毒薬試飲会 026

16.タキシン

057

 最初から結果なんてわかってんだ。
 ――なら、
 笑うしかねェじゃねーか

 「毒薬試飲会」

 16.タキシン

 第一階層、ランク1のゲームへの挑戦権を得られたハーンとアランだったが、第一階層の行き方は皆無だった。
 唯一ビルと会った際に得られた情報だけが頼りで、そのことがあったからこそ、無謀な階層登りなどといった考えに陥らなかったのである。ビルと出遭った経緯や、質問の回答を考えれば嘘は言っていないだろう。
「やはり、チェシャ猫を頼るべきだろうな」
 チェシャ猫は十指にあたるツインの前には必ずといっていいほど姿を現していたと言う。今考えれば、それは第一階層に行くことになった際に自分を頼れ、という意味ではないかとアランは思う。
 この快楽の土地で唯一階層移動に制約を受けないという不思議の国の住人。猫のような出たちをし、会う度に姿というか己の持つ色を変える少年は実力を見せないだけではなく神出鬼没だ。
「ハーンは? チェシャ猫とはどれくらいなんだ?」
「俺はそんなに会ってないんだな、これが」
 チェシャ猫は入矢と仕事をしていたというか入矢がノワールから身を隠すためにチェシャ猫を頼ったこともあってアランにとっては結構身近に感じる存在なのだが、ハーンは数えるほどしか会っていないと言った。
「チェシャ猫はいつも勝手に現れ、勝手に消える。その住処どころか連絡手段でさえ知らない」
 そうなのだ。いつも現れては消え行く彼の本当の居場所や誰に連絡を取ればいいのかという、そういう情報がまったくないのも事実だった。
「でも不思議の国の住人ってみんなそんなもんじゃねーのか?」
 そういえばハートの女王なども最近姿を見ない。一連のことで不思議の住人と知り合ってしまい、そこまで珍しい存在とは思えないのだが。
「いや、他の不思議の国の住人は活動範囲が限られているのが特徴だ」
 というかそう考えられているのが現状だ。彼らはある一定の場所にしか出現しない。まるでそういう制約をかけられているかのように。だが、チェシャ猫に至ってはどこにも出現する。ゆえにどこにいるかがわからないのだ。
「第一階層だけ特別な階層なんだなぁ」
 しみじみとアランは呟いた。他の階層は行けないわけではない。エレベーターだってあれば、無理に階層を登ってしまえばいい。上った後にすぐに死んでしまい実力が足りないのだとしても、登ることはできる。だが、第一階層だけはそれが許されない。否、それが不可能なのだ。
「イモムシに訊くか」
 ハーンが呟いた。不思議の国関連の情報で一番信用できるのはイモムシしかいない。なにせ本人も不思議の国の住人の一人なのだから。だが、問題が一つ。
「階層をもう一回降りるのはごめんだな」
「確かに」
 知らない間に第二階層に上っていたが、階層移動というのは簡単にできない。上りも下りもだ。もう一回あの苦労を味わうのはごめんこうむりたかった。
「メールとかで問い合わせできねーのかよ」
 アランは言った。
「できるだろうけど、そういうツテを持ってないな」
 自分がアランと引き合わされたときは一方的だったのだ。
「いや、待てよ」
 ハーンは自分の携帯端末をいじり始めた。もしかしたら履歴が残っていたりするかも。
「あったが……非通知か」
 だが、これを解析すれば……。ハーンは身近の情報端末へ近寄り、解析を始める。しばらくその行為が続き、ハーンの端末が電子音を立てた。
『あら? 珍しい。それともランク2制覇おめでとうと言うべきかしら?』
 聞き覚えのある女性の声が響いた。
「聞きたいことがあるんだが」
『ええ、どうぞ、値段によって何でもお答えするわ』
「チェシャ猫とのコンタクトの取り方を」
『まぁ』
「だめか?」
 しばらくの沈黙が続く。
『高いわよ?』
「支払えない額か?」
『ええ。まず一般人にはね』
 ハーンとアランが顔を見合わせる。
『ふふ。そうね、情報は教えてあげないけれどヒントをあげましょう。貴方達の期待値に私は懸けているから』
