モグトワールの遺跡 001

1.旅立とう!

001

「嫌になっちまうぜ、なんで俺が……」
 ぶつぶつと文句を言いながら干草を高く積み上げる。セダに与えられた今日の仕事は、いや、今日の掃除当番は干草の整理。学園で飼われている多くの家畜が食べ散らかした干草の整理。邪魔だから高く積み上げて、巨大な干草の山にしてすみっこに置いておくのだ。
 巨大なセダの身長くらいもあるフォークのような道具を使ってセダは1時間も干草をせっせと集めている。
「たかが貴族の坊ちゃんめ、武闘科だろうが」
 セダの目の前にようやく巨大な山が一つ出来上がろうとしていた。周りに散らばっていた干草も少ない。夕方までにはなんとか終わらせたいのだ。
「こてんぱんにのしたからって……どうして俺が」
 最後に巨大フォークを山に突き刺して仕事、もとい生意気なクソ餓鬼、訂正、貴族坊ちゃんの後輩を全治二週間の捻挫にした罰は終わった。
「やっとおわったぜー」
 金髪はいつの間にかかいた汗によって張り付いていた。
「こりゃ夕飯前に風呂だな」
 そう言ってセダが校舎に向かって歩き出した瞬間、ぼすぅっという音が響いた。
「なんだぁ?」
 振り返って見つめてセダは固まった。巨大な干草の山がもとの散らばった干草に変わっている。
「ええー!!」
 今までの時間を返せ!なんで、さっきやっと終わらせたのに!セダは元干草山に近づいて、そして驚いた。なんと干草の中央に女の子がいたのだ。
「え? マジで? どっから。俺、気づかずに積み上げてたとか? そんなワケねーだろ」
 自問自答しながらセダは女の子が生きているかを確かめた。
「こらー!! まだやってないの!!」
 遠くから別の女の子の声が響く。セダは後を振り返って、叫んだ。
「テラ! ヌグファ!! ちょっと来てくれよ」
 二人の少女は何事かとセダの下に駆け寄ってくる。
「なぁ、見てくれよ。これ…どういうこと?」
 二人の少女もぽかんと口を開けた。
「おんな、のこ…だよね」
「どういうこと?セダ」
「知らねーよ。さっき俺だってようやく終わらせたと思ったらこれだぞ!」
 緑色の髪をした少女がおずおずと言った。
「ね、空から降ってきたんじゃないのかな?」
 セダともう一人の少女テラは空を見上げて、二人で目を見合わせ笑った。
「「まさかー」」
「だって、この子、魔法の気配がする。この子……もしかしたら」
「なんだよ? 魔法科の後輩か?」
 セダの苦笑いにテラが苦笑いを共にしつつ言った。
「空飛ぶ魔法なんてあったっけ?」
「ないよ」
 ヌグファがあっさり言う。なんで? とセダが叫んだ。
「セダ、ちょっとまずいかも。この子連れて早く私の部屋に!」
 ヌグファはそう言って二人を急かした。セダは驚きつつ、ヌグファに圧されて女の子を抱き上げると走り始めた。テラもそれに続く。急いで女子寮に向かった三人にヌグファは言った。
「セダ。これはバレたらマズいから二階から侵入して」
「ええ? 俺に罰を増やせと?」
 女子寮は日が暮れる前までは男子も女子の許可があれば入れるが、今、日は落ちようとしている。このままでは女子寮に忍び込んだ罰を受けなければならない。
「わたし達じゃこの子運べないでしょ」
「あー、わかった。ちゃんと言い訳してくれよ! バレたら」
 セダは女の子をおんぶして猿のように二階に登った。ヌグファはそれを見て急いで入口から入り、二階の自室の窓を空けた。タイミングを合わせたかのようにセダが滑り込む。
「私のベッドに寝かせて」
「おう」
 セダはゆっくり女の子を下ろすとテラがベッドに寝かせた。
「セダ、これから皆帰って来るから、夜も更けてから帰ってくれる?」
「え? まじかよ」
「そんなことより、聞かせて、ヌグファ。この子をどうして隠すの?」
 テラが言った。ヌグファは少し悩んで声を潜めて二人に言った。
「たぶん、この子宝人(ほうじん)だと思うの」
「「ええー!!」」
「静かに!」
 二人は同時に女の子の寝姿を見る。女の子は白い髪を長く伸ばしていて黒いワンピースに藍色の靴を履いていて、別に人間と変わりない。
「だって、わたしたちと何も変わらないじゃない」
「宝人って顔に紋章あるって聞いたぜ、俺」
「まずテラ。宝人はわたし達と外見は何も変わらないわ。そしてセダ。顔に紋章が浮かぶのは人間と契約を交わした宝人だけ。だからこの子を隠すのよ。この子まだ誰とも契約してない。武闘科じゃそんなに話題に上らないでしょうが、宝人の力は絶大。貴族が大金を出しても狙うわ。この子が宝人ってばれたら……この子は」
