毒薬試飲会 027

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 角度を変えて何度も、何度も唇が激しさを持って交わり合う。互いの歯がぶつかっても、唾液が垂れても気にしない。王がチェシャ猫の口内を犯し、貪り吸い、味わうのを目的とするなら、チェシャ猫とて、王の攻める舌を絡め、吸い、反転することに力を注ぐ。
 チェシャ猫は王の身体を腕で抱きしめ、王はチェシャ猫の頭を固定し、己の好きなように動かし、激しい口づけを続ける。発火したような身体が、次を求めてほてり始める。じわりと滲む汗が互いの肌が触れあった瞬間に少しの嫌悪とそれ以上の期待を持たせる。
「ン……っふ」
 漏れる息さえ熱い。
「さて、ネコよ」
「ン、ハァ……ンだよ」
「お前はあくまで己が悪いとは言わないね? お前のその小生意気な所を私も気にいっていることだ。別段、お前に罰を与えようとは思っていないよ」
「じゃ、いいじゃねーか」
「だけど、自分のものを他人に勝手された私の気持ちはどうなる?」
 意地悪く目を覗き込む王に、チェシャ猫は鼻で笑う。
「運がなかったんじゃね?」
「そうか。……運ね。成程、運かぁ」
「……なんだよ?」
 微笑む王は指をぱちん、と一回慣らす。チェシャ猫が不思議そうに王を見つめる。
「好きな数字は?」
「……4」
 とチェシャ猫が答えた瞬間、チェシャ猫が目を剥いて痙攣する。微笑みながらその様子を見つめる王。
「……あんた、何、した……?」
「私の不運をお前に返した。何が返されたかは、お前の『運』だ」
 震えるチェシャ猫の指は己の意志と反して動き始める。それを驚愕の目で見つめることしかできないチェシャ猫に王がにこやかにほほ笑みつつ言った。
「安心しろ。『色事』に運を絞って在るからな。お前の性癖のことだ、きっと愉しめるぞ?」
「やろ……う」
 苦し紛れの吐息でさえ、自由にならなくなる。これから何が起こるのか、チェシャ猫にも王にもわからない。その間、チェシャ猫の身体には変化が起こり始めていた。身体の、骨の髄が熱く、うずく。そして唐突に始まった。
 チェシャ猫の身体がぶれたと思えば、虫や蛇のように身体が徐々に分裂を始めた。それはボディスーツを脱ぐような感覚に似て、己の身体が強く引っ張られる。と同時に分裂の影響だろう、身体が熱い。熱くてどうにかなってしまいそうだ。
「ふん。引きが強いな。まさかこれが来るとは」
 王がにんまりと笑いながらチェシャ猫に訪れた変化を愉しげに見つめる。それはものの数分で終結した。強烈な力で引っ張られつつも、熱いその感覚が終えた、というよりは、抜けたというのが近い。
 それが終わって、息を整えつつ視界に入ったのは見覚えが在り過ぎるフォルムだった。
「……え、俺?!」
 チェシャ猫の横に横たわっていたのは、もう一人のチェシャ猫だったのだ。姿かたち、全てが同じもの。
「紹介しよう、こちら、ネコ。お前だよ」
「見りゃわかるよ」
「だろう。そうだ、お前に動かれると厄介だな」
 と言われた瞬間、寝具の中にチェシャ猫の腕が埋まっていく。チェシャ猫は頭上で両腕を拘束された。
「ちょ、おい!」
 王は微笑んでチェシャ猫に宣告した。
「お前はそこで見ていろ」
「はぁ!? あんた、なんでそんな悪趣味なわけ? 俺放置?!! 放置なのかよ!!」
 どうせ、自分の人形だか分身だかを作ったのだから、それ含めてでもするのかと思えば、不運を返すとはそういう意味か!