「あ、ありがとう」
 アランが叫ぶ。くすっと笑う声が聞こえた。
『チェシャ猫は無駄なことはしない男。コンタクトが取れない禁じられた遊びの覇者が、探すことができないなんて真似はしない。自分を探し出すだけのヒントをばら撒いているから、探して御覧なさい。あちらこちらに気配を、残滓を残しているから』
 そして最後に一言イモムシが言った。
『急ぎなさい。チェシャ猫はもうすぐ第一階層に戻るわ。そうしたら誰もコンタクトを取れなくなる。……これはおまけね。私が組ませたペアがここまでやるとは正直思っていなかったから』
 微かな笑いを残して、ふつりと音声が途切れる。するとハーンの端末には情報があった、情報をやり取りしたというアクセスの痕跡が消え去っていた。わざと残していた、ということだろう。どうしてこう不思議の国の住人は予想していたかのような行動を取るんだろう。
「チェシャ猫が、第一階層に戻る?」
 ハーンが呟いた。不思議の国の住人は全員第一階層を知っている。というか、第一階層から降りてきたと考えられている。そうなれば戻るのは不思議じゃない。だが、戻るということに忠告をするということは……?
 第一階層に入ると連絡手段が絶たれてしまう、そんなことがありうるのだろうか。一旦繋がってしまえば、それは開かれたと同じことなのに……。
「なぁ、チェシャ猫の禁力って見たことあるか?」
 アランが禁力を見ることができるようになったのは最近。それまでチェシャ猫の禁力など見たことはなかった。見えなかったともいえる。
「いや……そういえばそういう注目はしたことがなかったな。俺はチェシャ猫が禁術を使うような場面に出くわしたのは……あのシェロウとかいうバンドの一件くらい……か?」
 ハーンは思い出す。どうだっただろう。禁力が見える目を持っているからといっていつも見ているわけじゃない。めがねを掛け外しできるように、その見え方はコツがあってそういう見方をしたときだけ見えるのだ。ハーンは禁じられた遊びや戦闘に入ったときくらいしかそういう目をしていない。
 逆にアランはその目を養う前にチェシャ猫を見たことになるから、チェシャ猫の禁力は見ていないことになる。禁力は皆同じように赤く見えるが、個人によって気配のようなものが違うのだ。それをある人は臭いというし、あるものは個性と呼ぶ。色も同じだがどう見分けるのかと聞かれれば答えに詰まる。なんとなくこいつだとわかるようになっているとしか言いようがない。同じ絵を模写しても個性がにじみ出るように。
「じゃ、禁力からチェシャ猫をたどるのは無理か……」
 ハーンが呟く。するとアランが意外そうな顔をする。
「ああ、そんな方法あるな」
 アランはそう言って目を見開く。探しているような、見ようとしているかのような。
「お前、そんなこと言ってチェシャ猫の禁力知らなければ無理……」
 と続けようとしてハーンは黙ってしまった。アランには見えているような気がしたからだ。
「ああ、わかる」
 アランは裏付けるように頷いた。ハーンは愕然とした。同じ禁力を見る、と言ってもアランとハーンでは見え方が違うのかもしれない。
「ここは薄い。残滓が見えるくらい。こっちの方が……」
 アランはそう言ってふらふらと歩いていく。
「アラン、わかるのか……チェシャ猫の……」
「うん。イモムシの言ってた意味わかるぜ。あいつこんなわかりやすい印を残しているんだな」
「どういうことだ?」
 アランハーンを振り返ってしれっと言った。
「あいつ、禁力が紫色なんだ」
 ハーンはなんで紫なんだ、とかどうしてそれがチェシャ猫ってわかるんだとか言いたい事はあったが、蝶を追いかける子供のようなアランの足取りを黙って追った。
「ここって……」
 ハーンが黙り込んだ。
「どうやって行くんだ?」
 アランが言う。アランが行った場所は第二階層でも無人の場所。別名死の広場。昔イカれた科学者が起こした実験のせいでここら一体が放射能やら毒劇物やらに汚染されて多くの人間が足を踏み入れただけで死ぬという、そんな噂の場所。空間遮蔽の禁術のおかげで爆心地以外は人も立ち入れるが、その中心は何もない。
