毒薬試飲会 028

064

「いくつか質問させてもらいたい」
 ハーンはオニユリに向かってそう言った。
「どうぞ?」
 オニユリはそう言って微笑む。
「俺たちはバタパンとかいう少年に連れられたわけだが、性交するだけなら何故彼ではいけない?」
 アランはそういえばこんな迷惑な場所に連れてきた少年を今更思い出した。
「私たちが花なら彼は虫なの。私たちの甘い蜜を求めてくるだけの存在。相手に相応しくないのよ」
「虫?!」
 アランが驚いて叫ぶ。そう言えばコスプレにしては派手な羽がついていたが。
「でも虫が受粉を助けるんじゃないのか?」
「そうね。そういう場合もあるわ」
 オニユリの微笑みは、ハーンにこれ以上バタパンに関しての質問は無意味と悟らせた。あの濃厚な口づけはバタパンにとってただの蜜を接種する行為だったのだろう。彼は花たちにとって性交すべき相手ではないのだ。
「あんたらは俺たちが相手にしないとこの場所から出さないと言ったが、俺らがあんたらを攻撃し、殺しつくしたらどうなる?」
 オニユリだけではなく、周囲に居た花々がくすくすと笑う。ぞっとするその笑い声はこの空間全体でこだまするかのように響き渡った。
「試しにやってご覧になる?」
「では、お言葉に甘えて」
 ハーンはそう言うと瞬時に、アランが瞬きする間にオニユリの首をはねた。美女の首が飛ぶ。そのとたんに化けていたかのように残された身体が萎れ、植物に戻る。跳んで言った首は花に変わる。
 ――本当に花だった!! アランはぞっとして枯れた花の残骸を見る。今まであの花と会話を、いや、今もだがしている。花と、花が自分達を求めている。その事実はホラーの領域ではないか?
「ハーン!」
 だがそれを見ても周囲の花たちはくすくす笑うばかりだ。
「無駄っておわかりになって?」
 背後から抱きつかれ、ハーンがぎょっとした。背後には変わらぬ姿のオニユリが笑っている。アランも気配に気付けなかったばかりか、一体いつの間に再生したのだろう? だが、オニユリの枯れた残骸は目の前にある。
「ここはわたくしたちの領域と言ったでしょう? 種はいくつでもあるのよ? 瞬時に生まれ変われるの」
「ふーん」
 ハーンは状況を理解して、内心ぞっとしつつも余裕を保つためにそう言うだけに留めた。
「ここはわたくしたちに有利に働く。だからこその『領域』なのよ」
 ハーン達には今一つ領域というのが理解できないが、禁世の不思議の国の住人が持っていたような『領域』に近いニュアンスなのかもしれない。そう考えれば、この花たちがこの土地の主と考えれば何が起こっても不思議ではないのだ。
「お前たちの言う事を聞く他ないのか……?」
 アランが呟くと、ようやく理解したのか、と言わんばかりに花が頷いた。
「お前たちは十分に魅力的なんだが、残念ながら俺はお前たちを抱くわけにはいかないんだ」
 ハーンが困ったな、と言った様子で呟く。
「あら、どうして?」
 マーガレットが問いかける。
「俺は恋人から浮気やこういう類の行為をしたら、イチモツを握りつぶすって脅されているんだ」
 ハーンが心底困った顔をする。すると花々があからさまな驚きをその顔に浮かべ、まぁと言う。
「でもそうされても再生すればいいんじゃなくて?」
「いや、男ならそんなことされたら痛みとか再生とかの問題の前に、プライドがくじけて生きていけないよ」
 ハーンが打って変ってほほ笑みさえ浮かべながら、花の言葉に返す。
「あらあら。殿方の心が分かっていなかったわね」
「失礼、ごめんなさいまし」
「いいや。いいんだ」
