゃ、俺とアランならいくつできるとお前は思う? 結構便利だよね』
『まぁ、見た感じ……10くらいはできるのでは?』
『ふーん、考えとくよ。このゲームが終わったら』
 ハーンは、これらの言葉で大体の仕組みを理解した。だが、この二人のオリジナル禁術である雨滴の解除というか、そのオリジナル禁術の仕組みがわからない。ここは仕掛けるしかない!
『アラン!』
 ハーンが呼んだ。禁術に対抗するにはその禁術の構成を読むか、その効果に対応するしかない。対応策は今のところ皆無。なら、構成を読むしかないが、それには二人の契約禁術が邪魔をする。なら、奴隷を動かすしかない!
『全ての円は我に従え。我が導くは攻撃の標(しるし)。そなたは刃。そなたは炎。そなたは怒り。全てが集まり、円となれ! 我は導(しるべ)、そなたと共に奔る者。そなたは円! 我の望みに今こそ応えよ!!』
 瞬時に炎の柱がいくつも立ち上る。入矢の使った禁術をハーンが発動した。雨と炎がぶつかり合って激しい水蒸気を巻き上げ、霧以上の視界の悪さを実現させる。その間にアランがルヴァの後手に回りこんだ。しかし、攻撃を仕掛けない。
『今より、彼の言の葉は、そなたの耳に届く。甘いその囁きを聞き漏らすことなかれ、そなただけの言葉なり』
 ハーンが言った言葉にアランが反応した。そして口を開く。ハーンはアランの気配が消えたことを感知して、続いて禁術を発動させる。
『click,clak,clak』
 ぱちん、というかすかな指を鳴らす音。それはハーンが組んだ万緑の魔女のオリジナル禁術。会場からジャックと豆の木を実現させたような巨大な草というか蔓が延びていく。会場の天井に届き、そのままうねり、会場全体を覆っていく。雨さえも寄せ付けない偉大な木の力。
『何?』
 疑問を挙げるガトー。ハーンは答えない。蔓は太い茎から細いものを伸ばして、会場全体を網のように包み始めた。
『拘束する気か!?』
 ルヴァはそう言って剣を振るい始める。
『昔のペアとはいえ、相方の術を使えるのは当たり前だろ? 一緒に考えたんだからさ』
 ハーンはそう言う。これは、拘束を見せかけたハーンの探知。蔓を会場全体にいきわたらせることで希薄な二人の禁術を探知する。絶対にこんな大掛かりな禁術、仕掛けを施しているはず。それさえわかって解析できるなら。
 逆にできなければ勝機はない。そして、この蔓には意味がある。もう一つ、重要な。
『見つけたぞ、アラン! まずはこの鬱陶しい雨を消してしまえ!!』
 ハーンが命じた。アランの了解の声が聞こえた気がした。そして、次の瞬間に、雨が――上がった。
『ば、馬鹿な!どうやって!!?』
 ガトーが焦って周囲を見渡す。
『アランが、いねぇだと!?』
 ルヴァが驚く。ハーンが笑った。
『残念だったね、俺らの勝ちだ』
 ハーンがそう言った瞬間、ガトーの首が落ちた。
 そして、その背後に血を滴らせた剣を持つ、アランがひっそり立っていた。ルヴァが目を見開く。
『な、どうなってんだ……?』
『決着~~!!!』
 アナウンスが響き渡った。そしてルヴァががっくり膝を落とす。その姿が消えていった。アランがハーンに向かって満面の笑みを浮かべ、ガッツポーズをとった。
『『黄色い虐殺者』ハーン・ラドクニフ、並びにアラン・パラケルスス! 見事にスリーコインゲームをクリア!! 二人にはこの前のノワール、入矢に続いてランク1への挑戦権が認められます!!』
 大歓声の中、意識が会場からフェードアウトしていく。再び、目を開けたときには裏方の調整室だった。肩に接続された機械を外し、アランは部屋を飛び出していく。自分の相方に会うために!
