毒薬試飲会 027

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 素朴な草原や川岸には目立ちすぎる出で立ち。光るシルバーの全身ボディスーツという格好。それは彼女の肢体をくっきり浮かび上がらせ、控えめな胸もなだらかなラインを描く腰からヒップにかけても強調すらされているように見える。
 一見ストイックに見えてその妖艶な姿より目立つのは、そう顔を覆い隠すほどのゴーグルだ。スキー選手などがしそうなまったく外側からは内側を覗かせない反射板の様なゴーグルはボディスーツに付属しているフードの中に隠れていき、そのフードの中から耳すら隠す顔のガードで頬のラインまで隠れている。
 そしてそのボディスーツのフードには小さな動物の耳があしらわれている。可愛さを狙っているのか、妖艶さをねらいたいのかよくわからない。
 そんなちぐはぐの露出している場所は鼻と口周りだけという女性――不思議の国の住人の一人。名をネズミ。彼女はうきうきしていた。報告が入ったからだ。にっくきあいつにひと泡吹かせたという。そのニュースだけでしばらく彼女の世界は明るい。
 あー、楽しい。うきうきしながら川から上がる。鼻歌さえ歌えそうだ。川から上がっていつもの道のりを通って来たはずだった。いつもなら。いつもならもっと警戒して気付くはずだった。
 でも彼女は今回気分がよかったから油断していたのだ。
『さぁお茶をお上がりなさい』
『いやいや、そこはお茶じゃなくて葡萄酒だよ。え? だれがそんなのを勧めたの?』
 ふっと明るい声が響き、彼女は脚を止め、視線を素早く走らせ、身を低くした。逃げようとしたのだ。
 しかし、その身に赤い鞭が巻き付いた。一瞬遅かったのだ。
「ぐ」
 苦悶を漏らし、周囲を見渡す。目の前に歌うのは明るい茶色の髪を風に遊ばせ、長い耳を動かす少年。おそらくその隣には漆黒の長身の影が控え、背後には赤とオレンジと云う頭でも沸いているんじゃないかというような派手な美女が立っているはず。
「何の用よ?」
 彼女が低く呟いた。普通なら集まるはずもない面子だからだ。
「そんなの決まってやすよ、ネズミィ」
 背後、斜め後ろの方角から独特の口調の青年の声。
「あんたが余計なまねしてくれたせいでこっちが迷惑してんのよ!」
 いつの間にかテリトリーとしていた川辺から離れた場所に移動していた。だだっ広い野原。人が少し軽いスポーツをするために芝を刈った様なそんな場所。そこで赤い鞭に縛られ、彼女はぐるりと数人の人影に囲まれていた。
「リンチ」
 鼻をすすりながら少年の声。姿を見なくとも誰か分かるほどに見知った者たちが敵意を持って彼女を囲む。
「ふん、ずいぶん暇なことね」
「そりゃ久々の帰還でやんすから、時間はたっぷりありやすよぉ。チェシャ猫があんたのせいで復帰するまで商売あがったりでやんすよ、こっちは」
「ふん。商売の仕方が違うんじゃない? 第一階層で新規顧客を開拓することね」
 そう言われておしゃれなヘルメットをかぶったひょろ長い青年――トカゲのビルは肩を竦めた。
「手厳しいでさぁね。あっしは今ので少し腹の虫が……」
「収まったの?」
 無邪気に三月ウサギが尋ねる。ビルはにっこり笑顔で唇から伸びた傷をひきつらせながらきっぱり言った。
「暴れ出しやした」
「だめじゃん!」
 腹を抱えて笑うマーチヘイヤ。
「というわけであっしは後でいいでやんす」
「おっけー」
 マーチヘイヤがグリフォンとニセウミガメを見た。
「あたしも気が長い方だから後で構わないわ」
「僕はいつでも構わない、ぐっす」
 涙を流しながら言うのでマーチヘイヤは勘違いしたのか、慌てて言った。
「僕らも後でいいよ。じゃ、一番手はニセウミガメに譲ってあげる!」
 目線で、ね、とマッドハッターに言うと、黒い影は頷くに留めた。
「ちょ、待て。なぜ私をリンチしようという考えに至るのだ!! お前らはチェシャ猫の味方とでも言うのか」
 慌てて言う。確かにチェシャ猫に協力的な不思議の国の住人は多い。それは知っている。彼女のようにチェシャ猫に反発している者が少ないのも事実だ。あの媚びる猫に騙されているからだ。
 だが、だからと言って猫を陥れてもそれを何か言われるいわれはない!