 ハーンがそう言う。アランはハーンが相手より有利に立つ為、演技を始めたのだろうなとなんとなく感じ、黙って推移を見守る事にした。
「でも、ここは第一階層よ? 相手にばれることはまずないんではなくて?」
「そうそう。血約を結んでいるようには見えなくてよ」
 パンジーが口ぐちにそう言う。ハーンは大げさに手を振って、否定する。
「いや、そんなことは絶対にない。ばれるよ」
「あら? どうして?」
 ハーンがくすり、と笑う。
「どうしてだと思う?」
 花が囁き合う。それはまるで風に揺れる花のように。
「そういう禁術を掛けられているとか?」
「イモムシと懇意とか?」
「どうしてかしら?」
「ねえねえ。いじわるせずに教えて頂戴」
 ハーンは意地悪く花々に答えを教えない。ハーンはリーダー格だと思っているオニユリに視線を送った。
「教えて下さる? 素敵な殿方」
「じゃ、教えたら一つ俺達の願いを叶えてもらう」
 オニユリは背後の花々を振り返って、そして頷く。
「ただでこの領域から出して、というの以外ですわよ? 結構。お約束しますわ」
 ハーンはそれを聞いて内心舌打ちしつつ頷いた。ハーンは相手を話に引き込むのが巧い。口が達者なのだ。
「それはね。恋人はこの可愛いコイツなんだ」
 ハーンはそう言ってアランの肩を抱き寄せた。アランは先程そう言われたにも関わらず言われた内容に驚いて、軽く紅くなってしまった。それを見た花はどうやらハーンが嘘をついているとは思わなかったらしく、くすくす笑いながら祝福を送るかのような生温かい視線を送ってくる。それがアランにとっては少し痛い。
「わかるかい? 俺はこの可愛い俺のアラン以外相手には出来ないんだ」
「お熱いことですわ」
 ハーンはアランと恋人だから花々の相手をすることは無理だと言ったのだ。アランは恥ずかしく思いながら、さすがハーンだと思わずにいられなかった。
「我儘な殿方ですわ」
「そうですわ。ここまでいい男がいるのにどちらも相手をして下さらないの?」
「まぁ、なんてもったいない」
「そうですわ」
「ずるい」
 ハーンは困った笑みを向ける。
「俺達こう見えても愛し合っているからね」
「困りましたわね」
 オニユリが微笑ましい顔をしながらそう告げる。どうやら反抗するよりかはこうやって乙女心を刺激した方がよ方らしい。女心は謎に満ちている。
「君達の相手が無理と言う事は納得頂けたかな?」
「ええ」
「でも心に決めた方がいらっしゃるのは素敵」
「わたしたちもそういう風に愛されたい」
 きゃあきゃあ騒ぐ花は先程まで抱けと脅していた者と同じとは思えない。キャラ違い過ぎだとアランは思い、以外に肉食系は変わらずと冷静にハーンは考えた。
「では、皆さま、こうしてはいかがかしら?」
 オニユリが奥の薔薇とアイコンタクトを取ると、微笑んだ。アランは嫌な予感がする。
「そこまで深く愛し合っていらっしゃるなら、その場面を見せて頂き、おこぼれにあずかると言うのは?」
「は?」
「え?」
 アランとハーンがぽかんとする。
「きゃああ!」
「いいわ」
「そうしましょう! そうしましょう」
「素敵、素敵!!」
 騒がしくなる花たち。対比して唖然とした後に青くなるアラン。額に手をやって空を仰いでいるハーン。
「ちょ、ちょちょちょ! ちょっと待て!!」
「あら? なんでしょう?」
「どういう意味だ?!」
 いや、言われなくても本当はわかっている。だけど、否定したい。お願いだ、違うと言ってくれ。
「どういう意味って、ねぇ?」
「ええ」
 花同士がくすくす笑い、顔を寄せ合う。言わせないでよ、と花たちが視線を送ってくるが、アランにとっては知った事ではない。っていうか、いい加減にしろ。