 ヌグファがそう言って言葉を切った。その先は二人にも分かる。まるで珍獣のように奪い合いが始まるのだ。でも珍獣と違って宝人には人間と同じく感情も思考もある。
「なんで空から……?」
「逃げてきたのよ。たぶん。たった一人で」
「どうすんだよ?このまま隠しておけないだろ。……学長に相談するか?」
「それがいいわ。できるだけ早く相談して、この子の生まれ里に返すの」
 宝人は人間とは違う。人間は男女が夫婦となり、子供を成すが宝人は生まれ里に大切に保管されている聖なる場所で卵から生まれるといわれている。宝人は必ず生まれ里を持ち、そこで成人まで過ごしてから契約するため人間の住む場所に出てくる。
「返してもらっちゃ、こまるの」
 背後からの声にセダは驚いた。女の子が起きている。
「でも、わたしたちまだ子供で貴方を守ることだって……」
 ヌグファの声に女の子が言った。
「悪い人じゃなくて良かった。助けてくれてありがとう。……迷惑はかけないから、もう出て行くから、私のことは放っておいて」
 女の子の目は白かった。虹彩さえも白い。宝人とはそういうものなのかとセダは驚いた。
「私は、私と契約してくれる人を探さなきゃいけないの、急がないと……」
 女の子はそう言って立ち上がった。そしてふらりと傾くとベッドに再び座り込む。
「具合悪いのか? 大丈夫か? なんなら俺ら誰にも言わねーから、休めよ。な?」
 セダは女の子の顔色が相当悪いのに気がついた。テラが水を汲みに部屋を出てしまったほど顔色が悪い。女の子はぶんぶんと首を振った。
「だめなの、急がないと……楓が」
「かえで?」
 ヌグファは安心させるように女の子の手を握ると、優しく語り出した。
「私はヌグファ=ケンテ。貴方のお名前を聞いてもいい?」
「…光(ひかり)」
 宝人の女の子は光という名前らしい。あまり聞かない音の名前だとセダは思う。
「言いたくない事なら言わなくても良いわ。だから質問に答えてくれる?」
 光は頷いた。テラが戻ってきてコップの水を差し出す。光は大人しくそれを飲んだ。
「光は誰かから追われているの?」
「そうだし、そうとも言えない。追われている。でも追ってるやつを倒すためには人間のパートナーがいる。だから契約してくれる人を探しているの」
 セダは納得がいった。急いでいるっていうのはパートナーを探しているのか。
「パートナーにしたい人はいるの?」
「決まってない。でも強くて、優しい人がいい。それと、私に協力してくれる人。自分勝手な人とか、わたしたちを道具としか思っていない人は絶対ダメ」
 ヌグファは当然だ、というように頷いた。
「外の危険は知ってて里を離れたの?」
 光は頷いた。ヌグファは重ねて問う。
「危険な外にどうしてたった一人で出てきたの? ……まだ成人になっていないでしょう?」
「……」
 光は黙ってしまった。宝人も家出みたいな感じで里を出たりするんだろうかとセダは考えた。
「知ればあなたたちを巻き込んでしまう。其処まで迷惑はかけられない」
 光の声は幼いのにその言い方はとても大人びていた。
「わたし達人間は宝人のおかげで日々を生きていけるの。宝人の頼みなら聞くのが人間よ」
 ヌグファは神を敬愛している。セダはそうでもないが神を信じるなら宝人も大事にするだろう。
「ここはどこ?」
 今度は逆に光が訊いた。
「ここは水の大陸の東、テトベ公共地。セヴンスクール敷地内。コレだけ言ってわかる?」
「……テトベ公共地ってことは国じゃないんだ」
 そう、公共地っていうのは国に属していない場所だ。全ての国が干渉できず、平等の土地。しかし住民はいる。この公共地っていうのは国際的に活躍する者のための場所だ。
「水の大陸中の公共地で一番規模が大きいのがセヴンスクールよ。ちなみに私達は黒のスクール生。私は魔法科。そこの二人は武闘科よ」
 セヴンスクールっていうのは名前の通り7つのスクールから成り立っている。もともとこのスクールは世界各地からの難民や貧民といった学習できない子供たちを集めて学習させるためのものだ。
 一番年下0歳から3歳までの幼児が所属するのが黄のスクール。ここに所属する幼児ははっきり言って親はいない。捨て子だったり、難民だったりする子供がここに預けられる。
 次が4歳から6歳までの子供が通う青のスクール。黄のスクールからの持ち上がりがほとんどだ。