「禁術で行くしかないだろう」
 ハーンはそう言って試したことはないが、あらゆる物質を透過しない禁術の構成に入った。空間遮蔽がなされている位だ。自分達にそれを行えばいい。まったく原子や電磁波も防御なんて精密な構成とコントロールが必要じゃないか。ハーンはそう考えながらも禁術を練り上げる。ラストスペルも長いものになったがこれで大丈夫だろう。
「行くぞ」
 ハーンはアランに声を掛けて足を踏み出した。爆発の余韻か、辺りに建物らしきものは建っていない。瓦礫の山や何もない荒野が広がっている。
「どっちだ?」
 ハーンがアランに言うとアランは遠くを見るような目をして足を向ける。
「こっち」
 しばらく歩くとハーンもアランの言っている意味がわかってきた。禁力が紫色、そして気配がチェシャ猫のものという事実が。ハーンにも目を開かずとも知覚できるようになった位に濃密な禁力の気配。通常の禁力は赤色に近い色をしており、その姿は水の中の油のようにマーブル模様を描いてじわじわと広がってくる。そういう見え方をする。だが、チェシャ猫のと思われる禁力は濃い紫色をしていて、その姿は霧のようだ。発生源に近づけば近づくほど色が濃くなってくる。
「近いんだな」
「ああ」
 そう交わしたしばらく後に建物のようなシルエットが見えてきた。ぼんやりと霞む景色の中で唯一の建物だ。近づくにつれそれは教会だったと気づく。
「ここだな」
 二人で頷きあい、朽ちた柵を跨ぎ、木の扉にめっきの剥げた金属の取っ手を掴んで扉を開いた。
 空けた瞬間に薄暗い室内から黴と埃の臭いがした。思わず鼻を覆いたくなるような、使っていない建物独特の篭った空気。ところどころ色の剥げたステンドグラスからは何の絵を描いていたかはわからない。色がはげるなんてどんなステンドグラスだ。そして座席が抜けたり、足や背が折れたままの長椅子。中央に走る絨毯はすっかり毛が曲がってぼぞぼそ。しかも元は赤色だったろうに、朽ちて茶色に変色している。絨毯をたどって幅広の階段が続き、壇上には折れた十字架。その十字架の下になにかがあった。
 アランとハーンが近づくと足音でその塊が反応した。細長い何かが動き、その後で身を起こす誰か。
「よォ」
 独特の後に引く甘ったるい声。
「チェシャ猫」
 アランが声を掛けた。すっと身を起こして笑うその顔は探していた不思議の国の住人だった。
「ランク2制覇おめでとさァん」
 髪は黒。そして服装はベーシックなこげ茶色のベストに黒い短パン。紫と黒のボーダーの足。アランが初めてチェシャ猫を見たときと同じ姿だった。
「ここに来たってことはァ、俺に何か言いたいことでもあんだろォ?」
 全てをわかっているような目。その目の色は紫色。先ほどまで見ていた彼の禁力を透明にしたかのような透明な感じがする美しい色だ。アランは色をよく変えるチェシャ猫の紫色の目を初めて見たと思った。それほど印象的だったと言ってもいい。
「第一階層に案内して欲しい」
 ハーンが言うと、彼らしく唇の端を上げ、器用に笑ってみせた。
「お安い御用だァ」
 立ち上がったチェシャ猫は元気がなさそうだった。笑みに影があるような気がする。
「と、言いてェトコだがァ、その前にお客さんだなァ。お前らァ、余計なモン、連れてくんじゃねーよォ」
 振り返ったアランとハーンの背後で教会の扉が開く。室内からは逆光の場所で二人の人影が覗く。
 その瞬間にチェシャ猫の指が鳴らされ、アランとハーンが不可視な空間に閉じ込められる。まるでアクリルケースに閉じ込められたかのようだ。
「お前ェらはァ、何があってもそこから出るんじゃねェぞォ」
 チェシャ猫の声は頭の中で響いてくる。闖入者から二人を隠したいとでも言わんばかりだ。
「……青い地獄と魔眼の射手!?」
 ハーンが呟く。特徴的な青い髪とスタイリッシュなスーツ。ノワールと入矢に破れたツインがどうしてここに?