「んなワケねーだろぉが、このボォケ」
 突然新たな声が響き、脇腹に一瞬の熱い衝撃。驚いてその場所を見ると短い金属が己の銀色のボディスーツを突き破って飛び出ているところだった。水を弾く素材のボディスーツに滲む事無く、撥水するように珠となって転がり落ちる真っ赤な血がいっそ滑稽だ。
「さすがに迷惑を考えて欲しいですよ」
 同じ声が別の場所から届く。
「あら、あんたらも来たの?」
 グリフォンが珍しそうな顔をして、新たな客を歓迎するでもなく眺める。水色の頭髪に左右違う色の目。華奢な身体に女顔、そして露出の激しい服。――トゥイードルダムとトゥイードルディーの双子だった。もちろんネズミを刺した方が過激なダムである。
「な、なぜお前達まで!?」
 新たな闖入者に驚きを隠せない様子の彼女に嘲るようにダムが言った。
「お前馬鹿かぁ? ここに集まっているヤツらが猫のために動いているわけねぇだろっ!」
「当たり前よ。そんなこと考えたの、あんた。馬鹿?」
「いや、バカだからこんなことするんでやんしょ?」
「いえてる~~」
 彼女は混乱した。では、珍しいを通り越したこの不思議の国の住人大集合のリンチ(されるらしい)は一体何だ?
「チェシャ猫のためじゃなければ、なんだってお前らが同じ行動を……」
「「そんだけお前がウザイってこと」」
 声が重なった両者が目を丸くする。ネズミが視線で他の者を見ると、目が笑っていないのに笑顔だった。
 つまり――自分の生活を乱されたので報復に来たタイミングが一緒だった。それだけ。
「よかったわぁ。あたしたち一応不老不死なんていうファンタジー設定の身体じゃない。一人一日リンチオールフリーとして、双子は? 一日? 二日?」
「もち二日だぁ!」
「ここにいるだけで軽く一週間? わぁ、ネズミひっさん!!」
 高らかにグリフォンが笑う。ネズミは人ごとだと思って、と額に青筋を浮かべる。
「何を言ってるんでやすんか! あっしは料理女からも頼まれてやんす。あっしも二日要求でやんすよ。あっしの商売馬鹿にした礼はきっちり利子つきで返してもらいやす。商売道具が豊富なモノ売りってこと教えて差し上げるんでやんすよ」
「そういや、あたしもイモムシから頼まれてたかも。っていうか、イモムシはいろんなとこにあんたのこと教えまくってたから、人増えるかもねー」
 グリフォンは楽しそうに言った。ネズミは怒りよりこれからを思い、さーっと青くなった。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ」
「待たない」
 短い声が聞こえた瞬間に水にネズミは包まれた。ニセウミガメは透明な水の向こうで袖を振り、そのまま涙をぬぐっているのがぼんやり見える。水は唐突に引いた。しかし、その後、ネズミは目を剥いて、悶絶する。
「脱水による拷問をやりたいんだけど、一日で終わらなくてもいいよね?」
 身体が痙攣を始め、喉を押さえて倒れる。動くこともできない。
「いいけどぉ、後閊えてるから早くしてよねー」
 ネズミにとっての悪夢が始まった。
 ニセウミガメの八つ当たりもとい、拷問が終了間近、次が誰だーというお気楽なやり取りの後、二番手の双子に寄るストレス発散もとい拷問が開始され、三番手のビルによる商売の大切さを思い知ってもらう講座もとい拷問が行われ、お茶会メンバーによる嫌な奴と楽しく過ごすためのお茶会もとい拷問? が開催され、グリフォンによる苛め+拷問が行われている最中、ネズミにとっての最悪最強の存在がやってきた。
 ――爆音と共に。
「爆発しちゃえっ!」
 真っ赤な靴、爆風に翻る黒い髪。――可憐な少女。名をハートの女王。最強最悪の不思議の国の住人。
「このあたしを呼ばないってどういうこと? そんなに首を刎ねてほしいの? あんたたち」
 爆発からぎりぎり逃げられたグリフォンが距離を取って溜息をつく。
「招待したじゃないですか」
「そうだったっけ? で、ネズミ。あたしたちの邪魔をしてくれちゃって、あんたがそんなに自虐趣味だとは思わなかったわよ?」
 艶のある唇が吊りあげられた。
「そんなバカな……ぐっ」