 次が7歳から10歳までが通う赤のスクール。ここら辺になると普通の親がいる家の子供とかも通いだす。セヴンスクールの卒業した者は国際的な仕事につくことが多いから家の仕事を次ぐ必要のない二番目以降の子供が預けられたり、一般常識を学ぶために、親が通わせるわけだ。あと地域によっては学校がない場所もある。どっと人数が増える。
 11歳から13歳までが通うのは緑のスクール。このスクールから貴族の子供が増える。貴族の子供は国際状況を知るためにわざわざ通うんだそうだ。
 ちなみにこんなに年齢が上るに連れて人数が増えすぎるって思われがちだが、実際どんどん減っていく。子供は10歳近くになれば仕事を覚える。子供が産めない人や労働力に子供を欲する人がいるから減っていくんだ。もちろん、子供の意思でスクールを離れるかは決まるから、それだけ外の世界で暮らしたい子供が多いってこと。まぁ途中から貴族とかも入ってくるから喧嘩は絶えないし、友達がいないと居心地は悪い。
 14歳から16歳まで通うのが白のスクール。ここを卒業するまでに自分がどの系統にいくのか決めなくてはいけない。勉強つまり研究に行くのか、外に出て仕事をするのか、公共の国際軍に入るのか。
 17歳から25歳まで通うのが黒のスクール。卒業時に決めた分野ごとに校舎が違ったり、生活スタイルも変わる。
 ヌグファ、テラ、セダの三人は国際軍系統に所属している。国際軍は武闘科、魔法科、特殊科の三つがあってセダとテラは武闘科、ヌグファは魔法科だ。黒のスクールで将来の仕事の準備期間みたいなのを終えるのだ。
 最後のスクールは灰のスクール、別名無色のスクール。26歳から望むなら死ぬまで所属できる。ここに先生も所属している。白のスクールで研究系統を選んだやつしか行かない。これで七つのスクールだ。
「黒の、スクール。ってことは楓より年上……」
「さっきから言ってるかえでって誰だ?」
 セダが訊くと光は泣き出してしまった。おろおろするセダにテラの鉄拳が飛ぶ。セダの文句をねじ伏せてテラは光を撫でた。テラの悪いくせだ、事実を確認しただけだろうに。
「楓、私のために……私を逃がしてくれた」
「その、かえでさん? も宝人なの?」
 光が頷く。少なくとも里を出たときは一緒にいた人が居たらしい。でも黒のスクールより年下ならば最高で十六歳。
 宝人は人間と違って寿命が長いため成人が三十歳だったはずだ。里に出るのに成人の半分の歳で出たことになる。
「ちなみに光っていくつ?」
「十四」
「じゅうよん!?」
 通りで幼いはずだ。宝人は成人しても里から出ないものが多いと訊いていたのに、どうして光は出てきたのだろう。追われているということは里で何かしたのか?
 ヌグファはその考えを否定した。宝人は里内での団結は固いと訊く。里で揉め事など、しかも成人前の宝人をそんなことで追い出したりするようなことにはならないだろう。宝人は人間の宝、それだけでない世界の宝。尊いもの。
「宝人の契約って一回すると解けないのか?」
 セダの問に光は首を振った。
「でも私一人じゃ解けない。人間も契約を解くことを望んでくれないといけない。無理に解く事もできるけど、それじゃ私の痛みが激しすぎるから」
「どういうことなの?」
 今度はテラが訊いた。テラもセダも武闘科だから魔法とエレメントについて余り知らないのだろう。創世記くらいしか知らないに違いない。
「私はまだ未熟で自分の力も満足に使えない。だから力の制御には安定した魂がいる。力をうまく使えないと痛むの。一方的に契約をきる事は安定した魂を無理に引き離すから、痛い」
 二人はこんがらがったようで首を傾けている。
「宝人はエレメントを使えるけれど自在に使えるわけじゃないの。制御して使うために人間の魂が必要なのよ。魂を源にしてエレメントを構成する、そうよね?」
「へー。じゃ、上手く制御できないとどーなんの?」
「痛むって言ってたじゃない」
 テラがセダに言った。
「宝人個人によって違うみたいだけど光は痛むのね」
「じゃ、結局人間と契約すれば光はエレメント使い放題ってことなのか?」
 光は首を振った。
「エレメントは魔神のかけらそのもの。わたし達宝人もまた、その力を借りているに過ぎない。だから使い放題じゃないけど、使えなかった力が使えるようになるくらいになる」
 光は言葉を選んで話しているようだ。セダやテラにわかるようにだろうか。
「ヌグファの杖みたいなものなのね?」
 光はヌグファを見て頷いた。ようやく武闘科の頭が納得できたらしい。