「ハーンたちの後をつけてきたなァ、テメェら……何の用だァ? 関係者以外は立ち入り禁止なんだけどなァ?」
 チェシャ猫が笑う。青い地獄も笑って言った。ハーンとアランは驚いて顔を見合わせた。つけられていたなんて思いもしなかったし、チェシャ猫に会うまで禁術の構成に必死だったのだ。
「そういや、あの新人らの姿が見えないなぁ。もう送ってやったのかぁ? じゃ、話は簡単だ。第一階層に行く。俺たちも連れてってくれるんだろう? 『案内人(ナビゲーター)』」
「ノワールと入矢に負けたヤツが冗談こいてんじゃねェよ」
 チェシャ猫が言い放つ。青い地獄が笑って言い返した。どうやらチェシャ猫はハーンたちの姿をボルバンガーたちには見えないようにしているようだ。
「ここは快楽の土地だ。なんでてめぇらのルールに従う必要があんだよ? 欲しいものは奪う! てめぇもそれくらいわかっているだろう?」
 青い地獄が銃をチェシャ猫に向けた。
「ハッ! そりゃァシンプルだねェ……但しィ、てめェらがァ、俺を跪かせることができたら、の話だろォ?」
 チェシャ猫も太もものホルスターからシルバーの銃を抜く。そして左手で腰からナイフを抜いた。その瞬間チェシャ猫の銃が火を噴く。鉛玉がメラトーナの眉間を正確に打ち抜いたがその場所にメラトーナは居らず、チェシャ猫に追尾弾が迫った。チェシャ猫は正確な銃撃で全てその銃弾を無効化させると飛び掛ってきたボルバンガーの銃をナイフで弾いた。
 アランはハーンと呆然としてその光景を眺めていた。ランク2をクリアしないと行けないというのはチェシャ猫が連れて行かないという意味だったのか……。
「変だな……」
 ハーンが呟いた。そう、何が変化わからないがチェシャ猫から何か違和感を覚えるのだ。
「あいつ、禁術を使ってない」
「そうだ!」
 それにもう一つ。
「ハーン、チェシャ猫ってあんなに腕のタトゥー、大きかったっけ?」
 アランが見て思ったこと。絡みつく蛇のような草のような花のようなチェシャ猫の両腕の先から走る刺青。紫と赤色が交互に走る様は以前アランが入矢といた時に会った際、肘まで達していなかったように思う。指先から伸びて、手首に絡み付いていたくらいだったように思う。だが今のチェシャ猫の刺青は二の腕の先まで成長しているかのように描かれている。増やしたといえばそれまでだが。お洒落で入れるにはチェシャ猫らしくない。
「さぁ……たしかにあんなに長くなかったような気はするが」
「ホラホラ、どしたぁ?! 禁術でも使ってみろやぁああ!!」
 ボルバンガーの挑発に挑発を重ねてチェシャ猫は返す。
「お前ら程度に禁術使うまでもねェんだよォ」
 その言葉を裏付けるように二対一でもチェシャ猫は余裕の表情だ。さすが不思議の国の住人。近接戦闘ももってこいのようだ。チェシャ猫を翻弄するかのような動きを見せる二人だがチェシャ猫は冷静に対応し、びくともしない。それどころか冷静で素早い判断に苦戦している様子だ。
「その程度かァ? 笑えるなァ」
 まだ戦闘開始から5分と経っていないように感じる。だが、気づけば二人の息は上がり動きが鈍くなっている。足が動かなくなっているとアランが気づいた時にはもう終わっていた。
「強いなぁ……!」
「俺を誰だと思ってんだァ?」
 チェシャ猫がボルバンガーに向けていつもの不適な笑みを浮かべる。
「じゃ、最後にこれはどうだぁ?!」
 ボルバンガーがそう言って足元に手のひらを広げて打ち付けた。瞬間的に何かの禁術が発動する。