 チェシャ猫がむっかりきている間に王はチェシャ猫の分身に口づけを落とした。分身のチェシャ猫は幸せそうに目を細め、感じ入っている様子で王と舌を絡ませ合っている。しかし、声を出すことは出来ないらしく、王の吐息と濡れた音だけが響いている。
 チェシャ猫が横目で怒り半分で見ている。王はチェシャ猫を抱くように、いやらしい手つきでチェシャ猫自身が感じるであろう場所に触れ、そこをいじり、舐め、痕を残していく。愛撫に反応し、チェシャ猫の分身は息を荒くし、身体を痙攣させる。触れ、舐め、いじられた場所は色付き、時には濡れ、光って妖しく雄を誘う。チェシャ猫の分身の声が出ないからこそ、どれだけ感じているかが如実に分かってしまうのだ。
 だって、あれはチェシャ猫だ。触れられる場所も己の性感帯。触れられた経験も、思いでもチェシャ猫のもの。分身がいっそ恥ずかしいほどに起立させているものは、あれはチェシャ猫のものだ。先から厭らしくぬめぬめと光らせ、たらたらと零す蜜は、過去に同じ触れかたをされたチェシャ猫のもの。
 触られてもいないのに、触られたような錯覚を得てしまう。いつしか王の思惑通りに王と分身の交わる様を真剣に見つめてしまっている。
「……っ」
 もじっとチェシャ猫が内またをすり合わせる。二人の情事を見て、己が過去にされた情事を思い出し、今現在の濃厚な情事を目の当たりにし、チェシャ猫は己が反応し始めたのに気付いていなかった。ああ、身体が熱いくらいにしか感じていない。
 しかし、全裸であるチェシャ猫の分かりやすい身体の変化を見逃す王ではない。
「ネコ、感じたか?」
 王の視線の先にはかすかに反応している己自身。瞬間、カッとチェシャ猫が羞恥に頬を染め上げる。
「っ!」
 巧い言葉を返せないチェシャ猫は王の視線から逃れようと脚を閉じた。くすりと笑い王はそのまま分身への愛撫を再開する。チェシャ猫が反応していると知って、王は分身を抱き、チェシャ猫がどんなに頑張っても見えるよう、視界に入るようにチェシャ猫の目の前で分身の脚を大きく開かせた。
 分身の耳元で囁くと分身が頷く。声は出せないようだが、感じていたり返事をしたりする辺り、意志はあるらしい。ただしチェシャ猫と違って大層従順だ。分身は己で脚を持ちあげ、チェシャ猫に見せるように脚を広げる。起立し、はしたなく先走りを垂らす分身も、王の愛撫を受けて、その挿入を待ちわび、ひくつく後口もチェシャ猫には嫌というほど見せつけられる。
 そして感じ入っている様子で、熱く荒い呼吸を吐き出すその顔こそが、感じ入っている己自身である。
「くそ! 悪趣味だぞ!!」
 チェシャ猫が叫んだ。やめてくれ、そこまで見せつけるなよ! これがまだ鏡を見ているというならいい。自分だと羞恥は得るだろうが、それは己だ。今感じ、その刺激に反応しているのは己だ。だが、これはなんだ? 自分じゃない。でも、自分でもあるのだ! 刺激もなにもない、でも感じ入るその気持ちとその感覚は知っている。それに期待してしまう。
「そのための、お前だ」
 王が笑う。言わせたいのだろう。チェシャ猫に。
「っ……っ!!」
 王が求めるのは反省でも謝罪でもない。チェシャ猫を屈服させたいのだ。その感情ごと、魂ごとチェシャ猫を扱えるのは自分だけだと王が自覚したいのだ。自ら媚び、懇願し、服従するのは王だけだと、王自身がその身に刻みつけたいのだ。だから、チェシャ猫の羞恥もプライドも何もかも気にせず目だけで、その視線でチェシャ猫を支配する。
「もういいだろ! そんなんじゃなくて……!」