 反論しようとしたネズミの口に女王陛下の剣が突き立てられた。舌と下あごが後頭部と首を巻き込んで地面に縫いつけられる。一瞬で即死の圧倒的な暴力。しかし女王陛下はその上剣をぐりぐりと動かし、そのまま上へと、顔面を真っ二つに切り裂いた。
「あたしの許可なくじゃべるんじゃないわよ」
 赤い瞳が絶対零度の声で命令する。そのまま脚をあげて胸の上に踵が突き刺さる。
「さっさと生き返りなさいよ」
 それを見てマーチヘイヤが震えている。一番怒らせてはいけない人を怒らせた。しばらくして血が止まり、頭がくっついていく。
「まったく、あたしをそんなに怒らせたいの? 死んだら自分から生き返って首を刎ねて下さいとお願いするくらいの心持でいなさいよ。ほら、なにぼーっとしてるのよ」
「え」
 目を白黒させてネズミが当惑する。
「さっき言ったばかりじゃないの。ほら、頭を地面にこすりつけてお願してごらんなさいな! 『首を刎ねて下さい、女王陛下』よ。ほら」
 ネズミは愕然としつつ、その殺気に耐えられずに土下座すると喉の奥から声を振り絞った。
「……っく、首を……刎ねて下さい。女王、陛下」
「聞こえない」
「私の首を刎ねて下さい、女王陛下!」
「許可なくしゃべるなって言ったでしょ、この愚図!」
 理不尽な言葉が投げつけられた瞬間、ネズミの首が飛んでいる。ひぃいとマーチヘイヤが震えていた。
「……」
 首が胴から離れても生きているのがハートの女王の真骨頂。そうして女王陛下が言う。
「ほら、身体は動くでしょ? 自分で首を拾いに行きなさいよ」
 信じられない目でネズミの離れた首が女王陛下を見つめる。その赤い目が絶対零度の目でネズミを見下している。これは言うとおりにしなければ何をされるかわかったものではない。首を斬られる、なのに生きている。その絶望といったらない。
 痛みがないことも逆に怖い。ふらふらしながら立ち上がった滑稽な胴体は己の首を求めてふらふら彷徨う。なにせ目がないのだから。頭と胴体が離れていてなぜ指令が身体に行き届くのか。この身体を制御しているのはなんなのか、自分の身体はどうなっているのか。それすら全てが女王陛下に握られていると思うと、もう自分は発狂しているのではないか思うほど、恐怖がさいなむ。
 しかし、冷静に思考を保てている現実が、もうわけわからない。現実と夢の区別がつかないように。でも、まぎれもない現実しかないのだ。
 自分が自分でないような、そんな気分のまま頭の前に跪き、頭を抱えようと両手を伸ばした所で、がん、と赤い靴が頭を踏みつける。
「ぇ……」
 向ける範囲で視線を巡らせ、女王陛下を見つめる。
「ほうら、どうしたのよ? 拾ってみなさいよ」
 どこか玩具めいた自分頭に触れてもびくともしない。当然だ、女王陛下が踏みつけ押さえているのだから。
「こっわ……」
 かすかにグリフォンの声がする。
「トんでんなぁ、相変わらず」
 これは双子の声だ。そんなことをぼぉっと思う。どうも頭が離れていると思考がうまく働かない。
「あら? まだ夢見るには早いわよ」
 女王陛下が微笑んで、脚をどけ、ネズミの頭を抱えると自分の目線と合わせるように掲げた。頭を失った身体がおろおろと手を彷徨わせる。
「やるからには派手にいきましょ」
 にっこり笑った女王陛下はそのままトスの要領でネズミの頭を頭上に投げ上げる。視界が高速で回転する。それはそうだ。頭を投げられているのだから。
「行くわよ」
 ハートマークでさえ語尾に付いていそうな可愛らしい声がする。その瞬間、一瞬気絶するかというほどの衝撃が頭部のどこかに受けた。熱い感覚はおそらく出血。何をされたかすらわからない。
「さすが、ナイス、姉さん」
 え、陛下の声が近い……? と思った瞬間、また衝撃が来た。と思った瞬間、何かが口の中に入った気がし、そして再びの衝撃、そして意識が白けた。
 ――ゴウっいう衝撃と爆音。
「材料が材料ね、散り方がイマイチ」
 そして血の雨が降る。
「っうわぁ……えげつなっ……!!」
 グリフォンがドン引きの様子で言う。簡単だ。バレーの様に女王がネズミの頭でサーブを打つ。王がそれを受け返す。そのタイミングに合わせて女王がネズミの口にお得意の爆弾を投げいれられた。そのまま女王は頭を素性に放り……そして爆発した。花火のように派手に全てを散らして。跡形すら残さない全てを消すような爆発。人間の爆発だった。