「ハーン!!」
 向こうから首を回しつつ歩いてくるペアに駆け寄り、抱きついた。
「おいおい、俺はおっさんなんだから、そういう若々しい行為は俺の腰をいたわり、自粛なさいな」
「今くらいいいだろ! やったな!!」
 アランはハーンを抱きしめ、ハーンは頭をよしよしと撫でた。
「まぁ、よくやったよ。お前、えらい」
「だろ? だろ!!」
 これでアランの夢が叶うのだから、アランの興奮様も仕方ないとハーンは苦笑する。
「にしてもよ、ハーン。どうやったんだ? どこで気づいたんだよ?」
「ああ」
 ハーンはアランにゲームのタネを話し始めた。
「お前の言葉がヒントだったんだよ。あいつら契約禁術を結んでいることがまずよくわかんなかったんだよ。なんでそんな面倒なことしているのかって。で、考えてたわけ。禁術の気配を隠すのもうますぎるしな」
 アランはふーん、と聞いている。
「お前が同じ禁力のような気がするって言って、血約に話を持ってっただろ?」
「ああ」
「それ、正解だよ。あいつらは血約を強くしすぎた。だから、二人の禁世における個性は失せた。」
「個性?」
「そう、一個人といっていい。禁世で、あいつらはもう一人の人間として認識されない。だから禁力の気配も同じ。二人分の禁力は持っていても、発動する人間は常に一人とカウントされてしまう。だが、残念なことにあいつらは現世、こっちではまだ二人。個性も持っていれば、別の身体もある。それは禁術発動においてかなり面倒だと思う。実際初めて見たからな、あんなの」
 二人の人間がいて、別々に禁術を発動しようにも禁世は一人と考えるならどう考えても併唱術式くらいしか同時に発動できないことになる。それと同時にもっと面倒な問題にぶつかったのだ。おそらく禁術を使えば使うほど血約の効果は現世に影響することを知ったのだ。
 きっかけは知らないが、お互いの絆を強める為にむすんだ血約なら、同じ人間になることを望んだわけではない。
「で、あいつらは同時に血約のつながりが進化することを止めたかった。二人一緒にいることを望んでも、同じになることを望まなかったんだろう」
 だから、過去に戻っても血約をむすびたいと思わないと、ルヴァは言ったのだ。そしてその意思はガトーも一緒だと。
「血約を強くしないためには禁世に関わらないのが一番。禁世に関わらないなら禁術を使わなければいい。程度の軽いものならまだしも、ランク2で強敵に渡り合うほどのものは使いたくない。だが支配者であるガトーはそうはいかない。そしてガトーが禁術を使っているなら、ルヴァは特別な禁術を使わなくてはいけない。同時展開の禁術を扱えるやつはそうそういないからな」
「なんでだよ?」
「さっき言ったろ? 二人は同じ一人なんだ」
「あ、そうか。ガトーが使う間はルヴァは使えない、と」
「そうゆうこと。だから、考えた。ゲームの間、ガトーが使う禁術を7種類のみにしようってね」
 アランははっとした。
「契約禁術か?」
「そう。だけど、あれはガトーがルヴァに課した禁術じゃない。そもそも二人は同じなのだから、互いに課す契約には意味がない。ガトーはルヴァに課したんじゃなくて、ルヴァが自由に禁術を使う期間に己が使用する禁術を7種と契約した」
アランが目を見開く。
「じゃ、あのわかりやすいルヴァの変化は?」
「フェイクだろう」
 相手に気づかせない為の演出。
「そして、派手な宣言によって、本来の契約の効果やタイミングを隠してたんだ」
「本当の、効果?」
 ハーンは頷いた。
「1つ、これは宣言なしにおそらくゲーム開始前から発動されていた。それは血約によって同じ気配を出す互いの禁術に個性をつける、というような禁術。契約中にルヴァが自由に、扱いやすく禁術を行う為のもの」
 ハーンは指を一本立て、もう一本増やした。
「二つ目は加速だな。三つ目は近未来予測。四つ目は己の分身を増やすための禁術。五つ目は禁力コントロールの向上。これらはお前が見破ったものだ。だけど、これは『藤色の雨滴』のための布石、準備に過ぎない」
「……どういうことだ?」
 ハーンはため息をついて言う。今思えば、よく考えられていたと思う。
「どうしてあれだけの雨で、ルヴァは自在に動けたと思う? ……鈍る身体をごまかすための“加速”、反応速度の低下を補う“近未来予測”、複数の目線でお前の動きを捉えるための“分身”」
 アランは納得したかのように、息を呑んだ。そういうことだったのか!