「ん? なんだい?」
 どうしてだろう。どうでもいい相手なら、おねだりも媚びも、何だって平然と出来るのに。こいつ相手だとどうしてプライドが邪魔をする。理性がそれを止める。羞恥に頬を染め、言いだせないチェシャ猫を王がニヤニヤ満足そうに見つめる。
「俺の相手をしろよ!」
「相手? どういうこと?」
「だから!」
「だから?」
 くそーとチェシャ猫が唸る。くすくすと王が笑った。半眼になってチェシャ猫がやけくそに怒鳴った。
「俺を触れよ! 俺を抱いて、俺に挿れろよ! 俺を抱けよ!!」
 王はやっと満足した様子で笑い、チェシャ猫に口づけを落とす。大人しくそれを受けていたチェシャ猫だが、王が先に進まないことに焦れ、その目を見つめた。
「わかった。仲間はずれはよくないな」
 その目が―愉しんでいる! チェシャ猫が目を見開いた。
「手を封じたから自慰もできないものな。安心しろ?」
「何だと?!」
 王が笑いながらチェシャ猫から離れ、分身に再び手を這わせる。待ちわびたと言いたげに分身が腰を揺らした。そして大胆にもその分身は後口を己の指で広げ、あまりにもあからさまに王を誘い、その熱い楔を打ち込めと懇願する。
 チェシャ猫とてここまでやったことはない。あからさまな誘惑にチェシャ猫自身が恥辱と受け取り叫んだ。
「てめー! 俺の身体で、そんなこと!!」
 分身は熱に浮かされたチェシャ猫の顔で、理解していない様子で王だけを見ている。王も頭を撫でてやりながら、己の怒張を宛がった。
「おい!」
「大丈夫、お前も楽しめるぞ?」
 王が笑い、分身がこれ以上待てないと言いたげに無言で促す。王が宛がった怒張を一気に分身に挿入した。
「ヒィアァアアア!!」
 一瞬で視界が白く染まった。一気に王の物は分身の最奥まで挿入された。そして、王も分身も動かず、一息入れる。ただ、チェシャ猫だけが付いて行けずに息を乱し、悶えている。王は唇を釣り上げた。チェシャ猫がようやく呼吸を持ち直し、わけがわからないといった表情で王を揺れる視線で見つめる。
 王の笑みを見て、何かされたということだけはわかる。しかし、何が起きているか全く分からない。王はそのまま分身に視線を戻し、続きをねだる分身の為に腰を動かし始めた。ゆるい振動を与え、腰を分身にぶつけて行く。
「あ、はぁあ!! い、や……! 何、なになになんだよ!! これぇええっっ!!!」
 無言のままの分身は息に色を交えて喘ぐだけ。その気持ちよさそうな表情はチェシャ猫そのものだが、甲高く情事の色を滲ませて叫ぶのはチェシャ猫自身だ。
「完勃ちしてるぞ、ネコ」
「いぁあっ……ふ、ァあ」
 王はからかうが、チェシャ猫に言い返す余裕などない。いきなりの刺激の連続に頭が働かない。困惑と突き抜ける快感がチェシャ猫の思考を奪い、全てを蹂躙している。王と分身の行為はだんだんと速度を速め、そして肌と肌がぶつかり合う激しい音がし始める。しかし、チェシャ猫は視界に二人の性交を収めたまま、喘ぎ、乱れ叫ぶしかない。
 分身が口を開け、激しくのけぞって痙攣する。と同時にチェシャ猫も同じポーズで仰け反って痙攣した。同じ姿で同時に白濁を己の腹の上にぶちまける。
「イくのもいっしょか?」
 王がからかいながら、分身から己を引き抜いた。分身の恍惚としか顔を視界に入れながら。チェシャ猫が思考を取り戻す。
「ほんと、あんた悪趣味だな」
「いい趣向だろう。お前が引き当てた不運だ」