「え?」
 アランは足元を何かが走りぬけたように感じた。その違和感は嫌な予感がする。
「喰らえ」
 ボルバンガーが笑い、メラトーナが微笑んだ瞬間――
「ガッ!」
 チェシャ猫が痙攣し身を折って血を吐いた。突然の変化にハーンもアランも驚いて動けなかった。何が起きたんだ!? 思わずアランが叫ぶ。
「チェシャ猫!?」
 しかしチェシャ猫は固まったまま動けない。目を剥いたまま痙攣を続け、その膝が折れた。
「てめェらァ……何をしたァ……」
 這い蹲ったチェシャ猫がごほごほと咳き込み血を吐き出しつつ問う。その目は血走り、この場の誰よりも苦しげに見えた。
「お前の身体は禁世に侵されている……だよなぁ?」
 ボルバンガーが勝ち誇った顔でそう微笑む。
「なぜ、てめェらが、それを……。そうかァ、黒白の両面だなァ」
「ご明察ぅ~」
 チェシャ猫は口元にだけ笑みを戻し、身を折り、うずくまったまま二人に視線をやる。
「聞いたぜぇ。お前は第一階層の人間。その身は特殊で、10~15年のサイクルで第一階層に戻らないと躰に禁力を溜め続け、苦しむと特殊な身の上なんだってなぁ。今はちょうどそのとき。その身は禁力に侵されて、苦しくてしょうがないんだろぉ? いわば、禁力がつまった風船みてぇな身体だぁ。そんな時に禁力を遮断させたらどうなるか……簡単に試してもらったわけよ。……苦しそうだなぁ? てめぇにとっては真空内に閉じ込められたようなもんかぁ? 酸欠か? どっちかってーと、脱水か? それとも圧力半端ない感じか?」
 ボルバンガーとメラトーナは勝ち誇ったように笑み、チェシャ猫を見下した。一気に形勢逆転といったところか。
「禁力を溜め込む体質? 聞いたことない」
 ハーンが信じられないような目でチェシャ猫を見る。
「不思議の国の住人でも持病は治らねーらしいなぁ」
 チェシャ猫はそれでも笑う。
「約束通り、跪いたな? さぁ、俺たちを第一階層に連れていきな!」
 ボルバンガーの言葉にチェシャ猫が尋ねる。
「長々と挑戦する気も持たなかった腰抜けドモがァ、今更第一階層に何の用だァ?」
「腰抜けだぁ? てめぇ、今俺らがてめぇの命を握ってるってことに気づけよ。まぁいい。入矢を殺してやんだよ! あの女狐めが育てたガキどもは躾がなってねー。佐久といい、入矢といい、散々俺様をコケにしやがった。その対価を支払わせに行くんだよ」
「何だと?!」
 アランが思わず言った。しかしその声はボルバンガーらには聞こえていない。ボルバンガーはうずくまるチェシャ猫を蹴り上げた。
「ぐっ」
 チェシャ猫の身がくの字に折れ曲がり、新たに血が吐き出される。
「メラ」
「はい、ボル様」
 メラトーナがボルバンガーの思惑を理解し、チェシャ猫の脇に腕を通して無理やり身を起こさせる。対等な視線を絡ませてボルバンガーがチェシャ猫の顔を覗き込む。
「どこに隠しているんだぁ? 『扉の鍵』ってのをよぉ? 門番(ゲートキーパー)さんよぉ?」
「扉の鍵?」
 ハーンが疑問を口にする。ボルバンガーはチェシャ猫粉の頬を撫でていたかと思うと荒々しくチェシャ猫の服を引きちぎった。男にしては白い肌が覗き、チェシャ猫の胸から腰までが顕わになる。
「まさか女でもあるまいし、秘所に隠してるとか言わねーよな?」
 沈黙するチェシャ猫の返事を聞かないまま、チェシャ猫のパンツに手をかけて容易く暴いていく。布を引き裂く音と共にチェシャ猫の秘部がさらされる。しかしチェシャ猫は顔色一つ変えずに黙ってその行為を受け入れている。