「そして六つ目は言わずもがな『藤色の雨滴』、オリジナル禁術。最後の契約が血約を利用した感覚の共有化だ。これによって視界の悪さをクリアにできる。ガトーは正確にルヴァの求めることがわかり、ルヴァに与えた身体を補助する精密な禁術のコントロールを“向上”させることができた。これで7つの契約だ」
「まじかよ、だまされた……!」
 そう派手な宣言。契約の効果と思われるフェイク。そしてそれに見合う軽い相手に悟らせるような行動、すべては『藤色の雨滴』のためのもの。すべてが計算された行動。この筋書き通りの行動で、ハーンは本質がつかめなかった。
「一人の気配だからこその『淡い色の殺意』だったんだよ。ガトーのおかげでルヴァの禁術の気配はない。あるが同じ。ルヴァはガトーが契約禁術を使っている間、その気配をごまかすことができる。それだけじゃない。ガトーはコントロールを向上させることで、『藤色の雨滴』の禁力の気配や構成をルヴァのばらまく禁力の中に隠し、伏せることができた。それに加えてルヴァは己の禁力をばら撒く気配をガトーの禁力コントロールでわからせない」
「ちょ、待て!それじゃ、二重にも三重にも禁力の気配を隠したのか?」
 アランもハーンも禁力が見える。そう知っているからこそ、ガトーの禁術構成を読ませないよう、ルヴァの禁力に隠し、画していることがばれないように降り注ぐ雨の禁力の中にそれを隠す。
 万が一にも構成を読まれないためのもの。入矢を警戒するといったその理由。入矢なら雨そのものを解体するからだ。そうなれば雨に紛れ込ませたものがばれてしまう。雨を降らせる禁術の構成にたどり着く。
「なんてやつらだ」
 アランが寒心するように言った。
「でも、なんで7つ? もっとやったらよかったんじゃないのか?」
 ハーンは聞いた。アランと自分ならいくつ契約できるか。その答えは7より多かった。どう考えても自分と同じ実力を少なくとも持っているはずなのに、少なくし、わざと自分に枷をつけるようなやり方をした理由は?
「血約を進化させないためには7つが限界だったんだろう」
「じゃ、なんでわざわざ……禁じられた遊びに……?」
 ハーンはその答えだけは本人達でなければわからない、といおうとしたとき、背後から声がした。
「第一階層に行って、血約を解いてもらいたかったのさ」
「ルヴァ!」
 敗者でありながら、ルヴァは笑っていた。少し翳りのある笑いではあったが、おめでとう、と手を差し出してくる。
「第一階層の禁じられた遊び、ランク1のゲームの頂点に立つことができれば、願いを一つ叶えてもらえると言う。どんな願いでさえも。だから血約を深くさせるとわかっていてもゲームへの参戦を望んだのさ」
 アランはそうか、と頷くに留めた。
「それよりこっちが聞きたい。会話がちょっと聞こえたから契約禁術の辺りを解いたのは見事、としかいえないけど……最後の攻撃はわからなかった。なぜガトーを殺せた?」
 ハーンが万緑の魔女の禁術を使用したとき、アランの姿が消え、次の瞬間にはガトーが殺されていた。そんなあっけない終わり方。何故が膨らむばかりで、納得できなかった。
「ソニークのオリジナル禁術を派手に展開させたのには理由がある。一つは会場全体を覆い、お前たちの『藤色の雨滴』の正体を探るための探知禁術を仕込んだ」
 ルヴァが軽く目を瞠って言う。
「正体が装置式と気づいていたのか!?」
「契約禁術の一つなら、準備は完璧、発動のタイミングのみだ。だけど他の契約とは違って唯一ガトーがお前や二人の間を補助するものではなく、攻撃の手段として練り上げたなら、契約に至るまでに練り上げた構成はお前の身体ではなく、違うどこかに記してあるのでは、と考えた」
 契約禁術が多用されないのはその面倒さにあるといってもいい。契約内容を記す媒体が必要だ。その媒体が何か、ハーンは探していたのだ。他の契約は内容をルヴァの身体に残せばいい。だが、ルヴァが関わりないあの大掛かりな禁術はどこに記したのかと。
「参ったよ、そこまで契約を上手く使いこなしているとは知らなかったからね。まさか、姿を消した分身を配置しているとは思わなかったし、その気配があんなに感知できないほど希薄で淡いものだとは思わなかったから」