「お連れ様はルールをわかっていらっしゃらない様子。それに貴方様にも詳しくご説明して差し上げなければ」
 オニユリが甘く微笑むと、草がオニユリの言葉に従い、部屋がその姿を変えていく。それに連なるように目の前にいた花たちが、部屋の隅まで後退していった。
「ルール?」
 ハーンが冷や汗をかきながら聞き返す。内心、失敗した? 墓穴掘った? と思いながら。
「ええ」
 バラが言った。
「この辺りはわたくしたち、花たちの領域。この領域はわたくしたち花が支配権を持ちます。侵入者がこの領域を出るには、わたくしたちより『強い』事を証明しなくてはいけませんの。ここまではおわかり?」
 ハーンとアランが頷く。第一階層のルールのようなものはまだわからないが、おそらくナワバリのようなものが存在し、この場所では花たちの言う事を聞かないと先には進めないのだ。
「でもわたくしたちは争いや戦いが嫌い。だから、そんなもので証明してほしくない」
 それに花は殺してもすぐに芽を出して、生え換わる。
「だからわたくしたちは別の方法でそれをお客様に求める」
「それがさっきまで言っていた性交なんだろう?」
 ハーンが聞き返すと花が全員頷いた。だが、それに嫌な予感しかしない二人は断った。断れないと突っぱねられたので、うまくかわそうと二人の恋人説を作りあげたのだが……。
「でもお二人は恋人同士。互い以外に身体を開かせないのでしょう? ならば、わたくしたちが提示する条件、すなわちルールはこれ」
 バラがウインクしてオニユリに説明を引き継がせた。オニユリがわかっていました、と言わんばかりに鷹揚に頷く。何も分かっていないのに、全てを理解したように頷く女教師のようだ。
「どちらが雄蕊? どちらが雌蕊の役をなさいますの?」
 オニユリの言葉にアランがは? とぽかんとしている間にハーンが言った。
「俺が男役だ」
「まあ」
「素敵」
「やっぱり」
 等と花たちの言葉が続く。オニユリは満足そうに微笑むと、ハーンの手を引いてその魅惑的な唇を耳元に寄せる。アランはその光景を見てぞわっとした。
「わたくしたちが貴方に課すルールは『相手を必ずイかせること』」
 反対の方向からバラがアランの手を引いた。唇を同じように寄せようとされ、アランは拒否するように距離を取った。バラがそんな様子さえ可愛らしいと言わんばかりにくすくす吐息を吹きかける。
「わたくしたちが貴方に課すルールは『相手に絶対にイかされないこと』」
 ハーンがそれを聞いて驚いた。
「は?」
「へ?」
 二人同時に意味を理解してそして顔を見合わせる。
「待て! それじゃどちらかが必ず負けるじゃないか! 負けた方はどうなる?」
 ハーンが焦って言う。
「……さぁ? 負けてのお楽しみでは?」
「ヒントくらい差し上げたら?」
「そうねぇ……その辺りを掘ってごらんなさいな」
 ハーンとアランが顔を見合せたまま、土を何回か素手で掘ると、すぐ固いものにぶつかった。
「なんだ、これ?」
「お手伝いして差し上げましょう」
 蔓科の花がそう言って、顔をのぞかせた白いものに潜り込むようにして蔓を絡まらせる。しばらくしてすぐにずぼっという音と共に白いものが土から引き抜かれた。それは――
 ――白い頭蓋骨。
 顎の辺りに何かしらの植物の根が絡まっている。
「いやーん、恥ずかしいわ」
 おそらく根っこを晒された植物だろう。それが上げる悲鳴が滑稽を通り越して寒気を呼びよせる。
 ――セオリーすぎだろ! 違う意味で期待を裏切ってくれた方がよかったよ!!