「さて、身体はどうしよっかな。どうしよう?」
「身体だけだと思考が残らないよ、姉さん?」
「それもそうねぇ」
 地面に倒れ伏したままのネズミの身体をどうしようか眺めるハートの両陛下。
「相変わらずだなァ、女王陛下ァ」
 その声は姿が見えないのにどこからか聞こえてくる。
「ド派手なこったァ」
 独特の話口調。徐々に現れる紫色。揺れる細長いシルエット。
「もう復活したの? ウザいわね」
 首がないネズミの身体を抱きかかえるような形で姿が現れるチェシャ猫の姿。
「にしてもォ、みなみなサン? 俺の為にありがてェこったなァ」
 ニヤつくチェシャ猫の顔に殺気が一気に向けられるが、ネズミと違って一向に構う様子はない。
「ってェ、冗談はおいといてェ……」
 チェシャ猫はネズミの身体を撫でる。様々な暴力を受けた身体はそれだけで服も真新しい様子になり、傷も治っていく。そして頭部が再生され始めていた。
「おはよォございまァす、ネズミィ」
 完全にネズミの姿が治り、彼女が目を開けた瞬間に覗き込んだチェシャ猫がニィっと嗤いながら挨拶する。
「ひぎゃぁああ!!」
 この世のものとは思いにくい悲鳴+絶叫を上げてネズミが覚醒直後に関わらずチェシャ猫から機敏な動きで後退する。しかも尻もちをついたまま。
「軽く傷つくんですけどォ」
「自業自得じゃない?」
 チェシャ猫と女王陛下がそうやりとりをする。
「な、ななな、なんで! お前がここに!!」
「いやァ、誰かさんがよォ、メッタメタのギッタギタに俺の事を再起不能にしてくれたおかげでよォ、予想外の帰還になっちまってなァ……ありがたいことにィ、復活しましたァ☆」
 死んだと思われていた、そう、ネズミにとっての天敵が目の前で嗤っている事態に、さーと顔を青くする。
「お前バッカだなァ? 再起不能に殺してくれるからこんなことになったんだぜェ? 俺ならぜってェここに戻ろうとはしねェからよォ」
 唇を釣り上げてチェシャ猫が笑う。
「半殺しにでもしておきゃァよかったんだァな」
 グリフォンなどはあからさまに呆れた目線を送っている。
「でも、アレだよねェ? お前は俺のことが好きだからァ、半殺しで苦しませるよりはァ、一息にやってくれたってスンポーだろォ? なァ、ネズミィ?」
 嗤いながらチェシャ猫の目は一つも笑っていない。ネズミは誰に囲まれたよりも嫌な顔を隠さずにチェシャ猫から距離を取ろうと、後ずさる。しかし、次の瞬間背後から抱きかかえられるようにチェシャ猫が密着していた。
「いやァ、優しいなァ、ネズミィ」
「うるさい! 話しかけるな」
 その独特の語尾が間延びするような、伸びあがるような呼ばれ方が最も嫌いだ。
「そォ言うなよ、ネズミィ」
 背後から回された腕がすーっと身体を撫で、そして胸に触れる。ボディスーツの上からでも寸部間違えることなく、頂きをつまみあげる。驚きと羞恥にネズミが息を飲んだ。
「俺もお前のこと好きだぜェ?」
 ボディースーツの上から乳首に刺激を与え続ける。それをさもどうでもよさそうに冷たい視線で不思議の国の住人が眺めている。そんな状況にネズミだけが体温が上がっていくようだ。
「だからさァ、俺はお礼にお前の悦ぶことをやってやるよォ」
「は?! これのどこが!」
 振り返りざまに睨みつけてもちっとも堪える様子がない。当然だ。わざとやっているのだから。
「だって、お前こういうの好きだろォ? お前のはずかしィトコ、みィんなに見られて善がり狂うのがさァ」
「なっ!!?」
 ネズミと違って経験豊富なチェシャ猫はすぐさまにネズミの感覚を支配し、息を上がらせる。
「ほらァ、クチでは何とも。もう勃ってるぜェ? 可愛らしィ胸の主張がよォ」
 そっと離された手の下にはボディースーツ越しにも分かるほどに存在を主張する己の胸の尖り。
「服の上からでもわかるぜェ? ネズミのいんら~ん」
 くすくすと耳の後ろの方でチェシャ猫がからかう。周囲の不思議の国の住人はネズミ達のやり取りに興味をなくし、各々好きなように過ごしている。それが逆に堪える。
「や、めろ!」
「なんでェえ?」
 胸をいじっていた手が下腹部へと伸ばされ、そのまま股間に触れられる。どきっとして肩を跳ね上げる。