 つまり、こういうことだ。チェシャ猫から分身を作りだした王は、分身を相手にチェシャ猫に過去行った性交を行う。それを見せつけ、チェシャ猫に羞恥と嫉妬を与え、チェシャ猫を屈服させた後に、分身とチェシャ猫の感覚を一方的に繋げる。すると分身が受ける感覚はチェシャ猫にダイレクトに返る。
 チェシャ猫は抱かれてもいないのに、挿入の感覚が在り、分身と己の感じる場所なども一緒のために、チェシャ猫がまるで相手をされているように感じ、喘ぎ、達してしまったというわけだ。
「でも、なかなかの趣向だろう?」
 王はそう言って笑う。
「ン! え、……ア、やめろ、よ」
 角度を変えて分身のチェシャ猫を口を絡ませ合う王が横目でいやらしく笑いながらそんなチェシャ猫自身を見つめている。チェシャ猫自身は腕を拘束されたまま、放置されているだけだ。なのに、口の中を蹂躙されている。そう、今現在口づけを受けている感覚があり、蹂躙されているのはチェシャ猫の舌であり、口腔内のように感じるのだ。歯列をなぞられ、舌を甘噛みされているような感覚なのだ。
 目を白黒させてチェシャ猫が王を見つめる。王はにやにやしながら、分身のチェシャ猫自身に手を這わせ、ゆるくしごきだした。
「あう! あ、ひぃ……ン」
「同じ顔で喘ぐのを見るのも愉快愉快」
「くっそ。そいつもう消せよ」
「ん? 嫉妬か?」
「もういいだろ? 俺の相手してくれよ」
「んー、どうしようか」
 王のお怒りはまだ収まっていないようだ。チェシャ猫も己自身をいじられる感覚に身をよじらせながら不満を口にした。
「そうか、それもそうだ」
 王が分身に囁いた。分身は頷いて、王から身を離し、チェシャ猫に覆いかぶさった。
「おいおいおい!!」
 チェシャ猫の焦りや戸惑いを無視して分身がチェシャ猫自身に舌を這わせる。
「ン、ふ!」
 己ではやりようのない感覚がチェシャ猫を襲う。舐められていて、その感触が伝わっていて、刺激に反応し、発火するいような身体の熱さ。それと同時に舐める己の舌の感覚。
 まるで自分で自分自身を舐めているような。触られる感覚もある。どこをどう触れ、舐め、刺激しているかわかるのだ。手に取るように。しかし、それを行っているのは自分ではない。そこを触るな、あそこを触れというのはできない。もどかしい。そしてだからこそ、キモチイイ。
 短く息を吐き、感じ入る様子のチェシャ猫を満足そうに眺め、王は微笑む。分身はチェシャ猫自身が元の硬度を取り戻したことに笑みを浮かべ、そしてチェシャ猫が抵抗できないのをいいことにチェシャ猫の両足を抱え上げた。
「おい、やめろって」
 それは息も絶え絶えの懇願に近いが、本物に遠慮することはないらしく、分身は身体を反転させ、チェシャ猫の上にまたがった。問答無用で分身のそそり立つブツをチェシャ猫の口腔に押し込む。
「ンぐ!」
 あまりの突飛さに目を白黒させるチェシャ猫。そのまま分身はチェシャ猫の使われていないが、散々刺激を与えられた後口を舐めた。ぴちゃり、ともったいぶったような舐め方をし、湿らせ、濡れた舌をぐっと押しこむ。
「ふぅ……んむぅ」
 尻の肉を容赦なく両手で掴み、ひくつく後穴を露出させ、丹念に襞をほぐすように舐め、時折いたずらに侵入を果たす。ゆるやかでいて熱いその刺激に耐えきれないようにチェシャ猫が眉根を寄せて苦しげに唸る。分身は本物に恨みでもあるのか、いきなり指を二本突っ込んだ。
「んぐぅ!」
 叫んだ拍子に歯があたったのか、分身が眉根を寄せて、少し怒った顔をする。しかし、歯があたった刺激すら感じているのはチェシャ猫自身も同じだ。様々な刺激がチェシャ猫を複数の面から責め立てる。