「お前ら、人を喰らうのか?!」
 アランがたまらなくなって叫ぶ。
「やっぱり嫌な予感的中、だな」
 ハーンが土中に戻された頭蓋骨を見つめたまま、呟いた。
「最初から俺らをここから出す気はなかったんだな!!」
 アランが怒鳴る。するとくすくすという耳障りな哂い声だけが響き渡った。
 おそらくこの花たちは性交を求めていたが、敵を自分達の虜にさせて、知らぬうちに己らの養分へと変えてしまったのだ。性交に夢中になる間に意識を飛ばし、判断力を失い、次第に土に埋もれ、その身体に種を埋め込まれてそして花を咲かせる養分となって死にいたる。
「いいえ、素敵な殿方と交わるのはわたくしたちの本意ですのよ? でも、皆さまあまりにもお力が足りないんですもの。天国を見させていただく前に力付きてしまわれるのですわ」
「……花は花でも食人花だったってか」
 ハーンが低く呟いた。
「いやだわ、あんなできそこないの花と一緒にしないで頂戴。わたくしたちの模倣をして喰らうことしか興味のない植物と」
 似たようなもの、いや、こっちの方が何倍も性質が悪いと思うのだが、花たちからすれば心外の様だ。
「さあ、どうなさいますの?」
「要求を飲む?」
「わたくしたちに従いなさいな?」
 くすくすと感覚を壊すような嘲笑がこだまする。アランとハーンはいつの間にか背中合わせに身を寄せ合い、二人を取り囲む化け物と敵対している。
「わたくしたちと敵対して、一生ここから出ない?」
「それともわたくしたちのお相手をして下しますの?」
「はたまた、貴方がた同士でルールに従って脱出を試みる?」
 ハーンとアランは肩越しに視線を交わした。
 だが、アランにはハーンの考えが全くと言っていいほど読めなかった。そりゃそうだ。禁じられた遊びでもハーンの考えをアランが読めたためしはないのだから。
「一ついいか?」
 ハーンがオニユリに言う。オニユリはもう微笑むだけでハーンに促した。
「そのルールに禁術の使用制限は?」
「とくにないわ。でも禁術を使ってどうにかしようとしているなら、それは愚か者の成すことね」
 ハーンはそこで逆に強気で微笑んで返して見せた。
「馬鹿にするなよ? その方が燃えるじゃないか」
 きゃー、とまた騒ぐ乙女を装う花たち。アランはいい加減にうんざりだ。
「ハーン、どうする?」
 アランが背を向けたまま問いかける。するとハーンが振り返り、アランの肩をぐいっと掴んでアランをハーンの方に振り向かせる。
「どうするって、決まっているだろう」
 ハーンはそう言ってアランの顎を上向かせると、アランの唇に己のそれを重ね合わせた。
「ん!??」
 瞬きする間もなくアランは何をされているかさえ理解できなかった。ハーンが、自分に口づけている?!
 嘘だろ?!!
 だが、現実は否とは言ってくれず。ハーンは驚いているのをいい事に、舌を割り入れ、強烈なものを仕掛けてきた。花たちが黄色い歓声を上げて喜ぶ。視線が熱線の様に集まっているようで、熱い。しばらくアランとキスをしたハーンはアランの腰が抜けたのを見計らって唇を離した。
「ルールを受け入れよう。そこで見ていろ」
 ハーンがそう言った瞬間、おそらくオニユリだが、植物でできた簡易というには広いベッドが組み上がっていた。そこでしろ、という事だろうが、アランは冗談じゃない。
「お前!」
 アランが叫ぶ。ハーンが甘く微笑んで、アランをその簡易植物ベッドに押し倒した。ハーンがアランに覆いかぶさって至極真面目な調子で、至極真面目な声で不謹慎な事を口にする。
「お前、言ったよな?」
「っ……! な、なにを、だよ」
 あまりにも、そう、口づけすらできそうな距離でハーンがアランを見つめるものだから、ふいに鼓動が激しく脈打ち始めて止まらない。いや、止まったら困るけれども。……俺、こんなにハーンを好きだっけ?
「俺に全てを捧げてくれるんだよな?」
「あ、ああ」
 動揺しているアランをハーンがくすりと笑みを漏らして言う。
「じゃ、俺のこと、愛しているか?」
「えっ?! えええ??!」
 もう、その距離数センチという位の超至近距離で囁かれる言葉。
「いや、あの……その……」
「どうなんだ? 俺のこと、嫌いか? あんなに無茶して俺を強姦しようとしたわりには、もう、こんなおっさんには飽きた?」
「ごっ、強姦って!!」
 確かに、望んでいないハーンを無理に受け入れたことはあるが、ハーンは確かに嫌がっていたというか抵抗していたけれども。
「あ、飽きてなんかいねーよ! だったら一緒にいるわけねーじゃんか」
「そうか」
ふわりと微笑まれて、カっと頬が染まる。
「じゃ、俺のこと、好き?」
「な、なんで今そんなこと訊くんだよ!? し、しかもこんな人前で!!」
 周りにはしげしげと侵入者の行いを観察しようと痛いほどの視線が突き刺さる。こんな中で告白しろって言うのか! アランは羞恥に身体が緊張したかのように動かない。
「大事な事だからだ」
 ハーンはアランの目から感情を読み取ろうとでもいうかのように目を覗き込む。
「そう、とても、とても大事な事だからだ。アラン、俺に答えを聞かせてくれ」
「あ、あっ……そ、そりゃ、あの、その……」
「ん?」
 ハーンがやわらかく微笑みながらアランの答えを待っている。
くっそ、なにがおっさんだよ! 畜生、かっこいいじゃねーか!!