「そんなこと言いながらァ、ここはぐっしょり濡れてんじゃねェのォ? 淫乱なネズミちゃン?」
「ひぅっ!」
 触れたと思った瞬間にチェシャ猫が指全体を使って陰部を押すように刺激を与えた。そのまま服の上から刺激を与えるように強くこする。息が漏れてしまいそうだ。
「今にも期待してんじゃねェのォ? ん? 言ってみろよォ!」
「ひゃ、あう……ン……」
 なんだかんだ言って刺激はダイレクトにネズミを襲い来る。チェシャ猫の指に寄って高められる自分を恥じても身体は正直だ。そうしてジジジと音がする。ハッとしてみると喉元からボディースーツのジッパーが下ろされている音だった。
「な、お前!」
「言ってみなァ? 『挿れてください』ってよォ」
 身体を割られるように股間まで繋がっているジッパーが下ろされていく。恥ずかしさと嫌悪とそしてかすかな期待。ついに白いネズミの腹を晒し、そのまま陰毛まで見える位置まで下ろされて、チェシャ猫が陰部を刺激していた手を止める。急になくなった刺激にきゅんと局部が反応してしまう。いつしか湿っぽい気さえする。
「好きだろォ?」
 そうだ。チェシャ猫が嫌いだ。ここまで己を自由に支配されてもなお、心の底から嫌えない、自分が。
「ああ……挿、れ……」
 そう言葉が身体に反応して勝手に紡がれようとする。チェシャ猫はネズミの顔を覗き込む。そしてにこりと笑い、背中を支えていた腕を離し、ネズミの正面に回り込む。
「え?」
 急に支えがなくなって不安に思うネズミの額に衝撃。
「ばぁーか」
 デコピンをかまされたとわかったのはそのポーズでしばらくチェシャ猫が立っていたからだ。
「え? ええ?」
 額を抑え、目を白黒させる(ゴーグルで他人にはわからない)ネズミを見下してチェシャ猫は告げる。
「ンな事してやるわけねェだろォが」
 チェシャ猫は冷たくそう告げると、ネズミに向かって言った。
「別に俺はお前が逆らったとか、殺したとか、そんな事で怒っているわけじゃァねェよ?」
「だったら、何で……」
「ネズミ。お前の配役を言ってみろォ」
「それは……」
「『記録者』ネズミ。お前の役目はただ、記録する事だァ。それを利用して俺を陥れたその手管は見事。事態をひっかき回すのは存分に構わないぜェ? 記録者が己の好きなように書き記すのは構わないさァ」
 そう、不思議の国の住人は配役に縛られる。ネズミに課せられた役目は記録を取り続ける事。その為にどこでも入り込めるし、何でも知ることはできる。その知識を利用して猫を陥れる為に、わざと猫の弱体化の周期を情報として与えた。
 結果、チェシャ猫は黒白の両面と対峙することになり、その身は第一階層に還ることになった。故に階層間の移動は不可能になった。それに不自由を感じ、激怒した不思議の国の住人が八つ当たりの為にネズミをリンチしていたのである。
「『助言者』と配役が少々かぶったのは目をつぶってやろォかァ? ただ……わかるなァ?」
 無言で言葉の先を促す。ネズミは言いたい事を理解した。しぶしぶ頷く。
「わかりゃァいい。次はねェぞォ?」
 最終的にはいつものように笑いながらその姿が消えていく。ネズミはその後へたり込んだままほっと一息ついた。
「って、そこで終わったって勘違いしてんじゃないわよね?」
 背後で真紅の瞳が笑っていない様子なのに満面の笑みでネズミを見下している。
「なにも、あたしらがあんたの痴態を好きで眺めているとでも思った? とんだ変態ね、あんた」
 女王陛下の気が当然済んでいるはずもなく。当事者のチェシャ猫に譲ってやったにすぎない。そう周囲の面子が待っていたのも“二順目”を待っているからそこにいただけである。
「にしてもチェシャ猫は精神を居たぶるのが本当にうまいわね。あんた、その燻った熱をどう処理するの?」
 ボディースーツは開かれたまま、うずく熱はそのまま放置。羞恥を煽るよりなおひどいその仕返し。
「ってわかっててもあたしらがなんとかしてあげるはずも、義理もないんだけどね」
 きらりと刃が煌めく。
「ええええ」
「さ、覚悟なさいな。まだ始まったばかりよ」
 ネズミにとっての苦痛はまだ開幕したばかりのようだった。全員の目が異様に光って見えたのは気のせい……ではない。