「女でもあるめェしィ、そんなことで吐くわけねェだろォが。バァカ」
 ボルバンガーの揚げ足を取るように言い放つチェシャ猫。
「いい度胸じゃねーの。確か、不思議の国の住人はどんなことしても死なない体なんだろぉ? 痛めつけて這い蹲らせて、吐かせてやらぁ」
「やってみなァ」
 チェシャ猫はそう言って妖艶に微笑んだ。
「チェシャ猫!!」
 アランはチェシャ猫に叫び、無駄に無色透明な壁を叩くが効果はない。入矢であれば解体も可能だろうが、ハーンでさえもこの禁術に対応できなかった。
「メラ」
「はい、ボル様」
 メラトーナはボルバンガーに命じられ、チェシャ猫自身に舌を這わせた。根元からぴちゃり、と音をわざと立てて舐め上げる。チェシャ猫の眉が微かに動いた。
「俺らこれ、見てなきゃいけないのか?」
 ハーンが冷静にそう言った。アランはここから出てボルバンガーをぶっ飛ばしてやりたい心境だったが、目の前の壁がそれを阻む。その間にチェシャ猫を全て口の中に収め、舌の動きだけで彼を翻弄する。
「っふ、く」
 チェシャ猫は腕を口に宛がい、声を殺そうとした。ボルバンガーはそれを見て、にやぁっと笑うとその腕を拘束し愛銃を抜いた。
「もっと善がって腰振ってみな、子猫ちゃん」
 首に突きつけられた拳銃が、バンと火を噴く。
「ぐあ!」
 チェシャ猫の首から派手に真っ赤な血飛沫が舞い上がる。チェシャ猫の目が反転して白目を向いた。
「な! チェシャ猫!!」
 アランが激突せんばかりに壁を叩いた。というか殴りかかった。ボルバンガーはげひゃと下品な笑いをもらした。
「ボル様、殺してしまっては、勃つものも勃ちませんよ。萎えました」
 片手でチェシャ猫のシンボルを振るメラトーナ。
「メラ、大丈夫、すぐに生き返るよ。ってか死んでねーんだもんなぁ?」
 靴底でチェシャ猫の頭を蹴る。
「陵辱最中に殺される経験はァ、さすがに初めてだわなァ」
 チェシャ猫は吐き出した血を唇のだけ舐めとり、首をそっと撫でて確認する。確かに禁術というものが世に生まれてから致命傷というものが少なくなったのは事実だ。怪我した瞬間に瞬時に血管を修復する禁術も存在し、おかげで戦闘における死亡率は低い。
 しかし、それは自分の意識があるうちに禁術を発動できる場合だ。あきらかにチェシャ猫は一回死んだように見える。
「そら、おめでてぇ」
「お前らもォ、一回経験しとけ」
「ごめんこうむるな。こういうのは他人にやるから面白ぇんだろ。そうそう、さっきの銃弾な、強烈な媚薬と麻薬をこめといてやった。即効性だし、まぁ頭はラリるかもしれねぇが、不思議の国の住人サマだものな、大丈夫だろ?」
 ボルバンガーはそう言って笑う。
「まさか、女狐んトコみてぇに薬には耐性ありますぅなんて言わねーよなぁ?」
「……さすがァ、やることえげつねェの……」
 チェシャ猫は苦しげに笑って、フ、フと荒い息を吐き始めた。
「見ろよ! メラ!! 不思議の国の住人サマがよぉ、触れてもいねーのにおっ勃てやがったよ!!」
 大爆笑するボルバンガーは竿から垂れる液体を人差し指ですくい上げた。チェシャ猫の頬は上気し、明らかに薬の影響が出ている。
「ほら、舐めろよ」
 ボルバンガーが己を取り出し、チェシャ猫の口に持っていく。チェシャ猫は力ない動作で上体を起こし、チロっと赤い舌を出し舐め始める。チュ、チュと口付けを繰り返し、ぱくりと咥え込む。
「ん、んむ……」
 いやらしげに細められる目で全てを誘っているかのようだ。