「好きだよ、お前のことが好きだ!」
「本当? 俺の事、愛してる?」
「ああ! 愛してるよ!!」
 アランが両目をぎゅっとつぶって、やけくそになったように真っ赤な顔で叫ぶ。
「そうか。そうか。それはよかった」
 ハーンはにっこり微笑んで、安心したかのように溜息をついた。アランも気持ちが通じたと思い、一緒に溜息をついていた。気が抜ける。と、安心したのが間違いだった。
「じゃ、許せ」
「うっ!」
 満面の笑みで微笑んだハーンがアランの首筋に親指を突きたてた。その瞬間、電撃が静電気の様にパリっとしびれる痛みを与えた。
「おま……な、にを?」
 そのまま身体が弛緩する。だらりと垂れた手足に力が抜けて、視界がぼやけて行く。
「ん? 俺は入矢みたいなプロじゃねーし、ノワールみたいに詳しくないからさ、安全性がある中で一番強烈なの打ち込どいたから、まぁ、安心して愉しんでくれよ」
「は……?」
 アランがぼやける視界の中でハーンの方を視線だけ向けて問うた。
「いや、俺も男相手久しぶりだから、痛い思いさせたら申し訳ないだろ?」
 その満面の笑みが、アランに疑問の渦を沸き起させる。
「媚薬だよ。まぁ、第一階層は始まったばかりだろう? こんなとこでリタイヤしたくねーし、俺に任せておけって」
「はぁあああ?!」
 叫ぶ間に弛緩していた身体が別の熱を持ってうずき始める。まるでシェロウのコンサートに行った時の様な、タクトの声に揺らされたような強烈な射精感がアランを急速に襲う。
「まぁまぁ」
 そう言ってハーンは笑うとアランに口づけた。
「ん?!」
 驚いている間ににハーンが歯列を舐めあげるねっとりした濃厚な口づけをかましてくる。アランは目を白黒させながらその口づけを受け入れていた。ハーンの後頭部がアランを抑え込み、好き勝手に口腔内を荒らされる。
「ン、ふっ……あ、あ」
 ハーンのストイックなあの顔の下に、こんな別の生き物みたいな舌の動きが秘められていたとは驚きしかない。何が、おっさんだ(二回目)。
 アランは身体を重ねた相手といえば、行きずりの女と最愛の妹エーシャナ、それにエーシャナのドールであった女しかない。もちろん女相手なら何度もある。そういう経験は道端で寝転んでいれば嫌でも出来たのが第四階層だ。だが、男相手が久しぶりなのは一緒、だがアランは受け入れるのは初めてだ。入矢としたいと願った事はあっても、したことはない。そして、女相手なら自分がリードしたゆえに、こんな濃厚な口づけを受けたのも初めてに近い。
「ん、ふぅ」
 息が苦しくなり、ハーンの胸板を軽く叩く。身体から力が抜けたのは一時的なもののようだ。全てが今は射精感に支配されているみたいで、腕を動かすのはおっくうでも動く。すると、ちらりと視線を向けられた後に、もったいぶって唇が離される。唇が触れあい、漏れる唾液を舐め取って離れて行く様は、唾液が繋がるより相当エロい気がした。
「なに、生娘でもあるまいし、なにキスごときで息上げてんの」
「お、おまえなぁあ!」
「ははっ。こんなんじゃお前苦労するよ?」
 ハーンはそう言いながら唇をアランの首筋に移す。ちろりと熱い息がかかる。舐められると思っていただけに、焦らされたような感じでアランはその間さえ、媚薬のせいで感じてしまう。
「んー、見事にぺったんこだなぁ」
 奴隷服を乱し、ハーンが呟く。
「うっるせぇな! お、男なんだから当たり前だろ!」
「あー、はいはい。お前に入矢みたいな男でも超絶な色気求めてねーよ」
 かすめるような口づけを落とし、一言。