「じゃあさ、光。俺と契約しないか?」
「え?」
「何言ってるの?セダ!」
「だって、たぶん、かえでって人のこと心配で急いでるんだろ? でも光は里を出るのが初めてっぽじゃん。いい奴に簡単に出会えるかよ。光が困ってるなら俺は助けてやりたいよ。だって宝人さまさまだもんな。宝人がいなきゃ魚は生でたべなきゃいけないし、昼と夜も交互にこないんだぜ」
 光は右手をセダの心臓の上に持っていく。そして目を瞑った。
「いいかも」
「え? 光!?」
 テラが思わず声が上ずった。
「強くて優しい、俺、ぴったりじゃん」
「強いの?」
 光が静かに確認するように言った。
「おー、もち。俺、こう見えても武闘科長刀専攻のトップですよ?」
「契約って! それにあんたどうやってスクールから出るのよ?」
 テラが呆れて尋ねた。セヴンスクールは許可されない限り敷地内から出ることは禁止だ。
「なんとかなるよ。そのかえでってひと助けたら俺は光との契約を解けば良いんだろ?」
「うん。できればそうして」
「お人よしも過ぎるよ、セダ! 宝人が追われてるってことはどんな強敵かわからないよ」
 ヌグファがそう言うとセダは逆に笑った。
「おもしれーじゃん!」
 光はセダを真剣に見つめた。
「力を本当に貸してくれるの? 私を道具みたいに思わない?」
「ああ! もちろんだ。俺はセダ=ヴァールハイト。よろしくな、光」
 光とセダが握手を交わした瞬間にヌグファの部屋の扉がノックされた。ヌグファはクローゼットにセダを押し込み、テラにベッドの中に入るように言った。
「光は小さくなってテラの影に隠れて」
 ヌグファが小声で言うと扉の方に駆け寄った。
「はい」
「ああ、在室ですね。いますぐ学長室へ行ってください。以前話していた任務の詳細が決定しました」
「今から、ですか?」
「ええ。詳しい事は学長に聞いてくださいな。それと、テラ=S=ナーチェッドをご存じないですか? 彼女も同じ任務に就く事になっています。見かけたら一緒に来るように」
「わかりました。あの、他に誰と一緒なんですか? メンバーに変更は?」
 女性教員は書類に目を通して言う。
「特にありませんね。確認のために復唱しましょう。魔法科は貴方以外はいませんが、武闘科では他にセダ=ヴァールハイト、特殊科から一人グッカスが同じ任務に就く予定ですね。急いでください。学長は夕食を共にし、任務について話すようです」
 女性教員はそう言って扉を締めた。ヌグファはクローゼットを開けてセダを出す。
「任務? この前の? 学長が話すのか?」
「しかも今から? 急よね? 普通任務詳細が伝えられるのは担任からだし、命じられるのは朝じゃない」
 テラも眉を寄せた。セヴンスクールでは黒のスクールの国際系統に所属する学生には職業体験として半分軍籍に入る。だから任務が与えられる。でもそれは危険なものではなく、ほとんどが地質調査だったり建設業務の手伝いだったりする。しかし例外の学生もいる。
 国際系統は三つの部から成り立つ。
 軍人としての戦力を養成する武闘科。軍の主要武器である、長刀専攻、短刀専攻、槍専攻、弓矢専攻、その他の武器専攻の5つに分かれている。その各専攻の上からトップ十人は有力候補生として実際の生死の危機に触れるような任務もこなさなくてはならない。
 次に魔法科。神の教えを研究し、神殿に入るのが半分、もう半分は国際軍に入って魔法使いとして活躍する人材を養成するための魔法科は四つの専攻に分かれている。総合魔法専攻、回復魔法専攻、物理魔法専攻、古代魔法専攻の四つで武闘科と同じく各専攻のトップ十人は危険な任務も行う。
 最後に特殊科。特殊科は実際なにをやっているのかわからない。諜報活動を行う人員の養成とか暗殺者養成とか囁かれているが実際はどうなのだろう。特殊科は全ての生徒が危険任務も行うらしい。
「光、幸い私はテラと相部屋だから私が帰ってくるまではここにいて。私とテラ以外この部屋には入ってこれないから安心してね」
 ヌグファはそう言って微笑む。
「ちょ、待てよ! おれはどこから出てくんだよ!」
「……(考えてなかった)……窓?」
「なんで疑問系なんだよ! しかも出ること想定してなかったのかよ!!」
 セダは文句を言いつつも下に誰もいないことを確認して素早く飛び降り、女子寮の敷地外から飛ぶように駆けていった。誰にも見られていないことを確認できたヌグファもテラと一緒に部屋を出て行く。
 一人残された光は疲れの所為かベットに横になったきり寝息を立て始めた。