 分身は指を使って広げたり、奥を容赦なく突き立て、発く。奥でそのまま指を曲げたりして、チェシャ猫は喘ぐこともできずに、目尻から快感の涙を流していた。自分での自慰でさえ、ここまで激しくしない。
「もういいだろう」
 王がそう言う。すると分身が頷いてチェシャ猫から退く。ふーとチェシャ猫は息をついた。ようやく終わったと安心していたチェシャ猫の上に影が落ちる。目を開いて確認した相手は自分と同じ顔。
「まさか! やめろよ!」
 チェシャ猫の願いもむなしく、次の瞬間にはチェシャ猫は己の分身に貫かれていた。
「アアアァ!!」
 受け入れたその圧迫感と熱い肉感。貫いたその締め付け具合と収縮する動き。攻められ攻める感覚が同時にチェシャ猫を襲い来る。ありえない自分で自分を犯すという感覚がチェシャ猫のレセプターをあっけなく崩壊させて、初めからのけぞり、目が焦点を結ばない。
「どうだ? 自分に犯されるのは? やはり手ぬるいか?」
「ヒィ、あ……あう」
 分身は笑いながら己の乳首を握りつぶすように刺激を与える。恍惚の表情で乳首をいじる。当然その刺激はチェシャ猫に伝わり、分身を締め付け、それはチェシャ猫自身を締め付けている感覚につながってしまう。分身はチェシャ猫の乳首を舐め、複雑な刺激を与えられてチェシャ猫はもう意識がトびそうだ。
「いいぞ。そのままイかせろ」
 王の命令を微笑んできく分身はチェシャ猫に双方の刺激を与えて早急に高めていく。分身がチェシャ猫自身に手を這わせ、親指の爪先で抉る。
「あぁあああ!」
 甲高い声を上げ、仰け反ったチェシャ猫がそのまま達し、その締め付けに分身もチェシャ猫の中に熱いしぶきを放出する。己自身に犯されるという感覚に酩酊するような気分でチェシャ猫は荒い息を戻そうと努めた。
「すいぶんよかったらしいな。妬けるぞ?」
 王はそのまま笑ってぐったりしたチェシャ猫に軽い口づけを落とす。
「さて、今度は私の相手をしてもらおうか?」
「もう本日の営業は終了です」
「連れないことを言うな。普通では味わえないものだったろう?」
「まぁ、こんな変態的なことを思いつくのはあんたくらいだよ」
「私は可愛いお前が二人で絡み合うのを見て愉しめたし、こんな状態だ」
 起立した己を見せつけるとチェシャ猫がようやくの刺激を期待してつばを飲み込んだ。
「お前も下ではネコだからと言ってネコだったようじゃないか。お前も男だ、たまにはタチに周りたかろう?」
「は?」
 間接的に、そして分身に直接イかされたチェシャ猫は、手ずからの王の愛撫で簡単に高められていく。直接触られてもいないが、襲い来る感覚に耐えきれずに、淡い色を充血に変えて主張する起立した胸の尖りを、今度は存分に湿らせ、いじられて、息も絶え絶えにあえぐしかない。脇腹を焦らすように撫でながら下がっていく王の手のひら。その先に求める直接的な刺激。
 蜜を垂らして、恥ずかしげもなく涎を垂らす躾のなっていない己自身に添えられる手に期待が高なる。同時に先程まで自分の分身が入っていた場所にも指が突き立てられた。感覚だけがあったのに、今はそれが実感できる。触られて、抉られて快感が脳天を突き抜ける。喘ぐ事ですら、実感を伴い、嬉しさと快感に酔う。
 そしてもうあとは王の侵入を待つだけという所になって王はチェシャ猫自身を戒めた。
「はぁ、ちょっと、またぁ?」
 待ちわびているのはただ一つ、王だけだ。なのに、いまだまだじらすのか? チェシャ猫がたまらない様子で腰を揺らす。もう、恥も何もない。早くしてくれとチェシャ猫がその身で王を招く。