「っつーか、お前だから俺を落とせたんだろう? アラン」
「っ!!」
 カッと頬が染まる。
「お前、たらしかよ!」
「ん? んなことないが?」
「ひぅっ」
 文句を言っている間にハーンはアランの下腹部に手を潜り込ませ、アラン自身を握りこむ。ヒっと息をつく間に、上下に扱くように手を動かされ、アランはすぐに射精感が混みあげる。
「あ、あう……は、ハーンん」
 甘えるような声になってしまうのは仕方ない事だろう。ハーンはそれを見てくすりと笑う。
「はいはい」
 苦笑しながら言うから、イかしてもらえるものだと思ってアランはふっと力を抜いた。
「でも、だーめ」
 アランのものに舌を立てながらいたずらっ子のように言われた。文句を重ねようとして、その言葉が喉元まで出かかって途中で消えうせる。なぜならハーンがアランを根元まで咥えこんだからだ。口に含まれて、根元から先端まで丁寧に、丹念に、ゆっくり時には焦らして舐めあげられる。
「ん! あ、あ、はっ」
 直接的な刺激が、何よりも包まれた熱い口腔内と、ハーンの舌の動きをリアルに感じる。耐えきれないほどに頭が白けるような感覚がアランを襲い、耐えきれずに、ハーンの髪を掴んでしまう。
「ひもひひひ?」
 人語ではない言葉をハーンがアランを覗き込みながら言う。
「ばかっ! しゃべんなぁあ」
 ハーンが面白そうに眼を細め、そのまま視線をアランの性器に向けて喉の奥で吸い、動きで刺激を続ける。
「アラン、これ、好き?」
「や、お、お前なぁ……」
 ハーンはまだまだ余裕と言った顔でアランに舌を使って執拗にアランを責め立てる。
「ひっ、あ、あう……は、ハーン」
 ハーンの名前を呼ぶことしかできない。キモチイイ。きもちよくて、ふわふわと飛んでいきそうだ。どうにかなってしまいそうだ。
 ――ハーン、ハーン、ハーン。どうにかしてくれ。
「ハーンんん……」
 切なく、甘く、そして何よりも熱く。
「分かった、分かったって」
 ハーンがそう言いながら、ちゅっとリップ音を立てながらアランから口を離す。急に熱い口から出されたことと、唾液でてろてろ光る自分自身が厭らしく見えてアランは息を飲んだ。そして、ハーンが今まで可愛がっていた証拠であるその唾液が、急に空気に触れたことで、そこだけ温度が違うようにひんやりする。
「もっと可愛がってやるから」
 ハーンはそう言って、アランの鈴口から垂れてきた先走りを救うように指先を根元から竿に走らせ、焦らすように先端まで撫で上げる。思わずハーンの指をアランの視線が追ってしまう。トンと軽い調子でアランの先端に指先を置く。
「ひっ、お前、なにを?」
 人差し指が軽く乗せられているだけだ。それなのに、これから何をされるか期待と不安で、注視してしまう。
 思わず息が上がる。たぶん、真っ赤な顔をしているに違いない。ハーンはその顔を見つめ、口元に緩やかな笑みを浮かべている。
「お前が、望んでいるコト」
 指先に力が入っていく。指一本でアランのそそり立つ性器を潰そうかともいう位強く。
「ひわっ! あ、あん。やめ、やめろよぉ」
 最後はすすり泣くような調子で。アランはあまりに強すぎる痛みが、いつの間にか快感に置き換わってることが理解できない。痛くて我慢できなくて止めてほしいのか、それとも気持ちよくてどうにかなってしまいそうで止めてほしいのか、はたまた、もっとやってほしいのか。
「うそうそ。そうは見えないぜ?」
 そのまま袋を反対の手でやわやわと揉みしだかれ、アランは仰け反って頭を左右に振る。快感を逃がそうとして、できなくてそのまま泣きだした。