 ルヴァの分身を作り出し、その分身に契約禁術を書き込み、その分身が発動の条件となる。
「『万緑の魔女』の術式で余すことなく会場内を探した。そしてお前の消える分身が、否、禁術発動装置と言ってもいいか。が、会場の隅に、しかも天井ぎりぎりにいることを知ることができた」
 おそらく開始前から配置していたのだろう。最初からあるに加え、希薄すぎる気配は感知できない。
「だから、アランに分身を殺すよう命じた」
「アランの足場作りの意味もあったのか!」
 ハーンは頷く。入矢が危険といった、その理由はもう一つあったに違いない。その跳躍力。天井に近い、普通に戦えばゲームに関係がなく、手の届かない場所。入矢なら殺すことができる可能性があった。アランでは到底できない。
 だから殺すための足場が必要だった。そして、相手の支配者を直接手にかけることができる足場も。
「お前たちは大したヤツだった。水蒸気による視界の妨害に加え、派手な植物の禁術、これを併用し、混乱に乗じなければ俺が契約に気づいたと感づかれると思った」
 なんだ? と思っている間に殺す必要があった。ルヴァが呆気に取られている。ここまで看破されたのは初めてなのだ。
「あんた、すげーよ『黄色い虐殺者』」
 称賛を送るルヴァにハーンは苦笑した。
「いや、あそこまで限定された中でここまで幅広い使い方をし、組み合わせるガトーこそすごい」
 アランとの何気ない会話がなければ気づくことができなかっただろう。
「じゃさ、最後に……あれはお前のオリジナル禁術か? アラン」
「ん?」
 アランは自分を指差した。ハーンが教えてやれよ、と目で合図する。
「最後、ガトーを殺したとき、お前はどこにいた? 俺らは禁術の気配を操ることに長けてると、少なくとも思っていた。そんな俺らでさえ、あの時お前がどこにいて、何をしようとしているかさっぱりだったんだ? あれはなんだ? ただの気配を消し、己の姿を見せないようなそんな禁術じゃないだろう?」
 畳み掛けるようにルヴァが言う。
「いくら禁術発動装置のための分身とはいえ、分身だぞ? 攻撃されるなら避けることも逃げることもできたのに、お前がいることをまったく感知できなかったんだぞ!」
「オリジナル禁術って言っていいのか……やったの初めてだし」
 アランは悩みつつ言った。ハーンの精神に入り、人形化を解くときに使ったあの感触。それを現実でも使えないかとハーンと話していたのだ。ただアランはそこまで禁術の構成を練るのが上手くなく、また速くない。少しでもわかればばれてしまう恐れがある。だからハーンがアランの禁術発動を感知されないように、『今より、彼の言の葉は、そなたの耳に届く。甘いその囁きを聞き漏らすことなかれ、そなただけの言葉なり』というスペルで二段術式を展開していた。アランの言葉は聞こえることなく気づかれることなく展開し、そして。
「あれな、んー、どう言ったらいいか……俺がお前になる禁術なんだ」
「は!!?」
 そして完成させた禁術。
「気配も禁力も姿さえも、お前になる。そんな禁術なんだ。気配を感じ取れないんじゃなくて、おまえ自身なんだからお前が違和感を抱かないんだ。それに装置になっていたお前の分身は透明だったから、俺も透明になったんだ」
 ルヴァが愕然としてアランを見返す。ハーンは苦笑した。ノワールは自身の禁力で丸ごと相手の禁力を取り込んでしまう無効化の禁術を用いる。たぶん、仕掛けはわからないがそんなものだろう。同じ人間とされるアランは、自身の禁力で丸ごと“相手になってしまう”禁術。対照的ではあるが、効果は同じ。偶然だろうか、それとも。
「完敗だよ、お前ら」
 ルヴァが改めて苦笑して二人の肩を叩いた。

 そうしてランク2をクリアした『黄色い虐殺者』ハーン・ラドクニフと無名の新人アラン・パラケルススのペアは第一階層に上る。
 そう、新たなゲーム結果を残し、多くの人間に深く存在を刻み付けた。
 ゲームの開催者が手向けに送ったアランの二つ名を――

『無色(むしき)の透明』

――という。