「ネコ、今度は逆だ。おあずけをくらっているあの子にお前が入れておあげ」
「やだよぅ。あいつに入れたらおれ、わけわかんなくなる。俺、あんたが欲しいんだよ」
 あまりの快感に、そしてそれを焦らされたことでチェシャ猫が舌っ足らずで懇願する。
「わかった、わかった。やる、やるからちょっと頑張ってみろ。な?」
「うー、だって」
「わかった。感覚も切ってやるから」
 王はそう言った。いつの間に拘束された腕が自由になっている。それは快楽に支配された洗脳のようだ。赤い顔をし、荒い息を吐くチェシャ猫を分身にのしかからせ、チェシャ猫自身を分身の後口にあてがうところまで王が導いてやった。
「ほら、やってご覧」
「うー」
 恥ずかしさからか、億劫なのかチェシャ猫はなかなか動こうとしない。王はチェシャ猫の胸をいじり、耳を舐め、息を吹きかけた。
「ネコ」
 腰に来る低い声で囁き、促す。チェシャ猫がぞくりと肩をすくませ、長く息を吐きだした後、自分自身を持ってぐっと分身に突き刺した。そしてそのまま腰を進め、最奥まで責め立てる。分身がチェシャ猫と同じ白い喉仏を晒して仰け反った。
 一回入れれば次なる刺激を求めて腰を動かすのは雄の衝動だろう。チェシャ猫もあれだけ嫌がっていた割には、一旦動き出すと快楽を求めて激しい動きに変わっていく。
「どうだ? 自分自身は?」
 王が意地悪く訊くが、それに応える余裕など、焦らしに焦らされたチェシャ猫には到底無理な話だ。いつしかチェシャ猫は分身と唇を合わせ、舌を絡ませて喘ぐ。快感を与えるのが己でも、何でももう構わないと思うくらいに、焦らされ続けた身体には、一つの快楽が支配を強くしていた。
 王はにこにことそれを見つつ、王自身が何度か起立を擦り、硬度を確認すると、激しく交わる二人というか一人に近づいて行く。
「気持ちいいか? ネコ」
「うん、うんー。あ、はぁ」
「うんうん。言い具合に理性が飛んだな」
 王は満足そうに呟いて、分身を責め立てるチェシャ猫を背後から抱きしめ、その胸の尖りをつまみ上げた。
「やぁうぅう!」
 動きを止めて、仰け反るチェシャ猫のその隙を見計らって、王は己の怒張をチェシャ猫に一気に挿入した。
「きゃうぅううっっ!! はぁあああ」
 チェシャ猫の甲高い叫びが衝撃を物語っていた。すべての予想した通りの反応に王が笑みを深くする。
「うあぁ、やぁあ、なに、なんだよぅ……!」
 背後を振り返って、王の真意を問おうとするチェシャ猫の唇に歯を立てるようにして、かぶりつくと、そのまま舌を吸い、蹂躙してやる。文句を封じこみ、そして自分の腰を動かす。チェシャ猫はその瞬間に目を剥いた。
「ン、んゥ、む……んん!!」
 王がチェシャ猫の腰に打ち付けると同時に、チェシャ猫自身も分身に打ち付ける。背後から両手を使って存分に乳首をいじりながら、王は激しくチェシャ猫に腰を打ちつけた。
 蹂躙されるチェシャ猫の腰がそのままの振動を分身に伝える。言葉を乗せることができない分身が一番に根を上げ、その王も味わう収縮を行い、全てを絞り取るような動きで、チェシャ猫を締め付けた。その締め付けにチェシャ猫が唸り、同時にイく。その締め付けに王も呻き、チェシャ猫の中に白濁を吐きだした。
「あぁあああ!」
 叫ぶチェシャ猫。三人同時にイったと合って、荒い呼吸だけが空間を支配していた。そのまま呼吸が収まるのを待ってチェシャ猫が朦朧とした意識から浮上しようとする。
「まだだぞ」
 王はそう短く言うと、チェシャ猫に挿入したまま、固さを取り戻し、チェシャ猫の身体を向かい合うように変え、再び荒々しく責め立て始めた。
「ちょ、待て、やん! あ」
「いやだね!」
 二人の痴態を見せつけられて焦らされていたのは王も一緒だ。チェシャ猫の身体を蹂躙するかのように一気に高みにもっていく。二人分の精液を吐きだされたチェシャ猫の後口からは容量オーバーです、と言いたげに突かれる毎に白濁があふれ出て、ぬちょ、ぐちょりと濡れた音を立て、精液を泡立たさせる。
「お遊び終わりだぞ、ネコ」
「じゃ、これからはぁ……なん、な、んだよぉ……っ」
 がくがくと身体を揺さぶられ、あまりの快感に涎と涙を流しながらチェシャ猫が問う。
「これからか?」
 王は一瞬動きを止め、チェシャ猫の涙交じりの目が己を映すのを待つ。そして、視線で射止めて、全てを支配する。
「決まっている」
 ふっと王は笑う。
「身体を喰らい合い、魂を求め合う儀式だ」
 言葉通りにチェシャ猫の口に再び己の舌をおとし、上唇を噛み、そして舌を入れる。チェシャ猫も荒い呼吸の谷間に舌を絡ませ、次第に行為に没頭していく。二人の隣でチェシャ猫の分身が消えていくことすら気付かずに。
 二人の儀式は開幕を告げたばかりだった。

 激しい行為を繰り返し、飽きるまで交り合った二人はその行為すら飽きるほどに行ってようやく互いの身体を離した。それでも足りずに、数日交わったりなごんだりというベッドの上での怠惰な時間を過ごした。
「ったくよー、久々とはいえ、ヤリすぎじゃねーの?」
 チェシャ猫がやれやれと掠れた声で言った。
「まぁ、それはなかなか帰ってこないお前が悪いだろう?」
「まぁ、そこは否定しなくもない」
 少しは悪いと思ったのか、チェシャ猫は言った。
「ふん。少しは反省したか」
「まぁな。あんだけやられりゃーね。でも俺もあんたとやるのが一番好きだしいいけどさ」
「それは光栄至極」
 へりくだって言う王にチェシャ猫も笑う。広い寝具は行為の後にもかかわらず清潔に綺麗に保たれている。その寝具の上で背伸びをすると、チェシャ猫は王に手を出した。
「?」
「服。どうせ、あんた俺の服消しちゃったんでしょ? 次のくれ」
「おいおい。猫でももっとましな媚び方をするだろうよ」
 王はそう言って苦笑すると、チェシャ猫の裸体をまじまじと見る。それにいやらしい印象はない。
「あんだよ?」
「いや、次はどういう服にしようかなぁと」
「……何でもいいんだけどよ。俺、前の服気に入ってたからそれでいいんだけど」
「いや、だめだ」
 真剣に顎に手をやって悩む王に溜息しか出ない。
「っていうか、もう出て行くのか? もうちっと居つけよ、猫なら」
「俺にしたらけっこう居たと思うけどな。まぁいいや、すぐ帰るよ」
 チェシャ猫もそのつもりらしく真面目に言った。
「なんせ、俺をここまで追い詰めたのに貢献した勇者がいるからさぁ、悪いヤツとしては仕返ししに行かないと気がすまねぇの」
 王は目を細くして、チェシャ猫を見る。
「ふーん?」
 そして指を一回鳴らす。するとシンプルな白い丈の長いシャツに黒いショートパンツが身につけられている。ボタンは上の方しかなく、胸がかろうじて隠れる程度。シャツは袖がないノースリーブで腹が露出している。そしてひざ丈までのブーツ。
「軽く出掛けるならこの程度でよかろう」
「ん、まぁいいけどよ。俺腹出すのあんま好きじゃねーの知ってるくせに」
 チェシャ猫はそう言いながら寝具から立ち上がった。そしてするすると身体が消えていく。
「だからだろう? 腹を冷やす前に早く帰れよ」
「善処すらぁ」
 もう姿のないその場所からだるそうな声だけが王に向かって返って来た。